新任担当者のための会社法実務講座 第210条 募集株式の発行等をやめる請求 |
Ø 募集株式の発行等をやめる請求(210条) 次に掲げる場合において、株主が不利益を受けるおそれがあるときは、株主は、株式会社に対し、第199条第1項の募集に係る株式の発行又は自己株式の処分をやめることを請求することができる。 一 当該株式の発行又は自己株式の処分が法令又は定款に違反する場合 二 当該株式の発行又は自己株式の処分が著しく不公正な方法により行われる場合 会社が法令・定款に違反しまたは著しく不公正な方法により、募集株式の発行または自己株式の処分を行うことにより株主が不利益を受けるおそれがある場合に、株主が、会社に対してその発行等をやめることを請求することができます(210条)。 募集株式の発行等が行われる場合、そのことによって既存の株式の株式の経済的価値が希釈化されたり持株比率が引き下げられることにより、既存の株主に不利益が生じる可能性があります。会社法では、募集株式の発行等が法令・定款に則って行われる限りは、そのような不利益が生じても、発行等を止めることはありません。このような正して手続きを踏まない発行等が行われたり、その発行等を行うことによって著しい損失が生ずると認められる場合に、募集株式の発行等が行われるの差し止めることができるようになっています。違法または不当な募集株式の発行等が行われる場合、新株発行無効の訴えや自己株式処分無効の訴え等のような訴訟により事後的に効力を覆すことや損害賠償などの金銭的救済をはかるという手段を取ることも可能ですが、これらの救済は常に認められるとは限らず、事後的であることや制限があること(無効の訴えは株式の譲受人や会社債権者の利益を害さないという制限がある)から効果的であるとは限らない。これに対して、このような事態が生ずるのを事前に防止するという点で、事前に差し止めるという救済策を設けるというのが、この趣旨です。 ü
要件 集募集株式の発行等の差止めが認められるための要件は次の通りです。募集株式発行等が、@法令・定款に違反するか、またはA著しく不公正な方法により行われるものであること、およびB株主がこの発行等により不利益を受けるおそれがあること。この@とBまたはAとBが充たされていること。なお、これらの要件の立証責任は、差止を求める株主の側にあります。 ・募集株式の発行等 会社が株式を発行する場合は、199条の手続きに従って、募集株式の発行等を行う場合と、取得請求権付株式・取得条項付株式・全部取得条項付種類株式を会社が取得する際の手順に従って株式が滑降される場合がありますが、210条の差止請求の対象となるのは、この前者の場合に限られます。ただ、後者の場合であっても、現実に株主が不利益を被る可能性はあるので、210条の類推適用が認められると学説上では考えられています。また、組織再編に伴う株券交付の場合も同じように考えられます。 ・法令に違反する(210条1号) 法令違反の募集株式の発行等には、具体的に次のような場合が考えられます。 1) 法が定める権限ある機関の決定を経ない場合(199条、201条、202条、204条、322条) 権限機関の決定を欠いている場合には当然に差止めが認められますが、権限機関の決議に瑕疵がある場合、例えば取締役会や株主総会の決議があったとしても、その決議の内容や手続きに瑕疵があった場合にも差止めが認められると考えられます。 2) 公開会社で有利発行を行うのに必要とされる株主総会の特別決議をしていない場合(201条1項) 有利発行とは、払込金額が募集株式を引受ける者にとくに有利な金額である場合をいい、とくに有利な金額とは募集株式の経済的価値を著しく下回る金額を言います。会社法では、公開会社が募集株式の発行等は取締役会決議によってできますが、有利発行となる場合は株主総会特別決議が必要となります(201条1項)。その際に、取締役は株主総会で有利発行を必要とする理由を説明しなければなりません(199条3項)。これらの手続きを欠く場合には法令違反となり、差止請求が認められます。 ここで問題となるのは、有利発行に該当するか否かということです。具体的には募集株式の経済的価値とは何を指すかですが、これは上場株式のように市場価格が存在する場合は、それが募集株式の経済的価値に当たる公正な払込金額とされています。したがって、この市場価格を下回る金額が有利発行にあたるというわけです。しかし、公募の場合、払込金額の決定から払込期日までの間に市場価格が下落するリスクや発行される大量の株式を市場が消化できないリスクを考慮して、払込金額決定時の市場価格から数パーセント程度をディスカウントした価格を払込金額としています。そのため、払込金額がどの程度市場価値を下回るかによって有利発行に当たるか否かが判断されます。その場合に何パーセントという明確な基準はありません。ケースバイケースで判断されるということになります。判例では「取締役会決議直前日価額又は直前日を最終日としこれを遡る6ケ月以内の任意の日を初日とする期間の平均価額に0.9を乗じた価額以上」を払込金額とするという証券業界の自主ルールに則っている場合には有利発行とは見ないとしている(東京地裁判決平成元年9月5日「宮入バルブ事件」)。 市場価格のある株式の第三者割当の方法による場合のとくに有利な金額の典型例が二つあります。ひとつ目は、特定の者の株式買占めにより株式の市場価格が急騰した時期に、経営者が買占めに対抗する手段として第三者割当による募集株式の発行等を行う場合です。この場合、募集時の株式の市場価格、公正な払込金額の基準にはなりません。なぜなら、買占めをする者は株式取得コストが採算に合う限り、市場価格が高くても買い注文を出すわけで、さらに買占めに便乗する投機的な投資家もいるので、市場価格は株式の実体価値と乖離して高騰します。判例では、「(募集株式の発行等を)決議した取締役会の直前日の価額、または売買高の状況等を勘案し、当該決議の日から払込金額を決定するために適当な期間(最長6カ月)をさかのぼった日から当該決議の直前日までの期間の平均価額に0.9を乗じた価格以上」という証券業界の自主ルールに則った払込金額であれば差止めの対象としない(東京地裁判決平成元年9月5日「宮入バルブ事件」)。ふたつ目は、第三者割当ての方法による企業提携の噂が流れた途端に発行会社株式の市場価格が急騰し、その後に行われる急騰前の市場価格を払込金額とする第三者割当がとくに有利な金額によるものとされました(東京高裁判決昭和48年7月27日)。 3) 募集事項が均等でない場合(199条5項) 4) 株主の募集株式の割当てを受ける権利が無視される場合(202条1項1号) 5) 株主割当てにおいて必要とされる株主への権利内容等の通知が行われない場合(202条4項) 6) 現物出資に必要な検査役の調査がない場合(207条1項) 7) その他 株式の内容が違法である場合(107〜109条)、有利発行を行うのに必要とされる理由の説明を欠いている場合(199条3項)、公開会社で募集事項の適法な通知・公示が課されていない場合(201条3〜4項) なお、以上に対して、取締役の善管注意義務違反や忠実義務違反は、ここでいう法令違反には該当しません。ただし、取締役が自己の利益のための新株発行権限を利用した場合にはAの要件の不公正発行に当たります。 ・定款に違反する(210条1号) 定款違反の募集株式の発行等の例としては、定款所定の発行可能株式総数を超過する発行、定款に定めのない種類の株式の発行、定款上株主に募集株式の割当てを受ける権利を付与した場合にその権利を無視した発行等を行う場合があります。 ・著しく不公正な方法による発行(不公正発行)(210条2号) 具体的な法令定款の違反はないものの、募集株式の発行等が著しく不公正な方法により行われる場合に、その発行の差止めが認められます(210条2号)。この著しく不公正な方法とは、不当な目的を達成する手段として行われるもの、具体的には、取締役が自己の支配権を維持しまたは自己に有利に支配関係を変動させる目的で行う新株発行です。実際の例としては、支配権をめぐる争いがある場合に現経営陣と対立する株主や敵対的買収者の持株比率を下げて自己の支配権を維持・強化するために取締役が自己または第三者に新株を発行するケース、あるいは特別決議を阻止することができる持株や少数株主権を行使することができる持株を有する反対派株主の持株比率を引き下げ、それらの権利行使を不可能にするために友好的第三者等に新株を発行するケースなどが考えられます。このような支配系維持を目的とする新株発行が認められない理由は、取締役の選任・解任が株主総会の専決事項であるので、被選任者である取締役が選任者である株主の構成を変更することを目的とする新株発行は、機関権限の分配秩序に反するからです。 実際のところ募集株式等の処分に関する紛争では、差し止めを求める株主と反対する経営陣との間で、その株式発行が支配権維持に当たるのかが激しく争われます。判例では、支配権維持目的があっても、同時に資金調達その他の会社の正当に事業目的もあり、後者の目的の方が大きい場合は公正な方法の発行と認められています(大阪地裁判決昭和48年1月31日)。 ・株主が不利益をうけるおそれ(210条柱書) 差止め請求が認められるためには、法令・定款違反または発行方法の著しい不公正という要件の他に、募集株式の発行等により株主が不利益を受けるおそれがあることが必要です。株主が受ける不利益としては、株主権の侵害、株主価値の希釈化、持株比率の低下などが考えられます。 株主の権利が侵害される形で募集株式の発行等が行われる場合として、例えば定款で定められた株主の株式の割当てを受ける権利が無視された場合など、株主権を侵害される株主は、不利益をうけるおそれが常に認められます。また、有利発行が行われる場合は、割当を受けない株主が、自身の持株の経済的価値が希釈化されるおそれがあり、そうなると不利益を受けるおそれがあることが認められます。 これに対して、株主に株式の割当てを受ける権利を与えることなく募集株式の発行等が行われることにより、株主の持株比率が低下させられる場合、持株比率の低下によって株主が不利益を被るかについてケースバイケースで判断されます。 ü
差止めの手続き ・当事者 募集株式の発行等の差止めを請求できる者は、募集株式の発行等により不利益を被る株主です。公開会社の場合でも、株式保有期間の要件はありません。なお、訴訟の相手方は会社ということになります。 ・管轄裁判所 差止めを裁判上請求する場合の管轄裁判所は、会社の本店所在地の地方裁判所です。差止めの仮処分を管轄するのも同じ裁判所です。 ・差止めの請求ができる期間 募集株式の発行等の差止めは、法令・定款に違反するまたは著しく不公正な方法による募集株式の発行等を事前に阻止するための手段なので、募集株式の発行等が行われるまでに差止め請求をしなければなりません。募集株式の発行等が行われたといえるのは、募集株式の引受人が株主となる日、つまり効力発生日です。具体的には、募集事項において払込期日を定めた場合は払込期日、あるいは払込期間を定めた場合は出資の履行をした日となります(209条)。差止め訴訟が係属してもそれだけで会社は募集株式の発行等を注視すべき義務を負わないし、会社がその発行等を強行してしまえば、差止めの対象がなくなって訴えの利益がなくなることになり、裁判所は訴えを却下することになります。 ・差止めの仮処分 募集株式の発行等の差止めは権利として条文に規定されているので、株主は裁判外でも、会社に対して募集株式の発行等の差止めを請求することができます。しかし、実際には、会社がそのような請求に易々と応じて発行等を取りやめることは期待できません。そこで、株主としては裁判で差止めの訴えを提起することにより、会社に発行等をとりやめさせるわけです。ところが、差止めの訴えを提起しても判決が確定するまでには長い期間を要し、それまでに発行等が実行されてしまえば、訴えの利益が失われて、訴えが却下されてしまいます。そのため、現実の紛争では、募集株式の発行等の差止め請求権を被保全権利として、株主が募集株式の発行等の差止めの仮処分を申し立て、その認否によって実質的に勝敗が決せられることになります。したがって、本案訴訟が提起される余地はないと言えるでしょう。 募集株式の発行等の差止めの仮処分は、株主を債権者とし、会社を債務者として申し立てられます。申立ての趣旨には、発行等が行われようとしている募集株式を特定して、その発行を仮に差し止める旨が記載されていなければなりません。例えば、「債務者が○年○月○日の取締役会決議に基づいて現に発行手続中の募集株式○○株の発行を仮に差し止める」などと記載されることになります。 なお、この申立ては民事保全法上の保全命令の発令手続きに従って行われるので、被保全権利と保全の必要性が存在することが必要で、その存在について疎明することが必要となります。 募集株式の発行等の分割可能な一部についてのみ差止めの理由がある場合には、その部分だけが仮処分命令による差止めの対象となります。例えば、株主割当ての方法による場合、株主資格を喪失する可能性の高い株主への割り当て分のみ差し止められたケース(名古屋地裁半田支部判決平成12年1月19日)、株主割当ての方法による場合で一部の株主の募集株式の割当てを受ける権利が無視される等差止めるべき部分が特定できない場合には、全部の差止めを認めたケース(福岡地裁判決平成12年7月1日)。 ü
効果 ・募集株式の発行等の差止めの仮処分の効力 募集株式の発行等の差止めの仮処分が決定されると、仮処分命令が裁判所から当事者に送達されます。この送達により仮処分の効力が生じます。募集株式の発行等の差止めの仮処分の効力が生ずると、債務者である会社には募集株式の発行等をしてはならないという不作為義務が課されます。ただし、差止められるのは募集株式の発行等そのものであって、発行等に向けた準備などの作業までは差止めの対象にはなりません。それは、いったん仮処分が命令されても、効力発生日までに仮処分が取り消された場合には、当初の予定通りに募集株式の発行等を行うことができるからです。 ・募集株式の発行等の差止めの仮処分に違反して募集株式の発行等が行われた場合 募集株式の発行等の差止めの仮処分命令に違反して募集株式の発行等が行われた場合には、判例によれば差止め請求権の実効性を担保する必要から、新株発行無効の訴え・自己株式の処分の無効の訴えの原因になるという判断を下しています(最高裁判決平成5年12月16日)。 ※新株発行無効の訴え・自己株式の処分の無効の訴え 募集株式の発行等に法的瑕疵がある場合、新株発行無効の訴え(828条、834条、839条、840条)・自己株式の処分の無効の訴え(828条、834条、839条、841条)という形成判決により、無効の効力は遡及せず、株式が将来に向かって消滅する取扱いが行われます。 募集株式の発行等の無効は、この訴えをもってのみ主張することができます(形成訴訟)。この訴えは、発行等の効力が生じた日から公開会社では6ケ月以内に株主、取締役、監査役、執行役のみが提起できるものです。被告は会社となります。 この訴えにより募集株式の発行等の無効が確定するすると、その判決は第三者に対しても効力を有するものとなります。募集株式の発行等を無効とする判決の確定時に、その発行等の行為および交付された株式は将来に向かってその効力を失います。したがって、すでに行われた対象株式に対する剰余金の配当、議決権の行使等は効力を失いません。そして、判決確定時にその株主に対して、その株式の払込金額に相当する金銭が支払われます。
関連条文 第8節.募集株式の発行等 第1款.募集事項の決定等 第2款.募集事項の割当て 第3款.金銭以外の財産の出資 第4款.出資の履行等 第5款.募集株式の発行等をやめる請求 募集株式の発行等をやめる請求(210条) 第6款.募集に係る責任等 出資された財産等の価額が不足する場合の取締役等の責任(213条) 出資の履行を仮装した募集株式の引受人の責任(213条の2) 出資の履行を仮装した場合の取締役等の責任(213条の3)
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