新任担当者のための会社法実務講座 第425条 責任の一部免除 |
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責任の一部免除(425条) @前条の規定にかかわらず、第423条第1項の責任は、当該役員等が職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がないときは、賠償の責任を負う額から次に掲げる額の合計額(第427条第1項において「最低責任限度額」という。)を控除して得た額を限度として、株主総会(株式会社に最終完全親会社等(第847条の3第1項に規定する最終完全親会社等をいう。以下この節において同じ。)がある場合において、当該責任が特定責任(第847条の3第4項に規定する特定責任をいう。以下この節において同じ。)であるときにあっては、当該株式会社及び当該最終完全親会社等の株主総会。以下この条において同じ。)の決議によって免除することができる。 一 当該役員等がその在職中に株式会社から職務執行の対価として受け、又は受けるべき財産上の利益の1年間当たりの額に相当する額として法務省令で定める方法により算定される額に、次のイからハまでに掲げる役員等の区分に応じ、当該イからハまでに定める数を乗じて得た額 イ 代表取締役又は代表執行役 六 ロ 代表取締役以外の取締役(業務執行取締役であるものに限る。)又は代表執行役以外の執行役 四 ハ 取締役(イ及びロに掲げるものを除く。)、会計参与、監査役又は会計監査人 二 二 当該役員等が当該株式会社の新株予約権を引き受けた場合(第238条第3項各号に掲げる場合に限る。)における当該新株予約権に関する財産上の利益に相当する額として法務省令で定める方法により算定される額 A前項の場合には、取締役(株式会社に最終完全親会社等がある場合において、同項の規定により免除しようとする責任が特定責任であるときにあっては、当該株式会社及び当該最終完全親会社等の取締役)は、同項の株主総会において次に掲げる事項を開示しなければならない。 一 責任の原因となった事実及び賠償の責任を負う額 二 前項の規定により免除することができる額の限度及びその算定の根拠 三 責任を免除すべき理由及び免除額 B監査役設置会社、監査等委員会設置会社又は指名委員会等設置会社においては、取締役(これらの会社に最終完全親会社等がある場合において、第1項の規定により免除しようとする責任が特定責任であるときにあっては、当該会社及び当該最終完全親会社等の取締役)は、第423条第1項の責任の免除(取締役(監査等委員又は監査委員であるものを除く。)及び執行役の責任の免除に限る。)に関する議案を株主総会に提出するには、次の各号に掲げる株式会社の区分に応じ、当該各号に定める者の同意を得なければならない。 一 監査役設置会社 監査役(監査役が2人以上ある場合にあっては、各監査役) 二 監査等委員会設置会社 各監査等委員 三 指名委員会等設置会社 各監査委員 C第1項の決議があった場合において、株式会社が当該決議後に同項の役員等に対し退職慰労金その他の法務省令で定める財産上の利益を与えるときは、株主総会の承認を受けなければならない。当該役員等が同項第2号の新株予約権を当該決議後に行使し、又は譲渡するときも同様とする。 D第1項の決議があった場合において、当該役員等が前項の新株予約権を表示する新株予約権証券を所持するときは、当該役員等は、遅滞なく、当該新株予約権証券を株式会社に対し預託しなければならない。この場合において、当該役員等は、同項の譲渡について同項の承認を受けた後でなければ、当該新株予約権証券の返還を求めることができない。 ü
責任の一部免除 取締役の会社に対する任務懈怠の責任は、取締役が職務を行う際に善意・無過失であったときは賠償額の一部を免除することができます(426条、427条、428条)。この制度は、平成13年の改正により、取締役が軽微な過失により巨額の損害賠償責任を負担することをおそれ業務執行が萎縮することを防止し、かつ社外取締役の人材の確保を容易にする目的で導入されました。株主全員の同意による責任免除は、現実的には株主数の少ない株式会社のみが実現可能であるから、株主数の多い株式会社において、役員等による会社経営が萎縮しないように、現実に機能し得る責任軽減制度として設けられました。株主総会決議による責任の一部免除が期待通りの機能を発揮するためには、事後の責任免除によって会社経営の萎縮を防止できなければなりませんが、役員等の軽過失による任務懈怠によって会社に損害が発生した場合に、役員等からみて、現在の取締役または株主がイニシアチブをとって株主総会決議による責任の一部免除の決議を成立させてくれるという保証はありません。取締役が会社経営に当たる際に、将来、会社が責任の一部免除を行うことを保証するのでなければ、責任の一部免除は制度は取締役に積極的な会社経営のインセンティブを与えることができないという考え方もあります。 責任の一部免除の対範囲は、総株主の同意による責任免除の場合とは異なり、423条1項の取締役の会社に対する損害賠償責任に限定されています。従って総株主の同意による責任免除の対象となっていた違法な利益供与の弁証義務(120条4項)、分配可能額を超えて剰余金分配したときの弁証債務のうち分配可能額相当分(462条1項、3項)、分配可能額を超えて自己株式買取に応じた場合の責任(464条1項)、期末の欠損填補責任(465条1項)については適用されません。 ü
責任の一部免除の要件(責任軽減事由) 役員等は、職務を行うについて善意かつ無重過失のときにのみ責任の一部免除を受けることができます。職務を行うについての悪意・重過失とは、会社に対する任務懈怠により会社に損害を及ぼすことを知っていたか、そのことについて著しく注意を欠いていた状態を意味します。悪意または重過失の場合に責任の一部免除を認めないのは、そうしても役員等による経営が萎縮するおそれがないとからだと説明されています。 役員等が善意・重過失であったことは責任の一部解除の実体要件であることから、役員等に悪意または重過失があったときは株主総会決議をしても責任の一部免除の効果は発生しないことになります。 ü
株主総会決議による事後の軽減の最低限度額(425条) 取締役の会社に対する損害賠償責任(423条1項)については、(@)職務を行うにつき善意かつ重大な過失がないとき、(A)株主総会の特別決議(309条2項8号)によるとき、2つの要件を満たすことにより、賠償責任額から次のα〜γの合計額(最低責任限度額)を控除して得た額を限度として、その取締役の責任を免除できる。つまり、最低限度額以上の額であればその額に責任を制限できることになります(425条1項)。 α.決議の日を含む事業年度以前の各事業年度に、その取締役が会社から業務執行の対価として受け、または受けるべき財産上の利益の事業年度ごとの合計額のうちもっとも高い額に、代表取締役なら「6」、業務執行取締役なら「4」、それら以外の取締役なら「2」を乗じた額。つまり、計算式に入る数値のうち、財産上の利益の事業年度ごとの合計額については、責任の問われる行為がなされた時点に関わりなく在職中の最高額がとられますが、それを何倍するかについは、責任を問われる行為がなされた時点において当人が代表取締役であったか、業務執行取締役であったか、それら以外の取締役であったかが考慮されるわけです。 β.その取締役が会社から受けた退職慰労金の額、使用人兼務取締役であった場合の使用人としての退職手当中の取締役在任期間の職務執行の対価である部分、およびこれらの性質を有する財産上の利益の額の合計額と、その合計額をその職にあった年数で除した額に代表取締役なら「6」、業務執行取締役なら「4」、それら以外の取締役なら「2」を乗じた額とのいずれか低い額。 使用人を兼務する役員の使用人としての報酬や使用人としての退職手当が含まれます。これは、役員が懈怠した任務との関係から最低責任限度額の算定に含められたというよりも、役員の報酬・退職慰労金を少なくし使用人としての報酬・退職手当を多くすることによる制度の脱法を防止するためと考えられています。事業年度ごとに得た報酬の最高額を基準とするのに、理論的な根拠があるわけではなく、そうすることが最低責任限度額の操作を困難にする簡便な方法であるからです。 γ.その取締役が有利発行を受けた新株予約権を取締役就任後に行使したときは、行使時における株式の時価から一株当たりの新株予約権の払込金額及び権利行使額の合計額を控除し、その額に行使により交付を受けた株式数を乗じて得た額。 これは募集新株予約権の払い込みを要しないことが引受人にとくに有利な条件てあるか、払込金額が引受人にときに有利な場合に限って適用されます。会社が業績連動報酬として新株予約権(ストックオプション)を取締役に付与するとき、過去の市場の株式情報から新株予約権の公正価値を算出できるので、職務執行の対価にふさわしい数の新株予約権を無所で割り当てるのが普通です。そのようなときは、引受人にとってとくに有利な条件による募集に該当しないので、γ.の条件に該当せず、α.の財産上の利益に含まれることになります。 ※最低責任限度額を分かり易く概括すると次のようになります。(概括なので、正確ではありません) ・代表取締役
年収6年分+保有ストックオプション評価額 ・代表取締役以外の取締役 年収4年分+ストックオプション評価額 ・社外取締役
年収2年分+保有ストックオプション評価額 役員の報酬を基準として最低責任限度額を定めたのは、役員等の責任額が報酬と不釣合いに大きくなると会社経営を過度に萎縮させるからです。最低責任限度額を代表取締役、取締役、社外取締役等により三段階に分けたのは、それぞれの役員等が会社の経営に関わる度合いが異なるので、その責任の程度にも濃淡があることを考慮したためだと言われています。 ü
株主総会決議における条件(425条2項、3項) ・取締役会の決議など 会社が役員等の責任の一部免除の提案を株主総会に提出する場合、それは重要な業務執行にあたるので、取締役会決議による承認が必要になります。責任の一部免除の対象となる役員等は、その決議の特別利害関係人に該当するので、決議に加わることはできません(309条2項)。 最低責任限度額は取締役によって異なるので、責任免除議案は対象となる各取締役について作成されます。これに加えて、代表取締役としての業務執行行為について責任を問われる者もいれば、取締役としての監視義務違反を問われる者もいるので、責任原因事実は各取締役によって異なることになります。そうだとすると、対象となる取締役を順次退席させて、責任免除議案の内容を取締役会で決定できることになります。 ・監査役等の同意 会社が取締役の責任の一部免除に関する議案を株主総会に提出する場合、監査役設置会社の場合には、監査役全員の同意を得なければなりません(425条3項)。 責任の一部免除議案の提出は、取締役が仲間内で責任を免除しあうという馴れ合い(お手盛り)の危険があるため、中立の立場から監査役に慎重な判断を求めるように規定されています。監査役は同意をあたえるかどうかを自らの善管注意義務に照らして判断することを要し、その判断を誤った場合には任務懈怠責任を問われる可能性があります。なお、この場合の同意は何を基準として同意するか否か、つまり、監査役、監査等委員、監査委員の善管注意義務の基準となることですが、責任免除が大局的に見て会社(株主)の利益に合致するか否かを基準とすることになると考えられます。 監査役の責任の一部免除に関する議案を会社が株主総会に提出する場合は、監査役の同意を要しません。その理由は、同意を要求しても独立の判断を期待できず、取締役と監査役との間には馴れ合いの危険がないからです。 ・株主総会における開示と決議 株主総会で取締役の責任の一部免除の承認決議の際には、取締役は、責任免除の対象である各取締役について、責任の原因となった事実及び賠償責任額、責任を免除することができる額の限度及びその算定の根拠、責任を免除すべき理由及び免除額を開示しなければなりません(425条2項)。役員等の会社に対する責任を一部免除する根拠が、会社(=株主)の意思に求められる以上、具体的な免除提案について十分な情報を得た上で、責任の一部免除が会社の利益になるかどうかを株主が判断できるように確保しなければならないからです。実際には、この開示は株主総会参考書類にも記載されることになります(会社法施行規則73条1項2号)。 責任の一部免除決議は、総議決権の過半数を有する株主が出席し、その議決権の3分の2以上にあたる多数ををもってする特別決議によらなければなりません。 ü
責任免除後の退職慰労金等(425条4項、5項) 責任免除に関する株主総会決議があった後に、会社が、免除を受けた取締役に対して退職慰労金、使用人としての退職手当またはされらの性質を有する財産上の利益を与えるときは、他の取締役に支給する退職慰労金等との総額を示すのでは足りず、当該取締役に支給する額を明らかにして株主総会の承認を得なければなりません(425条4項)。責任免除後に、当該取締役が上記γの新株予約権を行使・譲渡するときにも、同様に株主総会の承認が必要となります(425条5項)。 ü
運用上の問題点 ・決議の時期 株主代表訴訟の提起が想定される責任原因事実が発生した場合に、役員等の責任を一部免除する株主総会決議や取締役会決議など(426条)は、いつ行うことができるのか。また、いつ行うのが効果的なのか。 まず第一に、事後の責任原因事実が発生し、それによって会社に生じた損害の額が明らかになっていれば行なうことができます。したがって、将来、提起されるであろう株主代表訴訟に備えて、あらかじめ責任の一部免除決議をしておくこともできます。この段階で一部免除決議をしても会社も役員等も責任を認めことにはなりませんが、責任原因事実およびそれと因果関係のある事実を公表することになり、株主代表訴訟においてそれらが被告に不利に働く可能性はあります。 第二に、1審判決により役員等の責任が認定され、それが控訴審で争われている段階で決議を行う場合には、1審判決で責任原因事実やそれと因果関係のある損害がある程度明らかにされています。この段階で、責任の一部免除決議を行うことは会社が役員等の責任を認めることにはならないが、裁判に悪影響を及ぼすので現実には決議できないという指摘もあります。訴訟係属中に責任の一部免除決議がなされ、役員等がそれに基づいて責任減額の主張をしている場合には、裁判所が役員等の責任を肯定するに際して、その過失が重過失か軽過失かを明かにした上で賠償責任を明らかにした上で賠償責任を認定する必要が生じます。 第三に、役員等の責任を肯定する判決が確定するのを待って責任の一部免除を決議することが、もっとも自然であると考えられます。しかし、裁判所は役員等の責任を明らかにするだけだから、その過失が重過失であるか軽過失であるかを認定しないのが普通です。このため、原告株主側が、取締役に重過失があったから免除決議は無効であるとして判決額の強制執行を求め、紛争を継続するおそれがあります。 このように、役員等の責任の一部免除は、代表訴訟で責任を肯定する1審判決が下されてから、控訴審判決が下されるまでの期間に決議することが、紛争の一挙解決という観点から望ましいと考えられます。 ・責任の一部免除決議が利用されない理由 株主総会決議による役員等の責任の一部免除決議は、実務では利用されていないのが実情です。その理由として、@代表訴訟継続中に責任の一部免除決議を行っても、訴訟を阻止することはてせきず、かえって被告に不利に働くかのうせいのあること、A株主代表訴訟の判決後に責任の一部免除の決議を行っても、役員等の重過失の有無について紛争を蒸し返すおそれがあることのほか、B役員等の責任を免除することのできない最低責任限度額は、現実の判決や和解で出ている金額と比較して高額となることから、責任の一部免除の決議を行ってもその効果があまり期待できないこと、などが指摘されています。さらに、すでに代表訴訟が提起されているか判決が下されている案件について、株主総会において株主の賛成を得られるのか疑問があること、仮に株主の賛成が得られたとしても、今度は議案を提出した役員の任務懈怠責任が株主代表訴訟により追及される可能性があることも、実務で用いられない理由にあげることができます。
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