新任担当者のための会社法実務講座
第428条 取締役が自己のため
にした取引に関する特則
 

 

Ø 取締役が自己のためにした取引に関する特則(428条)

@第356条第1項第2号(第419条第2項において準用する場合を含む。)の取引(自己のためにした取引に限る。)をした取締役又は執行役の第423条第1項の責任は、任務を怠ったことが当該取締役又は執行役の責めに帰することができない事由によるものであることをもって免れることができない。

A前3条の規定は、前項の責任については、適用しない。

 

ü 自己のために会社と直接取引をした取締役等の責任の構造

428条1項は、取締役が、自己のために会社と取引(356条1項2号の直接取引)を行った場合の、423条1項の任務懈怠に基づく損害賠償責任に関する特則です。つまり、会社との直接取引を自己のために行った取締役は。任務を怠ったことがその取締役の責めに帰することができない事由によるものであることをもって、423条1項の損害賠償を免れることはできないとしています。

取締役の任務懈怠責任は、会社に対する債務不履行責任(民法415条)の特殊な事項であることはいうまでもありません。そもそも、債務不履行に基づく損害賠償請求権の発生の要件は、@債務者が債務の本旨に従った履行をしないこと、A債務不履行については、債務者の責めに帰することができる事由(帰責事由)があること、B債務不履行によって債権者が損害を受けたこと(因果関係、損害額)であり、通常@とBは債権者側が、Aはその事由がないことを債務者側が立証することになります。これは取締役の任務懈怠による損害賠償請求でも同じです。取締役と会社との間の利益相反取引によって会社に損害が生じた場合、その利益相反取引に関与した取締役には、任務を怠ったことが推定される(423条3項)ことになります。取締役が、会社法の定める手続に従って利益相反行為に関与した場合、任務懈怠責任を追及しようとする会社側は、本来的には@の要件を証明するために取締役に善管注意義務違反の事実があることを立証しなければならず、それは容易なものではなかったといえます。だから、423条3項に規定による任務懈怠の推定は、会社側の立証責任の軽減の点で意味がある規定です。

利益相反取引によって会社に損害が生じた場合でも、利益相反取引に関与し任務懈怠が推定される取締役は、@またはAの要件となる事実が存在しないことを証明できなけれ、会社に対する損害賠償責任を免れることができなくなります。しかも、自己のために会社と直接取引を行った取締役は、任務を怠ったことが自己の責めに帰することができない事由であること、つまりAの不存在を持って責任を逃れることができない(428条1項)ことになります。その場合、取締役は任務懈怠がないことを立証しなければならないということ(法律構成)になっています。このことは、自己のために直接会社と取引をおこなった取締役の賠償責任は実質的には無過失責任に近いものになると思います。

なお、法令で無過失責任であることが明記されているものとしては、株主の権利に対する利益供与に関与した取締役の支払義務(120条4項)や分配可能額を超えた剰余金の配当等に関与した業務執行者の支払義務(462条)などがあります。

ü 自己のためにした取引の意味

取締役による会社との直接取引は、自己または第三者のために行うときに、会社法上の利益相反取引に該当します(356条1項、419条)。428条は、このうち取締役が、自己のために会社と取引した場合に適用されます。この「自己のために」の意味を「自己の名において」とするか「自己の計算でする」とするか、受取り方が分かれます。そこで、この自己のためにした取引というのを細かく分けると、@自己の名において自己の計算でする取引、A第三者の名において自己の計算でする取引、B自己の名において第三者の計算でする取引の3つの態様に分けられると思います。これらのうち@の場合は当然適用の対象となりますが、その他の場合、について、「自己のために」を「自己の名において」とした場合にはAは対象外に、あるいは「自己のために」を「自己の計算でする」とした場合にはBは対象外になってしまいます。実際のところAは、例えば、P会社の取締役Aが、Q会社のすべての株式を保有している場合に、AがQ会社を代表して(第三者、つまりQ会社の名で)P会社と取引するような場合です。この場合のAは損害賠償責任を負うのが、428条の趣旨であると考えられます。

ü 第2項の意味

423条1項の役員の損害賠償責任は、その役員が職務を行うにあたって善意でかつ重大な過失がない場合には、報酬額等を基準にして算出される最低限度額まで、株主総会の特別決議(425条)、定款の定めに基づく取締役会決議(426条)、または責任限定契約(427条)によって免除できることになっています。428条2項は、会社との直接取引を自己のために行った取締役の任務懈怠責任については、その取締役が善意かつ重大な過失がない場合であっても、最低責任限度額までの責任軽減を認めないという内容です。それは、会社との取引によって自己に利益が帰属した取締役の会社に対する損害賠償責任を、緩和された要件で経験する理由がないからです。

したがって、会社との直接取引を自己のために行った取締役の任務懈怠責任は、総株主の同意がなければ、賠償額の一部についても、免除することはできません。

 

 

関連条文

役員等の株式会社に対する損害賠償責任(423条) 

株式会社に対する損害賠償免除(424条) 

責任の一部免除(425条) 

取締役等による免除に関する定款の定め(426条) 

責任限定契約(427条) 

役員等の第三者に対する損害賠償責任(429条) 

役員等の連帯責任(430条)  

補償契約(430条の2) 

役員等のために締結される保険契約(430条の3)

 

 
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