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第430条の2 補償契約
 

 

Ø 補償契約(430条の2)

@株式会社が、役員などに対して次に掲げる費用等の全部又は一部を当該株式会社が補償することを約する契約(以下この条において「補償契約」という。)の内容の決定をするには、株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議によらなければならない。

一 当該役員等が、その職務の執行に関し、法令の規定に違反したことが疑われ、又は責任の追及に係る請求を受けたことに対処するために支出する費用

二 当該役員等が、その職務の執行に関し、第三者に生じた損害を負う場合における次に掲げる損失

イ 当該損失を当該役員等が賠償することにより生ずる損失

ロ 当該損害の賠償に関する紛争について当事者間に和解が成立したときは、当該役員等が当該和解に基づく金額を支払うことにより生ずる損失

A株式会社は、補償契約を締結している場合であっても、当該補償契約に基づき、次に掲げる費用等を補償することができない。

一 前項第1号に掲げる費用のうち通常要する費用の額を超える部分

二 当該株式会社が前項第2号の損害を賠償するとすれば当該役員等が当該株式会社に対して第423条第1項の責任を負う場合に、同号に掲げる損失のうち当該責任に係る部分

三 役員等がその職務を行うにつき悪意又は重大な過失があったことにより前項第2号の責任を負う場合には、同号に掲げる損失の全部

B補償契約に基づき第1項第1号に掲げる費用を補償した株式会社が、当該役員等が自己若しくは第三者の不正な利益を図り、又は当該株式会社に損害を加える目的で同号の職務を執行したことを知ったときは、当該役員等に対し、補償した金額に相当する金銭を返還することを請求することができる。

C取締役会設置会社においては、補償契約に基づく補償をした取締役は、遅滞なく、当該補償についての重要な事実を取締役会に報告しなければならない。

D前項の規定は、執行役について準用する。この場合において、同項中「取締役会設置会社においては、補償契約」とあるのは、「補償契約」と読み替えるものとする。

E第356条第1項及び第365条第2項(これらの規定を第419条第2項において準用する場合を含む。)、第423条第3項並びに第428条第1項の規定は、株式会社と取締役又は執行役との間の補償契約については、適用しない。

F民法第108条の規定は、第1項の決議によってその内容が定められた前項の補償契約の締結については、適用しない。

 

役員等がその職務の執行に関して、法令に違反したことが疑われ、または責任の追及に係る請求を受けたことに対処するために支出する費用(防御費用)や、第3者に生じた損害を賠償する責任を負う場合における損失(賠償金や和解金)の全部または一部を会社が役員等に対して補償する旨の契約の締結を認めています(430条の2第1項)。役員として優秀な人材を確保するとともに、役員がその職務の執行に関して第3者に生じた損害を賠償する責任を過度に恐れることによりその職務の執行が萎縮することがないように役員等に対して適切なインセンティブを付与するというのが、この制度の趣旨です。また、役員等がその職務の執行に関して訴訟等で責任の追及を受けた場合には、その役員等が適切な防御活動をすることができるように、会社の方でこのことに要する費用を負担することが会社の損害の拡大の防止に資すると考えられるからでもあります。

従来は、330条及び民法650条に基づいて可能な補償やの範囲やその手続についての会社は不明確でした。また、会社補償は直接取引(356条1項2号)として利益相反規制を受ける可能性があり、また会社補償ということ自体が役員等がそれに甘んじ会社との間の緊張感が緩むというリスクが考えられ、それらをはっきりさせるためにも、430条の2の規定が設けられたと言えます。

このような会社補償のメリットとして次のようなことが考えられます。@D&O保険(430条の3)の支払い手続きをまたずに即時に防御費用等を支給できる点、AD&O保険でカバーできない範囲を補償できる場合がある点、BD&O保険の保険料を抑制できる、という点です。このようなメリットから役員の就任に際してあらかじめ補償契約を締結することが一般的となる可能性が高いと考えられます。

ü 補償契約の内容の決定

・補償契約とは

補償契約とは、役員等が、その職務の執行に関し、法令の規定に違反したことが疑われ、または責任の追及に係る請求を受けたことに対処するために支出する費用や、第3者に生じた損害を賠償する責任を負う場合の損失の全部または一部を、会社が役員に対して補償する契約を言います。

※役員等が、会社に対して損害を賠償する責任を負う場合については、役員等が会社に対して支払うべき賠償金や和解金を会社が役員等に補償するというのは、会社に対する役員等の責任を免除することと実質的に同じこととなり、会社に対する責任免除(424条)と重複することになります。したがって、ここでは対象から外れます。また、役員等が納付しなければならない罰金や課徴金についても、それぞれの規定の趣旨を損なうおそれがあるため、対象から外れます。

補償契約のサンプルとしてはこちらが参考となります。

・補償契約の内容の決定に関する手続

補償契約には、役員等と会社との間で利益相反となるおそれがあり、また、補償契約の内容が役員等の職務の執行の適正性に影響を与えるおそれがあることなどから、補償契約の内容の決定は、利益相反の承認に準じたものとすると、補償契約が利益相反のおそれがあるとしても、それは承認済みということで認められることにります。したがって、補償契約の内容の決定は、利益相反取引の承認の場合と同様に株主総会(取締役会設置会社の場合は取締役会)ということになります。

なお、補償契約の当事者である取締役は補償契約の内容の決定及び補償契約に基づく補償の実行に当たり、特別の利害関係(369条2項)を有するとされ、補償契約を締結する取締役会の議決に加わることができないと考えられます。そこで、複数の取締役と補償契約を締結する場合には、契約の相手方となる取締役が議決から外れて、それぞれの取締役ごとに締結の議決をする等の工夫が必要という考えもあります。また、取締役会の議決を開示することにより、取締役間のなれあいを間接的に防止するという考えもあります。

また、補償契約の締結に当たり、社外取締役が株主の立場で関与すべきか、という点で会社法にはとくに記載がありませんが、「法的論点に関する解釈指針」(経産省2015年7月24日)には社外取締役の関与はベストプラクティスと整理されています。そのため、契約締結の決議に際しては社外取締役に、とくに意見を求めるとか、事前同意を得るといった手続きが考えられます。

ü 補償契約書

補償契約書の例は次の通りで、各条項のポイントを続けてあげておきます。

 

補償契約書

〇〇株式会社(以下「甲」という。)と甲の取締役である△△(以下「乙」という。)は、以下の通り、会社法430条の2に定める補償契約(以下「本契約」という。)を締結する。

(費用の補償)

第1条  甲は、乙に対し、乙が、その職務の執行に関し、法令の規定に違反したことが疑われ、又は責任の追及に係る請求を受けたことに対処するために支出する費用(以下「争訟費用」という。)を補償するものとする。但し、争訟費用のうち通常要する費用の額を超える部分についてはこの限りではない。

(損失の補償)

第2条  甲は、乙に対し、乙が、その職務の執行に関し、第三者に生じた損害を賠償する責任を負う場合における次の各号に掲げる損失(以下「損失」という。)を補償するものとする。

(1)当該損害を賠償することにより生ずる損失

(2)当該損失の賠償に関する紛争について当事者間に和解が成立した時点において、乙が当該和解に基づく金銭を支払うことにより生ずる損失

2  前項の定めにかかわらず、甲は、乙に対し、次の各号に掲げる損失を補償する義務を負わないものとする。

(1)甲が前項の損害を賠償するとすれば乙が甲に対して会社法第423条第1項の責任を負う場合における前項の損失のうち当該責任に係る部分

(2)乙がその職務を行うにつき悪意又は重大な過失があったことにより前項の責任を負う場合における前項の損失の全部

(損失の手続)

第3条  乙は、本契約に基づく争訟費用又は損失(以下両者をあわせていうときは「争訟費用等」という。)の補償を受けようというするときは、補填義務の有無及び内容を確認するために必要なものとして甲が合理的に要求する費用を添えて、甲に対して、書面により請求をしなければならない。

2  乙が甲に対して争訟費用の前払を請求した場合、甲は、必要があると認めるときは、乙が争訟費用等を現実に支払う前であっても、前2条に基づく補償を行うことができる。この場合、乙は、前項に定める資料のほか、前払の必要性を確認するために必要なものとして甲が合理的に要求する資料を添えて前項の請求を行うものとする。

(補償義務の弁済期)

第4条  甲は、乙が前条に基づいて甲に対して補償することの請求をした日から30日以内に、本契約に基づく補償を行う。但し、甲がこの日までに補償義務の有無及び内容(前条2項に基づく前払の請求がなされた場合は前払の必要性を含む。)の確認のために必要な調査及び検討を完了することができないときは、甲は、これが完了した後遅滞なく、本契約に基づく補償を行う。

(報告義務)

第5条  乙は、次の各号に掲げる事由を知った場合、遅滞なく、甲に対して、当該事由について重要な事実を報告するものとする。

(1)職務の執行に関して、法令の規定に違反したことが疑われ、又は責任の追及に係る請求を受けたこと

(2)職務の執行に関して、損失を負担するおそれが生じたこと

2  乙が正当な理由なく前項の義務の履行を怠った場合。当社は、本契約に基づく補償をしないものとする。

(損害軽減義務)

第6条  乙は、その義務の執行に関し、法令の規定に違反したことが疑われ、又は責任の追及に係る請求を受けたことに対処する場合、争訟費用等の発生防止又は軽減のために必要な措置を講じるものとする。

2  乙が正当な理由なく前項の義務の履行を怠った場合、甲は、乙が前項の義務を履行していれば発生又は拡大を防ぐことができた争訟費用等を補償しないものとする。

(甲が協力する場合における乙の情報提供義務)

第7条  甲は、甲が必要と認めたときは、自己の費用をもって、乙に対する法令の規定に違反したことの疑い、又は責任の遡及に係る請求への対処について、乙に協力することができる。この場合、乙は、甲の求めに応じ、甲に対して、協力に必要な情報を提供するものとする。

2  乙が正当な理由なく前項の義務の履行を怠った場合、甲は、本契約に基づく補償をしないものとする。

(補償後の報告義務)

第8条  乙は、本契約に基づいて甲から補償を受けた場合、遅滞なく、当該補償についての重要な事実を甲の取締役会に報告するものとする。

(争訟費用等の返還義務)

第9条  次の各号に掲げる場合には、本契約に基づき補償がなされた後であっても、乙は、甲に対し、甲が本契約に基づいて補償した争訟費用等のうち当該各号に定める金額に相当する金額を返還するものとする。

(1)乙が自己若しくは第三者の不正の利益を図り、又は甲に損害を加える目的で義務を執行したことが判明した場合、甲が補償した争訟費用等の全部

(2)本契約に基づき補償された争訟費用等に本契約によれば甲が補償する義務を負わない部分があることが判明した場合、甲が補償した争訟費用等のうち本契約によれば甲が補償する義務を負わない場合

(本契約の有効期限)

第10条 乙が甲の取締役を選任した場合、本契約は、将来に向かってその効力を失う。但し、乙が甲の取締役を重任する場合は、本契約は重任後も効力を失わない。

2  前項の定めにかかわらず、乙が甲の取締役に在任している間の職務の執行に関する争訟費用等の補償については、乙が甲の取締役を退任した後も本契約は引き続き効力を有する。

(解除)

第11条 甲は、乙が本契約に基づく債務の一を履行しない場合において、相当の期間を定めてその履行を催告し、その期間内に乙が当該債務を履行しないときは、本契約を解除することができる。

2  前項に基づく本契約の債務の解除は将来に向かってその効力を有する。

(譲渡禁止)

第12条 甲及び乙は、相手方が事前に書面により同意した場合を除き、第三者に対して、本契約上の地位又は本契約に基づく権利義務の承継、担保設定その他の処分をしてはならない。

(準拠法)

第13条 本契約は、日本法を準拠法とし、日本法に従い解釈される。

(管轄裁判所)

第14条 甲及び乙は、本契約に関する訴訟又は調停について、□□地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。

以上のとおり本契約が成立したことを証するため、本契約書を2通作成し、甲と乙は、記名捺印のうえ、それぞれ1通を保有する。

××年××月××日

甲:

乙:

第1条(費用の補償)について

第1条は会社に対して、会社法430条の2で定められた範囲の争訟費用の補償を義務付ける規定です。事例では、被補償者である取締役に対して法令違反の疑いまたは責任追及に係る請求があり、それが当該取締役の職務執行に対して法令違反の疑いまたは責任追及に係る請求があり、それが取締役の職務執行に関するものである場合には、会社は取締役に対して、争訟費用を補償する義務を負うというものです。

ここでいう「費用」にあたるものとしては、被補償者が代理人として起用した弁護士の報酬の他、事実関係の調査に関する費用(たとえば、登記情報の取得費用、関連事件の記録の謄写費用、弁護士会照会費用など)、専門家による鑑定に要する費用、訴訟対応の準備に要する旅費・通信費などが考えられます。刑事事件の場合の保釈保証金については、会社補償の対象にはならないと解されています。

いかなる場合であっても争訟費用の全額について会社が補償義務を負うわけではありません。会社は、費用の全部又は一部が通常要する費用の額を超えることを明らかにすれば、その部分の支払いを免れることができます。この「通常要する費用の額」は、防御費用として必要かつ十分な程度として社会通念上相当と認められる額ということになります。

第2条(損失の補償)について

第2条は、第三者に生じた損害について、第三者に対する賠償義務の履行または和解に基づく金銭の支払いによる損失の補償を会社に義務づけるというものです。

取締役の会社に対する損害賠償責任に基づく損失は、会社補償制度による補償の対象外とされており、事例でもそうです。会社法が定める手続き(424条〜427条)によらないで、役員等の対会社責任の全部または一部を免除するに等しい補償を行うことを認めるべきではないというのがその理由です。また、会社と役員等が第三者に対して損害賠償責任を負う場合において、会社が第三者に対して損害を賠償して役員等に対して求償することができる部分を会社補償の対象に含めめと、前記の会社法によらないで役員等の会社に対する責任を免除することに等しいから、当該部分は補償できないこととされました。また、過大な補償によって職務執行の適正性が害されないようにするため、役員等がその職務を行うにつき悪意または重大な過失があったことにより第三者に対して損害倍書責任を負う場合における損失を補償することはできない、という定めでもあります。

第3条(費補償の手続)について

補償契約に基づく補償の時期や手続については、会社法に定められていないので、補償契約の内容によることになります。

事例の第3条1項は、被補償者の会社に対する請求を補償手続の起点とすることを定めた規定です。請求に際して一定の資料の添付を要求しているのは、法律上の問題を検討したうえで、補償義務の履行を適法に行うためです。

争訟費用等については、補償契約の定めにより、被補償者による支出に先立ち補償することができると解されていることを踏まえ、第3条2項では、争訟費用等の前払が可能であること及びそのための手続について定めています。

第4条(補償義務の弁済期)について

補償義務の弁済期を定めない場合には、請求を受けた時から会社は遅滞の責任を負うことになるので、第4条では、補償義務の弁済期を定めています。

第3条に基づいて被補償者から提供された資料に基づく補償義務の有無・内容に関する判断が弁済期までに完了しない場合に備えて、弁済期を延長する旨の定めを設けたものです。

第5条〜第8条(被補償者の義務)について

会社と役員等とは、会社補償に関して、利益が相反する関係にあります。第5条から第7条の規定は、過大な補償により会社の利益が損なわれることを防ぐため、会社が被補償者の防御活動に一定のコントロールを及ぼすことを目的として設けたものです。また、各規定の実効性を確保するため、被補償者が各義務の履行を怠った場合には、会社が補償義務を負わない旨の定めも設けられました。

430条の2第4項では、被補償者の義務について、補償を受けた取締役は、補償について重要な事実を取締役会に報告しなければならない旨が定められていますが、条文の文言で、被補償者として事後の報告義務を課せられる者として挙げられているのは取締役だけであり、監査役や会計監査人は報告義務の主体には掲げられていません。また、取締役を退任した者が報告義務を負うが否かは、条文の文言上は明らかではないのですが、第8条では、補償契約に基づいて補償を受ける者は、事後の報告義務を負うことを定めたものです。

第9条(争訟費用等の返還義務)について

430条の2第3項では、会社が争訟費用を補償した後に、被補償者である役員等が図利加害目的で職務を執行したことを知った場合には、会社は被補償者に対して補償した金額に相当する金額の返還を請求することができる旨が定められています。この事後の返還請求が認められたのは、争訟費用の補償は、訴訟等の進行過程で必要となる可能性が高いにもかかわらず、補償が必要となる時点においては、事案の全容が明らかでないことも多く、会社で図利加害目的の有無を判断することが難しいためです。契約書の第9条1号は、会社法430条の2第3項に基づく返還請求権について確認的に定めたものです。

補償実行の時点で判断に必要な事実がすべてそろわず、補償実行後に判明した事実により補償すべきではなかったことがわかる可能性があることは、争訟費用の補償の場合に限ったことではないし、図利加害目的の判断に限ったことでもありませんん。契約書の第9条2号は、会社法430条の2第3項に定める以外の場合に同項所定の返還請求権と同様の権利を会社に認める規定です。これによれば、事後に判明した事実によって争訟費用等の補償義務の有無の判断に誤りがあったことや、被補償者が補償契約で定められた義務に違反していたことが判明した場合に、補償した金銭の返還を求めることができます。

第10条(本契約の有効期間)について

第10条は、補償契約が効力を有する期間について規定したものです。

第10条2項は、補償を必要とする事象が退任後に生じる場合に備えて、被補償者が退任した後に生じる争訟費用等も在任中に締結した補償契約に基づく補償対象に含まれる旨を定めたものです。

第11条(解除)について

被補償者が補償契約に基づく義務の履行を怠った場合、債務不履行と関係のある事案について会社が補償義務を負わないことは、第5条から第7条で定めています。11条に基づいて補償契約を解除した場合には、会社は、当該事案以外についても補償義務を負わないことになります。解除の効力を将来効としたのは、解除の効力が生じる時点より前に生じた補償契約に係る権利義務に影響しないようにするためです。

ü 補償の範囲

・防御費用の補償の範囲

防御費用とは「役員等が、その職務の執行に関し、法令の規定に違反したことが疑われ、又は責任の追及に係る請求を受けたことに対処するために支出する費用」(430条の2第1項1号)とされており、この場合、悪意・重過失といった当該取締役の主観的要件は設けられていません。これは、@悪意・重過失がある場合でも、当該役員が適切な防御活動を行うことができるように、その費用を会社が負担することが、会社の損害拡大の抑止等につながり、会社の利益にもなるということ、そしてA費用の補償であれば、職務の適正性を害するおそれが高いとまでは言えないこと、などによるものです。

とはいっても、何も制限なしに認めと、役員等が不当な目的をもって職務を執行していたような悪質な場合であっても会社の費用で防御費用が賄われることとなると、役員等の職務の適正性を害することが懸念されるため、@防御費用のうち通常要する費用の額を超える部分(430条の2第2項1号)、A株式会社が第三者に対して損害を賠償した場合において役員に対して求償することができる部分(430条の2第2項2号)、B役員等がその職務を行うにつき悪意または重大な過失があったことにより第三者に対して損害を賠償する責任を負う場合における賠償金および和解金(430条の2第3項)、については補償出来ない費用として客観的要件を設けています。

では、「通常要する費用の額」について、実務上、具体的にどのような点を考慮すればよいかというと、@事案の難易、A防御活動を行う弁護士が要した「通常要する費用の額」労力及び時間・能力、B会社の規模・状態等が考慮要素として考えられます。他方で、弁護士による請求額がそのまま認められるわけではないと考えられます。

なお、防御費用のうち「通常要する費用の額」を超えた部分を補償した場合や、補償契約で定めた要件に違反して補償した場合には、当該補償は無効となり、会社には不当利得返還請求権(民法705条)が生じます。また、この不当利得返還債務も「取締役の会社に対する取引債務」として株主代表訴訟の対象となります。

・第三者に対する責任の損失の補償の範囲

役員等が第三者から責任の追及に係る請求はを受けた場合には、当該役員等に悪意または重大な過失が認められる時であっても、当該役員等が適切な防御活動を行うことができるように、これに要する費用を株式会社が負担することが、会社の損害の拡大の抑止等につながり、株式会社の利益にもなることもあると考えられたことになるものです。具体的に、「当該損失を当該役員等が賠償することにより生ずる損失」(430条の2第1項2号イ)および「当該損害の賠償に関する紛争について当事者間に和解が成立したときは、当該役員等が当該和解に基づく金額を支払うことにより生ずる損失」(430条の2第1項2号ロ)に対する補償については、二つの実体的要件が定められています。

@)会社に対する責任との関係

会社が第三者に損害を賠償をしたときに、会社が役員等に423条1項に基づく損害賠償を請求することができる部分については、補償することができない(430条の2第2項2号)となっています。これは、責任の免除または軽減に関して424条から427条との整合性を図るために設けられた要件だということです。

この要件は、第三者に対する責任による損失の補償に対して大きな制約となるものです。まず、会社が第三者に対して損害賠償金を支払い、役員等に対して求償をする場合の根拠は、通常は423条1項に基づく役員等の損害賠償責任であり、会社はその役員と責任限定契約を締結している場合ではない限り、第三者に対して支払った損害賠償金の全額を役員に求償することができるのが原則です。ここで会社が役員等の行為に基づき第三者に対して責任を負う場合、役員等に任務懈怠が常に認められるかが問題となります。任務懈怠が肯定された場合での責任限定の可能性としては増益相殺・過失相殺・寄与度減責・責任の減免等があります。このうち、増益相殺・過失相殺・寄与度減責が認められるかははっきりしません。これに対して責任の減免(424〜426条)はほとんど利用されていないことから、現実的には責任限定契約(427条)を締結しないと、第三者に対する責任による損失の補償が機能しない可能性が高いと言えます。しかし、責任限定契約の制度にも、業務執行者が締結することができないという大きな制約があると無考えられます。

A)悪意または重過失の要件

役員等がその職務を行うについて悪意または重大な過失があったことにより責任を負った場合には補償することができません(430条の2第2項3号)。これは、悪意または重過失がある場合も補償の対象としてしまうと、職務の適正性を害するおそれが高く、他方で、補償の対象としない場合でも、役員の職務の執行が萎縮することはないと考えられるためです。このような趣旨から、ここでの重過失の内容としては、著しい注意義務違反(いわば、故意と過失の中間でかなり軽いものも入るという考え方)ということになります。

悪意・重過失要件との関係で問題となるのは、429条1項に基づく対第三者責任は、役員の職務執行についての悪意または重過失の存在が成立要件とされているため、その「重過失」と損失の補償の限界を画する基準としての「重過失」(430条の2)の意義が異なるものと解すべきか否かによって、対第三者責任による損失の補償の可否が決まってくると考えられます。実際のところ、429条1項の場合の「重過失」はほとんど故意に近い著しい注意欠如の主観的状態を意味し、前にも述べた通り430条の2の会社補償の場合は、著しい注意義務違反を意味身していて、同じとは言えないと考えられます。

※防御費用の補償は訴訟等の進行プロセスの中で必要となる可能性が高いにもかかわらず、それについての補償が必要となる時点では、事案の全容が明らかでないことも多く、株式会社で役員が自己または第三者の不意な利益を図りまたは会社に損害を与える目的で職務を執行しているかどうかを判断することは通常難しいためめ、役員が自己または第三者の不意な利益を図りまたは会社に損害を図り、または会社に損害を加える目的で職務を執行した場合には会社補償することはできないこととせず、会社による返還請求をするという形式をとっています。

ü 取締役会への報告

会社補償では、利益相反取引の規制(365条2項419条2項)を参考にして、取締役会設置会社では、補償契約に基づく補償をした取締役および補償を受けた取締役は、遅滞なく、その補償についての重要な事実を取締役会に報告しなければなりません(430条の2第4項)。指名委員会等設置会社の執行役についてこれを準用する(430条の2第5項)。

原則として、補償契約に基づく会社補償の実行については、取締役会決議による承認は不要です。但し、補償を実行するかどうかについて会社に裁量がある場合には、補償金額によっては、補償の実行が「重要な業務執行の決定」(362条4項)に該当し、取締役会決議が必要となることがあり得ます。

ü 利益相反取引規制の適用除外

一般に考えれば、株式会社と取締役等との間の補償契約の締結およびその補償契約に基づく補償は、株式会社と取締役等との間の取引であり、356条1項2号の利益相反取引ということになります。そうであれば、取締役会設置会社ならば取締役会の承認および取引後における重要な事実の報告、それ以外の株式会社ならば株主総会の承認及び報告が必要となる(356条1項365条419条2項)とともに、その取引によって会社に損害が生じた場合において取引にかかわった取締役等の任務懈怠が推定される(423条3項)ことになります。

しかし、実際には、補償契約の内容の決定は株主総会(取締役会設置会社の場合は取締役会)の決議によらなければならないとなっているため、その上で、さらに利益相反取引の規制として株主総会(または取締役会)の承認を改めてとり直すまでの必要性は乏しいと考えられたため、また、利益相反取引の規制を適用すると、補償契約の締結または補償契約に基づく補償によって生ずる会社の損害の解釈によっては、423条1項の責任が取締役等に容易に認められてしまうことになると、役員等に対して適切なインセンティブを付与するという会社補償の意義には反することとなると考えられます。

そこで、株式会社と取締役等との間の補償契約については、利益相反取引規制の適用はないこととされました(430条の2第6項)。

なお、補償契約について利益相反取引を適用しないこととすると、民法108条の適用除外を定める356条2項の規定も適用されないこととなってしまいます。しかし、株主総会(取締役会)の決議によって、その内容が定められた補償契約の締結については、356条1項の承認を受けた取引と同様に取り扱うこととするのが相当であるということから、民法108条の規定は、補償契約の締結には適用しないこととされました(430条の2第7項)。

ü 開示

補償契約は、役員等の職務の執行の適正性に影響を与えるおそれがあり、また補償契約は利益相反性が相対的に高いものもあるため、その内容は株主にとって重要な情報です。

・株主総会参考書類における開示事項(会社法施行規則74条1項5号)

役員等の選任議案の株主総会参考書類の記載事項として、候補者と会社との間で補償契約を締結しているとき又は補償契約を締結する予定がある時は、その補償契約の内容の概要を記載しなければなりません。補償契約は、役員等の職務の執行の適正性に影響を与えるおそれがあり、また補償契約は利益相反性が相対的に高いものもあるため、その内容は株主が役員等の選任議案への賛否を検討するに当たり重要な情報と考えられるからです。参考書類に記載する「補償契約の内容の概要」は、株主が補償契約の内容のうち重要な点を理解するに当たり、必要な事項を記載することになります。

詳しい事例などはこちらで別に説明しています。

・事業報告における開示事項(会社法施行規則121条3号の2〜4)

補償契約の内容は株主にとって重要な情報であるため、事業年度の末日において公開会社である株式会社では、補償契約に関する一定の事項を事業報告の内容に含めなければなりません。開示事項は次の通りです。

@)補償契約を締結している役員等の氏名

開示の対象となる役員等の範囲は、直前の定時株主総会の終結の日の翌日から事業年度の末日までの間に罪人していた会社役員(途中に辞任し、または解任された者を含む)のうち補償契約を締結している者

A)補償契約の内容の概要(補償契約によって役員等の職務の適正性が損なわれないようにするための措置を講じているときは、その措置の内容を含む)

補償契約の内容の概要とされていることから、補償契約の内容そのものをすべて開示する必要はなく、補償の範囲、補償が認められるための要件、補償の時期(前払いか後払いか)、補償の返還等の補償契約の基本的な仕組みが分かる程度の開示で足りるとされています。

また、括弧内の適正性確保措置の事例としては、@保証の限度額を設けること、A会社が責任追及する場合に防御費用を補償の対象から除外すること、B返還請求の悪意または重過失がある場合等に補償した防御費用の返還ができる旨を規定していること、C会社が補償を実行するための手続きを加重すること(例えば、取締役会決議を必要とすること)等が考えられます。

B)会社が防御費用をの補償を受けた役員等の法令違反ままたは責任を負ったことを知った場合は、その旨

430条の2第3項に基づき、その役員等に対して防御費用に相当する金銭の返還請求をするか否かの会社の禁断に係る情報を提供し、株主に当該判断の合理性を検証させることが、この開示の趣旨です。補償を受けた役員等の氏名を開示することまでは求められていませんが、「法令に違反したこと」か「責任を負うこと」かのいずれを知ったかを明らかにして開示することが必要とされています。

なお、このことを事業報告で開示した場合は、株主総会において株主から防御費用の補償の是非について質問が出されることが予想され、想定問答等の事前準備を考え置かなければなりません。

C)当該事業年度において会社が役員等に損失を補償した場合には、その旨と補償した金額

補償をするべきであったか(悪意または重過失がなかったのか)や補償の額が相当であったかを事後的に検証することができるようにするための情報を提供するのが、この開示項目の趣旨です。前項で役員等の氏名の開示が求められていないことに合わせて、例えば複数の役員等に損失の補償をした場合には、補償した金額などについて個別の役員ごとに開示する必要はなく合計額をとめて開示することで足りるとされていす。た、損失の具体的な内容等を記載する必要はないが、賠償か和解金かのいずれの損失を補償したかは明らかにして記載することは求められるとされています。

詳しい事例などはこちらで別に説明しています。

ü 実務として会社が補償契約を導入することについての検討事項

補償契約は、役員にとっては大きなメリットがあり、その職務である会社経営にインセンティブを与えるもので、その反面では、役員等の職務の執行の適正性に影響を与えるおそれがあり、また補償契約は利益相反性が相対的に高いものもあるものです。そのため、比較的シンプルな責任限定契約(427条)とは違って、会社が実際に補償契約を導入するかどうかについては、それぞれの会社の事情に応じた慎重な検討が必要となります。そこで、参考として、実際に補償契約の導入しようとする場合、どのようなことを検討することになるかを考えてみたいと思います。

・D&O保険との比較検討

役員が責任を負う場合、広く普及している(すでにD&O保険を契約している会社は少なくない)し、補償範囲も広いD&O保険の役割は重要で、補償保険を導入するにしても、D&O保険と併せて導入することになります。そこで、D&O比較して検討することが重要になってきます。つまり、すでにD&O保険があるのに、さらに会社補償の契約を導入する必要があるのかということです。ただし、D&O保険は、それぞれの会社によって条件が異なるので、一律に論じることはできませんが、それは各社で整理して検討することになりますが、ここではD&O保険の一般的な原則と比較検討することになります。

@)防御費用

a.D&O保険に加えて補償保険を導入するメリット

補償保険は、D&O保険では特約を附帯しなければ保険の対象とならない防御費用についても補償契約がカバーできることになります。

また、D&O保険では、防御費用にたいする補償の支払いは、原則として事前に保険会社の同意を得ることが必要で、同意がなければ事後の支払いということになります。つまり、訴訟が提起されたときは、判決が確定した後で、役員等が支払をした後で、保険の支払を請求するということになります。これに対して、補償契約では、会社が支払うので、訴訟の開始後、会社の判断で、いつでも支払うことができます。例えば、弁護士費用等の訴訟費用を役員個人が負担する場合の負荷は大きく、それを補償契約で一部でも補償してもらえると、違いは大きいと考えられます。

b.D&O保険に加えて補償保険を導入する場合の課題

補償契約は、役員に悪意・重過失がある場合にも防御費用の支払いが可能となり、役員が自己または第三者の不意な利益を図りまたは会社に損害を与える目的で職務を執行しているかどうかを判断することは通常難しいためめ、役員が自己または第三者の不意な利益を図りまたは会社に損害を図り、または会社に損害を加える目的で職務を執行した場合には会社補償することはできないこととせず、会社による返還請求をするという形式をとっています。そこでは、もともと不正目的の行為や会社として負担すべきでない補償まで、会社法ではできることになってしまう。それを、会社として規制するかを検討課題となる。

A)賠償金・和解金

a.D&O保険に加えて補償保険を導入するメリット

補償契約では、D&O保険の対象とならない、第三者請求について役員に重過失がなく、会社に対して任務懈怠責任を負わない場合の補償も可能となります。但し、実際のところ任務懈怠責任がないことはほとんどありえないので、この部分に対して会社が補償できる可能性は低い。

b.D&O保険に加えて補償保険を導入する場合の課題

補償契約では補償額に制限がないので、どこまで補償するのが適当であるかは会社の検討課題となる。

・補償契約を導入する意義

上記の検討を踏まえて、補償契約を導入した際の影響として、業務執行取締役と社外取締役に分けて考えると次のようになります。

@)業務執行取締役

業務執行取締役にとっては、防御費用について補償を受けられるが、第三者請求に基づく賠償金・和解金について補償される効果が実際には期待できないので、実質的なメリットは大きくはない。

A)社外取締役

賠償金・和解金について、第三者請求の場合には、D&O保険と補償契約、会社請求の場合はD&O保険と責任限定契約、そして防御費用についても広く保護を受けられる点で実益が大きいと言えます。

 

 

関連条文

役員等の株式会社に対する損害賠償責任(423条) 

株式会社に対する損害賠償免除(424条) 

責任の一部免除(425条) 

取締役等による免除に関する定款の定め(426条) 

責任限定契約(427条) 

取締役が自己のためにした取引に関する特則(428条) 

役員等の第三者に対する損害賠償責任(429条) 

役員等の連帯責任(430条)  

役員等のために締結される保険契約(430条の3)

 

 
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