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第172条 裁判所に対する価格の決定の申立て
 

 

Ø 裁判所に対する価格の決定の申立て(172条)

@第171条第1項各号に掲げる事項を定めた場合には、次に掲げる株主は、取得日の20日前の日から取得日の前日までの間に、裁判所に対し、株式会社による全部取得条項付種類株式の取得の価格の決定の申立てをすることができる。

一 当該株主総会に先立って当該株式会社による全部取得条項付種類株式の取得に反対する旨を当該株式会社に対し通知し、かつ、当該株主総会において当該取得に反対した株主(当該株主総会において議決権を行使することができるものに限る。)

二 当該株主総会において議決権を行使することができない株主

A株式会社は、取得日の20日前までに、全部取得条項付種類株式の株主に対し、当該全部取得条項付種類株式の全部を取得する旨を通知しなければならない。

B前項の規定による通知は、公告をもってこれに代えることができる。

C株式会社は、裁判所の決定した価格に対する取得日後の法定利率による利息をも支払わなければならない。

D株式会社は、全部取得条項付種類株式の取得の価格の決定があるまでは、株主に対し、当該株式会社がその公正な価格と認める額を支払うことができる。

 

172条は、全部取得条項付種類株式について171条1項の規定に基づいて会社が取得することを決定する株主総会決議で、会社が取得と引き換えに取得の対価を定めた場合には、株主は、裁判所に対して取得の決定の申立てをすることができるという規定です。全部取得条項付種類株式は、会社が取得する場合の取得対価の取得対価の算定方法があらかじめ定款で定められていないので、取得を決定する株主総会決議で定める取得対価が公正なものである保障がなく不当な取得対価で会社が株式を取得する危険があるので、反対株主に取得対価の決定の申立てをする権利を保障したものです。

ü 申立てをすることができる株主

裁判所に対して価格の決定を申し立てることのできる株主は、株主総会決議による取得が決定される全部取得条項付種類株式の株主のみに限られます(172条1項)。これは、株主の申立てに基づいて裁判所の決定した価格を会社が申し立てた株主に対して支払う義務を負う(172条2項)ことを当然の前提としていることからも明らかです。また、全部取得条項付種類株式の導入の経緯からも、この価格の決定の申立ての権利が、会社の多数決により強制的に全部取得条項付種類株式を取得しようとすることに対する救済の方法として位置付けられていたことからも明らかです。

172条1項の条文上では、裁判所に対して取得の決定を申し立てることができる株主を次のように規定しています。

@)全部取得条項付種類株式の取得を決議する株主総会で議決権を行使することができる株主(172条1項1号)

A)全部取得条項付種類株式の取得を決議する株主総会で議決権を行使することができるない株主、つまり議決権のない種類株主や議決権行使の基準日後に株式を取得した株主等(172条1項2号)

ここに規定された株主は、合わせてすべての全部取得条項付種類株式の株主が価格の決定の申立てをすることができるとしていることになります。このようにすべての反対株主が申し立てることができるとしている点では。合併その他の組織再編の場合の株式買取請求権(785条2項)と同じです。

ただし、@)の株主については、株主総会に先立って会社による全部取得条項付種類株式の取得に反対する旨を会社に通知し、かつ、株主総会において取得に反対することが申立ての要件とされています(172条1項1号)。これに対して、A)の株主については、株主総会決議に際して議決権を行使できないので、@)の株主の要件は不要です(172条1項2号)。

ü 申立てと決定の手続

申立てをする株主は、取得を決定した株主総会の日から20日以内に、裁判所に対し、取得の価格の決定を申し立てることができます(172条1項)。申立てを受けたことにより裁判所がする価格の決定の手続きは、非訟事件手続として進められます。会社法では868条以下に会社非訟事件に関する規定が置かれており、そこで規定されていない事項については、一般法としての非訟事件手続法に基づいて進められます。

ü 価格の決定の申立ての権利の法的性格

以上のように株主の価格の決定の申立ての権利は、組織再編等に際しての反対株主の株式買取請求権と同じ機能を有していますが、株主の権利の法律構成として会社による株式の買取りというものにはなっていません。全部取得条項付種類株式の取得を決定する株主総会決議では、会社が取得する日が決定されます(171条1項3号)が、173条1項では、この取得日には総会決議の後に172項1項により価格の申立てをした株主の保有する株式の効力も発生するものとしており、取得日には未だ価格を裁判所が決定せず、対価を会社が申立株主に支払っていない場合にも、会社による株式の取得の効力は発生します。

ü 裁判所による価格の決定

172条では、株主から全部取得条項付種類株式の取得の価格の決定の申立てを受けた裁判所が価格を決定する場合の決定基準については何ら規定を置いていません。この点では、定款の変更等に反対の種類株主の株式買取請求権(116条1項)や各種組織再編行為に反対の株主の株式買取請求権(785条1項)については、公正な価格が買取価格として法定されているのと事情が異なります。しかし、これは、全部取得条項付種類株式の取得は株主総会決議で定めた取得日に当然に効力が生ずることとの関係で、株主からの買取請求権という構成をとることができない場合もあるという制度の仕組みに基づいているということと、全部取得条項付種類株式の取得を株主総会の多数決による決議により決定する場合に不当な取得対価が決定されるおそれがあることに対する救済方法として172条の価格の決定の申立てが認められるので、株式買取請求権と制度の目的は同じであるということから、裁判所が決定すべき価格は公正な価格であると考えられます(東京高裁判決平成20年9月12日)。

株主総会の決定する取得対価は、金銭のほかにも各種の財産であり得るが、172条により株主が裁判所に対して申立てることができるのは取得の対価の決定であり、取得の対象となる全部取得条項付種類株式の金銭的な評価が行われることになります。

・価格の決定基準

裁判所は公正な価格を決定すべきであるとして、具体的にはどのような決定基準によるべきなのか。組織再編行為における株式買取請求権については、法文上は、公正な価格とされており、これは組織再編が行われたことを前提としてシナジーを反映した公正な価格を意味するものとされます。しかし、全部取得条項付種類株式の全部の取得は、それ自体としては会社の内部的行為なので、合併等のようなシナジーは想定されない場合として、会社による取得がなかったとすれば有していたであろう価格が原則的な基準となると考えられます。

ü 裁判所による価格の決定の効力

裁判所への価格の決定の申立ては、個々の株主ごとになされるので、裁判所の価格の決定の効力は申し立てた株主当人にしか及びません。多数の株主が申立てをする場合には、裁判手続きを併合することにより統一的に価格が決定されます。

裁判所が申立てにより価格の決定をした場合には、申立てをした株主は会社に対して裁判所の決定した価格相当額の金銭の支払を請求することができます。このことは、172条2項で、会社は裁判所の決定した価格に対する取得日後の年6分の利率により算定した利息をも支払わなければならないものとすると定めることにより間接的に規定されています。株主総会で決定した全部取得条項付種類株式の取得の対価が金銭以外である場合には、株主は所得対価としての金銭以外の財産の交付を受けますが、株主総会決議後に株主が裁判所に対して価格の決定の申立てをし、裁判所が価格の決定をした場合には、取得対価は裁判所の決定した価格相当額の金銭の支払によってのみされることになります。

株主総会決議により取得が決定される時は、その決議により定められた取得日に会社による株式の取得の効力が生じ(173条1項)、同じ日に株主は社得対価である会社の株式等の権利者となります(173条2項)。このことと、株主が裁判所に価格の決定の申立てをしたが、裁判所が決定を下す前に取得日が到来した場合の法律関係が問題となります。全部条項付種類株式の全部取得が決定された以上は、会社が取得日に全部の株式を取得するということは必然的に要請されることであるので、価格の決定の申立てをした株主の株式についても取得の効力自体は発生するといわざるを得ません。そうすると、株主が価格の決定の申立手続を開始した以上は、株主に関しては取得対価は金銭に確定したので、取得日に会社の定めた取得対価である会社の株式等の権利者しはならないという考え方によらざるを得ないと考えられます。株主が価格の決定の手続を取り下げるような場合においても、株主総会決議により定められた取得対価の財産の交付を効力は生じていると考えざるを得ないので、その後に裁判所の価格の決定があるときに会社がその価格を株主に支払い、株主に交付していた対価の返還を受けることになる。

 

関連条文

 第1款.総則(155条) 

  株式会社による自己株式の取得(155条)

 第2款.株主との合意による取得(156条〜165条)

  株式の取得に関する事項の決定(156条)

  取得価格等の決定(157条)

  株主に対する通知等(158条)

  譲渡しの申込み(159条)

  特定の株主からの取得(160条)

  市場価格のある株式の取得の特則(161条)

  相続人等からの取得の特則(162条)

  子会社からの株式の取得(163条)

  特定の株主からの取得に関する定款の定め(164条) 

  市場取引等による株式の取得(165条)

 第3款.取得請求権付株式及び取得条項付株式の取得(166条〜170条) 

  第1目.取得請求権付株式の取得の請求

取得の請求(166条)

効力の発生(167条)

  第2目.取得条項付株式の取得

取得する日の決定(168条)

取得する株式の決定等(169条)

効力の発生等(170条)

  第4款.全部取得条項付種類株式の取得

全部取得条項付種類株式の取得に関する決定(171条)

全部取得条項付種類株式の取得対価に関する書面等の備置き及び閲覧等(171条の2)

全部取得条項付種類株式の取得をやめることの請求(171条の3)

裁判所に対する価格の決定の申立て(172条)

効力の発生(173条)

全部取得条項付種類株式の取得に関する書面等の備置き及び閲覧等(173条の2)

  第5款.相続人等に対する売渡しの請求(174条〜177条)

相続人等に対する売渡しの請求に関する定款の定め(174条)

売渡しの請求の決定(175条)

売渡しの請求(176条)

売買価格の決定(177条)

  第6款.株式の消却(178条)

 
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