新任担当者のための会社法実務講座 第356条 競業及び利益相反取引の制限 |
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競業及び利益相反取引の制限(356条) @取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。 一 取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。 二 取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき。 三 株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。 A民法第108条の規定は、前項の承認を受けた同項第2号の取引については、適用しない。
取締役は、会社の業務執行またはその決定に関与するので、会社のノウハウ、顧客その他の会社に関する内部情報を知りまたは入手しやすい地位にあります。このような立場にある取締役が、会社と競争する取引に従事するとき、本来会社の事業のために用いられるべき情報や取引関係等が、取締役の行う競争的事業のために利用されるおそれが大きいと言えます。 また、取締役が個人としてあるいは第三者のために会社と取引するとき、取締役としての地位を会社外の者の利益のために利用されるおそれがあります。会社が第三者との間で行う取引でも、それによって取締役と会社との利益が相反するときは、同様の危険性が認められます。 そこで競業及び利益相反取引の制限は、取締役が会社の利益を犠牲にして自己または第三者のために図る危険の大きい行為を類型化し、取締役がそのような行為を行うことを規制するものです。取締役は、善良な管理者の注意義務をもって、会社のため忠実にその職務を遂行する義務を負います(330条、355条)。この義務の内容の一部として、取締役は、会社の利益を犠牲にして自己または第三者の利益を図ることを禁止されています。356条1項の競業取引および利益相反取引の制限は、競技の忠実義務から派生するものあるいは具体化するものです。この規定に形式的に該当する取引でも、結果として会社の利益が害されないもあるでしょうが、そういう取引についても一般予防的に規制しています。したがって、条文は狭義の忠実義務を超えた不作為義務を取締役に課したものとかんがえられるものです。 取締役の競業取引の制限は、会社の事業上の内部情報に通じている取締役が、そのような情報を利用して競争的取引を行うことを防止することを目的としています。事業上の内部情報の不正流用の危険は監査役にもありますが、監査役の競業避止義務の法定化されていません。この違いに着目して、取締役の競業取引制限の目的を、業務執行に関与する取締役に会社の事業の部類に属する取引の機会を会社に提供することを義務付けたと考えることもできます。監査役も、会社の事業上の秘密等を自己の事業のために流用すれば、善管注意義務違反の責任を問われます(330条)。しかし、監査役が、自己または第三者のために会社の事業の部類に属する取引を行ったとしても、そのこと自体が当然に違法性を帯びることはありません。会社法が、取締役について、一般予防的に競業取引の制限を行なっているのは、会社の内部情報の不正流用とともに、会社の業務執行行為や業務執行の意思決定が個人的利益に影響されるのを防止する意図があると考えられます。 ü
競業取引の規制(1項1号) @競業取引規制の内容 ・競業避止義務 取締役が自己または第三者のために会社の事業の部類に属する取引をしようとする時は、その取引についての重要な事実を開示して、承認を受けなければなりません。この規定は、取締役の競業が会社のノウハウ、顧客情報等を奪う形で会社の利益を害する危険が高いので、予防的・形式的に規制を加えたものです。したがって、たとえ競業の要件に当たらなくても、取締役が営業秘密を利用して私利を図る等で会社に現実に損害を生じさせた場合には、取締役の忠実義務違反の責任が生ずるということはあり得るということです。取締役会設置会社の場合には取締役の承認となります(365条1項)が、取締役会設置会社以外の株式会社では株主総会の普通決議による承認ということになります。 なお、監査役は、この規制の対象外です。 ・競業取引規制の内容 競業をなすにつき承認を得なければならない「取締役」には、業務執行に関与する代表取締役または代表取締役以外の業務執行取締役会のみならず、すべての取締役が含まれます。 「会社の事業の部類に属する取引」(競業)とは、会社が実際に行っている取引と目的物(商品・役務の種類)及び市場(地域・流通段階等)が競合する取引です。なお、「会社の事業の部類に属する取引」について、法令の通常の用語法によれば、会社の定款所定の事業目的に該当する取引を指す(商法509条1項)ことになります。しかし、定款所定の事業でも、現在会社が全く行っていない事業に属する取引を承認しなければならないとすることはないですし、他方で定款には今だ所定されていないが、会社が進出を企図し市場調査を進めている事業は対象にしなければなりません。また、会社の取り扱っている商品と完全に一致する必要はなく、それと同種あるいは類似の商品を取り扱うことも含まれます。例えば「和菓子の製造販売」を定款所定の目的とする会社の取締役が「洋菓子の製造販売」を行う場合にも競業取引に当たる可能性がないとは言えず(市場が競合する可能性がないとはいえない)、また定款に記載されていない事業を会社が継続的・専門的に行っていればそれも「会社の事業の部類に属する取引」に含まれると考えられます。また、「取引」には、販売・仕入の両方を含み、例えば、ある商品の製造・販売を目的とする会社であれば、その原材料を購入する取引も競業となりえます。 なお、取締役が自己または第三者のために、会社が実際に行っている事業と同種の事業を行う場合でも、地理的に市場が競合していなければ、競業取引の規制の対象とはなりません。ただし、現在は市場が競合していないが、会社が進出を具体的に計画している地域は、会社の市場と解されることになります(東京地裁判決昭和56年3月26日)。 「自己または第三者のために取引しようとするとき」とは、取締役が自分自身の名前もしくは第三者の名前で行った取引というのではなく、その行為を行った取締役もしくは第三者がその行為によって利益を受けるということを指します。たとえば、取締役が会社の名前で取引し、その結果得られた利益がその取締役自身または第三者のものになる場合が、これに当たります。例えば、P社の取締役Aが、P社と同種の事業を目的とするQ社の代表取締役には就任していないが、Q社の大株主であることを背景にQ社の経営を実質的に支配している場合には、AはQ社の事実上の主宰者として、第三者のためにP社の事業の部類に属する取引をしたものと解釈されます(東京地裁判決昭和56年3月26日)。なお、取締役が会社の名において(会社を代理または代表して)自己の計算で会社の事業の部類に属する取引を行う場合は、取締役の権利濫用の問題であり、競業取引の規制の対象になりません。 「重要な事実」とは、取締役会がその競業取引によって会社が損害を受けないかどうかを判断するために必要な事実のことです。単発の取引であれば相手先、目的物、数量、価格、履行期等を指しますが、競業会社の代表取締役に就任する等のため包括的な承認を得る場合であれば、その会社の事業の種類、規模、取引範囲等を開示すべきことになります。 取締役会の承認は、必ずしも個々の取引についてである必要はなく、取引の対象、頻度などを開示した事実から、会社に損害を生じないと判断することが可能な範囲では、包括的に受けることも可能です。取締役会が事後的に追認することも可能ですが、事後の承認については、事前に承認を得るのに事後に承認したような場合には、その行為による善管注意義務違反の責任を問われる可能性が、事前に承認を得た場合に比べて大きくなることは否定できません。追認の可否については取締役の責任問題になるので注意が必要です。 A競業取引における報告義務・説明義務 ・取締役会への報告義務(365条2項) 取締役会設置会社では、競業取引を行った取締役は、遅滞なく、取引について重要な事実を取締役会に報告しなければなりません(365条2項)。取締役がその取引をするについて取締役会の承認を受けていない場合だけでなく、取締役会の承認を受けていた場合にも、報告義務があります。これは、監督機関としての取締役会及びそれに出席する権利を有する監査役が、実際に為された取引が承認された範囲に属するかどうか、その取締役に忠実義務がないかを判断し、会社に損害を生ずる可能性がある時はそれに対する処置を講ずる機会をあたえるためです。 なお、報告義務違反には過料の制裁があります(976条23号)。 ・開示義務(会社法施行規則128条2項) 競業取引については、事業報告の附属明細書に取締役の兼務の状況を開示しなければなりません(会社法施行規則128条2項)。監査役の重要な監査の対象であり、株主総会での説明義務の範囲に含まれています。 B競業取引規制の効果 ・取引の効力 取締役が、株主総会や取締役会の承認を受けずに、競業取引を行った場合でも、取引は有効です。取引の相手方が、356条違反の競業取引であることを知っていても同様です。利益相反取引と異なり、競業取引は会社外の当事者間の取引であり、356条違反も会社の業務執行に関する意思決定の瑕疵ではなく、また仮に取引を無効にしてしまうと、規制対象外の取引の相手方が不利益を受けることになるからです。 ・損害賠償帰任 取締役が356条に違反する競業取引を行なうと、法令違反をしたことになり、任務懈怠に基づく損害賠償責任を負うことになります(423条1項)。その場合、この取引によって取締役または第三者が得た利益の額は、会社の損害額と推定されます(423条2項)。取締役が、会社との競争的取引を行う場合には会社の利害が害される危険性が大きいのですが、取引と相当因果関係のある会社の損害を証明することは困難です。そこで、会社法は、競争的取引によって利益を追及する会社の証明の負担を軽減したことになります。また、競争的取引によって利益を得た取締役に、その利益の吐き出しを要求する意味もあります。ただし、423条2項にあくまでも推定規定であるので、取締役は、会社が実際に被った損害額を証明して、推定を覆すことができます。 取締役が株主総会・株主総会の承認を得て取引を行った場合でも、その結果として会社が損害を被った場合は、取締役は善管注意義務・忠実義務違反の責任を負うことがあります(423条1項)。会社法上の株主総会の普通決議による承認には取締役を免責する機能はないからです。 取締役が、会社の規定に従って、事前に株主総会や取締役会の承認を得ていたにもかかわらず、善管注意義務・忠実義務の違反の責任が問われる場合、損害額の推定規定(423条2項)の適用はなく、責任を追及する側は、取締役に善管注意義務・忠実義務の違反があったこと、およびそれと相当因果関係のある損害の額を証明しなければなりません。 ・その他の効果 取締役が競業避止義務に違反した事実は、解任の正当事由(339条2項)となるとともに、その事実が重大であれば取締役解任の訴えの理由ともなると考えられます。 監査役会設置会社などでは、取締役の競業避止義務違反の事実は、監査役等の監査報告に記載されることになります(会社法施行規則129条1項、130条2項、131条1項)。 ・取締役会の承認の効果(取締役会の承認受けてなされた場合) 取締役会の承認を受けたにもかかわらず競業取引によって会社に損害が生じた場合には、その協業取引をした取締役は当然のこととして、それだけでなく取締役会で承認することに賛成した取締役も、その賛成したことについて善管注意義務違反(会社に損害が生じないと判断するについての善管注意義務違反)があれば、会社に対して損害賠償責任を負うことになります(423条)。取締役は、会社に損害を生じることが取締役に社会通念上要求される注意をもってしても予測することができなかった場合に、はじめて責任を免れることになるります。取締役会の承認が必要であることの意味は、このように承認した取締役が善管注意義務違反による損害賠償責任を負うことにあり、これによって、安易な承認をしないことが期待されています。 もっとも我が国では、競業承認は取締役を系列会社(合弁企業等)に代表取締役として派遣する等の正当な事業目的に基づきなされることが多いので、結果的に会社に損害が生じたからといって、簡単に競業取締役または取締役会において承認を与えた取締役の善管注意義務違反を安易に判断できないところもあります。 ・違反の効果(取締役会承認を受けずになされた場合) 取締役会の承認を受けずになされた競業取引についても、その行為の効力自体は否定されません。取引の効力を否定すると、規制の対象とされなていない相手方が、この規制によって不利益を受けることになり、不都合となるからです。 取締役会の承認なしに競業取引をしたときは、その行為をした取締役は損害賠償責任を負うことになる(423条1項、356条1項1号)ほか、解任請求の対象にもなり得ます。会社法では、会社側の損害額の立証の困難さを排除するため、取引により取締役もしくは執行役または第三者が得た利益の額を会社が蒙った損害の額と推定することとされます(423条2項)。したがって、違反行為をした取締役において、会社の損害がその違反行為と因果関係のないこと、または取締役もしくは第三者が得た利益より少ないことを立証すれば、責任を免れ、または責任を減ずることができ、逆に損害を受けた会社側もその蒙った被害がその利益より大きいことを立証して、それ以上の損害賠償を求めることも可能です。 C競業避止義務に類似する問題 ・会社の機会の奪取 会社が関心を持つはずの新規事業機会等を取締役が自己の事業にしてしまうことが、同人の会社に対する忠実義務違反となることがあり、「会社の機会」の奪取といわれます。取締役がその職務上知り得た外部情報を会社に無断で自己の事業にする場合等が、その典型例です。 問題は、取締役が個人の資格で得た情報等をどこまで会社に提供せねばならないかです。これは、忠実義務よりむしろ取締役の善管注意義務の一環として会社の新規事業の開発等に努める義務がどこまであるかの問題といえますが、会社が上場会社等か閉鎖型か、及びその取締役の社内的立場等により、その義務の程度は異なると解すべきでしょう。 もっとも、取締役が「会社の事業の部類に属する取引」の機会を利用して自己他は第三者のために当該取引を行う場合は競業取引の規制対象となるでしょう。つまり、会社が新規事業機会に実際に進出するか、計画しているかよって、競業取引の規制対象となるかが判断されす。また、会社の事業の部類に属さない取引については、例えば、会社がある地域で工場や店舗用の不動産を取得しようとしているときに、その情報を得た取締役がその不動産を個人的に取得する場合。この場合、不動産取引を目的とする会社でなければ、不動産の購入は事業の部類に属する取引ではありません。ただしこの場合は、取締役は、会社の機会を会社に提供することが善管注意義務により要請されているのですから、それを会社に提供しないか、または会社が放棄していないのに自己または第三者のためにその機会を奪った場合には、善管注意義務・忠実義務違反に基づく責任を負うことになります。 ・退任予定の取締役による従業員の引抜き 退任後に会社と同一または類似の事業を開始することを企図する取締役が、在任中に部下に対し退職して自己の事業に参加するよう勧誘することが、取締役の忠実義務違反となることがあります(東京高裁判決平成1年10月29日)。問題は忠実義務違反が成立する要件であり、在任中に部下に対し退職勧誘をすれば当然に義務違反になると解する見解がありますが、そうではなく、取締役と当該部下との従来の関係等諸般の事情を考慮の上不当な態様のもののみが義務違反になると解すべきでしょう。 ・退任後の競業禁止特約 競業取引の規制は、あくまでも取締役在任中のものです。取締役は、退任してしまえば、自己の知識や経験を生かして会社と同種の事業を行うことができます。これは職業選択の自由、営業の自由として保障されている基本的人権です。ただし、取締役の在任中に知った会社の営業秘密を利用して競業を行なえば、不正競争防止法に違反することになります。この他、退職者が社会的に許容される範囲を逸脱するような態様で競業行為を行った場合には、不法行為責任を負うことになります(東京地裁判決昭和51年12月22日)。 会社は、取締役退任後もその者の競業行為を制約する取締役・会社間の特約は、取締役の職業選択の自由に関わるので、取締役の社内での地位、営業秘密・得意先維持等の必要性、地域・期間等の制限内容、代償措置等の諸要素を考慮し、必要・相当性が認められる限りにおいて公序良俗に反せず有効と解すべきでしょう(東京地裁判決平成5年10月4日)。 取締役が退職後に会社と同種の事業を行うことを計画してその開業準備行為を在任中に行うことは、競業取引には当たりませんが、善管注意義務・忠実義務に違反しない態様で行う必要があります。 ・他の会社の役員・使用人等との兼任 P社の取締役が、同種の事業を目的とするQ社の取締役となることはもとより、代表取締役、業務を執行する使用人等になること自体は、競業取引には当たりません。しかし、その取締役が、Q社の代表取締役などとしてQ社を代表してP社の事業の部類に属する取引を行う場合や、Q社の使用人としてQ社を代理してその取引を行う場合には、第三者のために会社の事業の部類に属する取引を行うことになるので、競業取引に該当することになります。 親会社と子会社が同種の事業を行う場合に、親会社の取締役が子会社の代表取締役を兼任し、子会社を代表して親会社の事業の部類に属する取引を行う場合も、競業取引に該当します。子会社に親会社以外の株主が存するとき、親会社の利益と子会社の利益が衝突する可能性があるからです。親会社が子会社の発行済株式のすべてを保有する場合は、親子会社間の利害の対立がないといえるので、競業取引は成立しません(大阪地裁判決昭和58年5月11日)。なお、公開会社は、事業報告において役員の兼職状況を記載しなければなりません(435条、会社法施行規則119条2号、121条3・8号、124条1・2号)。その附属明細書においては、他の会社の業務執行取締役・執行役等との兼務の状況の明細が開示されます(会社法施行規則128条)。 ü 利益相反取引の規制(1項2号、3号) @利益相反取引規制の内容 ・利益相反取引回避義務 取締役会設置会社では、取締役は、自己または第三者のために会社と取引をしようとするとき(直接取引)および会社が取締役の債務を保証することその他の取締役以外の者との間において会社とその取締役の利益が相反する取引をしようとする時(間接取引)は、重要な事実を開示して、取締役会の承認を受けなければなりません(365条1項)。、取締役会設置会社以外の株式会社では株主総会の普通決議による承認ということになります。 この規定は、取締役が会社の利益を犠牲にして、自己の田は第三者の利益を図ることを防止する趣旨で設けられたもので、忠実義務がこの規制の根拠になっているので、忠実義務を負担していない監査役に対しては、利益相反取引規制は存在しないと言えます。 ・利益相反取引規制の内容 利益相反取引は、上述のように大まかに言って「直接取引」と「間接取引」の2種類に分けられます。 べての取締役が含まれます。 @)直接取引 取締役が、会社の製品が会社から購入したり、自己の財産を会社に売却したりするなど、取締役と会社が直接に取引を行う際には、取締役が私心を去って会社の利益のために自己を犠牲にすることを常に期待することは困難です。取締役が第三者のために会社と取引をする場合も、会社の業務執行の意思決定に参画する取締役が第三者の利益を図るために会社の利益を犠牲にするおそれが大きく、そこで、直接取引は、取締役と会社との間の利益相反取引の典型的なものと言えます。 直接取引については、取締役会の承認があれば、民法108条で規定されている自己契約または双方代理に当たる場合でも、取引をするでも、取引をすること自体は禁止されません(356条2項)。 この規定は、取締役が自己または第三者の利益を図って会社に損害が生じることを防止するためのものですから、直接取引と言っても、取締役の会社に対する負担のない贈与はもちろん、会社が取締役から無利息・無担保の貸付けを受ける場合、債務を履行する場合、相殺適状にある債権債務を相殺する場合など、抽象的に見て会社に損害が生じ得ない取引は、利益相反規制の対象から外れると解されています(大審院判決大正9年2月20日、大審院判決昭和13年9月28日、最高裁判決昭和38年12月6日)。また、普通取引約款に従い、取締役が会社との取引を行う場合、会社・取締役に裁量の余地がないものとして、同じように対象から外れる(東京地裁判決昭和57年2月24日)。また、取締役が一般顧客として自社の店舗で販売されている商品を購入する場合や、運送契約・保険契約・預金契約・定価による売買契約の締結など、定型的な取引であって、会社に損害が生じる可能性のない取引は含まれない。つまり事前の承認を得る必要がないと解されています。ただし、定型的で会社に損害を与える取引というのでは明確な基準ではありいません。例えば手形行為が利益相反取引に含まれるか否かで議論が分かれます。 ※手形行為と直接取引 判例及び通説では、手形取引は単に実質的取引の決済手段として行われるものではなく、信用授受の手段として広く利用されていて、また手形債務が、実証責任の過重、抗弁の切断、不渡処分の危険性を伴い、原因債務をよりいっそう厳格な支払義務であることを理由に、手形行為は含まれる(最高裁昭和46年10月13日)としています。また、取締役と会社の間の手形行為であっても、取締役が会社を受取人として手形を振り出す場合や会社を被裏書人として裏書する場合、取締役が手形金額と同額の金額を交付して会社から手形の裏書譲渡を受ける場合(最高裁判決昭和39年1月28日)、あるいは隠れた手形保証の目的で取締役が会社振り出しの手形受取人となって裏書する場合(大阪高裁判決昭和38年6月27日)などには、実質的に見て会社に不利益をもたらすことはないから、利益相反取引規制の対象から外れると考えられています。 取締役とその者が全株式を有している会社との取引については、取締役と会社の間に利益相反関係がないので利益相反規制の対象とはなりません(最高裁判決昭和45年8月20日)。 取締役に対する報酬や賞与等の支給は、別途規制が定められている(361条、404条3項)ので、利益相反取引規制の対象とはなりません。 相対取引による自己株式の取得(140条2項、156条1項、160条1項、175条1項)、募集株式の発行(199条2項)、新株予約権の発行(238条2項)、事業譲渡・事業全部の譲受け(467条)、合併・分割・株式交換・株式移転(783条1項、795条1項、804条1項)が、同時に取締役と会社間の利益相反取引にも該当する場合は、より厳格な株主総会特別決議が要求されていることから、利益相反取引の取締役会による事前承認は不要であると解されています(福岡高裁判決昭和30年10月12日)。 (直接取引の例) 会社の取締役に対する金銭の貸付及び約束手形の振り出し 会社と取締役との間での商品、土地、株式、債権等の財産の売買 会社から取締役への贈与 会社による、取締役の会社に対する債務の免除 A)間接取引 間接取引とは、取締役が利益を得て会社が不利益を被る危険性が類型的に認められる取引を、会社が第三者との間で行なう取引で、たとえばA会社の取締役甲がA会社以外の者乙から借り入れをしている場合に、A会社が甲のこり借入金債務のために、乙と保証契約を締結し、または乙を担保権者とする担保権を設定し(物上保障)、あるいは甲の債務を引き受ける等の行為を言います。これらの取引は、あくまでA会社と乙との間でなされるものであって、甲とA会社との間でなされるわけではありません。それゆえ直接取引ではないのです。しかし、甲に有利でA会社に不利であるという点で、直接取引と同じような規制が必要であることは分かると思います。なお、A会社を代表して乙とこの契約を締結するのが、甲自身か、甲以外のA会社の代表取締役かは問われません。 (間接取引の例) 取締役が第三者に対し負担する債務について会社がする保証、物上保証 取締役が第三者に対し負担する債務について会社がする連帯保証契約 取締役配偶者の債務について個人としてする連帯保証に加え、会社を代表してする連帯保証 取締役が第三者に対し負担する債務の会社による引き受け ※企業グループの中では、取締役が子会社の代表取締役を兼務する例が少なくなく、兼務する取締役は、自分は一体どの会社のために働いているのか、兼務先との関係で利益相反ではないか、ということを常に意識する必要があります。たとえば、子会社の代表取締役を兼務する親会社の取締役が、親会社と兼務先子会社との間で取引を行うような場合です。この場合、利益相反取引に関する規制の適用があるとされます。だたし、兼務先の子会社において他に複数の代表取締役がおり、他の代表取締役が取引する場合など個別の判断が必要な場合もあります。なお、100%子会社親子会社間において取締役を兼務する場合には実質的に利益相反取引に立たないで、利益相反取引に関する規制の適用はないとされています。包括的承認及び追認の可能性、当該取締役の特別利害関係人としての議決権行使の排除等は、競業取引と同様です。なお、株主全員の同意がある場合には、取締役会の承認を要しないという判例があります(最高裁昭和49年9月29日)。 取締役の利益相反取引の承認は、個々の取引に対して承認されるのが原則です。しかし、関連会社間の取引のように反復継続して同種の取引がなされる場合については、取引の種類・数量・金額・期間等を特定して包括的に承認を与えても良いと解されています。株主総会の承認は普通決議となります。決議の際、利益相反取締役は特別利害関係人となります。なお、承認に際しては、取引についての重要な事実の開示・相当の説明等が必要です。 A利益相反取引の会社による承認 取締役が、自己または第三者のために会社と取引を行なおうとするときは、当該取引に開示し、株主総会の承認を受けなければなりません(356条1項)。この決議は普通決議です。取締役会設置会社では、株主総会ではなく取締役会の承認が必要です(365条1項)。会社が、間接取引を行なおうとするときも同様です。 承認の前提となる重要事実の開示は、株主総会・取締役会が承認をすべき否かを判断するための資料を提供するために行われるものです。したがって、重要性の判断も、この見地からなされるものです。具体的には、取引の種類、目的物、数量、価格、履行期、取引の問題などです。間接取引の場合は、相手方、主債務者の返済能力なども開示されます。 取締役の利益相反取引の承認は、個々の取引に対して承認されるのが原則です。しかし、関連会社間の取引のように反復継続して同種の取引がなされる場合については、取引の種類・数量・金額・期間等を特定して包括的に承認を与えても良いと解されています。株主総会の承認は普通決議となります。決議の際、利益相反取締役は特別利害関係人となります。 ・事後承認 利益相反取引の会社による承認は事前になされるのが原則です。株主総会・取締役会の承認なく行われた利益相反取引は、後述のように原則として無効となりますが、事後承認は、あたかも無権代理の追認のように(民法116条)、無効の取引をはしめに遡って有効にする効果を有すると考えられています(東京高裁判決昭和34年3月30日)。 利益相反取引が株主総会・取締役会の承認を受けることなく行われ、それによって会社に損害が生じた場合、取締役は具体的法令違反行為を行ったものとして任務懈怠に基づく取締役の損害賠償帰任を負うことになります(423条1項)。利益相反取引では、事前開示によって会社に取引機会が提供されるという関係にはない。また、356条1項の違反がある場合の特別な規定がなく(423条1項)、利益相反取引に関する責任についての特別規定は、いずれも承認の有無にかかわらず適用されます(423条3項)。とくに、取締役会設置会社では、事後承認を事前承認と同様に扱うことによって承認決議に賛成した取締役も任務懈怠と推定されることになります(423条3項)。したがって、取締役の責任との関係も、事後承認を事前の承認と同一視してもよいと考えられています。 B利益相反取引における報告義務・説明義務 ・取締役会への報告義務(365条2項) 取締役会設置会社では、会社と利益が相反する取引を行った取締役は、遅滞なく、取引について重要な事実を取締役会に報告しなければなりません(365条2項)。実務上は、包括承認によった場合には、報告も定期的に包括的に行う場合が多いようです。報告の趣旨や内容は、競業取引に関する報告と同様となります。また間接取引について報告義務を負うのは、会社を代表して取引をする代表取締役です。 ・開示義務・株主総会での説明義務等(会社計算規則112条1項) 利益相反取引については、「関連当事者との取引に関する注記は、株式会社と関連当事者との間の取引(当該株式会社と第三者との間の取引で当該会社と当該関連当事者との間の利益が相反するものを含む。)」(会社計算規則112条1項)とされており、個別注記表に開示しなければなりません。 また、利益相反取引は、株主総会での説明義務の範囲にも含まれます。 なお、旧商法施行規則133条では、監査報告書への記載について特別な扱いがされており、利益相反取引に関しては個別に監査の方法の概要を記載し、もし取締役の義務違反があればその事実に関する記載は各別にされることとされていました。しかし、会社法では当初は、他の義務違反行為とは区別はされていませんでしたが、平成26年の改正により、子会社少数株主保護の観点から、個別注記表等に表示された親会社等との利益相反取引に関し、会社の利益を害さないように留意した事項、当該取引が会社の利益を害さないかどうかについての取締役会の判断及びその理由等を事業報告の内容とし、これらについての意見を監査役会等の監査報告の内容とするものとされています(会社法施行規則129条1項6号)。 C利益相反取引規制の効果 ・取締役会の承認の効果(取締役会の承認受けてなされた場合) 取締役会設置会社において取締役会の承認を受けた取締役の利益相反行為は、有効になります。自己契約または双方代理になる場合でも、民法108条の適用はありません(365条2項)。 取締役会の承認を受けたにもかかわらずその利益相反取引によって会社に損害が生じた場合には、その取引関して任務懈怠のある取締役は、会社に対する損害賠償責任を負うことになります(423条1項)。利益相反取引が取締役会の承認を受けて取引されたが、その取引が忠実義務または善管注意義務に違反するときは、任務懈怠の責任を問われることになるということです。例えば、明らかに会社に不利で取締役に有利な取引が取締役会の承認を得て為された場合には、その取引をした取締役には忠実義務違反(355条)、また取締役会でこの取引の承認に賛成した取締役には善管注意義務違反(330条、民法644条)の責任が問われることになります。つまり、責任を問われる取締役は次のように分類されます。 ア.その取引をした取締役 イ.会社がその取引をることを決定した取締役 ウ.その取締役会の決議に賛成した取締役 利益相反取引は、旧商法では無過失責任とされてきましたが、会社法では過失責任に改められました。しかしながら、この任務懈怠の推定が設けられたことにより、任務怠らなかったことを立証しない限り責任を負うことになります。さらに会社法では、取締役が自己のためにした取引に関しては特則を設けており、自己取引をした取締役の損害賠償責任は、任務懈怠がの取締役の責めに帰することができないじゆうであるものであることをもって免れることはできない(428条1項)とされています。 取締役等の任務懈怠の責任を免除するには、総株主の同意が必要になります(424条)。また、会社法では取締役等の責任の一部免除についても規定が設けられています(425条、426条、427条)。ただし、責任の一部免除等に関する規程は、自己取引関する責任については適用されません(428条2項)。 ・違反の効果(取締役会承認を受けずになされた場合) 取締役会の承認を受けずになされた直接取引については、会社と取締役の間または会社と第三者との間では無効となります。この点で無効とならない競業取引とは異なります。この規定は会社の利益保護のためのものですから、取締役の方から取引の無効を主張することはできません(最高裁昭和48年12月11日)。また、会社が取引の無効を主張できる場合、会社債務の保証人も無効を主張できるのが原則です。これは無効を主張できるのは会社のみで保証人も無効を主張できないとすると、保証人が会社に対し求償を求めた場合の処理が問題になるからです(最高裁平成21年4月17日)。ただし、多くの場合の保証人は事情を知りつつ保証した他の取締役であるので、この場合には信義則上無効を主張できないと解されています(最高裁昭和50年12月25日)。 一方、間接取引の相手方(最高裁昭和43年12月25日)及び会社が取締役を受取人として振り出した約束手形(一種の直接取引)の譲受人という第三者(最高裁昭和46年10月13日)に対しては、会社が無効を主張するには、取引安全の見地から、その相手あるいは第三者が取締役会の承認がないことを知っていることを会社が主張・立証できてはじめて無効を主張することができるものとされています。また、会社から取締役に譲渡された不動産の転得者等の第三者との関係においても適用される(東京地裁平成25年4月15日)とされています。 取締役会の承認を受けずに利益相反取引を行った取締役は、任務を怠ったとして損害賠償責任を負う(423条)ほか、解任請求(854条)の対象となります。損害賠償責任を負うのは、直接取引においては、会社と取引をした相手方である取締役(その者が第三者のためにした場合も含む。)だけでなく、会社を代表して取引をした取締役も含まれます。間接取引においては、会社を代表して取引をした取締役であり、利益を受ける取締役については、会社が保証債務を履行し、またはその提供した担保権を実行されて損害を蒙ったときは、会社は、当全にその取締役に対して求償権を取得します。 D利益相反取引の責任と一般的な任務懈怠責任の関係 取締役の利益相反取引規制違反の責任と、一般の任務懈怠責任とは、どちらも任務懈怠責任である点では法的性質は共通です(423条1項)。ただし、利益相反取引は、会社の通常の取引行為に比べて株式会社の利益を害する可能性がより高いものです。そこで、利益相反取引によって会社に損害が生じた場合には、任務懈怠行為があったものと推定し、この場合の責任追及の対象となった取締役の側で、自らに任務懈怠行為が存在しなかったことの立証責任を負わせることになっています(423条3項)。 なお、利益相反取引のうち、自己のために株式会社と直接に利益相反取引をした取締役については、その利益相反取引性の高さから、その取引を行うことについて過失が存在しないことを理由として責任を免れることができないという無過失責任となっています(428条)。 E利益相反取引回避義務に類似する問題 ・支配株主の利益を図る取引 取締役の利益相反取引と同様に会社の利益が害される危険は、取締役に対して事実上の影響力を有する支配株主(親会社等)と会社の取引(企業グループ内の製品の売買等)にも存在します。会社に少数株主が存在する場合には、取締役は会社に対する忠実義務を免れないから、支配株主の圧力の下に会社に不利な非通例的取引を行った取締役は、会社の損害を賠償する責任を負います(423条1項)。この場合、企業グループ全体の利益のために会社の利益を犠牲にしたという抗弁は認められません。 〔参考〕関連当事者取引 利益相反取引と類似した概念として関連当事者取引があります。金融商品取引法では有価証券報告書において注記で開示が義務付けられており、また上場会社が対象となっているコーポレートガバナンス・コードでは原則1−7において規制し監視を求めています。 関連当事者とは、会社またはその役員と一定の関係を持つもので、その当事者間の取引が会社や株主共同の利益を害するおそれのあるものを規制、監視するというもので、会社法の利益相反取引もこの中に含まれる広い概念です。 ※関連当事者とは、具体的には、主に以下のような関係者を指します。 1.親会社 2.子会社
3.同一の親会社をもつ会社等 4.会社が他の会社の関連会社である場合における「他の会社」ならびにその親会社および子会社 5.関連会社および関連会社の子会社 6.主要株主(10%以上の議決権を保有している株主)およびその近親者(二親等内の親族) 7.役員およびその近親者 8.主要株主およびその近親者、役員およびその近親者が議決権の過半数を所有している会社等およびその子会社 ※関連当事者間の取引に関するコーポレートガバナンス・コードの説明は、別に、こちらを参照願います。
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