Ø 累積投票による取締役の選任(342条)
@株主総会の目的である事項が2人以上の取締役の選任である場合には、株主(取締役の選任について議決権を行使することができる株主に限る。以下この条において同じ。)は、定款に別段の定めがあるときを除き、株式会社に対し、第3項から第5項までに規定するところにより取締役を選任すべきことを請求することができる。
A前項の規定による請求は、同項の株主総会の日の5日前までにしなければならない。
B第308条第1項の規定にかかわらず、第1項の規定による請求があった場合には、取締役の選任の決議については、株主は、その有する株式一株(単元株式数を定款で定めている場合にあっては、一単元の株式)につき、当該株主総会において選任する取締役の数と同数の議決権を有する。この場合においては、株主は、1人のみに投票し、又は2人以上に投票して、その議決権を行使することができる。
C前項の場合には、投票の最多数を得た者から順次取締役に選任されたものとする。
D前2項に定めるもののほか、第1項の規定による請求があった場合における取締役の選任に関し必要な事項は、法務省令で定める。
E前条の規定は、前3項に規定するところにより選任された取締役の解任の決議については、適用しない。
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累積投票制度
累積投票制度とは、少数派からもその持ち株数に応じて取締役を選出する可能性を与える制度であって、取締役選任にあたって広い意味での比例代表制を実現する制度と言って良いものです。
通常の取締役選任決議は、1人の取締役選任が1議案を構成するので、普通に賛否を問う決議をすれば、多数派が取締役のポストを独占する結果となりやすくなっています。累積投票制度は、全取締役の選任を一括し、各株主は1株につき選任すべき取締役の数と同数の議決権を持ち、その議決権のすべてを1人の候補者に集中的に投票することも、適宜分散して投票することも認められた制度です。このような累積投票を行えば、少数派も持ち株数に比例した取締役のポストを獲得できます。このような累積投票制度には、少数派の意見の反映と多数派による会社経営に対する少数派の監視というメリットがある一方で、取締役会に多数派と少数派の利害対立が持ち込まれて、円滑な運営が困難になる危険があります。
昭和49年以前では、株式会社については定款で累積投票を排除しても、発行済み株式総数の25%以上に当たる株主が請求すれば累積投票により取締役の選任を行なわねばならないとされていました。現在は、定款に累積等投票によらない旨を規定して、これを排除しています。
※株懇モデルの定款
(取締役の選任)
第19条 取締役は、株主総会において選任する。
2 取締役の選任決議は、議決権を行使することができる株主の議決権の3分の1以上を有する株主が出席し、その議決権の過半数をもって行う。
3 取締役の選任決議は、累積投票によらないものとする。
なお、累積投票制度は取締役選任の際に限って認められている制度で、監査役、会計参与、会計監査人の選任については条文の規定がないので、認められていないということになります。
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累積投票の手続
@株主総会において選任される取締役の数の招集通知への記載
株主が、ある株主総会で累積投票によって取締役を選任すべきことを請求しようとするときに、その株主総会がが累積投票にによることを請求することができる場合に該当するか否か(株主総会の目的事項に2人以上の取締役の選任が含まれているか否か)を判断するためには、株主総会招集通知に書かれていなければなりません。そのため、定款で役員の選任は累積投票によらない旨の規定がない限り、株式会社は、取締役選任を議題とする株主総会の招集通知には選任される取締役の数を記載しなければなりません。
株主はこの記載に基づいて、累積投票を請求するかどうか、また投票に参加するかどうかを決めるため、招集通知に記載した数を超える取締役を株主総会で選任することはできないと解されています。
A累積投票によるべきことの請求
・累積投票によるべきことを請求できる株主
累積投票によるべきことを請求できるのは、取締役の選任について議決権を行使することができる株主に限られています(342条1項括弧書き)。
・累積投票によるべきことの請求の時期
取締役の選任を累積投票によって行うことを望む株主は、株主総会の日の5日前までに、株式会社に対して累積投票により取締役を選任すべきことを請求しなければなりません(342条2項)。株主総会当日の請求ではなく、5日前までに請求しなければならないとされているのは、累積投票を行う場合は通常の投票方法に比べて投票や集計に手間がかかるため、会社に準備の期間が必要になることを考慮したためです。
・累積投票によることの請求の撤回等
累積投票によることを請求した株主は、投票が実施されるまでの間、いつでもその請求を撤回することができ、また請求をした株主が株主総会に出席しないときには、請求は撤回されたものと見なされるとされています。
・請求の方法等
平成17年の改正前の旧商法では累積投票によることの請求は書面によって行なわなければならないとされていました。それに対して会社は、その書面を本店に備え置き、株主の閲覧に供することを求められていました。
現在の会社法では、このような規定はなくなって、請求の方式は定められていません。したがって、口頭による請求も可能です。この結果として会社の書面の備え置く義務もなくなりました。
B株主総会において累積投票を行う旨の明示
株主からの請求により累積投票を行う場合には、株主総会の議長が、取締役の選任の決議の前に、累積投票により取締役を選任することを明らかにしなければなりません(342条5項、会社法施行規則97条2項)。これは、株主総会に出席した株主の注意を喚起するために要求されている措置です。この明示が行われなかった場合には、その株主総会決議には取消事由があることになります。
なお、株主に対して累積投票により取締役の選任が行われることを明示されるのは株主総会の当日となるため、株主総会に出席せずに、総会前に書面投票や電磁的投票を行った株主は、累積投票に合わせた投票行動とる余地がありません。これは、実際にはほとんどの上場企業は累積投票を定款の規定により排除しているのて、問題は現実に起こっていません。
C当選者の確定
累積投票によらず行われる取締役の選任決議は、定款に別段の定めがない限り、総議決権の過半数の出席の過半数の賛成、つまり絶対多数決をもって行われます。これに対して、累積投票によって行われる取締役の選任に関する株主総会の決議は、投票の最多数を得た者から順次取締役に選任されたものとする(342条4項)、相対多数決制です。
例えば3名の取締役の選任を累積投票によって行った場合、第1位の得票数を得た候補者が1名、第2位が1名、そして第3位に同数で2名存在した、同数の投票を得た者が複数存在した場合、第1位と第2位の得票者は確定しますが、3人のうち残りの1名を確定できません。この場合、株主総会で選任する取締役の数以下であって投票の最多数を得た者から順次取締役に選任されたものとする、この場合は上位の2名の選任は確定できるものとされています(342条5項、会社法施行規則97条3項)。残りの取締役の枠については、通常の方法により取締役を選任する場合と同様の決議要件による再投票を行って決定すると解されています。
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累積投票により選任された取締役の解任
累積投票により選任された取締役の解任の決議については、役員の解任に関する決議要件を定める341条の適用から除外され(342条6項)、株父子総会の特別決議によることが求められています(309条2項)。これは、341条の要件である出席株主の過半数の賛成で解任できることにしてしまうと、多数派の株主による取締役のポストの独占を防ぎ、少数派の株主が自派の取締役を選任することを可能とする累積投票制度の意義が乏しいものになってしまうことに配慮したためです。