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第429条 役員等の第三者
に対する損害賠償責任
 

 

Ø 役員等の第三者に対する損害賠償責任(429条)

@役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。

A次の各号に掲げる者が、当該各号に定める行為をしたときも、前項と同様とする。ただし、その者が当該行為をすることについて注意を怠らなかったことを証明したときは、この限りでない。

一 取締役及び執行役 次に掲げる行為

イ 株式、新株予約権、社債若しくは新株予約権付社債 を引き受ける者の募集をする際に通知しなければならない重要な事項についての虚偽の通知又は当該募集のための当該株式会社の事業その他の事項に関する説明に用いた資料についての虚偽の記載若しくは記録

ロ 計算書類及び事業報告並びにこれらの附属明細書並びに臨時計算書類に記載し、又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録

ハ 虚偽の登記

ニ 虚偽の公告(第440条第3項に規定する措置を含む。)

二 会計参与 計算書類及びその附属明細書、臨時計算書類並びに会計参与報告に記載し、又は記録すべき重要な事項について の虚偽の記載又は記録

三 監査役、監査等委員 及び監査委員 監査報告に記載し、又は記録すべき重要な事項について の虚偽の記載又は記録

四 会計監査人 会計監査報告に記載し、又は記録すべき重要な事項につ いての虚偽の記載又は記録

 

ü 第三者に対する損害賠償責任(429条1項)

取締役がその職務を行うについて悪意または重大な過失があったとき、これによって第三者に損害が生じた場合には、その損害を賠償する責任を負う(429条1項)。

・民法上の不法行為責任との違い

通常の損害賠償の訴訟は民法上の不法行為責任による場合が一般的ですが、その場合には原告である被害者が加害者の故意又は過失を立証する必要がありますが、取締役の第三者に対する損害賠償責任は以下の点で不法行為責任とは異なります。

@)軽過失の場合は責任を負わない(429条1項)

A)注意義務の対象は「職務を行うについて」であり、第三者に対する権利侵害や故意過失は問題とならない

B)以下の特定の行為については立証責任が転換されており、当該取締役が自身の無過失を立証しないかぎり責任を負うこととなっている。(429条2項)

ア.株式、新株予約権、社債もしくは新株予約権付社債を引き受ける者の募集をする際に通知しなければならない重要な事項について虚偽の通知または募集ののための会社の事業その他の事項に関する説明に用いた資料についての虚偽の記載・記録

イ.計算書類・事業報告・これらの附属明細書・臨時計算書類に記載・記録すべき重要なじこうについての虚偽の記載・記録

ウ.虚偽の登記

エ.虚偽の公告(定時株主総会終結後5年間、貸借対照表をウェブ開示する場合を含む)

・対象損害の範囲

取締役の第三者に対する損害賠償責任の性質について、判例では、会社の経済社会に占める地位及び取締役の職務の重要性を考慮し、第三者保護の立場から、取締役が悪意・重過失により会社に対する任務を懈怠し第三者に損害を被らせたときは、当該任務懈怠行為と第三者の損害との間に因果関係がある限り、以下の間接損害・直接損害のいずれであるかを問わず取締役に損害賠償の責任を負わせたものとしています(最高裁昭和44年11月26日)。

@)間接損害

取締役の悪意・重過失による任務懈怠から会社が損害を被り、その結果第三者に損害が生じる場合を間接損害と呼びます。典型的には、取締役の放漫経営・利益相反取引等により会社が倒産した場合に会社債権者が被る損害ですが、制度上の大きな問題は、取締役が会社に対して負う損害賠償責任とこの責任との調整の必要がないか否かです。

取締役の放漫杜撰な経営(任務懈怠)により会社財産が減少するとき、その任務懈怠は会社との関係において違法と評価され、取締役の会社に対する責任を基礎付けられ、例えば会社債権者は、取締役の会社に対する責任について債権者代位(民法423条)を行使して、自らの利益を守ることも考えられますが、この429条によれば債権者代位の用件を見たさなくても救済を受けることが可能となります。しかし、任務懈怠は明らかであるとしても、台際者に対する損害賠償責任を基礎付けるかは問題です。それは、取締役の放漫経営等の会社に対する任務懈怠によって会社債権者の債権の一般担保である会社財産を減少させる結果、それは会社債権者に対する関係でも違法と評価されるというわけです。

株主の被る間接損害の救済については、原則として株主代表訴訟によるべきものとして、特別な場合(取締役が適法な株主総会特別決議を経ずに有利な払い込みで第三者割当で株式を発行した場合や利益相反取引なよって株主が損害を被った場合の判例がある)を除いて認めるべきでないという考え方もあります。

A)直接損害

取締役の悪意・重過失により、会社に損害がなく、直接第三者が損害を被る場合が直接損害と呼ばれます。典型的には、会社が倒産に瀕した時期に取締役が返済見込みのない金銭借入れ、代金支払の見込みのない商品購入等を行ったことにより契約相手方である第三者が被る損害です。

取締役のこのような行為は契約相手方に対する不法行為にも該当しますが、判例によれば、不法行為は第三者に対する加害についての故意・過失を要件とするのに対して、この責任は取締役の会社に対する任務懈怠についての悪意・重過失を要件とする点が異なると言います(最高裁昭和44年11月26日)。それでは、返済見込みのない金銭借入れ等が、なぜ取締役の会社に対する任務懈怠に当たるのか、それは会社の信用を傷つける点に任務懈怠を見出す見解もあります。また、債務超過またはそれに近い状態の会社は、株主が有限責任結果失うものがないためにイチかバチかの投機に走りやすいこと、および、営業を継続すれば取締役への報酬等の支払等により会社の財務状況はますます悪化すること等から、会社債権者の損害拡大を阻止するため取締役には再建可能性・倒産処理等を検討すべき義務が善管注意義務として課されていて、その任務懈怠が損害賠償責任を生むことになると解する。

B)間接損害と直接損害の関係

(ア)同時侵害型

取締役の任務懈怠の類型として、取締役の行為が会社と第三者の双方に対し同時に損害を生じさせる同時侵害型ともいうべきものがあるとして、直接侵害型・間接侵害型・同時侵害型という整理の仕方があります。同時侵害型に属する具体例として、@第三者から会社に寄託された物品を取締役が着服した場合、A取締役が、経験の有無を確かめず適切な指示も与えずに、従業員に危険な作業を命じ、負傷させた場合、B相当な理由と必要がないのに証券取引所に上場廃止を申請した場合、C株主総会の特別決議を経ずに新株の有利発行がされた場合などです。

(イ)構成の問題

ある事案が直接損害と間接損害のいずれかに当たるかは構成の問題であり、多くの場合、どちらにも構成できるといわれています。会社の経営が悪化する前から継続して取引をしていたものが受けた損害など、同一の事案において直接損害と間接損害が併存している場合もありえます。経営が極度に悪化し、新たな取引をしても履行や支払の見込がない状況においてあえて取引をすることにより、相手に損害を与える場合が、直接損害類型の典型であり(当座取引をすること自体が任務懈怠になる)、会社が危機的状況にないとき取引をしたが(当座取引自体に違法性はない)、その後の拙劣な経営により会社の経営が破綻し、相手方に損害を与えた場合が間接損害類型の事例です(拙劣な経営により会社の経営を破綻させたことが任務懈怠になる)。

(ウ)区別の必要性

損害が直接損害か間接損害のいずれであるかの区別は、何をもって任務懈怠と捉えるかということのほか、任務懈怠と損害との因果関係について、必要です。間接損害類型では、取締役の任務懈怠によって会社に損害が生じ、そのことによって第三者に損害が生じたことが認定されなければ、取締役の任務懈怠と第三者の損害との因果関係は認められません。直接損害類型では、取締役の任務懈怠によって第三者に直接損害を生じたことが認定されなければなりません。

・責任を負う取締役

この責任を負うのは会社に対して役員等の地位に応じた権限を有し義務を負うことが前提となります。従って、法律上その地位にある役員等、すなわち適法な株主総会の決議によって選任され、会社との間に任用契約が結ばれた者です。しかし、法律上は取締役の地位にあるが、会社との間で取締役としての職務を何もしていない者(名目取締役)の責任をどう考えるか、また、法律上は取締役の地位にないが、事実上取締役としての職務を継続して行っている者(事実上の取締役)に責任を負わせることは考えられないかなどの問題があります。

@)名目取締役

名目取締役とは、適法な選任手続によって取締役に就任したが、取締役としての職務を何もしていない取締役をいいます。中小規模の会社では、信用を利用したり取締役の形式的な員数を揃えるために存在する場合があります。この名目取締役の第三者に対する責任は、中小企業の取締役が代表取締役の業務執行を何ら監督(監視)しなかった点を重過失による任務懈怠であるとして追及されるケースが多いようです。判例には、そのような名目的取締役に監督義務違反の責任を課したものもあります(最高裁昭和48年5月22日)。

名目取締役の責任の有無を判断する際に考慮され得る要素として、次の9点があげられます。@職務免除の特約、A無報酬または過少な報酬や出資の欠如、B就任期間の長短、C取締役会の不開催、D他の仕事の兼業、E遠隔地居住、F病気・老齢、G専門的知識の欠如、H事実上の影響力の欠如

A)事実上の取締役

中小企業において正式に取締役として選任されていないにも関わらず、事実上会社の業務執行に携わっている者については、第三者に対する責任を認めた判例があります。この判例には、不実の取締役就任登記の出現に加功したことを理由とするタイプ(前橋地裁昭和49年12月26日)と事実上取締役として会社を主宰していたことを理由とするタイプ(東京地裁平成2年9月3日)とがあります。

不実の取締役就任登記については、取締役として登記されているものの、適法な選任手続を欠いている者について判例は、取締役として選任されていない者は、登記されていても取締役には当たらないが、就任の登記に承諾を与えたときには不実の登記にあたるとして(908条2項)、当人に故意又は過失がある限り、登記の不実なことをもって善意の第三者に対抗できないとして、取締役としての責任を免れないとしました(最高裁判決昭和47年6月15日)。

事実上の取締役は法律上は取締役の地位にはないが、事実上取締役としての職務を継続して行っている者です。裁判例では429条の類推適用という形式をとっているようですが、そのためには、その者が、取締役としての外観をもっていて、継続して取締役の職務を行っていることが必要ということになっています。

B)代表取締役その他の代表者の場合の特則

その職務を行うについて第三者に損害を加えたのが「代表取締役その他の代表者」である場合には、会社がその損害を賠償する責任を負います(350条)。この責任の成立には、代表取締役その他の代表者がその職務を行うにつき民法709条の不法行為責任を負うことが必要とされています(最高裁昭和49年2月28日)。

ü 責任の要件

・責任の要件

役員等の第三者に対する損害賠償責任の要件を整理すると、責任を追及される者が役員等の地位にあることを前提としてですが、@役員等がその職務を行うについて会社に対する任務懈怠があったこと。A@について役員等に悪意または重大な過失があったこと。B第三者に損害が生じたこと。C@とBとの間に相当因果関係が存するということ。です。この@〜Cの要件を根拠づける事実を主張・立証する責任は、役員等の責任を追及しようとする者の側にあります。

条文の文言としては「役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があった」として、423条の「任務を怠った」という文言とは異なっていますが、上述の昭和44年の最高裁判決で「取締役において悪意または重大な過失により右義務(善管注意義務)に違反し」あるいは「取締役の任務懈怠の行為と第三者の損害との間に」と述べており、第三者に対する責任の場合にも、役員等が責任を負うためには、悪意又は重大な過失による会社に対する任務懈怠があったことが必要であるということになっています。そして「職務を行うにつき」と規定されているので、役員等の職務と関係ない行為は、対象外となります。

・取締役の責任の減免

取締役の会社に対する賠償責任の場合とは異なり、相手方が第三者の場合には総株主同意による免除の対象にはなりません。

ü 損害の事例

・債権者の間接損害

@)間接損害の裁判例

間接損害の類型には、悪意・重過失に該当する行為(任務懈怠行為)が特定できる類型(放漫貸付や新規事業進出の失敗等)と取締役の経営姿勢一般に関する悪意・重過失を認定して責任が認められる類型(一般的な放漫経営)があるとして、取締役の経営姿勢一般にかかる任務懈怠を理由に責任が認められることが、取締役の会社に対する責任(423条)の場合とは異なります。そこに、この事案の裁判の特色があります。

取締役の会社に対する責任を追及するためには任務懈怠に該当する行為を特定して、会社にその任務懈怠行為と相当因果関係にある損害がどれだけ生じたかを照明する必要があるのに対して、債権者が間接損害に係る取締役の責任を追及するためには、任務懈怠が主因となって会社が倒産したことを証明する必要はありますが、会社にどれだけの額の損害が生じたかを証明する必要はなく、会社の倒産によって生じた会社債権者の債権の回収不能額を損害として賠償請求することができるというものです。

(ア)放漫経営

取締役による継続的な放漫経営により会社が倒産し、会社債権者の債権回収ができなくなった場合が、間接損害の典型例です。特定の経営判断の失敗というより、継続的な放漫経営により会社を倒産させたことが任務懈怠とされます。会社が経営危機に陥った後もほとんど意味のある経営改善の努力が見られないことが認定される場合が少なくありません。実際の裁判では、次のようなケースが認定されています。

ž 会社が赤字続きであったのに、粉飾決算をしてその実体を覆い隠し、その資金繰りに窮しても高利の金融に頼り、工場新設と輸出による市場の転換の計画が失敗した後も、漫然と融通手形の交換続け、急激に高利金融に依存する姿勢を強めるなど、一向にその経営姿勢をあらためなかったため、遂に会社の売上の4分の1前後を金利の支払に充てざるを得なくなり、その結果、会社の資産を極度に減らし、夫妻を急増させて会社を倒産させ、債権者の債権回収を不能ならしめ、しかも代表取締役は、このような経営姿勢を続けるならば、早晩会社の資産内容を悪化させて、これを倒産させるであろうことを当然認識したはずと認められるのに、あえてこれを改めなかったとして、存在賠償責任が認められた。(東京高裁判決昭和58年3月29日)

ž 常勤取締役として経営を担当していた者が、高級クラブ等での飲食を繰り返し交際費等の名目で毎年2億円以上の金員を費消したばかりか、具体的な事業計画もないままに500万円以上の金員を投入して子会社を設立するなどしながら、実際には何ら事業活動を行わずに上記投入資金を無意味なものとした上、このような無計画な事業拡大を批判されたことに反発し、返済の計画の目処も考えずに年24.33%もの高利で1億円以上の借入をし、その金利負担等によって会社の負担を増大させ倒産に至らせたとして、責任を認めたケース。(大阪地裁判決平成8年8月28日)

ž 倒産会社の債務整理を何ら行わないまま、新たに同種の建築請負業を行う会社を設立したが、会社の資産はほとんど無に等しく、仮に注文主からの入金に支障が生じればただちに下請け業者に対する支払に窮することは十分予想されていたところ、取引先からの入金が中断し損失が発生したのにもかかわらず、抜本的な運転資金獲得のための手段を講じようとはしなかったことを理由に、事実上の代表取締役である取締役の重大な過失による任務懈怠が認められた。(東京地裁判決昭和58年5月6日)

(イ)事業拡大・新規事業進出の失敗

ž 取引会社の経営体質を十分に改善せず、安易に中国人らの生徒募集を続けてその預託金を被告会社の運営資金に流用し続け、かつ、入学希望者に対する名目的保証人斡旋の事実が入国管理局に発覚するときは、入学希望者の在留許可申請がすべて不許可となり、上記預託金が確保できなくなる可能性があることを認識しながら名目保証人の紹介を継続した代表取締役について、職務を行なうにつく重大な過失がある認められたけーす。(東京地裁判決平成6年12月21日)

(ウ)放漫・杜撰な貸付・借入

ž 融通手形の融通先の倒産による連鎖倒産事例であるが、融通先の困難な経営状況を知りながら短期間に多額の融通手形を振り出した代表取締役について、その取引先が上記決済資金を調達できなければ会社が倒産する危険性を認識していたか、あるいは知らなかったとしても重大な過失があるとして、取引先に対する責任が認められたケース。(東京地裁判決平成4年1月20日)

ž 融通手形の乱発によって会社の資金繰りを悪化させ倒産にいたらしめた代表取締役について、不健全な融通手形の振り出しによる資金繰りを控えるべき忠実義務があるのにこれを怠っていたとして、職務執行に係る悪意・重過失を認定し、以前に振り出された手形所持人に対する責任が認められたケース。(東京地裁平成9年1月28日)

(エ)取締役の違法行為による倒産

ž 経費節減を計るため、無資格者にエックス線撮影を約10ヶ月以上にわたり行わせ、警察の捜査を受け、新聞等に報道され、診療所としての信頼を失い、事実上倒産した診療所を経営する会社の代表取締役について、故意に不正な診断を行わせ、それが発覚した場合診療所の経営が立ち行かなくなることがあり得ることを認識していたか、またはわずかな注意を払えば容易に予見しえたにもかかわらずこれを怠り、不正な診療を継続したことにより会社が事実上の倒産をしたものであるとして、責任が認められたケース。(東京地裁平成2年9月3日)

(オ)自己又は第三者の利益の優先による倒産

ž 会社の借入金を代表取締役が私的に流用したことにより会社の財務内容が悪化した事例において、借入金の債権者に対する第三者に対する責任が認められたケース。(東京地裁判決平成6年4月26日)

ž 取引先に対して会社に不足資金を融資することを約束した一人株主である代表取締役が、その融資が実行されなければ会社が倒産することを十分に認識しながら、その融資を実行せず、その結果会社を倒産させたことに忠実義務違反があったとして、代表取締役の会社債権者に対する責任を認めたケース。(東京地裁判決昭和59年5月8日)

A)間接損害における任務懈怠

上記の裁判例では、取締役の責任が認められた場合でも、取締役の違法行為ないし悪意が認定されたためで、放漫杜撰な経営に対して、経営判断の内容それ自体だけでなく、経営判断の前提となる情報収集・調査分析が著しく不十分という外形的に明白なこととあわせて、悪意と同視すべきはなはだしい任務懈怠がある場合に限って責任が認められている、という傾向にあります。

取締役の責任を否定したケースでは、取締役は、事業の運営に当たり不可避的に相当程度の不確定要素を含む経営判断を迫られるのであり、取締役が実際にした経営判断が結果的に適切ではなかったとしても、それが事業の特質、判断時の状況等を考え合わせて、当初から会社に損害を生ずることが明白である場合またはそれと同視すべき重大な判断の誤りがある場合は格別、与えられた経営上の裁量権の範囲内であれば、その出処進退の点は別として、取締役の任務を懈怠してことにはならない(いわゆる経営判断原則)として、新規事業進出が当初から失敗に帰することが当然に予想され、会社に損害の生ずることが明白であったとかそのことについて会社の取締役に明白な判断の誤りがあったとかの点を認めるに足りず、事業上の失敗に取締役の責任原因を見出すことはできないと判事しました。(東京地裁判決昭和55年9月30日)

また、会社の経営が極度に悪化し(経営悪化の原因については任務懈怠はないとして)、実質上債務超過になった状況で、(十分に状況を認識し選択肢の利害得失を合理的に分析・検討したうえで)きわめて冒険的な打開策を講じたが、失敗に終わり、会社が倒産した場合において、実質上の債務超過会社の株式の価値は零に近く、株主有限責任原則の下で株主にはもうこれ以上失うものはなく、損失が膨らめば会社債権者の損害を増大させるだけという状況で、一か八かの賭けに打って出るような打開策は、株主の利益にこそなれ不利益を増すものではないため、会社との関係において任務懈怠にあたるといえるか疑問がありえるという意見があります。このような場合に、取締役の任務懈怠=善管注意義務違反を肯定するとすれば、会社の経営が極度に悪化した状況では、取締役は、株主の利益の最大化だけでなく、会社債権者の損害拡大にも配慮して、再建可能性や倒産処理などを検討すべき義務が課されていることになります。

・債権者の直接損害

@)直接損害の裁判例

(ア)履行の見込みのない取引

会社が倒産に瀕した状況において、履行見込みのない取引(支払見込みのない取引、支払見込みのない手形の振り出し、返済見込みのない借入など)をする場合です。この場合、間接損害の場合と同じように、倒産会社から債権の回収を得られない債権者が取締役の責任を追及することになりますが、支払見込みのない状態における取引について任務懈怠の有無が問われることにおいて、取引当時において支払い見込があった間接損害の場合と異なります。

支払い見込みのない取引

ž 会社の資産状態が相当悪化していて約束手形を振り出しても満期に支払うことができないことを容易に予見することができたにもかかわらず、代表取締役としての注意義務を著しく怠ったため、その支払の可能なことを軽信し、代金支払の方法として約束手形を振り出して取引先をして商品を引き渡させ、約束手形が支払不能となった結果、取引先に約束手形金額に相当する損害を被らせたとして、取締役の責任を認めたケース。(最高裁判決昭和44年11月26日)

ž 代表取締役が、取引先の事業が不振で在庫が増加して資金難に陥っていることを承知していたにもかかわらず、その事業に関する調査を行わず、その倒産に備え支払手形決済のための手段をあらかじめ講ずることなく、取引先の依頼により融通手形の振り出しに応じ、漫然と取引を継続し、受領する受取手形の割引によって支払資金を得ることができると軽信して、他の取引先から原材料を仕入れたところ、取引先が倒産したため、上記仕入取引の代金支払のために振り出した手形の支払不能に陥ったとして、代表取締役の取引先に対する責任を認めたケース。(最高裁判決昭和51年6月3日)

ž 新たに債務を負担すべき契約を締結するに際して、代表取締役はその債務を期限に弁済できる見込があるかどうかを子細に検討する注意義務があるか、続いて、資金繰りの目途が立たない状況に陥り新たに債務を負担しても期限にその弁済ができなくなることが予見できたにもかかわらず、債権者より手形の書換を受けるなどして支払いの猶予を得て、事業を継続することができ、手形の不渡り、倒産という事態を避けられると軽率に考え、下請契約を締結したほか、他に多くの下請業者と下請契約を締結したところ、一部下請業者なおいて手形の書換に応じず、手形が不渡りになり倒産したことについて、代表取締役の責任を認めたケース。(東京高裁判決昭和60年4月30日)

融通手形の振出し等

同じ手形の振り出しでも、一般の約束手形とは違って、いわゆる融通手形の振出について、代表取締役が第三者に責任を負うためには、代表取締役が、融通者たる会社(振出人)がその資力に照らして支払期日にその手形を決済することができないことを認識し、または重過失によりこれを蜷指揮しないで振り出したものであることを要すると判断しました(東京高裁判決昭和57年10月27日)。

ž 会社が多額の融通手形につき満期に自己資金で支払いをすることができないのは明らかであり、また被融通者が満期までに手形の弁済指揮を提供することについて、確たる裏付けがあったと認めるべき証拠はないと認定して、取締役の責任を認めたケース。(東京地裁判決平成7年9月7日)

杜撰な事業開始

ž ゴルフ場解説事業のように多額の資金を要し、利害関係者も多数に及び、さまざまな法的規制および行政指導に服する大規模な事業を企画する会社の設立時の取締役として、会員募集に先立ち、ゴルフ場開設予定地域内の地主や行政主体との事前協議を十分になし、用地の確保とゴルフ場開設のための指導要綱所定の要件の具備や法令上必要な許認可の取得の確実な見込みを得ておくべきであり、事業資金の調達について客観的合理的な資金計画を立案すべきであったのに、これらを怠り、会員募集による入会金をほとんど唯一の事業資金源とする資金計画を立案した上、用地確保についても非常に難航していることが明らかでありながら、立地計画の変更や会員募集開始時期の延期などの措置をとらず、漫然、代表取締役が会員募集を開始するに任せていた取締役について、職務を行うにつき重過失があったと認められたケース。(東京地裁判決昭和62年5月11日)

誤認取引の誘引

ž 会社の経営悪化に対処する何らの根本的対策を講じない放漫経営を継続し、粉飾により経営悪化を隠蔽し、そのため配当も行い、必要以上に税金を納入し、さらに虚偽の決算数字を企業要覧に登載させて公表し、取引先をして会社の経営状態が良好であるかのごとく誤信させて会社との取引の停止を妨げ、その取引を継続させた事例。(京都地裁判決昭和55年10月14日)

ž すでに慢性的な債務超過の状態にあり、会社の営業を廃止して債務整理のため工場敷地を売却する準備をしていた代表取締役が、他の手形決済資金を入手するため、虚構の事実を申し向けて売買契約を締結した事例で、代表取締役の言動は、通常の商取引において許容される駆け引きの限度を越えて、その詐欺的言動により、売買契約が成立したと認められた。(仙台地裁判決昭和62年11月24日)

(イ)それ以外の態様で第三者の権利や利益の侵害

履行の見込みのない取引以外の態様で第三者の経理や利益を侵害する場合で、第三者の利益を保護する法律に違反していることや、関与した従業員や取締役自身ひいては会社が不法行為責任を負うことも多い場合です。

詐欺的商・違法な投資勧誘

ž 株式売買を仮装した金員の騙取(東京地裁判決平成4年3月27日)

ž 原野商法(大阪地裁判決平成5年3月29日)

ž 抵当証券の多重売り(東京地裁判決平成6年7月25日)

ž 株式売買・株式買付金の融資を仮装した金員の騙取(名古屋地裁判決平成10年6月22日)

これらの事例では、事案の具体的内容や原告が誰を被告としてどのような主張をするのかにもよりますが、取締役の責任については、不法行為責任のみを肯定するもの、不法行為責任と第三者責任をともに肯定するもの、第三者責任のみを肯定するものなど、多様です。

違法な業務の執行

ž 会社の商標権侵害を認定し、その侵害行為を遂行した代表取締役の第三者への責任を認めたケース。(大阪地裁判決平成元年10月9日)

ž 新株の申込証拠金に充当されるべき金員を会社の経費に流用費消した事例(最高裁判決承和38年10月4日)

ž 会社の建物の不法占拠(最高裁判決昭和51年1月29日)

ž 他人物売買による商品引渡義務の不履行について、会社が事実上倒産し資産がない状況に至っていることを認定して、取締役の責任を認めたケース(東京高裁判決昭和56年5月27日)

取締役の退職慰労金の不支給等

閉鎖会社においてオーナー経営者と対立した退任取締役への退職慰労金の不支給、取締役の退職慰労金に関する内規があっても、代表取締役が内規に従った退職慰労金の支払いに関する議案を株主総会に提出するための取締役会を招集し、取締役会においてその議案を提案すべき義務を負っているかについて、裁判所は義務はないと判事しました。(大阪高裁判決平成16年2月12日)また、株主総会に提案された議案の内容が不当であることが提案した取締役の義務違反であると主張して、支給対象者が、取締役の第三者に対する責任を追及することはできないとした裁判事例もあります(東京地裁判決平成19年6月14日)。

従業員の利益の侵害

A)直接損害における任務懈怠

(ア)任務懈怠をどこに求めるか

個別具体的な法令に違反する業務執行は、たとえ違反が会社の利益となる場合でも取締役の任務懈怠行為となります。取締役は、会社を名宛人とするすべての法律を遵守して職務を執行する義務を負い、それに違反することは任務懈怠と評価されます(最高裁判決平成12年7月7日)。これに対して、支払見込み・履行見込みのない取引や詐欺的商法等では、商品や代金が会社に入ってきているので、会社に直ちに不利益が生じているわけではなく、会社に対する任務懈怠となるのは、第三者に対して不法行為を行って会社の信用を傷つけることによる。

一方、経営が悪化し実質上債務超過またはそれに近い状態の会社は、株主が有限責任の結果失うものがないため、一か八かの投機に走り、会社債権者の損害を拡大しがちであることから、取締役は、会社に対して、経営状況を確実に把握するとともに、悪化の原因の分析、今後の収益見通しの予測、資金繰りの計画、経営改善のための対策の立案・実行などの必要な措置を講ずる義務があります。取締役は、その重過失または義務違反を理由に、債権者に対する取締役の責任が基礎付けられています。

(イ)履行見込みのない取引についてどこまで責任を認めるか

裁判では、支払いの見込みのない取引において、支払う見込がまったくなかったことを知悉していた場合だけでなく、重過失により知らなかった場合にも責任が認められています。取引通念上要求される開示義務に違反して経営状態を秘匿してあえて取引をしたり、あるいは経営危機に際してその調査や分析にに甚だしい不注意があり取引内容自体も著しく不合理である場合などには、悪意の場合と同様とみなすことができるとして責任を認めることも合理的と考えられます。例えば、代表取締役が、利益を上げる見込みもなく、その商品の品質も十分調査しないで、それまで扱ったことのない品質のよくない安売品である呉服類を原告から買い入れ、その代金の支払いのために確実な支払見込みのない約束手形を振り出したことは、重過失による会社に対する任務懈怠と認めたケースがあります(京都地裁判決平成4年2月5日)。

契約の履行見込みの有無を判断するにあたり、会社の設立からの経緯、各事業年度における損益状況、業界全体の動向、経営改善のための方策等を総合的に検討した上で、取締役の責任を認めるという結論に至るものが多いと考えられています。例えば、売買代金の決済の見込があるか否かについては、取引の種類、代金額・弁済期等の契約条件、会社の財政、経営状態などの諸要素を踏まえ、一般的な経済情勢・景気等の外的条件の動向をも考慮して総合的に判断され、経営の悪化がみられる状況においても、積極的な取引や資金獲得の努力によって会社の維持再生を図ることも経営上のひとつの選択肢たり得るものであるか、売買代金が決済されなかったという結果があったからといって、売買契約に及んだ判断を任務違背とすることはできないとしたケース(東京地裁判決平成4年6月29日)があります。

・経営判断原則との関係

経営判断原則は、一般に、個別的な法令に違反する場合を除いて、利害関係のない取締役が、合理的な手続に従い十分な情報を得て誠実に経営判断をしたときは、その判断内容が著しく不合理である場合を除いて、任務懈怠の責任は問われないとされてきました。経営判断時の状況に照らし経営判断の前提となった事実認識(情報の収集・分析・検討)に不注意な誤りがなかったかどうか、その事実認識に基づく判断内容が著しく不合理でなかったかどうかが判断されることになります(最高裁判決平成22年7月15日)。

この経営判断原則はもともとアメリカにおいて社会的責任の文脈で議論されてきたことですが、この429条で第三者に対する責任についても経営判断原則が適用されるかということです。裁判においては、昭和40年代の判決で、通常の能力、経験、識見を有する経済人の立場からみて明らかに不合理とは言えないとして、取締役の責任を否定したケースがあります(東京地裁判決昭和53年3月2日)。

最近の裁判例では、会社の経営状態から見て返済の見込みのない大量の借入をし、また、その製造する製品が時代遅れになってきたにもかかわらず新たな事業展開をするでもなく、杜撰な経営を続けたとして429条1項の第三者に対する責任が追及された事案について、従来の主力製品が需要を失うような大きな産業構造の変化に対応して、どのような事業転換をすべきかは、経営上の選択の合理性の有無に関わることであるから、この事案の選択が著しく不合理であることが客観的に明白と認められる場合、例えば、他のより合理的な選択があり得ることが第三者的観点から容易に理解できる場合に限り、重過失を認めるべきであるとして、責任を否定したケース(千葉地裁判決平成5年3月22日)もあります。

これに対して、経営悪化時での履行の見込みのない取引について、「破綻の危機に瀕している企業が状況打破のために冒険的、投機的な経営をすることも株主との関係ではときに正当化されることがあるとしても、第三者である取引先との関係では、単に危険な取引を強いるだけで、これを合理化する根拠はないのであって、取締役の注意義務を軽減すべきりゆうにはならない」として、株主に対する責任と第三者に対する責任とを区別する考え方を示した裁判例もあります(福岡高裁判決平成11年5月14日)。

取締役に認められる裁量の範囲は、求められる個別の経営判断の具体的内容と会社の具体的状況によって異なるのであり、第三者責任について経営判断原則は適用されるかという一般的な問いかけをすることにはあまり意味はないと考えられます。直接損害事案と間接損害事案の具体的事例ごとにみると、

間接損害類型の事例では、債権者との取引時における取引に関わる任務懈怠ではなく、その後の取締役の職務執行における任務懈怠の有無が問われるのであり、会社の経営が極度に悪化した場合を除き、対会社責任の下におけると同様に経営判断原則が適用されるを前提に、その職務遂行が第三者に対する責任の任務懈怠または重過失に該当するかどうかが判断されることになります。

直接損害類型については、場合を分けて検討することになります。債権者の直接損害のそれ以外の様態にあたる詐欺その他の違法行為が存在する場合は、そもそも経営判断が適用される余地はありません。また、履行見込みのない取引に関しては、間接損害の場合と同じに考えることになります。

ü 監視・監督義務違反

従業員の違法行為や他の取締役の任務懈怠を看過したことに監視・監督義務違反という任務懈怠があるとして取締役の第三者に対する責任が追及される場合があります。とくに中小規模の会社が倒産して会社から債権を回収することができない債権者が、代表取締役の任務懈怠を看過していたとして、代表取締役に経営を任せきりにしていた取締役の監視義務違反による責任を追及するような場合です。

・取締役会構成員である取締役一般の監視義務

取締役会は、取締役の職務の執行を監督する権限を有しています(362条)。取締役は、取締役会の構成員として、会社の業務及び財産の状況を把握し、会社の業務執行が適切かつ妥当に行なわれるように取締役の職務執行を監視する義務を負います。この監視義務は、取締役会に上程された事項だけでなく、それ以外の会社の業務執行一般に及ぶ解されています(最高裁判決昭和48年5月22日)。

他の取締役に業務執行全般を任せきりにして、監視・監督業務を履行していない取締役の責任を認める裁判が少なくありません。例えば、大学生協が設立した子会社が放漫経営なより破綻した事案で、子会社の取締役を兼務する生協専務理事らが経営を代表取締役に任せきりにしたとして、第三者に対する責任を認めました(東京地裁判決平成20年12月15日)。

取締役会に上程された事項以外の事項について、取締役はどの程度まで注意を払わなければなせないかということについて、裁判例としては、代表取締役の業務活動の内容を知り、または容易に知り得たのに、これを看過した等の特段の場合がある場合に限って監視義務違反の責任を問われるとした事案があります(札幌地裁判決昭和51年7月30日)。他方、これとは正反対の見解を示した事案。取締役は、取締役会の構成員として代表取締役の業務執行一般が適正に行われるように監視・監督する義務を負うこと自体は代表取締役が買い主経営の専権を握っていて、取締役会が形骸化して、実際的機能を果たしていない会社においても等しく当てはまりますが、れらの任務をまっとうするために各取締役に要求される措置の具体的内容、その措置の適否を判断することや、それを現実に実行に移すことの難易については、会社の規模や経営の実態、その他時々の状況に応じて著しく異なってくるから、形式的な取締役としての任務懈怠があるからといって、それがただちに重過失に基づくものであるとするのは相当でないとして、代表取締役が資金繰りの内容を明らかにすることについて非協力的であったことから、取締役がこれを把握し得る立場になかったとして責任を否定しました(東京地裁判決平成19年5月23日)。

とくに会社経営が悪化した状況での監視義務については、会社が順調ではないことを知っていた取締役は、代表取締役が経理上の不正をしないようとくに留意し、入金状況・支払状況等を調査し、代表取締役の業務執行に関する行為を監視する義務を負う(高松高裁判決平成元年9月11日)。

他の取締役の任務懈怠や不正行為が明らかになった場合に、取締役は具体的にどのような行動をとらなければならないのか。取締役会構成員である取締役は、必要かあれば、取締役会を自ら招集し、あるいは招集することを求めて、取締役会を通じて業務執行が適正に行われるようにする職務を負っています(最高裁判決昭和48年5月22日)。

・業務執行権限を有する取締役の監視・監督義務

代表取締役は、会社の業務に関する一切の行為をする権限を有し(348条)、それに対応して、包括的な対内的な業務執行権限を有しています(363条)。代表取締役は、担当分野が定められている場合であっても、業務執行ラインの最上位に位置する者として、自己が担当する事項に限らず、広く会社業務の全般にわたり、他の取締役や従業員に対する広範な監視・監督義務が課せられていると解されています。例えば、他の代表取締役に業務を任せていた代表取締役について、会社の経営方針の決定や経営資金の調達などの面でその経営に積極的に関与していたものであるから、会社が第1回目の不渡り事故を発生された後は日常の業務運営に伴う取引から生ずる債務の発生及びその弁済等の取引状況を精査してその内容を把握し、他の代表取締役の悪意または重過失に基づく任務懈怠を防止すべきであったとして、取締役会を開催して会社の経営状態について真摯に討議を行えば、不当な業務執行を中止させ得る余地があったのに、これを怠り、その結果、会社の倒産を招いたとして、責任を認めた事例です(東京高裁判決平成7年5月17日)。

代表取締役以外の業務執行取締役は、自己の業務執行権限に対する監督義務を負っています。自己の業務執行権限外の事項についても、取締役会構成員としての監視義務を負うだけでなく、業務執行と関わる監視・監督権限が認められていると解されています。

・内部統制システム構築・整備・運用義務

会社法では大会社には内部統制システムの整備義務を明示的に規定しています(348条362条)。429条による第三者に対する責任追及事例でも、法令遵守などの体制の構築・整備義務の懈怠が取締役任務懈怠とて主張され、また裁判で認められる事例が現われています。

直接損害類型に属する事案としては、飲食店従業員の過労死について、飲食店チェーンを全国展開する上場会社の不法行為責任とともに、労働者の生命・健康を損うことがないような体制を構築すべき義務を怠ったとして、取締役の責任を認めた事例があります(大阪高裁判決平成23年5月25日)。直接損害類型では、説明義務違反や適合性原則違反などの従業員の違法・不当な投資勧誘により投資者が損害を受けた場合に、体制構築・整備義務違反を結うとする業者の取締役の責任の有無を問う事例が増えてきています。嚆矢となったのは、証券会社による外国証券の販売で、多数の販売員が説明義務を尽くさないで販売するような杜撰な販売体制を構築し、かつ、そのような体制を是正するための措置をとらなかったとして取締役の責任を認めました(東京地裁判決平成15年2月27日)。

間接損害類型に属する事案としては、期限切れの牛乳を再利用して集団食中毒を発生させた乳業会社が解散して従業員が解雇されたことに関し、適切な社内体制を構築すべき職責を怠ったとして、代表取締役の元従業員に対する責任を認めた事例(名古屋高裁判決平成17年5月18日)があります。

ü 悪意・重過失

423条の取締役の会社に対する責任の条文の文言では「その任務を怠ったときは」と規定していて、また、判例では、会社に対する要件として帰責事由=故意または過失が必要であると解釈して来ました。取締役の任務は、善管注意義務(330条)を尽くして職務を遂行することであり、任務懈怠とは、取締役がその職務を遂行するに当たり善管注意義務を尽くさなかったことです。また、過失は、取締役として一般に要求される能力や識見に照らし、結果発生を予見・防止すべき具体的な行為義務違反(客観的過失)を意味すると解されています。したがって、任務懈怠=善管注意義務違反の有無を判断する際に考慮される事実・事情と過失の有無を判断する際に考慮される事実・事情は、ほぼ重なり合うことになります。

また、条文では責任の要件として文言に「その職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは」と規定しています。この場合の過失も、個々の取締役の主観的過失ではなく、取締役としての地位に基づいて一般的に要求される注意義務の違反(客観的過失)が問われ、423条1項の責任の場合と同様、任務懈怠=善管注意義務の違反が問われ、423条1項の責任の場合と同様に、任務懈怠=善管注意義務違反の有無を判断する際に考慮される事実・事情は、ほぼ重なり合うことになります。

しかし、423条とは違って429条の文言は明示的に軽過失による責任を排除して、悪意または重過失による任務懈怠についてのみ責任が課されるとされています。したがって、423条の責任では、任務懈怠=善管注意義務違反はあるが過失はないとして責任が否定されることはほとんどないのに対して、429条の責任では任務懈怠が認められるが、重過失があったとまでは認められないとして、責任が否定されることがありえます。

どの程度の任務懈怠が重過失とされるかについては、一般的基準はなく、個別具体的に判断せざるを得ません。この場合も、取締役としての地位に基づいて一般的に要求される注意義務(客観的注意義務)が問題となりますが、とくにその者の力量が買われたような場合に、そのことを考慮することが否定されるわけではないとされています(大阪地裁判決昭和41年12月7日)。

ü 第三者の範囲

第三者とは、責任を負うべき役員等本人と会社の二者を除く者を意味することになります。しかし、次にあげる事例は第三者として取締役の責任を追及することができるのか。

・間接損害を受けた株主

取締役の悪意・重過失による任務懈怠により会社財産が減少し、その結果、株式価値が下落することによる損害は、株主が株主として被った間接被害であり、すべての株主が持分比率に応じて同様に被るものです。しかも、株主は、株主代表訴訟を提起して、取締役に会社に対する損害を賠償させることを通じて、自己の損害=株式価値の下落を回復することができます、したがって、間接損害を受けた株主に429条による責任追及を認めるべきかについては否定的な見解が多い。

裁判例でも上場会社の業績が取締役の過失により悪化して株価が下落するなど、全株主が平等に不利益を受けた場合、株主が取締役に対してその責任を追及するためには、特段の事情のない限り、株主代表訴訟を提起する方法によらなければならないとします。その理由として、@会社が損害を回復すれば株主の損害も回復するという関係にあること、A株主代表訴訟のほかに個々の株主に対する直接の損害賠償請求ができるとすると、取締役は会社と株主に対して二重の責任を負うことになりかねず、これを避けるため、取締役が株主に対し直接その損害を賠償することにより会社に対する責任が免責されるとすると、取締役の責任免除には総株主の同意を要する会社法の定めと矛盾し、資本維持の原則にも反する上、会社債権者に劣後すべき株主が債権者に先んじて会社財産を取得する結果を招くことになるほか、株主相互間でも不平等を生ずることになることをあげています(東京地裁判決平成8年6月20日)。

・直接損害を受けた株主

直接損害については株主も第三者に該当すると言われていますが、それは、損害が株主の地位と関係ないものである限りは、株主以外の第三者が受ける損害と違いはないので、株主も第三者に該当するということです。株主が会社の取引相手となって取引したと場合は、株主としてでなく会社債権者として、取締役に対して損害賠償責任を追及することができます。また、株主の地位と関係してうける直接損害でも、株主平等原則に違反する持株数に応じた配当財産の割当をしない454条3項違反の剰余金の配当、違法な株券の不発行による損害、株式の不当消却、さらには特定の株主の新株予約権の無視等の株主権の侵害に係る損害は、会社に損害が生じない直接損害の事例であり、株主は取締役の責任を追及することができます。これに対して、次の場合は検討が必要となります。

@)組織再編条件・比率の不公平の損害

組織再編に際して、取締役はその組織再編が会社の企業価値を高めるものであるかどうかを検討するとともに、公正な組織再編条件・比率が設定されるように善管注意義務ないし忠実義務を尽くして誠実に相手方と交渉しなければなりません。とりわけ、組織再編行為においては、取締役になにがしかの利害関係認められる場合が少なくないのです。取締役が善管注意義務ないし忠実義務を尽くさず、会社の株主にとって著しく不公正な組織再編条件・比率の組織再編契約を締結するときは、取締役としての任務懈怠となり、429条の責任が問題となってきます。

著しく不公正な挿し木再編条件・比率の組織再編行為により株主が受ける損害が間接損害か直接損害かは、組織再編の種類・態様によって区別して考える必要があります。株式を対価とする合併条件の不公正は、存続会社に損害を生じさせませんが、合併対価として金銭等が交付される時は、存続会社に損害を生じさせる可能性があります。合併により消滅会社の資産及び負債はすべて包括的に存続会社に引き継がれ、合併交付金の支払いという形での資産の流出もなく、また、新たな債務負担はないのであるから。、消滅会社のの株主が不当に利得する反面、存続会社の株主が損失を被ることになるにしても、存続会社には何らか損害は生じないとした裁判例もあります(大阪地裁判決平成12年5月31日)。この株主が受ける損害は直接損害であり、株主は取締役に損害賠償を請求することができます。

株式交換や共同株式移転における比率の不公正も原則として同じように考えられます。

吸収分割においては、分割対価は分割会社に交付されます。このため、分割条件が不公正に定められた場合には、分割会社に損害が生じ、その結果として分割会社の株主が損害を受けることになります。したがって、この場合の株主の損害は間接損害であり、取締役に損害賠償の請求をすることはできないことになります。

A)MBOにおける株主の損害

MBOでは対象会社の株式を買収しようとする者である取締役と対象会社の株主の間に構造的な利益相反の状況が存在することから、MBOを行う合理性及びMBO価格の適正性を確保することが重要となります。

MBO価格の適正性に関して取締役本来の429条の責任が問われた事案(東京高裁判決平成25年4月17日)では、取締役の責任を否定しました。MBOにおいて、株主は、取締役が企業価値を適正に反映した公正な買収価格で会社を買収し、MBOに際して実現させる価値を含めて適正な企業価値の分配を受けることについて、共同の利益を有するものとされるから、取締役は善管注意義務の一環として、MBOに際して、公正な企業価値の移転を図らなければならない義務を負います。したがって、MBOを行うこと自体が合理的な経営判断に基づいている場合でも、企業価値を適正に反映しない買収価格により株主間の公正な企業価値の移転が損なわれたときは、取締役に善管注意義務違反が認められる余地があるとし、また、取締役は善管注意義務の一環として、株式公開買付けの際に会社として意見表明するときは、株主が株式公開買付けに応じるか否かの意思決定を行う上で適切な情報を開示すべき義務を負っていたと解するのが相当であると判示しています。

B)新株の有利発行と会社の損害・株主の損害

株主総会の特別決議を受けることなくとくに有利な払込金額により新株を発行した取締役は、誰に対しどのような責任を負うかとの関連において、違法な新株の有利発行により会社に損害が生じているといえるかどうか。

実際の払込金額と公正な価額との差額分の損害が会社に生じると見れば、取締役が会社に対して任務懈怠に基づく損害賠償責任(423条)を負い、会社への賠償によって株式価値の下落という既存株主の損害(間接損害)も回復されることになります。したがって、間接損害類型としてみれば、株主は代表訴訟を提起すべきということになります。これに対して、有利発行であるにしても、実際に会社に予定していた金銭の支払がされ、会社資産が増加している以上、会社に損害が生じているとはいえないと見れば、取締役が会社に対して任務懈怠に基づく損害賠償責任を負うことはなく、株式価値の下落という既存株主の損害は直接損害となって、取締役に損害賠償請求することができることになります。

・任務を懈怠した役員等

監視義務違反を理由に429条により責任を負う者が同時に会社債権者として損害を受けた者である場合や責任を負うべき取締役と協力して会社経営を担ってきた従業員が債権者である場合が考えられます。429条の責任を負担する取締役及びその共謀者または共同不法行為者といった任務懈怠の当事者については、その者が同時に会社の債権者としての地位を有しており、その地位に基づいて損害を被ったとしても、429条の「第三者」には含まれず、原告適確を否定すべきである。裁判例においても、閉鎖会社に対する金銭貸付について、共同事業者ないし事実上の業務執行者としての地位において、自ら企業家として危険を伴う事業に出資した金員であり、この債権不回収を「第三者」として受けた損害と認めることはできないし、この関係において「第三者」とみとめることはできないとされました(京都地裁判決平成3年11月25日)。

ü 損害の発生と相当因果関係

・損害の発生

429条の責任が認められるためには、第三者に損害が生じていなければなりません。株式会社が既存の債務の支払のために満期に支払われる蓋然性の少ない約束手形を振り出しても、取締役は、特段の事情がない限り、この手形振り出し自体で損害賠償責任を負うものではないとするのが判例の立場です(最高裁判決昭和54年7月10日)。代金債務の弁済に変えて手形を交付した場合には、原因債務が消滅する代物弁済と考えるべきであるから、約束手形の支払いを受けられなかったことにより手形の額面金額相当の損害を被ったことになりますが、債務の支払確保のために振り出されたものであれば、手形の振り出しにより原因債権は消滅せず、新たに債務を負うわけでもないので、約策手形が不渡りになっても、これによって直ちに損害を受けたものということはできないことになります。従って、特段の事象がない限り、取締役は429条の責任を問われることはない。

債権者の直接損害の第2類型は会社が無資力であるとか履行の見込みがない状況において取引が行われたことを理由とするものではないため、会社の経営が破綻して無資力になったかどうかにかかわらず、取締役の責任が追及されることはありえます。

・相当因果関係

取締役が429条により第三者に対する損害賠償責任を負うためには、取締役の任務懈怠の行為と第三者の損害との間に相当因果関係があるこつが必要です。直接損害の場合は、任務懈怠の行為と第三者の損害との間の相当因果関係が問われ、間接損害の場合には任務懈怠の行為と会社の損害発生との間の相当因果関係及び会社の損害発生と第三者損害との間の相当因果関係が問われることになります。それぞれ、見ていきましょう。

債権者が第三者である間接損害類型では、取締役の悪意・重過失による任務懈怠によって会社財産が減少し会社が無資力になった結果、債権者が損害を被ったことが問題となります。したがって、債権者が会社から回収できなかった債権額全額(債権額から現実の回収可能性のある額を控除した差額)が相当因果関係にある損害額になります(東京高裁判決昭和57年5月25日)。

債権者の履行の見込みのない取引によって直接損害を受けた場合は、会社が無資力であるときや履行の見込みがない状況にあるときに、行われるべきでない取引が行われたことによる損害が問題となるため、取引による全損害が相当因果関係にある損害となり、現実の回収額は損害填補の問題として取り扱われることになります。その他による直接損害の場合は、取締役の不法行為責任の場合と基本的には同じように、債権者が問題となる任務懈怠行為により債権者に損害が生じたことを具体的に立証しなければなりません。

監視義務違反を理由とする責任が認められるためには、業務を執行した取締役にも任務懈怠が認められなければなりません(東京高裁判決昭和52年10月21日)。他の取締役に経営を一任した取締役に漢詩義務違反があったとしても、第三者の損害が経営を一任した取締役の任務懈怠との間に相当因果関係を欠くことになるからです(最高裁判決昭和45年7月16日)。

ü 書類等の虚偽記載・虚偽登記等の責任(429条2項)

取締役が以下の行為のいずれかを行ったときは、当人がその行為をすることについて注意を怠らなかったことを証明しないかぎり、第三者に対して、連帯して、これによって生じた損害を賠償する責任を負います(429条1項)。

ア.株式、新株予約権、社債もしくは新株予約権付社債を引き受ける者の募集をする際に通知しなければならない重要な事項について虚偽の通知または募集ののための会社の事業その他の事項に関する説明に用いた資料についての虚偽の記載・記録

イ.計算書類・事業報告・これらの附属明細書・臨時計算書類に記載・記録すべき重要な事項についての虚偽の記載・記録

ここには連結計算書類の虚偽記載・記録が責任原因として含まれていません。

「重要な事項」とは、合理的な判断をする第三者が投資・融資等を行い、または権利を行使するに当たって、その判断に影響を与える事項を指します(東京地裁判決平成23年2月7日)。

「虚偽の記載又は記録」とは、積極的に虚偽の記載等をすることばかりでなく、記載すべき重要な事項を記載しないことを含み、また、誤解を生じさせないために必要な事実の記載が欠けている場合も含みます(大阪高裁判決昭和61年5月20日)。

ウ.虚偽の登記

エ.虚偽の公告(定時株主総会終結後5年間、貸借対照表をウェブ開示する場合を含む)

これは、不実の情報開示に関する取締役の責任であり、性質は第三者の直接損害の一種ですが、情報開示の重要性及びその虚偽の場合の危険性から過失責任とされかつ証明責任の転換がなされています。

※「虚偽」には、必要事項の不記載・不記録も含まれます。この場合虚偽の情報開示と第三者の損害との間の因果関係を原告は証明する必要があります。しかし、あまり厳格な因果関係をもとめられているわけではありません。

・責任の要件

429条2項による責任の要件を整理すると次のようになります。責任を追及する側ア...を基礎付ける事実を主張・立証する責任を負います。この2項を1項と比較すると、役員等に軽過失があるにとどまる場合でも責任は免れないこと及びTD妻証明責任が行為者の側に課せられていることによって、1項よりも責任を追及する側にとって有利となっています。

.役員等が各号に規定する虚偽記載等の行為をしたこと

責任を負うのは各号に規定する「行為をしたとき」と規定されています。したがって、各号に規定する虚偽記載等の決定に関与することが要件であり、直接に関与しなかった者は責任を負うことはありません(大阪高裁判決昭和61年5月20日)。したがって、虚偽記載を含む計算書類等が取締役会で承認された場合でも、賛成したにすきない取締役は2項の責任を負うことはありません。1項の監視義務違反による責任を負うだけです。

.それらの者が@の行為をすることについて注意を怠ったこと

責任を追及する側が前項のア.の事実を立証すれば、行為者が注意を怠ったことが推定され。行為者の側が注意を怠らなかったことを根拠づける事実を主張・立証できなければ、責任を免れないことになります。

.第三者に損害が生じたと

この規定により保護される第三者は会社と直接取引関係に入った者、あるいは会社の株式・社債を公開の流通市場において取得した者に限られると解されています(名古屋高裁判決昭和58年7月1日)。

.アとウの間に(相当)因果関係のあること

〔参考〕会社役員賠償責任保険(D&O保険)

取締役の会社に対する損害賠償責任については、減免の余地はありますが、第三者に対する損害賠償責任では相手方当事者との和解によるしかありません。そこで、これを補填する手立てとして、会社役員賠償責任保険(D&O保険)が普及しています。私的利益を得た場合の責任や犯罪行為は対象外とされるものの、対第三者責任や重過失の場合もカバーされるほか、取締役としての職務執行上必然的に生ずるリスクという意味で会社にとってメリットのある手段となっています。

現行の、会社役員賠償責任保険(D&O保険)は、普通保険約款により、取締役が会社以外の第三者に対して負う賠償責任及びその争訟費用ならびに会社からの賠償請求に対して取締役が勝訴した事件の争訟費用を補填し、株主代表訴訟担保保持条項により、取締役が会社からの賠償請求に対して敗訴した場合の賠償責任及び争訟費用を補填するという内容です。

 

 

関連条文

役員等の株式会社に対する損害賠償責任(423条) 

株式会社に対する損害賠償免除(424条) 

責任の一部免除(425条) 

取締役等による免除に関する定款の定め(426条) 

責任限定契約(427条) 

取締役が自己のためにした取引に関する特則(428条) 

役員等の連帯責任(430条)  

補償契約(430条の2) 

役員等のために締結される保険契約(430条の3)

 

 
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