新任担当者のための会社法実務講座 第197条 株式の競売 |
Ø 株式の競売(197条) @株式会社は、次のいずれにも該当する株式を競売し、かつ、その代金をその株式の株主に交付することができる。 一 その株式の株主に対して前条第1項又は第294条第2項の規定により通知及び催告をすることを要しないもの 二 その株式の株主が継続して5年間剰余金の配当を受領しなかったもの A株式会社は、前項の規定による競売に代えて、市場価格のある同項の株式については市場価格として法務省令で定める方法により算定される額をもって、市場価格のない同項の株式については裁判所の許可を得て競売以外の方法により、これを売却することができる。この場合において、当該許可の申立ては、取締役が二人以上あるときは、その全員の同意によってしなければならない。 B株式会社は、前項の規定により売却する株式の全部又は一部を買い取ることができる。この場合においては、次に掲げる事項を定めなければならない。 一 買い取る株式の数(種類株式発行会社にあっては、株式の種類及び種類ごとの数) 二 前号の株式の買取りをするのと引換えに交付する金銭の総額 C取締役会設置会社においては、前項各号に掲げる事項の決定は、取締役会の決議によらなければならない。 D第1項及び第2項の規定にかかわらず、登録株式質権者がある場合には、当該登録株式質権者が次のいずれにも該当する者であるときに限り、株式会社は、第1項の規定による競売又は第2項の規定による売却をすることができる。 一 前条第3項において準用する同条第1項の規定により通知又は催告をすることを要しない者 二 継続して5年間第154条第1項の規定により受領することができる剰余金の配当を受領しなかった者 所在不明株主に対しては、会社は通知・催告を要しない(196条1項)という定めは、会社の株式事務合理化のために認められる措置に過ぎません。つまり、所在不明株主も株主であり株主としての権利を失うわけではありません。したがって、所在不明株主の名義を株主名簿から抹消することはできず、さらに、株券発行会社での株式分割や株式無償割当ての際の株券交付、剰余金の配当などの会社の義務履行が免除されるわけではありません。通知・催告を省略できても、所在不明株主の株式を管理する費用負担の問題は残ります。また、権利行使しない所在不明株主が増加すると、定足数との関係で株主総会決議の成立に支障をきたすおそれもあります。 そこで、このような問題を解決するために、所在不明株主の株式売却制度が平成14年の商法改正で新設されました。会社は継続して5年間剰余金の配当を受領しなかった所在不明株主の株式をその株主の承諾なく競売し、その代金を当該株主であった者に交付することができる、とする制度です。株式を競売・売却された所在不明株主は株主としての地位を喪失しますが、経済的持分は保障されるというわけです。なお、この制度をもちいて売却先が会社とすれば、所在不明株主から会社が自己株式として買い取ることも可能となります。 ü
競売・売却対象株式(197条1項) 原則として197条1項に基づき所在不明株主の株式を会社が競売できるのは、次の@およびAの要件をともに充たす株主の株券です(197条1項1、2号)。 @195条1項の所在不明株主、あるいは294条2項により会社が通知・催告を要しない株主 195条1項の所在不明株主は会社がその株主に対して発した通知・催告が5年以上継続して到達しない株主。294条2項の株主は無記名新株予約権として発行された新株予約権で取得対価として会社から株式が交付されるものを会社が強制取得する際に新株予約権証券の提出がない場合も無記名新株予約権なので新株予約権証券が提出されないとその者の氏名等を会社は知ることができないが、会社の強制取得によって新株予約権者は対価として会社の株式を取得して株主となります。 A5年以上継続して剰余金の配当を受領していない株主 このように@の要件だけでなくAの要件が加えられて両方求められるのは、会社の通知・催告は5年以上継続して到達していないが配当は受領している株主が相当数存在し、このような株主は消極的でも権利行使していると言えるから、そういう株式を強制的に競売・売却するのは相当でないからです。 したがって、上記Aの要件は、剰余金の配当を受領している所在不明株主の株式を競売・売却の対象としない趣旨で設けられています。つまり、会社が配当をしなかった場合については、@の要件のみで会社は競売・売却ができることになります。例えば、5年以上無配当が続く会社では、その期間内に@の要件が充たされていれば、その株式は競売・売却の対象となります。3年間無配が続いた後に2年以上毎年なされた配当が受領されていない場合なども同様です。 ※登録株式質権者の場合(197条5項) 所在不明株主の株式に登録質権者がある場合には、会社が競売・売却をするには上記@Aの要件に加えて、登録質権者が次の二つの要件をともに充たす必要があります(197条5項)。 @)会社が登録株式質権者に対して発する通知・催告が5年以上継続して到達しないこと A)登録株式質権者が5年以上継続して剰余金の配当を受領していないこと 上記@、Aが要件とされるのは、会社は登録株式質権者に対して通知・催告を発しなければならない場合があり、また登録株式質権者は会社から直接に剰余金の配当を受領することができるからです。 ü
競売・売却手続 会社が所在不明株主の株式を上述の要件を充たした場合に、競売・売却を行うためめには、業務執行に準じて、会社の業務執行機関が、その決定をする必要があります。それは取締役会設置会社では取締役会がその権限で行いますが、担当取締役に委任することもできます。ただし、競売・売却対象株式の数が発行済株式総数に比して非常に多く、多額の費用を負担する場合には取締役会自体が決定しなければなりません。 所在不明株主の株式を競売・売却するには、会社は、所在不明株主その他の利害関係人が一定期間内に異議を述べることができる旨を公告し、かつ、所在不明株主およびその登録株式質権者に格別にこれを催告しなければなりません(198条1項)。 株券発行会社の場合には、上記の公告に定められた異議申述期間内に利害関係人が異議を述べなかったときに、対象株式の株券は異義申述期間の末日に失効します(198条5項)。その上で、所在不明株主の株式を競売・売却するために、会社は株券を再発行することになります(18条1項、民事執行法195条)。株券の再発行先である株主が所在不明なので、再発行株券は会社が占有し、それを用いて株式を自己の名で競売・売却する権限が会社に決定的に与えられている解することができます。 競売による株式取得者は、株券不発行では競売により株式を取得したことを証する書面その他の資料を提供して、株券発行会社では株券を提示して、単独で株主名簿の名義書換を請求することができます(133条、会社法施行規則22条)振替株式については、口座振替によって株式を譲渡することになるので、所在不明株主のために会社が開設した特別口座から会社の口座に株式を振り替えた上で、会社が保振機構に対して所在不明株主の振替口座情報の提供を請求した上で、所在不明株主の株式の競売・売却を行います。そして保振機構が会社に対して行う通知によって株主名簿が書き換えられます。 ü
会社による買取り(197条3項) 197条2項によって売却する株式の全部または一部を、会社は買い取ることができます(197条3項)。これは会社による自己株式の買取になる(155条)、手続規制と財源規制が課される。 手続規制としては次の事項を定めなければなりません(197条3項)。すなわち、買い取る株式数及び株式の買取りと引換えに交付する金銭の総額です。取締役会設置会社では、上記事項の決定は取締役会決議によらなければなりません(197条4項)。 財源規制として、上記で定めた買取価格の総額は分配可能額の範囲内に限定されます(461条1項)。分配可能額に余裕があれば、発行会社自身が所在不意株主の株式を買い取ることが多くなるでしょう。会社にとって自己株式の取得となりますから、株主への還元として総配分性向を高めることができるなど、自己株式取得に関する利点を享受できるからです。 なお、株券発行会社が買取を行う場合には、買取りに先立って株抜けんの再発行を行う必要はありません。すなわち、株式を会社が買い取るにあたっては株券の交付は必要ではありません。株式の譲受人も自己の名で売却するのも会社だからです。 ・会社による所在不明株主の株式買取の実務 @日程と主な手続き 所在不明株主の株式売却は、対象となる株主の確定、異議申述期間の確保、売却対象株主の確定等を勘案すると相当の日数を要します。3月決算会社が定時株主総会終了後準備を開始して実施する日程例は以下のとおりです。なお、議決権や配当受領権の問題から、期末までに売却を完了させる必要があります。 A留意事項 ア.売却の方法について 上場会社が所在不明株主の株式を売却する方法としては、通常、市場売却と自社での買取りがあります。それぞれのメリット、デメリットは次のように考えられます。 なお、市場売却する場合に「株式処分信託」を利用する例も見られます。「信託」を利用することにより、インサイダー取引規制の抵触リスクを回避したり、市場売却に伴う事務負担を抑制する狙いがあると思えます。 イ.自己株式の取得の係る取締役会の決議 取締役会で決議すべき事項は、買取株式数、自己株式を取得するのと引き換えに交付する金銭の総額です。買取価格は、取締役会決議日(売却日)の最終価格(会社法施行規則38条2号ロ)ですが、市場取引終了後に取締役会を開催するか、あるいは、書面決議により買取りを決定することが考えられます。また、「金額の総額」は「上限額」と解することができるため、前日の終値に値幅制限を考慮した制限値を上乗せした価格を用いて上限値である「金銭の総額」を計算することが考えられます。この場合であれば、当日(買取日)の午前中に取締役会で決議することも可能です。 ウ.税制上の取扱い 市場売却は譲渡所得、自己株式の買取りはみなし配当課税の対象となり、処分方法を併用すると、支払調書の対象金額が異なり、1株当たりの単価の算定方法もわかりにくくなることが想定されるため、売却方法を併用する場合には留意する必要があります。 エ.インサイダー取引規制について 所在不明株主の株式の買取りの決定は、インサイダー取引規制における重要事実には当たりません。株主総会決議等に基づく自己株式取得であれば、取得の決定は、その株式の需要増加を示す市場情報として、また、分配可能額を減らすなどの財源情報として、投資者の投資判断に重要な影響を与えると考えられますが、所在不明株主の株式の買取りの決定については、限られた場合の数量の取得であり、投資判断への影響は乏しいという考えからです。 また、他に未公表の重要事実がある場合に、所在不明株主の株式売却の自己株式の取得を行うことは、会社自身が売り方(所在不明株主の株式を売却する権限を有する者=会社)と買い方を兼ねることから、知る者同士の市場外での取引(金商法166条6項7号)に該当し、インサイダー取引規制の適用除外の対象となると考えられます。しかしながら、未公表の重要事実が反映されていない価格で売買することになるため、より安全性を確保する観点から、所在不明株主の株式の自己株式としての買取りに際しては、未公表の重要事実がないかを確認の上、取得日を設定する必要があると考えられています。 ü
売却代金の交付(197条3項) 所在不明株主の株式を競売・売却したときには、会社は、その代金を所在不明株主に交付しなければなりません。会社は、自己の名で、競売・売却を行いその代金を受領しますが、代金は実質的には株式を喪失した所在不明株主に帰属するからです。 ただし、債権者である所在不明株主の所在は不明だから、債権者の受領不能あるいは債権者不確知を理由に、会社は上記代金を供託してその債務を免れることもできます(民法494条)。 関連条文 第1款.総則 第2款.単元未満株主の買取請求 第3款.単元未満株主の売渡請求 第4款.単元未満株式数の変更等 第7節.株主に対する通知の省略等 株主に対する通知の省略(196条) 株式の競売(197条)利害関係人の異議(198条) |