会社法319条で定める株主総会の決議の省略(書面などによる決議またはみなし決議)は、決議の方法としての書面決議について総株主の同意を得ることを要求しているのではなく、直接決議事項についての議案に対する賛否を書面等で問い、総株主の賛成を得られれば、決議が成立したものとみなす制度です。本来株主総会の決議は、株主によって会議体を構成し、そこでの議案の審議を経て、採決し、決議の成否を諮るのが原則です。それに対して、決議の省略は会議体の構成及びそこてせの審議のプロセスを省略するだけでなく、そのような例外的な決議方法をとることについての事前の同意を得ることも省略して、直接決議事項についての議案に関して直接株主の同意を得て、決議成立を図る制度です。
この制度は、有限会社では認められていましたが、株式会社の場合は平成14年の商法改正で導入されました。想定された対象となる株式会社は株主数の少ない閉鎖的で小規模な会社で、株主総会の決議事項について、株主全員が賛成してくれる場合にまで、あえて費用や時間をかけて株主総会を開催する必要なく、簡便な方法による迅速な意思決定を認めたというものです。それが会社法では、有限会社を廃止して、株式会社に一本化したことから、この制度が株式会社でも認められることで条文化されました。
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決議の省略が成立するための要件(1項)
決議の省略が成立するためには、取締役または株主の提案に対して総株主の同意の意思表示がなされることが必要です。取締役または株主の提案は株主総会の決議事項に限られますまた同意の意思表示をなしえる株主は当該事項について議決権を行使できる株主に限られます(319条1項括弧書)。従って、無議決権株主や単元未満株主のような議決権を有しない株主は同意が求められる株主には含まれません。
書面等による決議の方法について、条文では具体的な方法を定めていませんが、取締役等の提案が株主に提示され、株主がそれに同意の意思表示をなし得る方法で、かつそのことが明示されることが必要であると考えられています。それは前身である旧商法253条の規定で提案が記載または記録されている書面または電磁的記録をもって株主が同意することが要求されており、提案内容とそれに対する株主の同意の意思表示がひとつの書面または電磁的記録になされていることが要求されていたことを踏襲していると考えられているからです。その理由は、株主の同意がその同意の対象となった提案に対して為されたことが一覧して明らかになるようにするためであり、他の事案についての株主の同意が流用されることを防ぐためです。したがって、取締役等の提案に対する株主の同意の意思表示は一体となっていることが必要と考えられます。
同意の意思表示の具体的に方法として考えられるのは、書面による場合は、いわゆる持ち回り決議の方法です。一つの書面(回状)に決議事項についての提案を記載し、その書面を順次株主に回付し、株主が順次同意の意思表示を行う方法です。あるいは決議事項についての提案を記載し、それに同意の意思表示を行うことを要請する書面を個々の株主に送付し、株主ごとに同意の意思表示が示された書面を株主から返送してもらうという方法も考えられます。また、電磁的方法の場合は磁気ディスク等の磁気的方法による記録媒体に設定されたファイルにどう入り意思表示を示す情報を記録して会社に送付する方法や会社の指定するウェブサイトにアクセスして同意の意思表示を登録する方法や会社の指定したアドレスに電子メールを送る方法等が考えられます。いずれの場合も、株主の同意の意思表示を示す情報は同意の対象となった取締役等の提案を示す情報とひとつのファイルに含まれることが重要です。株主の同意の表明については、必ずしも署名が必要とされているわけではありませんが、証拠の確保の点では署名が望ましいと考えられます。電磁的方法の場合は、電子署名が考えられますが、ウェブサイトへのアクセスや電子メールの場合は、予め会社と株主との間で合意されているIDとパスワードを用いることも考えられます。
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対象となる決議事項
対象となる決議事項は、株主総会の目的である事項です。それ以外の制限はなく、すべての株主総会決議事項が対象となります。従って、取締役会を設置していない会社は、251条1項が定める株主会社に関するすべての事項が対象となり、取締役会設置会社は会社法に規定する事項及び定款で定めた事項です。さらに定時株主総会の決議事項についても対象とすることができます(5項)。
なお提案は株主総会の目的となる事項ですから、目的事項として成立していなければなりません。つまり取締役が提案する場合は、過半数以上の取締役の承認、取締役会設置会社では取締役会の決定が必要です。それがない場合には、株主の同意を得られたとしても、株主総会の決議取消と同様の措置を受けることになると考えられています。
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決議の省略の効果(1項、5項)
決議事項についての提案に対して、株主全員の同意の意思表示がなされた場合には、当該提案を可決する旨の株主総会決議があったものとみなされ、書面等による決議は株主総会決議と同一の効力を有するものとなります(1項)。書面等による決議の成立時期については、全株主からの提案についての同意の意思表示が記録されている書面等が会社に提出された時であると考えられます。
書面等による決議が、定時株主総会の目的である事項のすべてについての提案を可決する旨の決議である場合には、その決議の時に当該定時株主総会が終了したとみなされます(5項)。これにより、役員及び会計監査人の任期の終了の時点ならびに計算書類の公告の始期の基準が定時株主総会の終結の時点であることから、それぞれが有効となります。
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書面等の備置義務と閲覧・謄写請求(2、3、4項)
会社は、総株主の同意が示されている書面または電磁的記録を株主総会決議があったものとみなされた日から10年間本店に備え置かなければなりません(2項)。この会社による備置義務は、書面等による決議の成立要件である提案についての株主全員の同意が存在したかどうかを事後的に確認できるようにしたものであり、後日決議の成立が争われた場合における証拠方法としての意味をもつものです。
株主、会社債権者は、会社の営業時間内であればいつでも、上記の株主の同意の意思表示が示されている書面の閲覧・謄写まちは電磁的記録に記録された事項を法務省令で定める方法で閲覧・謄写することを請求できます(3項)。この閲覧・謄写は親会社の社員にも認められています。ただし、それは親会社社員の権利行使のために必要がある場合に限られ、かつ裁判所の許可を得ることが必要となります(4項)。
これらの備置義務を怠ったり、株主等の閲覧・謄写請求を正当な理由がなく拒んだ場合は、100万円以下の過料に処せられます(976条)。
会社法は、特定の議案が株主総会に提出される場合には、株主、債権者による判断の材料として株主総会開始前に一定の書面等を備え置くことを義務付け、株主等が閲覧、謄本などの交付を請求できるとしています(442条)。この場合に上記書面等の備置きの開始時期については、株主総会の1週間前または2週間前とされていますが、株主総会自体が開催されないので、提案があった日を備置き開始日としています(442条)。
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議事録の作成
書面等による決議が為された場合には、議事録の作成が要求されます(会社法施行規則72条4項)。会社は作成した議事録を本店等に備置き、株主および債権者の閲覧・謄写に供さなければなりません(318条)。また、書面等による決議についての議事録も株主総会の議事録として扱われる以上、親会社の社員も権利の行使に必要である限り、裁判所の許可を得て閲覧・謄写が認められます。
この場合の議事録の記載事項については会社法施行規則72条4項1号が次のように定めています。
@株主総会の決議があったものとみなされた事項の内容
A@の事項を提案した者の氏名または名称
B株主総会の決議があったものとみなされた日
C議事録の作成に係る職務を行った取締役の氏名