4.株主総会の実務(2)〜文書
(4)事業報告
 

 

●事業報告とは

事業報告は、当該事業年度の株式会社の状況に関する重要な事項(営業成績や財産の状況など)をその内容とするもので、会社の状況を株主等に報告するために作成される書類として、計算書類等(貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書、注記表)と並ぶ重要な書類と位置付けられています。

会社法以前の旧商法のもとでは、事業報告のことは営業報告書という書類名で計算書類の一部と位置付けられていました。それは、株式会社の経営者が株主に対して、事業年度の決算として、計算書類にあわせて数字以外の内容を明らかにして、1年間でどのような経営を行い、その成果がどうであったかを明らかにして承認をえる。ひいては、株式会社の合理的経営のよる株主の利益を担保するというものでした。このように計算書類の一部であることから、会計監査人による監査を受けなければならない書類でした。これは、昭和56年の商法大改正により書面投票制度が始まった際に、上場会社において計算書類について会計監査人の監査を受けて無限定意見を得た場合に限って、営業報告を含めた計算書類の承認決議を株主総会に諮ることを省略することができ、その代わりに株主総会の場で報告事項として株主に報告すればいいということになりました。これは、当時の株主総会で、総会屋と呼ばれる人々が活躍したことなどによる総会の議事の混乱を避けるために採られた施策であったといわれています。つまり、決算の承認という議題に関しての質問は、会社の事業全般に関わることであるため、株主総会での質問は議案に関する者に限られているにもかかわらず、何でも質問できてしまうのです。そこで、意地悪な質問を続けて経営者が答えられないような些細なことや、多少理不尽な苦情のようなものまで質問として通ってしまうのです。そこには、単に議長を困らせるだけの質問も、会議に関係ないとして無碍に却下することができないのです。質問に答えなければ承認決議を得ることができない。そこで、計算書類の承認を決議事項から外して、報告事項としてしまったというわけです。

しかし、報告事項としたからには、株主が承認を得る必要がないほど、年間の事業の内容や成果が株主に明確に理解されるような報告でなければなりません。そこで、法令で報告すべき事項や内容について細かく規定されているのです。だから、ここで法令で規定されていることは、株主に伝えなければならないということで、最低限のことということになります。つまり、最低限を下回った場合には、不十分であるとして、報告が十分でないことになり、株主総会の書類の不備となり、株主総会そのものが成立していないということになるのです。

会社法では、旧商法における営業報告書から事業報告と名称が変わりました。変わったのは名称だけでなく、計算書類の一部という位置づけから、ひとつの独立した書類と、位置づけが変わりました。その結果、会計監査人の監査の対象からはずれ、監査役(監査役会)の監査を受けた後に、取締役会の承認を受けなければならない(指名委員会等設置会社では監査委員会の監査を受けなければならない)ことと成りました(会社法436条)。

そのため、株主総会の報告事項としては、事業報告は連結計算書類と同じように、監査報告を交えて議長が議場で報告しなければなりません。これに対して、計算書類は会計監査人の監査を受け、それに対する監査役会の監査があり、それぞれの監査報告書が招集通知に添付されているため、監査報告がすでになされているとして、議場での報告では監査報告を交える必要がありません。株主総会で多くの会社が報告事項を2つの項目に分けているのは、このような事情からです。(右図の招集通知のHの記載)

会社法の上では、取締役会の承認を受けた事業報告は、定時株主総会の招集の通知に際して、計算書類と共に株主に対して提供し、その内容を株主総会において報告することが求められています。そして、監査役会設置会社、監査等委員会設置会社、指名委員会等設置会社においては、事業報告の他に事業報告に係る監査報告も提供の対象になっている、ということになります(会社法437条、会社法施行規則133条1項、会社法438条3項)。また、この事業報告の提供の方法については、招集通知の提供方法に合わせて行うものとされ、具体的には書面か電磁的方法(メール等)のいずれかによるものと規定されています(会社法437条、会社法施行規則133条2項)。しかし、実際には書面で提供する会社が圧倒的に多いようです。

 

●事業報告の記載事項

事業報告の記載事項は会社法施行規則118条から126条に規程されていますが、会社形態によって記載内容が異なっています。

例えば。すべての会社で記載を要するのは、株式会社の状況に関する重要な事項(計算書類及び連結計算書類の内容と異なる場合を除く)、内部統制システムの概要(決定または決議がある場合)及び株式会社の支配に関する基本方針(定めている場合)です(会社法施行規則118条)。そして、公開会社については、さらに、株式会社の現況に関する事項、株式会社の会社役員に関する事項(社外役員がいる場合は社外役員に関する事項(会社法施行規則124条)を含む)、株式会社の株式に関する事項、株式会社の新株予約権等に関する事項を記載しなければならないとされています(会社法施行規則119条。それぞれの記載事項は120〜123条に列記されています)。この他、会計参与設置会社に関する記載事項(会社法施行規則125条)及び会計監査人設置会社に関する記載事項(会社法施行規則126条)がそれぞれ定められています。また、これらの記載事項に関して、連結計算書類作成会社、つまり連結決算をしている会社は株式会社の現況に関する事項(会社法施行規則120条1項各号)について、その会社単体での記載に代えて、その会社と子会社からなる企業集団(連結決算の対象となる連結グループ)の現況に関する事項を記載することができます。この事項に関する記載は企業集団についての現況のかたちで記載することによって、単体の記載を省略することができます。

 記載内容

 根拠条文

 記載対象会社

 備考

   

 公開会社

非公開会社 

 
 会社の状況に関する重要な事項  会社法施行規則118条1項

 

 

 計算書類及びその付属明細書並びに連結計算書類の内容となる事項を除く
 業務の適正を確保するための体制  会社法施行規則118条2項

 

 

 (注1)参照
 会社の支配に関する基本方針  会社法施行規則118条3項

 

 

 (注1)参照
 会社の現況に関する事項  会社法施行規則119条1項

 

 ×

 記載事項の詳細は会社法施行規則120条に規定
 会社役員に関する事項  会社法施行規則119条2項

 

 ×

 記載事項の詳細は会社法施行規則121条に規定
 株式に関する事項  会社法施行規則119条3項

 

 ×

 記載事項の詳細は会社法施行規則122条に規定
 新株予約権等に関する事項  会社法施行規則119条4項

 

 ×

 記載事項の詳細は会社法施行規則123条に規定
 社外役員に関する事項  会社法施行規則124条

 

 ×

 公開会社で社外役員を設けた会社が記載対象
 会計参与設置会社の記載事項  会社法施行規則125条

 

 

 会計参与設置会社であれば記載対象
 会計監査人設置会社の記載事項  会社法施行規則126条

 

 (注2)  会計監査人設置会社(注3)であれば記載対象

(注1)「業務の適正を確保するための体制」と「会社の支配に関する基本方針」については、公開会社・非公開会社共に記載対象項目となっており、その内容を定めている場合に記載することとなる。なお、「業務の適正を確保するための体制」については大会社の場合には、その体制を整備することが義務付けられています。

(注2)記載事項のうち、「当事業年度に係る各会計監査人の報酬の額」、「非監査業務の内容」、「会計監査人の解任又は不再任の決定の方針」の3項目は記載対象とされていません。

(注3)大会社には設置が義務付けられています。

 

とくに、公開会社の場合には上記のように義務的な記載事項多く規定されています。これらの記載が漏れていたり、不十分な場合には、事業報告に不備があるとみなされて、株主総会の招集または開催に不備があるとみなされるおそれがあります。最悪の場合には、株主総会が無効となってしまうことにもなりかねません。ですから、作成には十分な注意が必要です。そのために、日本経済団体連合会、全国株懇連合会をはじめとした事業報告の作成モデルが公表されており、これらを参考とした、多くの会社は則った作成をしています。ここで、代表的に作成モデルである日本経済団体連合会、全国株懇連合会の事業報告モデルを見てみると、各項目の内容はもとより、その項目を全体としてどのように構成して事業報告を作成するかの点で大きな違いがあります。とはいっても会社法施行規則の条文ごとに大項目を立てて記載するという構成の仕方は両方とも同じです。両者のモデルを比較すると次のようになります。

 全国株懇連合会

 日本経済団体連合会

1.企業集団の現況に関する事項

2.会社の株式に関する事項

3.会社の新株予約権等に関する事項

4.会社役員に関する事項

5.会計監査人の状況

6.会社の体制および方針

1.企業集団の現況に関する事項

2.株式に関する事項

3.新株予約権等に関する事項

4.会社役員に関する事項

5.会計監査人に関する事項

6.業務の適正を確保するための体制の整備についての決議の内容の概要

7.株式会社の支配に関する基本方針

8.株式会社の状況に関する重要な事項

ただし、これらはあくまでも最低限のはなしであり、株主との対話を進めるというIR的な視点や、コーポレートガバナンス・コードのエンゲージメント(株主との建設的な対話)を進めるという視点からは、これらを最低限として、さらに株主に会社をより理解してもらう工夫をしていくことがひつようになってくると思います。

※ウェブ開示

事業報告記載事項のうち、次の事項については予め定款の定めがあることを前提に、招集通知の添付書類として株主に送付する代わりにインターネットで開示することができます(会社法施行規則133条3項)。いわゆるウェブ開示と呼ばれるもので、これを利用する場合には、ウェブ開示事項を掲載するウェブのアドレス(URL)を株主に対して通知しなければなりません。通常は、狭義の招集通知の注記に記載しているケースが一般的です。なお、ウェブ開示を行なった場合、株主総会の当日に、そのウェブ開示を含めてすべてを書面にした招集通知の完全版を備置するか受付で配布するといった、株主総会当日の対応の検討が必要となりますが、多くの会社ではウェブ開示した部分のみを備置しておいて、受付で求められれば交付する会社が一般的のようです。

ウェブ開示ができるのは次の事項です。

企業集団の現況関係

・その他会社の現況に関する重要な事項(会社法施行規則120条1項9号)

株式関係

・その他株式に関する重要な事項(会社法施行規則122条2号)

新株予約権等関係

・その他新株予約権等に関する重要な事項(会社法施行規則123条3号)

会社役員関係

・辞任または解任された会社役員の氏名、意見、理由(会社法施行規則121条6号)

・会社役員の重要な兼職の状況(会社法施行規則121条7号)

・その他会社役員に関する重要な事項(会社法施行規則121条9号)

・社外役員に関する開示事項(会社法施行規則124条1〜9号)

会計監査人関係(会社法施行規則126条1〜9号)

その他

・会社の状況に関する重要な事項(会社法施行規則118条1号)

・業務の適正を確保するための体制整備についての決議または決定(会社法施行規則118条2号)

・会社の支配に関する基本方針(会社法施行規則118条3号)

・剰余金の配当等の決定に関する方針(会社法施行規則126条10号)


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