新任担当者のための会社法実務講座 第166条 取得の請求 |
Ø 取得の請求(166条) @取得請求権付株式の株主は、株式会社に対して、当該株主の有する取得請求権付株式を取得することを請求することができる。ただし、当該取得請求権付株式を取得するのと引換えに第107条第2項第2号ロからホまでに規定する財産を交付する場合において、これらの財産の帳簿価額が当該請求の日における第461条第2項の分配可能額を超えているときは、この限りでない。 A前項の規定による請求は、その請求に係る取得請求権付株式の数(種類株式発行会社にあっては、取得請求権付株式の種類及び種類ごとの数)を明らかにしてしなければならない。 B株券発行会社の株主がその有する取得請求権付株式について第一項の規定による請求をしようとするときは、当該取得請求権付株式に係る株券を株券発行会社に提出しなければならない。ただし、当該取得請求権付株式に係る株券が発行されていない場合は、この限りでない。 ü
株主による取得の請求 166条1項本文は、取得請求権付株式の株主は、会社に対して株主の有する取得請求権付株式の取得を請求することができるとしています。株主は取得請求という一方的意思表示により会社による株式の取得の効果を生じさせることができるということを明らかにするもので、この意味で株主の取得請求権は形成権の性質を持つものということができると考えられています。取得請求により会社による取得の効力が生ずることを前提として、167条1項では、取得の効力は請求の日に生ずることとしています。それは保有する取得請求権付株式の一部だけについて取得請求することも可能です。 取得請求権付株式の株式が会社に対して取得を請求することができる期間は、定款で定められます(107条2項、108条2項)。会社法では明文の規定は置かれていませんが、株主が取得請求をすることができるための条件を定款で定めることが可能であることは当然の前提とされていると考えられます。例えば、分配可能な剰余金額が一定金額を超えたら取得請求ができるとか、一定金額を下回ったら取得できなくなるとか、取得請求に際して金銭の払込みを要するとかいった条件も付すことができると考えられます。 ü
取得財源の制限 166条1項但書は、会社が取得請求権付株式を取得するのと引き換えに107条2項2号ロ〜ホまでに規定する財産を交付する場合に、これらの財産の帳簿価額がその請求の日において461条2項の分配可能額を超えているときには、この限りではないと定めています。107条2項2号ロ〜ホでは取得請求権付株式の株主が会社に対して株式の取得を請求する場合に、取得と引換えに株主に対して会社が交付する各種の財産を定めていますが、166条1項但書では、これらの交付すべき財産の帳簿価額についての限度額を461条2項の分配可能額としているものです ・制限の内容 166条1項但書の財源の制限の適用があるのは、107条2項2号ロ〜ホまでに規定する財産、具体的には社債(107条2項2号ロ)、新株予約権(107条2項2号ハ)または新株予約権付社債(107条2項2号ニ)ならびに株式、社債および新株予約権以外の財産(107条2項2号ホ)を会社が交付する場合です。 なお、会社が自社の他の株式を交付する場合(108条2項5号ロ)については、財源の制限は及ばないと考えられます。それは、取得と引換えに財産を交付する行為は、自己株式の取得対価として会社財産を株主に分配する行為となるので、自己株式の取得財源の制限である461条1、2項の制限と実質的に同じ制限を166条1項但書で定めているのに対して、この場合は交付するのが会社の株式である場合には会社財産の流出がないとして461条1、2項の制限の対象となっていないのと同様に、166条1項但書でも制限の対象とならないと考えられるからです。 取得請求権付株式の取得は、個々の株主が各自の判断により請求するものであるため、随時行われていくことになります。このため、取得の請求がされた日現在においてその取得請求による交付財産の額だけの分配可能額があるどうかで取得の可否が決まることになります。したがって、早く請求をした者から順に取得が認められることになります。分配可能額を超える自己株式の取得または剰余金の分配については、分配可能額を超える部分のみではなく、取得または剰余金の分配の全額について株主や取締役の責任を課している462条1項の考え方は、財源規制としての462条1項の考え方は、財源規制としての166条1項但書にも妥当するのであろうから、1人の株主が1度に取得を請求した株式の一部についてのみ取得対価の額が分配可能額を超えるときでも、その取得請求にされた株式全体について取得ができないことになります。同一の日の異なる時刻に異なる株主から請求された場合も、請求時刻順に分配可能額を超えない請求分についてのみ取得されることになります。複数株主により同時一斉に取得が請求された場合には、全部について分配可能額の範囲内にあれば全部の取得の効力が生じるし、一部でも分売可能額を超えるのであれば全部についての取得の効力は生じないことになります。 ただし、取得請求権付株式の内容に関する定款の定めとして、「同時にされた取得請求分全部については分配可能額の範囲を超える場合には、分配可能額の範囲にとどまる株式分についてのみ取得の効力が生じる」など、一種の取得についての条件を定めておけば、その効力は認めて差し支えないと考えられます。 ・制限に違反して取得請求権付株式が取得された場合の効果 166条1項但書は、取得と引換えに交付する財産の帳簿価額が請求の日の分配可能額を超えるときはこの限りではないとしています。これは、このような制限にもかかわらず取得の請求が行われ、会社がこれを認めて引き換えに社債等の財産を交付した場合には、株式の取得と財産の交付は無効とする趣旨であると考えられます。 @)金銭等を交付した場合 制限に違反した取得が無効となる結果、会社は取得した自己株式を、株主は交付を受けた金銭等をそれぞれ不当利得として返還する義務を負うことになります。会社が取得した自己株式を、また株主は交付を受けた財産の現物をそれぞれすでに処分しており返還が不能な場合には、現物相当額の金銭の返還をすれば足りることになっています。不当利得の返還義務なので、善意の不当利得、すなわち会社の株式取得が財源の制限に違反して無効となることについて善意で取得しまたは交付を受けた者の不当利得については、現存利益を変換すれば足りることになっています(民法708条)。 A)社債を交付した場合 取得対価として会社の社債を交付した場合は、社債の発行ではありますが会社法の社債の発行に関する規定の適用はなく、いわば特殊な社債の発行に該当することになりますが、違反して交付された個々の社債が無効となり、金銭の場合と同様に原状回復が図られることになります。社債については社債券が発行されていなければ、社債の処理に関しては会社が社債原簿の記載を抹消するだけでよいことになります。社債が発行されている場合には、会社は株主に社債券の返還を請求することになります。 B)新株予約権を交付した場合 取得対価として会社の新株予約権を交付した場合は、交付が無効になりますが、その際に新株予約権の発行について新株予約権発行無効の訴え(828条1項4号)は必要なく、当然に無効となると解されています。 C)新株予約権付社債を交付した場合 新株予約権付社債は社債と新株予約権の組み合わせによるとなりますが、新株予約権を無効とするために新株予約権無効の訴えによる必要はないと解されています。 ・財源の制限と取締役の責任 分配可能額を超えて剰余金の配当及び自己株式の取得に関与した取締役は、462条による法定の責任を負うことになりますが、同じ分配可能額を超えて取得請求権付株式の取得が行われた場合は462条の対象とされていません。取得請求権付株式の取得は株主が一方的に請求することによる取得であり、取締役に462条の特別の責任を課すことは酷であるためです。したがって、財源の制限に違反して株式の取得に関与した取締役は、取締役としての任務懈怠の責任(423条1項)を負うにとどまります。ただし、剰余金の配当や自己株式の取得をした場合においてその行為のあった事業年度の終わりに欠損が生じた場合に取締役に過失責任として課される465条の法定責任は、取得請求権付株式の取得も適用対象とされています。 ・財源の制限と登記との関係 財源の制限に違反しないで財産が交付されたことは、会社の登記の関係では、新株予約権の交付の場合にのみ問題となります。すなわち、取得請求権付株式の取得と引き換えに会社が新株予約権を発行して交付する場合は、分配可能額が存在することを証する書面が新株予約権についての登記の添付書類として求められています。新株予約権の帳簿価額および461条2項各号の額またはその概算額を示すなどの方法により分配可能額が存在することが確認できる代表者の作成に係る証明書等が考えられるとされています。 ・財源の制限の違反と刑事罰 会社の計算において不正に自己株式を取得した取締役には、刑事罰が科されます(963条5項)が、166条1項但書の財源の制限に違反して現実に財産を交付して取得請求権付株式を取得した場合も、この刑事罰の対象となります。 ü
株主による取得の請求の方法 166条2項は、166条1項の規定による株主の取得請求は、その請求による取得請求権付株式の数を明らかにしなければならないこと、種類株式発行会社では取得請求権付株式の種類及び種類ごとの数を明らかにしなければならないと規定しています。株主が所有している取得請求権付株式のうちどれだけの数の株式について取得を請求するか、また複数の種類の取得請求権付株式を発行している種類株式発行会社ではどの種類の取得請求権付株式について、どれだけの数の株式について取得を請求するかを明らかにしなければならないものとし、請求の対象となる株式を特定させるという意味があるものです。また、166条1項但書の財源規制の下で取得の請求に応じて取得請求権付株式の効力が生ずるか、財源が不足するものとして取得の効力が生じないかを確定させる意味があるものです。 会社は、事務処理上合理的に必要であり、株主の取得請求権を実質的に阻害することがない範囲では、定款の定め等により、166条2項で定める株式の数等の明示以外にも取得請求の方法ないし手続きについて定めることができます。 ・請求に際しての株券の提出 166条3項は、株券発行会社の株主がその有する取得請求権付株式について166条1項の規定による請求をしようとするときは、取得請求権付株式の株券を発行会社に提出しなければならないという規定です。株券の提出と引換えにすることにより、会社が株主の権利を確認するとともに、株主が二重に株主権を取得・行使することを排除できるようにするものです。なお、166条3項但書において、取得請求権付株式の株券が発行されていない場合には、その限りでないとしています。 株券の提出は取得請求の効力発生要件であるので、株券を提出しないでされた取得請求によっては、会社による取得の効力は生じません。取得請求と株券の提出の時期がずれていたときは、双方の要件が満たされたときに取得の効力が生じます。167条1項は、166条1項の規定による請求の日に、会社が取得請求権付株式を取得するものとしますが、166条1項の規定による請求には、166条3項の株券の提出も含まれています。 株式に質権が設定されている場合には、質権を設定した株主は取得請求はできますが、株券の提出が166条3項により請求の要件となるため、質権者に対して、株主の取得請求と別に株主に代わり会社に株券を提出することを求めるか、または株主の委任に基づいて株主の代理人として取得請求をし、その際に株券も提出するという方法によることが必要となります。 ・株券が発行されていない場合 株券が発行されていない場合、すなわち株券不発行会社である場合や株券発行会社であるが未だ株券が発行されていない場合もしくは株主の請求により株券不所持制度の対象となっている場合には、株券の提出により権利者を把握することができないので、株主名簿に記載されている株主しか会社に対して取得を請求することができません。株式の譲渡を受けていたが、未だ株主名簿の名義書換をしていない者は、名義書換の上で取得を請求するしかありません。 ・振替株式の場合の特例 社債、株式等の振替に関する法律では、会社法の特例として、取得請求権付株式である特定の銘柄の振替株式について166条1項の規定による請求をする加入者は、振替株式についての振替の申請をしなければなりません(社債株式振替法156条1項)。取得請求権付株式が振替株式である場合には、167条1項の規定にかかわらず、発行者は、加入者による振替の申請により発行者の口座における保有欄に取得請求権付株式の増加の記載または記録を受けた時に振替株式を取得します(社債株式振替法156条2項)。166条1項の規定による請求により振替株式の交付を受けようとする者は、自己のために開設された振替株式の振替を行うための口座を振替株式を交付する会社に示さなければなりません(社債株式振替法156条3項)。 第1款.総則(155条) 第2款.株主との合意による取得(156条〜165条) 第1目.取得請求権付株式の取得の請求 取得の請求(166条) 効力の発生(167条) 第2目.取得条項付株式の取得 取得する日の決定(168条) 取得する株式の決定等(169条) 効力の発生等(170条) 第4款.全部取得条項付種類株式の取得 全部取得条項付種類株式の取得に関する決定(171条) 全部取得条項付種類株式の取得対価に関する書面等の備置き及び閲覧等(171条の2) 全部取得条項付種類株式の取得をやめることの請求(171条の3) 裁判所に対する価格の決定の申立て(172条) 効力の発生(173条) 全部取得条項付種類株式の取得に関する書面等の備置き及び閲覧等(173条の2) 第5款.相続人等に対する売渡しの請求(174条〜177条) 相続人等に対する売渡しの請求に関する定款の定め(174条) 売渡しの請求の決定(175条) 売渡しの請求(176条) 売買価格の決定(177条) 第6款.株式の消却(178条) |