青年期にはラファエル前派風の風景画を描いたり、ロセッティに近づいたりとラファエル前派の影響を受けた時期もあったようですが、唯美主義運動の中に次第に入っていきます。典型的なムーアの作品の傾向は、古代彫刻に見られるような襞のあるたっぷりした衣装を身に着けたギリシャ風の人物(主として女性)が心地よさげに娯楽に興じたり、何もせずに時の流れに身を任すようにしている、というものです。作品のタイトルも恣意的なのか、作品を説明するものでもなく、何かしらの暗示をするようなものでもなく、あえて無内容に徹しているというのか、そのようなもの、例えば絵の中で付随的に描き加えられたアクセサリーにちなんでタイトルにしてしまったりということもありました。多分、ムーアは、何かものがたりの場面をテーマとするとか、何かしらの主張を込めたということはまったくなくて、線と色彩のハーモニーとそれが生み出す造形に、さらに言えば、そこから醸し出される雰囲気のようなものにあったと思います。人物の衣装や背景の色が作品全体の雰囲気を作り出して、その作品を見る人は妙なる調べが聞こえてくるような錯覚にとらわれる、というような評があったということですが、そういうのをムーアは狙っていたと思います。唯美主義といっても、ラファエル前派のミレイのような人は、ものがたりの場面のような題材から、絵画という作品だけで完結した世界をつくって、ものがたりという言葉では表すことの出来ない、厳粛さとか宗教的な雰囲気とかようなものを直観的に感じ取ってもらうことを秘かに意図していたのとはムーアは異なります。ムーアの場合は、もっと表層的で感覚的な喜びに近いもので、ことばでいう内容をできるかぎり切り捨てたようなものだったと思います。
■「ソファー」 (上図)
ムーアの伝記の著者が作品について、次のように書いています。“若い女性が身にまとう襞のある薄布の白さは、半透明の茶色の柔らかい織物がかけられた金色に輝くオレンジ色のクッションや淡い黄色のソファーを背景に、ひときわその輝きを増している。右手の女性の膝のあたりにはやや白色を帯びた茶色の布がかけられ、この女性は首の周りに赤いビーズのネックレスを付けている。壁と床は茶系統でまとめられている。手前には茶色の壷がふたつ、青いビーズ、ソファーに立てかけられた白い扇が描かれ、床には白・黄・オレンジ・青の縞模様のマットが置かれている。”そして、続けてこう書いています。“これらの作品を制作した時にアルバート・ムーアが色彩の使い方にいかに心を砕いていたか、また色彩の重要さに比して主題というものをいかに軽視していたか”が分かる。つまり、ムーアは、古典古代風の情景を描きながらもその人物像の構成を抽象的な造形要素に分解しようとしていたと考えられます。とういうことは、彼の描く人物群像は、線と形態が構成する建築や風景の中に配された単なる彫塑的なフォルムにすぎなかったと言えると思います。だから作品の基調は色彩によって決定されることになります。画家は、文学的主題に煩わされることがなくなります。むしろ、そういう主題をなくしてしまうことで、鑑賞者は自由に想像力をはばたかせることができるわけです。そのために、ムーアは色彩こそ画家に与えられた手段として考えていた、と思われます。
この作品でも茶色を全体の基調てきな色として、そのグラデーション的な使い分けに、青や赤をアクセントとして効果的に使っているのが分かります。とくに人物の肌色にまとわりつくような半透明の白が全体の雰囲気を柔らかなものにして、襞の効果を巧みに生かして、女性の肌の暗示と身体の曲線の仄めかしがちょっとしたエロチシズムを醸し出しています。