新任担当者のための会社法実務講座 第443条 計算書類等の提出命令 |
Ø 計算書類等の提出命令(443条) 裁判所は、申立てにより又は職権で、訴訟の当事者に対し、計算書類及びその附属明細書の全部又は一部の提出を命ずることができる。 ü
訴訟文書としての計算書類 株式会社は、各事業年度の終了後に、事業年度に係る計算書類及び事業報告ならびにそれらの附属明細書を作成(435条2項、会社計算規則59条3項)し、それらを10年間保存しなければなりません(435条4項)。ここにいう計算書類とは、貸借対照表、損益計算書、その他会社の財産及び損益の状況を示すために必要かつ適当なものとして法務省令で定めるもの、すなわち、株主資本等変動計算書及び個別注記表です(会社計算規則59条1項)。他方、臨時計算書類や連結計算書類は提出命令の対象となってはいません。 貸借対照表は、各事業年度の末日における会社の財政状態を明らかにするため、すべての資産、負債および資本をきさいします。また、損益計算書は、会社の経営成績を明らかにするため、事業年度中に発生した収益とそれに対応する費用とを記載します。株主資本等変動計算書は、資本金・準備金を減少することによる資本剰余金の増加や自己株式の処分による資本剰余金の増加などいわゆる損益取引以外の取引が行われることにより、純資産のの変動するの様子を明らかにします。個別注記表は、貸借対照表や損益計算書に注記すべきことを記載します。そして、計算書類の附属明細書は、有形固定資産・無形固定資産、引当金の明細、販売費及び一般管理費の明細などのほか、計算書類の内容を補足する重要な事項を内容とします。 このような会社の計算書類及びその附属明細書には、株主や会社債権者にとって重要な会社の事業に関する情報が記載されているので、会社の事業に関して様々な法的紛争が生じた場合に、訴訟上重要な証拠資料となると考えられます。 そこで、計算書類等の所持者を一方当事者となる民事訴訟において、計算書類等が事実の解明の上で書証として必要になった時は、文書提出命令に関する民事訴訟法の要件を満たさなくても、裁判所が計算書類等の所持者に対して提出を命じることができます。 ü
文書提出命令 裁判官が、文書を閲読してこれに記載された意味内容を係争事実の認定のための証拠資料とする証拠調べのことを書証といいます。民事訴訟の当事者が書証の申出をするには、自分で文書を所持している場合には、これを裁判所に提出してすればよい(民事訴訟法219条)。しかし、民事訴訟の相手方や第三者が所持している文書について書証の申出をするには、その文書を所持者から裁判所に提出してもらう必要があります。その方法としては、文書の所持者に対する文書提出命令または文書送付嘱託を裁判所に申し立てるという方法があります(民事訴訟法226条)。このうち、文書送付嘱託は、裁判所が所持者に文書の送付を依頼して、その文書を裁判所に取り寄せ、そのまま証拠方法として利用することを可能にする手続です。これに対して、文書提出命令(民事訴訟法223条)は、相手方当事者または第三者が所持する文書を裁判所の命令によって、提出させ、証拠方法として利用することを可能にする手続です。 民事訴訟法による文書提出命令は、文書の所持者が民事訴訟法220条所定の提出義務を負っている場合にのみ申し立てることができます。これに対して、会計帳簿は、会社の財産及び損益の状態を明らかにし、株主に対して剰余金配当等の基礎を明確にすると共に、会社債権者に対して会社の支払い能力・信用力に関する情報を提供するための資料として、432条が会社に対して作成・保管を義務付けたものです。会計帳簿は、会社の財産を唯一の責任財産とする会社債権者や剰余金配当などに与る株主の保護を図る上で重要な意味を持つまず。そのため、例えば、会社債権者・株主と会社側の訴訟において、事案解明の上で会計帳簿が重要な証拠資料となる事があり得ます。そのような場合に、会社法は、会計帳簿について、民事訴訟法220条所定の文書提出義務の存否を問うことなく、裁判所がその所持者である訴訟当事者に対して会計帳簿提出を命じることができます。したがって、所持者である訴訟当事者は提出を拒否することはできません。 また、民事訴訟法の原則によれば、裁判所は、当事者の申立があるときに限って文書の提出を命じることができます(民事訴訟法219条、221条1項)。しかし、会社法による会計帳簿の提出命令は、当事者からの申立がなくても、職権をもって提出を命じることができます。 ü
計算書類等の提出命令 計算書類等には、株主や会社債権者にとって重要な会社の事業に関する情報が記載されていることから、例えば、会社債権者や株主と会社の間の訴訟において、事案解明の上で、計算書類等が重要な証拠資料となり得ます。そのような場合に、計算書類等については、民事訴訟法220条の文書提出義務の存否を問うことなく、裁判所が所持者である当事者に対して、その提出を命ずることができます(会社計算規則443条)。したがって、会社計算規則443条に規定された計算書類等に該当する限り、所持者である訴訟当事者は提出をこばむことができません。 民事訴訟法の原則と異なり、訴訟当事者からの申立てがなくても、裁判所が、計算書類等について提出命令が発令できる点や、訴訟当事者から提出命令の申立てがなされても、裁判所が証拠調べを不要と判断したときは、申立てを却下できる点は、会計帳簿の提出命令(会社計算規則434条)の場合と同じです。 ü
提出義務者 民事訴訟法では、文書の提出義務を負うのは、訴訟当事者だけでなく、第三者も含まれます(民事訴訟法220条)。しかし、計算書類等の提出命令の対象は訴訟の当事者に限られます。実際の訴訟で、計算書類等の提出が命じられるのは、会社法が計算書類等についてその保存を義務付けている会社が訴訟当事者である場合がほとんどです。 なお、学説上では計算書類等の提出義務者が、保存義務者である会社に限られるか、所持者一般を含むかで議論が別れています。これは、会計帳簿の提出命令の場合と同じで、会計帳簿についての判例は、所持人であっても提出義務を認めています(東京高裁判決昭和54年1月17日)。会計帳簿が、会社の事業から生ずる一切の取引を継続的かつ組織的に記録する帳簿であり、会社の財産および損益の状態を利害関係人に明らかにするという点を考慮すると、提出義務は会計帳簿という文書の性質に基づくと考えられるため、訴訟の当事者が、現に会計帳簿を所持しているという限り、そのものが会計帳簿の保存義務者でなくても、提出義務を負うと考えられます。 ü
提出命令の対象 文書提出命令の対象となる「文書」とは、文字その他の記号によって思想的意味内容を表現した有機物のことをいいます。図画や写真、録音テープ、ビデオ媒体は、文字その他を使用しないので文書には当たりませんが、情報を表わすために作成されたものであるため、いわゆる「準文書」として、文書提出命令の対象になります(民事訴訟法231条)。このうち、録音テープを準文書として証拠調べをするには、挙証者が、録音テープを反訳した書面を裁判所に提出して、それを書証の手続によって取り調べることになります。ここにいう「準文書」は、かならずしも民事訴訟法231条の規定で例示されたものに限定されません。計算書類等の提出命令が出たときに、コンピュータのハードディクス上に、データとして記録・保存されている場合があります。これで提出命令が出たとき、そのデータを取り調べる方法も、基本的には同様です。したがって、ハードディスクは文書でなく準文書に該当するので、ハードディスクに記録・保存されたデータを証拠とするには、書証に準じて、記録内容をプリントアウトして書面化し、閲読可能となったものを原本として証拠調べをすることになります。 民事訴訟法の文書提出命令(民事訴訟法223条1項)は、裁判所が文書提出命令の申立を理由がある認める場合において、その文書に取り調べる必要がないと認める部分または提出義務があると認めることができない部分があるときは、その部分を除いて、提出を命ずることができると規定しています。会社法の計算書類等の提出命令の場合も同様に、一部についてのみ提出命令することができると明示されています。このような一部提出命令の制度は、訴訟と無関係な部分を提出させられるという不利益から文書の所持者を保護するだけでなく、その部分を除いて提出を命じることを可能にすることで発令を促す効果もあると考えられます。 これは、会計帳簿の提出命令の場合と同じ内容の規定です。しかし、会計帳簿と計算書類は、その文書の性質が、必ずしも同じというわけではありません。というのも、会計帳簿の閲覧等については会社の株主や親会社の株主ですら一定割合以上の議決権保有または持株保有が用件とされていて、会社債権者には閲覧請求権は認められていません。これに対して計算書類は会計帳簿の閲覧等のような厳しい規制はありません。したがって、計算書類等の一部についてのみ提出命令を発令することは、会計帳簿の場合より例外的となると考えてよいでしょう。 ü
提出命令に従わない場合 民事訴訟の当事者が、文書の提出命令に従わない場合、民事訴訟法224条3項は、相手方が、その文書の記載に関して具体的な主張をすること及び文書により証明すべき事実を他の証拠により証明することが著しく困難であるときは、裁判所が、その文書により相手方が証明すべき事実を真実と認めることができるとしています。したがって、当事者が、計算書類等の提出命令に従わない場合についても、基本的には、これと同様に考えられます。ただし、計算書類等が提出命令の対象であるときは、文書の記載に関する相手方の主張は明らかであると考えられるので、相手方が計算書類等により証明すべき事実を他の証拠により証明することが著しく困難であることを明らかにすれば、裁判所は、相手方が計算書類等により証明すべき事実を真実と認めることができると考えられます(民事訴訟法224条3項)。
関連条文 会計の原則(431条) |