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第179条〜179条の10 特別支払株主の株式売渡請求 |
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株式売渡し請求(179条) @株式会社の特別支配株主(株式会社の総株主の議決権の10分の9(これを上回る割合を当該株式会社の定款で定めた場合にあっては、その割合)以上を当該株式会社以外の者及び当該者が発行済株式の全部を有する株式会社その他これに準ずるものとして法務省令で定める法人(以下この条及び次条第1項において「特別支配株主完全子法人」という。)が有している場合における当該者をいう。以下同じ。)は、当該株式会社の株主(当該株式会社及び当該特別支配株主を除く。)の全員に対し、その有する当該株式会社の株式の全部を当該特別支配株主に売り渡すことを請求することができる。ただし、特別支配株主完全子法人に対しては、その請求をしないことができる。 A特別支配株主は、前項の規定による請求(以下この章及び第846条の2第2項第1号において「株式売渡請求」という。)をするときは、併せて、その株式売渡請求に係る株式を発行している株式会社(以下「対象会社」という。)の新株予約権の新株予約権者(対象会社及び当該特別支配株主を除く。)の全員に対し、その有する対象会社の新株予約権の全部を当該特別支配株主に売り渡すことを請求することができる。ただし、特別支配株主完全子法人に対しては、その請求をしないことができる。 B特別支配株主は、新株予約権付社債に付された新株予約権について前項の規定による請求(以下「新株予約権売渡請求」という。)をするときは、併せて、新株予約権付社債についての社債の全部を当該特別支配株主に売り渡すことを請求しなければならない。ただし、当該新株予約権付社債に付された新株予約権について別段の定めがある場合は、この限りでない。 株式会社の特別支配株主は、その会社の株主の全員に対して、その有する会社株式の全部を自分に売り渡すことを請求することができます(179条1項)。これを株式売渡請求と呼びます。また、所定の手続き(179条の2)を踏むことによって、特別支配株主は、一定の日に、請求対象となった株式の全部を強制的に取得することができます(179条の9第1項)。この特別支配株主の請求権は、会社に対する権利ではなく、自分が特別支配株主である会社の他の株主に対する権利で、特殊な少数株主権と言えます。 この制度は、平成26年の会社法改正以前では企業買収後に残存する少数株主を締め出して完全子会社化する手段として用いられていた全部取得条項付種類株式の制度では、合併や株式交換等とは異なり、買収者が対象会社の総株主の議決権の90%以上を有していても、対象会社の株主総会決議を必要とするなどの不便なものであったことに対して、平成26年の改正で創設された制度です。全部取得条項付種類株式を用いる方法は、対象会社が株式を強制取得する形で少数株主の締め出しが行われるのに対して、この制度では、少数株主の有する株式が特別支配株主に直接移転する形で行われるところが違います。 この制度では、特別支配株主は、株式受渡請求にあわせて、対象会社の新株予約権者の全員に対して、その有する新株予約権の全部を自分に売り渡すことを請求することができます(179条2項・3項)。新株予約権が他人の手中に残されていると100%の持株関係が将来的に崩れる可能性があるからです。 ü 特別支配株主 特別支配株主は、特別支配会社(468条1項)に準ずる概念で、単一の株主で所定の要件を充たすことが前提ですが、株主が発行済株式の全部を有する株式会社その他のこれに準するものとして法務省令で定める法人が有している株式会社の株式を合算して10分の9以上の要件を充たす場合も、特別支配株主となります(179条1項括弧書)。特別支配会社とは異なり、会社に限定されず、自然人、外国会社、その他の法人でもよく、投資事業有限責任組合などでもよいとされています。 ü 特別支配株主の株式等売渡請求という制度の特徴 ・キャッシュ・アウトの手法の追加 対象会社の株式を多数保有している大株主が、現金を対価として、少数株主の保有する株式を強制的にすべて取得する取引は、キャッシュ・アウトと呼ばれています。特別支配株主の株式等売渡請求は、この手法の一つです。 すなわち、総株主の議決権の90%以上の議決権を有する特別支配株主が、対象会社の他の株主に対して、その保有する株式の全部を売り渡すことを請求することができるからです。この請求をするときに、新株予約権者の全員に対して、その保有する新株予約権の全部を売り渡すことも請求することもできます。株式売渡請求と新株予約権売渡請求をあわせて、株式等売渡請求といいます。 ・株主総会決議が不要 会社法の制定以来、現金を対価として株式交換等の組織変更を行う、あるいは、全部取得条項付種類株式を取得する方法により、キャッシュ・アウトを行う事務が広まってきました。課税上の観点から全部取得条項付種類株式の取得という方法が採られることも多かったのですが、これには株主総会決議が必要でした。これに対して、特別支配株主の株主売渡請求の場合は、株主総会決議を不要とするところに大きな特徴があります。 ・対象会社が当事者とならない 特別支配株主の株主売渡請求と、他のキャッシュ・アウトの制度との違いは、対象会社が当事者となるか否かにあります。特別支配株主の株主売渡請求の場合、特別支配株主と少数株主との間の売買であり、対象会社自身は取引の当事者にはならず、対象会社の取締役会の承認が必要となるのにとどまります。対象会社自身が取引の当事者にならないという点では、公開買付と似ています。ただし、公開買付の場合は対象会社の賛同なしに行われることもあり、取締役会の承認は不要です。 Ø
株式等売渡請求の方法(179条の2) @株式売渡請求は、次に掲げる事項を定めてしなければならない。 一 特別支配株主完全子法人に対して株式売渡請求をしないこととするときは、その旨及び当該特別支配株主完全子法人の名称 二 株式売渡請求によりその有する対象会社の株式を売り渡す株主(以下「売渡株主」という。)に対して当該株式(以下この章において「売渡株式」という。)の対価として交付する金銭の額又はその算定方法 三 売渡株主に対する前号の金銭の割当てに関する事項 四 株式売渡請求に併せて新株予約権売渡請求(その新株予約権売渡請求に係る新株予約権が新株予約権付社債に付されたものである場合における前条第3項の規定による請求を含む。以下同じ。)をするときは、その旨及び次に掲げる事項 イ.特別支配株主完全子法人に対して新株予約権売渡請求をしないこととするときは、その旨及び当該特別支配株主完全子法人の名称 ロ.新株予約権売渡請求によりその有する対象会社の新株予約権を売り渡す新株予約権者(以下「売渡新株予約権者」という。)に対して当該新株予約権(当該新株予約権が新株予約権付社債に付されたものである場合において、前条第3項の規定による請求をするときは、当該新株予約権付社債についての社債を含む。以下この編において「売渡新株予約権」という。)の対価として交付する金銭の額又はその算定方法 ハ.売渡新株予約権者に対するロの金銭の割当てに関する事項 五 特別支配株主が売渡株式(株式売渡請求に併せて新株予約権売渡請求をする場合にあっては、売渡株式及び売渡新株予約権。以下「売渡株式等」という。)を取得する日(以下この節において「取得日」という。) 六 前各号に掲げるもののほか、法務省令で定める事項 A対象会社が種類株式発行会社である場合には、特別支配株主は、対象会社の発行する種類の株式の内容に応じ、前項第3号に掲げる事項として、同項第2号の金銭の割当てについて売渡株式の種類ごとに異なる取扱いを行う旨及び当該異なる取扱いの内容を定めることができる。 B第1項第3号に掲げる事項についての定めは、売渡株主の有する売渡株式の数(前項に規定する定めがある場合にあっては、各種類の売渡株式の数)に応じて金銭を交付することを内容とするものでなければならない。 特別支配株主は、株式売渡請求をする際には、次の事項を定めて対象会社に通知しなければなりません(179条の2第1項)。 @)特別支配株主完全子会社法人に対して株式売渡請求をしないこととする場合は、その旨とその法人の名称 A)売渡株主に対して株式の対価として交付する金銭の額(またはその算定方法) B)売渡株主に対する前号の金銭の割当に関する事項 この事項の定めは、種類株式では異なる取扱いができる点を別として、売渡株主の有する売渡株式の数に応じて金銭を交付することを内容とするものでなければなりません(179条の2第2〜3項)。 C)新株予約権売渡請求をするときは、それに関する@〜Bら相当する事項 D)特別支配株主が売渡株式等を取得する日(取得日) E)その他法務省令で定める事項
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対象会社の承認(179条の3) @特別支配株主は、株式売渡請求(株式売渡請求に併せて新株予約権売渡請求をする場合にあっては、株式売渡請求及び新株予約権売渡請求。以下「株式等売渡請求」という。)をしようとするときは、対象会社に対し、その旨及び前条第1項各号に掲げる事項を通知し、その承認を受けなければならない。 A対象会社は、特別支配株主が株式売渡請求に併せて新株予約権売渡請求をしようとするときは、新株予約権売渡請求のみを承認することはできない。 B取締役会設置会社が第一項の承認をするか否かの決定をするには、取締役会の決議によらなければならない。 C対象会社は、第一項の承認をするか否かの決定をしたときは、特別支配株主に対し、当該決定の内容を通知しなければならない。
特別支配株主は、株式売渡請求をする際には、対象会社に通知した次の事項について、その対象会社から承認を受けなければなりません(179条の3第1項)。 @)特別支配株主完全子会社法人に対して株式売渡請求をしないこととする場合は、その旨とその法人の名称 A)売渡株主に対して株式の対価として交付する金銭の額(またはその算定方法) B)売渡株主に対する前号の金銭の割当に関する事項 C)新株予約権売渡請求をするときは、それに関する@〜Bに相当する事項 D)特別支配株主が売渡株式等を取得する日(取得日) E)その他法務省令で定める事項 通知を受けた会社は、取締役会設置会社である場合は、承認をするか否かを決定するには取締役会の決議によらなければなりません(179条の3第3項)。なお、指名委員会等設置会社の場合は執行役への委任が可能です(416条4項、399条の13第5〜6項)。この場合、取締役会は、特別支配株主が定めた金銭の額等を無条件に受け入れてはならず、売渡株主の利益に配慮し、金銭の額の相当性、金銭の支払見込み、取引条件等を考慮して判断することが期待されていると考えられます。取締役会非設置会社では、取締役の過半数をもって決定します。 なお、新株予約権売渡請求も併せてなされる場合には、対象会社は、新株予約権売渡請求のみを承認することはできません(179条の3第2項)。すなわち、株式売渡請求のみが適性性を欠く等の場合には、新株予約権売渡請求も拒絶すべきということになります。承認は、取得日の20日前までに行わなければなりません(179条の4)。 対象会社は、承認をするか否かの決定をしたときは、特別支配株主に対し、決定の内容を通知しなければなりません(179条の3第4項)。 このように対象会社の承認を要求している趣旨は、売渡株主等の利益への配慮という観点からは、特別支配株主による一方的な条件提示のみによって無条件に少数派株主が株主としての権利を売り渡すことを認めるのは適切ではなく、売渡の条件について一定の制約が必要であることから、このような制約のひとつとして、対象会社の取締役会が承認する際に、売渡株主等の利益に配慮し、売渡の条件が適正なものといえるかどうかを検討することを期待する点にあるとされています。この点で、取締役が、価格が公正でないにもかかわらず株式売渡請求を承認した場合、売渡株主等から特別支配株主への不当な価値移転を防止するという任務の懈怠となり、その際に悪意・重過失がある場合には、売渡株主等に対して損害賠償責任を負うことになります(429条)。実務上は、このような責任を問われるリスクを避けるため、独立した第三者である株式価値算定機関などから、売渡価格が適正な価格の範囲に収まっていることに関する評価書等を取得すること等が行われます。 ü 取締役会の承認の際の留意点 ・株式等売渡請求をする株主の保有議決権割合の確認 対象会社の取締役会は、株主から株式等売渡請求を受けた場合、その株主がこの請求をした時点で対象会社の特別支配株主であること、すなわち総株主の議決権の90%以上を保有していることを確認する必要があります。このため、株式等売渡請求がなされた時点におけるその株主の保有する議決権数を把握するとともに、その時点ての対象会社の総株主の議決権数を把握することが必要となります。 @)特別支配株主の保有議決権数の確認 対象会社の取締役会は、株主から株式売渡請求がなされた時点における請求株主の保有する議決権数を、公開買付の結果等、株主の開示書類により公表される株主の所有株式数により、一応は把握可能です。しかし、たとえば、請求株主の保有する議決権が90%ちょうどまたはギリギリ超えるようなケースでは、より正確な確認が必要となります。 しかし、上場会社の場合、振替株式のため、株主名簿により確認することはできません。実務上は証券保管振替機構に情報提供請求制度を利用することになります。ただし、実務上、情報を得るのに時間がかかるため、そのタイミングに留意する必要があります。 A)対象会社の総株主の議決権数の確認 対象会社の総株主の議決権数は、新株予約権の行使および単元未満株主の買取や買増請求によって変動するため、対象会社の取締役会であっても請求時点での総株主の議決権数を正確に確認するのは難しいところがあります。したがって、実務上は、請求株主の保有する議決権数の総議決権数に対する割合を取締役会が計算する際には、理論的に考えられる総議決権数の最大値をもとに計算して確認するという安全策をとっています。 ・対象会社取締役会における判断内容 会社法では、対象会社が特別支配株主から株式等売渡請求を受けた場合、請求を承認するかどうかを決定し、その決定内容を請求株主に対して通知しなければなりません。株式等売渡請求には、株式および新株予約権の売渡対価として交付する金銭の額またはその算定方法、金銭の割当てに関する事項、取得日、売渡対価の支払いのための資金を確保する方法、その他の取引条件が記載されることから、取締役は善管注意義務に基づいてこれらの相当性を判断することになります。 実務上、特別支配株主による売渡対価の支払いの見込みは、株主等売渡請求がなされた日の直前における特別支配株主の預金残高証明者または融資証明書および最近日の貸借対照表の退出を求め、その内容に基づいて判断することが考えられます。また、その他の取引条件、例えば売渡対価の支払期限が株主にとって不当に長い期間後に設定されているか否かを確認することになるでしょう。 最も重要な問題は、売渡対価の相当性の判断です。対象会社の取締役が少数株主の利益を確保する観点から売渡対価その他の取引条件の相当性を判断する必要があることからすると、、取締役には前記承認に際し、公正価値移転は義務がみとめられるという。実務的には、対象会社が公開買付に対して賛同をする友好的な取引の場合における、特別支配株主から株式等売渡請求を受けた際の売渡対価については公開買付価格と同額とされているか、また特段の事情変更がないかの確認に限定されると考えられます。 Ø
売渡株主等に対する通知等(179条の4) @対象会社は、前条第一項の承認をしたときは、取得日の20日前までに、次の各号に掲げる者に対し、当該各号に定める事項を通知しなければならない。 一 売渡株主(特別支配株主が株式売渡請求に併せて新株予約権売渡請求をする場合にあっては、売渡株主及び売渡新株予約権者。以下この節において「売渡株主等」という。) 当該承認をした旨、特別支配株主の氏名又は名称及び住所、第179条の2第1項第1号から第5号までに掲げる事項その他法務省令で定める事項 二 売渡株式の登録株式質権者(特別支配株主が株式売渡請求に併せて新株予約権売渡請求をする場合にあっては、売渡株式の登録株式質権者及び売渡新株予約権の登録新株予約権質権者(第270条第1項に規定する登録新株予約権質権者をいう。)) 当該承認をした旨 A前項の規定による通知(売渡株主に対してするものを除く。)は、公告をもってこれに代えることができる。 B対象会社が第1項の規定による通知又は前項の公告をしたときは、特別支配株主から売渡株主等に対し、株式等売渡請求がされたものとみなす。 C第1項の規定による通知又は第2項の公告の費用は、特別支配株主の負担とする。
対象会社は、特別支配株主から株式売渡請求の通知を受け、承認した場合は、取得日の20日前までに売渡株主に対して、次の事項を通知または公告しなければなりません(179条の4第1〜2項)。 @)承認をした旨 A)特別支配株主の氏名または名称・住所 B)特別支配株主完全子会社法人に対して株式売渡請求をしないこととする場合は、その旨とその法人の名称 C)売渡株主に対して株式の対価として交付する金銭の額(またはその算定方法) D)売渡株主に対する前号の金銭の割当に関する事項 E)新株予約権売渡請求をするときは、それに関するB〜Dに相当する事項 F)特別支配株主が売渡株式等を取得する日(取得日) G)その他法務省令で定める事項 この通知または公告の費用は、特別支配株主の負担となります(179条の4第4項)。 対象会社がこの通知または公告をしたときは、特別支配株主から売渡株主に対して、株式等売渡請求がなされたものとみなされます(179条の4第3項)。 ・振替株式発行会社の場合 振替株式発行会社の売渡株主・登録質権者に対しては、公告が要求されます(社債株式振替法161条2項)。振替株式発行会社は、株主名簿上し、その時点の株主を把握できないからです。他方、それ以外の会社の売渡株主に対しては、必ず通知が要求され、公告による代替えは認められません(179条の4第2項括弧書)。売渡株主が価格決定の申立ての機会を失すると、取り返しのつかない損害を被るおそれがあるからです。
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株式等売渡請求に関する書面等の備置き及び閲覧等(179条の5) @対象会社は、前条第1項第1号の規定による通知の日又は同条第2項の公告の日のいずれか早い日から取得日後六箇月(対象会社が公開会社でない場合にあっては、取得日後1年)を経過する日までの間、次に掲げる事項を記載し、又は記録した書面又は電磁的記録をその本店に備え置かなければならない。 一 特別支配株主の氏名又は名称及び住所 二 第179条の2第1項各号に掲げる事項 三 第179条の3第1項の承認をした旨 四 前3号に掲げるもののほか、法務省令で定める事項 A売渡株主等は、対象会社に対して、その営業時間内は、いつでも、次に掲げる請求をすることができる。ただし、第2号又は第4号に掲げる請求をするには、当該対象会社の定めた費用を支払わなければならない。 一 前項の書面の閲覧の請求 二 前項の書面の謄本又は抄本の交付の請求 三 前項の電磁的記録に記録された事項を法務省令で定める方法により表示したものの閲覧の請求 四 前項の電磁的記録に記録された事項を電磁的方法であって対象会社の定めたものにより提供することの請求又はその事項を記載した書面の交付の請求。
対象会社は、前条の通知または公告の日から取得後6カ月ゅーを経過する日までの間、次の事項を定めた記載した書面を本店に備え置いて、売渡株主による閲覧等に供さなければなりません(179条の5)。 @)特別支配株主の氏名または名称・住所 A)特別支配株主完全子会社法人に対して株式売渡請求をしないこととする場合は、その旨とその法人の名称 B)売渡株主に対して株式の対価として交付する金銭の額(またはその算定方法) C)売渡株主に対する前号の金銭の割当に関する事項 D)新株予約権売渡請求をするときは、それに関するA〜Cに相当する事項 E)特別支配株主が売渡株式等を取得する日(取得日) F)請求を承認した旨 G)その他法務省令で定める事項 ・対象会社の事前開示事項 この事項には、@売渡対価の相当性に関する事項、売渡対価の交付の見込みに関する事項、取引条件の相当性に関する事項、A@の事項に関する対象会社の取締役の判断・理由、B対象会社が売渡株主の利益を害さないように留意した事項等が含まれます。たとえば売渡株主等が特別支配株主から売渡株主等の対価の交付を受けられなかった場合に、必要に応じて対象会社の取締役の損害賠償責任(429条1項)の追及などを行う手掛かりを提供する趣旨です。
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株式等売渡請求の撤回(179条の6) @特別支配株主は、第179条の3第1項の承認を受けた後は、取得日の前日までに対象会社の承諾を得た場合に限り、売渡株式等の全部について株式等売渡請求を撤回することができる。 A取締役会設置会社が前項の承諾をするか否かの決定をするには、取締役会の決議によらなければならない。 B対象会社は、第1項の承諾をするか否かの決定をしたときは、特別支配株主に対し、当該決定の内容を通知しなければならない。 C対象会社は、第1項の承諾をしたときは、遅滞なく、売渡株主等に対し、当該承諾をした旨を通知しなければならない。 D前項の規定による通知は、公告をもってこれに代えることができる。 E対象会社が第4項の規定による通知又は前項の公告をしたときは、株式等売渡請求は、売渡株式等の全部について撤回されたものとみなす。 F第4項の規定による通知又は第五項の公告の費用は、特別支配株主の負担とする。 G前各項の規定は、新株予約権売渡請求のみを撤回する場合について準用する。この場合において、第四項中「売渡株主等」とあるのは、「売渡新株予約権者」と読み替えるものとする。 対象会社から請求の承認を受けた後に、特別支配株主が取得日の前日までに株式等売渡請求を撤回しようとする場合には、承認の際と同じ形の対象会社の承諾を受けなければなりません(179条の5)。 対象会社が特別支配株主による株主売渡請求の撤回を承諾した場合には、遅滞なく、売渡株主等に対してその旨を通知または公告しなければならず、その通知・公告によって、株式売渡請求は撤回されたものとみなされます(179条の5第6項)。 これは、株式売渡請求がなされた後に、特別支配株主の財務状態が悪化し、対価の交付が困難となった場合や特別支配株主の想定を超える数量の売渡株式について価格決定の申立てがなされた場合等において、株式等売渡請求の撤回の余地を全く認めないことは、かえって売渡株主等の利益を害する不合理な結果につながるおそれがあること等を考慮して設けられたものです。ただし、この場合の取締役の行為規範については、既に一度、株式等売渡請求が売渡株主等にとって適正であるとの判断を行っている以上、撤回を認めないことを原則とすると考えられます。
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売渡株式等の取得をやめることの請求(179条の7) @次に掲げる場合において、売渡株主が不利益を受けるおそれがあるときは、売渡株主は、特別支配株主に対し、株式等売渡請求に係る売渡株式等の全部の取得をやめることを請求することができる。 一 株式売渡請求が法令に違反する場合 二 対象会社が第179条の4第1項第1号(売渡株主に対する通知に係る部分に限る。)又は第179条の5の規定に違反した場合 三 第179条の2第1項第2号又は第3号に掲げる事項が対象会社の財産の状況その他の事情に照らして著しく不当である場合 A次に掲げる場合において、売渡新株予約権者が不利益を受けるおそれがあるときは、売渡新株予約権者は、特別支配株主に対し、株式等売渡請求に係る売渡株式等の全部の取得をやめることを請求することができる。 一 新株予約権売渡請求が法令に違反する場合 二 対象会社が第179条の4第1項第1号(売渡新株予約権者に対する通知に係る部分に限る。)又は第179条の5の規定に違反した場合 三 第179条の2第1項第4号ロ又はハに掲げる事項が対象会社の財産の状況その他の事情に照らして著しく不当である場合。
@)株式等売渡請求が法令に違反する場合 A)対象会社による通知・公告義務または事前開示手続きの違反がある場合 B)対価として交付される金銭の額や算定方法または割当てが対象会社の財産の状況その他の事情に照らして著しく不当である場合 上記いずれかで売渡株主が不利益を受けるおそれがあるときは、売渡株主等は、特別支配株主に対して、その請求による売渡株式等の全部の取得をやめることを請求することができます(179条の7)。これは組織再編行為、とくに略式合併等の差止めと同じ差止事由を、株主総会なしに効果が発生する点で制度趣旨が類似する特別支配株主の株式等売渡請求についても認められたと考えられます。 差止請求の対象が特別支配株主との間の売買取引であり、したがって売渡株主の差止請求は、対象会社に対する株主の権利の行使ではないので、売渡株式が振替株式である場合でも、売渡株主は、差止請求について個別株主通知を行う必要がないとされています。 ・差止事由 差止事由は、略式合併等の場合と同じく、対象会社において株主総会決議が行われれば決議取消の事由となるはずの事項です(831条1項)。179条の7で1項1号・2項1号と1項2号・2項2号とが分けて規定されているのは、行為主体が特別支配株主と対象会社の二つだからです。1項1号・2項1号には定款違反が掲げられていませんが、対象会社の定款条項への違反も差止事由となります。 ü 取得の無効の訴え 特別支配株主による売渡株式等の全部の取得が違法に行われた場合には、その無効が問題となりますが、多数の株主等の利害に影響があることから、法的安定性を図る目的で、売渡株式等の取得の無効の訴えという形成判決によらなければ無効の主張ができないものとされています(846条の2)。 この訴えの提訴期間は、取得日から6カ月に限られます。訴えは、取得日に売渡株主であった者、取得日に対象会社の取締役等であった者、または対象会社の取締役等や清算人のみが提起することができます(846条の2)。この場合、被告は特別支配株主となります。 これは、株式等売渡の効力を争う訴えとして、株式等売渡請求による株式等の取得に対する無効の訴えを創設するものですが、株式等売渡請求による株式等の取得は、多数の株主等の利害に影響を及ぼすことから、株式等売渡請求による株式等の取得は、多数の株主等利害に影響を及ぼすことから、法的安定性を確保するため、この無効の訴えについては、提訴期間が取得日から6カ月以内に限定されています。 訴えは、対象会社の本店の所在地を管轄する地方裁判所に属します。悪意の原告への担保提供命令、弁論・裁判の併合、および悪意・重過失のある敗訴原告の損害賠償責任らついては、会社の組織に関する訴えの手続きと同じです。
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売買価格の決定の申立て(179条の8) @株式等売渡請求があった場合には、売渡株主等は、取得日の20日前の日から取得日の前日までの間に、裁判所に対し、その有する売渡株式等の売買価格の決定の申立てをすることができる。 A特別支配株主は、裁判所の決定した売買価格に対する取得日後の法定利率による利息をも支払わなければならない。 B特別支配株主は、売渡株式等の売買価格の決定があるまでは、売渡株主等に対し、当該特別支配株主が公正な売買価格と認める額を支払うことができる。
株式等受渡請求があった場合には、売渡株主は、取得日の20日前から取得日の前日までの間に、裁判所に対して、その有する売渡請求等の売買価格の決定の申立てをすることができます(179条の8第1項、868条3項、870条2項)。これは特別支配株主と対象会社間で決定された対価に不満を持つ売渡株主等の救済措置です。会社と株主が取り決めた取得を決定する取得対価が公正なものである保障がなく不当な取得対価で会社が株式を取得する危険があるので、反対株主に取得対価の決定の申立てをする権利を保障したものです。 ü 申立てと決定の手続 申立てをする株主は、取得の日から20日前の日から取得の前日までに、裁判所に対し、取得の価格の決定を申し立てることができます(179条の8第1項)。申立てを受けたことにより裁判所がする価格の決定の手続きは、非訟事件手続として進められます。会社法では868条以下に会社非訟事件に関する規定が置かれており、そこで規定されていない事項については、一般法としての非訟事件手続法に基づいて進められます。 ü 価格の決定の申立ての権利の法的性格 以上のように株主の価格の決定の申立ての権利は、組織再編等に際しての反対株主の株式買取請求権と同じ機能を有していますが、株主の権利の法律構成として会社による株式の買取りというものにはなっていません。取得日には未だ価格を裁判所が決定せず、対価を会社が申立株主に支払っていない場合にも、会社による株式の取得の効力は発生します。 ü 裁判所による価格の決定 179条の8では、株主から取得の価格の決定の申立てを受けた裁判所が価格を決定する場合の決定基準については何ら規定を置いていません。この点では、定款の変更等に反対の種類株主の株式買取請求権(116条1項)や各種組織再編行為に反対の株主の株式買取請求権(785条1項)については、公正な価格が買取価格として法定されているのと事情が異なります。しかし、これは、全部取得条項付種類株式の取得は株主総会決議で定めた取得日に当然に効力が生ずることとの関係で、株式買取請求権と制度の目的は同じであるということから、裁判所が決定すべき価格は公正な価格であると考えられます。 株主総会の決定する取得対価は、金銭のほかにも各種の財産であり得るが、179条の8により株主が裁判所に対して申立てることができるのは取得の対価の決定であり、取得の対象となる全部取得条項付種類株式の金銭的な評価が行われることになります。 ・価格の決定基準 裁判所は公正な価格を決定すべきであるとして、具体的にはどのような決定基準によるべきなのか。組織再編行為における株式買取請求権については、法文上は、公正な価格とされており、これは組織再編が行われたことを前提としてシナジーを反映した公正な価格を意味するものとされます。しかし、この場合は、それ自体としては会社の内部的行為なので、合併等のようなシナジーは想定されない場合として、会社による取得がなかったとすれば有していたであろう価格が原則的な基準となると考えられます。 ü 裁判所による価格の決定の効力 裁判所への価格の決定の申立ては、個々の株主ごとになされるので、裁判所の価格の決定の効力は申し立てた株主当人にしか及びません。多数の株主が申立てをする場合には、裁判手続きを併合することにより統一的に価格が決定されます。 裁判所が申立てにより価格の決定をした場合には、申立てをした株主は会社に対して裁判所の決定した価格相当額の金銭の支払を請求することができます。このことは、179条の8第2項で、会社は裁判所の決定した価格に対する取得日後の年6分の利率により算定した利息をも支払わなければならないものとすると定めることにより間接的に規定されています。株主総会で決定した全部取得条項付種類株式の取得の対価が金銭以外である場合には、株主は所得対価としての金銭以外の財産の交付を受けますが、株主総会決議後に株主が裁判所に対して価格の決定の申立てをし、裁判所が価格の決定をした場合には、取得対価は裁判所の決定した価格相当額の金銭の支払によってのみされることになります。
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売渡株式等の取得(179条の9) @株式等売渡請求をした特別支配株主は、取得日に、売渡株式等の全部を取得する。 A前項の規定により特別支配株主が取得した売渡株式等が譲渡制限株式又は譲渡制限新株予約権(第243条第2項第2号に規定する譲渡制限新株予約権をいう。)であるときは、対象会社は、当該特別支配株主が当該売渡株式等を取得したことについて、第137条第1項又は第263条第1項の承認をする旨の決定をしたものとみなす。
特別支配株主は、取得日に、売渡株主の全部を取得します(179条の9第1項)。対価である金銭は、その日に売渡株主に対し交付すべきことになります。 特別支配株主が取得した売渡株式が譲渡制限株式であるときは、対象会社は、特別支配株主が売渡株式を取得したことについて、承諾する旨の決定をしてものとみなされます(179条2項)。 ※課税関係 株式等の売渡しのため、特別支配株主が少数株主に対して強制的に売渡請求ができる制度を創設するものとしています。少数株主の立場からは、株式を特別支配株主に譲渡することになり、譲渡益課税がおこなわれることになります。 国内上場株式の場合、配当金と譲渡損失の損益計算、譲渡損失の3年間の繰越控除の適用を受けるためには、下記の@〜Eの方法により譲渡が行われることが要件となっています(租税特別措置法37条の12の2)。 @証券会社への委託による譲渡 A証券会社に対する譲渡 B発行会社による自己株式の取得、金銭対価の合併、会社分割等 C金銭対価の株式交換・株式移転 D単元未満株式の買取請求による譲渡 E会社法234条または235条の規定に基づく一括処分による譲渡 特別支配株主からの売渡請求による場合、少数株主は自らの意思ではなく、上場株式の譲渡を強制されることになるので、配当金と譲渡損失の損益計算、譲渡損失の繰越控除が認められる譲渡方法の一つとして特別支配株主による売渡請求が手当てされるべきだと考えられます。 ü 対価の支払における留意点 ・取得日時点の株主の確定 株式等売渡請求の効力は取得日に発生することから、売渡対価は取得日における株主に支払われます。したがって、売渡対価の支払義務を負う特別支配株主は、取得日における株主および所有株式数を把握する必要があります。 株式併合等の場合とは異なり、株式等売渡請求は、社債株式振替法では明示的に総株主通知事由とはされていません。しかし、株式等売渡請求の取得日において、証券保管振替機構における振替株式の取扱いが廃止されることから、「特定の銘柄の振替株式振替期間によって取り扱われなくなったとき」という総株主通知事由に該当し、対象会社は取得日の前日の株主を総株主通知により把握することができるはずです。ただし、株式等売渡請求の主体は特別支配株主であるため、特別支配株主が取得日の前日の株主を把握するためには、総株主通知の結果が反映された株主名簿の閲覧謄写請求をすることが必要となります。 ・対象会社の株主名簿管理人を通じた支払 株式等売渡請求の対価は、特別支配株主が売渡株主にたいして支払う義務を負うものの、特別支配株主は、前期の通り、自ら取得日における対象会社の株主及び新株予約権者からびにその所有株式数や新株予約権数を把握することはできません。また、特別支配株主は、対象会社の株主として株主名簿の閲覧謄写請求を行うことは可能ですが、株主名簿には各株主の振込口座等の情報は記載されておらず、その情報の対象会社からの取得は、原則として個人情報保護に抵触すると考えられます。このため、実務上、対価の支払の手続きには対象会社が関与する必要が生じ、その際の契約関係について整理が必要となります。 実際、どのように支払手続きを行うかについては、対象会社が株主に対して配当金を支払う方法と同じ方法が考えられます。この方法による場合、特別支配株主、対象会社および株主名簿管理人の契約関係ということになります。 Ø
売渡株式等の取得に関する書面等の備置き及び閲覧等(179条の10) @対象会社は、取得日後遅滞なく、株式等売渡請求により特別支配株主が取得した売渡株式等の数その他の株式等売渡請求に係る売渡株式等の取得に関する事項として法務省令で定める事項を記載し、又は記録した書面又は電磁的記録を作成しなければならない。 A対象会社は、取得日から6箇月間(対象会社が公開会社でない場合にあっては、取得日から1年間)、前項の書面又は電磁的記録をその本店に備え置かなければならない。 B取得日に売渡株主等であった者は、対象会社に対して、その営業時間内は、いつでも、次に掲げる請求をすることができる。ただし、第2号又は第4号に掲げる請求をするには、当該対象会社の定めた費用を支払わなければならない。 一 前項の書面の閲覧の請求 二 前項の書面の謄本又は抄本の交付の請求 三 前項の電磁的記録に記録された事項を法務省令で定める方法により表示したものの閲覧の請求 四 前項の電磁的記録に記録された事項を電磁的方法であって対象会社の定めたものにより提供することの請求又はその事項を記載した書面の交付の請求。
対象会社は、取得日後遅滞なく、特別支配株主が取得した売渡株式の数その他の取得に関する事項として会社法施行規則33条の8で定める事項を記載した書面を作成し、取得日から6カ月間、本店に備え置いて、売渡株主であった者による閲覧等に供されなければなりません(179条の10)。
第1款.総則(155条) 第2款.株主との合意による取得(156条〜165条) 第1目.取得請求権付株式の取得の請求 第2目.取得条項付株式の取得 第4款.全部取得条項付種類株式の取得 全部取得条項付種類株式の取得対価に関する書面等の備置き及び閲覧等(171条の2) 全部取得条項付種類株式の取得をやめることの請求(171条の3) 全部取得条項付種類株式の取得に関する書面等の備置き及び閲覧等(173条の2) 第5款.相続人等に対する売渡しの請求(174条〜177条) 相続人等に対する売渡しの請求に関する定款の定め(174条) 売渡しの請求の決定(175条) 売渡しの請求(176条) 売買価格の決定(177条) 第6款.株式の消却(178条) 第4節の2.特別支配株主の株式売渡請求 |