新任担当者のための会社法実務講座
第173条 効力の発生
 

 

Ø 効力の発生(173条)

@株式会社は、取得日に、全部取得条項付種類株式の全部を取得する。

A次の各号に掲げる場合には、当該株式会社以外の全部取得条項付種類株式の株主(前条第一項の申立てをした株主を除く。)は、取得日に、第171条第1項の株主総会の決議による定めに従い、当該各号に定める者となる。

一 第171条第1項第1号イに掲げる事項についての定めがある場合 同号イの株式の株主

二 第171条第1項第1号ロに掲げる事項についての定めがある場合 同号ロの社債の社債権者

三 第171条第1項第1号ハに掲げる事項についての定めがある場合 同号ハの新株予約権の新株予約権者

四 第171条第1項第1号ニに掲げる事項についての定めがある場合 同号ニの新株予約権付社債についての社債の社債権者及び当該新株予約権付社債に付された新株予約権の新株予約権者

 

会社が全部取得条項付種類株式を取得する株主総会決議をした場合の取得の効力の発生そして取得と引き換えに会社が各種財産を株主に交付すべきこととされている場合の株主と会社の権利関係について規定しているのが173条です。

ü 取得の効力の発生(173条1項)

会社は171条1項に基づく全部取得条項付種類株式を取得することを決定する株主総会で定める取得日(171条1項3号)に、全部取得条項付種類株式の全部を取得します(173条1項)。この取得は取得日の到来により自動的に効力が生ずるもので、会社や株主による取得のための意思表示は不要です。

会社が取得した全部取得条項付種類株式は、会社が消却するまでし、自己株式として保有される状態となります。

株券発行会社で全部取得条項付種類株式の取得をする場合には、取得の効力が生ずる日までに会社に株券を提出しなければならない旨を、効力の発生する日の1か月前までに公告し、かつその株主及び登録質権者に通知しなければなりません(219条1項3号)。効力発生日までに株主が株券を提出しない場合は、提出があるまで会社は取得対価の交付を拒むことができます(219条2項)。したがって、株主総会決議により取得の効力が生ずることになる取得日を決定するには、株券提出手続のための通知・公告期間である1ヶ月を置くようにする必要があります。

ü 取得対価についての権利関係(173条2項)

173条2項は、全部取得条項付種類株式を取得するのと引き換えに会社が株主に各種の財産(取得対価)を交付する場合に、株主がいつからその財産の権利者となるかを定めています。同じ趣旨の規定は、取得請求権付株式や取得条項付株式で財産が交付される場合にも置かれています(167条2項170条2項)が、それにと同じように交付される財産が会社の株式、社債、新株予約権、新株予約権付社債である場合にについてのみ規定されています。取得の時期は、いずれも取得日(171条1項3号、173条1項)です。

@)取得対価が会社の株式である時(171条1項1号イ):株式の株主(173条2項1号)

A)取得対価が会社の社債である時(171条1項1号ロ):社債の社債権者(173条2項2号)

B)取得対価が会社の新株予約権である時(171条1項1号ハ):新株予約権の新株予約権者(173条2項3号)

C)取得対価が会社の新株予約権付社債である時(171条1項1号ニ):新株予約権付社債に付与された新株予約権の新株予約権者(173条2項4号)

取得対価が以上の各種財産以外の財産、すなわち金銭、他の会社の株式や社債等である場合には、民法や商法の一般規定や他の会社について適用される法令に従って、財産の移転の効力が生ずることになります。

・財源規制

173条1項に基づく全部取得条項付種類株式の会社による取得については、自己株式の取得の一種として、461条1項4号により、取得対価の帳簿価額の総額が、取得の効力を生ずる日における461条2項の定める分配可能額を超えてはならないという財源規制の適用があります。全部取得条項付種類株式の会社による取得は、株主総会決議により決定されますが、取得の効力発生の日は株主総会決議により決定される日であり(171条1項3号)、総会決議の日よりも後の日であることが可能です。このため、株主総会決議の日現在で取得対価の帳簿価額の総額が分配可能額となっていることは必要ではなく、株主総会決議で定めた取得日現在において取得対価の帳簿価額の総額だけの分配可能額が存在することが必要です。

分配可能額がないにもかかわらず取得による対価を交付した場合には、取締役等は会社の計算において不正に自己株式を取得したものとして刑事罰の対象となります(963条5項1号)。

全部取得条項付種類株式の取得の時においては、取得の対価として交付する財産の帳簿価額の総額が分配可能額を超えないため、取締役等が462条の法定責任を負わない場合であっても、取得をした日の属する事業年度終了後に欠損が生じた場合の取締役等の会社に対して欠損額を支払う465条の法定責任は、全部取得条項付種類株式の取得についても適用があります(465条1項)。

・取得対価としての株式等に端数が生ずる場合

173条1項に基づいて全部取得条項付種類株式の株主に取得対価として会社の株式が交付されるべき場合に、交付すべき株式に端数が生ずるときの端数の取扱いについては、234条において端数の合計数を競売した上売却代金を端数に応じて分配する等の処理をとるべきことが定められています(234条1〜3項)。この取扱いは、取得対価が、会社の社債または新株予約権である場合にも準用されます(234条4項)。

・取得と登記の関係

全部取得条項付種類株式の取得の対価として173条2項各号に列挙された財産が交付される場合のうち、会社が会社の登記事項についての変更登記をしなければならないのは次の場合です。

@)会社の他の株式を交付する場合

会社の発行済株式の総数ならびにその種類および種類ごとの数に変更が生ずる場合には変更の登記が必要です(911条3項、915条1項)。登記手続上は、この場合には、登記の申請書に、株券発行会社の場合は219条1項の規定による公告をしたことを証する書面または株式の全部について株券を発行していないことを証する書面を添付しなければなりません(商業登記法60条)。

A)新株予約権を交付する場合

新株予約権の数等の変更登記を必要としますが(911条3項、915条1項)、この場合にも登記手続上は、登記の申請書に、株券発行会社の場合は219条1項の規定による公告をしたことを証する書面または株式の全部について株券を発行していないことを証する書面を添付しなければなりません(商業登記法68条)。

なお、上記財源規制との関係では、新株予約権を交付する場合には分配可能額が存在した事実を証明する書面の添付が必要となります(商業登記規則61条4項)。

・質権との関係

全部取得条項付種類株式に質権が設定されているときは、173条1項による会社による全部取得条項付種類株式の取得の対価として株主に対して交付される金銭等について、質権の物上代位的効力が及ぶことが151条3号により規定されています。この物上代位的効力が、具体的にどのように及ぶのかについては、登録質と略式質とで異なりますが、その点の法律関係は、取得条項付株式に質権が設定されている場合と同じです。

取得条項付株式の取得の場合と唯一異なる点としては、全部取得条項付種類株式の取得の場合には、172条により株主が裁判所に対して取得の価格の決定の申立てをし、裁判所が価格を決定した場合に、株主に対して会社から金銭が支払われるという場合がありますが、この金銭についても取得によって株主が受け取ることのできる金銭として151条による物上代位的効力が及びます。

ü 振替株式についての特則

全部取得条項付種類株式である振替株式の発行者が振替株式の全部を取得しようとする場合には、発行者は、171条1項3号に規定する取得日以後遅滞なく、取得日を社債、株式等の振替に関する法律135条1項2号の記載または記録の全部抹消の日として通知(全部抹消の通知)をしなければならず(社債株式振替法157条3項)、この場合には、173条1項の規定にかかわらず、発行者は、全部抹消の通知により振替株式についての記載または記録の抹消がされた時に振替株式を取得します。この点の規律は、取得条項付株式の全部の取得の場合と同じです。

ü 取得の対価が会社の株式である場合の法律関係

全部取得条項付種類株式の取得の対価として会社の他の株式が交付される場合の法律関係は、取得条項付株式の対価として会社の他の株式が交付され場合と同じです。なお、全部取得条項付種類株式の取得の対価として会社の他の株式が交付される場合には、取得請求権付株式や取得条項付株式の取得と同じように資本金の額その他株主資本の額に変動がないことは会社計算規則で明記されています(会社計算規則38条1項3号)。

ü 違法な全部取得条項付種類株式の取得の私法上の効果

違法な全部取得条項付種類株式の取得の私法上の効果については、取得を決定した株主総会の根拠が取り消されたり、無効である場合を想定すると、取得の効力発生の根拠がなくなるのであるから、取得は無効と言わせるを得ません。違法な自己株式取得であることについて善意の相手方に対しては会社の側から無効を主張することはできないという自己株式取得について一般的な解釈です。

 

関連条文

 第1款.総則(155条) 

  株式会社による自己株式の取得(155条)

 第2款.株主との合意による取得(156条〜165条)

  株式の取得に関する事項の決定(156条)

  取得価格等の決定(157条)

  株主に対する通知等(158条)

  譲渡しの申込み(159条)

  特定の株主からの取得(160条)

  市場価格のある株式の取得の特則(161条)

  相続人等からの取得の特則(162条)

  子会社からの株式の取得(163条)

  特定の株主からの取得に関する定款の定め(164条) 

  市場取引等による株式の取得(165条)

 第3款.取得請求権付株式及び取得条項付株式の取得(166条〜170条) 

  第1目.取得請求権付株式の取得の請求

取得の請求(166条)

効力の発生(167条)

  第2目.取得条項付株式の取得

取得する日の決定(168条)

取得する株式の決定等(169条)

効力の発生等(170条)

  第4款.全部取得条項付種類株式の取得

全部取得条項付種類株式の取得に関する決定(171条)

全部取得条項付種類株式の取得対価に関する書面等の備置き及び閲覧等(171条の2)

全部取得条項付種類株式の取得をやめることの請求(171条の3)

裁判所に対する価格の決定の申立て(172条)

効力の発生(173条)

全部取得条項付種類株式の取得に関する書面等の備置き及び閲覧等(173条の2)

  第5款.相続人等に対する売渡しの請求(174条〜177条)

相続人等に対する売渡しの請求に関する定款の定め(174条)

売渡しの請求の決定(175条)

売渡しの請求(176条)

売買価格の決定(177条)

  第6款.株式の消却(178条)

 
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