新任担当者のための会社法実務講座
第357条 取締役の報告義務
 

 

Ø 取締役の報告義務(357条)

@取締役は、株式会社に著しい損害を及ぼすおそれのある事実があることを発見したときは、直ちに、当該事実を株主(監査役設置会社にあっては、監査役)に報告しなければならない。

A監査役会設置会社における前項の規定の適用については、同項中「株主(監査役設置会社にあっては、監査役)」とあるのは、「監査役会」とする。

 

監査役は、会社に著しい損害を及ぼすおそれのある事実があることを発見した時は、例えば取締役の行為を差し止める等、適切に措置を行うことができます。そのために、取締役が会社に著しい損害を及ぼすおそれのある事実を発見した時は、その事実を監査役に報告する義務を課しています。これにより、業務執行に関与することがない監査役の監査の実施に資することになります。なお、使命委員会等設置会社の場合には、取締役は業務執行に関与しないので、この条文の適用はありません。その代りに、執行役に同様の義務が課せられています。

ü 取締役報告による報告

・報告すべき事実(著しい損害の生ずるおそれのある事実)

報告すべき事実、すなわち「株式会社に著しい損害を及ぼすおそれのある事実」とは、一般に、株式会社の事業活動または存続に関して損害を及ぼすおそれのある事実と考えられます。例えば、会社の重要な取引先の資金事情が悪化して倒産またはそのおそれのあること、会社の投資先が倒産したこと、会社の工場や営業所等が火災等の罹災を被ったこと、会社の製品に瑕疵がありその瑕疵により重大な損害が発生することなどです。また、取締役または従業員の違法行為によって、会社が損害を被ることもあります。会社に著しい損害を及ぼすおそれのある事実ですから、法令違反のみならず、事実として損害が会社に発生するおそれのある場合も含まれます。また、現在の会社財産に対する有形的損害に限られるのではなく、得べかりし利益を喪失したり、会社の信用が失墜する場合も含まれると解されています。具体的な報告すべき事実については、会社ごとの事情があるため、会社であらかじめ報告すべき事実として最低限の事項を定めておくことが実務的になされています(例えばソニー()の取締役会規則では別表で報告事項を列記しています。)。

※357条の条文は、取締役が著しい損害を及ぼすおそれのある事実があることを発見した場合は、遅滞なく、報告すべき相手方に報告しなければならいないと規定しています。ということは、すでに損害が生じたという場合、その事実(事後の事実)の場合は357条の報告すべき事実に当たらない、ということになります。357条の趣旨は、会社に損害が生じることを未然に防止し、会社及び株主等の保護を図るというものだからです。なお、事後の事実の場合は、その事実の発見に基づき取締役会で対策を検討するのは当然のことです。

・報告の相手方

取締役の報告義務の相手方は、株主、監査役、監査役会と規定されています。非公開会社は監査役を設置する義務がないので、監査役が存在しないか、存在していても会計監査のみに権限を限定し業務監査権限を持たない場合は、株主が報告の相手方となります。この場合、業務監査の機関がないため、取締役の報告義務は重要な意味を持つことになります。

一方、公開会社では、取締役会の設置と監査役の設置が要求されている(327条1、2項)ことから、報告は監査役又は監査役会を相手方とすることになります。報告を行う者は事実を発見した取締役ですが、取締役が複数の場合や取締役会が設置されている場合は、その事実を発見した取締役が他の取締役または取締役会に伝えたが、監査役または監査役会に報告していない場合には、これらの報告を受けた取締役も、この報告の義務をおうことになります。

ü 報告の方法

・監査役設置会社の場合

監査役会設置会社を含む監査役設置会社の場合には、発見した事実を報告すべき相手方は会社の監督機関である監査役会または監査役です。その報告方法は、内部統制システムが構築されている場合、その定めに従うことになり、そうでない場合は、監査役が1人であろうと複数であろうと、1人の監査役に報告すれば、監査役は独任制であるので1人でも業務監査を行うことができます。したがって、1人に報告することで、報告を受けた監査役は、他の監査役がいる場合は他の監査役と協議しようと自ら監査を行なおうと、報告された事実に対して是正措置をとることができます。報告が口頭で行われても、その報告を受けた監査役は事実の確認をしなけれはならないと考えられます。

・株主へ報告する場合

監査役が設置されていない会社では、取締役は株主に報告を行うことになります。このような会社では、報告は、会社の中で報告に関する定めが設けられてれば、それに従って報告が行われることになります。一方、定めがない場合には、取締役が株主と面識がある場合には直接株主に報告することができます。直接面会することはもちろん、電話、郵便その他の方法による書面の送付、電子メールなどの手段によります。これに対して、取締役が株主との面識がない場合には、株主名簿により株主を把握して報告することになります。株主への報告は、監査役への報告の場合とは異なり、一部では足りず、株主の全員に報告しなければならないと解されています。これは、監査役は単独でも是正措置を講ずることが義務付けられているのに対して、株主には、その義務がなく、かりに一部の株主が報告を受けても、黙殺すれば、他の報告を受けない株主は損害を被るおそれが生じるからです。

・報告を怠った場合

取締役が報告を怠った場合、取締役は報告すべき義務を怠ったことになり、株主または監査役、監査役会が適切な是正措置をとることができず、それによって会社または第三者に損害が生じることがあります。その場合には、報告を怠った取締役には、会社または第三者に対する損害賠償責任が生じることになります(423条1項429条1項)。

ü 報告を受けた者の対応

・取締役会が設けられておらず監査役も設置されていない場合

会社に複数の取締役が存在する場合には、取締役が、他の取締役の行為により著しい損害を及ぼすおそれのある事実を発見したときは、取締役が他の取締役に直接その旨を確認し、このように行為を差し止めたり、他の取締役とともにその事実を確認してその事実に対応する行動を検討することが期待され、取締役のこれらの行為は、取締役の善管注意義務の適切な履行と解されています。さらに、取締役が事実を報告し、株主がその報告から取締役に事実確認したり、株主総会を招集したり(297条)、取締役の行為差止めをしたり(360条)、必要な措置をとることができます。これらは、複数の取締役がそれぞれ、取締役としての職責を果たすことができる場合に限られます。例えば、同族会社のような取締役相互の牽制が機能していない場合には、この制度は機能しないものです。

取締役が1人の会社の場合には、この制度は機能しません。このような会社では、株主数も少なく、取締役は大株主または場合によっては唯一の株主で、取締役が自己の問題を株主に報告し、株主がその行為を差し止めるこということはあり得ないと考えられます。ただし、この場合、取締役は経営を委任されていると同時に、自身で会社を所有しているので、会社の損害は株主としての自身の損害でもあるわけです。

・取締役会設置されている非公開会社

取締役会設置会社は取締役3人以上で取締役会を構成し監査役を設置しなければなりません。ただし、非公開会社では、監査役の権限を会計監査に限定することができます。この場合、取締役の報告義務の相手方は株主となります。

株主は、報告を受けても何かをしなければならないという職責があるわけではありません。すべての株主に報告し、株主から何もなけくでも、取締役の報告義務の履行について責任を問われることはないと言えます。非公開会社の取締役会設置会社の場合、株主は、取締役が会社の目的の範囲外の行為その他の法令・定款に違反する行為をし、またはこれらの行為をするおそれがある時は、取締役会の招集を請求することができます(367条1項)。またこの請求によっても請求の日から5日以内に、その請求があった日から2週間以内の日を会日とする取締役会の招集通知が発せられないときは、請求した株主が取締役会を招集することができます(367条3項366条3項)。これらによって、株主は、取締役に事実の確認、さらにその事実に対する措置の検討を求めることができます(367条4項)。さらに、取締役が会社の目的の範囲外の行為その他法令・定款に違反する行為をしたり、またはこれらの行為をするおそれがある場合において、その行為が会社に著しい損害を及ぼすおそれがあるときは、取締役の行為を差し止めることができます(360条)。さらに、議決権の3%以上を有する株主は、株主総会を招集して(297条)取締役に確認・質問をし、また解任などの対応をすることができます。

・公開会社

公開会社は、取締役会と監査役を設置しなければなりません(327条)。なおかつ、大会社はいわゆる内部統制システムを整備しなければなりません(348条4項362条5項)。この場合は、内部統制システムを通じて対処することになります。ここでは、内部統制システムを整備していない公開会社の場合を考えてみます。

監査役は、その調査権限を利用して取締役から報告を受けた事実を確認する(381条)ことのみならず、取締役会の招集を取締役や招集権者に求めることができます(383条2項)。そして、この請求をした日から5日以内に、その請求があった日から2週間以内の日を会日とする取締役会の招集通知が発せられないときは、請求した監査役が取締役会を招集することができます(383条3項)。招集された取締役会では、報告を受けた事実について取締役に確認し、さらに必要がある時は意見を述べなけれはなりせん。また、報告を受けたような事実が現にあり、それが会社の目的の範囲外の行為その他法令・定款に違反する行為であったり、またはこれらの行為をするおそれがある場合には、その行為によって著しい損害が生ずるおそれがある時は、取締役の行為を差し止めることができます(385条)。一方、監査役が報告を受けて何もしない、またはこのような一連の対応を適切に行わない場合には、このような取締役の行為により会社または第三者に損害が生じた場合には、監査役はその職務の遂行にあたり任務懈怠があったとして、損害賠償責任を負うことになります(423条1項429条1項)。

報告を受けた監査役は、受けた報告について検討したことを記録しておくことが求められます。例えば、監査役会議事録に記録する(会社法施行規則109条3項)。その他、監査報告(381条390条)において、その事実が報告されます。例えば、取締役の不正行為について報告され、直後の株主総会で株主の質問を受けた場合は、監査役はその説明義務を負います(314条)。

・内部統制システムが整備されている会社

報告を受けた監査役が対応しなければならないことは、基本的には内部統制システムがあってもなくても同じです。上記の対応と同じですが、違いは監査役は内部統制システムを通じて調査をするということです。会社法施行規則に従い、報告の方法を含めて会社内部での情報に関する体制を会社で決めることができます。

 

関連条文

業務の執行(348条) 

株式会社の代表(349条) 

代表者の行為についての損害賠償責任(350条) 

代表取締役に欠員を生じた場合の措置(351条) 

取締役の職務を代行する者の権限(352条) 

株式会社と取締役との間の訴えに置ける会社の代表(353条) 

表見代表取締役(354条) 

忠実義務(355条)

競業及び利益相反取引の制限(356条) 

検査役の選任(358条) 

裁判所による株主総会招集等の決定(359条)

株主による取締役の行為の差止め(360条) 

取締役の報酬等(361条)

 

 
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