新任担当者のための会社法実務講座 第330条 株式会社と役員等との関係 |
Ø 株式会社と役員等との関係(330条) 株式会社と役員及び会計監査人との関係は、委任に関する規定に従う。 株式会社の所有と経営を車の両輪のようにして成り立っています。役員とは、その経営を担うもので、その経営を誰に任せるかによって、実際に株式会社の経営は大きく左右されます。ここでは会社法実務について述べていますので、実務面として、会社法のベースになっている役員の原則的なものと実情について簡単に述べておこうと思います。 ü
役員とは何か 会社法では役員を取締役、会計参与及び監査役をいう(329条1項)、としか言っていません。その意義については説明していません。同じ法律でも法人税法では、役員は経営に従事しているかどうかで判断され、会社法にはない「みなし役員」として税法上の経費判断を行っています。 ここでは、株式会社の経営を担っているものとして、3つの視点から役員の意義と機能、つまり役員に求められているものについて考えてみます。 @会社の視点 会社の視点から導き出される役員像は、全社的な意思決定や業務執行、監督等を担う会社組織のリーダーという姿です。多くの社員を擁する組織の舵取りを担う経営者としての役割で、そこに期待されているのは経営パフォーマンス最大化や持続的な成長です。 A株主の視点 株主から見れば、役員とは、会社の所有者である株主からの委任を受けて経営に当たる代理人です。企業価値を高め、株主と利益をともにする代理人としての役割で、そこに期待されているのは株主との利害の共有です。 B役員個人の視点 役員個人としては、高度な知識・能力・経験を要求され、日本ではそうではないかもしれませんが、海外の企業では人材獲得競争の対象となる。アメリカ企業のOfficerは経営の専門家として、優秀な経営者は業界を超えて引っ張りだこである一方で、業績があがらなければ解雇されます。 ü
日本の役員の特徴 一般的な原則としての役員像を見てみましたが、では日本の企業の中で役員とはどうなっているのかを簡単に見たいと思います。 @日本的経営と役員 ある時期の日本の高い経済成長をつくりだした日本的経営と呼ばれるものの大きな特徴は、企業組織が一体となって一つの方向に突き進んでいく、というもので組織内では終身雇用制のもとで社員は人生の大半を過ごし、中で横並びの競争をしていました。 役員も従業員も同じ企業の構成員同士であり、いずれも会社全体をよくしていこうという意識を共有している。役員が強いリーダーシップを発揮するというよりは、従業員からのボトムアップと社内関係者の調整のうえで物事が決まり進められていく。従業員のキャリアの連続性の先にあるのが終身雇用制のゴール、最高到達点としての役員というポジションが位置付けられ、従業員の誰もが役員になる可能性を持っていると意識させることで従業員の頑張りと組織の一体感が支えられていました。その結果、役員と従業員の間にあえて明確な線を引き、従業員のそれとは非連続的なスキル・経験を求めたり、従業員とは異次元の格段に高い報酬を払うということは日本企業の経営には馴染まない。これは役員も含めて人材流動性が低い状態をつくりだし、各企業における個別性・独自性を強め、組織内部で同じ背景を共有していることを前提とするハイコンテキストな企業文化を作り出していきました。結局、外部からは見えない暗黙的な常識・ルールが各企業の中で発達していきました。これが一時期の日本企業の成長を支えたのですが、その高い成長の後で、日本経済は構造的な長期不況に陥ります。 A日本企業の役員選任の手順 会社法では役員選任は株主総会の決議による(329条1項)と規定されていますが、実際には、どのような手順で役員の候補者が会社から株主総会に提案されるのかは、会社法を呼んでいるだけでは分かりません。上述の日本企業の役員の姿をみると、役員の原則で見た3つの視点のうち、株主の視点と役員個人の視点が欠けているのが分かります。それが例えば、株主、とくに海外の機関投資家の立場からは原則にのっとっていないように映るわけです。そこで、ある程度企業の実態を概括しておくことは、株主対策、あるいはコーポレートガバナンスの点からも必要になってきている。そのような知識があった上で会社法を読んでいく必要があると思います。 簡単に概観しますと、上場会社の半分以上しめる監査役会設置会社の場合、その多くの企業において、経営トップを含む取締役候補者の人選は、定時株主総会の選任議案の承認等といった形で取締役会決議事項にはなっているものの、取締役会における審議は形式的なものにとどまることも少なくなく、伝統的に、社長などの現在の経営トップが、役員候補者の人選を実質的に掌握している。つまり、社長が社内の従業員の中から候補者を選別し、それを形式的に取締役会が承認している。 このような実態について、役員候補者の選抜のプロセスが透明性を欠いている、あるいは、経営トップを含めた役員候補者の実質的な決定権が現在の経営トップの専権となっていることで、例えば、業績が低迷している局面手も経営トップを含む役員交代が行われないといった非効率を生んでいるのではないか、という指摘が近年なされています。とくに海外の機関投資家や議決権行使助言会社といったところから声がでていて、金融商品取引所や政府関係においても、それが企業の「稼ぐ力の強化」を阻んでいるのではないかとして、コーポレートガバナンス・コードにおいて役員選任の透明化や選任基準の公開を進める動機となっていると言えます。 〔参考〕海外主要国の役員の選任やガバナンス @イギリス イギリスと日本の取締役に関する法制上の共通点は機関構造として単層式の取締役会構造をとっていて、両国とも株主総会が取締役を直接任用します。イギリス。日本とみに取締役は経営執行と監督の両方を担う存在ですが、イギリスでは業務執行取締役と業務監督を行う取締役の役割を明確に区分することが求められています。イギリスの取締役会は監督機関であり、上場会社の場合は取締役会議長を除く過半数を独立取締役で構成することが求められています。監督を行う取締役は基本的に独立取締役である必要があり、業務執行取締役の監督の実務を司る指名・報酬の各委員会の構成委員は独立取締役中心に構成することが求められています。さらに業務執行を行う最高経営責任者(MD)と取締役会議長は兼務できず、アメリカなどに比べても、監督と執行の分離が徹底しています。 イギリスの会社法では業務執行取締役の任期は定められていませんが、ガバナンス・コードで上場会社についすては3年、FTSE350(ロンドン証券取引所に上場する企業の時価総額上位350社)の大企業については1年間の任期とされています。報酬契約については、年次で更新され、条件は毎年見直されます。 上場会社は取締役会の中に指名委員会を設置することを求められており、その過半数が独立の非業務執行取締役から構成されなければならないとされています。また、指名委員会は委員会に課せられた役割と権限についての文書を備えることが求められています。指名委員会は単に取締役の選任案を策定するにとどまらず、対象となる取締役に求められる能力、スキル、経験等を評価し、適切な役割と権限を設定することまで求められているなど、相当に強い権限が認められています。したがって、指名委員会のその活動について、年次報告書に年間の具体的な活動とその活動ポリシーについて開示することも求められています。 Aフランス フランスでは法制度上、上場会社の場合は日本同様に単層式の取締役会構造あるいはドイツ型の2層構造を任意で採用できます。しかし、フランス企業の大半は単層式を採用し、2層式は一部の外国企業のみが採用するに止まっています。単層式の場合、取締役会は主に経営執行を監督する機関として機能しています。この場合、独立取締役が取締役会の過半数を占める必要があります。また、フランスでは「株主構成に近い取締役の構成」を重要視する傾向があります。とくに女性の登用については数値で目標値が定められているなど、取締役会のダイバーシティの維持に留意しているのが特徴的です。取締役会の業務執行取締役の人数は明確に規定されて這いませんが、単層式の取締役会を作用する場合に、取締役会に所属する業務執行取締役は最高経営責任者(CEO)だけであることが多く、アメリカに近いと言えます。取締役の報酬は取締役会の諮問機関である各種委員会で検討・起案されますが、これらの各種の委員会は、あくまでも諮問機関として取締役会への答申を行い、最終的な意思決定は取締役会で行うべきものとされています。また、上場会社の取締役の定年制を規定しているのも、フランスの大きな特色です。 上場会社の業務執行取締役は任用された時点で、会社との雇用契約を解除しなければならないとされています。フランスの上場会社の任用期間は最大4年で、年次報告書は取締役の任用開始日と終了日を開示することが求められています。 フランスの上場会社もイギリスと同様に、取締役会の中に指名委員会を設置することが求められています。上昇会社の指名委員会は、その過半数が独立の非業務執行取締役から構成されなければなりません。指名委員会の大きな特徴は、将来にわたる取締役の候補者計画策定を含めて、取締役についての検討と指名を行うことであり、株主から求められる取締役会の適正な多様性の維持、より適切な取締役の指名をする意味で中長期的なコミットメントが求められていると言えます。加えて、適切な後継者計画のため、報酬委員会と密接に情報連携することも求められています。 Bドイツ フランスのところで少し踏ましたが、ドイツでは取締役会と監査役会の2層構造になっていて、日本の指名委員会等設置会社のモデルになっているとも言われています。ドイツの特徴は、経営執行に携わる取締役が監査役会のメンバーになることができないことで、監査役は株主から直接任用されます。また、共同決定法に見られる従業員の経営監督業務への参画は、日本にはないドイツ制度の大きな特徴です、また、取締役の任用・解任は監査役会の専権事項であり、取締役会の権限で取締役を選任・解任することはできません。ドイツの監査役会は、これまで見てきたイギリスやフランスの非業務執行取締役が一つの機関を構成しているものだと考えると分かり易いかもしれません。 ドイツでは、上場会社の業務執行取締役は、監査役会が監査役会内に設置した指名委員会の提案をもとに任命します。取締役の任用期間は最長で5年であり、再任は可能です。企業が従業員を取締役に任命した場合は、雇用契約を継続したまま任用することが多いです。さらに、取締役の解任も監査役会が行いますが、従業員取締役が解任された場合、同時に従業員として解雇するには重大な事由の証明が必要になるため、通常は会社を解雇されることはありません。指名委員会は取締役候補者の提案に加え、将来のサクセッションプランについても監査役会に提案することになっており、フランスと同様、コーポレートガバナンスの一環としてサクセッションプランが取り組まれています。 Cアメリカ アメリカの場合は州ごとに根拠法が異なるので、一様ではないのですが、上場会社の本社の60%以上がデラウェア州に登記上の本社を置いているので、デラウェア州をアメリカ全体に一般化して見ていきたいと思います。 アメリカでは、イギリスや日本と同様に単層式の取締役会構造が採用されており、株主総会が取締役を任用する形となっています。しかし、日本とは異なり、アメリカでは取締役会は純粋に経営の監督機関になっています。事業執行に関しては専門職経営者としてのオフィサーを任用し、執行と監督が分離する形を採用しています。しかしオフィサーのトップである最高経営責任者(CEO)が、取締役会議長(Chairman)を兼務している場合も多く、執行のトップによる監督機関の支配として、しばしば議論にのぼり、近年、その分離問題が注目されていると言います。オフィサーは従業員として雇用契約を残したまま任用され、日本の執行役員制度の参考にもされていると言われていますが、株主から見れば一般に日本の執行役員制度は株主代表訴訟の当事者になることができない点でアメリカのオフィサーとは違います。 アメリカの取締役の任期は上場会社では通常1年であり、株主総会の過半数の投票をもって任用(再任)されます。一方、オフィサーの任用については定款で定めることになっていますが、5〜6年が最も多いとされています。アメリカではCEOが途中で辞任、もしくは解任されることは珍しくありませんが、定款や任用契約で任期途中の解任の場合の諸条件を定めている場合が多いため、フランスのように訴訟になることはありません。また、アメリカでは、CEOの解任を大株主の側から取締役会に働きかけることもしばしば見られます。 ニューヨーク証券取引所の上場会社規則は上場会社に対するコーポレートガバナンスについて規定していますが、アメリカの上場会社が設置している指名委員会は独立取締役から構成される組織で、取締役及びオフィサー候補者の要件定義、選定、評価、株主総会に対する提案の作成が主な任務となっています。また、アメリカの指名委員会が他の国と異なる点は、独立取締役から構成される小委員会に業務の一部を再委託できることです。 一つの事例として、実際の中堅企業(M社としましょう)CEO選任プロセスを簡単に見ていくと、このようなことが行われています。M社では1年前にプロジェクトをターとさせます。エグゼクティブ・サーチ・コンサルティング最初はエグゼクティブ・アセスメント、その会社の各々の評価を行うプロジェクト、その役員が外部、例えば同業他社に比べてどのような水準にあるのかというベンチマークすることから始まります。次いで次期CEOの人物像の設計、つまりどのような人材要素を求めるのかを固める。それに2〜3ヶ月。取締役会で定義された人物要件は幅広い経験と能力で、具体的には、業界に関する専門知識、業界における権力構造の正しい理解、グローバルに活躍するリーダーシップの専門性、株式市場における様々な経験、戦略的なビジョンと優れたオペレーション能力、ということだった。それに次いで9人リストアップされた内部候補者に対して徹底的なアセスメントと併行して外部人材を探す。半年前には、その候補者達にアセスメントのフィードバックとアドバイス、そのレポートを受けて取締役会(指名委員会)と候補者を絞る。指名委員会は、その絞った最終候補者との少人数ミーティングと面接を繰り返す。その数ヶ月で最終的に次期CEOを決定する。そういうプロセスでした。 ü 善管注意義務 会社と選任された役員との関係は、一般に委任に関する規定に従うこととされています(330条)。したがって、役員は、その職務の遂行においては、善良な管理者としての注意義務、いわゆる善管注意義務を負います(民法644条)。この注意義務の水準は、その地位・状況にある者に通常期待される程度のものとされ、とくに専門的能力を買われて役員に選任された者については、期待される水準は高くなります。 とくに取締役は、不確実な状況で迅速な決断を迫られる場合が多いので、その判断を事後的・結果論的に評価して注意義務違反の責任を問うのでは取締役の業務執行を萎縮させてしまう。そこで、たとえ取締役の積極的な行為によって損失を蒙ったとしても、その判断の前提となった事実の認識に重要かつ不注意な誤りがなく、意思決定の過程・内容が経営者として特に不合理・不適切なものでない場合には、経営判断の原則により、善管注意義務違反には問われないとされています。 取締役が善管注意義務を問われる可能性が高いのは、他の取締役・使用人に対する監督(監視)義務の違反を含む不作為(懈怠)の分野です。 ü 不作為による懈怠となる監督(監視)義務の違反 取締役が善管注意義務は、他の取締役・使用人に対する監督(監視)義務の違反を含む不作為(懈怠)の分野で問題となるケースが多くなっています。監督義務に関しては、上場会社の代表取締役には、業務執行の一環として、会社の損害を防止する内部統制システムを整備する義務が存在します。 取締役の監督(監視)義務については、取締役が自己の業務執行権限外の事項に関して会社の損害が発生すると疑われるような事実を知った場合に、どこまで行動すべき義務があるか、例えば、取締役会において発言し、監査役に報告したにも関わらず何の措置もとられないとき、取締役は何をすれば注意義務違反(懈怠)とならないかという問題です。その取締役の能力等により違いがでてくることはあり得ますが、弁護士に相談する、事実を公表すると代表取締役に迫る、あるいは辞任する等の行動をすることが必要ではないかと解されています。 ü 経営判断の原則 取締役がその職務の執行にあたり善管注意義務等を尽くしたかどうかの判断にあたって取締役の経営判断は、不確実な状況で迅速に行う必要があることなどから広い裁量が認められるべきだと考えられています。これが経営判断の原則です。取締役の職務執行については、@取締役等の行為当時の状況に照らして合理的な情報収集・調査・検討等が行われたか、Aその状況と取締役等に要求される能力水準に照らして不合理な判断がなされなかったかを基準に問われるべきであり、事後的、結果論的な評価が為されてはならないということが、下級審裁判例における確定的な判断基準とされていました。 これに対して、近年、最高裁は、A社が事業再編計画の一環としてB社の株式を任意の合意に基づき買い取る場合であって、A社の取締役にB社株式の買取価格の決定(あらかじめ株式交換に備えて算定された上記株式の評価額が1株当たり6,561円ないと19,090円であったとしても、買取価格をB社設立時の株式の払込金額を基準として1株あたり5万円としたこと)についてA社取締役の善管注意義務違反が問題になった事例において、「本件取引は、…このような事業再編計画の策定は、完全子会社とすることのメリットの評価を含め、将来予測にわたる経営上の専門的判断に委ねられていると解される。そして、この場合における株式取得の方法や価格についても、取締役において、株式の評価額のほか、取得の必然性、Aの財務上の負担、株式の取得を円滑に進める必要性の程度等をも総合考慮して決定することができ、その決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、取締役としての善管注意義務に違反するものではない」(最高裁判例平成22年7月15日)と判示しました。従来までの判断基準とされてきた経営判断過程の合理性を問題にするよりも、むしろ経営判断の内容の合理性に重点を置いた判断を示したと言えます。 〔参考〕取締役の法定義務 善管注意義務以外に会社法では取締役に義務を規定していますので、以下で概観します。 ・忠実義務(355条) 取締役は、法令・定款の規定及び株主総会の決議を遵守し、会社のため忠実にその職務を行う義務を負う、というものです。これは善管注意義務を、会社法においてその内容を明確化したものと考えることが主流になってきています。ただし、善管注意義務ということが別に言われているので、便宜上、法律の範囲内で、会社のために、注意を尽くして働きなさいということのうち、「注意を尽くす」のが善管注意義務、「会社のために働く」のが忠実義務とわけているということです。 ・競業禁止義務(356条1項1号、365条1項) 取締役は、自己または第三者のために、会社の事業の部類に属する取引をしようとするときは、重要な事実を開示して、取締役会の承認を得なければならない。 ・利益相反取引回避義務(356条1項2号、365条1項) 取締役会設置会社では、取締役は、自己または第三者のために会社と取引をしようとするとき(直接取引)及び会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において会社と当該取締役が相反する取引をしようとする時(間接取引)は、重要な事実を開示して、取締役会の承認を受けなければならない。 ※監査役の善管注意義務 監査役は業務執行を行わないので、取締役のような会社との利害対立に関する細かい規定は設けられていませんが、それは予防的・形式的な規制がないというだけであって、監査役が職務上知り得た会社の営業秘密を利用して私利を図る等の行為により会社に現実に損害を生じさせた場合には、善管注意義務市販の責任を免れません。
関連条文 役員の選任及び解任の株主総会の決議(341条) 累積投票による取締役の選任(342条) 監査等委員である取締役の選任等についての意見の陳述(342条の2) 監査役の選任に関する監査役の同意等(343条) 会計監査人の選任に関する議案の内容の決定(344条) 監査等委員である取締役の選任に関する監査等委員会の同意等(344条の2) |