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第423条 役員等の株式会社
に対する損害賠償責任
 

 

Ø 役員等の株式会社に対する損害賠償責任(423条)

@取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この節において「役員等」という。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

A取締役又は執行役が第356条第1項(第419条第2項において準用する場合を含む。以下この項において同じ。)の規定に違反して第356条第1項第1号の取引をしたときは、当該取引によって取締役、執行役又は第三者が得た利益の額は、前項の損害の額と推定する。

B第356条第1項第2号又は第3号(これらの規定を第419条第2項において準用する場合を含む。)の取引によって株式会社に損害が生じたときは、次に掲げる取締役又は執行役は、その任務を怠ったものと推定する。

一 第356条第1項(第419条第2項において準用する場合を含む。)の取締役又は執行役

二 株式会社が当該取引をすることを決定した取締役又は執行役

三 当該取引に関する取締役会の承認の決議に賛成した取締役(指名委員会等設置会社においては、当該取引が指名委員会等設置会社と取締役との間の取引又は指名委員会等設置会社と取締役との利益が相反する取引である場合に限る。)

C前項の規定は、第356条第1項第2号又は第3号に掲げる場合において、同項の取締役(監査等委員であるものを除く。)が当該取引につき監査等委員会の承認を受けたときは、適用しない。

 

ü 役員等の損害賠償責任

取締役の損害賠償責任は、大きく会社に対する責任と第三者に対する責任の二つに分けられます。取締役の会社に対する関係は民法の委任に関する規定に従う(330条)とされていますが、取締役に起因して発生した損害に対する賠償責任の詳細は民法に従うのでは不十分と考えられ、民法の特別法である会社法に規定が定められています。

(1)取締役の会社に対する責任

取締役は、職務執行上、任務を怠ったことにより会社に損害を生じさせた場合等に、それを賠償する責任を負うことになります(423条)。取締役の責任制度は、会社の損害の回復自体を目的とするものか(損害填補機能)、取締役が任務懈怠することを防止するいわば手段的役割のものか(抑止機能)という考え方に見解が分かれています。とくに旧商法では取締役の賠償責任を原則として無過失責任としていましたので、前者の見解を重視してきました。

※旧商法と会社法の相違点(無過失責任から過失責任へ)

旧商法における民法の特別法としての特色として、取締役の責任の無過失性が挙げられます。取締役の会社に対する損害賠償責任は、旧商法266条では5つの類型に分けたうえで、うち1〜4号で違法配当、利益供与、他の取締役への金銭貸付、利益相反取引をあげ、これらは無過失責任とし、バスケット条項的位置づけの第5号(法令または定款違反の行為)のみが判例上例外的に過失が要件とされていました。

これに対して、会社法では無過失責任規定は大幅に削除され、旧商法の第5号を会社法423条第1項の「任務を怠ったとき」として原則化し、旧商法の1〜4号に相当する規定のほか特則的に設けられた責任規定は、利益供与の一部を除き過失責任となりました。

これは、損害填補機能から任務懈怠抑止へという取締役責任に対する再検討が加えられる中で、無過失責任を課すことが必ずしも取締役の任務懈怠の抑止につながらず、むしろ取締役の人材の確保を困難にしかねないという批判が強まったことが背景となりました。無限定な結果責任を問うよりも、必要な注意を怠らずに職務がなされたうえでの損害という結果の場合は免責(または責任軽減)することが経営に対する萎縮を防ぐという「経営判断の原則」の考え方に立脚することこそが有効という流れにあるものと言えます。

※経営判断原則

経営判断原則は、アメリカにおいて判例法原理として生成・発展してきた“business judgement rule”に由来するものです。これは、取締役の経営判断が会社に損害をもたらす結果を生じたとしても、その判断が誠実性・合理性をある程度確保する一定の要件の下に行われた場合には、裁判所が判断の当否について事後的に介入し、注意義務違反として取締役の責任を直ちに問うべきではないという考え方です。

この原則は、経営に冒険は不可避であるのに、取締役は株主の利益を最大限にする冒険を避ける傾向もあるので、取締役の冒険心を萎縮させる事後的評価をなすことは株主の利益にならないという考え方に立脚しています。したがって、本来裁判所は判断内容の妥当性・合理性には一切踏み込まず、取締役の裁量に委ねるべきなのですが、実際には裁判所は、評価は分かれつつも、その審理過程において、それぞれの事案に即した詳しい事実認定を行い、経営判断の過程ばかりでなく内容についても審査を加えてきたと言われています。近年の判例では、経営判断の内容については著しく不合理とは言い難いことと、経営会議における討議と弁護士の意見の聴取という手続履歴をもって決定過程に何ら不合理な点は見当たらないこと、の2点をもって取締役の善管注意義務違反はないとしました(最高裁判例平成22年7月15日)。経営判断の過程・内容に対して、裁判所が積極的に吟味・介入すべきが抑制的であるべきかについては、判例は揺れ動いていましたが、この判決により、後者の傾向が示されたと言えます。したがって、経営判断の内容に言及しつつもその妥当性には踏み込まず、著しく不合理といえるかどうかという合理性審査にとどめるという姿勢が明確化され、今後、取締役の責任を問う局面では、経営判断の過程と内容の合理性が善管注意義務の程度・水準において争点の中心となっていくでしょう。

(2)取締役の第三者に対する責任

取締役は、職務執行上、悪意・重過失による任務懈怠があった場合、第三者に対しても責任を負うことになります(429条)。この取締役の責任は、とくに中小企業の倒産時の経営者の個人責任に関する重要な判例を形成することになりました。

ü 取締役の責任発生の要件─任務懈怠(423条1項)

取締役の任務懈怠とは、会社に対する善管注意義務(330条)・忠実義務(356条)の違反を指しますが、実際に損害を発生された事故に対する監督不行き届きという形で取締役の不作為について責任を問われることが多いようです。

一方、取締役による能動的な行為が会社に損害を発生させその発生を防止できなかったという意味での任務懈怠、つまり、業務執行上判断の誤りについては、裁判実務では、意思決定過程に不注意がなければ経営判断として取締役の裁量が認められる場合が多いようです。損害発生のみでは足りず、このような不注意と過失についての証明責任を取締役の責任を追及する原告側が負うことになります。

・不作為による任務懈怠(監視義務違反)

取締役は、取締役会の監督機能の実質化のため他の取締役が健全かつ効率的に職務執行をしているかどうかを監視する義務を負います。取締役の他の取締役の職務執行が適法かつ妥当にされるように監視することについて善管注意義務です。この監視義務違反は不作為による任務懈怠とみなされます。

業務執行取締役は、業務執行者として自己の担当分野の下位の業務執行取締役や使用人に対する監督義務が認められ(東京高裁判決平成14年4月25日)、さらに、業務執行者として、他の業務執行取締役の職務執行を監視する義務があります。代表取締役は、業務の統括者として業務全般に配慮しなければならず、他の業務執行取締役の職務執行を積極的に監視・監督する義務があります。他の代表取締役その他のものに会社業務の一切を任せきりにしたりすれば、監視義務違反として任務懈怠とみなされます(最高裁判決昭和44年11月26日)。

@)監視義務の具体的内容

取締役会背設置会社の業務執行取締役は、3ケ月に1回以上、自己の職務執行の状況を取締役会に報告しなければなりません(363条2項)。取締役は、取締役会に上程される事項、とくにこの業務執行取締役の定期報告制度を通して業務執行取締役の職務執行状況を監視します。

また、取締役は取締役会に上程された事項だけでなく代表取締役や業務担当取締役の業務執行全般について監視しなければならないとされています(最高裁判決昭和48年5月22日)。具体的には業務執行の適正さを確保するための内部統制システムが整備されていて、それを通じてということになると思います。

A)内部統制システムの整備内容

大会社である取締役会設置会社は、取締役会決議により取締役の職務執行が法令定款に適合することを確保するための体制その他会社の業務の適正を確保するために必要な体制、いわゆる内部統制システムを整備しなければなりません(362条4項6号、会社法施行規則100条)。

取締役は内部統制システムの内容について経営判断事項として広い裁量が与えられています(大阪地裁判決平成12年9月20日)。不正行為防止のための内部統制システムは、通常想定される不正行為を防止するための管理体制をそれなりに構築していればよいとされています(最高裁判決平成21年7月9日)。一般的に予見できる不正行為を防止することができる程度の管理体制を構築し、その職責や必要の限度において従業人を指導監督すれば足りる(東京地裁判決平成21年10月22日)。しかし、著しく不合理でない限り任務懈怠ではないというというように、幅広く裁量を認められているわけではないとされています。内部統制システムの構築に際して会社の状況などに配慮する余地はありますが、その時々の合理的な内部統制システムとして最低限の要請があることに注意しなければなりません。

B)内部統制システムと監視義務

毎月に一度取締役会が開催されている大会社の社外取締役で取締役会で内部統制の適切な構築とその効果的な運用に配慮していけば、原則として監視義務を尽くしたと考えられています(東京地裁判決平成16年12月16日)。取締役会が定期的に開かれて、それなりの内部統制システムが整備されて、代表取締役や業務担当取締役の違法な業務執行などを知り又は知ることのできるにもかかわらず、看過した場合に監視義務違反が問われます。

その監視義務の範囲として、業務執行取締役は、下位の業務執行取締役ないし使用人の違法行為を防止し、違法行為がされた場合は可及的速やかに是正し再発を防止する効果的な措置を講ずる義務があるが、他の業務執行取締役やその使用人の業務執行を個別的に監督するまでの義務はない(東京高裁判決平成14年4月25日)。上場会社においては、会社の事業活動が広範囲にわたり、業務執行取締役の担当分野も専門化されており、業務執行取締役が自己の担当分野以外において代表取締役や他の業務担当取締役の個別的な職務執行の状況を監視することは、事実上不可能であり、取締役会に上程された事項ないし別途知り得た事項に限って監視・監督すべき義務を負うに過ぎないという裁判例(東京地裁判決平成19年5月23日)もあります。

合理的な内部統制システムが構築され、それが有効に機能しているときは、取締役は、とくに疑わしい状況がない限り、内部統制システムから取締役会に提供される情報を信頼することができる。とりわけ階層的組織を構築して意思決定する大会社の場合、特段の事情のない限り権限を有する役職員の職務執行が適正になされていることを信頼することができる(大阪高裁判決平成12年9月20日)。

代表取締役については、相当の法令遵守体制が構築されている場合は法令違反を疑うことが合理的であるなどの特段の事情利ない限り、その体制の効果的運用に配慮し適宜適切に報告を受けていれば、原則として任務懈怠なしと判断されます。内部統制システムは、業務執行に係る不測の事態に備える事前の安全装置、取締役の監視・監督義務違反の危険を減少させる危機管理システムと言えます。

役職員の法令違反行為により会社に損害が生じたときに体表取締役の監視・監督責任を追及しようとする場合、内部統制システムが一応整備されている場合と、そうでない場合とでは、原告の株主の立証責任が違います。内部統制システムが整備されている場合、原告株主は、内部統制システムの構築と運用、具体的には法令遵守と体制構築と運用に係る取締役の任務懈怠の有無を主張立証しなければなりません(東京地裁判決平成16年5月20日)。

C)取締役の業務財産状況調査権

取締役が役職員による違法行為を事後的に発見した場合で、それを中止することによりその事実が露見すると会社に多大の損害が生ずるおそれがあるとして、これを阻止せずに隠蔽し違法行為を継続することは許されません(東京地裁判決平成8年6月20日)。

取締役が役職員の法令違反行為を疑うに足る事実を知ったとき、監査役に報告する(357条)ほか、取締役会において質問し、意見を述べ、合理的な調査をする等の適切な措置を講ずることを提案しなければなりません。個々の取締役には、監査役とは異なり、明示的には業務財産調査権等が認められていませんが、取締役は会社の業務執行全般に対する監視義務を負うものとして株主総会で選任されているのだから、取締役の職務執行を監督・監視するために調査権があるという説が有力と言われています。取締役は取締役会に提出される資料を信頼するためで十分でなく、自ら必要な程度に会社の帳簿・書類を閲覧するなどして会社の行執行の状況を調査する義務を負うというわけです。

・業務執行上の判断の誤り

取締役は、会社の規模、業種、経営状況さらには経済状況等の客観的条件により一般に要求される注意をもって誠実に職務を執行しなければなりません。これについての任務懈怠懈怠責任は委任契約の債務不履行責任の特則としての法定責任です。この場合の損害賠償請求訴訟では、原告が、@基礎となる債権の発生原因事実、A債務の履行が委任の本旨に従ったものでないこと(不完全履行)、B損害の発生及びその数額、C不完全履行と損害の間の相当因果関係の存在を立証しなければなりません。これに対して、被告は抗弁として、帰責事由のないことを立証しなければ責任を免れないことになります。

取締役の業務執行は、不確実な状況で迅速な決断を迫られる場合が多いので、善管注意義務が尽くされたか否かの判断は、行為当時の状況に照らし合理的な情報収集・調査・検討等が行われたか、および、その状況と取締役に要求される能力水準に照らし不合理な判断がなされなかったを基準になされるというもので、事後的・結果論的な評価をすべきでないと解されます。この場合に考慮されるのが経営判断原則です。

@)経営判断の原則

経営判断の原則とは、裁判所は、利害関係のない経営者が誠実に経営判断を行った場合には、法令違反の事実がない限り、その是非には原則として立ち入るべきでないというものです。

取締役は、企業経営(業務執行)において決定をする際に、会社を取り巻く社会・経済環境に関する将来の変化を性格に予測することはできないと言えます。また、企業経営には冒険とそれに伴う危険がつきまとうものであり、取締役が萎縮することなく業務を遂行するためには取締役の職務執行に際して広範な裁量の余地が認められなければなりません。取締役の注意義務は全知全能の経済人の能力を有することを前提とすることはできません(現実に、そんな人はいませんから)。取締役は結果責任を問われるわけではなく(請負ではなく委任関係)、経営上の判断に誤りがあったとしても、そのことによりただちに任務懈怠とはなりません。注意義務違反の判断にあたり、事後的・後知恵的評価をするのではなく、行為の決定時に入手可能な情報を基礎に当時の法的評価基準を基礎に任務懈怠の有無が判断されることになります。

A)事実認識と意思決定過程・内容の区別

事実の認識と意思決定過程・内容の判断基準を明確に区別することが下級審裁判では広く行われています。取締役の経営判断の当否が問題となった場合、取締役であればそのときどきでどのような経営判断をすべきであったかをまず考え、これとの対比によって実際に行われた取締役の判断の当否を決定するのではなく、実際に行われた取締役の経営判断そりものを対象として、その事実に基づく意思決定の過程が通常の企業人として著しく不合理なものではなかったかどうかという観点から審査を行うべきと述べられています(東京地裁判決平成5年9月16日)。

経営判断原則とは、取締役が、職務執行の時点において合理的に知り得た情報を基礎に、(当時どのような経営判断をすべきであったか事後的に審査するのではなく)実際にされた経営判断そのものを対象として、合理的な手続に従い十分な情報を得て誠実に経営判断をしたときは、その判断内容が著しく不当であるときを除いて任務懈怠責任は問われないことを意味します。

B)事実認識と意思決定過程の関係

最近の裁判例では、事実認識と判断内容をとくに区別することなく、取締役によって職務執行か為された当時の会社の状況及び会社を取り巻く社会、経済、文化等の情勢の下で、会社の属する業界における通常の経営者の有すべき知見及び経験を基準として、事実の認識に不注意な誤りがなかった否かおよびその事実に基づく行為の選択決定に不合理がなかったか否かという観点から、その職務執行が著しく不合理と評価されるか否かによるべきだと述べられています(東京地裁判決平成16年9月28日)。

経営判断事項について善管注意義務違反かどうかの判断基準は、取締役に認められる裁量範囲を逸脱しているかどうかであり、判断内容が著しく不当であると容易に判断できる業務執行事項については、事実の認識過程を云々する必要はない(那覇地裁判決平成13年2月27日)。また、事実認識過程に不合理性が認められても判断内容が合理的であるときは、任務懈怠は問題となりません。

経営判断事項における判断内容が著しく不合理かどうかについても、画一的基準があるわけではなく、業務執行事項の具体的内容に応じて判断されることになります。例えば、グループ再編や子会社の救済等に際しては高度かつ総合的な経営判断が求められ取締役の裁量範囲はきわめて広範なものとなります(最高裁判決平成22年7月15日)。また、ハイリスク・ハイリターンの継続的な業務執行事項との関連においては、特定の時点における判断内容の是非だけでなく、慎重にリスクについて情報収集と調査・検討分析を行い、適時に判断の見直しをするなどの適切なリスク管理がされていたかが問題となります(東京高裁判決平成17年3月3日)。また、債権管理・回収については一定の裁量が認められますが、会社が損害賠償請求権を行使するかどうかは、その請求が訴訟で認められる可能性や勝訴後の損害の回収可能性が主要な判断基準となります(東京地裁判決平成17年3月10日)。

判断内容が「著しく不合理かどうか」は、判断過程、さらには、事実認識過程も併せて総合的に判断されるべきものです。事実認識化縦の合理性についても、時間的な余裕や社内スタッフへの信頼等を総合的に考慮して判断する必要があり、業務執行行為の具体的内容により情報収集・分析検討の程度が異なります。経営判断原則は注意義務違反の判断基準を明確化するための一般的ルールにすぎず、画一的に適用ないし運用されるものではなく、取引類型ごちに経営判断原則の具体的発見を検証しなければならないと言えます。

C)経営判断原則と注意義務の緩和

会社の最善の利益に合致する経営判断をすることが取締役の行為準則となり、これに違反するときは「経営責任が問題となります。しかし、重要な経営判断事項の多くは将来予測を含む不確実な事項に関する決定であり、通常、利害が対立する取引相手方との交渉も必要となります。さらに十分な情報の収集と分析・調査をしたうえで、会社内部における意思決定システムに則って決定されます。

情報収集と検討については、それなりの合理的基準を設定することができます、その基準に従って過失の有無を判断することはできます。しかし、判断内容について、合理性の判断枠組み設定することは困難です。とりわけ。組織再編行為等の重大な経営判断事項は、時間的制約とともに、情報の限界、将来の見込みの不確実性の中で、多様な選択肢の中から決断しなければなりません。このような内容については、情報収集・分析・検討といった手続的観点からとくに問題がないときは、判断内容の合理性を推認し、明らかにあるいは著しく不合理な場合にのみ善管注意義務違反を認め、他方、情報収集等が不合理な場合には判断内容について慎重に審査それています。しかし、それは過失認定という規範的要件の判断基準であり、取締役の注意義務を緩和するものではありません。

・法令又は定款に違反する行為

取締役の任務には法令を遵守して職務を行うことが含まれます(355条)。この場合の法令には、会社や株主の権利保護を目的としする具体的規定だけでなく、公益の保護を目的とする規定(刑法、独占禁止法など)を含むすべての法令が該当すると考えられます。

@)法令違反行為と任務懈怠

取締役の職家執行に際しては法令を遵守することは取締役の会社に対する職務上の義務となり、取締役が違反するときは善管注意義務に反するかどうかを問うまでもなく法令違反を問われることになります(最高裁判決平成12年7月7日)。法令違反行為を理由に取締役の責任を追及しようとするには、違反行為について、取締役が法令違反をしたこととその行為と会社の損失の間に因果関係があることを了承すれは足りる。これに対して、追及された取締役が自らの責任を免れるためには、帰責事由のないこと、すなわち、その行為が法令に違反するとの認識を有するに至らなかったことにはやむをえない事情があったとして無過失の抗弁を立証しなければなりません。実際には。法令違反について無過失であると認定される場合は少ないといえます。

A)定款・内規違反と任務懈怠

定款規定や株主総会決議は取締役であれば当然知るべきで、これを知らなかったことは過失となり、定款や株主総会決議に違反する行為により会社に損害を被らせた取締役は、原則として会社に対して損害を賠償する責任を負います(東京高裁判決平成20年5月21日)。しかし、このような会社の自治規範違反については、法令違反の場合と異なり。その規範の事後的変更ないし上位の会社機関による追認等により違法性が除去される可能性があります。例えば取締役が、状況が特殊な場合に会社の利益になる誠実に考えて、定款・株主総会決議に反する行為を敢えて行った場合、過失なしとして善管注意義務違反の責任が認められないという場合が考えられなくもありません。

※任務懈怠と過失は、同一要件か、別の要件か

この論点については、契約責任論や任務懈怠と過失の区別の困難性を理由として、これらを同一要件と見る見解もありますが、会社法423条では、任務懈怠と過失は別要件であると解するのが当然だと考えられます。それは、会社法の善管注意義務は強行法規であり、契約自由の原則を基礎とする契約責任論を適用する前提が欠けていますし、任務懈怠と過失は、明確に区別することができるから、同一要件と考える必要はないからです。

任務懈怠と過失の区別について議論が錯綜している理由は

ア、業務執行・意思決定・監督という異なる性質を持つ職務を区別しないまま、業務執行の面ばかりが強調されて議論されていること

イ、任務懈怠とは何か、ということを明確にしないまま議論されていること

2点にあると思います。

会社の業務の執行は、

@取締役会等の意思決定機関が意思を決定し

A代表取締役・業務執行取締役等の業務執行機関が、その意思決定に従って

業務を執行するというプロセスで行われます。

 そして、@やAについて、取締役は

B他の取締役や従業員の行為を監督

しなければなりません。@からBの職務のうち、よく問題にされるのは、Aの業務執行ですが、取締役の責任の要件を考える上では、@やBに関与した取締役の任務懈怠も統一的に考える必要があります。

任務懈怠は、取締役の@からBの権限の行使が

@会社法その他の法令・定款・株主総会の決議に違反する場合(逸脱)

A自己又は第三者の利益を図る目的又は会社に損害を与える目的で行使される場合(濫用)

B関連業界の通常の経営者を基準として事実に基づく判断が著しく不合理であった場合(著しく不合理な判断)

に認められます。任務懈怠と過失の区別が最も付きやすいのは、@の権限逸脱の場合です。たとえば、食品会社の代表取締役Aが、取締役会の決議に基づき、無許可で医薬品を販売したとしましょう。この場合、代表取締役による販売行為は違法であり、任務懈怠となります。また、その販売行為は、取締役会の決議に基づくものですから、その取締役会の決議において賛成した取締役も、任務懈怠は認められます。しかし、例えば、その取締役会の決議で、提案した取締役が、その医薬品を、医薬品であると説明せず、他の取締役に対し、「外国で見つけてきたおいしいお菓子です。」と説明していた場合はどうでしょうか。そのように虚偽の説明がなされた場合、取締役ごとに事実に対する認識の差が出てくるわけですが、取締役がどのような主観的意図をもっていたにせよ、薬事法上の許可をえずに医薬品を販売したという違法行為に賛成したのですから、客観的には任務懈怠を構成するものと考えるべきです(善管注意義務の一内容である忠実義務(法令、定款等に従って職務を行うべき義務)に違反します)。

また、任務懈怠と過失を区別するということは、423条の立証責任の分配を

   任務懈怠=損害賠償の請求者が負担する

   善意・無過失=取締役が負担する

とすることを意味します(逆に区別しない見解では、取締役の悪意・有過失について請求者が立証責任を負担するということになります)。

この立証責任の分配という点についても、会社の稟議書や説明資料等にアクセスすることができない請求者(例えば、代表訴訟における株主)が、各取締役の認識という主観的要素についてまで、立証責任を負うというのは酷であり、任務懈怠と過失を区別する方が公平であると思います。たがって、@の権限逸脱場面では、任務懈怠と過失は、会社の行為が、客観的に法律に違反しており、取締役がその違法な行為を直接行ったり、その意思決定に賛成したりしたか否かで、任務懈怠を判断すればよいわけです。

@の権限逸脱を、より細かく分類すれば、

 @-a 行為そのものが法令等に違反する場合

 @-b  法令等の定める手続に違反して行為が行われる場合

の2つになりますが、いずれにしても、ある行為が法令等に違反しているかどうかは、客観的に判断することができますので、この点については、経営判断原則が出てくる余地はありません。

次にAの権限濫用については、外形上は法律違反の行為ではないが、主観的意図により任務懈怠となる場合です。たとえば、代表取締役が、愛人関係の維持を目的として、取締役会の決議に基づき、愛人の経営するクラブに適正な利息を付し、かつ、担保をとって多額の融資を行ったところ、クラブの経営が傾き、担保も値下がりしたため、貸付が焦げ付いたという事例を考えます。

この場合は、代表取締役の「愛人関係の維持を目的」がなければ、Bの「著しく不合理な判断」という類型に入りますが、そのような下心がある場合には、いくら適正な利息・担保を取っていたとしても、「善良な管理者」ということはできず、善管注意義務違反になると解されます。つまり、請求者が、「愛人関係の維持を目的としていること」を立証することにより、代表取締役による融資が権限濫用による任務懈怠行為だと主張することができます。この場合、代表取締役は、自己の濫用目的を立証されてしまっているわけですから、無過失の反証は、ほぼ不可能ですが、取締役会の決議に賛成した取締役についても、「代表取締役の愛人関係の維持を目的とした融資」に賛成してしまったのですから、任務懈怠が認められると考えるべきだと思います。

取締役が、代表取締役が、他の取締役に対し、その主観的意図を隠していた場合もありえますが、裁判所で濫用的意図があると立証されるような取引は、不自然な取引であることが一般的であり、その主観的意図が立証されたときに、その取引に賛成した取締役に任務懈怠を認めても過酷とはいえません。

また、取締役は「そのような目的があるとは知らなかったし、実際に知ることもできなかった」という事実を反証すれば、善意無過失で免責されるのですから、取締役が無過失の立証責任を負担する方が公平であると思います。

最後に、Bの「著しく不合理な判断」の類型についてお話しします。このBが、「任務懈怠と過失の区別が困難である」と言われる典型的な類型です。たとえば、代表取締役が、通常人ならば絶対にやらないような高リスク低リターンの取引を、取締役会の決議に基づき、行ったという事例を考えます。この場合、代表取締役は、法令等に違反する行為を行ってもいないし、権限乱用の意図もありませんが、「関連業界の通常の経営者を基準として事実に基づく判断が著しく不合理であった場合」には、その行為は善管注意義務に違反するものと評価されます。よく経営判断原則という言葉を耳にしますが、この原則は、「取締役の判断が、関連業界の通常の経営者を基準として事実に基づく判断が著しく不合理であると認められない限り、善管注意義務に違反しない」という原則であり、Bを裏から表現したものです。このBの類型で「任務懈怠と過失の区別が困難」という話が持ち出されるのは法律には、取締役が、どの程度のリスクファクターを認識すれば任務懈怠が認められるかという明文の要件がない

ということに起因しています。すなわち、任務懈怠と過失を区別することができないという論者は、取締役が、通常の経営者ならば、その行為を中止するほどのリスクファクターを認識していたのならば任務懈怠も過失も認められるし、それほどのリスクファクターについて認識がなかったのならば、任務懈怠も過失も認められないはずであると主張しているわけです。

しかし、この考え方は、各取締役の認識という過失の要素を「任務懈怠」の判断要素に先取りしているため、区別ができなくなっているだけだと思います。

会社の業務執行は、代表取締役、業務担当取締役、取締役、部長、課長等沢山の役職員の関与を経て行われるのが一般的であり、ある会社の行為について、役職員が知っている情報や執行への関与の仕方はバラバラです。この認識や関与形態がバラバラな役職員が、決裁規程等に基づき、稟議をあげ、場合によっては、取締役会や株主総会の決議を得ることによって、「会社としての」意思決定や業務執行が行われるわけです。 このように、ある業務執行や意思決定が、取締役の任務懈怠となるかどうかを判断する際には、当該業務執行が、集団的な意思決定プロセスを経て集団的に執行されていることに鑑み、

@まず、業務執行自体や意思決定の内容が、会社が把握していた情報を前提として著しく不合理なものであったかどうかを検討し、そのように客観的に著しく不合理な意思決定や業務執行に関与した取締役については、任務懈怠を認め

A各取締役が、当時自分に与えられていた情報や権限等を主張して善意無過失を立証すべきである

と考えます。

以上のように「任務懈怠」と「過失」の判断プロセスを理解すれば、任務懈怠と過失を混同することはなくなりますし、実際に行われている裁判も、このようなプロセスで判断されていると思います。

なお、取締役の監督責任についても、@からBの善管注意義務違反の類型が妥当します。ただし、監督権の行使は、多くの場合、不作為による善管注意義務違反が問題となるため、若干、ひねりが必要で、次のように考えます。

@権限逸脱 法令等に定められた具体的な監督義務に違反する場合

(例)取締役会への出席義務に違反し、欠席した。      

A権限濫用 自己の利益を図る目的で監督を怠った場合

(例)取締役が、代表取締役から賄賂を受け取り、代表取締役の行為について詮索することをやめた。

B著しく不合理 取締役が、通常の経営者であれば、当然に行使する監督権の行使を行わず、その監督権の不行使が著しく不合理であるような場合

(例)代表取締役の背任行為を知ったにもかかわらず、監査役や取締役会に報告をしない場合、部下が会社に損害を与える事実を知りながら、これを放置した場合

なお、内部統制システムの構築は、Bの著しく不合理な監督権の不行使と言われないようにするために行うもので、具体的には、「その企業の規模等に応じて、適切な内部統制システムが構築され、かつ、そのシステムが機能していることを監督すれば、個々の取引について具体的な監督を行っていないとしても、監督責任を負わない」というものです(内部統制システムの構築については、経営判断原則の適用があると言われているのは、内部統制性システムの構築も、Bの分類に属する事項だからです)。 

ü 取締役の責任の効果(423条1項)

取締役は会社に生じた損害の責任を負います。損害賠償の方法は、民法の原則(民法417条)により金銭をもってその額を定めることとなります。取締役の法令違反の行為等から会社が同時に利益を受けたときは、場合により損益相殺があり得ます。例えば、自己株式の取得のような予防的見地から規制されたに過ぎない事項の違反行為については、会社に生ずべきより大きな損害を避けるために取締役がそれを行った場合、損益相殺の余地があるという裁判例もあります(東京池判平成26年1月30日)。

この場合の損害額をどのように確定すべきかということについては、個別に検討する必要があります。

・損害賠償の範囲

取締役が会社に対する損害賠償責任は債務不履行責任の特則としての法定責任です。その賠償額について一般の債務不履行責任の場合と同様に民法416条の、債務不履行に対する損害賠償の請求はこれによって通常生ずべき損害(通常損害)の賠償をさせることを目的とし、特段の事情によって生じた損害であってね(特別損害)、当事者がその事情を予見しまたは予見できたときは、その賠償を請求することができる、という原則に従います。また、損害賠償は金銭をもってその額が定められ(民法417条)、債務不履行によって生じた損害を金銭に見積もり、債務者にその金額を支払わせることによって損害が填補されることになります。その見積もりは、契約類型や債務不履行の態様の相違等により債務不履行による損害の種類・態様はさまざまですが、損害賠償の範囲は、取締役の行為と因果関係のある損害であるとして、個別具体的事情を加味して合理的な損害賠償額が裁判等で算出されてきました。

例えば、贈賄行為や違法な利益供与、さらには代表取締役が支給すべきでない役員報酬を払った場合、その額が会社の損害となります(東京地裁平成6年12月22日、那覇地裁判決平成13年2月27日、東京高裁判決平成14年4月25日)。杜撰融資については回収不能額が会社の損害となります(東京高裁判決平成8年12月11日他)。また、無認可添加物混入を隠蔽し販売を継続した善管注意義務違反について、信用失墜回復関連費用約105億円のうち善管注意義務を尽くしたとしても要した費用を控除した約53億円を損害額と認定した裁判例(大阪高裁判決平成19年1月18日)。時価が変動する違法な自己株式取得については、買入価格と売り渡し価格の差額を会社の損害と認定しました(最高裁判決平成5年9月9日)。

・損益相殺

取締役の任務懈怠行為によって会社に損害を生じたが同時に利益も得た場合、原則として、その差額をもって賠償額とするのが損益相殺です。損益相殺の対象となる利益は、取締役の行為によって生じた利益ですが、法規定の趣旨及び当事者間の衡平の観念に照らして取締役の行為による会社の損害を直接填補する目的ないし機能を有する利益であることを要し、直接金額に換算できない利益は損益相殺の対象とはならないとされています(東京高裁判決平成元年7月3日)。例えば、会社に生ずべきより大きな損害を避けるため自己株式の手続違反行為をした場合(東京高裁判決平成元年7月3日)があります。

・過失相殺

過失相殺については弾力的な処理が公平の観点から認められています(民法418条)。取締役の第三者責任については、以前から過失相殺が認められていました。

ü 競業取引と取締役の責任(423条2項)

取締役が356条1項(取締役会設置会社では365条、また419条2項において準用する場合を含む)の規定(株主総会または取締役会への当該取引についての重要事実の開示及び承認)に違反して、競業取引を行った場合には、当該取引によって取締役または第三者が得た利益の額が会社の損害額という推定を受けます(423条2項)。

・承認のない競業取引と取締役の責任

株主総会または取締役会の承認を受けずにされた競業取引は法令違反行為です。競業取引を行った取締役について法令違反を理由とする任務懈怠責任が問題となり、それ以外の取締役については監視義務違反が問題となります。取締役の行った取引が競業取引として承認を要するものであることに当の取締役が善意無過失であった場合は、法令違反についての帰責事由がないととなりますが、一般的な任務懈怠責任が問題となります。

承認のない競業取引によって生じる会社の損害額は、一般原則に従えば、競業取引が開始される以前の数年間の利益の平均額を基礎とし、これに景況等を加味して得べかりし利益を算出し、この額から競業取引開始後の現実に得られた利益の額を控除し、これに損害を回復するに必要な期間を乗じて算出されることになります。しかし、実際には競業取引によって生じる会社の損害額の立証が困難であるため、356条1項の規定に違反して競業取引をしたときは、その取引によって取締役または第三者が得た利益の額を取締役の任務懈怠により会社に生じた損害の額と推定すると423条2項で規定しています。競業取引の責任を追及する場合、株主総会または取締役会の承認なくして競業取引がされたこと、及びその取引によって取締役または第三者が現実に得た利益の額を立証すれば、会社の具体的損害額を立証する必要はないことになります。

なお、競業取引は会社外の取引であり、承認の有無は取引自体の効力に影響を与えるものではありません。

・承認を受けた競業取引と取締役の責任

競業取引について取締役会の承認を受けたことによって、取引を行った取締役が免責されるわけではありません。この場合、423条2項の損害額の計算の適用は受けませんが、任務懈怠が認められるとして423条1項の責任を負うことになります。ただし、この場合は、原告が取締役の任務懈怠を立証するだけでなく、会社の損害額も一般的な原則で算出した額を立証しなければなりません。

取引を行った取締役以外の取締役が、競業取引について十分な情報開示を受け、会社情報の不正利用がないことを確認し、その取引機会を会社が利用すべきかなど、競業取引によるメリットとデメリットを総合的に判断して、会社に損害を与えるものでないことを合理的に信じて取締役会において承認決議に賛成した場合、承認した取締役は任務懈怠とはならないとされています。なお、承認決議を行う取締役会を合理的理由なく欠席した取締役については監視義務違反の責任が問題となります。

ü 取締役と会社の利益相反取引取締役の責任の効果(423条3項)

会社法では、取締役は原則としてその任務を怠った場合に会社に対して、これによって生じた損害を賠償する責任を負います(423条1項)。利益相反取引が取締役会の承認を受けてなされた(356条1項365条1項)が、その取引が忠実義務違反または善管注意義務に違反するときは、任務を怠った責任を問われることになります。利益相反取引によって会社に損害が生じたときは、次に掲げる取締役はその任務を怠ったものと推定されます(423条3項)。

ア.その取引をした取締役(423条3項1号)

イ.会社がその取引をすることを決定取締役(423条3項2号)

ウ.その取締役会の決議(365条1項)に賛成した取締役(423条3項3号)

利益相反取引は、旧商法では無過失責任とされていましたが。会社法では過失責任に改められました。しかしながら、この任務懈怠の推定が設けられたことにより、任務を怠らなかったことを立証しないかぎり責任を負うことになります。つまり、無過失責任が実質的に残されているというわけです。

さらに、会社法では、取締役が自己のためにした取引に関しては特則を設けて、自己取引をした取締役の損害賠償責任は、任務懈怠がその取締役の責めに帰することができない事由によるものであっても免れることはできません(428条1項)。

※ただし、このア〜ウの任務懈怠の推定について、監査等委員会が事前に承認していた場合には適用しないとされています(423条4項)。

・承認のない利益相反取引と取締役の責任

取締役会の承認を受けずにされた利益相反取引は法令違反行為です。利益相反取締役と会社を代表して取引を行った取締役は法令違反行為を行ったという任務懈怠を理由に利益相反取引によって会社に生じた損害の賠償責任を負います。これらの取締役の責任を追及する場合は、取締役会の承認がないこと(任務懈怠)を主張立証する必要はなく、取引が利益相反取引であること及びそれにより会社に損害が生じたことを主張立証すれば足ります。なお、それ以外の取締役については一般の監視義務違反が問題となります。

・承認を受けた利益相反取引と取締役の責任

利益相反取引について取締役会の承認を受けたことによって、法令違反行為ではなくなりますが、関係取締役が免責されるわけではありません。この場合、会社に損害が生じた場合には、関係取締役の任務懈怠が推定されます。このため、関係取締役の責任を追及する場合は、取引が利益相反取引であること及びそれにより会社に損害が生じたことを主張立証すれば足ります。これに対して、取締役の側で任務懈怠の推定を打破しなければなりません。

利益相反取締役は、自ら知り得た重要事実を誠実に開示して取締役会の承認を受け、かつ、取引がその時点ににおいて公正かつ妥当であることを合理的に判断したことを証明して任務懈怠の推定を覆すことができます。しかし、自己のために直接取引をした取締役については、任務を怠ったことが自身の責めに帰すことが出来ない事由によるものであることをもって責任を免れることはできません(428条1項)。

承認決議に賛成した取締役は、利益相反取締役から情報を得て取引が公正かつ妥当であると合理的に判断したこと(取引の必要性、さらには、取引内容や条件が公正妥当であり、債務不履行のおそれがないこと等)を証明して任務懈怠の推定を覆すことができます。なお、承認決議を行う取締役会を合理的理由なく欠席した取締役については監視義務違反の責任が問題となります。

競業取引の場合とは異なり、利益相反取締役から取引の申し出があっても代表取締役は当該取引を取締役会に付議しなければならないわけではありません。代表取締役は、まず、利益相反取締役との間で協議し、取引が公正かつ妥当であり会社の利益になると合理的に判断した場合に、会社を代表して取引をすることを決定して、取締役会に上程して承認を求めるということになります。

利益相反取引規制は、本来代表取締役限りで行うことができる取引についてとくに取締役会の承認を要求するものです。取引することを決定して取締役会に承認議案を上程した代表取締役は、他の取締役から質問される時、職務上の義務として取引を行うことが会社の利益になることを説明しなければならない。このような代表取締役は、取締役会決議に賛成しただけの取締役よりも慎重に取引の公正さと妥当性について検討しなければならない。いわば責任は重いといえます。

ü 会社に対する損害賠償責任の特則的類型

会社法では423条の一般的規定以外にも、個別に取締役の会社に対する損害賠償責任を定めた規定があります。それらを以下にまとめてみました。

・株主の権利行使に関する利益の供与

違法な利益供与に関与した取締役は、会社に対して連帯して、その供与した利益の額を支払う義務を負います(120条4項)。ただし、利益供与をした取締役は無過失責任ですが、それ以外の者は、その職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明すれば免責されます。

なお、利益供与については、会社への賠償責任に加えて、刑事上の利益供与罪として、会社法に罰則規定があります(970条)。

・分配可能額を超えての剰余金分配責任

剰余金の配当等に関する分配可能額(461条2項)を超えて、会社法に基づく自己株式の買取請求に応じる(461条1項1〜7号)もしくは配当を行う(同8号)行為をした取締役及びその行為が株主総会または取締役会の決議に基づいて行われたときはその議案を提案した取締役は、会社に対して連帯して、当該金銭の交付を受けた者が交付を受けた金銭などの帳簿価額に相当する金銭を会社に対して支払う義務がある(462条1項)。ここでは、分配可能額の超過額ではなく金額の全額を支払わなければならないことに注意しなければなりません。

なお、その職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明すれば免責されます(462条2項)。

これは、分配可能額を超える金銭等の交付を受けた者は、会社に対して交付を受けた金銭等の帳簿価額に相当する金銭の支払の義務を負う(462条2項)のですが、その完全な実現は困難なので、その行為に関与した取締役に対して、過失の証明責任が転換された特別の責任を負わせたと解する人もいます。

なお、この義務を履行した取締役は、分配可能額を超える金銭等の交付であることを知ってそれを受領した株主に対して求償することができるとされています(463条1項)。

・買取請求に応じて株式を取得した場合の責任

反対株主からの株式買取請求に応じて支払った金銭の額が分配可能額を超えるとき、その職務を行った取締役は、連帯して、その超過額を支払う義務を負います(464条1項)ここでは、全額ではなく超過額のみが対象となっています。

なお、その職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明すれば免責されます。

・出資の履行に瑕疵がある場合の責任

募集株式の発行等または新株予約権の行使の際の現物出資財産の価額が、定められた価額に著しく不足する場合には、その職務を行った取締役など一定の取締役は、会社に対して、当該不足額を支払う義務を負います(213条1項、286条1項)。また、募集株式の引受人または新株予約権者が出資の履行を仮装した場合には、当該仮装に関与した取締役として法務省令で定める者は、会社に対して、仮装した払込金額を支払う義務を負います(213条の3第1項、286条の3第1項)。

・欠損が生じた場合の責任

分配可能額の規制を守っている場合であっても、剰余金分配行為により期末に欠損が生じたような場合には、その職務を行っていた取締役は、連帯して、その欠損の額(当該分配額を上回る場合はその分配額)を支払う義務を負います(465条1項)。ただし、その職務を行うについて注意を怠らなかったことは証明すれば免責されます。

ü 連帯責任

上述の責任行為である各行為をした(不作為を含む)取締役自身は、責任を負うのは当然のことです。

これに加えて、当該行為が取締役会等の決議に基づいてなされた場合には、その決議に賛成した取締役は、そのことが任務懈怠に該当する場合には、行為をなした者と同一の責任を負うことになります。これは、取締役会構成員としての監視義務を怠ったことについて責めを問われているということです。

当該行為の決議がなされた取締役会の議事録に異議をとどめていなければ、たとえ真実として反対の意を持っていたとしても、その決議に賛成したものと推定されてしまうので留意が必要です(369条5項)。

また、この場合の任務懈怠該当性については、会社と取締役の間の利益相反取引について取締役会の承認の決議に賛成した場合には任務懈怠が推定されてしまい(423条3項3号)、これを覆すには当該取締役自身が立証する必要があります。

また、同一の事案に対して成立する責任は、連帯責任となります(430条)。

ü 監査役の責任

・監査役の職務権限

監査役の職務は、取締役の職務執行を監査し監査報告を作成することです(3811)。監査役は広く取締役の職務執行を監査しなければならず、監査報告の作成は監査業務の集大成としての意味を有します。監査役は、取締役会に出席し、必要があると認められるときは、意見を述べなければなりません。監査役は、経営判断の妥当性について意見を述べることができますが、適法性・健全性については意見をのべなければなりません。

監査役には、明示的に、取締役会や使用人に対する報告請求権と会社の業務財産調査権が認められています(381条2項)。監査役は、取締役が不正の行為をしもしくはそのおそれがあると認めるとき、または、法令定款に違反する事実もしくは著しく不当な事実があると認められるときは、遅滞なく取締役または取締役会に報告し(382条)、必要がある時は、自ら取締役会の招集請求をしなければなりません(383条2項)。監査役は、取締役が株主総会に提出しようとする議案、書類、電磁的記録その他の資料を調査し、法令定款に違反しまたは著しく不当な事項があると認めるときは、その調査結果を株主総会に報告しなければならない(384条)。監査役は取締役会が会社の目的の範囲外の行為その他法令定款に違反する行為をし、またはこれらの行為をするおそれがあるときは、取締役に対して行為の差止めを請求しなければなりません(385条)。

監査役は、これらの具体的権限を適切に行使しなければならず、これを怠るときは任務懈怠となります。

・監査役の任務懈怠

監査役は、取締役の職務執行を監査する能力および識見を有する者として、その会社の規模、業種、経営状況等の客観的条件により一般に要求される注意をもって誠実に取締役の職務執行を監査しなければなりません。監査役がその職務執行に際して善管注意義務に違反するときは任務懈怠となり、会社に対してこれによって生じた損害を賠償する責任を負います。個々の監査役の主観的事情により注意義務は経験されませんが、その属性に従い注意義務の程度は異なります。財務知識のない技術者が監査役となった場合、少なくとも当初は事情が考慮されることになると思われます。新任の監査役が不正取引に気づかなかったとしてもやむを得ないと判断される場合もあります(東京地裁判決平成8年6月20日)。他方、特定分野の専門家てある監査役の専門分野の監査での注意義務は高度なものとなります。

ü 会計監査人の責任

会計監査人の職務は、会社の計算書類、その附属明細書、臨時計算書類、連結計算書類を監査し、監査報告を作成することです(396条1項)。会計監査人は、取締役の職務執行を監査するのではなく、会計監査の専門家として計算関係書類を監査して監査報告書を作成することを任務とします。会計監査人は、会計監査のための能力及び識見を有する専門家として、その会社の規模、業種、経営状況等の客観的条件により一般に要求される注意をもって誠実に計算関係書類を監査しなければなりません。会計監査人は、会計に関する事項に限定されますが、監査役と同様の帳簿閲覧権や報告請求権を有しています(396条)。会計監査人は、その職務を行うに際して取締役の職務の執行に不正の行為または法令定款に違反する重大な事実があることを発見したときは、遅滞なく、これを監査役にに報告しなければなりません(397条)。

会計監査人が職務執行に際して善管注意義務に違反するときは任務懈怠となり、会社に対して、これによって生じた損害を賠償する責任を負います(423条1項)。会計監査人の不正行為の発見・是正を直接目的とするものではありませんが、適正な監査を実施しないことにより役職員の不正経理を見逃すときは任務懈怠となります。

会計監査人の任務懈怠の有無は、会計に関する職業的専門家として通常実施すべき監査手続をおこなっていたかどうか、得られた監査証拠に基づいて専門家として合理的な意見形成を行ったか否かよって判断されます。監査基準に基づき公正な会計慣行をふまえて十分な監査証拠を入手し、計算関係書類に対する意見表明の合理的な基礎を得るために必要と認められる合理的な手続がとられるかどうか中心に判断されます。

となります。

・欠損が生じた場合の責任

分配可能額の規制を守ってい場合であっても、剰余金分配行為により期末に欠損が生じたような場合には、その職務を行っていた取締役は、連帯して、その欠損の額(当該分配額を上回る場合はその分配額)を支払う義務を負います(465条1項)。ただし、その職務を行うについて注意を怠らなかったことわ証明すれば免責されます。

 

 

 

関連条文

株式会社に対する損害賠償免除(424条) 

責任の一部免除(425条) 

取締役等による免除に関する定款の定め(426条) 

責任限定契約(427条) 

取締役が自己のためにした取引に関する特則(428条) 

役員等の第三者に対する損害賠償責任(429条) 

役員等の連帯責任(430条)  

補償契約(430条の2) 

役員等のために締結される保険契約(430条の3) 

 

 
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