英国ロマン派展
ヴィクトリアン・イマジネーション
 

  

1998年1月 BUNKAMURAザ・ミュージアム

世紀末という言葉から連想される退廃と幻想的なイメージは、もともと好きでした。トーマス・マンの「ブッテンブロオグ家の人々」の後半の一族が衰え没落していく叙事詩的描写は何度も繰り返して読むほど好きでした。音楽でも、後期ロマン派的なシェーンベルクの「浄夜」のような旋律も衰退して和声の推移によって重苦しい雰囲気をつくり上げる陶酔的なものに惑溺したこともあります。絵画でいえば、様々な言い方がされていますが、いわゆる“ユーゲント・シュティール”に総称されるものが当てはまるでしょうか。ラファエル前派は、時代的にも、初期の見た目の素朴さから、上に述べたものに当てはまると言えるか微妙ですが、少なくともその先駆的なものであることは確かです。そのラファエル前派を内包させて、もっと大きいくくりでヴィクトリア時代のロマン主義的な絵画の代表的な作品を集めた美術展ということで、観に行ってきました。私の不勉強のせいか、初めて名前を聞く画家も多く、発見も多い美術展でした。そのため、自分なりの踏み込んだ感想というよりは、様々な画家や作品の紹介を中心に書いていくことになると思います。

一応、この美術展では、どのような範囲で作品をまとめたのかが、簡単に説明されているので、以下に引用します。“繁栄を誇ったヴィクトリア朝の英国には、産業革命後の激動する社会の中で、新しい価値観に対応を迫られる人間の様々な葛藤がありました。美術界では、19世紀半ば、アカデミズムに反発し、初期ルネサンスの精神への回帰を目指したラファエル前派というグループが生まれました。その作品は、従来通り説話的で教訓的でしたが、洗練された唯美的な画風は多くの画家の支持を得て、新たな展開を見せていきました、そのひとつは、愛や死といった人間存在の根底にかかわる問題を見つめた象徴派の系譜として発展し、他方では、自然主義的な写実よりも神話や古代の世界を理想化する古典主義として多くの大作を生み出しました。また、かつては風紀上好ましくないとされていた裸体表現も、進歩的な芸術という名のもとに固有の官能美を出現させ、画家たちのロマンを誘いました。(中略)その時代に活躍した55人の作家の作品で構成される本展は、様々な傾向を示しながらも共通の雰囲気をたたえ、20世紀初頭まで英国美術界に君臨したヴィクトリアン・アートの魅力を、芸術家のイマジネーション「想像力」をキーワードに解き明かそうとするものです。”

ヴィクトリア朝の時代のイギリスは、新しいものの考え方が、経済のみならず社会、哲学、宗教、科学といった分野で醸成されて、他方では多くの古い通念が曖昧で不確かと見なされていった。その中で、人々の自らを見る目が根本から変わっていった。例えば、チャールス・ダーウィンの「種の起源」という著作は進化論という人間の起源について新しい科学的な説明をもたらした。しかし同時に従来の宗教上の信念に対する攻撃と見なされるものであり(何と言っても、人間はとくに神のよってつくられた特別な存在ではなく、猿の同類で動物と変わらないとされたのだから)、多くの人の狼狽と混乱を招いた。その結果、知的・精神主義的な土台が崩れてしまうような空白感に囚われ苦悩する人々の中には、芸術を宗教に代わる帰依の対象として捉える人も出てきた。それが美の崇拝の誕生の機縁の一つと言える。同じころ、他方では、ヴィクトリア朝文化をあまねく特徴づけていた功利主義的に対する反動があった。拡大する社会にあってひとりの人間にとっての有益な目的とは富を生み出すことであると確信し、美の哲学に関するあらゆる事柄は取るに足らない形而上学思弁にすぎないと信じる人々も多かった。しかし、その対極には、時代の過酷な実利主義からの逃避として芸術の重要性を信じる人も少なくなかった。そのような時代の変化の中で、芸術家たちは、例えば絵画の場合、記録を残し話を伝えるという伝統的な機能から脱皮し、それに代わり見る側の想像力に訴える方向に変わっていった。画家たちは、潜在意識による暗示や連想といった方法によって観客を扱うすべを獲得し、作品全体の雰囲気に抽象性を持たせることで、心理的な反応を誘発することができるようになった。その結果、愛と死、そして五感による経験といった、いわば存在の根源の部分を意識的に、あるいは識閾下で扱う主題を積極的に取り上げていった。

主催者あいさつで述べられていたことを、具体的に説明してみました。それでは、たくさん展示されていた画家たちの中から、私なりにピックアップして、紹介がてら見ていきたいと思います。
 

 

 


ジョージ・フレデリック・ワッツ 

 ロセッティと彼の影響を受けた人たち

バーンジョーンズと彼のフォロワー  

ラファエル前派と周辺の人々 

フレデリック・レイトン  

 アルバート・ジョージ・ムーア 


 
絵画メモトップへ戻る