新任担当者のための会社法実務講座 第135条 親会社株式の取得の禁止 |
Ø 親会社株式の取得の禁止(135条) @子会社は、その親会社である株式会社の株式(以下この条において「親会社株式」という。)を取得してはならない。 A前項の規定は、次に掲げる場合には、適用しない。 一 他の会社(外国会社を含む。)の事業の全部を譲り受ける場合において当該他の会社の有する親会社株式を譲り受ける場合 二 合併後消滅する会社から親会社株式を承継する場合 三 吸収分割により他の会社から親会社株式を承継する場合 四 新設分割により他の会社から親会社株式を承継する場合 五 前各号に掲げるもののほか、法務省令で定める場合 B子会社は、相当の時期にその有する親会社株式を処分しなければならない。 子会社による親会社株式取得の規制です。子会社は親会社から出資を受け、かつ、株式の保有を通じて親会社の支配を受けているので、取得を自由にすると、@資本金・準備金を財源とする取得は、株主への出資払い戻し同様の結果を生じ会社債権者の利益を害する(資本の維持)、A株主への分配可能利益額を財源とする取得でも、流通性の低い株式を一部の株主のみから取得すると株主相互間の投下資本回収の不平等を生じさせ、また取得価額いかんによっても残存株主との間の不公平を生じさせる(株主相互間の公平)、B反対派株主から株式を取得することにより取締役が自己の会社支配を維持する等、経営を歪める手段に利用される(会社支配の公正)、C相場操縦、インサイダー取引などに利用される(証券市場の公正)といった弊害が生じる可能性があるからです。 会社自身による自己株式の取得の規制が、手続・取得限度額等に制約を課して取得を認めるものであるのにかかわらず、子会社による親会社の株式取得が禁止される理由は、量的規制にとどめようとすると、親会社・姉妹会社と合算した規制が必要となり、規制が著しく複雑になるからです。 もともと、旧商法下では、親会社と子会社とは、程度の差こそあれ(100%子会社の場合はその程度が最も高い)、財産的に一体的な関係があり、また両者の間には支配従属の関係があるので、自己株式取得禁止の理由が、子会社による親会社株式の取得についても妥当しました。例えば、資本充実・維持の原則との関係で典型的な例をあげれば、A会社が100%子会社であるB会社(B会社がその発行した株式を全部A会社によって所有されているもの)を設立しておいて、A会社が新株の発行をし、その新株を全部B会社に引き受けさせれば、A会社は全く会社財産を増加させることなしに資本を増加させることができ、資本充実の原則に実質的に違反することになります。なぜなら、このA会社の新株の発行については、B会社設立の際にA会社からB会社に拠出された出資金がA会社に返還されるだけであって、A会社の財産は何ら増加していないからです(このようにA会社とB会社とが交互に新株を発行して相手方に新株の全部を引き受けさせれば、財産の増加なしにいくらでも資本を増加させることができる)。また、親会社がその子会社に対する支配権を利用して子会社をして親会社株式を取得させることによって、自己株式取得の場合同様に、相場操縦、内部者取引または経営陣の不当な地位保全の手段に利用される危険および株主平等の原則上の問題が生じうるのでした。 ※会社法における親子会社の定義 ある株式会社の議決権総数の過半数を有する等、当該株式会社の経営を支配している法人として法務省令で定める他の会社などが親会社と呼ばれ(2条4号、会社法施行規則3条2項、3項)、ある会社(親会社・持分会社)がその経営を支配している他の会社等が子会社と呼ばれ(2条3号、会社法施行規則3条1項、3項)。一つの会社が他の会社の株式の発行済株式総数の総数を有する場合、前者を完全親会社(847条の2第1項)後者を完全子会社(768条1項1号)といいます。 「経営を支配している」(財産及び事業の方針を支配している)とは、@他の会社の議決権総数に対する自己(その子会社・子法人等を含む)の計算において所有している議決権数の割合が過半数である場合、Aほかの会社等の議決権総数に対する自己の計算において議決権数の割合が40%以上であって、かつ(イ)自己所有等議決権数(自己と緊密な関係にある者が所有する議決権を所有する議決権数を加算した数)が過半数である、(ロ)他の会社等の取締役会等の構成員の過半数を自己の役員等が占めている、(ハ)自己が他の会社等の重要な財務・事業の方針の決定を支配する契約が存在する、(ニ)他の会社に対する資金調達額の総額に対する自己が行う融資の額の割合が過半数である等のいずれかである場合、Bほかの会社等の議決権総数に対する自己所有等議決権数の割合が過半数であって、かつ上の(ロ)ないし(ニ)等の要件のいずれかがある場合をいいます。ただし、財務上または事業上の関係から見て他の会社等の財務または事業の方針の決定を支配していないことが明らかであると認められる場合は除かれる(会社法施行規則3条)。すなわち親会社・子会社の定義は、議決権の過半数といった形式基準ではなく、実質的な要素を加味したものです。 ü 子会社の親会社株式取得禁止の範囲と例外 135条1項で禁じられている子会社による親会社株式とは、子会社がその計算で親会社の株式を取得することを意味します。したがって、第三者名義であっても、その取得の経済的効果が子会社に帰属する場合には規制の対象となります。反対に、信託銀行が受託者として、あるいは証券会社が顧客の取り次ぎとして自社の株式を取得するような場合は、規制の対象外となります。原子取得か承継取得かは問われません。子会社が親会社株式を担保にとることは着せ生の対照となっていませんが、ただし、担保権の実行として取得することは規制の対象となります。 この規制の例外として、子会社の親会社株式取得が許されるのは、次のような場合です(135条2項、会社法施行規則23条)。 ・組織再編・事業譲受けによる承継取得 合併後消滅する会社等から親会社株式を承継する場合(135条2項2号、会社法施行規則23条10号)、吸収分割・新設分割により他の会社等から親会社株式を承継する場合(135条2項3・4号、会社法施行規則23条11号)には、子会社による親会社株式取得が認められています。これらの場合には、組織再編手続において、株主・債権者の保護の手続がとられるからです。 他の会社等の事業の全部を譲り受ける場合において事業の全部譲受けの対象に親会社株式が含まれている場合には、子会社による親会社株式の取得が認められます(135条2項1号、会社法施行規則23条9号)。事業の全部譲受けの場合には、組織再編の場合とは異なり、債権者保護手続きは置かれていないため、債権者保護の観点から問題がないわけではないが、仮にこの場合を例外としないと、事前に譲渡会社等が親会社株式を処分しなくてはならなくなること、事業の全部譲受けを利用して脱法的に親会社株式を取得することはあまり考えにくい等を考慮して設けられたと考えられます。 ・組織再編に伴う割り当てによる取得 組織再編に伴う割当てによる取得も認められます。まず、子会社が親会社に対して吸収分割等を行う場合(会社法施行規則23条1号)、親会社と株式交換を行う場合(会社法施行規則23条2号)、あるいは株式移転等により親会社を設立する場合(会社法施行規則23条3号)において、子会社の有する自己株式に対して割り当てられることによる親会社株式の取得が認められます。次に、親会社が他の会社等と組織再編を行った場合に、子会社が他の会社の株式を持っている場合に、合併 会社分割・株式交換・株式移転(会社法施行規則23条6号イ〜ニ)の対価として親会社株式を取得することができます。 ・取得条項等の行使・剰余金の配当・残余財産の分配による取得 子会社が他の会社や法人の株式等を有しており、他の会社等が、取得条項付株式の取得、全部取得条項付種類株式の取得、新株予約権の取得等の対価として親会社株式を交付する場合、その取得が認められます(会社法施行規則23条6号ホヘ)。また、子会社が他の会社や法人の株式等を有しており、他の会社等が剰余金の配当または残余財産の分配として親会社株式を交付する場合にも、その取得が認められます(会社法施行規則23条5号)。 ・無償取得 子会社は親会社株式を無償取得することができます(会社法施行規則23条4号)。なお子会社に対して払込価格を無償として第三者割当てすることは、ここでいう無償取得には該当しないと考えられます。 ・連結配当規制適用会社の子会社間での譲渡 連結配当規制適用会社である親会社の株式を子会社間で譲渡することは認められます(会社法施行規則23条12号)。この場合、親会社の分配可能額の計算上、子会社が保有する親会社株式については。その持分相当額が減額されるため(会社計算規則158条4号)、弊害が生じないためと説明されています。 ・三角合併等の対価として親会社株式を利用する場合 いわゆる三角合併によって完全親子会社関係を形成する際に、消滅会社となる子会社等の株主等に対して存続株式会社等の親会社株式を対価として交付する場合には、消滅会社等の株主等に対して交付する親会社株式の総数を超えない範囲において、親会社株式を取得することができます(会社法施行規則23条8号)。 ・その権利の実行に当たり目的を達成するために親会社株式を取得することが必要・不可欠である場合 その権利の実行に当たり目的を達成するために親会社株式を取得することが必要かつ不可欠である場合には、子会社は親会社株式を取得することができます(会社法施行規則23条13号)。例えば債務者に親会社株式以外にはめぼしい財産がなかった場合に、債権者である子会社がこれを競落したり代物弁済を受けたりする場合です。 ・その他 子会社が適法に親会社株式を保有している状態で、親会社株式が分割された場合、子会社は分割株式を取得します。株式の無償割当てがなされた場合についても、親会社株式を取得することができると考えられます。 ü 保有する親会社株式の扱い ・子会社の権利 子会社は、その保有する親会社株式について議決権を有しません(308条1項括弧書)。また議決権の存否を前提とする諸権利も有しないなど、子会社の保有する親会社株式の権利について、下のように整理することができます。 @)共益権 子会社が有する親会社株式には、議決権は認められません(308条1項、会社法施行規則67条)。子会社の議決権行使は、親会社の取締役の意向に従い行われることにより、親会社の支配の公正を歪める可能性が大きいからです。その他の共益権に関しては、議決権がないことから、一切の親会社株主総会への参与権(出席・質問など)、および、議決権を基準とする少数株主権は認められません。しかし、それ以外の共益権については、行使を認められます。 A)自益権 自益権については、子会社の少数株主・会社債権者の利益の上からも、見つめられる必要があります。 B)会計 子会社が有する親会社株式は、長期保有が予定されていないので、貸借対照表の流動資産の項目に記載される。その簿価が、子会社または親会社の分配可能額の計算上、その剰余金の額から控除されることはありません。 ・処分義務 三角合併における特例の場合を除き、子会社は親会社株式を、相当のの時期に処分しなくてはならない(135条3項)。ある会社の株式を取得した後、その会社の子会社に相当することとなり、親会社となった会社がそのことを知った場合も同様です。なお親会社株式を親会社自身が簡易な手続きで取得することが認められています(155条3号、156条1項、163条)。 「相当な時期」とは、遅滞なくというほどの迅速さは要求されず、できるだけ早くかつ処分に有利な時期を意味するとされます。三角合併における特例により親会社株式を取得した場合には、組織再編行為の効力発生日までの間、親会社株式を保有することが許されます(800条2項)。しかし、組織再編行為を中止した場合には、相当の時間に処分しなければなりません。 会社が処分義務を怠った場合には、取締役等に過料が課されます(976条10号)。 ・会計処理 子会社が保有する親会社株式は、処分義務が課せられており、長期保有が予定されていないために、貸借対照表の流動資産の項目に記載されるのが通常です(会社計算規則74条3項1号ヘ)。なお貸借対照表に関する注記として、「親会社株式の各表示区分別の金額」が要求されています(会社計算規則103条9号)。これは親会社株式が投資その他の資産として固定資産の部に表示される場合も例外的にはありえることを前提としているとされます。連結配当規制適用会社の場合を除いて、子会社が有する親会社株式の簿価は、親会社・子会社の分配可能額の計算上、控除されることはない。
関連条文 株主の請求によらない株主名簿の記載事項の記載又は記録(132条) 親会社株式の取得の禁止(135条)
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