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第430条の3 役員等のために 締結される保険契約 |
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役員等のために締結される保険契約(430条の3) @株式会社が、保険者との間で締結する保険契約のうち役員等がその職務の執行に関し責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって生ずることのある損害を保険者が塡補することを約するものであって、役員等を被保険者とするもの(当該保険契約を締結することにより被保険者である役員等の職務の執行の適正性が著しく損なわれるおそれがないものとして法務省令で定めるものを除く。第3項ただし書において「役員等賠償責任保険契約」という。)の内容の決定をするには、株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議によらなければならない。 A第356条第1項及び第365条第2項(これらの規定を第419条第2項において準用する場合を含む。)並びに第423条第3項の規定は、株式会社が保険者との間で締結する保険契約のうち役員等がその職務の執行に関し責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって生ずることのある損害を保険者が塡補することを約するものであって、取締役又は執行役を被保険者とするものの締結については、適用しない。 B民法第108条の規定は、前項の保険契約の締結については、適用しない。ただし、当該契約が役員等賠償責任保険契約である場合には、第一項の決議によってその内容が定められたときに限る。 役員等賠償責任保険契約(D&O保険)とは、株式会社が、保険者との間で締結する保険契約のうち役員等がその職務の執行に関し責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって生ずることのある損害を保険者が填補することを約するものであって、役員等を被保険者とするもの(430条の3第1項)です。これは、役員等として優秀な人材を確保することともに、役員等がその職務の執行に関し損害を賠償する責任を負うことを過度におそれることによって職務の執行が萎縮することがないように役員等に対して適切なインセンティブを付与するという意義があるものです。 そのような役員等賠償責任保険契約の締結の手続きを定めたのが430条の3です。 ü
役員等賠償責任保険契約の内容の決定 ・役員等賠償責任保険契約とは 役員等賠償責任保険契約とは、株式会社が保険者ととの間で締結する保険契約のうち役員等がその職務の執行に関して責任を負うことまたは当該責任の追及に係る請求を受けることによって生ずることのある損害を保険者が填補することを約するものであって、役員等を被保険者とするものから、当該保険契約を締結することにより被保険者である役員等の職務の執行の適正性が著しく損なわれるものがないものとして法務省令で定めるものを除いたものです。 ・役員等賠償責任保険契約の内容の決定に関する手続 役員等賠償責任保険契約には、役員等と会社との間で利益相反となるおそれがあり、また、補償契約の内容が役員等の職務の執行の適正性に影響を与えるおそれがあることなどから、役員等賠償責任保険契約の内容の決定は、利益相反の承認に準じたものとすると、役員等賠償責任保険契約が利益相反のおそれがあるとしても、それは承認済みということで認められることにります。したがって、役員等賠償責任保険契約の内容の決定は、利益相反取引の承認の場合と同様に株主総会(取締役会設置会社の場合は取締役会)ということになります。 決議する契約の内容としては、詳細な約款まで含めて決議の対象とする必要はなく、@保険会社、A被保険者、B保険料、C保健期間、D保険金の支払事由及び支払限度額、E保険金により填補される損害の範囲、F保険会社の主な免責事由、G主な特約条項等の主たる事項を決議することが考えられます。そして、これらの事項に変更があった場合や、その他重要な事項が生じた場合には改めて取締役会の決議が必要となります。なお、役員等賠償責任保険契約の更新に当たり、内容の変更がある場合はもちろん、内容の変更がない場合も、更新の都度、取締役会の決議が必要となります。 役員等賠償責任保険契約の被保険者となる取締役は、その内容を決定する取締役会決議において特別利害関係取締役に該当します。もっとも、取締役の全員が特別利害関係取締役に該当する場合は369条2項は適用されず、取締役全員がその議決に加わることができると解されています。 また、役員等賠償責任保険契約の締結に当たり、社外取締役が株主の立場で関与すべきか、という点で会社法にはとくに記載がありませんが、「法的論点に関する解釈指針」(経産省2015年7月24日)には社外取締役の関与はベストプラクティスと整理されています。そのため、契約締結の決議に際しては社外取締役に、とくに意見を求めるとか、事前同意を得るといった手続きが考えられます。 ※会社が保険料を負担した場合の税務上の取扱い 役員個人に対する給与課税が行われないようにするための要件として、@取締役会の承認及びA社外取締役が過半数の構成員である任意の委員会の同意又は社外取締役全員の同意の取得の手続(国税庁「新たな会社賠償責任保険の保険料の税務上の扱いについて(2016年2月24日)」)きが必要でした。それが、会社が、会社法430条の3の規定に基づき、株主代表訴訟担保部分の保険料を負担した場合には、当該負担は会社法上適法な負担と考えられることから、役員個人に対する経済的利益の供与はなく、役員個人に対する給与課税を行う必要はない(経産省「令和元年改正会社法施行後における会社役員賠償責任保険の保険料の税務上の扱いについて」)。社外取締役の関与は不要。 実務上は、430条の3の適用がないD&O保険の保険料を会社が負担した場合に、役員個人に給与課税をを生じさせないためには、従来通り、@取締役会の承認及び、A社外取締役が過半数の構成員である任意の委員会の同意又は社外取締役会全員の同意の取得が必要です。 ü
補償の範囲 ・規律の対象となる保険契約の範囲 規律の対象となるのは、保険者との間で締結する保険契約のうち、役員等が職務執行に関し責任を負うこと又は責任追及に係る請求を受けることによって生ずることのある損害を保険者が填補することを約する保険契約であって、役員等を被保険者とするもの(430条の3第1項)です。但し、当該保険契約を締結することにより被保険者である役員等の職務の執行の適正性が著しく損なわれるおそれがないものとして法務省令(会社法施行規則115条の2)で定めるものは除かれます。除かれるのは次のものです。 ・被保険者に保険者との間で保険契約を締結する株式会社を含む保険契約であって、当該株式会社がその業務に関連し第三者に生じた損害を賠償する責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって当該株式会社に生ずることのある損害を保険者が填補することを主たる目的として締結されるもの(生産物賠償責任保険、企業総合賠償責任保険、使用者賠償責任保険、個人情報漏洩保険等) ・役員等が第三者に生じた損害を賠償する責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって当該役員等に生ずることのある損害(役員等がその職務上の義務に違反し若しくは職務を怠ったことによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって当該役員等に生ずることのある損害を除く。)を保険者が填補することを目的として締結されるもの。(自動車損害賠償責任保険、任意の自動車保険、海外旅行保険等) ・役員等賠償責任保険の被保険者 @)会社の「役員等」 当該会社の「役員等(423条1項)」を被保険者とするD&O保険の内容について取締役会の決議が必要となります。これに対して、執行役員は「役員等」に該当しないため、執行役員のみを被保険者とするD&O保険の内容について取締役会の決議は不要です。もっとも、役員等を被保険者とする部分と、それ以外の者を被保険者とする部分がまとめて1つのD&O保険とされているのが通常であり、その場合には、一体としてD&O保険の内容について取締役会の決議が必要となります。 A)子会社の役員 子会社自身が子会社の役員を被保険者とするD&O保険を締結する場合には、親会社ではなく、子会社の取締役会においてその内容を決議する必要があります。また、親会社が親会社の役員と併せて子会社の役員も被保険者とするD&O保険を締結する場合には、保険金の支払限度額を共有することとなり、親会社の役員に係る子会社の役員に係る部分が密接不可分で一体のものであると評価されるため、親会社において、当該D&O保険の内容について取締役会の決議が必要となります。 ü
利益相反取引規制の適用除外 一般に考えれば、役員等のために締結される保険契約であって、取締役等を被保険者とするものは、株式会社の債務負担行為または株式会社の出損によって取締役に直接的に利益が生ずる取引として、356条1項3号の利益相反取引ということになります。そうであれば、取締役会設置会社ならば取締役会の承認および取引後における重要な事実の報告、それ以外の株式会社ならば株主総会の承認及び報告が必要となる(356条1項、365条、419条2項)とともに、その取引によって会社に損害が生じた場合において取引にかかわった取締役等の任務懈怠が推定される(423条3項)ことになります。 しかし、実際には、役員等賠償責任保険契約の内容の決定は株主総会(取締役会設置会社の場合は取締役会)の決議によらなければならないとなっているため、その上で、さらに利益相反取引の規制として株主総会(または取締役会)の承認を改めてとり直すまでの必要性は乏しいと考えられたため、また、利益相反取引の規制を適用すると、役員等賠償責任保険契約の締結またはそのことによって生ずる会社の損害の解釈によっては、423条1項の責任が取締役等に容易に認められてしまうことになると、役員等に対して適切なインセンティブを付与するという会社補償の意義には反することとなると考えられます。 そこで、役員等のために締結される保険契約であって、取締役等を被保険者とするものについては、利益相反取引規制の適用はないこととされました(430条の2第2項)。 なお、役員等賠償責任保険契約について利益相反取引を適用しないこととすると、民法108条の適用除外を定める356条2項の規定も適用されないこととなってしまいます。しかし、株主総会(取締役会)の決議によって、その内容が定められた補償契約の締結については、356条1項の承認を受けた取引と同様に取り扱うこととするのが相当であるということから、民法108条の規定は、補償契約の締結には適用しないこととされました(430条の2第3項)。 ü
開示 役員等賠償責任保険契約は、役員等の職務の執行の適正性に影響を与えるおそれがあり、また補償契約は利益相反性が相対的に高いものもあるため、その内容は株主にとって重要な情報です。 ・株主総会参考書類における開示事項(会社法施行規則74条1項6号) 役員等の選任議案の株主総会参考書類の記載事項として、候補者を被保険者とする役員等賠償責任保険契約を締結しているとき又は役員等賠償責任保険契約を締結する予定がある時は、その役員等賠償責任保険契約の内容の概要を記載しなければなりません。役員等賠償責任保険契約は、役員等の職務の執行の適正性に影響を与えるおそれがあり、また役員等賠償責任保険契約は利益相反性が相対的に高いものもあるため、その内容は株主が役員等の選任議案への賛否を検討するに当たり重要な情報と考えられるからです。参考書類に記載する「役員等賠償責任保険契約の内容の概要」は、株主が役員等賠償責任保険契約の内容のうち重要な点を理解するに当たり、必要な事項を記載することになります。 詳しい事例などはこちらで別に説明しています。 ・事業報告における開示事項(会社法施行規則119条2号の2、121条の2) 役員等賠償責任保険契約の内容は株主にとって重要な情報であるため、事業年度の末日において公開会社である株式会社では、役員等賠償責任保険契約に関する一定の事項を事業報告の内容に含めなければなりません。開示事項は次の通りです。 @)役員等賠償責任保険契約の被保険者の範囲 被保険者については範囲とされているから、個別の被保険者の氏名の開示までは求められておらず、被保険者の範囲を特定できる記載であれば足りるとされています。例えば「取締役〇名」といった抽象的な記載でも足りる。 被保険者には、保険契約者である株式会社の役員等でない者が含まれている場合における当該役員などではない者が含まれます。そのため、親会社が子会社の役員分を含めて役員等賠償責任保険契約を締結している場合、被保険者の範囲として、親会社の役員等ではなく、子会社の役員等についても開示する必要があります。その場合、親会社の事業報告において子会社の役員等についても開示すれば、子会社の事業報告で重ねて開示する必要はないとされています。 A)役員等賠償責任保険契約の内容の概要(役員等による保険料の負担割合、填補の対象となる保険事故の概要、および当該契約によって役員等の職務の適正性が損なわれないようにするための措置を講じているときは、その措置の内容を含む) 役員等賠償責任保険契約の内容の概要とされていることから、詳細な保険約款の内容のをすべて開示する必要はなく、保険事故の概要についても同様です。保険内容の概要の開示については、役員等賠償責任保険契約の内容の重要な点(特約がある場合には、主契約と特約を合わせた契約全体の重要な点)を理解するに当たり必要な事項を開示することが求められます。そして、保険料の負担割合については、形式的に会社が一括して保険料を支払っているが、被保険者である役員等の報酬の額から保険料を天引きして支払っている場合も開示対象となります。適正性確保措置の例としては、免責金額、縮小填補割合、会社自身が訴訟を提起する場合を免責事由とする等が考えられます。
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