新任担当者のための会社法実務講座
第131条 権利
の推定等
 

 

Ø 権利の推定等(131条)

@株券の占有者は、当該株券に係る株式についての権利を適法に有するものと推定する。

A株券の交付を受けた者は、当該株券に係る株式についての権利を取得する。ただし、その者に悪意又は重大な過失があるときは、この限りでない。

 

ü 権利の推定(131条1項)

株券発行会社において、株券の占有者は、その株券にある株式についての権利を適法に有するものと推定する(131条1項)。これを権利の推定と呼びます。これは、株券発行会社の株式の譲渡が株券の交付によっておこなわれること(128条の株券の交付が効力要件かつ第三者に対する対抗要件)に基づくものです。すなわち、このような譲渡方式から、株券の占有者であれば株券の交付によって株式の譲渡を受けている可能性が高く、そのことを法的にも承認して、株券の占有者が、その株券に係る株式についての実質的な権利者であると推認されるということです。

・権利の推定の効果

株券の占有者は株式の権利者であると推定するという権利の推定によって、株券を占有する者の権利が争わせるときには、争う側が、占有者が真の権利者ではないことについての証明責任を負います。131条2項が定める善意取得制度が存在することから、株券を盗取された等の理由で占有者からの返還を請求するためには、盗取等の事実だけではなく、その後に善意取得が生じていないことも証明しなければなりません。

・権利の推定と株主名簿の名義書換

このような権利の推定は、株券の占有者が、株券を提示して株主名簿の書換を請求する(133条2項、会社法施行規則22条2項)ときにも当てはまります。そのため、会社は、そのような者が真の権利者でないことを証明しないかぎり、名義書換の請求に応じなければなりません。このことの反射的効果として、会社はそのような者の請求に応じて名義書換をした場合には、原則として免責されます。ただし、会社に悪意または重過失があれば免責されません。ここでいう悪意・重過失というのは、次のように考えられています。悪意とは、名義書換を請求する者が無権利者であることを証明できるにもかかわらず故意に請求に応じることを意味し、重過失とは、そのような証拠があることを重大な過失によって知らなかったこと、または、証拠を有しながら重大な過失によって請求に応じることを意味します。このように解すべき理由は、会社は131条1項によって真の権利者を推定される者からの名義書換に応じる義務を負うところにあります。

・名義書換禁止の仮処分

会社以外の者の間で株式の帰属について紛争がある場合に、会社を債務者または第三債務者として、株主名簿の名義書換の禁止を命じる仮処分が申請されることがあります。しかしながら、そのような申請は却下されるべきと考えられています。問題になっているのは株式の帰属であって、名義書換は株式の移転自体には関係がなく、そのような仮処分は保全の目的を超えるからです(札幌高裁判決昭和63年3月4日)。

・振替株式

振替株式について、加入者は、その口座における記載または記録された振替株式についての権利を適法に有するものと推定されます。これは、振替株式については、譲受人の口座の保有欄への増加の記載または記録が、株式の譲渡の効力要件であることを基礎にしています。すなわち、振替制度の下では振替株式の帰属は振替口座簿への記載・記録によって決され、振替口座簿の記載と振替株式についての真の権利の所在が一致する蓋然性が高いものとして制度設計がなされていることから、権利の推定がなされていめと言えます。振替株式についての権利の推定の効果は、131条1項が定める権利の推定の効果と同様であり、振替口座簿に株主として記載・記録されている者の権利が争われているときには、争う側が、振替口座簿に株主として記載・記録されている者が真の権利者ではないことについて証明責任を負うことになります。

・株券発行会社以外の会社で振替機関が取り扱わないもの

株券発行会社以外の会社の株式で振替機関が取り扱わないものについては、権利の推定は行われません。したがって、例えば、名義書換も、権利を推定されるわけではない者が会社に申請をすることによって行われるため(133条)で、株主名簿に免責的効力は認めることができないとする見解が少なくありません。

ü 善意取得(131条2項)

株券発行会社において、株券の交付を受けた者が、その株券にある株式についての権利を善意取得する(131条2項)。善意取得とは、131条1項によって株券の占有者が株券の株式についての権利についての権利を有するものと推定されることを基礎に、そのような株券の占有者から、株券の交付によって株式を譲り受けた者は、譲渡人が無権利者であっても、悪意・重過失がないかぎり、その株券にある株式についての権利を取得するものとされることです。このようなルールによって、株式を譲り受けようとする者が譲渡人の実質的権利を調査する必要をなくし、株券の交付を通じた株式の譲渡を円滑化することが、善意取得制度の目的と言えます。

適法に有するものと推定する(131条1項)。これを権利の推定と呼びます。これは、株券発行会社の株式の譲渡が株券の交付によっておこなわれること(128条の株券の交付が効力要件かつ第三者に対する対抗要件)に基づくものです。すなわち、このような譲渡方式から、株券の占有者であれば株券の交付によって株式の譲渡を受けている可能性が高く、そのことを法的にも承認して、株券の占有者が、その株券に係る株式についての実質的な権利者であると推認されるということです。

もっとも、株券発行会社は非上場会社であり、譲渡制限株式を買い受けようとする者は、会社の承認が得られる可能性について情報を得るため会社または株券に記載された最後の株主(株主名簿上の株主)に照会するのが通常であり、単に取引相手方の株券の占有にのみ頼る取引をしたことは重過失と判断されることになります。

なお株券の交付による善意取得は、@無権利者からの取得のほか、A無権代理人との取引、B錯誤等意思表示に瑕疵がある譲渡人との取引、C無権利者を別人(権利者)と誤解してなされた取引(同一性の欠缺)などであって、取得者に重過失がない場合にも成立すると解されています。

※民法との関係

株券の交付による善意取得は、@譲受人に軽過失があっても成立し(民法192条)、B盗品・遺失物に関しても制限がない(民法193条、194条)点において、民法上の動産の善意取得よりも譲受人の保護が厚いと言えます。なお、会社法131条は、譲受人に善意取得が成立しない場合に誰が株券の返還請求権を有するかについて定めておらず、それに関する商習慣法も存在しないから、返還請求権は民法により定まる(最高裁判決昭和59年4月20日)ということになります。

・善意取得の要件

株券の発行を受けた者は、その者に悪意・重過失がない限り、その株券の株式についての権利を取得します(131条2項)。したがって、このような善意取得が生じるための要件は、@ある者が株券の交付を受けること、およびAその者に悪意・重過失がないこと、そして、そもそもBそのような株券がゆうこうなものでなければならないこと、の2点プラス1です。このうち、Bの要件について、記載が不十分なために無効である株券の交付を受けた者は善意取得することはないということになります。また、株券としての効力をまた発生していない(まだ株式を表章していない)文書の交付を受けた者が、その文書に表章されると称される株式についての権利を取得することはないとされます。これは株券の効力が発生していないのだから、権利の推定が生じないためです。そして、@およびAの要件については、いくつかの議論があるので、以下で項目別に見ていきます。

@)原因となる株式の移転

善意取得は、ある者が株券の占有者から株式の譲受けや質受けのために、株券の交付を受けた場合についてだけ成立するものです。相続や合併等、それ以外の原因による株式の取得のために株券の交付を受けた場合には、善意取得は成立しません。株券の善意取得制度は、あくまで取引を保護するためのものだからです。

A)占有の移転方式

「株券の交付」とは、株券の占有を移転することです。民法では占有の移転の方法として、現実の引渡し(民法182条1項)のほか、簡易の引渡し(民法182条2項)、指図による占有移転(民法184条)、占有改定(民法183条)が定められています。これらのうち、前三者については善意取得が成立することに争いはありません。

B)無権利者からの取得とそれ以外の場合

以前は、株券の善意取得は無権利者からの取得の場合についてのみ成立すると解されてきました。これに対して、そのような場合に限らず、無権代理人との取引、制限行為能力者との取引、錯誤等意思表示に瑕疵がある譲渡人との取引、無権利者を別人と誤解してなされた取引などについても善意取得が成立すると考えられるようになってきています。

C)悪意・重過失

株券の交付を受ける者が悪意または重過失があるときには善意取得が成立するは成立しません。無権利者から株券の交付を受ける場合の悪意・重過失とは、株券の所持人の無権利を知らず、または、知らなかったことに重過失があるということになります。

たとえば、株券所持人が無権利を疑わるような特別の事情があれば、取得者は、その株券について盗難等によるものかどうかについて調査をしなければ重過失があるものと見なされます。盗取株券が証券会社の店頭に持参された場合や、金融業者に担保に供するために持参された場合について下級審の裁判例では、例えば次のような場合に重過失が認定されています。@身元の明らかでない所持人の言動に矛盾したところがあった(大阪地裁判決昭和45年10月21日)。Aそれまで面識のなかった者が株式数や銘柄を異にする多数の株券を持ち込み、手形を落とす必要だけを告げて早急な換金を求めていた(大阪高裁判決昭和57年2月5日)。B取引を開始して数日しか経っていない者から交付された、真の権利者不明の株券を担保に融資をした(東京地裁判決平成13年1月18日)。Cそれまで面識のなかった者が、時価の70%の額を融資するように求めてきた後で、突然一方的に融資から売買へと変更を申し入れ、その際の条件を時価の70%にしたままであった(東京地裁判決平成16年9月16日)。D風体からして暴力団組員のように見える人物から政治資金がらみの裏金によって購入されたものと説明された株券について、事故株券照合システムを利用する以外の調査をしなかった(名古屋高裁判決平成16年11月1日)。

実際のところ、上場会社の株式は振替株式であり、株式について株券は発行されていません。したがって、株券発行会社は非上場会社であり、その多くは非公開会社です。非公開会社の株式は譲渡制限付されており、その株式の譲渡は、承認がない場合であっても当事者間では有効です。そのため、非公開会社の株式についても、善意取得は成立します。しかし、ある株券発行会社の株式が譲渡制限株式かどうかは株券面上明らかであり、その株式を譲り受ける者は、会社による譲渡承認が受けられるかどうかについて、会社や株券に記載された最後の株主に照会するのが普通です。それにもかかわらず、譲渡人が株券を占有しているということだけに頼って取引を行ったことは、重過失と判断される可能性があります(東京高裁判決平成5年11月16日)。

・善意取得の効果・善意取得が生じなかった場合

上記の要件が充たされれば、株券の交付を受けた者は、その株券の株式についての権利を取得することができます。その反射として、従来の権利者(株券を盗取された者等)は権利を失うことになります。この場合、株券に記載されている事項が事実と異なっている場合にも、それを善意取得した者が記載通りの権利を取得するわけではない。

・善意取得が生じなかった場合(悪意・重過失がある取得者への返還請求)

株券の交付を受けた者に悪意または重過失があるときには、善意取得は成立しません。その場合に株券の返還請求権を有する者が誰かを、会社法は定めていません。これについて商慣習法も存在しないため、民法のルールで決まります。

この場合、株券の所有権者である株主が、所有権に基づいて株券の返還を請求できます。判例では、民法193条は盗品の被害者が即時取得の要件を具えない占有者に対してその物の返還請求権を有することを当然の前提とした規定であることから、株券の受寄者がその株券を窃取されたがこれについて善意取得が成立しない場合に、その株券の受寄者が所持人に対して民法193条の規定に基づいて、盗品の被害者として株券の返還を求めることができるとしています(最高裁判決昭和39年4月20日)。

・振替株式の善意取得

振替株式の口座の記載には、加入者(A)がその振替株式を適法に有すると推定する効力があるので、その口座から譲渡により自己の口座に増加の記載を受けた加入者(B)は、Aの無権利について悪意・重過失がない限り、振替株式に係る権利を善意取得することができます。

振替株式に特有の問題は、振替機関の過誤により、Aの口座に、実際にAが有する数を超過する株式数の記載がなされると、その譲渡・振替を受けたBが超過分を善意取得することにより、すべての株主の有する当該銘柄の振替株式の総数が株式の発行数を超える事態が生じ得ることです。その場合には、超過記載をした振替機関は、超過数の振替株式についての権利を放棄する旨の意思表示をしなければなりません。振替機関等のこの責任は、無過失責任です。

振替機関が上の義務の全部を履行するまでの間は、当該振替機関等またはその下位機関の加入者である各株主は、全体の超過数に、自己が有する当該銘柄の株式数で除した数を乗じた株式数だけ、会社に対して対抗することができません。ただし、振替機関等が基準日などに関する総株主通知の後2週間以内に消却義務を履行し、かつ、当該消却義務履行のため取得された株式について基準日などにおける株主としての権利を行使するはずだったものが会社に対し自己の議決権等の全部を放棄する意思表示をした場合には、消却義務が基準日前に履行されたのと同じに取り扱われ、加入者の会社に対する権利の制約を生じません。
 

関連条文

 株式の譲渡(127条)

 株券発行会社の譲渡(128条)

 自己株式の処分に関する特則(129条)

 株式の譲渡の対抗要件(130条)

株主の請求によらない株主名簿の記載事項の記載又は記録(132条)

株主の請求による株主名簿の記載事項の記載又は記録(133条)(134条)

親会社株式の取得の禁止(135条)

 

 
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