新任担当者のための会社法実務講座
第354条 表見代表取締役
 

 

Ø 表見代表取締役(354条)

株式会社は、代表取締役以外の取締役に社長、副社長その他株式会社を代表する権限を有するものと認められる名称を付した場合には、当該取締役がした行為について、善意の第三者に対してその責任を負う。

 

ü 表権代表取締役

代表取締役は、取締役会において選任されます。代表取締役と見紛うような肩書きがされていても、取締役会で千人されていなければ代表取締役ではありません。そのことは、代表取締役は登記事項なので、陶器を閲覧すれば一目瞭然です。したがって、新たに会社と取引を始める場合には、登記を閲覧して、その他の事項も含めて確認することがおこわれます。しかし、事業が繁忙なところで、いちいち登記を閲覧するまで手が回らないのが実状で、一般には代表権を有すると認められるような名称の者を代表取締役と信頼して取引しています。例えば、会社と継続的に取引をする相手方としては、取引を開始するにあたっては、登記を閲覧して誰が代表取締役か確認したうえで、その者と取引をすることが期待されていたとしても、その後の取引のたびごとに、いちいちその者が依然として代表取締役であることを登記で確認することを求めるのは困難でであり、その間にその代表取締役でなくなり、その旨登記されたとしても、依然としてその者が同じように取引していた場合には、その相手方を保護すべきである。そういう趣旨で設けられたのが表見代表取締役という制度です。

例えば、社長、副社長、専務取締役、常務取締役など、あたかも代表権を有するかのような名称がつけられている場合です。この場合、体表取締役でなくても、第三者は、その者を代表取締役と誤認しやすい。そこで、このような名称を信頼して取引をした善意の第三者に対しては、会社は責任を負わなければならないとしています。会社が責任を負うというのは、真の代表取締役がした行為と同様に、表見代表取締役がした行為の効果が会社に及ぶということです。

※民法上の表見代理との関係

354条は代表権の存在を推測させるような名称の付与自体に責任の根拠を求めているものですから、越権代理や代理権消滅後といったことによる表見代理(民法110条、112条)とは無関係に適用されます。

反対に、354条の表見代表取締役の責任が成立しない場合でも、民法上の表見代理が成立する場合があります。つまり、表見代表取締役は社長とか専務といった外観を与えたか否かが問題となるのであって、代理権(代表権)を与えたという外観がある場合とは別問題ということです。

ü 登記されていることによる対抗(908条1項)

代表取締役は登記事項である(911条3項、915条1項)ので、取引の相手方は商業登記簿を見れば、代表取締役が誰であるか分かるはずです。それゆえ、908条1項により、登記後は善意の第三者に対しても代表権の存否については対抗できると考えることもできます。その場合、表見代表取締役制度による第三者保護との関係はどうなるのでしょうか。

判例では、最高裁は、まず、共同代表の定めをし、かつ、その登記もしている会社において、その共同代表の一方である代表取締役が、単独で会社を代表して取引を行ない、その相手方である第三者は、代表権の欠缺について善意であったという事案について、表見代表取締役の規定の類推適用を認めて、商業登記の効力よりも第三者の外観信頼保護を優先させる立場を明らかにしました(最高裁判決昭和42年4月28日)。しかし、その後、代表取締役を退任し、その退任登記もされている会社で、その退任者が、代表権を喪失していたにもかかわらず、会社の代表名義をもって手形を振り出した事案で、手形の受取人は代表権の欠缺について善意・無過失だったにもかかわらず、判決は、代表取締役の退任および代表権の喪失は、登記事項とされているから、専ら登記の効力を定め目る規定のみが適用され、登記後は正当な事由がない限り、善意の第三者にも対抗できるから、民法の表見代理の類推適用の余地はないと判断しました(最高裁判決昭和49年3月22日)。この一見矛盾する二つの判例について、学説では様々な議論が展開されましたが、未だ結論はでていないということです。

登記することによって善意の第三者にも主張できるという法的保護を原則的に与えるのがふさわしいと判断される事実が、商業登記で登記すべき事実とみなされているのだから、登記すればそのような効力が原則的に生じると考えるのは当然のことです。これが商業登記による公示主義の意味するところであり、908条1項の定めているところです。商業登記は、不動産登記とは異なり、事実の登記であるので、対抗できないというのは、その事実を主張できないということです。これが商業登記の登記事実を登記した場合の原則的な効力ということになりますが、この原則に従えば、第三者に酷な場合があり得るので、そのような場合には、原則の例外として、908条1項後段で、「第三者に正当な事由によってその登記があることを知らなかったとき」がその例外の場合となります。例えば、交通途絶により登記を知ろうとしてもできない場合、あるいは登記事項である事実と矛盾する行為が取られているなどの信義則違反あるいは権利濫用と認められる事実が存在する場合などです。このような基準で二つの判決も妥当と評価することができるといいます。昭和49年は事実に反する登記がなされたので908条1項の効力がおよばないことになる。(落合誠一「会社法コンメンタール」)

ü 表権代表取締役の要件

表権代表取締役制度の適用があるためには、次の要件を満たす必要があります。

@代表権を有するものと認められる名称を付している行為すること

代表権を有するものとと認められる名称を条文では、社長、副社長その他としていますが、これは限定列挙ではなくて、例示と考えられます。この他にも、頭取、会長、CEOその他場合によっては専務や常務などもそうでしょう。

判例では、取締役ではない使用人であっても、会社から代表権があるかのような名称を付与されていた場合、相手方に誤解が生じることはあり得るから、類推適用が認められたケースがあります(最高裁判決昭和35年10月14日)。

A上記の名称の使用について、会社の帰責事由があること

取締役が会社と無関係に名称を使用しても、この制度は適用されません。これは、会社が名称の使用を積極的に許諾したばあいだけでなく、その取締役が冒用しているのを知りながら適当な手段をとらないで黙認している場合も含みます(最高裁昭和44年11月27日)。社長を解任され、登記された者が、その後も依然として社長として行為をすることを会社が放置したような場合がこれに当たります。取締役には、代表取締役または取締役会に知らせるなどして違法状態を是正する職責があるので、取締役の1人でも知っていて放置すれば、黙示の付与とみなされます。

B名称を使用したものが取締役であること

名称を使用した取締役が、その名称をもって取引した場合に適用があるのは当然です。しかし、次のような場合、例えば、会社名で振り出された約束手形で、手形面上に会社代表者と表示されている者には代表権があるが、その代表者の記名捺印をした者には代表権がない場合に、判例は表見代表取締役として直接自己の氏名を手形面上に表示した場合と同様に、適用されるとしました(最高裁判決昭和40年4月9日)。

C取引の相手が善意であること

この制度が取引の相手方を保護するためのものである以上、相手方が無過失であることまでは求めないまでも、重過失がないことは求められていると考えられています(最高裁昭和52年10月14日)。会社とその取引の利害の妥当な調整を考えた場合、たしかに代表者である外観を付与した会社に帰責事由があるとはいえ、会社と取引する者に代表者の欠缺をついて重大な過失がある場合にあっても保護を与えるのは、商取引のルールとしては行き過ぎと考えられるからです。本来、商取引は、独立の当事者双方の交渉・駆け引きによるものであり、またそれが商取引の効率性を高めるものである以上、商取引においては第三者の外観信頼を民事取引よりは厚くほごするとしても、それでは一方当事者の保護にあまり傾斜しすぎると考えられるからです。

ü 354条の類推適用

表見代表取締役以外の次の場合においても、類推適用されます。

@会社の使用人の場合

会社の使用人が代表取締役の了承のもとに、常務取締役の名称を使用して消費貸借をした事例があります(最判昭和35年10月1日)。例えば、会社の経理部長が、代表取締役と称して取引をなした場合などです。

A事実上の代表取締役の場合

株主総会における代表取締役または取締役会における代表取締役選任決議が無効または取り消されたが、代表取締役として登記されている場合も、類推適用されます(最判昭和44年11月27日)。取締役の就任は株主総会の決議がなければ法律的には有効なものとなりません。したがって取締役ではないが、代表取締役として登記があれば、その登記を信じた第三者を保護する必要があるからです。

B共同代表の場合

共同代表の定めがあり、かつその旨の登記がある場合に、代表取締役が単独で取引を行い会社がそれを黙認していた場合(最判昭和42年4月28日)。この場合は共同代表取締役であり、単なる取締役ではないため、上記要件を満たしていないが、類推適用しようとするものです。

〔参考〕代表取締役

代表取締役は、会社を代表する機関です(349条1項)。取締役会設置会社の業務執行は、代表取締役及び取締役会の決議によって会社の業務を執行する取締役として選定された者が行います(363条1項)。すなわち代表取締役が株主総会または取締役会の決議を執行するほか業務執行権を有する各取締役は、取締役会から委任を受けた事項については、自ら決定し執行します。

業務執行が対外的行為である場合は、代表取締役であれば、会社を代表する行為となります(349条4項、5項)。とくに393条5項では「この権限に制限を加えたとしても善意の第三者に対抗することはできない」とされています。

なお、代表取締役以外の業務執行取締役も、代表取締役のような包括的権限ではないが、一定の範囲で会社を代表する権限を与えられている場合が少なくありません。

〔参考〕代表取締役の権限

代表取締役は、会社を代表する権限である代表権を有します。代表権とは、A会社の代表取締役甲が第三者Bとなした行為の効果が、甲自身ではなくA会社に帰属する権限を意味します。この点では、本人Aの代理人甲が第三者Bと為した行為の効果がAに帰属する権限すなわち代理権と差異がないが、代表取締役の権限は、次に述べるように包括的・不可制限的である点で、たんなる代理権と区別されます。代表取締役の権限は、取引の安全のために、このように法定されるものであって、これを定款で変更してもその効力は認められません。したがってまた、取引の相手方としては、代表取締役を相手に取引すれば安全です。代表取締役が誰かは登記を閲覧することによって確認できます。

・包括的権限(349条4項

代表取締役は、会社の業務に関する一切の裁判上または裁判外の行為を有します(349条4項)。会社の業務に関する行為とは、業務としてなされる行為であると(絶対的商行為または営業的商行為。商法501条、502条)、業務のために為される行為(附属的商行為。商法503条1項)であるとを問わない。運送業務を営む会社において、運送契約を締結する行為は業務として為される行為であり(商法502条4号)、そのためにトラックを購入し、あるいはその資金を借り入れる行為は業務のために為される行為です(商法503条1項)が、そのいずれもが代表権の範囲内です。また、会社が数種の業務を営み、または複数の営業所を有している時も、代表権は業務の種類ごとまたは営業所ごとに限定されることはありません。さらに会社の業務に関するかどうかは、客観的に判断され、その主観的意図は問われません。したがって、会社の代表取締役の資格で借り入れをすれば、その代表取締役の主観的意図が自分の個人的目的のためであっても、借り入れの効果は会社に帰属します。また、代表取締役は裁判上または裁判外の一切の行為をする権限を有していますから、その資格で、会社のために事業に関して、訴を提起し、第三者と契約を締結し、裁判外の請求をすることもできます。以上のような意味で、代表取締役の権限は包括的であると言います。

・不可制限的権限(349条5項

代表取締役の代表権に制限を加えても、この制限を善意の第三者に対抗することができないということです(349条5項)。例えば、一定金額以上の借入れについては取締役会の承認を要するとした場合や又は代表取締役の権限の範囲を特定事項に限定した場合において、代表取締役がそのような制限を超えた取引を行ったときでも、その制約を知らない取引の相手方に対して会社はその取引の無効を主張できない。同様に、代表取締役が定款に違反して代表権限を行使した場合は、取引の安全を確保するため、行為の相手方がそのことを知っている場合を除き、一般的にその行為は会社を拘束することになります。また、代表取締役がその有する権限を濫用して、例えば、自己使用の意図のもとに会社名義で金銭を借入れ、これを自分の利益のために使用した場合にも、客観的にそれが代表取締役の行為と見られる限り、その借入れは会社が行ったものとしての効力を生じることになります。

・取締役会の決議を欠いた行為の効力

ア.取引行為

A会社の代表取締役甲が、取締役会で決議すべき事項について、その決議を経ないで第三者Bと行為した場合(瑕疵ある決議をした場合も同様)に、その行為の効力がどうなるかについて、判例は、取締役会決議を欠いた重要財産の処分行為について、原則として有効であるが、相手方が決議を経ていないことを知りまたは知り得べかりしときは無効であるとしています(最高裁昭和40年9月22日)。この基準によれば、過失(軽過失)のある相手方が保護されない点で、349条5項が適用された場合と結果が異なってきます。

イ.その他の行為

代表取締役が取締役会の決議に寄らないで募集新株の発行・社債の募集のように取引の安全を強く要請されるようなことを行った場合、決議を欠いても無効事由とならないされています。他方で、取締役会の決議なしに株主総会の招集は決議取消事由となります。このように適法な決議によらない代表取締役の行為の効果は区々であるので、一つ一つ別個に考えていかなければなりません。

・代表権の濫用

代表取締役が、会社の利益のためではなく、自己または第三者の利益のためにその権限を行使することを代表権の濫用と言います。例えば、自己または第三者の借財の返済のために、A社代表取締役甲として、Bから借り入れをする行為等が、これに当たります。この行為の効力については、Bが甲の目的を知りまたは知り得べかりしときは無権代理行為となります(民法107条、最高裁昭和38年9月5日)。代表権に限らず権利の濫用が許されることではないのは当然のことです。それゆえ実際には代表権の制限に関する規定の準用することで、相手方の過失の有無を問題とする必要がないということになります。実際の場面を見てみれば、代表権の濫用は、外形上、行為者と会社の利益が相反しません。利益相反取引(356条)の場合で取締役会の承認がない場合に相手方が悪意でない限り取引の無効を主張できないのですから、この場合に相手方の過失の有無を問題するのはバランスを失するという議論もあります。

〔参考〕代表者の行為についての損害賠償責任(350条

・株式会社の不法行為責任

会社も、一私人として第三者に対して不法行為責任を負うことがあります。ただし、会社は法人であり、何人かの自然人の行為を通じて社会的活動を行っているため、会社の不法行為を考慮する上でも、通常はその自然人の行為との関係で会社の不法行為責任が問題とされています。実際には、民法709条により会社を相手に直接、不法行為責任を訴える場合もあります。

むしろ、この350条は民法715条による使用者責任に内容が似ているので、その関連で説明していきたいと思います。民法715条の使用者責任は、会社の事業のために他人を使用する場合、被用者がその職務の執行につき第三者に加えた損害を会社が賠償する責任があるというものです。この使用者責任の被用者を代表取締役に置き換えると会社法350条とそっくりです。大きな違いは代表取締役は会社に使用されているのではないので、会社に管理責任がないということです。つまり、被用者が不法行為をしたことは会社の管理責任というのが使用者責任です。これに対して、会社法350条は代表取締役の権限に基づく行為の効果は会社に帰属するところからくるところが違います。つまり、代表取締役の職務について行った商売で利益が発生すれば、それは会社の利益になりますが、そこに不法行為責任が発生すれば、会社の責任になるということです。つまり、代表取締役の不法行為は会社の不法行為として捉えられているということです。

・株式会社の不法行為の要件

株式会社の不法行為責任が成立するには、次の3つの要件が必要です。

@株式会社の代表者の行為であること

この要件は明白です。代表取締役であるか、それに準ずる立場のひとであることです。

A職務を行うにつき他人に損害を加えたこと

この職務につきという点は、民法715条の使用者責任にも同じような要件があるので参考になります。民法715条でいう「事業の執行について」とは、いわゆる外形理論が判例とされ、被用者の職務執行行為そのものには属しないが、その行為の外形から観察して、あたかも被用者の職務の範囲内の行為に属するものと見られる場合を包含するというのが判例です。典型的には、取引行為的不法行為のほか、会社の営業者であることが外形上分かる自動車で事故を起こして損害を加えた場合などがよく挙げられます。

B代表者の行為が不法行為(民法709条)となること

不法行為の要件については様々なケースがありますが、原則として、代表取締役に故意または過失があって、その為した行為が相手の損害を起こしてしまったということです。なお、この場合、故意または過失というのは損害を起こしたことに関しての故意または過失で、会社に対する任務懈怠などとは無関係です。その場合には、会社法429条の責任を代表取締役個人が負うことになります。

関連条文

業務の執行(348条) 

株式会社の代表(349条) 

代表者の行為についての損害賠償責任(350条) 

代表取締役に欠員を生じた場合の措置(351条) 

取締役の職務を代行する者の権限(352条) 

株式会社と取締役との間の訴えに置ける会社の代表(353条) 

忠実義務(355条) 

競業及び利益相反取引の制限(356条) 

取締役の報告義務(357条) 

業務の執行に関する検査役の選任(358条) 

裁判所による株主総会招集等の決定(359条)

株主による取締役の行為の差止め(360条) 

取締役の報酬等(361条) 

 

 
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