新任担当者のための会社法実務講座 第146条 株式の質入れ |
Ø 株式の質入れ(146条) @株主は、その有する株式に質権を設定することができる。 A株券発行会社の株式の質入れは、当該株式に係る株券を交付しなければ、その効力を生じない。 株式は経済的価値のある権利ですから、質入れや譲渡担保の対象となります。一般的には、民法362条以下の権利質の規定が適用されますが、株式の質入れについては会社法にとくに規定があります。 ü
株式の質入れの種類 株式の質入れには略式質と登録質の2種類があります。 ・略式株式質 株券発行会社または振替株式において認められる方法です。株主名簿に記載・記録されないので、会社その他の第三者には、質入れの事実がわかりません。株券発行会社の場合、略式株式質は、その株式の株券を質権者に交付することにより効力を生じ(146条2項)、質権者による継続的な株券の占有が第三者への対抗要件となります(147条2項)。また、振替株式の場合は、振替先口座の質権欄への記載・記録により質権が成立しますが、総株主通知の際に質権設定者のみが通知されるものが略式株式質に当ります。 略式株式質の効力として、質権者に優先弁済権、転質権及び物上代位権が認められています。物上代位権を行使するためには、株式会社の株式の場合、原則として、その目的物が会社から質権設定者に対して払渡し、引渡しされる前にその差押えをしなければなりません。 ・登録株式質 株主名簿に質権者の氏名(または名称)・住所が記載または記録されたもので、登録株式質権者は、会社から直接に配当、残余財産の分配その他の物上代位的給付の支払・引渡し等を受けることができます(152〜154条)。したがって、各種の通知・催告が登録株式質権者に対してなされることになります。株券発行会社以外の会社で振替株式でないものは、登録株式質の方法によってしか質入れすることができません(147条1項)。株主名簿への記載または記録は、株券発行会社の株式および株券発行会社以外の株式で振替株式でないものについては、質権設定者の請求によりなされます(148条)。株券発行会社では、略式株式質の要件も満たされている必要があります(147条2項)。振替株式の場合は、総株主通知の際に加入者の申出に基づいて氏名・住所等が会社に通知され、会社が株主名簿にそれを記載したものが登録株式質です。 実際のところ、登録株式質の利用はきわめて稀です。その理由は、設定者は担保権設定の事実の公示を嫌い、担保権者も物上代位的給付に対する権利の確保に関心が薄いからです。 株式を担保化する方法は質入れの他に譲渡担保があります。 ・譲渡担保 株式の譲渡担保は、株券発行会社の場合、株券を譲渡担保権者に交付することにより効力を生じます(128条1項)。つまり、担保権設定の方式は略式株式質と同じですが、優先弁済をうける方法等の効力の点で略式株式質とは若干の差異があります。振替株式には、総株主通知の際に、加入者の申出に基づき特別株主(譲渡担保設定者)を会社に対し通知する方法があり、これが譲渡担保に当ります。 株券発行会社以外の株式で振替株式でないものの譲渡担保は、対抗要件を備えれば、株主名簿の記載の上では譲渡と同じだけなので、会社は担保権者を株主として処遇するほかはなく、議決権行使等に関して担保権設定者・の上では譲渡と同じなので、会社は担保権者を株主として処遇するほかなく、議決権行使等に関し担保権設定者・担保権者間を取決めがなされもても、それは当事者間の内部関係を定めるものにすぎません。 ※振替株式における質入れ 振替株式の質入れの場合には、設定者が株式担保が記録された自己の口座を管理する口座管理機関に対して振替の申請を行い、質権者の口座の質権欄に質入れの対象となる株式の数の増加の記載・記録がなされることにより、株式の質入れの効力が生じます。このような振替口座簿上の振替えのみによるものが略式質であり、総株主通知の際に質権者からの申し出により振替機関が質権者の氏名等の通知を行ったものが登録質です。登録質とするために必要な申し出をおこなうのは設定者ではなく質権者であり、質権者単独で登録質とするために必要な申し出を行うことができます。 振替株式の譲渡担保の場合には、設定者が担保株式が記録された自己の口座を管理する口座管理機関に対して振替えの申請を行い、担保権者の口座の保有欄に譲渡担保に対象となる株式の数の増加の記載・記録がなされることにより、譲渡担保の効力が生じます。担保権者の振替口座の保有欄に担保株式が記載・記録されていることから、総株主通知に当たっては、通常、担保権者の氏名・住所等が株主として会社に通知されることになります。 ü
担保権設定のための効力要件 ・株式の流通形態による略式株式質の効力要件 株券発行会社の株式の質入れについて、株券を交付しなければ効力を生じないとされています(146条2項)。株券発行会社の株式の譲渡担保にいても、株券の交付がなければ効力を生じません(128条1項)。登録質の場合には、これに加えて、148条の登録が必要になります。 株券発行会社でない会社であって、振替株式を発行している会社については、質権者の口座の質権欄に質入れした株式の数の増加の記載・記録がされることが効力要件となっています(社債株式振替法141条)。振替株式の譲渡担保については、譲渡担保権者の口座の保有欄の記載・記録が効力要件となります(社債株式振替法140条)。 株券不発行会社の株式で振替株式でない場合には、民法の原則に戻ることになります。民法363条は、権利の譲渡に証書の交付を必要とする債券の質入れについて、証書の交付を効力要件とするが、株券不発行会社の株式で振替株式でないものについては、そのような証書は存在せず、したがって、株券不発行会社の株式で振替株式でないものについての質入れは、当事者間の意思表示により効力を生じることになります。譲渡担保についても、当事者間の意思表示によって効力を生じることになります。 ・株券の交付 譲渡担保の効力要件としての株券の交付は、現実の引き渡しのほか、簡易の引き渡し、指図による占有移転、占有改定でもよいと解されています。通常の動産の質入れとの関係では、現実の引き渡しの他、簡易の引き渡し、指図による占有移転によることができますが、占有改定によることはできないと解されているものの、権利質における証書の交付との関係では占有改定でも足りるとする見解が有力であり、株式質の効力要件としての株券の交付についても同様に解するものとされています。 ・株券の継続占有 株券の交付により質権がいったん有効に成立した以上、その後、質権者が質権を消滅させる意図をもって株券を質権設定者に返却する等により、その占有を解かないかぎり、仮に株券の盗難など何らかの理由で質権者が株券の占有を失ったとしても、質権者は対抗要件を失うにとどまり、質権自体が消滅するわけではない。 ü
担保権設定に伴う当事者の義務 担保権設定契約の当事者は、つぎのような義務を負います。 ・担保目的である株式の価値の維持に関する義務 株式を担保に差し入れた株主や差し入れを受けた担保権者は、担保の対象となった株式の価値の維持に関して何らかの義務を負うかどうかが問題となりますが、担保権設定者の価値を合理的な理由なく減少させてはならないという義務を負うと考えられます。 まず、権利質一般について、質権設定者は質入れられた債権を消滅・変更させ一切の行為を質権者に対して対抗できないとされていますが、株式についても、担保対象である株式を消滅させるような行為を行うことはできないし、担保株式の価値を合理的な理由なく減少させるような行為を行ってはならないという義務を負います。ただし、株式を質入れした後、設定者が議決権を行使する際に、常に債権者の利益が最大化するような議決権の行使を義務付けられるまでと解する必要はなく、担保株式の価値を積極的に減少させるような形で議決権を行使することは許されないと考えられています。 譲渡担保一般についても、譲渡担保の設定者、担保権者いずれも、譲渡担保契約上、担保目的物を侵害してはならないという義務が当然に生じると解されています。 担保権者は責任転質により認められる場合や被担保物件の弁済期が経過しても弁済がなされずに担保権を実行する場合を除き、担保権設定者の同意を得ることなく、担保株式を処分することはできない。そのような行為は、担保物を善良な管理者の注意をもって占有する義務に反する(民法350条)ことになります。 ・口座維持義務 振替株式を担保に取得した場合には、被担保債権が弁済され、振替株式を設定者に返還する際に、設定者が振替口座を解約してしまうと、返還先の口座が存在しないことになってしまいます。このようなことから、担保権設定契約上、設定者に自己の口座の維持管理を課すこととするのが通常であるとされます。 ・株主名簿上の名義書換に関する義務 株券発行会社の株式の譲渡担保の場合、株主名簿の書き換えは、株券を占有している譲渡担保権者が株券を発行会社に呈示することにより、設定者が関与することなく行うことができます(133条2項)。また、振替株式の場合、自己の振替口座の質権欄に担保株式の記載・記録を得ている質権者は、単独で、自己の口座を管理している口座管理機関を通じて、総株主通知で自己の氏名等を通知するように求めることができます(社債株式振替法151条3項)。 ü
担保権の対象である株式の変動 担保権が設定された後、担保株式の発行形態が変更されたり、担保株式について株式の分割がなされたり、発行会社で組織再編が行われたりする場合です。 ・株券発行会社から株券不発行会社への変更 担保として提供されている株式の発行会社が、その株式を上場させた場合には、発行会社は定款を変更し、株券発行を定めるという定款の定めを廃止するとともに、振替株式の発行に必要な手続きをとらなければなりません。 株券発行会社が株券発行を定めている定款の規定を廃止すれば、略式質権者の占有する株券は無効となってしまいます(218条1、2項)。この場合、略式質権者はその権利を対抗する根拠を失ってしまいますが、このような略式質権者を救済するため、略式質権者は定款変更の効力発生日までに会社に対して質権者の氏名・住所と質権の目的である株式を株主名簿に記載するよう請求できるとされています(218条5項)。しかし、略式質権者に対して会社は定款変更について個別の通知義務はなく、質権者は公告でしか知ることはできません。それゆえ、略式質権者が定款変更の効力発生日までに上記の請求をするのは困難です。この場合、特段の合意がないかぎり、質権者は設定者に対して、もともとの質入れの契約に基づく義務として、株券が発行されなくなった株式の質入れに必要な手続きをおこなうように求めることはできます。 他方、会社が株券発行を定める旨の定めを廃止する定款変更をする際、登録質権者に対しては、会社から個別の通知がなされます(218条1項)。また、株券発行会社が不発行会社に移行しただけであれば、登録質権者は何の行為をしなくても質権の対抗要件を備えているので、登録質権者としては特段の行為をする必要はありません。 株式発行会社が株券の廃止に続き振替株式を発行する場合には、会社は登録質権者に対して、株式の振替を行なうための質権者自身の口座を会社に通知すべき旨の通知をしなければなりません(社債株式振替法131条1項)。そして、この発行会社の通知を受けて、登録質権者の口座を管理する口座管理機関により質権欄に振替株式の記載・記録がなされます(社債株式振替法130条)。口座を通知してこなかった登録質権者については、会社はその登録質権者のための特別講座を開設しなければなりません(社債株式振替法131条3項)。これに対して、略式質権者であったものについては、株券発行の定款の定めが廃止された日から1年以内であれば、その株式を目的とする質権の設定を受けたことを証する書面を提出して、発行会社に対して、特別講座に記載・記録された株式を自己のために開設される特別講座に振り替えるよう請求することができます。 譲渡担保の場合も、登録譲渡担保者は株主名簿上は株主と指摘されていることから、株券廃止の定款変更の際には個別に通知されますし、株券が廃止されても対抗要件を失うことはありません。振替株式が発行される前に、発行会社に自己の口座を通知しなかったとしても、自己のための特別講座が開設されます。これに対して、略式譲渡担保権者の場合には、株券が廃止されるまでに株券を呈示して名義書換を行わなければ譲渡担保権者としての地位を失ってしまいます。 ・株券不発行会社で振替株式を発行していた会社が振替制度を利用しなくなる場合 証券保管振替機構が対象とする株式は上場株式に限られるので、上場廃止になった場合には、原則として振替制度が利用できなくなります。このように振替制度が利用できなくなる場合には、このような会社の株式は株券不発行会社の株式で振替株式でないものとなるので、その後の権利の移転や質権の設定の対抗要件は株主名簿の記載・記録となります(147条1項)。 登録質権者は総株主通知により会社に通知されるのに対して、略式質権者は総株主通知により会社に通知されることはないので、このままでは彼らの質権は会社や第三者に対抗する術を失ってしまいます。このため、略式質権者としては、総株主通知に先立ち、口座管理機関に対して、登録質とする旨の申し出や、設定者を特別株主とする旨の申し出の取り下げ等を行うことが考えられます。 ・株券不発行会社から株券発行会社への移行 株券不発行会社か株券発行会社に移行する場合、株券不発行会社の担保権者としては、登録質権者、登録譲渡担保権者しかいないところ、登録質権者、登録譲渡担保権者は、株券発行後は、自己の権利を会社および第三者に対抗するためには、株券の継続保有が必要となります(147条2項)。 ・発行形態の変更と担保権の効力 発行形態が変更したからといって、担保権の効力の及ぶ範囲が変わることはありません。ただし、これまで述べてきたように、株主名簿に記録されていない略式質権者、略式譲渡担保権者は、発行形態の変更の過程で、対抗要件を失う場合があり得るのです。 ü
複数担保権者、担保権の順位付け 同一の株式に複数の担保権者が担保権を設定すること、また、その担保権者相互間に順位を設定することがなされることがあります。 株券発行会社の場合には、株券を同一人が他者のためにも占有することによって、1つの株式上に複数の同順位の担保権を発生させることができます。さらに、複数の担保権者間の順位は設定の先後によるので、占有開始の時点をすらすことによって、複数の担保権の間に順位をつけることもできます。このような民法355条に基づく質権の順位は公示されているものでありませんが、第三者との関係でも有効に主張し得るものと考えられています。 振替株式については株券の占有の代わりに、担保権者の口座への記録があるだけであり、社債株式振替法では複数担保権者による質入れや複数担保権者間の順位付けについて規定していませんが、複数人名義での口座開設は禁じていないので、その複数名義人間で相互に実体的にどのような権利関係にあるかによって決めればよい。つまり、同一の株式に複数の担保権者が同順位あるいは順位付けして担保権を設定るためには、複数担保者間による共同名義の口座に記録を得た上で、順位については担保権者間で合意することによって決定する。 関連条文 株主の請求によらない株主名簿の記載事項の記載又は記録(132条) 株主の請求による株主名簿記載事項の記載又は記録(133条)(134条) 譲渡等の承認請求の撤回(143条) 売買価格の決定(144条) 株式会社が承認したとみなされる場合(145条) 株式の質入れ(146条) 株主名簿の記載等(148条) 株主名簿の記載事項を記載した書面の交付等(149条) 登録株式質権者に対する通知等(150条) 株式の質入れの効果(151条) 〃 (152条) 〃 (153条) 〃 (154条)
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