原則4−14.
【取締役・監査役のトレーニング
 

 

 【原則4−14.取締役・監査役のトレーニング】

新任者をはじめとする取締役・監査役は、上場会社の重要な統治機関の一翼を担う者として期待される役割・責務を適切に果たすため、その役割・責務に係る理解を深めるとともに、必要な知識の習得や更新等の研鑽に努めるべきである。このため、上場会社は、個々の取締役・監査役に適合したトレーニングの機会の提供・斡旋やその費用の支援を行うべきであり、取締役会は、こうした対応が適切に採られているか否かを確認すべきである。

 

 【補充原則4−14.@】

社外取締役・社外監査役を含む取締役・監査役は就任の際には、会社の事業・財務・組織等に関する必要な知識を取得し、取締役・監査役に求められる役割と責務(法的責任を含む)を十分に理解する機会を得るべきであり、就任後においても、必要に応じ、これらを継続的に更新する機会を得るべきである。

 

 【補充原則4−14.A】

上場会社は、取締役・監査役に対するトレーニングの方針について開示を行うべきである。

 

 

〔形式的説明〕

取締役・監査役は上場会社の統治機関の一翼であり、その役割・責務は従業員のそれとは全く異なるし、上場会社ごとに期待される具体的な内容も異なってくるでしょう。したがって、取締役・監査役は、その役割・責務を適切に果たすためには、たとえば、内部昇進した社内役員であれば、従業員とは異なる役員としての役割・権限や、自らが負うことになる法的責任等について理解を深める必要が生じてくるでしょう。一方、役員経験のある社外役員であっても、その上場会社における事業特有の知識の習得・更新が必要となる場合が多いでしょう。このような観点に基づいて、原則4−14が設置されたと考えられます。

その観点を踏まえると、取締役・監査役のトレーニングについて、何についてのトレーニングが必要とされるのかというと、次の2点に大きく分けられると思われます。

@)会社の事業・財務・組織等に関する知識といった各社特有の事項

A)取締役・監査役に求められる役割と責務といった一般的な事項

このようなことであれば、知識の共有やアップデートは、これまでも企業内の研修や外部セミナー・説明会と言った形で実施している企業も少なくないと思われる。これを原則のトレーニングという用語に置き換えると、各社の事情に合わせた合理的な判断により適切な方法が考えられるのではないかと思われます。

 

〔実務上の対策と個人的見解〕

@役員研修の実態

取締役や監査役に対する研修は各企業が独自に実施していたり、実施していなかったりと、企業によってまちまちで、内容はもちろん情報が公開されてこなかったので、実態は分かりません。最近、「旬刊商事法務」2074号の記事で新任の役員研修について書かれたものがあったので、参考にして見ていきたいと思います。その記事によると、役員研修を実施している企業は全体の6割で、時間は3時間未満が5割。内容としては、次のような項目が比較的多いということらしい。

会社法に関する項目

取締役の役割

取締役の責任

取締役会、株主総会等の会社の機関

金商法に関する項目

インサイダー取引

内部統制(JSOX)

独占禁止法関連

コーポレート・ガバナンス

その他(経営戦略、企業の沿革や事業内容)

企業内部で研修を実施する場合、法務あたりが担当することが多くなるので、研修のテーマは法律関係が多くなるということになっているようです。

たぶん、コーポレートガバナンス・コードへの対応によって各企業で、このことに関しても開示されてくると、ある程度全体的な実態が明らかになってくると思います。

また、社内のみならず、外部研修機関を活用しているケースもあると考えられます。監査役であれば、日本監査役協会で定期的にセミナーがありますし、監査法人でも大きなところは監査役向けのセミナーが実施されており、そこに監査役自身が申し込んで行くケースも少なくないと思います。また、取締役の場合には、信託銀行や取締役協会でたまにやっていたり、業者によるセミナーがありますが、監査役の場合と違って、業務執行のスケジュールが優先されて、なかなかセミナーに行くことは難しいようです。

A実際にはどうするか

コーポレートガバナンス・コードは各企業が独自に対応を考えるもので、他社の事情を見て横並びを志向するのは、その趣旨にそぐわないことでしょう。

各企業において、取締役の人数や社外取締役の比率、また、経営体制における経営と執行の分離の程度の違い、あるいは従業員からの内部昇進の取締役の比率などによって、必要性の認識に差が出てくると考えられます。

実務上は経営法友会の会員企業であれば、新任役員研修のためのパワーポイント資料をホームページでダウンロードして使用することができるので、法務部の担当者であれば、その資料を使って講義をできる知識はあるでしょう。

従業員から内部昇格した取締役であれば、営業とか技術とか現場をまわった人が多いでしょうから、基礎的な研修を受けることは、歓迎されるようになってきていると考えられます。

B個人的見解、コーポレートガバナンス・コードの趣旨を踏まえて

敢えて個人的見解として、考えてみますと、そもそもコーポレートガバナンス・コードは企業経営が前例踏襲の防御的な姿勢になってしまって、新たな展開ができなくなって、海外の新興勢力にグローバル競争で出し抜かれて、ジリ貧になってしまう企業が続出しているなかで、現状に甘んじることなく、挑戦的な姿勢で、積極的に事業の成長を図ろうとする意図のもとに設定されたものです。その中には、経営体制の改革も含まれているはずです。そして、その担い手となるのは、経営者、つまり、取締役です。その取締役が、従来の組織の中での指揮命令の下にいる従業員、法務担当の従業員、から教えを受けるというのは、おかしいのではないか。つまり、この従業員というのは本来経営者の指揮命令で動くもので、その根本的姿勢に、経営を改革しようという認識は出てきません。当然、役員研修で説明する情報や知識も旧態依然の方向性で出てくるものでしかありません。

ここでの経営の役目は、むしろ従来にない発想で法務担当者に課題を投げかけて、前例のないことであると、この担当者たちを慌てさせることにあるのではないでしょうか。極端なことになりますが。それを期待されていながら、当の対象から教えを乞うというのは本末転倒でないかと思われます。

例えば、海外の企業の場合であれば経営スクールMBAで、実践的なノウハウを学び、そこで専門的なスタッフとの人脈もつくった上で、企業の経営に乗り込み、従業員を動かして経営をしていくはずで、例えば、会社法の知識などは当然、基礎知識として身につけているべきもののはずです。そうでないのが、日本的経営の特殊性かもしれませんが、そういう点からも、役員研修について検討すべき時期に来ているのではないかと思います。

 

 

〔開示事例〕

亀田製菓

当社は、社外取締役・社外監査役を当社に迎えるに際し、工場見学を初め、当社が属する業界、当社の歴史、事業概要・財務情報・戦略、組織等について必要な情報習得のための研修を行っております。さらに、取締役・執行役員においては、より高いリーダーシップ力と経営戦略を培う能力を開発するため、外部機関などを活用し、経営スキルを習得する研修を実施しております。また、監査役においても、各種セミナーや他業種との意見交換会に積極的に参加し、業務及び会計に関する監査スキルを習得しております。

 

大東建託

当社では、取締役・監査役就任者向けに、必要な知識習得と役割と責任の理解の機会として、特にコンプライアンス遵守を重視した研修を実施しています。また社外研修の受講も行っています。さらに知識更新の機会として、監査役を除く全役員参加の検討会を原則1/年開催し、相互研鑽を図っています。

 

資生堂

当社は、社外取締役および社外監査役を新たに迎える際に、当社が属する業界、当社の歴史・事業概要・戦略等について研修を行っています。また、新任取締役候補者および新任監査役候補者に対しては、法令上の権限および義務等に関する研修を行っており、必要に応じて外部機関の研修も活用しています。

 業務執行を行う取締役および執行役員に対しては、より高いレベルのリーダーシップ力を開発するため、エグゼクティブプログラムの他、外部機関の研修も活用しています。さらに、次世代の経営幹部の育成のため、執行役員候補となる幹部社員には、トップマネジメントに求められるリーダーシップや経営スキルを習得する研修を行っています。

 

 

〔Explainの開示事例〕

新生銀行

当行では、十分な知見を有した取締役・監査役がその任についていると考えています。現在のところ、取締役・監査役の就任に際してのその役割や責務の説明以外に、トレーニングの必要性は認識しておりませんが、今後、必要に応じ、トレーニングにかかる費用の支援も含めて検討してまいります。

 

〔開示項目としての対処〕

補助原則4−14Aは、開示項目として、「取締役・監査役に対するトレーニングの方針」を開示しなければなりません。ここでは、すでに開示している例から開示のパターンを分類してみたいと思います。

ここで開示を求められているのは「取締役・監査役に対するトレーニングの方針」です。具体的なトレーニングの実施までは求められていません。方針ということは考え方でいいわけで、実施していなくても考えていればいいということです。そして、どこまで開示するかは各会社の判断に委ねられているというわれです。極論すれば、“当社は取締役・監査役のトレーニングを重要視しています。”という一文のみでも構わないことになります。しかし、だからといって、その開示を株主や投資家が読んで納得してくれるかは、また別ですが。だから、各会社は、どこまで、どのように開示するかに苦慮しているということになるでしょうか。

では、実際の開示のパターンを見ていきたいと思います。ここでは、そのパターンに分ける指標として開示されている内容を3つの方向からパターンを分類していきます。ただし、次の3つの視点が開示する必須項目というのではありません。

@何をトレーニングするか

取締役・監査役に対して、何を習得してもらうかという対象です。これは大きく次の2つに分けることができると思います。

(@)会社の事業・財務・組織・歴史等に関する知識

・社外取締役に会社特有の事項を提供する─住友商事

社外取締役・社外監査役に住友商事グループの経営理念、企業経営、事業活動及び組織等に関する理解を深めることを目的に、随時、これらに関する情報提供を行っています。また、社外取締役・社外監査役を含む取締役・監査役が、その役割及び責務を果たすために必要とする事業・財務・組織等に関する知識を取得するために必要な機会の提供、あっせん、費用の支援を行います。

・会社に特有の法令や業務内容を提供する─ミライト・ホールディングス

当社では、取締役・監査役については、定期的に自らの役割や法的責任等について認識を深めるために役員研修を実施しています。研修は、コーポレートガバナンスの意義やインサイダー取引、建設業法等の基本的な事項から、企業不祥事やトラブルに関する事例研究などを内容としております。

(A)取締役・監査役に求められる役割と責務(法的責任を含む)などの一般的事項

・新任者向けに、特にコンプライアンス遵守を重視した研修を実施する─大和ハウス工業

当社では、取締役・監査役就任者向けに、必要な知識習得と役割と責任の理解の機会として、特にコンプライアンス遵守を重視した研修を実施しています。また社外研修の受講も行っております。さらに知識後進の機会として、監査役を除く全役員参加の検討会を年1回開催し、相互研鑽を図っております。

A誰をトレーニングするか

トレーニングの対象者ですが、開示のし方は次のようなものに分かれます。

・新任の役員に対する就任前のトレーニング

・取締役就任後、必要な知識などについて継続的更新を実施する

・社内役員と社外役員を区別して各々のトレーニング方針を開示する

Bどのようにトレーニングするか

トレーニングの方法については、各社の合理的な判断に委ねられているので、様々な事例が見られます。

・社外講習会の受講に加え、検討会・勉強会等の任意の社内会合において研修を実施する─愛三工業

取締役・監査役就任者向けに、必要な知識と役割・責任の理解の機会として、社外研修の受講を行っています。さらに知識更新の機会として、全常勤役員参加の検討会を随時開催し、相互研修を図っています。

・役員向けにハンドブックを配布─あおぞら銀行

取締役・監査役のトレーニングにつきましては、取締役・監査役に対して役員ハンドブックを配布して当行の主要規程や役員関連内規を周知するほか、新任の社外取締役・社外監査役に対しては、各業務部門の担当役員等による業務説明を複数回実施しております。また、取締役会レベルでは、弁護士や外部講師を招いて随時研修を実施しております。

・トレーニングの一環として役員合宿を行う─古河電気工業

社内取締役・監査役には、新任役員研修・役員合宿等を実施し、社外取締役・監査役には就任時のオリエンテーションにおいて会社基礎資料の配布、説明等を実施しておりますが、これらの内容の充実に向けて指名・報酬委員会で審議のうえ取締役会で決定します。

・工場・事務所・事業投資先等の視察、拠点訪問等を行う─三菱商事

三菱商事では、取締役・監査役による経営監督・監査機能が十分に発揮されるよう、取締役室及び監査役室を設置し、職務遂行に必要な情報を適切かつタイムリーに提供しています。また、社外役員に対しては、取締役会での審議の充実を図るため、取締役会資料の事前配布・説明、関連情報の提供等を行なうほか、就任時オリエンテーション、毎年の事業投資先視察や経営陣幹部との対話等、三菱商事の業務内容を理解する機会を継続的に提供しています。このほか、取締役・監査役に対し、第三者機関による研修の機会を提供し、その費用は会社負担としています。

〔コーポレート・ガバナンスに関する開示の好事例集から〕

2019年11月、東京証券取引所は提出されたコーポレート・ガバナンス報告書の記載を対象として、充実した取り組みが行われ、その内容が投資者に対してわかりやすく提供されていると考えられる開示例とりまとめ「コーポレート・ガバナンスに関する開示の好事例集」として発表しました。

そのなかで、本原則についての事例もあります。

原則4−14は、上場会社は、個々の取締役・監査役に適合したトレーニングの機会の提供・斡旋やその費用の支援を行うべきであり、取締役会は、このような対応が適切にとられているかを確認すべきであるとしたうえで、補充原則4−14Aで、このトレーニングの方針について開示することを求めています。

具体的には、社内役員に対しては役員としての役割・権限や、自らが負うことになる法的責任等、また、役員経験のある社外役員に対しては当該上場会社における事業特有の知識の習得・更新など、個々の取締役・監査役に適合したトレーニング機会を就任時・就任後において継続的に提供していることを開示することが考えられます。また、トレーニングの支援等の内容が明らかになっていることは株主等のステークホルダーからの信認を深めることに資することから、トレーニングの具体的な実績も含めて開示することが望ましいと考えられます。

これらを踏まえ、好事例集では、株式会社みずほフィナンシャルグループの事例は、全取締役向けと社外取締役向けのトレーニングとを区分し、それぞれに必要な知識習得・向上の機会を就任時・就任後のフェーズに分けて提供しているのを紹介しています。また、コニカミノルタ株式会社の事例はトレーニングの概要を回数、参加人数、期間等の実績を含めて説明していることを紹介しています。

 


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