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鰭崎英朋 |
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私は鰭崎英朋という人のことを知らないので、その紹介がてら、主催者のあいさつを引用します。 “鰭崎英朋(1880〜1968)は明治後期から昭和にかけて活躍した絵師である。浮世絵師・月岡芳年の門人である右田年英に入門し、明治36年(1903年)頃から文芸雑誌や小説の単行本の口絵の制作を本格的に始める。明治末から大正にかけて、文学界を彩った英朋の妖艶な美人画は、広く大衆の心をつかんで大いに話題となった。他の絵師たちが展覧会に出品するために日本画の制作に傾注するなか、英朋は生涯、雑誌や小説という大衆向けのメディアを拠点とする絵師として活躍するのである。 英朋が手掛けた口絵や挿絵は、歴史の終わりを迎えようとする浮世絵版画(木版画)と、徐々に技術が進歩していく石版画やオフセット印刷によって制作されている。英朋は、浮世絵と石版画という、二つの異なる大衆向けメディアに専心した稀有な絵師であり、浮世絵版画の終焉を看取ったという意味で、真の「最後の浮世絵師」と言えるだろう。 本展覧会は、英朋が手掛けた木版画や石版画、オフセット印刷による口絵や挿絵、さらには肉筆画や下絵を含めた187点の作品を通じて、出版メディアが移り変わる時代の狭間に活躍した英朋の画業を紹介する。”
展示については、ふつう回顧展というと、画家の生涯を追いかけるように初期から壮年期そして晩年という順番の展示が多いのですが、この展覧会は、制作されたメディアの技法ごとに区分され、木版画、石版画・オフセット印刷、そして肉筆画というくくりで展示されていました。 第1章 木版画
柳川春葉「かたおもひ」三巻口絵です。「かたおもひ」は離ればなれに暮す母子にさまざまな苦難がふりかかるというメロドラマで、この絵は、その母親を描いたものでしょう。上唇を突き出し、面を上げ、心中苦悶の表情を見せるのは、離ればなれの子供を思い、深い憂いに満ちています。しかも、このような仰角で女性の顔を、しかも女の色気も見せつつ雄弁に内面性までも語ってくれる絵 「横櫛お富」『娯楽世界』口絵です。このような悪女っぽい妖艶な女性というのは、あまり日本の絵画ではお目にかからないと思います。まるで何かをたくらんでいるような秋波は、世紀末の西洋絵画なら、さしずめファムファタールといったでしょう。この構図で、このポーズは浮世絵の美人画の典型的なパターンですが、このお富には明確な個性があります。有名な歌麿の美人画などは、私には同じ顔に見えてしまうのですが、このお富はたしかに他の女性とは違います。鰭崎英朋は、その描き分 柳川春葉「誓」中編口絵です。展覧会チラシで使われている作品です。後の展示コーナーで肉筆画を見ることになるのですが、鰭崎の肉筆画は筆の勢いというか、出と入り、つまり、筆先を紙に接触しそこから線を引いていって、最後に神から放すという動作の身体性をかなり意識しているのが、見ていてはっきり分かります。それは、版画という画家が直接線を引いたりしないで作品が人々に見られるということを、鰭崎自身が自覚しているからではないでしょうか。つまり、下絵を絵師が描いても、それを彫師が版木に彫ったものを摺ったものが作品となるわけです。だから、絵師自身の身体により、息を凝らして、気合を込めて引いた線は、そのまま見る者には届かない。よく見ると、この作品でも、線には出と入りは感じられません。そういう絵師の身体性は抜け落ちて、無機的で抽象的な線になっています。私には、鰭崎をあえて、そういう線を選んだのではないかと思えるのです。そういう身体性を残すことより、描かれた作品は作者の手を離れて、作品自体として独立したものになっている。そういう作品のあり方に自覚的だったのではないか、と思うのです。もしそうなら、鰭崎の認識はポップアートのような20世紀美 第2章 石版画、オフセット印刷 吹き抜けの階段を2階にあがると第2章の展示となります。 江戸時代からの伝統である木版画でメリハリの利いた錦絵は鮮やかな色彩の錦絵は、多くの職人を要し、コストがかかることから、安くて手間のかからない石版画やオフセットに移行し、木版画は消えてしまおうとしていたということです。石版は木版に比べるとメリハリに欠け、色彩がやや沈むが、技術が進むにつれてそれも改善されていきました。鰭崎英朋は『新世界』や『娯楽雑誌』などの雑誌の口絵を通して、石版画の魅力を大衆に広く伝えたということです。この章では、1903年から1912〜26年にかけて刊行された文芸雑誌の口絵や表紙を中心に、コロタイプ印刷や三色版、オフセット印刷などによる作品が並んでいて、鰭崎が技術の進歩に貢献し、それに適合するように自身の作品を変化させ、新しい展開させていったことが示されています。
「子守り」(右側)校正刷です。赤ん坊の柔らかな毛の質感は木版画ではだせないものでしょう。母子の顔には陰影がつけられて、肌の質感や立体感が表現されています。あるいは、抑えた色調が二人の着ている服がふだん着で、何度も選択しているため色が落ちている生活感も表われています。その着物の模様のやわらかな表現。赤ん坊の弱い肌には、新しい布よりも、使い古して角の取れた肌触りの柔らかな布がいいわけで、その柔らかな質感が表われていると思います。これは、石版画の特性を生かしたものではないかと思います。
「避暑地にて」(左側)『婦人画報』第137号口絵です。これはオフセット印刷によるものです。オフセット印刷は、平らな版(刷版)を使用して印刷を行う平版印刷の一種です。版にインクをつけ、それをブランケットと呼ばれるゴム製のローラーに転写し、さらにそのローラーで用紙にインクを転写することで印刷を行います。この「版から一度離して(オフ)、転写する(セット)」という工程がオフセット印刷の名前の由来です。カラー印刷は、シアン・マゼンタ・イエロー・ブラック各色の版を出力し、それぞれ印刷を行う。印刷機の中に紙を通し、一枚の紙に4つの色を刷り重ねていくことで最終的な仕上がり色を再現します。オフセット印刷の基本的な画面の作りかたは印象派絵画の点描に近い、今でいえば、ドット式のプリンターのような作りかたです。そうなると、線描を基本とする浮世絵も日本画も、線を活かせないので相性がよくありません。これには西洋画の色を塗った面で構成される絵画が相性がいい。そこで、鰭崎は浮世絵というよりは水彩画のような作品にしています。それででしょうか、今までにない軽い画風になっています。朦朧体とは言いません…。 第3章 肉筆画
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