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第360条株主による取締役の行為の差止め
 

  

Ø 株主による取締役の行為の差止め(360条)

@6箇月(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前から引き続き株式を有する株主は、取締役が株式会社の目的の範囲外の行為その他法令若しくは定款に違反する行為をし、又はこれらの行為をするおそれがある場合において、当該行為によって当該株式会社に著しい損害が生ずるおそれがあるときは、当該取締役に対し、当該行為をやめることを請求することができる。

A公開会社でない株式会社における前項の規定の適用については、同項中「6箇月(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前から引き続き株式を有する株主」とあるのは、「株主」とする。

B監査役設置会社。監査等委員会設置会社又は氏名委員会等設置会社における第1項の規定の適用については、同項中「著しい損害」とあるのは、「回復することができない損害」とする。

 

ü 違法行為の差止請求権

取締役には法令・定款の遵守義務があります(355条)。その義務に違反した場合、取締役はこれによって生じた損害を株式会社に対し賠償する責任を負うのです(423条1項)が、賠償によっても会社に生じた損害を回復できない場合もあり得ます。そこで、取締役は互いに監督(監視)義務を負っているとされ(最高裁判決昭和48年5月22日)、取締役会設置会社では取締役会が各取締役の監督義務を負い(362条2項363条1項)、監査役には法令・定款違反に対する業務監査権限(381条382条384条)及び差止権限(385条)があること等から、このような会社機関による監督によって取締役の法令・定款違反を防止できるように制度化されています。しかし、それでも果たされない場合に備えて、取締役が法令・定款遵守義務に違反する行為をし、またはこれらの行為をするおそれがある場合で、その行為によって会社に対して著しい損害が生ずるおそれがあるときは、取締役が法令・定款に違反する行為をし、またはその行為をするおそれがある場合において、その行為によって会社に著しい損害が生ずるおそれがある場合には、株主は、会社のため、その行為の差し止めを取締役に対し請求することができます(360条1項)。会社の損害の事後的救済については423条の損害賠償請求や847条の株主代表訴訟がありますが、事前に防止できる手段として、本制度が設けられています。なお、監査役設置会社、監査等委員会設置会社、指名委員会等設置会社においては、監査役、監査等委員、監査委員の権限(監査役の差止め請求権。385条)との関係から、株主は会社に「回復することができない損害」が生ずるおそれがある場合にしか請求をすることができません(360条3項)。具体的事例として、招集手続に重大な瑕疵のある株主総会開催の差止め、善管注意義務に違反する重要な業務執行行為の差止、株主総会決議を経ない自己株式の取得・事業一部譲渡の差止め、手続に瑕疵のある社債発行の差止め等。

ü 差止請求の要件

・対象となる行為

差止請求の対象となる取締役の行為は、第一に「株式会社の目的の範囲外の行為その他法令若しくは定款違反する行為」です。違反行為が差止請求の対象となる「法令」としては、まず具体的な会社法規定の違反であり、取締役の善管注意義務違反(330条、民法644条)や忠実義務違反(355条)といった一般的な会社法規定違反も対象となります。また、会社法以外の法令違反が対象に含まれるか議論が分かれていますが、例えば、不法行為や公序良俗違反や公職選挙法や政治資金規正法違反などは対象となるという判例があります(東京地裁判決平成11年11月30日、名古屋高裁金沢支部判決平成18年1月11日)。そして、「株式会社の目的の範囲外の行為」は、株式会社の目的を規定している定款違反の行為に該当します。条文でわざわざ「目的の範囲外」としているので、判例などの解釈では、目的の範囲外を権利濫用等、主観的に会社の目的達成のためになされていない行為を対象に含まれると解されています。

第二に、「又はこれらの行為をするおそれがある場合」も差止請求の対象となります。これは、第一の要件では違法行為等が着手されてから差止めしたのでは遅いことが多く、その行為がなされるおそれがある段階で差止めが認められるべきという考え方によるものです。

・著しい損害の生ずるおそれ

差止請求が認められるためには、取締役に法令・定款違反行為またはそれのおそれがあるだけでなく、取締役の行為によって会社に「著しい損害が生ずるおそれ」がなければならない、とされています。

なお、監査役会設置会社、監査等委員会設置会社又は指名委員会等設置会社では、この「著しい損害が生ずるおそれ」の要件が「回復することができない損害が生ずるおそれ」というより厳しい要件になります(360条3項)。監査役や監査等委員、監査委員は取締役の法令・定款違反行為により、「著しい損害が生ずるおそれ」がある場合に、取締役の行為の差止請求権を有しています(385条407条)。監査役会設置会社、監査等委員会設置会社又は指名委員会等設置会社でない株式会社では、監査役、監査等委員や監査委員が存在せず、それらの監督機関によるチェック機能が働かないことから、株主がそれに代わる監督機能を果たすこととして、株主も監査役、監査等委員や監査委員と同じ「著しい損害が生ずるおそれ」という用件で差止請求ができるようになっています。学説では、「回復することができない損害」の例としてあげられるのは、取締役によって処分された財産は取り戻すことができず、しかも、その取締役の賠償責任によってその損害が償われないような場合で、費用・手数等から考えて回復が相当困難な場合も含むとされています。これに対し「著しい損害」については、監査役の差止請求権に関し、その損害の質および量について著しいことを意味し、損害の回復性は問題とならないとされています。

法令・定款違反の取締役の行為に対しては、損害発生の有無を問わずに差止めが認められてもよさそうであるのに、これらの損害発生のおそれが要件とされたのは、法令・定款違反の行為か否かは客観的に判断することが必ずしも容易でないこと等もあり、業務執行権限は本来は取締役にあることから(348条1項)、そのような取締役の権限を株主が不当に干渉しないようにするとともに、株主が差止権限を濫用することをおそれたためと考えられます。

ü 差止請求の手続

・被請求者となり得る取締役

差止請求の相手は取締役であり、会社ではありません。取締役の業務執行を止める請求であるので、それに関わる取締役、業務執行権限を有する代表取締役及び業務執行執行取締役が対象となります。

さらに、業務執行以外の取締役の行為、例えば、取締役会における議決権行使については、業務執行を伴わなくても取締役会決議そのものによって対外的な法律効果が発生する場合もあります。例えば、自己取引や利益相反取引の承認などは、差止請求の対象となると考えられます。

・差止請求ができる株主

この差止請求をすることができるのは、公開会社の場合には6ヶ月前から引き続き株式を保有する単独株主で、公開会社でない場合には株式保有期間の要件はありません。また、単元満株主については、この請求をすることができない旨を定款に定めることができます(189条2項)。

このように公開会社の株主に制限を加えているのは、株主代表訴訟の提訴権者と同様に、株主の共益権を行使する者が一時的な権利者でなく、権利を濫用しないような者に限定しようと図られているためです。

・差止の方法

差止めは訴訟による必要はなく、株主が法令・定款違反の行為をそうとしている取締役に対して直接、差止めを求めることができます。しかし取締役がそれに応じない場合は、取締役を被告として差止めの訴えを提起することもで、きるし差止訴訟を本案とする仮処分命令を申し立てることもできます(東京高裁決定平成17年6月28日)。株主は自ら直ちに差止めを請求できるのであって、株主代表訴訟の場合のようにまず会社に対して差止めをすべき旨を請求する必要はない、と考えられます。

・不作為の請求

差止請求による救済は、「行為をやめること」という不作為であり、取締役に対して積極的な行為を求めることはできないと解されています。しかし、求められているのが作為なのか不作為なのかが争われる場合もあります。例えば、監査役が代表取締役に対して会社を代表して責任追及訴訟を提起したところ、逆に代表取締役が会社を代表して監査役に対し自分に対する提訴は会社に対する不法行為にあたるとして損害賠償訴訟を提起したのに対して、株主が代表取締役を相手に損害賠償訴訟の取り下げを提訴した。これは訴えの取り下げという行為を求めるものだとして代表取締役は訴えの無効を主張したが、裁判所は、訴訟行為を当事者として行うことを「取締役の行為」として、訴えの取り下げは「行為を止めることに」含まれるとしました(東京地裁判決平成11年11月30日)。

・差止め仮処分

差止請求訴訟の判決確定までに取締役が係争行為、つまり差止請求している行為を為すおそれがある場合には、その取締役に対してその行為の不作為を命ずる仮の地位を定める仮処分が認められます(民事保全法23条2項)。この仮処分は、被保全権利(差止請求権)そのものを実現する満足的仮処分です。その仮処分の内容は、特定の行為をしてはならない旨の、仮処分債務者である取締役に対する不作為命令です。そのようなことから差止めの仮処分を止めることに慎重な決定も見られます。例えば、満足的仮処分という性質を有する株主総会開催禁止の仮処分命令を発するに当たっての保全の必要性の判断はとに慎重に行われるべきであり、違法もしくは著しく不公正な方法で決議がなされること等の高度の蓋然性があって、会社に回復困難な損害を与えることを回避するために開催を禁止する緊急の必要性がなければならないが、それがないとして申し立てを却下した(東京高裁決定平成17年6月28日)。

ü 差止請求権行使の効果

株主による差止請求があっても、そのことだけで取締役は当然に行為を中止しなければならないというものではありません。差止請求に理由があるは限らないからです。差止請求を受けた取締役が行為を履行するか否かは、善管注意義務に従って判断しなければなりません。

差止請求権は、通常、仮処分により行使されます。その仮処分に違反して取締役が行為すれば、会社に対する不作為義務違反となりますが、その行為により会社に対し損害賠償責任を負わせるには別に訴訟を起こさなければなりません。仮処分違反の行為の対外的効力については、その仮処分は、取締役に対する不作為義務を課すにとどまるものです、 

〔参考〕監査役の差止め請求権(385条

取締役の法令・定款に違反する行為により会社に著しい損害が生ずるおそれがあるときは、監査役は、その行為の差止めを当該取締役に対し請求することができる(385条1項)。

この請求権は、通常は仮処分申請を裁判所に申し立てることによって行使されます。取締役の違法行為の差止請求権は株主にも認められています(360条)が、監査役の差止請求権を株主のそれと比べると、下の3点に違いがあります。

@)株主にとっては取締役の違法行為等の差止めは権利であって義務ではないのに対して、監査役にとっては必要であるときは、行使することが権利であるとともに義務でもあり、それを怠れば任務懈怠の責を負わされることになります。

A)行為差止めの仮処分について株主の場合は担保を立てさせられる(民事保障法14条)のに対して、監査役の場合はその必要がありません(385条2項)。

関連条文

業務の執行(348条) 

株式会社の代表(349条) 

代表者の行為についての損害賠償責任(350条) 

代表取締役に欠員を生じた場合の措置(351条)

取締役の職務を代行する者の権限(352条) 

株式会社と取締役との間の訴えに置ける会社の代表(353条) 

表見代表取締役(354条) 

忠実義務(355条)

競業及び利益相反取引の制限(356条)

取締役の報告義務(357条) 

業務の執行に関する検査役の選任(358条)

裁判所による株主総会招集等の決定(359条)

取締役の報酬等(361条)

 

 
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