新任担当者のための会社法実務講座 第208条 出資の履行 |
Ø 出資の履行(208条) @募集株式の引受人(現物出資財産を給付する者を除く。)は、第199条第1項第4号の期日又は同号の期間内に、株式会社が定めた銀行等の払込みの取扱いの場所において、それぞれの募集株式の払込金額の全額を払い込まなければならない。 A募集株式の引受人(現物出資財産を給付する者に限る。)は、第199条第1項第4号の期日又は同号の期間内に、それぞれの募集株式の払込金額の全額に相当する現物出資財産を給付しなければならない。 B募集株式の引受人は、第1項の規定による払込み又は前項の規定による給付(以下この款において「出資の履行」という。)をする債務と株式会社に対する債権とを相殺することができない。 C出資の履行をすることにより募集株式の株主となる権利の譲渡は、株式会社に対抗することができない。 D募集株式の引受人は、出資の履行をしないときは、当該出資の履行をすることにより募集株式の株主となる権利を失う。 募集株式の引受人は、払込期日または払込期間内に、払込金額の全額を所定の払込みの場所(払込金融機関)払込まなければならず(208条1項)、払込金額の全額に相当する現物出資をなすべき引受人も同様です(208条2項)。株主割当ての場合、実務上は、申込証拠金が払込金に充当されます。資本充実の要請上、この払込債務について、募集株式の引受人側から発行会社に対する債務を自働債権とする相殺を主張することはて゜きません(208条3項)。また、募集株式の引受人は、出資の履行をしないときは、株主となる権利を失います(208条5項)。そして、出資の履行により株主となる権利の譲渡は、発行会社に対抗できません(208条4項)。 ü
出資の履行(208条1項) ・募集株式の引受人による出資の履行 募集株式の引受人は、株式会社が発行する株式またはその処分する自己株式を、その募集に応じて引き受ける者です。新株発行を引き受ける美馬だけでなく、会社の処分する自己株式を引き受ける者も含まれています。 募集に応じて株式の引受けの申込みをし、会社から割当てを受けた募集株式の引受人は、募集事項の決定の際に定められた期日にまたは期間内に払込金の全額を出資しなければ、募集株式の株主となる権利を失います(208条5項)。出資の履行をした募集株式の引受人は、199条1項4号が定める出資をなすべき期日または期間内に出資を履行した日に、募集株式の株主となります(209条)。 ・金銭出資の全額払込み 会社設立にあたって全額払込や募集株式の引受人による払込金額の全額払込は資本充実の要請に基づくものです。そして、昭和25年の授権資本制度の導入に伴って、打切発行制が採用され、払込期日までに引受け・払込みのあったものだけで新株発行の効力が生じることとなりました。それ氏以前は、発行予定の新株のうち一部の引受け・払込みがなされないときに、その一部の引受け・払込みのされていない部分だけが無効となるのではなく、新株発行全体が無効となるとされていました。この場合、予定された資本の額に相当する出資がない限り、設立や増資の効力が生じないとする資本確定の原則の現われです。しかし、このような全額払込のみ有効となると、発行株数の全額の引受けおよび払込みがないと新株発行の効力が生じないこととなり、資金調達が行えない場合が生じてしまうため、打切発行制が採用されました。 払込みは金銭により現実に支払われることが必要で、手形・小切手その他の代物弁済は認められません。手形・小切手の場合は、その決済(現金化)の時点で払込みがあったと見なされます。 ※申込証拠金制度 実務上、上場会社を中心に株主割当ての場合に、募集株式の引受をしようとする者に、会社から委託を受けた払込取扱金融機関に、株式申込証に引き受けようとする株式数対応した払込金額と同額の申込証拠金を添えて、引受けの申込みをすることが一般的です。これにより上場会社は株主割当てを行う場合に、失権株数を早期に確定することができます。申込証拠金を添付しない申込みは受け付けられず、払込期日に、この金額が払込金に充当されることになります。割当てを受けられないときは証拠金は返却されます。割当自由の原則が働く募集設立や公募による募集株式の発行の場合には、このような申込証拠金の制度の利用は自由であると考えられています。なお、上場会社の行う公募増資では、元引受証券会社が発行株式のすべてを引き受け、その後これを一般投資家に売り出す方法が採られていることが一般的です。このような買取引受けでは、元引受証券会社は申込期日に、払込取扱金融機関に株式申込証を添えて払込金額の全額を払込むのが一般的です。 ・払込取扱金融機関 募集株式の引受人は、定められた期日または期間内に、株式会社が定めた銀行等の払込みの取扱場所で払込まなければなりません(208条1項)。募集株式の引受人に対して銀行等の払込取扱金融機関への払込みを強制する趣旨は、確実に現実の払込みをさせて、払込みの仮装を防止することにあり、資本充実の要請の表われと考えられます。ただし、募集株式の引受人による払込金額の払込みについては、募集設立について募集株式の引受人保護のために定められているような払込取扱金融機関の保管証明制度というものは設けられていません。払込取扱金融機関による払込金保管証明書によっても、見せ金等の仮装払込行為を防止することは困難であるとされたためです。 実務では、発行会社は払込取扱金融機関を決定し、その事務取扱を委託します。この場合の株式申込事務取扱委託書には、次の事項を記載します。 @)発行株式数 A)払込金額 B)払込期日 C)申込み取扱期間および取扱店 D)取扱要領 E)保管金払戻しの時期 F)取扱手数料および費用の負担等 以上の記載をした株式申込事務取扱委託書を以下の書類を参考書類として添付します。 @)取締役会議事録 A)金融商品取引法に基づく有価証券届出書の効力発生通知書 B)目論見書 C)割当通知書の写し D)株式申込証の見本 E)新株引受権証書の見本 F)定款の写し なお、申込証拠金は、発行価額と同額として払込期日に振替充当することになりますが、これに払込期日までの利息は付さないとするのが慣例です。また、払込金は、払込取扱金融機関において発行会社の別段預金口座で保管され、払込期日の翌日に発行会社の当座預金に振り替えられます。 なお、募集株式の発行は、会社の発行株式数の総数および資本金の額の変更をもたらすものですから、会社は変更の登記をする必要があります(911条、915条)。そのためには、払込みがあったことを証する書類を添付しなければなりません。この場合には、払込取扱金融機関に設けた口座の預金通帳の写し等で足りるとされています。 ・払込みの仮装 出資の払込みの仮装である預合いや見せ金は、設立の場合だけでなく、募集株式の発行での払込みの場合も考えられます。預合いとは、発行会社が、現実には払込みをしないにもかかわらず払込みを仮装するために、払込取扱金融機関から借入をして、それを計算上は払込金に当て(この借入と払込金への充当は、たんに計算上のものにすぎず、現実に金銭の授受があるわけではない)、この借入金を弁済するまでは会社がその払込金の返還を請求しないことを約することです。また、見せ金とは、まず、発行会社が金融機関から借入をし、これを払込取扱金融機関に払込み、増資後、払込取扱金融機関は会社に対して払込金の返還をしますが、会社代表者は、払込取扱金融機関から返還を受けた払込金を最初の借入の弁済に充ててしまうというものです。これら行為は資本充実の原則を害する行為です。 募集株式の引受人が出資の履行を仮装した場合、それは、上場会社が債務超過状態の継続に起因する上場廃止を免れる目的で行うなどの悪質なものが多く、公正証書原本不実記載罪に当たります。出資の履行を仮装した引受人は、会社に対して、仮装した払込金額等の全額の支払義務を負います。また、関与した取締役は引受人と連帯して同じ支払義務を負います。引受人は、それらの支払いが完了した後でなければ、出資の履行を仮装した募集株式の株主の権利を行使することはできません。判例では、見せ金による払込みは無効とされています(最高裁判決昭和38年12月8日)。 ・現物出資財産の給付 現物出資について、募集株式の引受人は、払込期日または払込期間内に、払込金額の全額に相当する現物出資財産を給付しなければなりません(208条2項)。具体的には、現物出資財産の引渡しまたは財産の登記、登録に必要な書類の引渡しをしなければなりません。第三者に対する対抗要件の充足のため、動産の引渡しまたは指名債権の譲渡の通知は払込期日に行うことができるので、しなければなりません。 募集株式の引受人が定められた現物出資財産の給付を行わない場合は、出資の履行により募集株式の株主となる権利を失います(208条5項)。 ü
払込みに代える相殺(208条3項) 募集株式の払込金額の払込債務について、募集株式の引受人の側から会社に対する債権を自働債権として相殺することはできません(208条3項)。この相殺が禁止される対象は、金銭による出資の履行債務だけに限らず、現物出資財産の給付による出資の履行義務も含まれると解されています。このような募集株式の引受人の側からの相殺が禁止されるのは資本充実のためと考えられます。 会社法では、現物出資財産が会社に対する金銭債権であり、その弁済期が到来している場合であって募集事項としてその金銭債権について定められた価額がそれによる負債の帳簿価額を超えない場合には検査役調査は不要となります(207条9項)。 ü
引受けから生じる株主となる権利の譲渡(208条4項) 出資の履行により募集株式の株主となる引受人の権利の譲渡は会社に対抗できない(208条4項)。この募集株式の引受けから生じる「株主となる権利」を権利株といいます。 商法制定当初は、権利株譲渡は制限されていました。権利株譲渡はとくに会社設立時や新株発行時に問題となり、この時に投機の濫用とくに売り逃げによるプレミア稼ぎを防止し、安定した取引を保証しようとしました。それが、昭和25年に株金の全額払込主義の導入により会社設立が危うくなる危険がなくなったことから引受けから生じる株主となる権利の譲渡は会社に対して効力を生じないという制限に変わりました。 会社法では、会社設立において発起人は払込または給付をすることにより設立時発行株式の株主となる権利の会社設立前の譲渡は会社に対抗できない(35条)として会社が成立する前の権利株の譲渡の制限となりました。 ※譲渡当事者間の有効性 出資の履行により募集株式の株主となる引受人の権利の譲渡は会社に対抗できません(208条4項)が、権利株の譲渡について譲渡の当事者の間では有効であると学説では通説とされています。判例でも、割当てによる株式引受けの確定以前の段階では株式の引受けによる権利は未だ具体的に発生はしていないが、この権利の譲渡も権利株の譲渡に含められて208条の適用があり、当事者間においてはその効力を有するとしています(最高裁判決昭和31年12月11日)。 ü
出資の不履行による失権(208条5項) 募集株式の引受人は、出資の履行をしないときは、募集株式の株主となる権利を失います(208条5項)。会社法のこの規定の趣旨は、会社が必要な時に確実に増資ができるように、資金調達の便宜をはかることにあり、また、募集株式の引受人が株主となる時期も画一的に定められているから、期日に遅れて出資をしても株主とはなれないし、払込みをしなかったことに引受人に過失があるなしでも変わりはない、ということです。 ※引受人の債務不履行責任 引受人は定められた期日の出資の履行をしないときは失権しますが、その場合に引受人が負っていた出資債務の不履行により会社が被った存在の賠償責任を免れません。会社はこの引受人に出資の履行を怠った場合債務不履行により会社に生じた損害について、損害賠償を求めることができます(民法415条)。ただし、出資の不履行により引受人はただちに失権することから、会社は引受人に対して履行の強制(民法414条)を求めることはできないと考えられています 関連条文 第8節.募集株式の発行等 第1款.募集事項の決定等 第2款.募集事項の割当て 第3款.金銭以外の財産の出資 第4款.出資の履行等 出資の履行(208条) 第5款.募集株式の発行等をやめる請求 募集株式の発行等をやめる請求(210条) 第6款.募集に係る責任等引受けの無効又は取消の制限(211条) 不公正な払込金額で株式を引き受けた者等の責任(212条)出資された財産等の価額が不足する場合の取締役等の責任(213条) 出資の履行を仮装した募集株式の引受人の責任(213条の2) 出資の履行を仮装した場合の取締役等の責任(213条の3)
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