新任担当者のための会社法実務講座 第325条の5 書面交付請求 |
Ø 書面交付請求(325条の5) @電子提供措置をとる旨の定款の定めがある株式会社の株主(第299条第3項(第325条において準用する場合を含む)の承諾をした株主を除く。)は、株式会社に対し、第325条の3第1項各号(第325条の7において準用する場合を含む。)に掲げる事項(以下この条において「電子提供措置事項」という。)を記載した書面の交付を請求することができる。 A取締役は、第325条の3第1項の規定により電子提供措置をとる場合には、第299条第1項の通知に際して、前項の規定による請求(以下この条において「書面交付請求」という。)をした株主(当該株主総会において議決権を行使することができる者を定めるための基準日(第124条第1項に規定する基準日をいう。)を定めた場合にあっては当該基準日までに書面交付請求をした者に限る。)に対し、当該株主総会に係る電子提供措置事項を記載した書面を交付しなければならない。 B株式会社は、電子提供措置事項のうち法務省令で定めるものの全部又は一部については、前項の規定により交付する書面に記載することを要しない旨を定款で定めることができる。 C書面交付請求をした株主がある場合において、その書面交付請求の日(当該株主が次項ただし書の規定により異議を述べた場合にあっては、当該異議を述べた日)から1年を経過したときは、株式会社は、当該株主に対し、第2項の規定による書面の交付を終了する旨を通知し、かつ、これに異議のある場合には一定の期間(以下この条において「催告期間」という。)内に異議を述べるべき旨を催告することができる。ただし、催告期間は、1箇月を下ることができない。 D前項の規定による通知及び催告を受けた株主がした書面交付請求は、催告期間を経過した時にその効力を失う。ただし、当該株主が催告期間内に異議を述べたときは、この限りではない。 ü 書面交付請求権(1項、2項) 電子提供措置をとる旨の定款の定めがある会社の株主は、その措置によって提供される事項を記載した書面を請求することができます。それが書面交付請求権です。この書面交付請求は、一度請求すれば、撤回がないかぎり、その後のすべての株主総会及び種類株主総会の招集に際して有効なものとして取り扱われることになります。 そもそも、電子提供制度は書面による情報提供をやめて電磁的方法に切り替えることを制度の目的としているもので、それに対して書面交付を認めるということは、もともとの目的と反対の方向性をもっている、つまりは、制度の目的と矛盾するといっていい制度です。これは、電子提供制度が上場会社にとっては機関投資家に対する情報提供の充実という趣旨を徹底できないで、従前の制度の保護対象であった個人株主に対する配慮が必要だったということを示しています。つまり、従来の制度の考え方が残されたのが、この制度であると言うことができます。 書面交付請求という制度は、とくに個人株主でパソコンやスマホといった情報機器やインターネットなどの通信に慣れていない人への配慮、いわゆるデジタルデバイド、しながら個人株主の保護を図る制度と言えます。これによって当然に株主総会資料の情報がもたらされるというわけではなく、原則はあくまでも電子提供措置であり、書面が必要だという株主は、特に会社に対してそのための意思表示をしないかぎり、情報を得られません。従来制度では自動的に書面で情報が与えられていたのとは、ここで大きな違いと言えます。 また、デジタルデバイドへの配慮、あるいは会社から株主に対する株主総会資料の強制的な提供という仕組みが、ある特定の前提を取った場合にのみ正当化できるものであるということ。すなわち、そもそも個人株主を含むすべての株主に株主総会議案等に関する情報が記載された書面を送付し、株主がその情報にアクセスしたい場合には容易にできる状況を用意するというのは、その制度が必要とされる目的や状況があり、また、その制度がその目的を実現する上で効果的であるなどの事情が必要です。これは、従前の制度が導入された1981年の時点では、たしかに必要性はありました。しかし、2020年の時点で、その必要性は当時に比べて大幅に減退していると言えます。 ・書面交付請求をすることのできる者 書面交付を請求することのできる者は、電子提供措置をとる旨の定款の定めがある株式会社の株主です。ただし、株主総会の招集の通知を電磁的方法により発することについての承諾(299条3項の承諾)をした株主は、類型的に、インターネットを利用することができる者であるといえ、書面交付請求権を保障する必要がないため、書面交付請求をすることができないとされています(325条の5第1項)。 ※単元未満株主の場合 単元未満株主も書面交付請求をすることができます。ただし、電子提供措置事項を記載した書面は、株主総会の招集の通知に際して交付することとされているため、その株主が株主総会で議決権を行使することはできません。したがって、その株主に株主総会の招集の通知を送付する必要がない場合(299条1項、298条2項)には、書面交付請求にかかわらず、電子提供措置事項を記載した書面を交付することは要しないことになります。 ・振替株式の株主の書面交付請求権 書面交付請求権は議決権と密接に関連する権利であるから、いわゆる少数株主権には該当しないと整理されています。振替株式の株主は、書面交付請求をする際に個別株主通知を要しない(社債等振替法154条)ことになります。もっとも、振替法上では、振替口座簿の情報が株主名簿に反映されるためには総株主通知が必要であるから、振替株式の株主の中には、株主名簿上に株主として記載または記録されていない者も含まれることになります。そして、このような振替口座簿上のみの株主は、会社に対して自らが株主であることを対抗することはできないので、その他の方法による請求を認める必要があるということで、口座管理機関を通じた請求による方法も認められています。 会社としては、実務上、株主が会社に対して直接請求する場合の請求の方法や本人確認の方法について、株式取扱規則に定めておくことが望ましい。 ・書面交付請求の実務の扱い 書面交付を請求する株主は、株主総会の基準日までに請求をすることにより、株主総会の招集通知とともに、株主総会に関する書面の交付を受けることができます。この書面交付請求は、一度請求をすれば、撤回がないかぎり、その後のすべての株主総会の招集に際して有効なものとして取り扱われるものと解されています。 前にも述べたように書面交付請求は、299条3項の承諾をした株主は除外されることから、実務的には、この除外規定をうまく利用して、議決権行使サイト等を通じて、各株主からこの承諾を積極的に取得することで、完全なペーパーレスの株主総会の招集に近づけていくことができます。 ・書面の交付 会社は、株主総会を招集するに際して、基準日までに書面交付請求をした株主がいる場合には、電子提供措置事項を記載した書面を、招集通知とともに発送しなければなりません(2項)。基準日後に書面交付請求を行った株主に対しては書面を発送する必要はなく、また、招集通知を発送することを要しない単元未満株主に対しても書面を発送する必要はありません。なお、EDNETを用いることで電子提供措置を要しない会社であっても、書面交付請求を行った株主に対する書面の交付は必要となります。 ü 書面交付請求をした株主に交付される書面(3項) 株主が会社に対して書面交付請求をした場合には、取締役は株主総会の招集の通知に際して、電子提供措置事項を記載した書面を交付しなければなりません(2項)。 ただし、従来の会社法でも、株主の個別の承諾を得なくても、定款の定めがある場合には、株主総会資料のうちの一部の事項(株主資本等変動計算書、個別注記表及び連結計算書類等)について、招集の通知を発する日から定時株主総会の日から3カ月を経過する日までの間、継続してインターネット上のウェブサイトに掲載することによって株主に提供したとみなす、いわゆるみなし提供制度(会社法施行規則94条1項、133条3項及び会社計算規則133条4項、134条4項)が設けられています。このみなし提供制度の対象となる事項については、電子提供制度を利用する場合においても、定款の定めにより、書面交付請求をした株主に交付する書面から省略することができると解されています。 そして、会社は電子提供措置事項のうち法務省令に定めるものの全部または一部については、書面交付請求した株主に交付する書面に記載することを要しない旨を定款で定めることができる(3項)としています。なお、電子提供措置をとる旨の定款の定めとは異なり、この省略を行うための定款の定めについては、特段の経過措置は定められていません。そのため、これを必要と考える会社においては定款変更が必要となります。 ü 書面交付の終了(4項、5項) 書面交付請求はいつでもすることができ、一度された書面交付請求は、その後のすべての株主総会について効力を有することとなっています(1項)。しかし、このような規律とすることにより、過去に書面交付請求をした株主が、もはや書面を必要としなくなった場合であっても、わざわざ撤回までしない可能性があり、電子提供制度の意義が減殺されてしまうことになりかねません。 そこで、書面交付請求をした株主がある場合において、その書面交付請求の日から1年を経過したときは、会社は、その株主に対して、電子提供措置事項を記載した書面の交付を終了する旨を通知し、かつ、これに異議のある場合には催告期間内(催告期間は1カ月を下ることはできません)に異議を述べるべき旨を催告することができ、その株主が催告期間内に異議を述べない限り、その株主が行った書面交付請求は、催告期間を経過した時に、その効力を失います(4項、5項)。また、通知および催告を受けた株主が異議を述べた場合では、その意義を述べた日から1年を経過したときに、会社はその株主に対して、同様に通知および催告をすることができるとしています(4項)。 ・書面交付の終了についての考え方 最初にも述べたように書面交付請求の制度は、電子提供措置の趣旨と正反対の方向性の制度です。実際上も、行使された請求が累積していくことは、会社にとって事務負担のコストを増やすものです。したがって、これに対応する術を設けておく必要は否定されないだろうし、その意味で毎年書面交付請求の見直しの機会が入るということは一定の合理性があると思われます。また、書面交付の終了制度の持つ意味は、書面交付制度が制度して不可欠のものではないことを示していると考えられます。 ・催告による書面交付請求の失効のタイミング 図の通り、基準日@の前に書面交付請求をした株主に対する催告を考えてみましょう。催告書面は招集通知及び電子提供措置の書面の発送と同時に行うことが想定されるため、招集通知Aの発送と同時に催告書面を送ることを前提とします。この時、催告書面を受けとった株主が異議期間中に異議を述べれば、書面交付請求は引き続き有効となります。その株主に対しては、異議の日から1年経過した日から再度催告が可能な状態となります。 他方で、異議期間中に株主が異議を述べない場合、書面交付請求の効力を失うのは、異議期間の経過時です。基準日Bの時点ではもはや書面交付請求の効力は喪失しているから、招集通知Bの発送時には書面の交付が不要となります。 実務上、催告書面をどのタイミングでどのように対象株主に送るべきかという点は検討すべきだと思います。まず、催告書面を発送することは会社の義務ではないし、催告書面を発送しないということでも問題はありません。例えば2年ごと、3年ごとといったように隔年で発送することも考えられます、発送の方法については、催告の対象となる株主は書面交付請求をした株主に限られることからすると、これらの株主に招集通知および電子提供書面を発送する際に、今後の電子提供書面の交付終了についての催告書面を同封して発送するということも考えられます。 〔参考〕フルセットデリバリー 米国のNotice&Access制度では、書面交付請求をしていない株主に対して会社が任意に株主総会資料の一式を書面で送付することをフルセットデリバリーと呼んでいます。改正会社法では、これについて特段の禁止をしているわけではないので、会社が任意に株主総会資料を書面で提供することは可能です。もっとも、株主平等の原則の観点から恣意的な運用は避けるべきであると考えられ、一定の合理性を有する基準によりその提供を判断することは必要です。例えば、株主総会に来場した者にたいして配布したり、投資家との対話ミーティングに際して議論を円滑に行うために交付したといったことは合理的であると考えられています。
関連条文
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