新任担当者のための会社法実務講座 第385条監査役による取締役の行為差止め |
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監査役による取締役の行為の差止め(385条) @監査役は、取締役が監査役設置会社の目的の範囲外の行為その他法令若しくは定款に違反する行為をし、又はこれらの行為をするおそれがある場合において、当該行為によって当該監査役設置会社に著しい損害が生ずるおそれがあるときは、当該取締役に対し、当該行為をやめることを請求することができる。 A前項の場合において、裁判所が仮処分をもって同項の取締役に対し、その行為をやめることを命ずるときは、担保を立てさせないものとする。 取締役の法令・定款に違反する行為により会社に著しい損害が生ずるおそれがあるときは、監査役は、その行為の差止めを当該取締役に対し請求することができる(385条1項)。 監査役の監査権限は、業務監査に関しては適法性監査のみが認められています。それを果たすために監査役には、取締役会への出席・意見陳述の権利及び義務が認められ(381条1項)、取締役が不正の行為をし、または不正の行為をするおそれがあると認められるとき、または、法令・定款に違反する事実もしくは著しく不当な事実があると認めるときは、遅滞なく、その旨を取締役(取締役会)に報告することを義務付けられています(382条)。その上で、取締役の法令・定款違反の行為により会社に著しい損害が生じるおそれがあるときに、監査役に、その行為の差止めを取締役に対して請求する権利を有しています(385条1項)。取締役(取締役会)による監督義務(362条2項、363条1項)、株主による取締役の行為の差止め(360条)等と併せ、取締役の法令・定款違反行為を防止する機能を果たしています。 ü
差止請求権の性質 監査役の取締役の行為差止請求権は、法令・定款を遵守するという取締役の会社に対する忠実義務(355条)を履行させる会社の請求権を、監査役が株式会社の機関として会社のために行使するものです。この差止請求権を行使することは、会社の機関としての監査役の義務であると解されています。 また、取締役の違法行為の差止請求権は株主にも認められています(360条)が、監査役の差止請求権を株主のそれと比べると、下の3点に違いがあります。 @)株主にとっては取締役の違法行為等の差止めは権利であって義務ではないのに対して、監査役にとっては必要であるときは、行使することが権利であるとともに義務でもあり、それを怠れば任務懈怠の責を負わされることになります。 A)行為差止めの仮処分について株主の場合は担保を立てさせられる(民事保障法14条)のに対して、監査役の場合はその必要がありません(385条2項)。 ü
差止請求権の要件(385条1項) ・対象となる行為 監査役の差止請求権会社の対象となる行為は、下記の要件のいずれかに該当する取締役の行為です。 @)目的の範囲外の行為その他法令もしくは定款に違反する行為 A)上記の行為をするおそれのある場合 これらの要件については、株主の差止請求権(360条)の場合と同じです。詳しく見ていきましょう。 @法令違反 違反行為が差止請求の対象となる法令としては、まず具体的な会社法規定の違反があります。また、一般論的規定としての取締役の善管注意義務違反(330条)や忠実義務違反(355条)も含まれると解されています。そして、会社法以外の法律違反も含まれると解されています。例えば公序良俗違反、公職選挙法や政治資金規正法違反。 なお、取締役の善管注意義務違反の行為に対しても差止請求権が認められるとすれば、その場合に経営判断原則が取締役の会社に対する責任(423条)と同じように適用されると考えられると言えます。 A目的の範囲外の行為等の定款違反 差止請求の対象となる行為として、株式会社の目的の範囲外の行為その他法令もしくは定款に違反する行為が挙げられます。目的の範囲外の行為は、株式会社の目的を規定している定款違反に該当します。 ・著しい損害が生ずるおそれ 差止請求権のもう一つの要件は、取締役の行為によって著しい損害の生ずるおそれがあるということです。これは株主の差止請求権(360条)でも原則として同じ要件となります。ただし、監査役による取締役の法令・定款違反行為の監督や差止めが期待できる監査役設置会社や監査等委員会設置会社、指名委員会等設置会社には、より厳しい「回復することができない損害」を要件になっています。 法令・定款違反の行為に対しては、損害発生の有無を問わず監査役による差止めが認められるということはないのは、法令・定款違反の行為か否かは客観的に判断することが難しいため、取締役業務執行権限を監査役が過度に干渉しないためであると解されています。監査役は、取締役が不正の行為をし、もしくは当該行為をするおそれがあると認めるとき、又は法令もしくは定款に違反する事実もしくは著しく不当な事実があると認めるときは、遅滞なく取締役(取締役会)に報告しなければなりません(382条)。また、必要があると認めれば取締役会設置会社においては取締役会の招集を請求し(383条2項)、取締役が株主総会に提出する議案・書類等の調査の結果を株主総会に報告しなければなりません(384条)。そして、監査報告書に、取締役の職務の執行に関し、不正の行為又は法令もしくは定款に違反する重大な事実を記載しなければならないとされています(436条、会社法施行規則129条1項)。 これらの規定からうかがわれることは、まずは本来の業務執行機関である取締役(取締役会)自身への監査役が遅滞のない報告を行うことによる取締役(取締役会)の自浄作用に期待をしているということです。それがかなわない場合は、株主総会の場での監査役の報告に期待をし、監査報告書による指摘は重大な事実に限る。その上で、監査役による取締役の行為の差止めは、最終的なものとして、会社に著しい損害が生じる恐れがある場合に限定されるというものです。このように、取締役を直接の相手方としない対外的に公開される方法になればなるほど、もしくは差止めといった直接的な取締役の行為への介入になればなるほど、監査役による監督権の行使の要件を絞ったものと考えられています。これは会社法が、会社の業務執行の意思決定が二元化しないように、あくまで業務執行権限は取締役になることを原則として、監査役が取締役による業務執行に介入することに慎重であることの現われと言えます。 ü
差止めの手続と救済 ・被請求者となり得る取締役 監査役の差止請求権の対象となる取締役についても、株主の差止請求権(360条)に準じて考えられると言えます。差止請求権の対象となるのは取締役であり、募集株式の発行差止請求権(210条)等のように会社ではありません。なお、対象となる取締役には、とくに限定は加えられていません。ただ、取締役の行為をみてみると、業務執行行為に対する差止請求ができるのは当然としても、それ以外の取締役の行為、たとえば取締役会における取締役の議決権行使に対しては、過剰な干渉になる可能性があるというのが、その理由です。これについては、取締役が何らかの利害関係から違法な決議に賛成しようとした場合には、決議の成立時点で会社に著しい損害が発生する可能性があり、そこで監査役が差止請求することは認められるべきではないかと考えられます。 ・差止請求権者となる監査役 この差止請求をすることができる監査役にとくに資格の制限などはありません。ただし、定款に基づく会計限定監査役は差止請求をすることはできません(389条7項)。 ・差止めの方法 差止めは訴えによる必要はなく、監査役が法令・定款違反の行為をなそうとしている取締役に対して直接、差止めを求めることができます。しかし、取締役がそれに応じない場合は、当該取締役を被告として差止めの訴えを提起することもできるし、差止め訴訟を本案とする仮処分命令を申し立てることもできます。 ・差止めの救済の内容 @不作為の請求 行為差止めによって求められる救済は、行為をやめることという不作為であるため、この制度に基づいて取締役に積極的な作為を求めることはできません。 A仮処分 一般には仮処分命令を出す場合に裁判所は担保の提供を要求することができますが、監査役の差止請求権の基づく仮処分に関しては、担保提供を要求しません(385条2項)。これは監査役による差止めは、会社の機関による会社権限の行使であり、専ら会社の利益のために行使するものであって、濫用のおそれが少ないこと、監査役による担保の支出請求を取締役が拒否することによって差止請求が困難になることを防ぐこと、仮処分の密行性を守ること等を考慮して、差止めの請求および仮処分の理由の疎明の有無のみによって仮処分を出すか否かを決定することにしたものと考えられるからです。 ・差止違反の効果 監査役による差止請求があっても、そのことだけで取締役は当然に行為を中止しなければならないものではありません。差止請求に理由があるとは限らないからです。差止請求を受けた取締役が行為を履行するか否かは、善管注意義務に従って判断しなければなりません。 ただし、差止めの判決や差止めの仮処分がなされたにもかかわらず、取締役がその判決や仮処分を無視して行為を行った場合には、そのこと自体を理由に行為の効力を否定されるかどうかについては、新株の発行のようにその効果を画一的に決すべきものを除き、差止請求に理由があるにもかかわらず取締役が行為を履行した場合で、かつ善意の第三者を害しない場合は、会社はその行為の無効を主張し得るというのが多数の考えです。
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