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第143条 譲渡等承認請求の撤回 第144条 売買価格の決定
第145条 株式会社が承認したとみなされる場合 |
Ø 譲渡等承認請求の撤回(143条) @第138条第1号ハ又は第2号ハの請求をした譲渡等承認請求者は、第141条第1項の規定による通知を受けた後は、株式会社の承諾を得た場合に限り、その請求を撤回することができる。 A第138条第1号ハ又は第2号ハの請求をした譲渡等承認請求者は、前条第1項の規定による通知を受けた後は、指定買取人の承諾を得た場合に限り、その請求を撤回することができる。 譲渡制限株式をその発行会社を除く他人に譲渡しようとする株主は、発行会社に対して、その譲受人がその株式を取得することについて承認するか否かの決定をすることを請求できます(136条)。また、譲渡制限株式の譲渡による取得者も、発行会社に対して、その譲渡制限株式を取得したことについて承認するか否かの決定をすることを請求できます(137条1項)。これらの請求には、取得の請求に加えて、会社が取得を承認しない場合に、会社あるいは指定買取人に株式を買い取ってもらうことを請求する(買取請求)ことができます。ただし、譲渡制限株式買取請求した譲渡等承認請求は、会社からの買取通知を受けた後は、あるいは、指定買取人からの買取通知を受けた後は、会社あるいは指定買取人の承諾を得なければ譲渡制限株式買取請求を撤回できません。 ü
買取通知受領前における譲渡制限株式買取請求の撤回 譲渡制限株式の取得の承認をしない旨を決定した会社は、取得承認請求の日から原則として2週間以内に、譲渡等承認請求者にその決定の内容を通知しなければなりません。取得不承認を決定した会社は、対象譲渡制限株式を買い取らなければならず、そのために買取事項を決定し、その買取事項を譲渡等承認請求者に通知しなければなりません。この買取通知は取得不承認通知の日から原則として40日以内通知しなければなりません。取得不承認を決定した会社は、対象となる株式を買い取る指定買取人を指定することができます。この場合には、指定買取人は、会社の取得不承認の通知から原則として10日以内に、譲渡等承認請求者に買取通知をしなければなりません。 以上のように、会社の手続き便宜が図られているのに対して、譲渡等承認請求者の立場は不安定です。会社が取得不承認を通知する場合には、会社が対象譲渡制限株式を買い取る旨を定めなければなりませんが、その場合、取得不承認通知から40日以内に買取を通知すればいいわけで、その際に財源規制や手続規制がありも会社が買い取るとは限りません。あるいは、取得不承認通知から10日以内には指定買取人からの買取通知の可能性もあります。会社法では、この期間内は、譲渡等承認請求者にとっては会社が買い取ってくれるか指定買取人が買い取ってくれるかわからず、売却価格について協議する相手もわからないわけです。143条の規定では、譲渡等承認請求者は会社または指定買取人からの買取通知を受けた後では相手の合意がなければ請求を撤回できないとしてしますから、買取通知を受ける前は、その規制の対象とはなっておらず、したがって、買取通知を受けるまでは、譲渡制限株式買取請求を撤回することができるわけです。 ü
買取通知受領後における譲渡制限株式買取請求の撤回 143条は、譲渡制限株式買取請求をした譲渡等承認請求者は、会社からの買取通知を受けた後は、あるいは指定買取人からの買取通知を受けた後は、会社あるいは指定買取人の承諾を得なければ、譲渡制限株式買取請求を撤回できない、と規定しています。買取通知によって、通知を受けた譲渡等承認請求者と通知をして会社または指定買取人との間で対象譲渡制限株式の売買契約が成立するからです。 Ø
売買価格の決定(144条) @第141条第1項の規定による通知があった場合には、第140条第1項第2号の対象株式の売買価格は、株式会社と譲渡等承認請求者との協議によって定める。 A株式会社又は譲渡等承認請求者は、第141条第1項の規定による通知があった日から20日以内に、裁判所に対し、売買価格の決定の申立てをすることができる。 B裁判所は、前項の決定をするには、譲渡等承認請求の時における株式会社の資産状態その他一切の事情を考慮しなければならない。 C第1項の規定にかかわらず、第2項の期間内に同項の申立てがあったときは、当該申立てにより裁判所が定めた額をもって第140条第1項第2号の対象株式の売買価格とする。 D第1項の規定にかかわらず、第2項の期間内に同項の申立てがないとき(当該期間内に第1項の協議が調った場合を除く。)は、一株当たり純資産額に第140条第1項第2号の対象株式の数を乗じて得た額をもって当該対象株式の売買価格とする。 E第141条第2項の規定による供託をした場合において、第140条第1項第2号の対象株式の売買価格が確定したときは、株式会社は、供託した金銭に相当する額を限度として、売買代金の全部又は一部を支払ったものとみなす。 F前各項の規定は、第142条第1項の規定による通知があった場合について準用する。この場合において、第1項中「第140条第1項第2号」とあるのは「第142条第1項第2号」と、「株式会社」とあるのは「指定買取人」と、第2項中「株式会社」とあるのは「指定買取人」と、第4項及び第5項中「第140条第1項第2号」とあるのは「第142条第1項第2号」と、前項中「第141条第2項」とあるのは「第142条第2項」と、「第140条第1項第2号」とあるのは「同条第1項第2号」と、「株式会社」とあるのは「指定買取人」と読み替えるものとする。 買取通知によって対象譲渡制限株式の売買契約が成立したことになります。ただし、当事者と対象となる譲渡制限株式の数は定まっていますが、譲渡制限株式には市場価格がなく、買取通知の時点では売買価格は未定の状態です。そこで、売買価格の決定方法を144条で定めています。 売買価格は、原則として、当事者つまり、買取通知をした会社または指定買取人と譲渡等承認請求者との協議によって定められます(144条1項、7項)。買取通知があった日から20日以内に当事者が裁判所に売買価格決定の申立てをした場合には裁判所が定めた額が売買価格となり、この期間内にこの申立てがなくかつ当事者の協議が調わなかった場合には、1株当たり純資産額に対象譲渡制限株式数を乗じて得た額を売買価格とします(144条5項、7項)。会社が対象譲渡制限株式を買い取る場合には、自己株式の取得となるため買取額を分配可能額を超えることはできません(461条1項1号)。 ü
売買価格決定の裁判 会社あるいは指定買取人から買取通知があった日から20日以内に、裁判所に売買価格決定の申立てがなく協議も調わなかった場合には、暫定買取代金が買取代金とされる(144条5項、7項)ので、この暫定価格に不満がある当事者は144条2項の申立てを行うことになります。 この売買価格の決定の申立事件は非訟事件であり、発行会社の本店所在地を管轄する地方裁判所の管轄に属します(868条1項)。裁判所は、この売買価格の決定の申立があったときは、売買価格決定の申立てをすることができる者(会社あるいは指定買取人及び譲渡等承認請求者)に対して申立書の写しを送付しなければなりません。そして、この裁判をする場合には、審問の日を開いて、申立人および売買価格の申立てをすることができる者の陳述を聞かなければなりません。この申立てのあった裁判所は審理を終結する日を定めて関係当事者に告知しなければならず、審理を終結した時には裁判をする日を定めて関係当事者に告知しなければなりません(870条の2第5項、7項)。 裁判において、どのような方法で価格を決定するかについて、裁判所は、譲渡等承認請求の時の会社の資産状態その他一切の事情を考慮しなければならないとされています(144条3項、4項)。 ü
売買価格の算定 譲渡制限株式は上場できる株式ではなく、市場で価格が決められないので、価格をどのように算定するかが問題となります。 一般的な株価算定の方法として、次の3つがあげられます。 @)対象会社の将来獲得することが期待されるキャッシュフローや収益・配当を割引率(一般的な投資利益率)で現在価値に割り引いて評価するインカム・アプローチ この方法は、対象会社の固有の価値を表する点で優れているところがありますが、将来期待されるキャッシュフローや収益の予測に困難を伴うほか割引率の選定が恣意的になるおそれがあり、また、低額に抑えられている配当を基に評価を行うと株価が著しく低額になるおそれがあります。 A)対象会社と類似している会社、事業ないし取引事例と比較することによって相対的に評価するマーケット・アプローチ この方法では、類似する上場会社の選定は困難であり、また、市場性のない株式の取引先例が客観的価値を適正に反映するか疑問が残ります。 B)主として対象会社の貸借対照表上の純資産に基づいて評価するネットアセット・アプローチ この方法では、例えば、簿価純資産法では、株価算定のための資料が乏しい場合でも簡単に算出できるが含み損益が考慮されず、時価純資産法はすべての資産を時価評価することは困難であり、また、事業継続を前提とする会社の株式の評価としては適切ではないとされています。 このように上記の一般的と言われている方法には一長一短があり、判例では、対象会社の特性に応じて、複数の算定方法を適切な割合で併用するということがなされています。 ü
供託された暫定買取代金 会社あるいは指定買取人は、買取通知をしようとするときは、暫定買取代金を会社の本店所在地の供託所に供託しなければなりません(141条2項、142条2項)。暫定買取代金は、買取通知があった日から20日以内に対象譲渡制限株式の売買契約の当事者が裁判所に売買価格決定の申立てをせず、かつ、その期間内に売買契約の当事者間で売買価格の協議が調わなかったときに、売買価格となります(144条5項、7項)。売買価格が確定した時は、供託された金額に相当する額を限度として、売買代金の全部または一部を会社は支払ったものとみなされます(144条6項、7項)。 Ø
株式会社が承認したとみなされる場合(145条) 次に掲げる場合には、株式会社は、第136条又は第137条第1項の承認をする旨の決定をしたものとみなす。ただし、株式会社と譲渡等承認請求者との合意により別段の定めをしたときは、この限りでない。 一 株式会社が第136条又は第137条第1項の規定による請求の日から2週間(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)以内に第139条第2項の規定による通知をしなかった場合 二 株式会社が第139条第2項の規定による通知の日から40日(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)以内に第141条第1項の規定による通知をしなかった場合(指定買取人が第139条第2項の規定による通知の日から10日(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)以内に第142条第1項の規定による通知をした場合を除く。) 三 前2号に掲げる場合のほか、法務省令で定める場合 譲渡制限株式制度は、譲渡制限株式の取得者を選択することに会社に認める一方、譲渡等承認請求者に投下資本の回収を保障する制度です。そのために、会社側の行う各手続きに期間制限を設け、各手続きがそれぞれの制限期間内になされなかった場合、及び会社法施行規則26条で定める場合には、136条または137条1項の承認(取得承認)をする旨の決定を会社が行ったものとみなすとしています(145条)。 ただし、譲渡等承認請求者と会社との間の合意によって別段の定めができる旨も規定されています(145条但書)。 ü
取得承認擬制がなされる場合 以下の場合には、譲渡による譲渡制限株式の取得を承認する旨の会社の決定があったとみなされます。 ・期間内に139条2項の通知がなされなかった場合(145条1号) 譲渡等承認請求(取得承認請求)の日から2週間以内に、会社が取得を承認するか否かの決定内容の通知(139条2項)をしなかった場合です。ただし、譲渡等承認請求者と会社との間の合意によって別段の定めをしている場合は別です。 ・期間内に141条1項の通知がなされなかった場合(145条2号) 会社による取得不承認の通知(139条2項)の日から40日以内に141条1項の通知(対象譲渡制限株式を会社が買い取る旨の通知)を会社がしなかった場合です(145条)。ただし、取得不承認の旨の通知の日から10日以内に指定買取人が買取通知をした場合、及び譲渡等承認請求者と会社との間との間の合意によって別段の定めをした場合を除きます。 ・暫定買取代金供託証明書を会社が交付しなかったとき(145条3号) 会社が、取得不承認の通知(139条2項)の日から40日以内に会社から買取通知(141条1項)をした場合において、その期間内に譲渡等承認請求者に対して暫定買取代金の供託を証する書面(141条2項)を交付しない場合です(145条3号)。ただし、取得不承認の旨の通知の日から10日以内に指定買取人が買取通知をした場合、及び譲渡等承認請求者と会社との間との間の合意によって別段の定めをした場合を除きます。 ・暫定買取代金供託証明書を指定買取人が交付しなかったとき(145条3号) 指定買取人が、取得不承認の通知(139条2項)の日から10日以内に会社から買取通知(142条1項)をした場合において、その期間内に譲渡等承認請求者に対して暫定買取代金の供託を証する書面(141条2項)を交付しない場合です(145条3号、会社法施行規則26条2号)。ただし、譲渡等承認請求者と会社との間との間の合意によって別段の定めをした場合を除きます。 ・譲渡等承認請求者が売買契約を解除した場合(145条3号) 譲渡等承認請求者が、会社または指定買取人との間の対象譲渡制限株式に係る売買契約を解除した場合です(145条3号、会社法施行規則26条3号)。ただし、会社と譲渡等承認請求者との間の合意によって特段の定めをした場合を除きます。 買取通知によって対象譲渡制限株式の売買契約が成立します。定められた売買価格の支払債務を買主である会社あるいは指定買取人が履行しない場合、譲渡等承認請求者が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、譲渡等承認請求者は、売買契約を解除することができます(民法541条)。 ü
期間の計算、会社の通知 この場合の2週間や40日、10日といった期間の計算は民法の規定によります(民法140条)。したがって、期間の計算において期間の初日は算入しません。 会社が株主に対してする通知は、株主名簿に記載された株主の住所に宛てて発送すれば足り、その通知が通常到達すべきであったときに到達したものとみなされます(126条1、2項)。これに対して、譲渡制限株式の取得者を会社が選択できる譲渡制限株式制度における取得を承認するか否かの決定内容の通知(139条2項)、および株式買取通知(141条1項)は、民法の原則通り通知が譲渡等承認請求者に到達した時からその効力を生じます(民法97条1項)。 関連条文 株主の請求によらない株主名簿の記載事項の記載又は記録(132条) 株主の請求による株主名簿記載事項の記載又は記録(133条)(134条) 譲渡等の承認請求の撤回(143条) 売買価格の決定(144条) 株式会社が承認したとみなされる場合(145条 |