新任担当者のための会社法実務講座
第355条 取締役の忠実義務
 

 

Ø 忠実義務(355条)

取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。

 

会社と選任された役員との関係は、一般に委任に関する規定に従うこととされています(330条)。したがって、役員は、その職務の遂行においては、善良な管理者としての注意義務、いわゆる善管注意義務を負います(民法644条)。この注意義務の水準は、その地位・状況にある者に通常期待される程度のものとされ、とくに専門的能力を買われて役員に選任された者については、期待される水準は高くなります。

会社法では、取締役は法令及び定款の定め並びに株主総会の決議を遵守し、会社のために忠実にその職務を遂行する義務を負う(355条)と特に規定しています。この条文で述べられている内容は、善管注意義務と重複していると考えられています。そうすると、委任関係から当然に善管注意義務は発生するもので、民法にも規定されているものを、敢えて同じ内容を会社法で条文にしたのは、何か特別の意味があるのか、と勘繰りたくなるものです。いくつかの学説はあるようです。

少数説(異質説)によれば、善管注意義務が職務を執行するにあたって尽くすべき注意の程度に関するものであるのに対して、忠実義務は取締役がその地位を利用して会社の利益の犠牲の下に自己または第三者の利益を図ってはならないという義務として、両者は異質の義務とする。これに対して多数説(同質説)の方は、異質説の論じるような差異を否定し、取締役は善管注意義務の下で、その地位を利用して会社の利益の犠牲の下に自己の利益を図ってはならないという義務を負うと解する。すなわち、忠実義務は善管注意義務をより明確にしただけであり、会社の利益を犠牲にして自己の利益を図ってはならないという義務は善管注意義務に当然含まれる解するものです。いずれの説でも、取締役がその地位を利用して会社の利益の犠牲の下に自己の利益を図ってはならないという義務を負う問いア点では共通しています。となると一般的な考え方としては、、この会社法の規定は、善管注意義務と同じ内容を規定化したもので、それを具体化したもので、それ以上の高度な義務を別に規定したものではないというもので、それには裁判例(最高裁昭和45年6月24日)もあり、取締役と会社の利害が対立するような場合、私利を図ることなく職務を忠実に務めるという意味合いで用いられている。実際の、取締役と会社の利害の対立においては利益相反や競業といった具体的な規定がなされています。

〔参考〕善管注意義務

会社と選任された役員との関係は、一般に委任に関する規定に従うこととされています(330条)。したがって、役員は、その職務の遂行においては、善良な管理者としての注意義務、いわゆる善管注意義務を負います(民法644条)。この注意義務の水準は、その地位・状況にある者に通常期待される程度のものとされ、とくに専門的能力を買われて役員に選任された者については、期待される水準は高くなります。

とくに取締役は、不確実な状況で迅速な決断を迫られる場合が多いので、その判断を事後的・結果論的に評価して注意義務違反の責任を問うのでは取締役の業務執行を萎縮させてしまう。そこで、たとえ取締役の積極的な行為によって損失を蒙ったとしても、その判断の前提となった事実の認識に重要かつ不注意な誤りがなく、意思決定の過程・内容が経営者として特に不合理・不適切なものでない場合には、経営判断の原則により、善管注意義務違反には問われないとされています。

取締役が善管注意義務を問われる可能性が高いのは、他の取締役・使用人に対する監督(監視)義務の違反を含む不作為(懈怠)の分野です。

〔参考〕不作為による懈怠となる監督(監視)義務の違反

取締役が善管注意義務は、他の取締役・使用人に対する監督(監視)義務の違反を含む不作為(懈怠)の分野で問題となるケースが多くなっています。監督義務に関しては、上場会社の代表取締役には、業務執行の一環として、会社の損害を防止する内部統制システムを整備する義務が存在します。

取締役の監督(監視)義務については、取締役が自己の業務執行権限外の事項に関して会社の損害が発生すると疑われるような事実を知った場合に、どこまで行動すべき義務があるか、例えば、取締役会において発言し、監査役に報告したにも関わらず何の措置もとられないとき、取締役は何をすれば注意義務違反(懈怠)とならないかという問題です。その取締役の能力等により違いがでてくることはあり得ますが、弁護士に相談する、事実を公表すると代表取締役に迫る、あるいは辞任する等の行動をすることが必要ではないかと解されています。

〔参考〕経営判断の原則

取締役がその職務の執行にあたり善管注意義務等を尽くしたかどうかの判断にあたって取締役の経営判断は、不確実な状況で迅速に行う必要があることなどから広い裁量が認められるべきだと考えられています。これが経営判断の原則です。取締役の職務執行については、@取締役等の行為当時の状況に照らして合理的な情報収集・調査・検討等が行われたか、Aその状況と取締役等に要求される能力水準に照らして不合理な判断がなされなかったかを基準に問われるべきであり、事後的、結果論的な評価が為されてはならないということが、下級審裁判例における確定的な判断基準とされていました。

これに対して、近年、最高裁は、A社が事業再編計画の一環としてB社の株式を任意の合意に基づき買い取る場合であって、A社の取締役にB社株式の買取価格の決定(あらかじめ株式交換に備えて算定された上記株式の評価額が1株当たり6,561円ないと19,090円であったとしても、買取価格をB社設立時の株式の払込金額を基準として1株あたり5万円としたこと)についてA社取締役の善管注意義務違反が問題になった事例において、「本件取引は、…このような事業再編計画の策定は、完全子会社とすることのメリットの評価を含め、将来予測にわたる経営上の専門的判断に委ねられていると解される。そして、この場合における株式取得の方法や価格についても、取締役において、株式の評価額のほか、取得の必然性、Aの財務上の負担、株式の取得を円滑に進める必要性の程度等をも総合考慮して決定することができ、その決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、取締役としての善管注意義務に違反するものではない」(最高裁判例平成22年7月15日)と判示しました。従来までの判断基準とされてきた経営判断過程の合理性を問題にするよりも、むしろ経営判断の内容の合理性に重点を置いた判断を示したと言えます。

〔参考〕取締役の法定義務

これら以外に会社法では取締役に義務を規定していますので、以下で概観します。

・競業禁止義務(356条1項1号365条1項

取締役は、自己または第三者のために、会社の事業の部類に属する取引をしようとするときは、重要な事実を開示して、取締役会の承認を得なければならない。

・利益相反取引回避義務(356条1項2号365条1項

取締役会設置会社では、取締役は、自己または第三者のために会社と取引をしようとするとき(直接取引)及び会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において会社と当該取締役が相反する取引をしようとする時(間接取引)は、重要な事実を開示して、取締役会の承認を受けなければならない。

※監査役の善管注意義務

監査役は業務執行を行わないので、取締役のような会社との利害対立に関する細かい規定は設けられていませんが、それは予防的・形式的な規制がないというだけであって、監査役が職務上知り得た会社の営業秘密を利用して私利を図る等の行為により会社に現実に損害を生じさせた場合には、善管注意義務市販の責任を免れません。

ü 忠実義務の適用範囲

取締役は会社の利益を犠牲にすることなく、会社の最善の利益を図るものということになります。この場合、会社の利益とは、株主全体の利益と考えることができます。したがって、取締役が少数派株主の利益を犠牲にして、支配株主の利益を図る行為を行った場合でも忠実義務違反となり得ます。

また、条文の文言では忠実にその職務を行わなければならないとしているので、取締役の職務執行についてのみ対象となるように見えます。取締役が忠実義務を負うのは、職務執行とその関連行為に限られるのか。例えば、会社の機密情報に接する機会の多い取締役が、これを私的活動に利用した場合などについては規制の対象と考えてもよいと考えられます。判例では、取締役が退任後よ新会社を設立し事業を始めるために、在任中に従業員を勧誘していたという事例で、未だ設立されていない会社の準備でしかないので競業取引には当たらないとして、従業員の退職を勧誘したことは、会社に対する善管注意義務、忠実義務に反する違法な行為であるから、損害賠償義務を負うとしました(東京高裁判決平成16年6月24日)。

考えられる忠実義務違反の事例としては、競業取引の他、取締役の報酬規制、取締役による賄賂やリベートの受領、内部情報の利用、取締役の地位を利用した機会の取得が考えられます。このような行為を放置すれば、取締役への権限授権が不安になり、監視を強化する必要が生じ、経営の効率性が著しく損なわれるからです。

ü 法令、定款、総会決議の遵守義務

355条は、強行法的に忠実な職務執行義務を定めているだけではなく、法令、定款、総会決議の遵守義務をも規定しています。これらの義務は当然のことと言えますが、たとえ会社の利益に合致するとしても、取締役が法令に違反することが許されるものではない。法令を遵守することは取締役に課された義務であり、定款も法令に違反しない限り、かいしゃの自治規則として、取締役は遵守する義務を負います。株主総会決議は取締役の上位機関としての判断・決定であり、法令・定款に違反しない限り、取締役は従う義務を負います。

 

関連条文

業務の執行(348条) 

株式会社の代表(349条) 

代表者の行為についての損害賠償責任(350条) 

代表取締役に欠員を生じた場合の措置(351条)

取締役の職務を代行する者の権限(352条) 

株式会社と取締役との間の訴えに置ける会社の代表(353条) 

表見代表取締役(354条) 

競業及び利益相反取引の制限(356条) 

取締役の報告義務(357条) 

業務の執行に関する検査役の選任(358条) 

裁判所による株主総会招集等の決定(359条)

株主による取締役の行為の差止め(360条) 

取締役の報酬等(361条) 

 

 
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