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第174条〜177条 相続人等に対する売渡しの請求に関する条文 |
Ø 相続人等に対する売渡しの請求に関する定款の定め(174条) 株式会社は、相続その他の一般承継により当該株式会社の株式(譲渡制限株式に限る。)を取得した者に対し、当該株式を当該株式会社に売り渡すことを請求することができる旨を定款で定めることができる。 株式会社は、相続その他の一般承継により譲渡制限株式を取得した者に対して、その株式を会社に売り渡すことを請求することができる旨を定款で定めることができます(174条)。一般承継による株式の移転は、譲渡制限制度による会社の承認の対象になりますが、他の株主にとって好ましくない一般承継人を会社から排除を認めているのが、この制度です。 会社法では、相続その他の一般承継による株式の移転について、会社の承認を要するするのではなく、いったん、相続人等に株式が移転することを前提とした上で、会社から売渡請求をすることができる制度を設けることによって、会社にとって好ましくない株主の排除を実質的に可能としました。 会社が、相続人等に対する売渡請求を行うためには、次の要件を充たす必要があります。 ü
相続その他の一般承継による株式取得があったこと この制度の利用が想定されるのは、典型的には、同族会社で相続が発生し、新たな株主が登場する場合です。しかし、条文としてこれに限られるわけではなく、その他一般承継による株式の取得の場合についても適用の対象となります。合弁会社において、株主の一方が他の会社に吸収合併されるような場合などが考えられます。もっとも、合併においても株主が存続会社となる場合には、この制度の適用範囲外であるし、また、公開買付け等により株主の支配権に変動が生ずる場合についても適用されません。このような場合に、総合的に対処するためには、株主間契約によるほかはないと考えられます。 ü
一般承継が譲渡制限株式について生じていること 相続人等の一般承継人から合意に基づいて株式を取得する場合についての特則は、株式会社が公開会社でないことを要件としています(162条1号)。したがって、その会社が発行するすべての種類の株式が譲渡制限株式である必要があります。これに対して、この制度では、公開会社の発行する譲渡制限株式についても適用されます。拒否権付株式など、経営への発言権が強いタイプの株式で、この制度を利用することも考えられます。他方で、同族会社などで、被支配株主の有する株式にのみ譲渡制限を付し、かつ、相続等による売渡請求の対象とすることも、支配株主の相続人が会社から排除されることを防止するという観点からは考えられるものです。 ü
定款の定めがあること 定款を変更して、相続等によって株式を取得した者に対する売渡請求に関する規定を新たに設ける場合には、定款変更の一般のルールに従い、特別決議を必要とします(309条2項)。 ü
取得際限の規制 相続人に対する売渡請求による自己株式取得についても、取得財源の規制があります(461条1項5号)。売渡請求にもとづく自己株式の取得に関して、売渡株主に対して支払う買取価格が買取の効力発生日の分配可能額を超えている場合および買取りをした事業年度末に分配可能額がマイナスとなった場合、自己株式の譲渡人、その取得行為を行った会社の業務執行者、株主総会・取締役会の議案提案者は、会社に対し連帯して、自己株式の譲渡人が交付を受けた金銭等の帳簿価額に相当する金銭の支払義務を負います(462条1項)。
Ø 売渡しの請求の決定(175条) @株式会社は、前条の規定による定款の定めがある場合において、次条第1項の規定による請求をしようとするときは、その都度、株主総会の決議によって、次に掲げる事項を定めなければならない。 一 次条第1項の規定による請求をする株式の数(種類株式発行会社にあっては、株式の種類及び種類ごとの数) 二 前号の株式を有する者の氏名又は名称 A前項第2号の者は、同項の株主総会において議決権を行使することができない。ただし、同号の者以外の株主の全部が当該株主総会において議決権を行使することができない場合は、この限りでない。 174条の定款規定に基づき相続などによって株式を取得した者に対して、会社が株式の売渡請求を行うときは、株主総会において、売渡請求する株式の数(175条1項1号)およびその株式を有する株主の氏名または名称(175条1項2号)を決議しなければなりません(175条1項)。この決議は、特別決議となれます(309条2項3号)。 この174条以下の売渡請求の制度は、会社にとって好ましくない株主を排除するための制度と見ることができ、株主総会決議の判断は、譲渡制限株式の譲渡承認の判断とよく似ています。譲渡制限株式の譲渡承認の場合は、承認するか否かについては、原則として、取締役会非設置会社では、株主総会の普通決議によって決定され、鳥島役会設置会社では取締役会決議によって決定されます(139条1項)。譲渡を承認しない場合に、株主等による株式の買取請求を受けて会社が不承認とされた株式を買い取る場合には、別途、株主総会の特別決議を必要とします(140条2項、300条2項1号)。そこで、譲渡制限株式の譲渡承認の場合、会社法は、新たに株主になろうとする者が会社にとって好ましい者であるかについては、取締役会設置会社では取締役会が、取締役会非設置会社では株主総会が判断し、譲渡を承認しない場合の自己株式の取得については株主総会があらためて承認することになります。 これに対して、相続人等に対する売渡請求の場合は、新株主が会社にとって好ましい者であるかを判断するのと、自己株式取得の可否を判断する、両方を株主総会の決議によってなされます。これは、譲渡制限株式の譲渡承認の場合には、会社以外の者を指定受取人とすることがあり得るのに対して、売渡請求の場合には必ず自己株式取得が生じるので、新たに株主になろうとする者が会社にとって好ましい者であるかの判断と自己株式取得の判断を同一の機関で一緒に行うのと、譲渡制限株式の譲渡承認の場合の不承認の通知は2週間以内にしなければならないという時間制限がありません。 ü
株主総会において決議すべき事項 ・売渡請求をする株式の数(種類株式発行会社にあっては、株式の種類及び数) 175条1項1号の条文は、相続等によって取得された株式のすべてについて会社が売渡請求をする必要はないことを前提としています。相続人等に対する売渡請求による自己株式取得も、財源規制の下に置かれているため、相続等による承継株式のすべてを会社が買い取ることが可能であるとは限らないことからすれば、このような規制はやむを得ないと考えられています。 ・売渡請求の対象である株式を有する者の氏名または名称 複数の法定相続人が存在する場合、遺産分割がなされるまでは、相続株式は法定相続人の共有に属することから、全法定相続人を売買請求の対象として株主総会決議をしておく必要があります。なお、包括遺贈がなされた場合については、会社が株式の承継者を知ることができないことがあり得ます。この場合、会社は会社法に則った手続きを進めることができない可能性があります。これについては、相続等の際の株式の売渡請求の制度が、あくまで例外的な制度であるとして、会社が手続きを進めることができなくてもやむを得ない(東京高裁判決平成19年8月16日)、あるいは例外的に余地を認める(東京地裁判決平成18年12月19日)があります。 ü
売渡請求の相手方である株主の議決権排除 175条1項の決議については、売渡請求の相手方である株主は議決権を行使することはできません(175条2項)。同じような規制は、譲渡制限株式について譲渡承認請求があった場合に会社を買受人とする場合に行う株主総会決議や、特定の株主との合意による自己株式の取得の場合に行う株主総会決議についても定められています。譲渡制限株式についての二つの決議については、閉鎖型の会社では、投下資本の回収が一般に困難であるところ、大株主が自己の議決権を利用してこれをなし得るとすれば、株主平等の原則に実質的に反する結果を招来しかねないということなどから正当化されると考えられてきました。 この根拠は、相続人等に対する売渡請求の場合にもある程度妥当すると考えられます。会社側から一方的に相続人等の株主を締め出すこの制度の状況は、すでに株主からの離脱に合意している譲渡承認請求や合意による自己株式取得の状況とは相当に異なるように見えますが、この制度を利用して大株主である相続人等が株主を出し抜いて投下資本の回収を図る可能性は否定できないからです。 ・議決権排除の問題点 このような規制を採用する結果、従来の支配株主の相続人が、相続を契機に会社から排除されたり、持株割合を減少されたりすることが起こり得ます。この点、会社の指定する買受人が相続人に対して株式を売り渡すべき旨を請求することができるという制度の提案趣旨は、株主・社員の構成にかかわる問題は、相続人ね加わった株主・社員が自ら決定するのが適当であるということにありました。会社法は、このような立場をとらず、相続人以外の株主のみで相続人である株主を排除することを可能にしていることは明らかです。 ・議決権を排除される株主に対する招集通知 175条の定める議決権排除は、議決権を排除される株主も、総会招集の通知を受け、意見を述べる等の権利を有しています。
Ø 売渡しの請求(176条) @株式会社は、前条第1項各号に掲げる事項を定めたときは、同項第2号の者に対し、同項第1号の株式を当該株式会社に売り渡すことを請求することができる。ただし、当該株式会社が相続その他の一般承継があったことを知った日から1年を経過したときは、この限りでない。 A前項の規定による請求は、その請求に係る株式の数(種類株式発行会社にあっては、株式の種類及び種類ごとの数)を明らかにしてしなければならない。 B株式会社は、いつでも、第1項の規定による請求を撤回することができる。
相続人等に対する売り渡しに関する株主総会決議がなされたときに、会社は相続人等に対して、決議した株式の売渡氏を請求することができます(176条1項)。この請求は、株式の売渡しに関する会社の意思を相続人等にたいしてはじめて明確にする点で意義をもち、また請求がなされた日が裁判所に対する価格決定の申立期間の起算点になります(177条2項)。 会社による株式売渡しの請求は、形成権の行使として捉えられ、これにより売買契約が成立するというものです。 ü
請求をなし得る時間 この制度による売渡請求は、会社が相続その他の一般承継があったことを知った日から1年以内に行わなければなりません(176条1項但書)。この1年以内という期間については、相続等が発生してからある程度の期間が経過すれば、相続人等と会社との間に安定的な関係が新たに形成されると考えられるからです。なお、相続人等に対する売渡請求の制度が、一方的に、相続人等の株主としての地位を奪うものであることから、長期間にわたり相続人等を不安定な地位に置くべきでないという考慮も働いている(東京高裁判決平成19年8月16日)ためです。 176条1項但書の「相続その他の一般承継があったことを知った日」とは、相続に関しては、相続の発生そのもの(被相続人の死亡)を知った日ということになります。公開会社の場合、株主名簿の名義書換請求によってはじめて、これを知ることになりますが、相続人等に対する株式の売渡請求の制度が典型的に想定する閉鎖型の会社の場合には、名義書換請求を待たずに会社が知りうる場合が少なくないと思われます。 なお、会社が相続の発生を知ったとしても、遺産分割によって株式の貴族が確定するまでは、誰が最終的に株主となるかについて明らかでなく、新たに株主となる者が会社にとって好ましいかが判断できないということはあり得ます。そのような場合であっても法律関係の早期安定化という趣旨から、遺産分割が確定した日を相続の発生日とすることはできません。 ü
請求の撤回 会社は、いつでも売渡請求を撤回することができます(176条3項)。ただし、相続人等に対する売渡請求は株主総会の決議による決定事項であるので、取締役や取締役会かぎりの判断で行うことができる場合は限定されると考えられます。例えば、自己株式の取得によって取締役の責任が生ずる可能性が高いような場合(462条、465条1項7号)などに限られると考えられます。
Ø 売買価格の決定(177条) @前条第1項の規定による請求があった場合には、第175条第1項第1号の株式の売買価格は、株式会社と同項第2号の者との協議によって定める。 A株式会社又は第175条第1項第2号の者は、前条第1項の規定による請求があった日から20日以内に、裁判所に対し、売買価格の決定の申立てをすることができる。 B裁判所は、前項の決定をするには、前条第一項の規定による請求の時における株式会社の資産状態その他一切の事情を考慮しなければならない。 C第一項の規定にかかわらず、第2項の期間内に同項の申立てがあったときは、当該申立てにより裁判所が定めた額をもって第175条第1項第1号の株式の売買価格とする。 D第2項の期間内に同項の申立てがないとき(当該期間内に第1項の協議が調った場合を除く。)は、前条第1項の規定による請求は、その効力を失う。
売渡請求がされた株式の売買価格について、会社と相続人等の協議によって定める(177条1項)か、あるいは、裁判所の決定によるべき(177条2項)ということを177条で規定しています。譲渡制限株式については会社は譲渡を承認せず、会社ないし指定買取人が株式を買い取る旨の通知がなされた場合についても、同様の規定があります(144条)。文言上、裁判所への価格決定の申立てに先立って協議を行うことは要求されておらず、会社および売渡しの請求を受けた相続人等は協議を経ずに価格決定の申立てをすることができます。会社と相続人等との間で株式の売買契約が成立するものと考えられます。売渡しの請求の日から20日以内に協議が調わず、かつ、裁判所に対する売買価格の決定の申立てがされていないときは、売渡しの請求は効力を失います(177条5項)。 ü
申立てをすることができる者 会社および売渡請求を受けた相続人などです。つまり、株式の売渡請求をした者とされた者です。相続人等が会社にとって好ましい者であるかについての株主総会の判断に取締役は拘束され、売買価格の協議が不調であるときには、原則として取締役は裁判所に対する価格決定の申立てを行う義務を会社に対して負っていると考えられます。 ü
資産状態その他一切の事情の考慮 裁判所は、株式の売買価格の決定に際して、株式会社の資産状態その他一切の事情を考慮しなければなりません(177条3項)。144条の場合と異なり、会社からの一方的な売渡しの請求によって、株主の地位を奪う制度であることから、売渡請求によって支配権の移動が伴う場合には、いわゆる支配権プレミアムに相当する部分についても積極的に判断の要素に取り入れるべきで、とりわけ、相続等によって取得した株式の一部分のみの売渡請求も認められると考えられますが、売渡請求によって相続人等が支配権を失い、少数派株主に追いやられる場合については、濫用的な売渡請求から相続人等を保護するため、このように考える必要性が高いと考えられます。
第1款.総則(155条) 第2款.株主との合意による取得(156条〜165条) 第1目.取得請求権付株式の取得の請求 第2目.取得条項付株式の取得 第4款.全部取得条項付種類株式の取得 全部取得条項付種類株式の取得対価に関する書面等の備置き及び閲覧等(171条の2) 全部取得条項付種類株式の取得をやめることの請求(171条の3) 全部取得条項付種類株式の取得に関する書面等の備置き及び閲覧等(173条の2) 第5款.相続人等に対する売渡しの請求(174条〜177条) 相続人等に対する売渡しの請求に関する定款の定め(174条) 売渡しの請求の決定(175条) 売渡しの請求(176条) 売買価格の決定(177条) 第6款.株式の消却(178条) |