【原則5−1.株主との建設的な対話に関する方針】
上場会社は、株主からの対話(面談)の申込みに対しては、会社との持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に資するよう、合理的な範囲で前向きに対応すべきである。取締役会は、株主との建設的な対話を促進するための体制整備・取組みに関する方針を検討・承認し、開示すべきである。 |
〔形式的説明〕
この原則は、株主と上場会社との間の建設的な対話の実現を促すべく設けられたものです。コーポレートガバナンス・コードでは基本原則1で株主の権利保証や平等性を明記しているように、株主はコーポレート・ガバナンスの規律における重要な起点として位置付けています。これは、上場会社にとっても、株主と普段から対話を行い、具体的な経営戦略や経営計画等に対する理解を得るとともに懸念があれば適切に対応を講じることは、経営の正統性の基盤を強化し、持続的な成長に向けた取り組みに邁進する上できわめて有益である、ということです。しかし、上場会社の経営陣・取締役は、従業員・取引先・金融機関などの株主以外のステークホルダーとは日常的な接触があり、その意見に触れる機会を持っていますが、このような人々は賃金債権とか貸付金等の債権者です。これに対して、上場会社の経営陣・取締役と株主の接触の機会は、それほど多くはありません。そこで、この原則では、「株主との対話」について独立した章を設け、上場会社に対して、株主との建設的な対話の実現に向けて一定の取組みを求めています。このことによって、経営陣・取締役が、株主との対話を通して、資本提供者の目線からの経営分析や意見を吸収し、持続的な成長に向けた健全な企業家精神を喚起する機会を得ることを目指すということです。
〔実務上の対策と個人的見解〕
コーポレートガバナンス・コードというと、マスコミ的には“独立社外取締役の人数”だったり、“政策保有株式”が取り上げられがちです。ひとつの論点ではありますが、コードの大事な部分は別にあると思います。そうは、どういうことかというと、スチュワードシップ・コードの時代、投資家と企業との対話は中長期的視点を重視する方向に動いているといえます。その中で、コーポレートガバナンス・コードはこの中長期の視点の対話に資する手順書と考えていいのではないでしょうか。この意味で、経営理念・経営戦略からそれらを支えるガバナンス体制までの一貫した企業価値創造プロセスの開示を求める原則3−1「情報開示の充実」は、コードの中でも一番重要な箇所だということになります。この原則3−1の企業価値創造プロセスの開示に必要とされるのは、ESG投資等とも関連した統合的な報告の実践です。直面した経営環境の中でどのようなガバナンス体制を構築されるのかという「第4章 取締役会の責務」と、従業員のようなステークホルダーの方々とも如何に上手に付き合い、持続的な成長を維持するのかという「第2章 株主以外のステークホルダーとの適切な協働」が重要となります。そしてこの原則3−1があって、初めて、スチュワードシップ・コードに基づいた投資家との対話が可能になります。それがちょうど「第5章 株主との対話」のところになります。投資家との対話の中で経営・ガバナンス体制に示唆のある議論もあると思いますが、会社によっては、この企業価値創造プロセスの開示過程で、「第4章 取締役会の責務」「第2章 ステークホルダーとの協業」や「第5章 株主との対話」で追加的な体制整備が必要となる場合もあると思います。この体制整備のプロセスが経営のアカウンタビリティの確保につながり、「稼ぐ力」へとつながると考えています。これはIIRCのいう「統合報告から企業価値創造につながる統合思考、統合的意思決定」への発想と近いものがあります。そして、形式的(ひな型的)な対応ではなく、任意で形成されているアニュアルレポートのような創意工夫に溢れた対応をしていくことにより、株主や投資家の理解を得やすくなります。
つまり、この原則は、原則3−1と密接な関係にあります。対話は、一方的ではなく、ただ待っているだけでは始まりません。とくに株主に対する対話においては、上場企業の側が積極的な開示をすることによって、株主を対話に呼び込むくらいの努力が必要であると思います。そこから、信頼関係の醸成が始まると言えるでしょう。
では、そのような信頼性を得るのにはどうすればよいか。そこで考えられることは、まず、第一に「内容・データ」開示情報の信頼性です。これは、簡単に言うと「正確性」です。決算数値でいうと粉飾ではない状態、そして、投資家が企業の発信する数値・情報などを信頼できるということを意味します。これが基本です。ただ。正確性だけでは不十分で、第二の「開示プロセス」の中で経営トップが関与して、責任を持って情報発信するという姿勢が大事です。経営トップが前に出られるということでその計画の実行性に対する信頼度が上がるのです。そして、最後に「開示姿勢の信頼性」です。信頼性を高めるには、ネガティブ情報もしっかり開示すると言うことです。例えば中期経営計画でも「こんなにうまく進捗しているんだよ」というだけではなく、「やっていると、こういう問題も出てきましたよ」と言うほうが、信頼性が醸成されることになると思います。すべてがうまくいくとは思っている人などいないはずですから。それを正直に隠さないことが、ガバナンスということにつながるのではないでしょうか。
〔開示事例〕
亀田製菓
当社のIR活動は、代表取締役をトップとして、経営企画部が行っております。IR活動に必要な情報は、営業本部、マーケティング部、経理部、購買部、海外事業部ほか関係部署から情報収集し、経営企画部で取りまとめをしております。
(IR活動の内容)
当社の主なIR活動は次のとおりです。
・定時株主総会:年1回
・決算説明会:年2回
・取材対応:四半期ごと
・個人投資家説明会:不定期
・当社ホームページの企画・運営
デンソー
当社は、代表取締役社長、経営企画・経理担当役員、技術担当役員等が積極的に対話に臨み、経営戦略・事業戦略・技術戦略・財務情報について、公平性・正確性・継続性を重視し、双方向の良好なコミュニケーションを図るIR(インベスター・リレーションズ)活動を展開します。
(i)
経営企画・経理担当役員を株主の皆様との対話を統括する経営陣として指定しています。
(ii)
当社は、情報の収集及び管理、開示を統括する企業情報責任者及びそれらを執行する企業情報担当者を設置し、関連部署と連携しながら、適時かつ公正、適正に情報開示を行っています。
(iii)
当社は、決算説明会や工場見学会などの開催や、事業報告書・アニュアルレポートの発行などにより、投資機会の促進と情報開示の充実に努めています。
(iv)
経営に株主意見を反映するため、客観的に重要なフィードバック事項が発生した場合は、取締役会へ報告します。
(v)
当社では決算情報の漏えいを防ぎ、公平性を確保するために、サイレントピリオドを設定し、この期間中の決算にかかわるお問い合わせへの回答やコメントを控えさせていただいています。また、社内では内部情報委員会を設置し、内部者取引管理規則にて情報の統括管理を実施し、インサイダー情報の管理に努めています。営
新生銀行
当行では、持続的な成長及び中長期的な企業価値の向上に資する対話の機会をより多くの投資家と持つため、積極的に対話の機会を設ける努力をしています。当行経営幹部が、投資家と中長期的な企業価値の向上について対話できる機会をより多く実現するため、IR・広報部は可能な限り多くの投資家との事前の面談を重ね、当行の経営方針及び財務状況についての投資家の理解を深めた上で、当行経営幹部との面談につなげるような体制整備を進めています。
当行では、経営幹部が限られた時間の範囲内で効率的に、投資家と持続的な成長及び中長期的な企業価値の向上に資する建設的な対話を行うべく、最高経営責任者及び最高財務責任者が中心となり、当行から積極的に対話の機会を設ける努力をしています。
当行では、IR・広報部が中心となって関連部署と連携し、当行経営幹部が投資家との建設的な対話を行うために必要な情報及び投資家が当行の経営方針や財務状況をより深く理解するために必要な情報については、合理的な範囲で可能な限り開示資料に反映するべく努めています。また、個別面談以外では、投資家説明会、第三者が主催するコンファレンスへの出席、電話会議、当行のホーム―ページ、ディスクロージャー資料(アニュアルリポート)等さまざまな形で投資家との対話や投資家に向け、より分かりやすい情報発信を積極的に行っています。
投資家との対話で把握した意見及び当行に対する懸念については、IR・広報部が当行経営幹部及び取締役に定期的に報告しています。
なお、当行は、投資家との対話において、当行に関するインサイダー情報が含まれないように十分留意することはもちろん、投資家に関するインサイダー情報に接したときは、所定の法令等を踏まえて制定している社内規程に基づき、適正に管理しています。
当行は、定期的に実質株主による株式保有の状況を調査することで、当行の株主構造の把握に努めるとともに、当行経営幹部が建設的な対話をするべき投資家を効率的に把握するための材料の一つとして活用しています。