原則1−3.
【資本政策の基本的な方針】
 

 

 【原則1−3.資本政策の基本的な方針】

上場会社は、資本政策の動向が株主の利益に重要な影響を与え得ることを踏まえ、資本政策の基本的な方針について説明を行うべきである。

 

〔形式的説明〕

@「資本政策」について

この原則の対象とされている「資本政策」については、法令の規定もなく、何らの定義づけが為されていません。この資本政策の意味については各企業の判断に委ねられています。とはいうものの、その解釈はコードの趣旨・精神に照らして合理的なものである必要があります。コードは企業の稼ぐ力を伸ばすために中長期の投資を呼び込むような体制を目指して策定されていると言えるので、企業の収益力に関連する内容、さらに、企業価値向上の面、例えばREOに代表される資本効率性の向上に関連する、あるいは株主還元に関連する。言ってみれば、コーポレート・ファイナンスの分野の最適資本構成に近い概念と言えます。

コーポレートガバナンス・コードの中でも原則5−2.において、資本政策は収益計画や収益力・資本効率等と並べて論じられています。別のところでも、収益性や資本効率との関連性で考えられていたことが分かります。

A説明が必要な「資本政策の基本的な方針」とは何か

この原則に説明を求めているのは、「資本政策」そのものではなく「資本政策の基本的な方針」です。前項の「資本政策」についての説明を求めているわけではないのです。ここで求められている説明というのは、この原則に続く、政策保有株式に関する方針(原則1−4)、株主の利益を害する可能性のある資本政策(原則1−6)への対応といった各論の原則の背後にある基本的な考え方を示すことを意図しているため、「資本政策」自体ではなく、「資本政策の基本的な方針」が説明の対象とされているということです。したがって、「資本政策の基本的な方針」としては、エクイティ・ファイナンスや自己株式取得に関する実施計画のような個別の施策について具体的な予定や具体的な数値について言及するものではない。

ただし、原則5−2.では、原則3−1(1)に基づく経営戦略や経営計画の開示に当たり収益や資本政策の基本的な方針を示すとともに、収益力・資本効率等に関する目標の提示と、その実現のために具体的に何を実行するのかについての説明を行なうことが求められている。

 

〔実務上の対策と個人的見解〕

@コーポレートガバナンス・コード全体の趣旨から考える

このコーポレートガバナンス・コードにおいて基本原則3.及び原則3−1.において、“会社の財政状態・経営成績等の財務情報や、経営戦略・経営課題、リスクやガバナンスに係る情報等の非財務情報”あるいは“会社の目指すところ(経営理念等)や経営戦略、経営計画”といった言い方で、企業に情報開示を求めています。そこで、企業の経営の基本方針の全般的な開示を求めていながら、あえて、この原則において資本政策の基本方針の開示を特に取り出して求めている意味を考えてみてもよいのではないでしょうか。

それは、今回のコーポレートガバナンス・コードの趣旨に沿って考えてみることです。そもそも、日本経済の再興策の一環として中長期の投資を呼び込んで企業の活性化を図っていく、そのような投資を呼びこめるような企業の体質改善を各企業が自身の足元から見直していこうというのが、そもそもの趣旨ではないかと思います。その際に投資家、とくに海外の機関投資家が日本企業に対して中長期の投資を尻込みしてしまう大きな原因として、経営者が資本コストを意識していないという課題があります。本来的な原則であれば、原則3.で開示される情報開示において資本コストも重要な要素として盛り込まれているべきはずなのですが、従来は資本コストを意識して経営している企業は少なかった。伊藤レポートでは、「資本コストに対する意識が国際的に見て低いことが重大な問題である。日本の上場企業のうち、資本コストを意識する企業は約4割、投資家に開示している企業は全体の約1割弱という調査結果も得られている」と説明されています。だからこそ、ここであえて資本コストに直接向き合う分野として資本政策を敢えてピックアップしたとも考えられるのではないかと思います。実際に、すでにコーポレートガバナンス・コードに対応して開示している企業の先例を見ると、資本政策としてROE改善を謳っているケースが少なからず見られます。

A実際の開示について

実務としては、上述の形式的な要求を充たさなければならないのでしょうが、それだけではコーポレートガバナンス・コードの趣旨に沿うものになっていないし、なによりもこのコードを採用する企業として中長期の視点に立った投資家の支持を得ていくためにも、資本コストに関する経営の基本方針を敢えて明らかにすることにメリットがあると考えられます。そのためには、ここで提示している実例にあるようにROE改善を、その目標値までふくめて明言するということでよいのか、というと、もう一歩踏み込むべきなのではないかと考えられます。

まず、資本コスト改善イコールROE改善といえるかと言うと、必ずしもそうとは限りません。資本コストは財務諸表に明確なコストとして載ってこないので、企業としても明確に開示しにくいのは確かです。企業価値をキャッシャフロー割引モデルで説明しようとすれば、資本コストは企業側からは資本市場での資金調達力、資本構成を反映したコストでしょうし、投資家側からみれば資本市場における資金の余剰・逼迫感、リスクを反映したハードルレートです。両者が一致すればWACCということになります。このWACCを構成するコストの効率性を考えたときにROEという指標が表わし易いということになってくると思います。WACCで示される指数をROEが上回るということは、数値上で資本コストをクリアしたと見えるわけです。

しかし、資本コストは端的にいえば、投資家の企業に対する期待に、企業がどれだけ応えられるかということです。つまり、投資家の信頼に応えるということなのです。だから、この場合、ROEを改善するというだけでなく、どうやってROEを改善するかを説明することの方が、株主や投資家の信頼を得ることになるはずです。それは、例えばROEをデュポン・モデルを用いて分解して、どの要素に重点をおいて改善していくかということを明らかにするだけで、具体性をもった基本方針となり、企業の認識に対する投資家の信頼度は高くなると考えられます。そこまで、踏み込めるかどうかは、各企業の事情と経営の認識に依ると考えられます。

 

〔開示事例〕

エーザイ

当社は、企業理念として、「患者様と生活者の皆様、株主の皆様および社員のステークホルダーズの価値増大をはかるとともに良好な関係の発展・維持に努める」と定款で規定しております。資本政策もこの理念に基づき実施しています。

日常の運営における資本政策は、株主価値向上に資する「中長期的なROE経営」、「持続的・安定的な株主還元」、「成長のための投資採択基準」を軸に展開しています。

当社は、ROE を持続的な株主価値の創造に関わる重要な指標と捉えています。「中長期的なROE経営」では、売上収益利益率(マージン)、財務レバレッジ、総資産回転率(ターンオーバー)を常に改善し、中長期的に資本コストを上回るROE(正のエクイティ・スプレッド*1の創出)をめざしていきます。

「株主還元」については、健全なバランスシートの下、連結業績、DOE及びフリー・キャッシュフローを総合的に勘案し、シグナリング効果も考慮して、株主の皆様へ継続的・安定的に実施します。DOEは、連結純資産に対する配当の比率を示すことから、バランスシートマネジメント、ひいては資本政策を反映する指標の一つとして位置づけています。自己株式の取得については、市場環境、資本効率等に鑑み適宜実施する可能性があります。なお、健全なバランスシートの尺度として、自己資本比率、Net DERを指標に採用しています。

「投資採択基準」は、成長投資による価値創造を担保するために、戦略投資に対する投資採択基準(VCICValueCreative InvestmentCriteria)を採用し、リスク調整後ハードルレートを用いた正味現在価値(NPV)とIRR(内部収益率)スプレッドにハードルを設定し、投資を厳選しています。

当社では、こうした資本政策によって、成長投資と安定した株主還元を両立し、持続的な株主価値向上に努めていきます。

1 エクイティ・スプレッド=ROE−株主資本コスト

 

大東建託

当社は、売上高営業利益率7%以上、自己資本当期純利益率(ROE)20%以上を財務指標の方針として、財務健全性、株主資本効率及び株主還元の最適なバランスを検討し、中期経営計画として開示しています。

また、株主還元方針としては、当社グループの連結当期純利益に対して、配当で50%、大型の資金需要等がない限り、自己株式の取得・消却で30%、合計で80%の総還元性向として開示しています。

 

大和ハウス工業

当社は、株主価値を中長期的に高めるために、持続的な成長が必要と考え、成長投資とリスク許容できる株主資本の水準を保持することを基本とする。株主資本利益率(ROE)を最も重要な経営指標の一つと捉え、この目標値を公表し、株主資本の有効活用を目指しつつ、安定的に成長投資資金を調達できる強固な財務基盤の確保を目指すために、DE レシオ等の財務健全性を計る目標値を公表し、これを目指すことで最適資本構成の構築を図る。

(コーポレートガバナンスガイドライン第51項)

[株主資本利益率及び財務健全性を計る目標値について]

当社は第4次中期経営計画(2013年4月〜2016年3月)期間中において、株主資本利益率を10以上、DEレシオを0.5程度とすることを経営目標としています。

 

資生堂

当社は持続的成長に向けて、必要と判断されるタイミングで迅速・果断に投資を行うため株主資本の水準保持に努めます。その上で、フリーキャッシュフローやキャッシュコンバージョンサイクルを重視して、キャッシュ・フローとバランスシートのマネジメントの強化により、資本効率を意識した経営を実践します。

 資金調達に関しては、有利な条件で調達が可能な財務体質を維持すべく、ベンチマークとなる有利子負債比率は25%を目安としており、大型投資案件による資金調達が必要となった場合には、経営動向や財務状況および市場環境などを勘案して、最適な方法でタイムリーに実施します。

 株主のみなさまへの利益還元については、直接的な利益還元と中長期的な株価上昇による「株式トータルリターンの実現」をめざしています。これに基づき、成長のための戦略投資をドライバーとして利益の拡大と資本効率の向上を図ります。利益還元の目標として、当社は中期的に連結配当性向40%を目安とし、安定的かつ継続的な配当を維持します。また、自己株式取得についてもフリーキャッシュフローレベルや市場環境を勘案しつつ、適宜実施します。

 

 

資本政策の基本方針の試み

 実例からは乖離しているようですが、コードの趣旨により沿うように、資本政策の基本方針のサンプルを個人的に作成してみました。この前段階には経営の基本方針が必要です。

 

(1)従来の資本政策のあり方

当社グループは1950年の会社設立以来、製造業向けに計測・制御機器を提供することで産業界に貢献し、事業を成長させてきました。当社グループの機器は製鉄所をはじめとして様々な工場の生産ラインで稼動し、日本の工業製品の高い品質を支える一翼を担っているものと自負しております。もし、何らかの事故などにより当社の製品やサービスの供給がストップした場合には、各地の工場の稼動に関して大きな影響を受ける懸念があり、当社グループにとって、経営の安定はユーザーのニーズであり、当社グループの強みである顧客の信頼の大きな基盤となっているものです。

このような当社グループの業態の要請から、安定した経営基盤を確保した上で、持続的な成長に努めていくことが当社グループの基本的な経営姿勢となっております。

資本政策に関しても、このような経営姿勢の一環として位置づけております。それは、収益性を向上させ、効率を上げることにより資産回転率を改善することにより資本効率を改善して、株主価値を高めていくというものです。とくに、当社で力を入れるのは、総資産に対する売上高の比率を高くしていくことです。これにより資本回転率が向上するだけでなく、派生して収益性も高まることになって、最終的にROEの改善に結実するからです。さらに、IRの推進と配当政策等の株主還元を総合的に進めることによって、少なくとも株主資本コストを上回るように、株主価値を持続的に向上させて、ついには最大化を目指していくものであります。

当社グループは、これまで、堅実な財務政策と企業努力の積み重ねにより、内部留保を厚くし、自己資本比率を高い水準で維持してきました。(下のグラフは最近5年間の自己資本比率の推移を示しています。)その主な理由(メリット)として、次の3点が上げられます。

@受注から売上までのリードタイムが半年〜数年と長期間で、売上を現金として回収するには更に期間を要し、その間の仕入れの負担のような安定した事業運営には、現金の備えを手厚くする必要があったこと。

A当社はもともとユーザーが資本を出し合って設立された会社で、B to Bの事業形態をとっているため、事業を拡大するための戦略の一環として資本政策を機動的に行ってきたことから、保有している投資有価証券が多くなっていること。

B安定した財務基盤をベースに長期的な視野にたった研究開発や事業展開ができることで、他社が入ることのできないような開拓の困難な市場にフロンティアとして入ることを可能にしていること。

C外注や仕入先への支払を現金払いとすることにより、業者の経営の安定と信頼関係の強化を図り、協同で技術開発やコスト削減を進めるなど、質の高い協力体制をかためることができていること。

しかし、ここ数年当社グループの事業規模の拡大は進まず、売上高等の業績は横ばいもしくは減少の傾向が続き、ROEに代表される資本効率は低迷しています。

(2)今後のビジョンに向けての新たなあり方

前項の(2)未来のところで述べた将来の当社のビジョンをめざし、説明した事業戦略の一環として、資本政策においても、基本的には従来の方針を継続しつつも、事業戦略上の迅速な意思決定による技術開発や新たな事業への進出に機動的に対応するため、これまで財務基盤の安定性のメリットを活かすことを主目的としていた内部留保を、中長期の投資に積極的に振り向けてまいります。それだけでなく、当社グループを取り巻く環境変化のスピードやグローバル化への対応について、これまで以上に真摯に取り組むことは避けられないとして、M&Aをはじめとした大胆な戦略的行為にも積極的になるための資金として、内部留保を振り向けていくという方向性に転換してまいります。これに伴って、最適資本構成に変化が表われてくることになると思われますが、安定性を維持するために自己資本比率を指標として一定基準を保ちながらも、積極的姿勢に沿った最適資本構成を模索してまいります。

また、資本コストの面では、これらの点に加えて、株主に対する情報発信を質量ともに充実させていくことで、株主のエージェンシー・リスクの軽減を図って、ROE等の数字に表われない面も重視してまいります。

(3)利益還元について

当社の経営理念である「技術と信頼」は顧客との長期的な信頼関係を事業戦略の基盤としていることや、技術や製品も、そのようなせいかくのものであることから、株主との関係も長期的な信頼関係の構築を望んでおり、したがって利益還元についても、短期的リターンよりも中長期のスパンで投資の期待値に応え体期待と考えております。当社の事業の特徴として、毎期、コツコツと利益を継続して積み上げていく傾向にも即して、配当で毎期、利益還元を続け、長期のトータルでの成果に結実していくために、配当性向を重視しています。

(4)政策保有株式(原則1−4)

当社は、純投資目的以外の目的の、いわゆる政策保有株式を保有しております。これは、「技術と信頼」の経営方針の一環として、具体的には、顧客である製造メーカーの生産設備という、時には企業の強みにかかわる秘密に触れる分野を取り扱うために信頼関係を構築するために不可欠の手段として、また、資本政策の基本方針にある安定的な財務基盤として、戦略的に進めてきました。

また、保有している株式の議決権行使については、提案された議案が発行企業の価値毀損につながるものであると判断した場合、その企業を取り巻く状況及びと社とのパートナーシップへの影響を勘案した上で賛否について決定し、議決権を行使します。

(5)株主のエージェンシー・リスクへの配慮(原則1−1、1−2、1−5、1−6)

当社では、株主の権利や平等性の保障については、エージェンシー・リスクの軽減に結びつくこともなることから、資本コストとしても位置付けています。具体的には、現在の当社の株主に長期保有を期待することから、株主構成や株主の意向の方向性に配慮を怠りません。例えば、株主総会においてより多くの株主の参加を可能にするために開催日を集中日から外しながらも、総会を自主的で真摯な場とするために会場を敢えて自社会場に移し、その株主総会の決議における反対票の動向を検証しています。これは、現在の株主を最優先で考えており、例えば、外国人株主の保有比率はきわめて低いことから、将来増えるかもしれない外国人株主にかける配慮は、現在の株主に向けています。そのため、主に外国人株主に対する配慮の一環であろう英文の招集通知、議決権行使プラットフォーム等の電子投票制度の導入、招集通知の早期発送は実施していません。ただし、これは現時点のことであり、外国人株主が増えた場合には、相応の配慮をすることとしています。同様の理由で、敵対的買収に対するいわゆる買収防衛策を導入しておりませんし、株式価値の大幅な希釈を伴うような資本政策上の施策を行うことは考えておりません。

 

 


関連するコード        *       

基本原則1.

原則1−4.

原則1−5.

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原則1−7.

基本原則2.

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基本原則5.

 
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