新任担当者のための会社法実務講座 第416条 指名委員会等設置会社の取締役会の権限 |
Ø 指名委員会等設置会社の取締役会の権限(416条) @指名委員会等設置会社の取締役会は、第362条の規定にかかわらず、次に掲げる職務を行う。 一 次に掲げる事項その他指名委員会等設置会社の業務執行の決定 イ 経営の基本方針 ロ
監査委員会の職務の執行のため必要なものとして法務省令で定める事項 ハ
執行役が2人以上ある場合における執行役の職務の分掌及び指揮命令の関係その他の執行役相互の関係に関する事項 ニ
次条第2項の規定による取締役会の招集の請求を受ける取締役 ホ
執行役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備 二執行役等の職務の執行の監督 A指名委員会等設置会社の取締役会は、前項第1号イからホまでに掲げる事項を決定しなければならない。 B指名委員会等設置会社の取締役会は、第1項各号に掲げる職務の執行を取締役に委任することができない。 C指名委員会等設置会社の取締役会は、その決議によって、指名委員会等設置会社の業務執行の決定を執行役に委任することができる。ただし、次に掲げる事項については、この限りでない。 一
第136条又は第137条第1項の決定及び第140条第4項の規定による指定 二
第165条第3項において読み替えて適用する第156条第1項各号に掲げる事項の決定 三 第262条又は第263条第1項の決定 四 第298条第1項各号に掲げる事項の決定 五
株主総会に提出する議案(取締役、会計参与及び会計監査人の選任及び解任並びに会計監査人を再任しないことに関するものを除く。)の内容の決定 六
第365条第1項において読み替えて適用する第356条第1項(第419条第2項において読み替えて準用する場合を含む。)の承認 七
第366条第1項ただし書の規定による取締役会を招集する取締役の決定 八
第400条第2項の規定による委員の選定及び第401条第1項の規定による委員の解職 九
第402条第2項の規定による執行役の選任及び第403条第1項の規定による執行役の解任 十
第408条第1項第1号の規定による指名委員会等設置会社を代表する者の決定 十一
第420条第1項前段の規定による代表執行役の選定及び同条第2項の規定による代表執行役の解職 十二
第426条第1項の規定による定款の定めに基づく第423条第1項の責任の免除 十三
第436条第3項、第441条第3項及び第444条第5項の承認 十四
第454条第5項において読み替えて適用する同条第1項の規定により定めなければならないとされる事項の決定 十五
第467条第1項各号に掲げる行為に係る契約(当該指名委員会等設置会社の株主総会の決議による承認を要しないものを除く。)の内容の決定 十六
合併契約(当該指名委員等会設置会社の株主総会の決議による承認を要しないものを除く。)の内容の決定 十七
吸収分割契約(当該指名委員会等設置会社の株主総会の決議による承認を要しないものを除く。)の内容の決定 十八
新設分割計画(当該指名委員会等設置会社の株主総会の決議による承認を要しないものを除く。)の内容の決定 十九
株式交換契約(当該指名委員会等設置会社の株主総会の決議による承認を要しないものを除く。)の内容の決定 二十 株式移転計画の内容の決定 ü
指名委員会等設置会社の取締役会の職務 @監査等委員会設置会社における取締役会の位置づけ 監査等委員会設置会社の法制化に際して立法者は取締役会の性格についての考えを明らかにしています。それによると、従来の監査役会設置会社の取締役会は経営者の経営について議論し、実際に執行をするアドバイザリー・モデルであるのに対し、委員会等設置会社(改正会社法では指名委員会等設置会社)の取締役会は、経営を監視・監督・評価する役割が中核となるモニタリング・モデルであるといいます。そして、監査等委員会設置会社の取締役会は両者の折衷型で言わばハイブリッド・モデルの性格のものとして考えられているというのです。会社法の監査等委員会設置会社に関する条文は、その理念が基となって制定されていると考えられます。 ※アドバイザリー・モデルとモニタリング・モデル アドバイザリー・モデルの背後には、一般株主の利益は取締役会を監査役による監査・監督により十分に守ることができるので、取締役会は経営を執行するマネジメント・ボードとしての機能を果たすことが企業の株主価値の向上に資するという考え方があります。しかし、最近の状況では、支配株主が存在しなくなった会社では、取締役が株主ではなく自らの又はその他の利害関係者の利益を追求しかねないというおそれが生じているということです。そこで、一般株主の利益を代表する社外取締役が取締役会の半数以上を占め、取締役会における最終的な決定権を有する、ということで取締役会を取締役会が監督することで、この問題に対処するというのがモニタリング・モデルの考え方です。 A指名委員会等設置会社の取締役会の職務 前述の取締役会の位置づけにおいて説明したように、指名委員会等設置会社はモニタリングモデルの機関構成をとります。したがって、その取締役会の中核的な機能は、経営を監視・監督・評価する役割をはたすというモニタリング・モデルを加味した考え方です。この場合の「監督」とは、監督する人が監督される人(業務執行者つまり執行役)の業績を評価することより、経営の効率性を確保すること、すなわち取締役会が業務執行者の個別的な意思決定や業務執行の合目的性を審査するのではなく、経営陣が策定した経営戦略方針に照らし、その成果が妥当であったかか否かを審査することです。 取締役会が、執行役の業績評価を行い、その経営の効率性を評価するためには、監督の基準となる経営の基本方針を決定し、執行役に会社の業務執行の指針を示す必要があります。指名委員会等設置会社において取締役会が、執行役の職務執行の監督に集中し、取締役会が監督機能を十分に発揮するためには、細目的事項取締役会決議事項から外し、重要な業務執行の決定を執行役に対して委任できるようにすることが可能となっています。それは、一方で業務執行において迅速な意思決定を可能にし、変化が激しくなっている経営環境において競争に打ち勝つ体制をつくっていくことでもあるわけです。 ü
指名委員会等設置会社の取締役会の基本的権限(416条第1項) 指名委員会等設置会社の取締役会の職務は前述の通りですが、その職務を行う権限を有します。一方、362条において取締役会の権限等を規定しているのが一般的な規定と考えられますが、そこで列挙されているのは、 取締役会設置会社の業務執行の決定、取締役の職務の執行の監督、代表取締役の選定及び解職の三項目であり、下の@〜Bと比べると、ABにあたる項目は同じ文言です。また、@にあたる項目については、指名委員会等設置会社の場合には、経営の基本方針を決定することが追加されているということが文言上の違いです。ただし、文言上での違いは小さくても意味合いは変わってきます。それを踏まえて見ていきましょう。 @経営の基本方針及び会社の業務執行の決定(416条第1項第1号) a)経営の基本方針(416条第1項第1号イ) 経営の基本方針とは、会社の経営はいかにあるべきかに関する基本的な方針を意味し、経営戦術のレベルを超える基本的な経営戦略がこれに該当します。そして、これは、取締役会において自ら決定しなければなりません。またここにいう経営には、単に効率性確保(会社の営利性)の面のみならず、公共性確保(社会的規範の遵守)の面も含まれると考えられます。したがって、内部統制システムをどう構築するかの基本方針も対象に含まれると考えられます。経営の基本方針の決定は、この両面が必要となる。具体的には、中期経営計画や年度予算であり、コーポレート・ガバナンスの基本方針、経営理念、経営ビジョン及び行動基準等が含まれます。この場合の、経営の基本方針は、執行役が会社の業務執行を行う際の指針となり、取締役会が取締役及び執行役を監督する際の基準になるものです。 ※監査役会設置会社では、従来より取締役会が経営の基本方針を決定することは要求されていません。 b)重要な業務執行組織等に係る事項(416条第1項第1号ハ) 執行役の選任・解任(402条2項、403条1項、416条4項)、執行役の職務の分掌・指揮命令の関係その他の執行役相互の関係に関する事項(416条1項1号ハ)、代表執行役の選定・解職(420条、416条4項)及び各委員会を組織する取締役の選定・解職(400条2項、401条1項、416条4項)がその内容です。 執行役が2人以上ある場合における執行役の職務の分掌及び指揮命令の関係その他の執行役相互の関係に関する事項を定めます。執行役は2名以上存在すると、職務範囲を明確化しなければならず、また素職務が重複する場合は、その調整が必要となるので、取締役会は、執行役の職務の分掌を決定する必要があります。 c)監査委員会の職務の執行のため必要なものとして法務省令で定める事項(416条第1項第1号ロ) 次項のd)と共に業務の適正を確保するための体制、いわゆる内部統制システムに関する事項です。監査委員会の職務を補助すべき取締役、執行役及び使用人に関する事項等の監査委員会の監査が実効的に行われることを確保するための体制に関する事項を意味すると考えられます。監査委員会は指名委員会等設置会社のモニタリング機能発揮のための重要委員会ですから、そのミニマムの要求事項は会社法施行規則110条の4第1項に規定されていて、次のような内容を取締役において専決的に決定しなければなりません。 ・監査委員会の職務を補助すべき取締役、執行役及び使用人に関する事項 ・監査委員会の職務を補助すべき取締役、執行役及び使用人のその他の取締役(監査等員である取締役を除く)からの独立性に関する事項 監査委員会は、過半数は社外取締役で構成されるので、それら社外取締役は、必ずしも会社に関する情報を十分持ち合わせていない可能性があるし、また監査委員会の職務を実行するのに社外取締役では十分でない場合もあり得ます。そこで監査委員会の職務が適切に実行できるように補助する取締役及び使用人が必要となり、その補助体制の充実度が監査委員会の職務執行の実効性に影響するからです。 ここでいう「使用人の取締役からの独立性に関する事項」は、監査委員会のスタッフが、経営者から独立していなければ、その過半数を社外取締役とすることにより適正な監査の実現のために監査委員会の独立性を確保した法の趣旨を没却しないために必要なものです。監査委員会の監査実務を執行するスタッフは使用人であるため当然に執行部門の管理下にあります。従って、その独立性の担保のために監査委員会のスタッフの任命、評価、異動等には、監査等委員会の同意を必要とする。その選任及び解任については監査委員会の同意を必要とし、事前に監査委員会の意見を聴取し、取締役及び執行役はこれを尊重するといったことが考えられます。 ・取締役、執行役及び使用人が監査委員会に報告するための体制その他の監査委員会への報告に関する体制 監査委員会の主要任務は、経営者である執行役及びその部下である使用人の職務執行の決定及びその実行のモニタリングであるので、まずもって執行役および使用人が事故の業務執行の状況を監査委員会に報告することが不可欠です。経営の決定・実行状況に関する情報が、監査委員会に伝達されねば、十分な監督・監査はできません。そのことが、執行役及び使用人が監査委員会に報告するための体制を決定すべきことの必要性の理由です。 もっとも監査委員会がその職責を効果的に果たすためには、執行役・使用人による報告のみでは十分でないから、「取締役、執行役及び使用人が監査委員会に報告するための体制」は例示的列挙をした上で、より広く「その他の監査委員会への報告に関する体制」を定めることが要求されています。例えば、他の委員会が入手したモニタリングに有益な情報を監査委員会に報告できる仕組みです、 ・その他監査委員会の監査が実効的に行われることを確保するための体制 これは、上記以外を網羅的にカバーして、監査委員会の監査が実効的に行われることを確保するシステムは他にも考えられるので、それらを含むことを可能にするという趣旨です。例えば、内部監査部門等との連携に関する体制や取締役の職務の執行に関する情報の保存・管理の体制などが考えられます。 監査委員会は会社の内部統制システムを利用して監査を行うことが想定されているため、これらの事項を決定することが不可欠となります。 d)執行役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備(416条第1項第1号ホ) いわゆる内部統制システムに関する事項です。指名委員会等設置会社以外の取締役会設置会社の場合、大会社以外の会社は、この決定を義務化されていません(362条5項)が、すべての指名委員会等設置会社は、この決定をしなければなりません。そしてここにいう業務の適正確保には、公正性のみならず効率性の確保も含まれます。また、この事項に関する取締役会決定事項は事業報告にその内容の概要を記載しなければなりません(会社法施行規則118条2号)。さらに監査委員会は、事業報告の監査において内部統制システムの内容が相当でないと認めるときには、その旨・理由を監査報告の内容にしなければなりません(会社法施行規則131条1項、129条1項)。この内容は、会社法施行規則112条第2項に規定されています。 ・執行役の職務の執行に係る情報の保管及び管理に関する体制 これは、執行役の業務執行の適正性を確保するために必要であるのみならず、執行役の職務執行状況が取締役会・委員会のモニタリングの対象であり、そのアクセスを確保する必要があるからです。具体的に言えば、例えば、文書管理方針、文書管理規程などの策定があります。 ・会社の損失の危機の管理に関する規程その他の体制 これは、会社はその企業活動に伴いさまざまなリスクに遭遇する可能性があり、そのようなリスクに対する管理体制の構築は、会社にとって必須かつ重要ですから、取締役会の決議を要求する必要があります。例えば、リスク管理方針、リスク管理規程等の策定があります。 ・執行役の職務の執行が効率的に行われることを確保するための体制 これは、コーポレート・ガバナンスの2大目的の1つである効率性確保を図るための体制であり、会社の社会的存在意義で新たな富を社会にもたらすことを実現すること、すなわち、会社法における株主利益最大化原則と関係するものです。執行役は、会社の経営者ですから、株主利益最大化原則に従うことが、その善管注意義務・注意義務の内容となります。具体的には、決裁体制・規程等の策定や経営戦略会議等の設置等が考えられます。 ・使用人の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制 これは、会社のビジネス活動は、取締役や執行役のみならず、使用人の職務執行も必須であるので、その職務執行は法令・定款に適合するものでなければならないからです。主としてコーポレート・ガバナンスの2大目的である公正性確保に関係する事項です。具体的には、例えば、コンプライアンス・マニュアル、企業倫理規程、内部通報制度等の策定があります。 ・親会社及び子会社から成る企業集団における業務の適正を確保するための体制 これは、現代の会社がグループを形成して活動することが多い現状を踏まえて、親会社・子会社を含めたグループ全体の業務の適正性が確保される必要があるからです。具体的には、企業集団としての内部統制システムの構築、利益相反・忠実義務違反の防止に関するガイドライン等の策定があります。 監査委員会は会社の内部統制システムを利用して監査を行うことが想定されているため、また取締役会が監督業務を行っていく上でも、これらの事項を決定することが不可欠となります。 e)定款授権がある場合の自己株式買受に係る事項(416条第4項第2号) 定款で市場取引等によって自己株式を取得する権限を取締役会に授権している場合(165条)において、取得株式の種類、数、取得価額の総額を決定すること。 f)株主総会に係る事項(416条第4項第4号) 株主総会の招集の決定(298条1項)及び株主総会の議案の決定。ただし、取締役、会計監査人の選任及び解任、並びに会計監査人の不再任の議案については指名委員会、監査委員会の権限になります。 g)計算書類の承認(416条第4項第13号) 計算書類、事業報告及びこれらの書類の附属明細書について、監査委員会及び会計監査人の監査を経て承認する。 h)中間配当の決定(416条第4項第13号) 定款の中間配当についての規定を設けていることが前提となります。 i)会社の組織再編行為に係る事項 事業譲渡など(416条4項15号)、合併(416条4項16号)、吸収分割(416条4項17号)、新設分割(416条4項18号)、株式交換(416条4項19号)、株式移転(416条4項20号)に関する決定 k)利益相反取引等の承認、責任の一部免除(416条第4項第6号及び12号) l)その他 会社と監査委員との間の訴訟において会社を代表する者の決定(416条4項10号)、取締役会の招集権者の決定(416条4項7号)、執行役から取締役会の招集請求を受ける者の決定(416条1項1号ニ)、譲渡制限株式の譲渡承認(416条4項1号) A執行役等(執行役、取締役、会計参与)の職務の執行の監督 取締役会権限として362条に規定されているものと同じような事項です。ただし、モニタリング・モデルの指名委員会等設置会社の監督は、取締役が会社の業務の決定・執行を行うことはなく。執行役が取締役会の決議により委任をうけた事項の決定を行い、かつ業務の執行を行うから、その執行役を監督することが監督の主要業務となっています。一方、指名委員会等設置会社の取締役は、取締役会の構成員としての職務、委員会の委員としての職務を有しているので、その執行が取締役会による監督の対象となります。 一方、取締役会による執行役等の職務の執行の監督について各委員会が以下の点の監督権限を持っているので、取締役会としては、主にその監督権限を取締役の職務分掌の決定または執行役の解任・職務の分掌等の決定の方法により行使することになります。 ・執行役・取締役の違法行為に対する訴訟遂行権限は監査委員会または各監査委員 ・各執行役・取締役が受ける報酬等の決定権限は報酬委員会 ・株主総会に提出する取締役・会計参与・会計監査人の選任・解任議案の決定権限は指名委員会・監査委員会 具体的な方法は、形式的には、362条の一般的な規定の方法を準用した、以下のものとなると考えられます。 ア.具体的方法 a)取締役会への報告義務 取締役会は、業務の執行計画や実施状況の監督を行う場合、執行役に対して必要な報告や資料の提示・提出等を求めることとなります。そのため、執行役に対し、3ヶ月に1回以上、職務執行の状況を取締役会に報告することを要求(417条4項)し、当該取締役会の開催は、書面または電磁的方法による取締役会開催の同意(370条)があっても省略できないものとされています(372条2項)。また、各委員会は取締役会に委員会の執行状況を報告することになっています。これは取締役による監督が、形式的なものではなく、取締役会という会議体の中で実質的に行なわれなければならないことを意味します。取締役会では、この報告や提出された資料等を審議検討し、その適否を判断します。適否の判断に際しては、監査役のほか、会計監査人の意見を聴取することや、社内外の専門家の意見を聴取することも認められています。以上の業務執行の監督を通じて、代表執行役または執行役について是正すべき事項がある場合には、適宜の指摘か行われ、これへの対応が適切でない場合には、取締役会は、当該代表執行役を解職することができます(420条2項)。なお、執行役についても同様に考えられます(403条1項)。 ※取締役の監督義務 取締役会を構成する各取締役は、取締役会における調査・検討・審議・判断という過程において、会社に対する善管注意義務を確実に履行しなければならない。加えて、その履行が適正であるかについての監督義務を負う、という最高裁の判断が出ています(最高裁昭和48年5月22日)。 取締役会は会社の業務執行を監督する機能を有するため、取締役会を構成する取締役は、取締役会に上程された事柄だけでなく、執行役等の業務執行全般を監視し、必要があれば、取締役会を自ら招集し、あるいは招集することを求め、取締役会を通じて業務執行が適正に行われるようにする責務を有する(366条1項、2項)と言えます。このように、取締役は、業務の適正を確保するため、取締役会の構成員として、監視機能に基づき必要な手段を講じなければなりません。 〔参考〕取締役会の監督権限と監査役監査権限 取締役会は、会社の経営方針・業務執行に関する決定機関であるとともに、その経営方針・業務執行の実践を確保するための監督を行なわなければなりません。したがって、取締役会の監督権限は、業務執行が経営方針に合致しているかどうかを確認することを目的とし、職務執行の適法性にとどまらず、その妥当性に及ぶことから、積極的かつ前向きの監督をするという性格を帯びています。 これに対して、監査役による業務監査は、原則として業務執行の適法性の監査に限られ、相当でない事項または著しく不当な事項を指摘するというものです。したがって、監査役の監査権限は、取締役の行為や取締役会決議の適法性を確保することが目的となるので、消極的かつ防止的な監査をするという性格を帯びています。 これら取締役会による監督権限と監査役の監査権限は、対立するものではなく、健全な会社業務の維持、コーポレートガバナンスの確保を促進する上で相互に補完・関連するするところがあります。 b)取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制(内部統制システム) 大会社の取締役会は、取締役の職務の執行が法令・定款に適合することを確保するための体制その他会社の業務及び当該会社・子会社からなる企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制、いわゆる内部統制システムを整備し運営することによって監督を行います(362条5項)。 上場会社などの大会社の現状では、取締役会による取締役の業務執行の監督は容易でなく、取締役各人の能力に期待するだけでなく、取締役会において判断するために必要な情報が提供され、取締役の職務執行が法令・定款に適合することを確保する内部統制システムが必要と考えられるようになりました。会社法及び関係法令では、大会社及び監査等委員会設置会社、監査等委員会設置会社、指名委員会等設置会社についていわゆる内部統制システムの構築を取締役会の義務としています(348条3項4号及び4項、会社法施行規則100条102条)。決定の内容及び運用状況は、事業報告に記載されることにより開示され(会社法施行規則118条2号)、その相当性が監査役による監査の対象となります(会社法施行規則129条1項5号)。法務省令で求められている内容は次のとおりです。 (1)取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制 (2)取締役の職務の執行に係る情報の保存及び管理に関する体制 (3)損失の危険の管理に対する規程その他の体制 (4)取締役の職務の執行が効率的に行われることを確保するための体制 (5)使用人の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制 (6)当該株式会社並びにその親会社及び子会社から成る企業集団における業務の適正を確保するための体制 (7)監査役がその職務を補助すべき使用人を置くことを求めた場合における当該使用に関する事項 (8)前号の使用人の取締役からの独立性に関する事項 (9)取締役及び使用人が監査役に報告するための体制その他監査役への報告に関する体制 (10)その他監査役の監査が実効的に行われることを確保するための体制 ※内部統制システム 内部統制システムは1920年頃からアメリカを中心に広まった概念で、当初は財務報告の信頼性確保の前提として、会計監査人が会計監査を行うために必要とした内部牽制のシステムでしたが、次第に、経営者が使用人の業務の効率性・有効性・遵法(コンプライアンス)を監視するシステムの意味合いを強め、現在では、経営者自身を監視するシステムの意味でその語が用いられることもあります。我が国の会社法では、経営者の監督体制を含めた意味で用いられます。 c)社外取締役による監督 社外役員である社外取締役、社外監査役は、いずれも、会社及び子会社において直前に取締役・使用人等ではなかった者であり、外部の視点から職務執行の監督を行うことのできる立場にあります。以下で、取締役会の構成員である社外取締役による監督機能について考えてみたいと思います。 会社法上、監査役会設置会社において社外取締役の選任は義務付けられていませんが、強く推奨されている(327条の2)ことから、会社それぞれの事情に基づいて、社外取締役を選任しています。社外取締役に期待され役割として次の点があげられます。 ・透明性の確保 取締役会において社内取締役から一定の距離のある外部者を加えることにより、外部者への説明を通じて、業務執行の透明性を確保することができる。 ・助言機能 社外取締役の持つ職歴や経験、知識その他外部者の立場から、経営に対する大局的な観点からの助言を受けることができます。 ・監督機能等 経営者の評価・選解任その他取締役会における重要事項の決定に際して議決権を行使することによる「業務改善全般への監督機能と、会社と経営者との間の「利益相反を監督する機能」とを向上させることができます。 ü
取締役への委任の禁止(415条3項) 取締役会が415条1項各号に掲げる職務の執行を取締役に委任することはできません(415条3項)。すなわち、取締役への委任を禁止することにより、415条1項各号の事項の執行は、取締役会が自ら執行しなければならないことになります。委任の禁止される取締役会の職務は、第1に経営の基本方針等の会社の業務執行の決定であり、第2にも執行役等の職務の執行の監督です。 まず、第1の決定権限は、会社にとって重要かつ基本的な事項であり、取締役会を設置している以上、取締役の全員で構成される取締役会を開催し、そこにおいて議論をした上で決定させるほうの趣旨が確保できなくなるからです。 第2の監督権限については、そもそもこの権限はね取締役会が有する権限であり、個々の取締役ではなく、取締役会全体として監督権限を果たすべきことを要求するものです。指名委員会等設置会社は、それ以外の取締役会設置会社よりも、取締役会による監督が強力になりえる点にその大きな効用があります。しかるに取締役会が執行役等の監督を取締役に委任できるとなると、取締役会に監督を要求する法の趣旨に反することになるからです。 ü
重要な業務執行の決定の執行役への委任(415条4項) 指名委員会等設置会社は、モニタリング・モデルの形態であり、その大きな特色として、取締役会は自らが選任した執行役に対して大幅に業務執行の決定権限を委任し、主に監督機関としての役割を担うものです。したがって、業務執行の決定は、むしろ執行役が行い、取締役会は監督に特化するのが原則です。その上で、但書として、重要な業務執行の決定について取締役会が執行役に委任できない事項を限定列記しています(上記「指名委員会等設置会社の取締役会の基本的権限」の@a〜l)が、それ以外については委任できるということになります。 ・委任できない事項 1)譲渡制限株式の譲渡承認(136条、137条1項、140条4項) 譲渡制限株式の譲渡承認あるいは買取人の指定は、閉鎖的会社の閉鎖性維持のための重要な事項ですから、取締役会の専決事項とされています。 2)自己株式の有償取得(165条3項、156条1項) 会社が様々な方法で、自己株式を有償取得するのは、株主への財産分配の性質があるため、取締役会の専決事項とされています。 3)譲渡制限新株予約権の譲渡承認(262条、263条1項) 譲渡制限株式の譲渡承認と同じ趣旨で、取締役会の専決事項とされています。 4)株主総会募集事項(298条1項)及び株主総会提出議案の決定(298条2項) 株主総会招集権者は招集に当たって298条1項各号の事項について取締役会の決議で決定します。これは喪会社の最上位機関である株主総会の招集の重要性のゆえで、指名委員会等設置会社以外の取締役会設置会社において代表取締役に委任できないのと同じ趣旨です。取締役会の決議に基づかず代表取締役あるいは代表執行役が招集した株主総会決議は、決議取消事由となり、代表取締役でない平取締役あるいは執行役が招集した場合の決議は決議不存在となります。 365条1項は、356条1項の承認については取締役会設置会社の場合は、株主総会ではなく取締役会と読み替える旨を定めているので、競業・利益相反取引の承認は取締役会の専決事項となります。このようか会社の利益を害する可能性のある取引の承認執行役に委任するのは妥当でないと解されています。 6)取締役会招集取締役の決定(366条1項) 執行役の業務執行をモニタリングすべき取締役会の招集決定を執行役に委任するのは妥当でないと解されています。 7)委員会委員の選定・解職の決定(400条2項、401条1項) 委員会は取締役会の内部機関で取締役の中から取締役会の決議で選定・解職されます。これらの事項を執行役に委任すれば、モニタリングされるべき者が、実質的にモニタリングする委員を任免できることとなり、妥当でないと解されています。 執行役選・解任は、取締役会による執行役の職務の監督の中核であるので、その権限を執行役に委任するの背理だからです。 9)監査委員と会社間の訴訟の会社代表者決定(408条1項) これは監査委員が会社との訴訟の当事者になる場合は、監査委員会が選定する監査委員が当該訴訟を代表するのが適切でないから、その上位機関である取締役会の決定したもので、執行役に委任するのは筋違いです。 10)代表執行役の選定・解職(420条1項、2項) 代表執行役は指名委員会等設置会社の経営者であるので、そのモニタリングは、たいへん重要な課題で、それゆえにその選定・解職を取締役会の権限としています。執行役への委任は、その趣旨に反するものです。 11)定款による責任免除の決定(426条1項、423条1項) 426条1項は役員等の会社に対する損害賠償責任についても一定の要件の下で取締役会の決議によって責任を免除する旨の定款の規定の定めができ、その定めに基づいて取締役会の決議で責任の免除ができるものですが、その決議の利益相反性にかんがみ取締役会の決議を必要とするのであり、それを執行役に委任するのは妥当でないからです。 12)計算書類の承認(430条3項、441条3項、444条5項) 計算書類の承認は取締役会の専決事項であり、その重要性にかんがみ、執行役への委任は妥当でないからです。 13)中間配当の決定(454条5項) 会社財産の株主への流出という重要性にかんがみ取締役会の専決事項とされているものです。 14)事業譲渡等の契約内容の決定(467条1項) 事業譲渡等の契約の承認は株主総会においてうけなければならず、その承認をうけるために内容を決定しておかなければならないので、取締役会でけっていすることとされています。これも取締役会の専決事項です。ただし、簡易事業譲渡のように株主総会の決議による承認を要しないものは除外されます。 15)合併等の企業組織再編契約内容の決定 合併契約、吸収分割契約、新設分割計画、株式交換契約、株式移転計画の内容の決定です。これらの決定は会社組織再編という重要性にかんがみ取締役会の専決事項とされています。ただし、合併契約、吸収分割契約、新設分割計画、株式交換契約については、簡易合併等の株主総会の決議による承認を要しないものは除外されます。 ・委任できる事項 但し、取締役会は、業務執行の決定を執行役へ委任した場合でも、それにもかかわらず委任した事項について取締役会で決議するとは可能であり、その決定は執行役を拘束します。執行役は取締役会の監督を受け、取締役会において選・解任されるのであるから、取締役会の決定に従わねば善管注意義務違反となります。このことは、執行役が委任を受けた事項についてすでに決定している場合でも同様です。 実際には、一般に取締役会の決定を要する事項であって、指名委員会等設置会社では執行役に決定を委任することができる事項は主に次のようなものとなります。 ア)重要な財産の処分および譲り受け(362条4項1号) イ)多額の借財(362条4項2号) ウ)支配人その他の重要な使用人の選任および解任(362条4項3号) エ)支店その他重要な組織の設置、変更および廃止(362条4項4号) オ)定款で要綱を定めた場合の種類株式の内容決定(108条3項) カ)自己株式の取得価額等の決定、子会社からの自己株式の取得(157条、163条) キ)取得条項付株式の取得(168条1項) ク)株式の分割、無償割当(183条、185条) ケ)公開会社の募集株式、募集新株予約権の募集事項の決定(201条1項、240条1項) コ)社債の募集に関する重要事項の決定(362条4項5号) サ)簡易合併等、株主の承認を要しない組織再編の内容の決定(784条、796条1〜2項) なお、執行役に委任されていない行為を執行役が取締役会の決議を経ずに行った場合は、指名委員会等設置会社以外の会社における代表取締役が取締役会決議なしに行った場合と同様に扱われ、原則として有効となりますが、相手方が決議を経ていないことを知りまた知りうべきときは無効になるものと解されています。
関連条文 第1款.委員の選定、執行役の選任等 第2款.指名委員会等の権限等 指名委員会等設置会社の執行役又は取締役との訴えにおける会社の代表等(408条) 第3款.指名委員会等の運営 第4款.指名委員会等設置会社の取締役の権限等 |