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第155条 株式会社による自己株式の取得
 

 

Ø 株式会社による自己株式の取得(155条)

株式会社は、次に掲げる場合に限り、当該株式会社の株式を取得することができる。

一 第107条第2項第3号イの事由が生じた場合

二 第138条第1号ハ又は第2号ハの請求があった場合

三 次条第1項の決議があった場合

四 第166条第1項の規定による請求があった場合

五 第171条第1項の決議があった場合

六 第176条第1項の規定による請求をした場合

七 第192条第1項の規定による請求があった場合

八 第197条第3項各号に掲げる事項を定めた場合

九 第234条第4項各号(第235条第2項において準用する場合を含む。)に掲げる事項を定めた場合

十 他の会社(外国会社を含む。)の事業の全部を譲り受ける場合において当該他の会社が有する当該株式会社の株式を取得する場合

十一 合併後消滅する会社から当該株式会社の株式を承継する場合

十二 吸収分割をする会社から当該株式会社の株式を承継する場合

十三 前各号に掲げる場合のほか、法務省令で定める場合

 

旧商法において、次のような理由から自己株式の取得は原則として禁止されていました。

@資本維持の原則から、自己株式の取得は、会社の財産状態によっては、株金の払戻しと同様の効果をもたらし、資本維持の原則に反する結果となります。このことは、会社成立の直後に、その発行した株式を会社が取得した場合を想定すれば明らかです。自己株式取得禁止の主要な理由は、このように資本維持の原則に反する可能性の売る行為を禁止して会社財産を確保することにありました。

A自己株式の取得を認めると、それが相場操縦やインサイダー取引に利用されやすい。相場操縦とは株価を人為的に変更させようとすることであって、会社が自己株式を取得することによって株価を引き上げ、あるいは下落を阻止することができるということてせす。また、インサイダー取引とは、会社内部者が会社に関して自分たちしか知らない情報を利用してその会社の売買をして不当に利益を得ることです。いずれも不正の手段による売買であって、証券取引法上規制されているものですが、このような行為に自己株式が利用されないように禁止したものです。

B経営陣が会社の資金で自分たちの地位を不当に守るために自己株式取得がなされことを防止するためです。たとえば、経営者が会社の資金で会社の株式を取得し、それを自分の社内派閥の者に譲渡して経営権を維持するといった行為です。

C自己株式の取得は、その会社の株式の流通性が高くない場合、あるいはその対価の決め方によっては、会社が一部の株主にのみ株式譲渡の機械を与えることになり、株主平等の原則上問題が生じます。

しかし、産業界、とくに上場会社の財務戦略上観点等から自己株式取得の規制緩和への要請が強く、取得を認める必要性が強い高い場合に例外的に許容することから緩和が始まり、平成13年の改正により、会社が株主との合意により自己株式を取得することおよび取得した株式の保有を原則自由となりました。ただし、その取得価額は分配可能利益の範囲内という規制の範囲内に限られました。その他株主総会の承認を要するという手続き上の規制もありましたが、平成15年の改正により、定款の定めがあれば、取締役会決議により自己株式を取得することができるようになりました。現在の会社法は、それを引き継いでいると言えます。

会社が自己株式を取得をする主な目的として、次のようなことが考えられます。

@株式の持ち合い解消の受け皿や株価の下落防止などの株式の需給対策

Aストック・・オプション等の新株予約権、取得請求権付株式等のような種類株式あるいはM&Aなどの代用自己株としての活用

B資本効率を高め、1株当たりの利益を増加させること等の企業金融上の観点(株主還元)

なお、自己株式を取得した場合、取得した自己株式を処分または消却するまでは、自己株式の保有が継続することになります。自己株式の保有の目的は、上記Aの目的で自己株式を取得した場合のように代用自己株式として利用する目的で保有することが考えられますが、法令に基づく義務的な取得の場合等で、処分または消却をすべき積極的な事情がない場合は、特段の目的もないまま自己株式を保有しているということもあると考えられます。

ü 株式会社が自己の株式を取得し得る場合

株式会社が自己株式を取得することができる場合は、155条1号から12号及び13号を受けた会社法施行規則27条に規定されています。これは、会社による自己株式取得が許容される場合を網羅的に限定列挙する趣旨であり、長大なリストとなっています。

・取得条項付株式・取得請求権付株式。全部取得条項付株式の取得

取得条項付株式の取得事由(107条2項)が発生したことにより会社が株式を取得する場合、取得請求権付株式の株主が会社にたいして株式の取得を請求した場合(166条1項)、全部取得条項付株式を発行した株式会社が株式の全部取得の決議をした場合(171条1項)には、会社は自己株式を取得することができます(155条1号、4号、5号)。これらの場合には、いずれも取得手続きは個別に規定されており、それに従うことになります。財源規制は、全部取得条項付株式については、剰余金の配当等に関する一般規制が適用されます(461条1項4号465条1項)が。取得条項付株式や取得請求権付株式については、別の形で規制されています(170条5項、166条1項但書)。後者について、通常の財源規制だと、その違反の効果として取締役等が特殊な責任を負うこととされていますが、そのような規定の適用が望ましくない場合だからと説明されています。つまり、取得対象株式の株主に交付される社債等の帳簿価額が取得事由が生じた日の分配可能額を超えている場合は、取得の効力が発生しません。また、取得の効力が発生した場合の業務執行者の事業年度末の欠損填補責任は生じうるとされています(465条1項5号、会社計算規則159条)。

・譲渡制限株式の取得(155条2号、6号)

譲渡制限株式については、譲渡しようとする株主あるいは株式取得者は、会社が株式の譲渡承認請求を承認しない場合には、指定買取人または会社自身が譲渡制限株式を買い取るよう求めることができるところ(138条1号、2号)、これに応じて会社が買い取る場合が、自己株式の取得原因として規定されています(155条2号)。この場合には、株主総会の特別決議がもとめられ(140条2項309条2項)、かつ財源規制が適用されます(461条1項1号465条1項1号)。

また、相続その他の一般承認により譲渡制限株式を取得した者に対して、その株式を会社に売り渡す旨を定款に定めることができ(174条)、それに基づいて会社が請求した場合にも(176条1項)、自己株式を取得することができます(155条6号)。この場合にも財源規制が適用されます(461条1項465条1項)。

・単元未満株式の買取り(155条7号)

単元未満株主の請求によって会社が単元未満株式を取得する場合(192条1項)、会社は自己株式を取得できます(155条7号)。この場合には、財源規制の適用はありません。株主の投下資本の回収を保証する必要があるためです。

・所在不明株主の株式の買取り・端株処分による買取り(155条8号、9号)

会社が所在不明株主の株式を競売等に代えて買い取ること(197条3項)、また1株に満たない端数の合計数に相当する株式を買い取ること(234条4項、235条2項)が認められていますが、これらの場合も自己株式取得が認められます(155条8号、9号)。いずれの場合も財源規制が適用されます(461条1項465条1項)。

・組織再編行為などによる承継取得

他の会社の事業の全部を譲り受ける場合には、自己株式も譲り受けることができます(155条10条)。会社・外国会社以外の法人等の事業の全部を譲り受ける場合も同様です(会社法施行規則27条7号)。合併後消滅する会社から株式会社の株式を承継する場合、自己株式を譲り受けることができます(155条11号)。合併により消滅する会社以外の法人等からの取得の場合も同様です(会社法施行規則27条6号)。吸収分割をする会社から株式を承継する場合も同様です(155条12号)これらのばあいは、いずれも特別の手続きを踏むことなく自己株式を取得することができます。財源規制も適用ありません。。

・無償取得(会社法施行規則27条1項)

会社は無償で自己株式を取得することが認められています(会社法施行規則27条1号)。その場合、特段の手続きも財源規制も置かれていません。

・他の法人等の株式・持分・新株予約権などに基づく取得(会社法施行規則27条2〜4号)

他の法人等の株式・持分等を保有していることに基づいて会社が自己株式を取得することが認められています。まず剰余金の配当あるいは残余財産の分配という形で、自社の株式を受け取る場合です(会社法施行規則27条2号)。会社が保有する他の会社の組織変更・合併・株式交換の対価として交付を受ける形で自己株式を取得することも認められています(会社法施行規則27条3号)。人的分割の場合は、吸収分割会社が吸収分割承継会社の交付する株式を剰余金の配当として株主に分配する(758条8号)ので、会社法施行規則27条2号によることになります。他の会社の取得条項付株式の取得、全部取得条項付株式の取得(会社法施行規則27条3号)、あるいは新株予約権の定めに基づく新株予約権の取得(会社法施行規則27条4号)の際の対価として、自己株式を取得することも認められています。これらの場合は、いずれも特段の手続きを踏む必要はなく、財源規制も適用されません。

・株式買取請求に応じる取得に基づく取得(155条13号、会社法施行規則27条5号)

反対株主の株式買取請求による自己株式取得(155条13号、会社法施行規則27条5号)には、@会社の組織再編行為の場合、A会社法116条1項の規定する場合、B株式の併合により1株に満たない端数が生ずる場合の三つがあります。@の取得は、会社がその行為を行う必要性の高さと反対株主の保護を両立させるためのやむを得ない措置として規制は適用されません。また、A及びBの取得は、会社の財産状態が悪い時期に反対株主の株式買取請求の原因となるこの行為を行うことに@ほどの緊急性を認められないところから、買取請求をした株主に支払った金銭の額が支払い日における分配可能額を超えるときは、その職務を行った業務執行者は、その職務を行うにつき注意を怠らなかったことを証明できない限り、会社に対して、連帯して、その超過を支払う義務を負います(464条1項)。

※組織再編などに反対する株主の買取請求に対する自己株取得の手続き

上記「株式買取請求に応じる取得に基づく取得」の@会社の組織再編行為の場合の自己株取得の手続きです。この自己株式取得は、会社がその行為を行う必要性の高さと反対株主の保護を両立させるためのやむをえない措置であるため、財源規制やインサイダー取引規制の適用もありません。

ア.日程と主な手続

組織再編等に対する反対株主からの株式買取請求の流れは、次のとおりです(下図は、吸収合併に対する存続会社・消滅会社の反対株主からの買取請求を想定しています)。

a.組織再編に関する通知または公告

組織再編を行う旨の機関決定がなされた場合、会社は、その組織再編の効力発生日の20日前までに、株主に対して、組織再編を行う旨の通知または公告を行わなければなりません(469条3項、4項、797条3項、4項、新設合併等については総会決議日から2週間以内(806条3項、4項))。ただし、振替株式発行会社は、通知によることができず、公告を行わなければなりません(振替法161条2項)。

b.株主から会社に対する株式買取請求

株主は、効力発生日の20日前の日から効力発生日の前日までの間に、会社に対して、株式の買取請求を行うことができます(469条5項、785条5項、797条5項、新設合併等については通知または公告をした日から20日以内(806条5項))。買取請求を行うことのできる株主は、次の通りです(469条2項、785条2項、797条2項)。ただし、新設合併、株式移転への反対株主の買取請求に関しては次の@)の株主からの買取請求に限られます(806条2項)。

c.買取価格の協議、決定

株主から買取請求があった場合、会社は、株主と買取価格を協議し、効力発生日から60日以内に買取代金を支払わなければなりません(470条1項、786条1項、798条1項、807条1項)。

会社と株主との協議が、効力発生日(新設合併等の場合には、設立会社の設立の日)から30日以内に調わない場合は、裁判所に買取価格の決定を申し立てることが可能となります。この買取価格の決定は、会社と株主のいずれもからも申し立てることができます(470条2項、786条2項、798条2項、807条2項)。

イ.留意事項

a.常任代理人からの照会対応

会社が組織再編に関する広告を行った場合、外国人株主等の常任代理人から会社に当該組織再編への反対株主の買取請求に関する照会が行われることが少なくありません。具体的な照会内容は、@)株主の特定日、A)反対表明を行う時期、B)反対表明を行うにあっての個別株主通知の要否、C)買取請求を行うべき期間、D)買取請求を行うにあたっての個別株主通知の要否、E)単元未満株式の可否などです(A)B)は簡易合併等の場合)。

回答としては、A)C)は、格会社の定めたスケジュールを回答すれば足ります(買取請求を行うべき期間は前記ア、bを参照)。また、B)D)は、反対表明と買取請求のいずれについても個別株主通知を前提とすると、株主であることは特定できるため、@)は、「特定日を設けない」と回答するのが一般的と考えられます。C)については、定款で単元未満株式の権利制限(189条2項)に係る規定を設けている会社では、単元未満株式には株式買取請求権は認めないとする取扱いが多いと思われます。

なお、回答にあたっては、これらのほか、反対表明および買取請求の方法にいて、個別株主通知の受付票の添付について求めたり、買取請求は書面で行い、本人確認書類を合わせて提出するよう求めることもあります。

b.常任代理人からの照会対応

振替制度では、少数株主権等の行使について、株主名簿の記録ではなく、個別株主通知が会社に対する対抗要件となります(振替法154条)。少数株主権等は、基準日を定めて行使される権利以外の権利を指し(振替法147条4項)、組織再編に反対する株主の買取請求権は少数株主権等にあたる。したがって、反対株主の買取請求権の行使にあたっては個別株主通知が必要となります。なお、簡易合併等の通知・公告に対し株主が反対する旨の通知をすることは、準法律行為(意思の通知)に過ぎないが、個別株主通知を受けないと、会社は、反対する旨の通知者が株主か否かを判断できず、法定数の株式の株主が簡易合併等に反対であるか否かを算定できないため、少数株主権等の行使にあたると解すべきです。

また、買取価格の協議が調わない場合の価格決定の申立てが少数株主等に該当するかどうかについては、見解が分かれています。少数株主権等に該当すると考えられる場合、個別株主通知は、振替法上、少数株主権等の行使の場面において株主名簿に代わるものとして位置付けられており、自己が株主であることを会社に対抗するための要件であると解されるためには、申立人が株主であることを争う場合は、その審理終結時までに個別株主通知がされれば足ります(最高裁決定平成22年12月7日)。

c.継続保有要件

株主総会の決議の日(または基準日)から効力発生日までの間に株式を処分した株主は買取請求権を有するかという問題があります。つまり、基準日に株主名簿上の株主であり、その後一旦株式を売却し、買取請求をする日までに買い戻した株主の買取請求が認められるかという問題です。じっさいに、株券電子化後は、株主の保有状況は振替口座簿に記録され、保有状況の推移が比較的容易に立証できるため、継続保有を要求してよいと考えられます。個別株主通知では通知対象期間の請求株主の増減履歴が通知されますが、通知対象期間後の株式の継続保有を確認する必要があるときは、会社は機構に対して情報提供請求を行うことができます(振替法277条、振替法施行令84条)。

d.組織再編公表後の取得株式

組織再編の公表後に取得された株式に関して、買取請求が認められるかという問題があります。この点、最近では、買取請求権を認めた上で買取価格の決定にあたって考慮するとの見解が有力です。すなわち、会社法の下では、株式買取価格の決定についての審問・裁判を併合する規律は廃止され、決定額(公正な価格)が結果的に異なることがあり得ることから、株主がどの時点で株式を取得したのな等を考慮に入れて裁判所は価格を決定すべきとされます。

e.振替制度

@)株式買取の効力発生時点

反対株主の株式買取請求権行使による株式買取りの効力は、原則として買取代金の支払いの時に生じる(117条5項、470条5項、798条5項、786条5項、807条5項)。しかしながら、合併消滅会社、株式交換または株式移転により完全子会社となる会社(以下「消滅会社等」という)の株主による買取請求は、吸収合併および株式交換においてはそれらの効力発生日、新設合併および株式移転においては設立会社の成立日に買取りの効力が発生します(786条5項、807条5項)。

A)株主からの振替請求

買取価格が決定した場合、振替株式については、会社は買取請求をした反対株主に対して、買取代金の支払いをするのと引換えに反対株主が口座を開設している証券会社等を通じて、買取請求した数の振替株式の会社の指定する口座(自己株式を管理する口座)への振替を申請するよう請求することができます(振替法155条)。ただし、消滅会社等における株式買取請求の効力は前記@)にあるとおり組織再編の効力発生日にその効力が生じることとなるので、振替法155条の適用はないものと考えられます。なお、存続会社等における株式買取請求権については、買取代金の支払い時に効力が生じるので、155条の適用はあると考えられます。

f.価格協議

旧商法では、株式の買取価格は「決議ナカリセバ有スベカリシ公正ナル価格」であり、反対株主の買取請求は組織再編によって企業価値が毀損されると考えられる場合に、組織再編の影響を受けない価格を保障するものと解されていました。これに対して、組織再編に反対する株主の中には、組織再編行為そのものには賛成であるが、対価として交付される財産の割当てには不満足であるものが存在することから、組織再編によって生じるシナジー等の企業価値を買取価格に反映させるべきという批判がありました。

これらの批判を受け、会社法では、株式の買取価格は「公正な価格」とされ、組織再編のシナジーを適切に反映することができるようになりました。しかしながら、「公正」の意義や、シナジーが何を意味するのかは明確にされておらず、結局のところ、買取価格の決定は、裁判所の合理的な裁量に委ねられることになります(東京地裁判決平成21年3月31日など)。この点、裁判所は、従来から、証券取引所に上場している銘柄の場合には、市場価格が会社の経済的価値を反映していない認められる場合を除き、株式市場で成立する市場価格基本として算定すべきとの立場をとっています(東京高裁判決平成21年7月17日)。

※1株に満たない端数処理に伴う買取りの手続き

上記「株式買取請求に応じる取得に基づく取得」のB株式の併合等により1株に満たない端数が生ずる場合の自己株取得の手続きです。会社が株式分割や株式併合、合併等の組織再編等を実施することによって株主の所有株式数に1株に満たない端数が生じるときは、その端数の合計(その合計数に1に満たない端数が生じる場合にあっては、これを切り捨てるものとされます)に相当する数の株式を競売し、かつ、その端数に応じてその競売により得られた代金を株主に交付しなければなりません(234条、235条)。市場価格のある株式については、競売に代えて市場価格として法務省令で定める方法により算定できる額をもって売却したり、取締役会決議により買い取ることもできます(234条4項、235条2項)。

また、端数の合計に相当する数の株式は振替法137条5項および振替法施行令31条1項6号により会社の口座にひとまとめに記録されることになります。端数の処理の流れは以下の通りです。

ア.日程と主な手続

以下は、株式分割を例にとった端数処理に伴う自己株式の取得の日程例です。

イ.留意事項

端数処理に伴う株式売却も、所在不明株主の株式売却と同様に、取締役会決議の方法やインサイダー取引規制に留意する必要があります。

ü 自己株式取得の財源規制

株主に対する払戻しには原則として財源規制が適用されます。自己株式の有償取得は、株主に対する払戻しに他ならないため、461条1項による財源規制が課されています。すなわち、自己株式を取得するのと引き換えに交付する金銭等の総額は、「当該行為がその効力を生ずる日における分配可能額」を超えることができません(461条1項2〜3号)。

自己株式取得の効力発生日における分配可能額とは、最終の決算期に係る貸借対照表から算出される剰余金の額から、

@最終の決算期後その日までの剰余金の減少額(現に剰余金の配当、自己株式の取得等をした額を言い、決算しなければ確定できない期間損益による変動を含まない)を控除し、

A最終の決算期後その日までに生じた債権者異義手続きを経た剰余金の増加額を加算した額をいうことを原則とし、

B最終の決算期後その日までに臨時計算書類による決算を行った場合には、その期間の期間損益をも反映させた額

です。

会社法461条は、これに違反した場合には取締役等が462条による特殊な責任を負います。この財源規制の対象とならないケースもあり、前項で自己株式取得の対応ごとに対象となるかどうかを述べていますが、上で一覧表にまとめてあります。

ü 自己株式取得規制の適用範囲

・株式以外への適用

新株予約権、新株予約権付社債は、会社に対する一種の債権にすぎず、株式ではないため、発行会社によるその取得等について自己株式取得規制の対象とはなりません。

・担保としての取得

会社が自己株式を担保として取得する(質受け、譲渡担保等)ことには、規制はありません。しかし、担保としての取得と称していても、債権が名目的で弁済が予定されていない場合は、規制の脱法として規制に服することになります。

・代物弁済、強制執行による取得

会社が自己株式を代物弁済(民法482条)、強制執行(民事執行法167条)により取得する場合、一般には一種の有償取得ですから自己株式取得の適用があります。しかし、債務者が株式以外に財産を有していない場合では一種の無償取得と考えられるので規制の対象外となります。

・会社の計算による取得

第三者の名義による取得であっても、それが会社の計算によりなされておれば、自己株式の取得としての規制を受けます(963条5項1号)。

※担保権の実行による自己株式の取得

会社が、債権回収の一環として、取引先が保有する自己の株式について担保権を実行する場合です。典型的には、債権者が会社の株式以外にみるべき財産を有しない場合において、自己株式を強制執行により取得する場合または代物弁済として受領する場合がこれに該当するものと考えられます。このような場合には、156条等に定める自己株式に係る財源規制及び取得方法に関する規制は適用されません。

なお、会社が自己株式を担保として取得することに対しては、規制はありませんが、担保として取得と称していても、債権が名目的で弁済が予定されない場合等には、規制の脱法として自己株式取得の規制が適用されます。

@担保権の種類

株式を担保権の目的とする代表的な方法には質権設定と譲渡担保の2種類があり、質権はさらに略式株式質と登録株式質に分けられます。振替株式の場合、振替先口座の質権欄への記録により質権が成立しますが、総株主通知の際に質権設定者のみが通知されるのが略式株式質になります。一方、登録株式質は、株主名簿に質権者の氏名・住所が記録されるため、質権者は会社から直接剰余金の配当、残余財産の分配を受けることができます。なお、登録株式質は、担保設定の事実が公示されるため、実務上の利用は極めて稀です。

質権と剰余担保の違いは以下の通りです。

A担保権の実行

担保権実行の方法には、株式を自己に帰属させる類型(帰属型)と株式を他に売却する類型(清算型)の2種類があります。

@)帰属型

自己株式を取得したとしても、自己株式に資産性がなく、それ自体で債権の回収があったと考えることは困難であることに加え、取得した自己株式は新株発行と同様の手続きを経なければ処分することができず、これを自由に処分して金銭対価を得ることができないということを考えると、債券回収という担保権本来の目的を果たすことは難しいとされています。

A)清算型

清算型の質権の実行については、通常、自己株式の取得も処分も生じないことから、自己株式の取得・処分の規制は適用されません。

譲渡担保権を設定した自己株式について清算型の実行を行う場合、会社が処分によって得た金額を被担保債権の弁済にあて、残額を担保権設定者に返還する義務を負うこととなるのが原則で、当該実行は、株式会社の資金調達を目的として募集株式について自己株式を処分する場合とは全く性質が異なるため、質権の実行と同様、剰余担保権の実行については、自己株式の処分に関する規定は適用されません。

ü 自己株式の法的地位

株式会社は、適法に取得した自己株式を保有し続けることができます。これを金庫株と呼びます。会社法では会社が保有する自己株式の権利内容について、自己株式の株主としての権利について会社自身を株主として取り扱うことがふさわしくない場合には、条文において「株主(当該株式会社を除く)」という書き方で明文で規定しています。会社は自己株式について、自益権つまり経済的利益をうける権利ですが、株式分割及び株式併合の効力が自己株式を除外しない(182条、184条1項)ことは別として、剰余金の配当請求権、残余財産請求権を有しません(453条、504条3項)。議決権も有しません(308条2項)。株主割当てを受ける権利も有しません(202条2項、186条2項)。組織再編に関して、消滅会社の自己株式や存続会社の有する消滅会社株式への割当も認められません(749条1項、753条1項)。

また、共益権つまり株主が会社経営に参与しあるいは取締役等の行為を監督是正する権利については、会社がその権利を有すると、会社が会社を監督することになるので、議決権等の権利は行使することができません。

ü 自己株式の会計処理

・取得の場合

取得した自己株式は、取得原価をもって貸借対照表の純資産の部の株主資本から控除する控除項目として表示されます(会社計算規則108条2項5号)。

自己株式の取得は、受渡し日(対価が金銭の場合には対価を支払うべき日、対価が金銭以外の場合には対価が引き渡された日)に認識し、取得原価の算定は、対価が金銭以外の場合には、内容により次のようになります。

企業集団内の企業から取得する場合→移転された資産および負債の適正な帳簿価額

他の種類の新株を発行する場合→ゼロ

他の種類の自己株式を処分する場合→処分する他の種類の自己株式の帳簿価額

その他の場合→取得した自己株式の市場価格がある場合には、原則として取引の合意日の時価により算定する。ただし、合意日の時価と受渡日の時価が大きく異ならない場合には、受渡日の時価により算定することができる。

また、自己株式の取得に関する付随費用(取引手数料等)は、損益計算書の営業外費用に計上し、取得原価には含まれません。付随費用は株主との間の資本取引ではない点に着目して、損益取引とする方法であり、新株発行費用を株主資本から減額していない処理との整合性から、付随費用は損益計算書の営業外費用に計上することとされたものです。

・保有の場合

保有自己株式は、資産の部に計上されません。純資産の部の株主資本の末尾に自己株式として一括して控除されます、それは、自己株式の取得が剰余金の配当と並ぶ株主への財産分配の一方法であること、及び、会社清算時まで自己株式を保有することも可能であることに鑑みると、その金額は剰余金の配当と同じように社外流出したと見ざるを得ないからです。

・処分の場合

自己株式を募集株式の発行等の手続により処分した場合には、処分した自己株式の対価として払い込まれる現金を増額し、処分した自己株式の帳簿価額を減額し、その自己株式の処分の対価と自己株式の帳簿価額の差である自己株式処分差額については、自己株式処分差益(プラスの場合の自己株式処分差額)は「その他資本剰余金」に計上し、自己株式処分差損(マイナスの場合の自己株式処分差額)は「その他資本剰余金」から減額します。なお、処分差益は配当財源となります。

なお、この会計処理の結果、「その他資本剰余金」の残高がマイナスとなった場合には、会計期間末日において、「その他資本剰余金」をゼロとし、そのマイナス額を「その他利益剰余金」を減額し振り替えます(会社計算規則37条)。

募集株式の発行等による自己株式の処分については、払込期日に認識します。払込期日前日までに受領した自己株式の処分の対価相当額については、処分の認識を行うまでは、純資産の部の「株主資本」の控除項目とされる「自己株式」の直後に「自己株式払込証拠金」の科目をもって表示します。

また、自己株式の処分にかんする付随費用(募集株式の発行等等の手続きを行うための費用)は、自己株式の取得の場合と同じく、損益計算書の営業外費用に計上し、自己株式処分差額等での調整は行いません。

ü 自己株式の税務処理

・株主の税務処理

株主が会社による自己株式の所得により金銭その他の資産の交付を受けた場合に、その金銭の額及び金銭以外の資産の価額の合計額が発行会社の資本金等の額のうちその交付の原因となった株式に対応する部分を超えるときは、その超える部分の金額の金銭その他の資産は、剰余金の配当とみなされ、配当課税として課税されます(所得税法25条1項4号、法人税法24条1項4号)。これがみなし配当課税です。

但し、会社による自己株式の取得が次の事由による取得に該当するときは、みなし配当課税とはなりません(所得税法施行令61条1項各号、法人税法施行令23条3項各号)。

a.金融商品取引所の開設する市場における購入

b.私設取引システム(金商法2条8項11号)における購入

c.事業の全部の譲受け

d.合併または会社の分割もしくは現物出資による消滅会社または分割会社もしくは現物出資会社からの移転

e.適格分社型分割による承継会社からの交付

f.株式交換による株式交換完全親会社からの交付

g.合併に反対するその合併に係る消滅会社の株主の買取請求権に基づく買取り

h.単元未満株式の買取りの請求(192条1項)または1株に満たない端数の処理(234条4項、235条2項)による買取り

i.全部取得条項付株式に係る取得決議(当該取得決議に係る取得の価格の決定の申立てをした者でその申立てをしないとしたなら取得対価として交付されることとなる株式の数が1に満たない端数となるものからの取得に係る部分に限る)

j.取得請求権付株式・新株予約権の権利行使をした株主に対する1株に満たない端数に相当する部分の対価としての金銭の交付(167条3項、283条)

このため、通常行われる市場取引による取得、単元未満株式の買取請求に応じた取得、株式分割・併合、組織再編行為の際に交付される端数の一括買取等は、みなし配当課税が適用されず、株主にとっては通常の株式譲渡と同じ課税の扱いとなります。他方、特定株主からの相対取引での取得、公開買付による取得、組織再編行為の際の反対株主による買取請求による取得、所在不明株主の株式の買取等の場合は、みなし配当課税が行われます。

・発行会社の税務処理

会社が自己株式を取得した場合、税務上の処理は、会計と異なり、自己株式を取得した時点で、すでに株主に資本の払戻しが行われたものとして処理されます。自己株式を市場取引により取得する場合には、株主にはみなし配当課税が行われないため、自己株式の取得価額全額を資本金等の額から減額することになります。これに対して、自己株式を相対取引により取得する場合には、税務においては、取得した時点で自己株式の取得価額のうち、取得した自己株式に対応する資本金等の額を資本金等の額から減額、みなし配当相当額を利益積立金から減額することになります(法人税法2条16、18号、法人税法施行令8条1項17号、9条1項12号)。

ü 自己株式の処分

会社法では、基本的に、自己株式の処分は新株発行と同じように規律されています(199条以下)。

ただし、金融商品取引法では利用者の扱いが異なります。例えば、新株発行は金融商品取引法2条3項の募集の規制対象となりますが、自己株式の処分は2条4項の売り出しとして規制されます。新株発行はインサイダー取引の規制対象ではなく、自己株式の処分は規制対象と解されてきました。

ü 自己株式の取得等に対する会社法以外の規制─金融商品取引法

・買付規制(相場操縦規制)

@)取引規制府令

自己株式の取得は、その目的を問わず、株主総会または取締役会の決議に基づき機動的に行うことが可能とされていますが、取得する株式数によっては、市場における取得が会社の株価形成に多大な影響を及ぼし、結果として他の投資家の利益を害するおそれが生じます。このように、自己株式の取得を通じて会社が株式市場に介入することにより、自社の株価を操縦するおそれがあるため、上場会社の自己株式の取得にあたっては、取引規則府令が定められています(金商法162条の2)。

取引規制府令に従うことで相場操縦行為の懸念が一切否定されるという意味でのいわゆる「セーフ・ハーバー」ではありませんが、取引規制府令の内容に従って自己株式を取得することで、相場操縦行為に該当する懸念が相当程度軽減されることになります。ただし、取引規制府令に従って自己株式を取得した場合であっても、その他の相場操縦行為の要素(例えば、取得に際して仮装取引、通謀取引などの行為が行われている場合)を含んだ取得は、相場操縦行為と判断されます。

なお、取引規制府令に反して自己株式の取得を行った場合には、30万円以下の過料に処せられます(金商法208条の2)。

A)東京証券取引所が定める自己株取得に関するガイドライン

東京証券取引所は、自己株式の取得が相場操縦規制等に抵触するかどうかを調査する場合のガイドラインとして、以下の行為形態を注視する旨を定めているため(平成20年6月20日付「自己株式取得に関するガイドライン」)、自己株式の取得にあたっては、前記の取引規制府令の内容とあわせて、自己株式の取得が以下の内容に該当しないかを注意を要します。

・公開買付規制

上場会社が自己株式を市場外で取得する場合には、特定の者との相対取引による場合を除き、公開買付によることが必要とされています(金商法27条の22の2)。

なお、公開買付の実施にあたっては、その「買付価格」や「買付期間の設定」等において各種の規制が存在しますが、それらの具体的な内容は次のとおりです。

・インサイダー取引規制

@)自己株式の取得等を行う場合のインサイダー取引規制

自己株式の取得、処分の決定は、その対象となる株式数によっては、市場における株価形成に多大な影響を与え、投資家の投資判断に著しい影響を与えることが考えられるため、インサイダー取引規制上の重要事実の一つとして規定されています(金商法166条2項1号)。すなわち、会社法156条1項による自己株式の取得または199条1項(募集株式の発行)による自己株式の処分を行うという事実を会社関係者が知った場合、会社関係者はその自己株式の取得、処分について公表されるまで会社の株式を売買することはできません。なお、自己株式の処分には、募集の払込金額の総額が1億円未満であれば、投資者の投資判断に及ぼす影響が軽微であるとみなし、重要事実として取り扱わないという軽微基準が定められていますが、自己株式の取得については軽微基準はありません。

株主総会決議による自己株式の取得(会社法156条)については、株主総会への自己株式取得議案の府議の決定とそれに基づく具体的な取得内容の決定(取締役会決議、買付担当者による具体的決定)という2段階で重要事実が発生することになりますが、会社が自己株式を取得する場合は、後者のそれに基づく具体的な取得内容の決定の事実を公表する前でも、自己株式を買い付けることができます(金商法166条6項4号の2)。また、定款授権に基づく取締役会決議による自己株式の取得の場合は、取締役会決議について公表すれば、その後の具体的決定については適用除外となります。ただし、この適用除外はあくまで買い付ける会社のみで、例えば特定の株主から売却が予定されている場合において、相手方に後者の具体的な取得内容の決定の事実を告げて売却依頼をしたとき等は、相手方がインサイダー取引規制に抵触する可能性があるので注意を要します。

なお、自己株式の処分は、自己株式の処分を行うことを業務執行決定機関で決定したことが重要事実に該当します。

また、重要事実の決定においては、業務執行機関で決定がなされる前に、社内で具体的な検討をするよう決定した段階であっても重要事実となり得ることに注意が必要です。例えば、経営トップより、自己株式の取得を検討するように指示がなされたことを知った従業員が、案件そのものの正式な機関決定前に株式の売買を行った場合、インサイダー取引規制の対象となり得ます。

A)自己株式の取得、処分にあたり他の重要事実が発生した場合

前記の通り、会社が自己株式を取得するに際しては、取得に関する具体的内容の決定について公表前であっても、インサイダー取引規制の適用除外により自己株式の取得が可能とされています。しかし、他の重要事実、例えば未公表の決算情報や子会社の解散など、が発生した場合については適用除外の対象とされていないため(金商法166条6項4号の2括弧書)、会社のーによる自己株式の取得行為自体がインサイダー取引規制の対象となり、そのような他の重要事実を公表する前の自己株式の取得は禁止されることになります。

そして、自己株式の処分は、インサイダー取引規制上の売買等に該当するとされているため、自己株式の処分にあたり他の重要事実が発生した場合、そのような他の重要事実を公表する前の自己株式の処分も禁止されることになります。

会社としては、自己株式の取得、処分にあたって、実務を担当する役職員が他の重要事実を知り得ないような情報管理体制を構築しておくことが必要です。一方、自己株式の取得、処分を行うことを決定する際に、実務を担当する役職員が、必要に応じて、他の重要事実が存在していないか確認できる情報管理体制であることが望ましいと思われます。 

 

関連条文

株式の取得に関する事項の決定(156条)

取得価格等の決定(157条)

株主に対する通知等(158条)

譲渡しの申込み(159条)

特定の株主からの取得(160条)

市場価格のある株式の取得の特則(161条)

相続人等からの取得の特則(162条)

子会社からの株式の取得(163条)

特定の株主からの取得に関する定款の定め(164条)

市場取引等による株式の取得(165条)

 

 
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