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第160条 特定の株主からの取得
 

 

Ø 特定の株主からの取得(160条)

@株式会社は、第156条第1項各号に掲げる事項の決定に併せて、同項の株主総会の決議によって、第158条第1項の規定による通知を特定の株主に対して行う旨を定めることができる。

A株式会社は、前項の規定による決定をしようとするときは、法務省令で定める時までに、株主(種類株式発行会社にあっては、取得する株式の種類の種類株主)に対し、次項の規定による請求をすることができる旨を通知しなければならない。

B前項の株主は、第1項の特定の株主に自己をも加えたものを同項の株主総会の議案とすることを、法務省令で定める時までに、請求することができる。

C第1項の特定の株主は、第156条第1項の株主総会において議決権を行使することができない。ただし、第1項の特定の株主以外の株主の全部が当該株主総会において議決権を行使することができない場合は、この限りでない。

D第1項の特定の株主を定めた場合における第158条第1項の規定の適用については、同項中「株主(種類株式発行会社にあっては、取得する株式の種類の種類株主)」とあるのは、「第160条第1項の特定の株主」とする。

 

ü 特定の株主からの自己株式取得の手続の原則

特定の株主からの自己株式の取得は、158条1項の通知をすべての株主ではなく特定の株主に対して行う制度として整理され、その旨を自己株式取得の授権決議の際に決議するものとされています(160条1項)。他の株主は、原則として、そのような特定の株主に自己をも加えたものをその決議の議案とすることを請求することができます。そのような権利を行使した株主も含めた特定の株主の全員に158条の通知が行われます(160条3項、5項)。そのような特定の株主によって株式の譲渡しの申込みが行われ(159条)、株式の譲渡しの申込みの全部または一部について会社による承諾が擬制され(159条2項)、株式譲渡契約が成立します。

・特定の株主に対して通知を行う旨の決議

自己株式取得の授権決議の際に、160条1項の特定の株主に対して158条1項の通知を行う旨を定める場合は、その株主総会決議は特別決議によらなければなりません(309条2項2号)。その際に、具体的には、そのような特定の氏名ないし名称が決議されます。160条4項により、その決議においては、160条1項の特定の株主は、議決権を行使することができない。このような特定の株主の議決権排除は、決議の公正を確保するために定められています。

第〇号議案 自己株式取得の件

経営環境の変化に応じた機動的な資本政策の遂行を可能とするため、会社法156条第1項および同法第160条第1項の規定に基づき、本株主総会終結の時から1年以内に、当社普通株式〇,〇〇〇株、取得価額の総額〇,〇〇〇円を限度として金銭の交付をもって、同法第158条第1項の規定による通知を行う〇〇氏から取得することにつき、ご承認をお願いするものであります。

なお、会社法160条第3項の規定に基づき、本株主総会日の5日前までに、取得する株主に自己を加えたものを提案することを請求することができます。

実務では、株主に対して通知(160条2項)は、上記の例のように株主総会参考書類に記載するのが一般的です。また、他の株主による議案の変更請求(160条3項)の請求権が生じない場合にはその旨を記載することが考えられます。例えば、「自己の株式の取得にあたって株式1株と引き換えに交付する価格は、当該株式1株の市場価格として会社法第161条および会社法施行規則第30条により算定されるものを超えないため、取得する相手方以外の株主様は、会社法第160条第2項および第3項による売主追加議案の請求権は生じません。」などと記載することが考えられます。

・他の株主による議案の変更請求

特定の株主からの自己株式取得が行われる場合、160条3項により、原則として他の株主は、特定の株主に自己をも加えたものを、株主総会の議案とすることを請求することができます。請求の権限は会社法施行規則に定められ、株主総会の日の5日前とされます。この日数を定款で短縮することは可能です(会社法施行規則29条)。この請求を行う株主の権利は、株主総会における株主の議案提案権の特例と位置付けられています。

株主がこのような議案の変更請求をできるように、160条2項で、会社は、特定の株主からの自己株式取得を行おうとする時には、160条3項の変更請求ができる旨を株主に通知しなければなりません。通知の期限は会社法施行規則に定められ、具体的には次の通りです(会社法施行規則28条)。すなわち、原則として、特定の株主からの自己株式取得のための株主総会決議が行われる株主総会の日の2週間前ですが、3つの例外があります。

@)株主総会の招集通知を発すべき時が、株主総会の日から2週間未満1週間以上の場合には、当該招集通知を発すべき時(会社法施行規則28条1号)

A)株主総会の招集通知を発すべき日が、株主総会の日から1週間未満の場合には、株主総会の日の1週間前(会社法施行規則28条2号)

B)300条による招集手続きの省略が認められる場合には、株主総会の日の1週間前(会社法施行規則28条3号)

つまり、160条3項の変更請求ができる旨の通知は、たとえ招集期間が1週間未満の場合や、招集手続きが省略される場合であっても、株主総会の1週間前には行われなければなりません。上記の通り160条3項の請求の期限は原則として株主総会の日の5日前だから(会社な法施行規則29条)、少なくとも株主は2日間、160条3項の変更請求を行うかどうかを考慮することができます。160条3項の日数を定款で短縮することには、この考慮期間を延長する意味があります。特定の株主からの自己株式取得を議題として株主総会がの審議が開始される前であれば160条3項の請求ができる旨の定款の定めも、許容されると考えられます。

・議案の変更と書面投票

株主総会において書面による議決権行使が行われる会社で、特定の株主からの自己株式取得のための株主総会において、160条3項の請求が行われた場合、書面によって行使された議決権の取扱いについて、160条3項の議案の変更が請求された場合にはそれに応じて修正された議案を会社提案とするものとして、、それへの賛否をも株主に記載させる形であらかじめ議決権行使書面を作成すれば、たとえ議案の修正がなされても、当初の議案への修正がなされても、当初の議案への賛成票を修正後の議案への賛成票と扱うことができるという見解もあります。

※自己株式の事前公表型取引による取得

上場会社の場合、実務では特定の株主、とくに大株主から自己株式を取得する際に、上記のような株主総会の決議を経なくて済む事前公表型の取引をすることが一般的です。

事前公表型の自己株式取得とは、持ち合い解消等で株主からの売却が予定されている場合等に、買付日の前日にあらかじめ具体的な買付内容を公表した上で、市場及び終値取引(東京証券取引所ではToSTNeT−2)または自己株式立会外買付取引(東京証券取引所ではToSTNeT−3)で、自己株式取得のための買付を行うというものです。

市場及び終値取引(東京証券取引所ではToSTNeT−2)は、投資家や証券会社からの他の注文とともに、株主の売付注文と買付会社の買付注文を執行するものであり、自己株式立会外買付取引(東京証券取引所ではToSTNeT−3)は、買付注文は買付会社からの注文のみで、買付日に株主からの売付注文を受付て、前日終値で執行する自己株式取得のためのみに用いられる取引となっています。

事前に具体的な買付内容を公表したうえで行うのは、売り方である株主が自己株式取得の情報を入手していることから、情報の公表によって自己株式取得のインサイダー取引規制の問題を回復するためです。

・事前公表型の終値取引(ToSTNeT-2)を利用した自己株式取得

立会市場で決まった最終値段で、立会時間外に売り注文と買い注文を集めて取引を成立させるもので、自己株式取得は午前8時20分から8時45分までに前日最終値段を利用した取引で行われます。

@)定款に基づく自己株式取得の取締役会決議

会社は定款授権による自己株式の取得に際して、下記の事項を取締役会で決議しなければなりません(156条1、165条2、3項)。

・取得する株式の数(種類株式発行会社にあっては、株式の種類および種類ごとの数)

・株式を取得するのと引き換えに交付する金銭等(当該会社の株式、社債および新株予約権を除く)の内容およびその総額

・株式を取得することができる期間(最長1年間)

A)終値取引による買付実施の意思決定

前記@)にて自己株式の取得枠を決議した後、終値取引による具体的な買付時期や取得方法などを決定します。買付価格を確定させるため買付予定日の前日に決定することが多い。取締役会で決議するのが一般的ですが、終値取引での買付けの実施等、個別具体的買付内容を一定の範囲で代表取締役など業務執行取締役等に権限を委任する事例も見られます。個別具体的な買付内容もインサイダー情報となるので、その取扱いには十分注意する必要があります。また、具体的な取得方法を決議するにあたり、買付予定株数の取得の確実性を高めるために、売却を希望する株主に対してあらかじめ売却の意向を確認しておくことが一般的です。

〔参考資料〕自己株式取得の取締役会決議の議事録記載例

第〇号議案 自己株式の取得の件

議長から、経営環境の変化に応じた機動的な資本政策の遂行を可能とするため、当社定款第〇条の定めに基づき、下記の通り自己株式を取得したい旨を諮ったところ、出席取締役全員異議なく承認可決した。

1.取得する株式の種類および数

当社普通株式   〇〇〇万株(上限)

2.取得価額の総額

,〇〇〇百万円(上限)

3.取得期間

令和〇年〇月〇日から令和〇年〇月〇日まで

4.取得方法

東京証券取引所の終値取引(ToSTNeT-2)により買付けを行う。

5.その他

その他、本件自己株式の取得に関して必要な事項については、代表取締役社長に一任する。

以上

B)買付価格決定

前日の最終値段で買付価格が決定する。

C)買付内容の適時開示・方法

取締役会で自己株式取得の当初決議(取得する株式の種類、総数、取得価額の総額および1年を超えない範囲内の取得期間)と終値取引による具体的な買付けを同時に決議・公表し、買付けを実施するケースもありますが、自己株式取得の当初決議について、より一層の周知徹底を図ったうえで実際の買付けを行うために、まずは取締役会の当初決議・公表を行ったうえで、あらためて終値取引による具体的な買付けの決定・公表をし、買付けを実施することが投資家への情報周知の観点から有効と考えられる。

D)終値取引の取引開始から終了まで

終値取引の取引時間は、午前8時20分から午前8時45分であり、原則として、売り注文と買い注文が対当するたびに、時間的に早く東証に発注されるものから優先して成立することになります。

E)買付結果の適時開示・公表

・事前公表型の自己株式立会外買付取引(ToSTNeT-3)を利用した自己株式取得

自己株式取得のための買付を行おうとする日の前営業日に、買付会社から買付けの委託を受けた証券会社が東証に届出(銘柄、買付数量、買付値段等)を行った上で、買付日の午前8時から8時45分まで売り注文を集めて買付会社の買い注文との間で取引を成立させるものです。買付値段は前営業日の立会市場における最終値段(最終気配値段を含む。買付日の配当落等の期日である場合や、前営業日に最終値段がない場合は買付日における当該銘柄の基準値段)となります。終値取引と異なり、買い注文が買付会社の注文に限定されています。

終値取引(ToSTNeT-2)で自己株式取得が成立しない場合も生じてきたことから平成20年1月より取扱いが開始されたもので、現在、事前公表型での自己株式取得はほとんどがこの自己株式立会外買付取引(ToSTNeT-3)によって行われています。

@)定款に基づく自己株式取得の取締役会決議

事前公表型の終値取引(ToSTNeT-2)を利用した自己株式取得の場合と同じです。

A)自己株式立会外買付取引による買付実施の意思決定

前記で自己株式の取得枠を決議した後、自己株式立会外買付取引による具体的な買付時期や取得方法などを決定します。買付価格を確定させるため買付予定日の前日に決定することが多いです。取締役会で決議するのが一般的ですが、自己株式立会外買付取引での買付の実施等、個別具体的な買付内容を一定の範囲で代表取締役など業務執行取締役等に権限を委任する事例もみられます。個別具体的な買付内容もインサイダー情報となるので、その取扱いには十分注意しなければなりません。また、具体的な取得方法を決議するにあたり、買付予定株数の取得の確実性を高めるために、売掛を希望する株主に対して予め売却の意向を確認しておくことが一般的です。

〔参考資料〕自己株式取得の取締役会決議の議事録記載例

第〇号議案 自己株式の取得の件

議長から、経営環境の変化に応じた機動的な資本政策の遂行を可能とするため、当社定款第〇条の定めに基づき、下記の通り自己株式を取得したい旨を諮ったところ、出席取締役全員異議なく承認可決した。

1.取得する株式の種類および数

当社普通株式   〇〇〇万株(上限)

2.取得価額の総額

,〇〇〇百万円(上限)

3.取得期間

令和〇年〇月〇日から令和〇年〇月〇日まで

4.取得方法

東京証券取引所の自己株式立会外買付取引(ToSTNeT-3)により買付けを行う。

5.その他

その他、本件自己株式の取得に関して必要な事項については、代表取締役社長に一任する。

以上

B)自己株式立会外買付取引による買付内容の決定等

買付前日に自己株式立会外買付取引による買付価格が決定し、15時以降に証券会社への買付の発注を行います。さらに証券会社は17時までに東証に自己株式立会外買付取引の届け出を行います。

C)買付内容の適時開示・方法

事前公表型の終値取引(ToSTNeT-2)を利用した自己株式取得の場合と同じです。

なお、取締役会で自己株式取得の当初決議(取得する株式の種類、総数、取得価額の総額および1年を超えない範囲内の取得期間)と終値取引による具体的な買付けを同時に決議・公表し、買付けを実施するケースもありますが、自己株式取得の当初決議について、より一層の周知徹底を図ったうえで実際の買付けを行うために、まずは取締役会の当初決議・公表を行ったうえで、あらためて自己株式立会外買付取引による具体的な買付けの決定・公表をし、買付けを実施することが投資家への情報周知の観点から有効と考えられる。

D)自己株式立会外買付取引の取引開始から終了まで

自己株式立会外買付取引では、買付会社からの買い注文と、午前8時から午前8時45分までの間に受けた売り注文との間で買付値段において取引を成立させます(買付会社からの買い注文は、買付日の前営業日に証券会社が東証に届け出ています)。このとき、売り注文の総株数が買付数量以内であればすべての売り注文について取引が成立しますが、売り注文の総数量が買付価格を超えている場合は、売り注文については按分方式により取引を成立させることになります。

E)買付結果の適時開示・公表

・これらの場合の留意点

@)事前に一定の株数を一定の方法で買い付けることを対外的に公表した上で行う事前公表型の自己株式取得を行う場合に、公表した買付方法で別途の株数の買付が可能かどうかですが、それは事前の公表内容とは異なる買付けであり、結果的に投資者に虚偽の内容を公表したこととなってしまいます。

また、事前公表型の買付を行う当日においては、買付方法は公表したものに限定されますが、あらかじめ公表した株数に実際に買付けた株数が満たない場合は、その数量の範囲内の株数を別途の方法で買い付けることは可能です。

A)市場で自己株式を取得してきた場合であっても、残りの取得枠の範囲内で事前公表型の自己株式取得を行うことは可能です。例えば、100万株の範囲内で自己株式取得の決議をしている会社が、すでに市場で60万株の買付けを行ってきたが、残り40万株の範囲内で事前公表型の自己株式取得を行うというような場合です。

この場合、会社関係者の自社株売買におけるインサイダー取引規制の問題や問題の回避や重要事実のタイムリー・ディスクロージャーの観点からは、事前公表型の買付内容を公表する段階で、それまでの市場での買付状況(買付期間、買付株数、買付市場)についてもあわせて公表することが必要となります。

B)事前公表型の自己株式取得を複数回にわたって行う場合に一定のインターバルを置く必要があるかという問題があります。この点については、インサイダー取引規制との関係で社内管理体制の確立等が図られているのであれば、一定のインターバルを置くことは必ずしも必要でないと考えられます。

C)市場での単純買付けの場合には、証券会社の数が1日1社に限定されています(取引規制府令17条)が、事前公表型の自己株式取得を行う場合はこの規制は適用されない(取引規制府令23条)ので、複数の証券会社に買付けの委託を行うことが可能です。

D)会社法では特定の株主から自己株式の取得を行う場合、あらかじめ株主総会の特別決議を経ることが求められています。一方、市場取引による自己株式の取得を行う場合は、広く株主に売買の機会が確保されることから、特定の株主からの取得には当たらず、株主総会の特別決議は不要とされています。

事前公表型の自己株式取得については、終値取引(ToSTNeT-2)の場合は売り注文と買い注文が時間優先ルールのもとで処理され、自己株式立会外買付取引(ToSTNeT-3)の場合は売付申込数量が買付数量を超えた場合は按分され、市場の売買は時間優先のルールの下で処理されます。したがって、買付会社と特定の売り方以外を取引から排除するものではなく、広く株主に売買の機会が確保されると考えられることから、会社法上、一般に、市場取引による自己株式の取得として株主総会の特別決議は不要と解されています。

E)自社の役員が保有している自社株式を売却する場合にも、自社の役員を売り方として事前公表型の自己株式取得を行うことは可能です。ただし、自社の役員は、会社の重要事実を取得しやすい立場にあることから、インサイダー取引規制には一層の注意が必要です。また、会社法に定める取締役・会社間の利益相反取引に関する規定の趣旨も踏まえ、売却のタイミングや価格水準等に十分留意することが必要です。

F)終値取引(ToSTNeT-2)には、証券会社が東証に注文を発注する場合に、売り買い注文があらかじめ合致した注文として売り注文と買い注文を発注する「クロス注文」。による方法と、証券会社が売り注文と買い注文のいずれか一方のみを発注する、あるいは、売り注文と買い注文をそれぞれ別々に発注する「クロス発注以外」による方法の2種類があります。「クロス注文」の場合は、他の注文に優先して執行されるため、他の注文を排除することとなりますが、「クロス注文以外」の場合は、時間的に早い注文が優先して執行されることとなります。

したがって、売り方株主と買付会社が同一の証券会社に注文を発注することは可能ですが、売り方株主が同一証券会社に売付注文を委託する場合やその可能性がある場合には、会社が証券会社に買い注文を出す際に、売り方株主の注文とは別々に発注するよう指示することも必要です。

 

関連条文

株式会社による自己株式の取得(155条)

株式の取得に関する事項の決定(156条)

取得価格等の決定(157条)

株主に対する通知等(158条)

譲渡しの申込み(159条)

市場価格のある株式の取得の特則(161条)

相続人等からの取得の特則(162条)

子会社からの株式の取得(163条)

特定の株主からの取得に関する定款の定め(164条)

市場取引等による株式の取得(165条)

 

 
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