新任担当者のための会社法実務講座 第358条業務の執行に関する検査役の選任 |
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業務の執行に関する検査役の選任(358条) @株式会社の業務の執行に関し、不正の行為又は法令若しくは定款に違反する重大な事実があることを疑うに足りる事由があるときは、次に掲げる株主は、当該株式会社の業務及び財産の状況を調査させるため、裁判所に対し、検査役の選任の申立てをすることができる。 一 総株主(株主総会において決議をすることができる事項の全部につき議決権を行使することができない株主を除く。)の議決権の100分の3(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上の議決権を有する株主 二 発行済株式(自己株式を除く。)の100分の3(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上の数の株式を有する株主 A前項の申立てがあった場合には、裁判所は、これを不適法として却下する場合を除き、検査役を選任しなければならない。 B裁判所は、前項の検査役を選任した場合には、株式会社が当該検査役に対して支払う報酬の額を定めることができる。 C第2項の検査役は、その職務を行うため必要があるときは、株式会社の子会社の業務及び財産の状況を調査することができる。 D第2項の検査役は、必要な調査を行い、当該調査の結果を記載し、又は記録した書面又は電磁的記録(法務省令で定めるものに限る。)を裁判所に提供して報告をしなければならない。 E裁判所は、前項の報告について、その内容を明瞭にし、又はその根拠を確認するため必要があると認めるときは、第2項の検査役に対し、更に前項の報告を求めることができる。 F第2項の検査役は、第5項の報告をしたときは、株式会社及び検査役の選任の申立てをした株主に対し、同項の書面の写しを交付し、又は同項の電磁的記録に記録された事項を法務省令で定める方法により提供しなければならない。
会社法360条の差止請求権が取締役の違法行為に対する直接的な未然防止手段であるのに対して、間接的な手段として、検査役選任の申立てがあります。このように、株主の権利の適切な行使のためには、株主に会社の業務及び財産の状況を現実に調査することが必要になると言えます。しかし、会社の業務及び財産を調査する権利は強力なものであるだけに、会社法では、次のような要件のもとに限って認めています。会社の業務の執行に関し、不正の行為または法令・定款に違反する重大な事実あることを疑うに足りる事由があるときは、総株主の議決権または発行済株主の3%以上を有する株主(この場合6ヶ月前から引き続き所有することは求められていない)は、裁判所に対して、会社の業務・財産の状況を調査させるため、検査役の選任の申立てをすることができます(358条1項)。 ※不正の行為とは、この場合、会社財産の私消等の故意の会社加害行為を言います。株券発行会社における違法な株券の不発行など、取締役の違法行為が会社財産に影響を及ぼす性質のものではないときは、通常、法令・定款に違反する「重大な事実」に当たらないとされています(東京高裁昭和40年4月27日)。また「疑うに足りる事由」としてどの程度の事実を立証すべきかについては、調査が会社の業務運営・信用等に与える影響を考慮し、裁判所は相当に厳格な証明を要求する傾向にあります(東京高裁平成10年8月31日)。 検査役は、会社の業務および財産の状況を調査することはもちろんですが、その職務を行なうために必要ある時は、子会社の業務及び財産の状況を調査することもできます(358条4項)。この子会社調査は「その職務を行うため必要があるとき」に限って認められるもので、その必要については監査役の子会社調査権(381条3項)と同様と考えられます。また検査役は、調査の結果を裁判所に書面(または電磁的記録)により報告し(358条5項)、かつ会社及び検査役の選任の申立てをした株主に対しその書面の写し等を提供しなければなりません(358条7項、会社法施行規則229条5号)。裁判所は検査役の報告を受け、必要があると認めるときは、職権により、取締役に対して、@一定期間内に株主総会を招集すること、またA検査役の調査の結果を株主全員に通知することを命ずることができます(359条1項)。この@の措置が命じられた場合には、取締役は、検査役の報告の内容をその株主総会において開示し、かつ、取締役がその報告の内容を調査した結果を株主総会に報告しなければなりません(359条2項、3項)。 改正前の旧商法では検査役の報告を受けた裁判所、必要があると認めたときは、取締役に対して、株主総会を招集させることができることとしていました。しかし、それだけでは、上場会社のように株主数が多数にのぼるため、総会の招集に多大な費用や時間がかかることから、実際に利用されることは稀でした。そこで、会社法では、総会招集命令に加え、株主総会の招集を行わずに会社に対して、検査役の調査結果の内容を全株主に通知するように命じることで開示する制度を追加されました。 このようにして、検査役による調査は、株主の請求を契機として行われますが、その請求が行われた後は、裁判所が介在して、株主総会による団体的処理がなされることになります。株主は、検査役選任請求をした者に限らず、この総会において取締役の解任の提案権を行使することも可能であり、また、株主代表訴訟を提起することも可能です。 〔参考〕株式会社の招集手続等に関する検査役の選任(306条) 会社又は総株主の議決権の100分の1以上を有する株主(公開会社では6ヶ月前から引き続き有する者に限る)は、株主総会に係る招集の手続及び決議の方法を調査させるため、株主総会に先立ち検査役の選任を裁判所に請求することができます(306条)。これは、紛糾が予想される株主総会について会社又は株主が、委任状の取扱いの適法性、説明義務の履行の状況等を調査させ、決議取消との訴えを提起した場合の証拠を保全するため選任を求める制度です。総会検査役には通常弁護士が選任され、調査結果を裁判所に報告し、かつ会社に対し報告書の写しを交付します(306条5〜7項)。報告を受けた裁判所は、必要があると認めるときは、取締役に対し、検査役の調査結果を開示しかつ取締役会がそれに関し調査した結果を報告するための株主総会の招集、または、検査役の調査結果の株主への通知を命ずることが出来ます(307条)。 事例 https://www.kuroda-electric.co.jp/asset/5121/view ü
検査役選任の申し立てができる者(申立権者)(358条1項) 裁判所に対して検査役選任の申し立てができるのは、次の要件のいずれかを満たす人です。 @総株主の議決権100分の3以上の議決権を有する株主 A発行済株式(自己株式を除く)の100分の3以上の株式を有する株主 なお、株主提案権(306条)などの場合とはちがって、公開会社の場合でも、議決権または株式の保有期間についての要件の加算はありません。 検査役選任を申し立てる権利は権利の濫用を防止するための少数株主権のひとつとされ、少数株主要件を充たす1人の株主が単独でこの権利を行使できるほか、数人の株主が有する議決権または株式の数を合算すると要件を充たす場合には、その数人の株主が共同して申し立てをすることができます。会社は自己株式を有していても、申し立てができません。条文においても株式数算定基準による算定に当たって分母となる発行済株式総数から自己株式の数は控除されるように規定されています。また、完全無議決権株式(108条1項)や株主総会の議決権が否定される単元未満株式(189条1項)や相互保有株式(308条1項)を有する株主には議決権数基準による申し立て権利は与えられないものの、株式数基準による算定に当たって分母となる発行済株式総数にはこれらの株式の数も含まれ、株式数基準を充たせば申し立てが可能となります。 会社は定款をもってしても少数株主要件を加重することはできませんが、軽減することは認められています。 少数株主要件は、裁判所に対する検査役選任の申し立てをする時だけでなく、その選任につき確定裁判があるまで維持されななければなりません。したがって、検査役の選任に関する裁判が係属している途中で、申立人である株主(数人の株主の中の一部のもの)が株式の全部または一部を他に譲渡したため少数株主要件を欠くこととなった場合には、申立人は当事者適格を有しないことを理由に申し立ては却下されます(東京高裁決定昭和9年3月23日)。ただし、少数株主要件の断絶を生じない限り、その期間中同一の株式を継続して保有している必要はないとされています。これに対して、検査役選任の申し立て後に新株が発行された結果、新株発行後の議決権総数または発行済株式総数を基礎にすると少数株主要件を欠くことになる場合について、申立人は申立時点ですでに実体上権利者となっているから申立は不適法にはならないとされています(最高裁決定平成18年9月28日)。 〔参考〕少数株主権 一般に株主の権利として自益権と共益権が認められていますが、その内の共益権とは、株主が会社の経営に参与することを目的とする権利であって、その権利効果が他の株主に及ぶものを言います。この共益権は1株の株主でも行使できる単独株主権と発行済株主総数の一定割合以上または一定数の以上の株式を有する株主に認められる少数株主権とに分けられます。少数株主権としては、具体的には、株主提案権、総会招集権、検査役選任請求権、取締役等の解任請求権、帳簿閲覧権、等があります。 ü
検査役選任の申し立ての要件(358条1項) 少数株主が裁判所に対して検査役選任の申立をするためには、会社の業務の執行に関して、不正の行為または法令もしくは定款に違反する重大な事実があることを疑うに足る事由が存しなればなりません(358条1項柱書)。 ここに言う業務の執行とは、取締役たは執行役の業務執行行為をいい、その補助者としての支配人その他の使用人の行為も含まれます。また、不正の行為とは会社の利益を害する悪意の行為、すなわち取締役または執行役が自己または第三者の利益を図って会社に財産的損害を生じさせる行為を意味します。これについては、会社の経理または財産に直接影響を及ぼすものでなければならなず、単に違法な業務執行行為があるだけでは足りないとする裁判例(東京地裁八王子支部決定昭和35年1月30日)があります。そして、法令違反には会社法の個別的規定に違反する場合はもちろん、その他の法令に違反する場合を含み、一般的な善管注意義務(330条、402条3項、民法644条)ないし忠実義務(355条、419条2項)の違反(任務懈怠)もこれに該当します。また定款違反のなかでも取締役または執行役が定款所定の目的を逸脱する行為をした場合、その目的の範囲については、会社の権利能力が問題となる場合とは異なり取引の安全に配慮する必要はないから、株主の利益保護のための内部法律上問題として厳格に解釈してもよいとされています(大阪高裁決定昭和51年4月27日)。法令・定款違反の事実が重大であるか否かについては、会社財産のみならず株主の利益に対する直接・間接の影響の有無及びその程度を考慮しつつ、検査役による調査が合理的に必要な程度のものかによって判断されるとされています。例えば、株主総会の招集手続や決議の適法性が疑われるときであっても、決議取消しの訴え(831条1項)をただちに提起すれば足りるような場合には、検査役選任の申立は却下されます。 この要件の立証、つまり、不正の行為または法令・定款に違反する重大な事実があることを疑うに足りる事由の存することは、申立人である少数株主が立証しなければなりません。これは、不正の行為または法令・定款に違反する重大な事実があることを疑うに足りる事由が立証されればよいのであって、その確定的存在を立証する必要はありません。検査役に会社の業務及び財産の状況を調査させてそのような事実の存否を明らかにすることが目的ですからです。とは言っても、単に漠然と不正の行為や法令・定款違反の事実があるらしいというだけでは足りず、積極的かつ具体的な立証活動が求められています。 ü
検査役の選任手続き 検査役の選任の手続きについては、非訟事件手続法第1編およびその特則規定である会社法第7編第3章のほか、会社非訟事件等手続規則に規定されています。 検査役の選任についての非訟事件は、会社の本店の所在地を管轄する地方裁判所の管轄に属する(868条1項)。検査役選任の申立ては書面で行わねばならず、申立書には申立ての趣旨及び申立ての原因となる事実のほか、申立てを理由づける具体的な事実ごとの証拠を記載するものとされています。裁判所は申立ての原因となる事実に関する資料、会社に関する資料、その他非訟事件手続の円滑な進行を図るために必要な資料の提出を申立人に求めることができます。また、裁判所は、相当と認めるときには、申立ての原因となる事実の調査を書記官に命じて行わせることができます。 検査役の選任に関する裁判は決定をもってなされ(非訟事件手続法17条)、裁判を受ける者に告知することによって、その効力を生じます(非訟事件手続法18条)。ここで裁判を受ける者とは、裁判の名宛人となっている者、具体的には、申立人である少数株主及び検査役に選任された者がこれに当たります。検査役選任の場合は、両社への告知と検査役に選任された者の承諾により、検査役選任の効力が生ずることになります。 裁判所は検査役選任の申立があった場合には、これを不適法として却下する場合を除き検査役を選任しなければなりません(358条2項)。すなわち、少数株主要件及び申立ての要件を充たす場合、裁判所は検査役選任を義務づけ、取捨選択的裁量の権限を認めていないと言うことです。 検査役の被選資格についてはとくに法定されていませんが、その職務の性質上、会社またはその子会社の取締役、執行役、支配人その他の使用人たる者を検査役に選任することはできません。監査役及び会計監査人も同様です。実際には、会社と特別利害関係のない弁護士が選任される場合が多いようです。 ü
検査役による調査とその結果の報告 ・検査役による調査 少数株主の申立により裁判所が選任する検査薬は、会社の臨時的な監督機関であり(少数株主の代理人ないし受託者ではない)、会社とは準委任の関係(民法656条)に立つと一般に解されています。しかし、会社との間に特別の契約関係があるわけではないから、株主総会で選任される調査者に準じて、準委任に関する民法の規定が必要に応じて類推適用されると考えられます。 検査役は、会社の業務及び財産の状況を調査するために必要な一切の行為をなす権限を有する。この調査の範囲については法律上何らの制限もないので、現在の事実だけでなく既往に遡って調査することができます。また、その職務を行うために必要がある時には、子会社の業務及び財産の状況を調査することができます(358条4項)。裁判所は、検査役を選任するに当たって、検査の目的に照らし相当と認められる範囲内に調査権限ないし調査事項を制限することは許されています。一方、取締役が検査役による調査を妨げた時には、過料に処せられます(976条5項)。 ・検査役による報告(358条5項) 検査役は、会社の業務及び財産の状況について必要な調査を行ない、その結果を記載しまたは記録した書面または電磁的記録を裁判所に提出して報告しなけれはなりません(358条5項)。 裁判所は、調査報告の内容を明瞭にしまたはその根拠を確認する必要があると認めるときには、検査役にに対してさらに報告を求めることができます(358条6項)。また、検査役は、会社及び検査役選任の申立てをなした株主に対しても裁判所に提供した書面の写しを交付し、または電磁的記録に記録された事項を法務省令で定める方法により提供しなければなりません(358条7項)。法務省令で定める方法は、電磁的方法のうち、会社または検査役選任の申立てをなした株主が定めるものです(会社法施行規則229条)。実務上、裁判所が調査報告書の写しを申立人及び会社の代表者に交付していました。会社法は明文をもって検査役自身にその交付・提供義務を課しています。なお、検査役が裁判所に対して虚偽の報告を行ないまたは事実を隠蔽したときには、過料に処せられます(976条)。
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