新任担当者のための会社法実務講座
第202条の2 取締役の報酬等
に係る募集決定の特則
 

 

Ø 取締役の報酬等に係る募集決定の特則(202条の2)

@金融商品取引法第2条第16項に規定する金融商品取引所に上場されている株式を発行している株式会社は、定款又は株主総会の決議による第361条第1項第3号に掲げる事項についての定めに従いその発行する株式又はその処分する自己株式を引き受ける者の募集をするときは、第199条第1項第2号及び第4号に掲げる事項を定めることを要しない。この場合において、当該株式会社は、募集株式について次に掲げる事項を定めなければならない。

一 取締役の報酬等(第361条第1項に規定する報酬等をいう。第二百三十六条第三項第一号において同じ。)として当該募集に係る株式の発行又は自己株式の処分をするものであり、募集株式と引換えにする金銭の払込み又は第199条第1項第3号の財産の給付を要しない旨

二 募集株式を割り当てる日(以下この節において「割当日」という。)

A前項各号に掲げる事項を定めた場合における第199条第2項の規定の適用については、同項中「前項各号」とあるのは、「前項各号(第2号及び第4号を除く。)及び第202条の2第1項各号」とする。この場合においては、第200条及び前条の規定は、適用しない。

B指名委員会等設置会社における第1項の規定の適用については、同項中「定款又は株主総会の決議による第361条第1項第三号に掲げる事項についての定め」とあるのは「報酬委員会による第409条第3項第3号に定める事項についての決定」と、「取締役」とあるのは「執行役又は取締役」とする。

 

取締役に株式を付与することにより、取締役を株主としての立場に立たせ、取締役と株主の利益を一致させるとともに、適切なリスクをとって果断な経営判断を行うことを促すなどの効果を取締役に期待することができるとされており、株式または新株予約権を報酬等として取締役に付与することが注目されています。

従来は、199条1項の募集株式の発行または自己株式の処分で、常に募集株式の払込金額または算定方法を定めなければならない(199条2項)とされていました。そのため、取締役の報酬等として株式を交付しようとする株式会社は、実務上、いわゆる現物出資構成により、金銭を取締役の報酬等とした上で、取締役に株式会社への報酬支払請求権を現物出資財産として給付させることによって株式を交付するということが行われていました。しかし、このような方法は技巧的で、しかも株式を交付した時の資本金等の取扱いが明確でないという問題が指摘されていました。

そこで、令和元年に会社法が改正となり、取締役の報酬等として株式を用いる場合に株式の無償発行が認められました。その場合には199条1項2号および4号に掲げる事項に代えて、@取締役の報酬等として当該募集に係る株式の発行または自己株式の処分をするものであり、募集株式と引換えにする金銭の払込みまたは財産の給付を要しない旨と、A募集株式を割り当てる日を定めるべきことしました(202条の2第1項)。ただし、非上場会社では不当な会社支配を助長する形で利用されるなど濫用の懸念が指摘されたため、株式の無償交付の利用は、上場会社の取締役に対して報酬等として株式を交付する場合に限定されています。

ü 事前交付型と事後交付型

会社法の改正を受けて企業会計委員会が会計処理についての実務報告(「取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い」)をまとめました。そのなかで、取締役の報酬等として株式を無償交付する取引として、実際には次の二つの類型が想定できるとしています。

@事前交付型

取締役の報酬等として株式を無償交付する取引のうち、対象勤務期間の開始後すみやかに、契約上の譲渡制限が付された株式の発行等が行われ、権利確定条件が達成された場合には譲渡制限が解除されるが、権利確定条件が達成されない場合には無償で企業が株式を取得する取引です。

このタイプについて想定される取引は次のようなものです。

・株主総会において、取締役の報酬等としての募集株式の数の上限等を決議する

・取締役会において、上記で決定した募集株式の交付(新株の発行又は自己株式の処分)を決議する

・取締役との間で上記の募集株式の引受に関する契約を締結する

・割当日において契約に基づく譲渡制限を付した株式を交付(新株の発行又は自己株式の処分)する

・一定期間の勤務や一定の業績目標等の達成によって譲渡制限を解除する

・譲渡制限が解除されなかった株式は、企業が無償取得する

A事前交付型

取締役の報酬等として株式を無償交付する取引のうち、契約上の発行等について権利確定条件が付されており、権利確定条件が達成された場合には株式の発行などが行われる取引です。

このタイプについて想定される取引は次のようなものです。

・株主総会において、取締役の報酬等としての募集株式の数の上限等を決議する

・上記で決定した内容に基づき、取締役との間で株式報酬に関する契約を締結する

・上記の契約に定める一定期間の勤務や一定の業績目標等の達成等によって、株式が交付される権利が確定する

・権利が確定した株式について、取締役会において募集株式の交付(新株の発行又は自己株式の処分)を決議する

・取締役との間で上記の募集株式の引受に関する契約を締結する

・割当日において確定した株式を交付(新株の発行又は自己株式の処分)する

ü 金融商品取引法上の開示

・有価証券届出書

上場会社が取締役の報酬等として株式発行を行う場合には、その払込金額または算定方法を定めることを要しないとしています(202条の2)。また、205条3項は、株式の無償発行の場合には取締役および元取締役以外の者が株式発行の募集に応じた申込みを行い、または総数引受契約を締結することができない旨を定めています。このため、株式の無償発行が行われる局面においては、ひの割当者が発行者の取締役および元取締役に限定されており、それ以外の者に対する勧誘は想定されていないことになります。したがって、インセンティブ報酬特例の要件を充たすと考えられ、有価証券届出書の提出を要しないと考えられます。

・臨時報告書

有価証券報告書の提出義務を負う会社が、インセンティブ報酬特例に該当する募集を行う決議を行った場合で、その発行価額が1億円以上の場合には臨時報告書を提出しなければなりません。この場合には、発行価額がゼロと考えられるため、臨時報告書の提出は必要ないと考えられます。

 

 

関連条文

  第8節.募集株式の発行等

  第1款.募集事項の決定等

募集事項の決定(199条)

募集株式の決定の委任(200条)

公開会社における募集事項の決定の特則(201条)

株主に株式の割当てを受ける権利を与える場合(202条)

取締役の報酬等に係る募集決定の特則(202条の2)

  第2款.募集事項の割当て

募集事項の申込み(203条)

募集事項の割当て(204条)

募集事項の申込み及び割当てに関する特則(205条)

募集株式の引受(206条)

公開会社における募集株式の割当て等の特則(206条の2)

  第3款.金銭以外の財産の出資

金銭以外の財産の出資(207条)

  第4款.出資の履行等

出資の履行(208条)

株主となる時期(209条)

  第5款.募集株式の発行等をやめる請求

募集株式の発行等をやめる請求(210条)

  第6款.募集に係る責任等

引受けの無効又は取消の制限(211条)

不公正な払込金額で株式を引き受けた者等の責任(212条)

出資された財産等の価額が不足する場合の取締役等の責任(213条)

出資の履行を仮装した募集株式の引受人の責任(213条の2)

出資の履行を仮装した場合の取締役等の責任(213条の3)

 

 
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