新任担当者のための会社法実務講座
第161条 市場価格のある株式の取得の特則
第162条 相続人等からの取得の特則
第163条 子会社からの株式の取得
第164条 特定の株主から取得に関する定款の定め
第165条 市場取引等による株式の取得
 

 

Ø 市場価格のある株式の取得の特則(161条)

前条第2項及び第3項の規定は、取得する株式が市場価格のある株式である場合において、当該株式一株を取得するのと引換えに交付する金銭等の額が当該株式一株の市場価格として法務省令で定める方法により算定されるものを超えないときは、適用しない。

 

特定の株主からの自己株式の取得が行われる場合、160条2、3項によって、原則として他の株主は、特定の株主に自己をも加えたものを、株主総会の議案とすることを請求することができます。しかしこの規制にはいつくかの例外が設けられています。161条もその一つであり、市場価格のある株式について、その株式1株を取得するのと引き換えに交付する金銭等の額が株式1株の市場価格として会社法施行規則で定める方法により算定されるものを超えないときには、特定の株主以外の株主は、160条3項の議案の変更の請求ができない。このような場合、他の株主に売却の困難がなく、グリーン・メーラーからの高値取得の懸念もないからです。

ü 市場と市場価格

ここでいう市場価格の具体的な算定方法は、会社法施行規則30条に定められています。すなわち、次の額のいずれが高い額が、株式の市場価格となります。

@)特定の株主から自己株式取得のための株主総会決議の日の前日における、当該株式を取引する市場における最終の価格(会社法施行規則30条1号)

A)特定の株主からの自己株式取得のための株主総会決議の日の前日において、当該株式が公開買付け等の対象であるときは、その日における当該公開買付け等に係る契約における当該株式の価格(会社法施行規則30条2号)

つまり、当該株式が市場で取引された価格と当該株式についての公開買付け等の価格のいずれか高い価格が市場価格となります。

A)の公開買付け等には、金融商品取引法27条の2第6項に規定する公開買付けに加えて、これに相当する外国の法令に基づく制度が含まれます。そのような制度と言えるためには、買付価格を原則として引き下げることができないことを要件とすると考えられます。

 

 

Ø 相続人等からの取得の特則(162条)

第160条第2項及び第3項の規定は、株式会社が株主の相続人その他の一般承継人からその相続その他の一般承継により取得した当該株式会社の株式を取得する場合には、適用しない。ただし、次のいずれかに該当する場合は、この限りでない。

一 株式会社が公開会社である場合

二 当該相続人その他の一般承継人が株主総会又は種類株主総会において当該株式について議決権を行使した場合

 

公開会社でない会社について、株主の相続人その他の一般的承継人から、その者が相続その他の一般承継によって取得した株式を、その者との合意によって会社が取得することは認められています(162条)。これは会社が特定の株主から自己株式を取得する場合に当りますが、この場合は株主総会の特別決議を得るだけでよく、他の株主は特定の株主に自己をも加えたものを、株主総会の議案とすることを請求することはできません。

公開会社でない会社については、会社の非公開性を維持する要請が強いところ、株式の相続その他の一般承継は株式の「譲渡」には当たらず、株式譲渡制限の対象とはなりません(134条4項)。しかし、株主を人的な信頼関係のある者に限るという株式譲渡制限の趣旨は、相続等の一般承継の場合についても同様に妥当します。そこでは、公開会社ではない会社について、株式の相続その他の一般承継が行われ、かつ相続人その他の一般承継人もその株式を手放すことに異議がない場合に、会社が相続人その他の一般承継人との合意に基づいて株式を取得して、会社の非公開性の維持を図る道も拓くものです。

なお、同じように、相続その他の一般承継の際にも株式譲渡制限の趣旨を及ぼそうとする制度として、相続人等に対する売渡しの請求制度(174〜177条)があります。この制度は、162条の制度とは異なり、相続人その他の一般承継人が株式を手放すことに同意していない場合にも利用できる制度であり、この制度を利用するためには、その旨を定款で定める必要があります。

ü 162条の適用範囲

制度の趣旨からいって、162条が適用されるのは、会社が公開会社である場合に限られます(162条1号)。また、相続人その他の一般承継人が株主総会または種類株主総会において当該株式について議決権を行使した場合には、162条による取得はできません(162条2号)。相続人その他の一般承継人が、株式を手放さずに株主としてとどまることを選択したことになるからであるとされていますが、とりあえずこの議案には反対しておかなければと議決権を行使することもあり得るという指摘もあります。

ここでいう一般承継人は、会社法上定義されていません。相続の他、合併がこれに含まれ、会社分割も含まれると考えられます。他方で、事業譲渡は特定承継であり、適用範囲外です。

 

 

Ø 子会社からの株式の取得(163条)

株式会社がその子会社の有する当該株式会社の株式を取得する場合における第156条第1項の規定の適用については、同項中「株主総会」とあるのは、「株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)」とする。この場合においては、第157条から第160条までの規定は、適用しない。

 

会社がその子会社から自己株式を取得する場合は、特定の株主からの自己株式取得の一場面となりますが、特別の手続き規制が定められています。すなわち、157条から160条までの規定が適用されず、会社が自己株式を取得するためには、取締役会設置会社では取締役が156条1項所定の事項を決議するだけでよい、というものです(163条)。なお、取締役会設置会社でない会社は株主総会の決議となります。これらの場合は、161条、162条、164条の場合とは異なり、特定の株主以外の株主が特定の株主に自己をも加えたものを株主総会の議案とすることを請求するができないだけでなく、157条以下の手続規制は適用されません。

このような子会社からの自己株式取得についての特別の手続きは、もともと旧商法の下ではなかったもので、平成13年の商法改正ではじめて設けられました。その理由は、子会社による親会社株式の取得は原則として禁止され、例外的に許容される場合も、子会社は、保有する親会社株式を相当の時期に処分しなければならないとされています(135条)。ところが、親会社株式に市場価格がなければ、事実上その処分は困難です。また、親会社株式に市場価格があっても、子会社が親会社株式を大量に取得した場合、市場に与える影響の大きさ等から、市場での処分が困難となる場合があります。そのため、子会社による親会社株式の保有を早期に解消させるという政策的見地から、親会社が簡単な手続きによって子会社が有する親会社株式を取得するようにした、ということです。これは、会社法にも引き継がれています。

ü 子会社からの株式の取得の手続き

会社が、その子会社から自己株式を取得する場合、163条により簡易化された156条の手続きを踏むだけでよいとされています。156条に基づく授権決議は、取締役会設置会社の場合、取締役会が行うことができます。あえて株主総会で授権決議を行う場合には、定款の定めを必要とします(295条2項)。授権決議以外の手続きを定める157条から160条の規定が適用されないため、授権決議の範囲内での具体的な取得は、それについての業務を執行するものが適宜の方法によって行うことができることになります。取締役会を設置しない会社の場合は、株主総会が授権決議を行いますが、決議要件は普通決議です。子会社からの自己株式取得は特定の株主からの自己株式取得の1事例と言えるものの、309条2項2号括弧書にいう「第160条第1項の特定の株主を定める場合」には該当しないからです。

 

 

Ø 特定の株主からの取得に関する定款の定め(164条)

@株式会社は、株式(種類株式発行会社にあっては、ある種類の株式。次項において同じ。)の取得について第160条第1項の規定による決定をするときは同条第2項及び第3項の規定を適用しない旨を定款で定めることができる。

A株式の発行後に定款を変更して当該株式について前項の規定による定款の定めを設け、又は当該定めについての定款の変更(同項の定款の定めを廃止するものを除く。)をしようとするときは、当該株式を有する株主全員の同意を得なければならない。

 

平成17年の商法改正前においては、定款の定めに基づいて利益による自己株式の消却という制度が設けられていました。その後、会社法の制定によって、株式の消却は、会社が自己株式を取得した後、それを消却することになりました(178条)。以前の定款の定めに基づいて利益による株式の消却の制度は、特定の株主からの自己株式取得に関連した形で規定し直されました。それが164条の規定です。

164条1項により、会社は、定款に定めれば、特定の株主からの自己株式取得について、他の株主が特定の株主に自己をも加えたものを、株主総会の議案とすることを請求することができないものもとすることができる。定款変更によってそのような定款規定を定めるためには、164条2項により、株主全員の同意を要する。種類株式発行会社の場合、株式の種類ごとに行う。以上のような定款規定の変更には株主全員の同意が必要となりますが、定款規定の廃止については不要です(164条2項括弧書)。株主全員の同意する定款変更によらなければならないのは、そうでなければ自己株式を会社に取得させる特定の株主以外の株主に不測の損害を与えるからであると立案担当者より説明されています。

 

 

Ø 市場取引等による株式の取得(165条)

@第157条から第160条までの規定は、株式会社が市場において行う取引又は金融商品取引法第27条の2第6項に規定する公開買付けの方法(以下この条において「市場取引等」という。)により当該株式会社の株式を取得する場合には、適用しない。

A取締役会設置会社は、市場取引等により当該株式会社の株式を取得することを取締役会の決議によって定めることができる旨を定款で定めることができる。

B前項の規定による定款の定めを設けた場合における第156条第1項の規定の適用については、同項中「株主総会」とあるのは、「株主総会(第165条第1項に規定する場合にあっては、株主総会又は取締役会)」とする。

 

この条文は、株式会社が市場において行う取引または公開買付けの方法によって自己株式を取得する場合の手続きについて規定しています。165条1項により、そのような場合、157条から160条までの規定は適用されず、株主総会の授権決議(156条)の範囲内での具体的な取得は、それについての業務を執行する者が適宜の方法によって行うことができます。市場取引等による場合、すべての株主に売却機会があり、取得価格も公正に形成されると考えられるからです。

165条2項及び3項により、取締役会設置会社であれば、定款に、市場取引等によって自己株式を取得することを取締役会決議で定めることができます。このように、取締役会決議限りで(株主総会決議を経ずに)自己株式を取得することが可能になります。

  

 

関連条文

株式会社による自己株式の取得(155条)

株式の取得に関する事項の決定(156条)

取得価格等の決定(157条)

株主に対する通知等(158条)

譲渡しの申込み(159条)

特定の株主からの取得(160条)

市場価格のある株式の取得の特則(161条)

相続人等からの取得の特則(162条)

子会社からの株式の取得(163条)

特定の株主からの取得に関する定款の定め(164条)

市場取引等による株式の取得(165条)

 

 
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