新任担当者のための会社法実務講座
第4章.機関 
第4節.取締役
 

 

第4章.機関

第4節.取締役

Ø 業務の執行(348条)

@取締役は、定款に別段の定めがある場合を除き、株式会社(取締役会設置会社を除く。以下この条において同じ。)の業務を執行する。

A取締役が2人以上ある場合には、株式会社の業務は、定款に別段の定めがある場合を除き、取締役の過半数をもって決定する。

B前項の場合には、取締役は、次に掲げる事項についての決定を各取締役に委任することができない。

一 支配人の選任及び解任

三 第298条第1項各号(第325条において準用する場合を含む。)に掲げる事項

四 取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備

五 第426条第1項の規定による定款の定めに基づく第423条第1項の責任の免除

C大会社においては、取締役は、前項第4号に掲げる事項を決定しなければならない。

【363条の説明を参照して下さい。】 

Ø 株式会社の代表(349条)

@取締役は、株式会社を代表する。ただし、他に代表取締役その他株式会社を代表する者を定めた場合は、この限りでない。

A前項本文の取締役が2人以上ある場合には、取締役は、各自、株式会社を代表する。

B株式会社(取締役会設置会社を除く。)は、定款、定款の定めに基づく取締役の互選又は株主総会の決議によって、取締役の中から代表取締役を定めることができる。

C代表取締役は、株式会社の業務に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する。

D前項の権限に加えた制限は、善意の第三者に対抗することができない。

ü 代表取締役

代表取締役は、会社を代表する機関です(349条1項)。取締役会設置会社の業務執行は、代表取締役及び取締役会の決議によって会社の業務を執行する取締役として選定された者が行います(363条1項)。すなわち代表取締役が株主総会または取締役会の決議を執行するほか業務執行権を有する各取締役は、取締役会から委任を受けた事項については、自ら決定し執行します。

業務執行が対外的行為である場合は、代表取締役であれば、会社を代表する行為となります(349条4項、5項)。とくに393条5項では「この権限に制限を加えたとしても善意の第三者に対抗することはできない」とされています。

なお、代表取締役以外の業務執行取締役も、代表取締役のような包括的権限ではないが、一定の範囲で会社を代表する権限を与えられている場合が少なくありません。

ü 代表取締役の選定、就任及び終任

・代表取締役の選定・就任

取締役会設置会社の場合、取締役会は取締役の中から代表取締役を選定しなければなりません(362条3項)。取締役会設置会社以外の株式会社は株主総会の決議により選任します(349条3項)。定款上、社長等一定の役職の取締役は当然に代表取締役であると定める例が多いのですが、その場合でもその役職にない代表取締役に選定する余地を認めているケースが少なくありません。

代表取締役の就任・退任は登記事項です。氏名・住所が登記されます

また、代表取締役の就任・退任は適時開示事項です。一般的には定時株主総会にける取締役選任と同日に選任された取締役により新たに代表取締役が選定されるという手続を踏むため、通期決算発表の際に、予定事項として開示する場合が多い。ただし、それより前に取締役会で内定している場合には、その時点で開示します。また、期中で臨時に代表取締役が退任及び選任された、つまり変更された場合には金商法に基づく李氏報告書を提出しなければなりません。

・代表取締役の終任

代表取締役が取締役の地位を失うと、当然に代表取締役も終任となります。しかし、取締役の地位を維持しながら代表取締役の職のみを辞任することは可能です。取締役会は、その決議により代表取締役を解職することができます(362条2項3号)。この解職決議により地位が剥奪されれば、当人への告知なしに解職の効力が発生します。

・代表取締役に欠員が生じた場合の措置(351条)

代表取締役に欠員が生じた場合には、取締役に欠員が生じたばあいと同じ扱いが為され、任期満了またしは辞任による代表取締役はあらたに代表取締役が選定され就任するまで、引き続き代表取締役の権利義務を有し(このことは、取締役の地位を有する場合に限られると考えられます)、必要があれば一時代表取締役を選任することができます。

ü 代表取締役の権限

代表取締役は、会社を代表する権限である代表権を有します。代表権とは、A会社の代表取締役甲が第三者Bとなした行為の効果が、甲自身ではなくA会社に帰属する権限を意味します。この点では、本人Aの代理人甲が第三者Bと為した行為の効果がAに帰属する権限すなわち代理権と差異がないが、代表取締役の権限は、次に述べるように包括的・不可制限的である点で、たんなる代理権と区別されます。代表取締役の権限は、取引の安全のために、このように法定されるものであって、これを定款で変更してもその効力は認められません。したがってまた、取引の相手方としては、代表取締役を相手に取引すれば安全です。代表取締役が誰かは登記を閲覧することによって確認できます。

・包括的権限(349条4項)

代表取締役は、会社の業務に関する一切の裁判上または裁判外の行為を有します(349条4項)。会社の業務に関する行為とは、業務としてなされる行為であると(絶対的商行為または営業的商行為。商法501条、502条)、業務のために為される行為(附属的商行為。商法503条1項)であるとを問わない。運送業務を営む会社において、運送契約を締結する行為は業務として為される行為であり(商法502条4号)、そのためにトラックを購入し、あるいはその資金を借り入れる行為は業務のために為される行為です(商法503条1項)が、そのいずれもが代表権の範囲内です。また、会社が数種の業務を営み、または複数の営業所を有している時も、代表権は業務の種類ごとまたは営業所ごとに限定されることはありません。さらに会社の業務に関するかどうかは、客観的に判断され、その主観的意図は問われません。したがって、会社の代表取締役の資格で借り入れをすれば、その代表取締役の主観的意図が自分の個人的目的のためであっても、借り入れの効果は会社に帰属します。また、代表取締役は裁判上または裁判外の一切の行為をする権限を有していますから、その資格で、会社のために事業に関して、訴を提起し、第三者と契約を締結し、裁判外の請求をすることもできます。以上のような意味で、代表取締役の権限は包括的であると言います。

・不可制限的権限(349条5項)

代表取締役の代表権に制限を加えても、この制限を善意の第三者に対抗することができないということです(349条5項)。例えば、一定金額以上の借入れについては取締役会の承認を要するとした場合や又は代表取締役の権限の範囲を特定事項に限定した場合において、代表取締役がそのような制限を超えた取引を行ったときでも、その制約を知らない取引の相手方に対して会社はその取引の無効を主張できない。同様に、代表取締役が定款に違反して代表権限を行使した場合は、取引の安全を確保するため、行為の相手方がそのことを知っている場合を除き、一般的にその行為は会社を拘束することになります。また、代表取締役がその有する権限を濫用して、例えば、自己使用の意図のもとに会社名義で金銭を借入れ、これを自分の利益のために使用した場合にも、客観的にそれが代表取締役の行為と見られる限り、その借入れは会社が行ったものとしての効力を生じることになります。

・取締役会の決議を欠いた行為の効力

ア.取引行為

A会社の代表取締役甲が、取締役会で決議すべき事項について、その決議を経ないで第三者Bと行為した場合(瑕疵ある決議をした場合も同様)に、その行為の効力がどうなるかについて、判例は、取締役会決議を欠いた重要財産の処分行為について、原則として有効であるが、相手方が決議を経ていないことを知りまたは知り得べかりしときは無効であるとしています(最高裁昭和40年9月22日)。この基準によれば、過失(軽過失)のある相手方が保護されない点で、349条5項が適用された場合と結果が異なってきます。

イ.その他の行為

代表取締役が取締役会の決議に寄らないで募集新株の発行・社債の募集のように取引の安全を強く要請されるようなことを行った場合、決議を欠いても無効事由とならないされています。他方で、取締役会の決議なしに株主総会の招集は決議取消事由となります。このように適法な決議によらない代表取締役の行為の効果は区々であるので、一つ一つ別個に考えていかなければなりません。

・代表権の濫用

代表取締役が、会社の利益のためではなく、自己または第三者の利益のためにその権限を行使することを代表権の濫用と言います。例えば、自己または第三者の借財の返済のために、A社代表取締役甲として、Bから借り入れをする行為等が、これに当たります。この行為の効力については、Bが甲の目的を知りまたは知り得べかりしときは無権代理行為となります(民法107条、最高裁昭和38年9月5日)。代表権に限らず権利の濫用が許されることではないのは当然のことです。それゆえ実際には代表権の制限に関する規定の準用することで、相手方の過失の有無を問題とする必要がないということになります。実際の場面を見てみれば、代表権の濫用は、外形上、行為者と会社の利益が相反しません。利益相反取引(356条)の場合で取締役会の承認がない場合に相手方が悪意でない限り取引の無効を主張できないのですから、この場合に相手方の過失の有無を問題するのはバランスを失するという議論もあります。 

Ø 代表者の行為についての損害賠償責任(350条)

株式会社は、代表取締役その他の代表者がその職務を行うについて第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。

ü 株式会社の不法行為責任

会社も、一私人として第三者に対して不法行為責任を負うことがあります。ただし、会社は法人であり、何人かの自然人の行為を通じて社会的活動を行っているため、会社の不法行為を考慮する上でも、通常はその自然人の行為との関係で会社の不法行為責任が問題とされています。実際には、民法709条により会社を相手に直接、不法行為責任を訴える場合もあります。

むしろ、この350条は民法715条による使用者責任に内容が似ているので、その関連で説明していきたいと思います。民法715条の使用者責任は、会社の事業のために他人を使用する場合、被用者がその職務の執行につき第三者に加えた損害を会社が賠償する責任があるというものです。この使用者責任の被用者を代表取締役に置き換えると会社法350条とそっくりです。大きな違いは代表取締役は会社に使用されているのではないので、会社に管理責任がないということです。つまり、被用者が不法行為をしたことは会社の管理責任というのが使用者責任です。これに対して、会社法350条は代表取締役の権限に基づく行為の効果は会社に帰属するところからくるところが違います。つまり、代表取締役の職務について行った商売で利益が発生すれば、それは会社の利益になりますが、そこに不法行為責任が発生すれば、会社の責任になるということです。つまり、代表取締役の不法行為は会社の不法行為として捉えられているということです。

ü 株式会社の不法行為の要件

株式会社の不法行為責任が成立するには、次の3つの要件が必要です。

@株式会社の代表者の行為であること

この要件は明白です。代表取締役であるか、それに準ずる立場のひとであることです。

A職務を行うにつき他人に損害を加えたこと

この職務につきという点は、民法715条の使用者責任にも同じような要件があるので参考になります。民法715条でいう「事業の執行について」とは、いわゆる外形理論が判例とされ、被用者の職務執行行為そのものには属しないが、その行為の外形から観察して、あたかも被用者の職務の範囲内の行為に属するものと見られる場合を包含するというのが判例です。典型的には、取引行為的不法行為のほか、会社の営業者であることが外形上分かる自動車で事故を起こして損害を加えた場合などがよく挙げられます。会社法

B代表者の行為が不法行為(民法709条)となること

不法行為の要件については様々なケースがありますが、原則として、代表取締役に故意または過失があって、その為した行為が相手の損害を起こしてしまったということです。なお、この場合、故意または過失というのは損害を起こしたことに関しての故意または過失で、会社に対する任務懈怠などとは無関係です。その場合には、会社法429条の責任を代表取締役個人が負うことになります。 

Ø 代表取締役に欠員を生じた場合の措置(351条)

@代表取締役が欠けた場合又は定款で定めた代表取締役の員数が欠けた場合には、任期の満了又は辞任により退任した代表取締役は、新たに選定された代表取締役(次項の一時代表取締役の職務を行うべき者を含む。)が就任するまで、なお代表取締役としての権利義務を有する。

A前項に規定する場合において、裁判所は、必要があると認めるときは、利害関係人の申立てにより、一時代表取締役の職務を行うべき者を選任することができる。

B裁判所は、前項の一時代表取締役の職務を行うべき者を選任した場合には、株式会社がその者に対して支払う報酬の額を定めることができる。

【351条の説明を参照して下さい。】 

Ø 取締役の職務を代行する者の権限(352条)

@民事保全法(平成元年法律第91号)第56条に規定する仮処分命令により選任された取締役又は代表取締役の職務を代行する者は、仮処分命令に別段の定めがある場合を除き、株式会社の常務に属しない行為をするには、裁判所の許可を得なければならない。

A前項の規定に違反して行った取締役又は代表取締役の職務を代行する者の行為は、無効とする。ただし、株式会社は、これをもって善意の第三者に対抗することができない。

ü 職務執行の停止の仮処分

取締役選任決議の取消、不存在確認、無効確認または取締役解任の訴えが提起されても、その判決が確定するまではその取締役が職務の執行を続けることになります。そうなると、取締役として欠格事由に該当するかの性の大きい者や不正行為を行っている者、たとえそうでなくても、判決により取締役でないことが確定する可能性の大きい者が取締役の職務を行うのは適当ではないと言えます。そこで民事再生法上の仮の地位を定める仮処分(民事保全法23条1項)の一種として、保全の必要性、つまり、その取締役がそのまま職務の執行を続ければ会社に回復不能の損害が生ずる可能性があるということ、が認められる場合、裁判所は、当事者の申立てにより、会社及び取締役の双方を債務者として、仮処分により、取締役の職務執行を停止し、さらにその職務を代行する者(職務代行者)を選任することができます。この場合の職務代行者には弁護士が選任されるのが通例です。

なお、取締役の職務執行停止、職務代行者選任の仮処分及びその変更・取消は、嘱託登記されます(917条1号、民事保全法56条)。

ü 職務代行者の権限

取締役の職務代行者の権限は、仮処分命令に別段の定めがある場合を除き、会社の常務に限定され、常務に属しない行為をする時には裁判所の許可を要することとなります。会社の常務とは、会社事業の通常の経過に伴う業務をいい、募集株式の発行等・事業譲渡・定款変更とか、取締役解任を目的とする臨時株主総会の招集といったことは常務に属しません。これらの決議を取締役会で行おうとするには、取締役の職務代行者はその議決権を行使することについて裁判所の許可を要することになるというわけです(1項)。

職務代行者が裁判所の許可なく常務でない行為を決定あるいは業務執行した場合、会社は善意の第三者に対抗することはできない。つまり、善意の第三者への責任を免れることはできません(2項)。その理由として、代行者は本案の確定までの間の暫定的な地位を有するからにすぎないからと言われています。 

Ø 株式会社と取締役との間の訴えに置ける会社の代表(353条)

第349条第4項の規定にかかわらず、株式会社が取締役(取締役であった者を含む。以下この条において同じ。)に対し、又は取締役が株式会社に対して訴えを提起する場合には、株主総会は、当該訴えについて株式会社を代表する者を定めることができる。

代表取締役は、会社の業務に関する一切の裁判上または裁判外の行為を有します。しかし、会社と取締役が訴訟関係になった場合、代表権に関する例外規定があります。取締役同士の馴れ合い防止が趣旨です。監査役がいれば、訴訟において監査役が会社を代表します(386条)。しかし、監査役がいない場合も株主総会で適切な訴訟の代表者を定めることができます(353条)。 

Ø 表見代表取締役(354条)

株式会社は、代表取締役以外の取締役に社長、副社長その他株式会社を代表する権限を有するものと認められる名称を付した場合には、当該取締役がした行為について、善意の第三者に対してその責任を負う。

ü 表権代表取締役

代表取締役は、取締役会において選任されます。代表取締役と見紛うような肩書きがされていても、取締役会で千人されていなければ代表取締役ではありません。そのことは、代表取締役は登記事項なので、陶器を閲覧すれば一目瞭然です。したがって、新たに会社と取引を始める場合には、登記を閲覧して、その他の事項も含めて確認することがおこわれます。しかし、事業が繁忙なところで、いちいち登記を閲覧するまで手が回らないのが実状で、一般には代表権を有すると認められるような名称の者を代表取締役と信頼して取引しています。例えば、会社と継続的に取引をする相手方としては、取引を開始するにあたっては、登記を閲覧して誰が代表取締役か確認したうえで、その者と取引をすることが期待されていたとしても、その後の取引のたびごとに、いちいちその者が依然として代表取締役であることを登記で確認することを求めるのは困難でであり、その間にその代表取締役でなくなり、その旨登記されたとしても、依然としてその者が同じように取引していた場合には、その相手方を保護すべきである。そういう趣旨で設けられたのが表見代表取締役という制度です。

ü 表権代表取締役の要件

表権代表取締役制度の適用があるためには、次の要件を満たす必要があります。

@代表権を有するものとと認められる名称を付している行為すること

代表権を有するものとと認められる名称を条文では、社長、副社長その他としていますが、これは限定列挙ではなくて、例示と考えられます。この他にも、頭取、会長、CEOその他場合によっては専務や常務などもそうでしょう。

A上記の名称の使用について、会社の帰責事由があること

取締役が会社と無関係に名称を使用しても、この制度は適用されません。これは、会社が名称の使用を積極的に許諾したばあいだけでなく、その取締役が冒用しているのを知りながら適当な手段をとらないで黙認している場合も含みます(最高裁昭和44年11月27日)。社長を解任され、登記された者が、その後も依然として社長として行為をすることを会社が放置したような場合がこれに当たります。

B名称を使用したものが取締役であること

C取引の相手が善意であること

この制度が取引の相手方を保護するためのものである以上、相手方が無過失であることまでは求めないまでも、重過失がないことは求められていると考えられています(最高裁昭和52年10月14日)。 

Ø 忠実義務(355条)

取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。

会社と選任された役員との関係は、一般に委任に関する規定に従うこととされています(330条)。したがって、役員は、その職務の遂行においては、善良な管理者としての注意義務、いわゆる善管注意義務を負います(民法644条)。この注意義務の水準は、その地位・状況にある者に通常期待される程度のものとされ、とくに専門的能力を買われて役員に選任された者については、期待される水準は高くなります。

会社法では、取締役は法令及び定款の定め並びに株主総会の決議を遵守し、会社のために忠実にその職務を遂行する義務を負う(355条)と特に規定しています。この条文で述べられている内容は、善管注意義務と重複していると考えられています。そうすると、委任関係から当然に善管注意義務は発生するもので、民法にも規定されているものを、敢えて同じ内容を会社法で条文にしたのは、何か特別の意味があるのか、と勘繰りたくなるものです。いくつかの学説はあるようですが、判例の立場や一般的な考え方としては、この会社法の規定は、善管注意義務と同じ内容を規定化したもので、それを具体化したもので、それ以上の高度な義務を別に規定したものではないという裁判例(最高裁昭和45年6月24日)もあり、取締役と会社の利害が対立するような場合、私利を図ることなく職務を忠実に務めるという意味合いで用いられている。実際の、取締役と会社の利害の対立においては利益相反や競業といった具体的な規定がなされています。 

Ø 競業及び利益相反取引の制限(356条)

@取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。

一 取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。

二 取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき。

三 株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。

A民法第108条の規定は、前項の承認を受けた同項第2号の取引については、適用しない。

ü 競業取引の規制(1項1号)

@競業取引規制の内容

・競業避止義務

取締役が自己または第三者のために会社の事業の部類に属する取引をしようとする時は、その取引についての重要な事実を開示して、承認を受けなければなりません。この規定は、取締役の競業が会社のノウハウ、顧客情報等を奪う形で会社の利益を害する危険が高いので、予防的・形式的に規制を加えたものです。したがって、たとえ競業の要件に当たらなくても、取締役が営業秘密を利用して私利を図る等で会社に現実に損害を生じさせた場合には、取締役の忠実義務違反の責任が生ずるということはあり得るということです。取締役会設置会社の場合には取締役の承認となります(365条1項)が、取締役会設置会社以外の株式会社では株主総会の普通決議による承認ということになります。

なお、監査役は、この規制の対象外です。

・競業取引規制の内容

競業をなすにつき承認を得なければならない「取締役」には、業務執行に関与する代表取締役のたは代表取締役以外の業務執行取締役会のみならず、すべての取締役が含まれます。

「会社の事業の部類に属する取引」(競業)とは、会社が実際に行っている取引と目的物(商品・役務の種類)及び市場(地域・流通段階等)が競合する取引です。なお、「会社の事業の部類に属する取引」について、法令の通常の用語法によれば、会社の定款所定の事業目的に該当する取引を指す(商法509条1項)ことになります・しかし、定款所定の事業でも、現在会社が全く行っていない事業に属する取引を承認しなければならないとすることはないですし、他方で定款には今だ所定されていないが、会社が進出を企図し市場調査を進めている事業は対象にしなければなりません。また、会社の取り扱っている商品と完全に一致する必要はなく、それと同種あるいは類似の商品を取り扱うことも含まれます。また、「取引」には、販売・仕入の両方を含み、例えば、ある商品の製造・販売を目的とする会社であれば、その原材料を購入する取引も競業となりえます。

「自己または第三者のために取引しようとするとき」とは、取締役が自分自身の名前もしくは第三者の名前で行った取引というのではなく、その行為を行った取締役もしくは第三者がその行為によって利益を受けるということを指します。たとえば、取締役が会社の名前で取引し、その結果得られた利益がその取締役自身または第三者の桃になる場合が、これに当たります。

「第三者」とは、通常、他社の代表取締役を指します。

「重要な事実」とは、取締役会がその競業取引によって会社が損害を受けないかどうかを判断するために必要な事実のことです。単発の取引であれば相手先、目的物、数量、価格、履行期等を指しますが、競業会社の代表取締役に就任する等のため包括的な承認を得る場合であれば、その会社の事業の種類、規模、取引範囲等を開示すべきことになります。

取締役会の承認は、必ずしも個々の取引についてである必要はなく、取引の対象、頻度などを開示した事実から、会社に損害を生じないと判断することが可能な範囲では、包括的に受けることも可能です。取締役会が事後的に追認することも可能ですが、事後の承認については、事前に承認を得るのに事後に承認したような場合には、その行為による善管注意義務違反の責任を問われる可能性が、事前に承認を得た場合に比べて大きくなることは否定できません。追認の可否については取締役の責任問題になるので注意が必要です。

A競業取引における報告義務・説明義務

・取締役会への報告義務(365条2項)

取締役会設置会社では、競業取引を行った取締役は、遅滞なく、取引について重要な事実を取締役会に報告しなければなりません(365条2項)。取締役がその取引をするについて取締役会の承認を受けていない場合だけでなく、取締役会の承認を受けていた場合にも、報告義務があります。これは、監督機関としての取締役会及びそれに出席する権利を有する監査役が、実際に為された取引が承認された範囲に属するかどうか、その取締役に忠実義務がないかを判断し、会社に損害を生ずる可能性がある時はそれに対する処置を講ずる機会をあたえるためです。

なお、報告義務違反には過料の制裁があります(976条23号)。

・開示義務(会社法施行規則128条2項)

競業取引については、事業報告の附属明細書に取締役の兼務の状況を開示しなければなりません(会社法施行規則128条2項)。監査役の重要な監査の対象であり、株主総会での説明義務の範囲に含まれています。

B競業取引規制の効果

・取締役会の承認の効果(取締役会の承認受けてなされた場合)

取締役会の承認を受けたにもかかわらず競業取引によって会社に損害が生じた場合には、その協業取引をした取締役は当然のこととして、それだけでなく取締役会で承認することに賛成した取締役も、その賛成したことについて善管注意義務違反(会社に損害が生じないと判断するについての善管注意義務違反)があれば、会社に対して損害賠償責任を負うことになります(423条)。取締役は、会社に損害を生じることが取締役に社会通念上要求される注意をもってしても予測することができなかった場合に、はじめて責任を免れることになるります。取締役会の承認が必要であることの意味は、このように承認した取締役が善管注意義務違反による損害賠償責任を負うことにあり、これによって、安易な承認をしないことが期待されています。

もっとも我が国では、競業承認は取締役を系列会社(合弁企業等)に代表取締役として派遣する等の正当な事業目的に基づきなされることが多いので、結果的に会社に損害が生じたからといって、簡単に競業取締役または取締役会において承認を与えた取締役の善管注意義務違反を安易に判断できないところもあります。

・違反の効果(取締役会承認を受けずになされた場合)

取締役会の承認を受けずになされた競業取引についても、その行為の効力自体は否定されません。取引の効力を否定すると、規制の対象とされなていない相手方が、この規制によって不利益を受けることになり、不都合となるからです。

取締役会の承認なしに競業取引をしたときは、その行為をした取締役は損害賠償責任を負うことになる(423条1項、356条1項1号)ほか、解任請求の対象にもなり得ます。会社法では、会社側の損害額の立証の困難さを排除するため、取引により取締役もしくは執行役または第三者が得た利益の額を会社が蒙った損害の額と推定することとされます(423条2項)。したがって、違反行為をした取締役において、会社の損害がその違反行為と因果関係のないこと、または取締役もしくは第三者が得た利益より少ないことを立証すれば、責任を免れ、または責任を減ずることができ、逆に損害を受けた会社側もその蒙った被害がその利益より大きいことを立証して、それ以上の損害賠償を求めることも可能です。

C競業避止義務に類似する問題

・会社の機会の奪取

会社が関心を持つはずの新規事業機会等を取締役が自己の事業にしてしまうことが、同人の会社に対する忠実義務違反となることがあり、「会社の機会」の奪取といわれます。取締役がその職務上知り得た外部情報を会社に無断で自己の事業にする場合等が、その典型例です。

問題は、取締役が個人の資格で得た情報等をどこまで会社に提供せねばならないかです。これは、忠実義務よりむしろ取締役の善管注意義務の一環として会社の新規事業の開発等に努める義務がどこまであるかの問題といえますが、会社が上場会社等か閉鎖型か、及びその取締役の社内的立場等により、その義務の程度は異なると解すべきでしょう。

・退任予定の取締役による従業員の引抜き

退任後に会社と同一または類似の事業を開始することを企図する取締役が、在任中に部下に対し退職して自己の事業に参加するよう勧誘することが、取締役の忠実義務違反となることがあります。問題は忠実義務違反が成立する要件であり、在任中に部下に対し退職勧誘をすれば当然に義務違反になると解する見解がありますが、そうではなく、取締役と当該部下との従来の関係等諸般の事情を考慮の上不当な態様のもののみが義務違反になると解すべきでしょう。

・退任後の競業禁止特約

取締役の退任後の競業は、原則として自由です。退任後の競業を禁止する取締役・会社間の特約は、取締役の職業選択の自由に関わるので、取締役の社内での地位、営業秘密・得意先維持等の必要性、地域・期間等の制限内容、代償措置等の諸要素を考慮し、必要・相当性が認められる限りにおいて公序良俗に反せず有効と解すべきでしょう。

ü 利益相反取引の規制(1項2号、3号)

@利益相反取引規制の内容

・利益相反取引回避義務

取締役会設置会社では、取締役は、自己または第三者のために会社と取引をしようとするとき(直接取引)および会社が取締役の債務を保証することその他の取締役以外の者との間において会社とその取締役の利益が相反する取引をしようとする時(間接取引)は、重要な事実を開示して、取締役会の承認を受けなければなりません(365条1項)。、取締役会設置会社以外の株式会社では株主総会の普通決議による承認ということになります。

この規定は、取締役が会社の利益を犠牲にして、自己の田は第三者の利益を図ることを防止する趣旨で設けられたもので、忠実義務がこの規制の根拠になっているので、忠実義務を負担していない監査役に対しては、利益相反取引規制は存在しないと言えます。

・利益相反取引規制の内容

利益相反取引は、上述のように大まかに言って「直接取引」と「間接取引」の2種類に分けられます。

べての取締役が含まれます。

*    直接取引

直接取引については、取締役会の承認があれば、民法108条で規定されている自己契約または双方代理に当たる場合でも、取引をするでも、取引をすること自体は禁止されません(356条2項)。

この規定は、取締役が自己または第三者の利益を図って会社に損害が生じることを防止するためのものですから、直接取引と言っても、取締役の会社に対する負担のない贈与はもちろん、運送契約・保険契約・預金契約・定価による売買契約の締結など、定型的な取引であって、会社に損害が生じる可能性のない取引は含まれない。つまり事前の承認を得る必要がないと解されています。ただし、定型的で会社に損害を与える取引というのでは明確な基準ではありいません。例えば手形行為が利益相反取引に含まれるか否かで議論が分かれます。ただし、判例及び通説では、手形の振出が原因関係におけるものとは別の新たな債務を負担し、しかも、その債務は、実証責任の過重、抗弁の切断、不渡処分の危険性を伴い、原因債務をよりいっそう厳格な支払義務であることを理由に、手形行為は含まれる(最高裁昭和46年10月13日)としています。

(直接取引の例)

会社の取締役に対する金銭の貸付及び約束手形の振り出し

会社と取締役との間での商品、土地、株式、債権等の財産の売買

会社から取締役への贈与

会社による、取締役の会社に対する債務の免除

*    間接取引

間接取引とは、たとえばA会社の取締役甲がA会社以外の者乙から借り入れをしている場合に、A会社が甲のこり借入金債務のために、乙と保証契約を締結し、または乙を担保権者とする担保権を設定し(物上保障)、あるいは甲の債務を引き受ける等の行為を言います。これらの取引は、あくまでA会社と乙との間でなされるものであって、甲とA会社との間でなされるわけではありません。それゆう直接取引ではないのです。しかし、甲に有利でA会社に不利であるという点で、直接取引と同じような規制が必要であることは分かると思います。なお、A会社を代表して乙とこの契約をていけつするのが、甲自身か、甲以外のA会社の代表取締役かは問われません。

(間接取引の例)

取締役が第三者に対し負担する債務について会社がする保証、物上保証

取締役が第三者に対し負担する債務について会社がする連帯保証契約

取締役配偶者の債務について個人としてする連帯保証に加え、会社を代表してする連帯保証

取締役が第三者に対し負担する債務の会社による引き受け

※企業グループの中では、取締役が子会社の代表取締役を兼務する例が少なくなく、兼務する取締役は、自分は一体どの会社のために働いているのか、兼務先との関係で利益相反ではないか、ということを常に意識する必要があります。たとえば、子会社の代表取締役を兼務する親会社の取締役が、親会社と兼務先子会社との間で取引を行うような場合です。この場合、利益相反取引に関する規制の適用があるとされます。だたし、兼務先の子会社において他に複数の代表取締役がおり、他の代表取締役が取引する場合など個別の判断が必要な場合もあります。なお、100%子会社親子会社間において取締役を兼務する場合には実質的に利益相反取引に立たないで、利益相反取引に関する規制の適用はないとされています。包括的承認及び追認の可能性、当該取締役の特別利害関係人としての議決権行使の排除等は、競業取引と同様です。なお、株主全員の同意がある場合には、取締役会の承認を要しないという判例があります(最高裁昭和49年9月29日)。

取締役の利益相反取引の承認は、個々の取引に対して承認されるのが原則です。しかし、関連会社間の取引のように反復継続して同種の取引がなされる場合については、取引の種類・数量・金額・期間等を特定して包括的に承認を与えても良いと解されています。株主総会の承認は普通決議となります。決議の際、利益相反取締役は特別利害関係人となります。なお、承認に際しては、取引についての重要な事実の開示・相当の説明等が必要です。

A利益相反取引における報告義務・説明義務

・取締役会への報告義務(365条2項)

取締役会設置会社では、会社と利益が相反する取引を行った取締役は、遅滞なく、取引について重要な事実を取締役会に報告しなければなりません(365条2項)。実務上は、包括承認によった場合には、報告も定期的に包括的に行う場合が多いようです。報告の趣旨や内容は、競業取引に関する報告と同様となります。また間接取引について報告義務を負うのは、会社を代表して取引をする代表取締役です。

・開示義務・株主総会での説明義務等(会社計算規則112条1項)

利益相反取引については、「関連当事者との取引に関する注記は、株式会社と関連当事者との間の取引(当該株式会社と第三者との間の取引で当該会社と当該関連当事者との間の利益が相反するものを含む。)」(会社計算規則112条1項)とされており、個別注記表に開示しなければなりません。

また、利益相反取引は、株主総会での説明義務の範囲にも含まれます。

なお、旧商法施行規則133条では、監査報告書への記載について特別な扱いがされており、利益相反取引に関しては個別に監査の方法の概要を記載し、もし取締役の義務違反があればその事実に関する記載は各別にされることとされていました。しかし、会社法では当初は、他の義務違反行為とは区別はされていませんでしたが、平成26年の改正により、子会社少数株主保護の観点から、個別注記表等に表示された親会社等との利益相反取引に関し、会社の利益を害さないように留意した事項、当該取引が会社の利益を害さないかどうかについての取締役会の判断及びその理由等を事業報告の内容とし、これらについての意見を監査役会等の監査報告の内容とするものとされています(会社法施行規則129条1項6号)。

B利益相反取引規制の効果

・取締役会の承認の効果(取締役会の承認受けてなされた場合)

取締役会設置会社において取締役会の承認を受けた取締役の利益相反行為は、有効になります。自己契約または双方代理になる場合でも、民法108条の適用はありません(365条2項)。

取締役会の承認を受けたにもかかわらずその利益相反取引によって会社に損害が生じた場合には、その取引関して任務懈怠のある取締役は、会社に対する損害賠償責任を負うことになります(423条1項)。利益相反取引が取締役会の承認を受けて取引されたが、その取引が忠実義務または善管注意義務に違反するときは、任務懈怠の責任を問われることになるということです。例えば、明らかに会社に不利で取締役に有利な取引が取締役会の承認を得て為された場合には、その取引をした取締役には忠実義務違反(355条)、また取締役会でこの取引の承認に賛成した取締役には善管注意義務違反(330条、民法644条)の責任が問われることになります。つまり、責任を問われる取締役は次のように分類されます。

ア.その取引をした取締役

イ.会社がその取引をることを決定した取締役

ウ.その取締役会の決議に賛成した取締役

利益相反取引は、旧商法では無過失責任とされてきましたが、会社法では過失責任に改められました。しかしながら、この任務懈怠の推定が設けられたことにより、任務怠らなかったことを立証しない限り責任を負うことになります。さらに会社法では、取締役が自己のためにした取引に関しては特則を設けており、自己取引をした取締役の損害賠償責任は、任務懈怠がの取締役の責めに帰することができないじゆうであるものであることをもって免れることはできない(428条1項)とされています。

取締役等の任務懈怠の責任を免除するには、総株主の同意が必要になります(424条)。また、会社法では取締役等の責任の一部免除についても規定が設けられています(425条、426条、427条)。ただし、責任の一部免除等に関する規程は、自己取引関する責任については適用されません(428条2項)。

・違反の効果(取締役会承認を受けずになされた場合)

取締役会の承認を受けずになされた直接取引については、会社と取締役の間または会社と第三者との間では無効となります。この点で無効とならない競業取引とは異なります。この規定は会社の利益保護のためのものですから、取締役の方から取引の無効を主張することはできません(最高裁昭和48年12月11日)。また、会社が取引の無効を主張できる場合、会社債務の保証人も無効を主張できるのが原則です。これは無効を主張できるのは会社のみで保証人も無効を主張できないとすると、保証人が会社に対し求償を求めた場合の処理が問題になるからです(最高裁平成21年4月17日)。ただし、多くの場合の保証人は事情を知りつつ保証した他の取締役であるので、この場合には信義則上無効を主張できないと解されています(最高裁昭和50年12月25日)。

一方、間接取引の相手方(最高裁昭和43年12月25日)及び会社が取締役を受取人として振り出した約束手形(一種の直接取引)の譲受人という第三者(最高裁昭和46年10月13日)に対しては、会社が無効を主張するには、取引安全の見地から、その相手あるいは第三者が取締役会の承認がないことを知っていることを会社が主張・立証できてはじめて無効を主張することができるものとされています。また、会社から取締役に譲渡された不動産の転得者等の第三者との関係においても適用される(東京地裁平成25年4月15日)とされています。

取締役会の承認を受けずに利益相反取引を行った取締役は、任務を怠ったとして損害賠償責任を負う(423条)ほか、解任請求(854条)の対象となります。損害賠償責任を負うのは、直接取引においては、会社と取引をした相手方である取締役(その者が第三者のためにした場合も含む。)だけでなく、会社を代表して取引をした取締役も含まれます。間接取引においては、会社を代表して取引をした取締役であり、利益を受ける取締役については、会社が保証債務を履行し、またはその提供した担保権を実行されて損害を蒙ったときは、会社は、当全にその取締役に対して求償権を取得します。

C利益相反取引回避義務に類似する問題

・支配株主の利益を図る取引

取締役の利益相反取引と同様に会社の利益が害される危険は、取締役に対して事実上の影響力を有する支配株主(親会社等)と会社の取引(企業グループ内の製品の売買等)にも存在します。会社に少数株主が存在する場合には、取締役は会社に対する忠実義務を免れないから、支配株主の圧力の下に会社に不利な非通例的取引を行った取締役は、会社の損害を賠償する責任を負います(423条1項)。この場合、企業グループ全体の利益のために会社の利益を犠牲にしたという抗弁は認められません。

〔参考〕関連当事者取引

利益相反取引と類似した概念として関連当事者取引があります。金融商品取引法では有価証券報告書において注記で開示が義務付けられており、また上場会社が対象となっているコーポレートガバナンス・コードでは原則1−7において規制し監視を求めています。

関連当事者とは、会社またはその役員と一定の関係を持つもので、その当事者間の取引が会社や株主共同の利益を害するおそれのあるものを規制、監視するというもので、会社法の利益相反取引もこの中に含まれる広い概念です。

※関連当事者とは、具体的には、主に以下のような関係者を指します。

1.親会社

.子会社

.同一の親会社をもつ会社等

.会社が他の会社の関連会社である場合における「他の会社」ならびにその親会社および子会社

.関連会社および関連会社の子会社

.主要株主(10%以上の議決権を保有している株主)およびその近親者(二親等内の親族)

.役員およびその近親者

.主要株主およびその近親者、役員およびその近親者が議決権の過半数を所有している会社等およびその子会社

※関連当事者間の取引に関するコーポレートガバナンス・コードの説明は、別に、こちらを参照願います。

Ø 取締役の報告義務(357条) 

@取締役は、株式会社に著しい損害を及ぼすおそれのある事実があることを発見したときは、直ちに、当該事実を株主(監査役設置会社にあっては、監査役)に報告しなければならない。

A監査役会設置会社における前項の規定の適用については、同項中「株主(監査役設置会社にあっては、監査役)」とあるのは、「監査役会」とする。

 

Ø 業務の執行に関する検査役の選任(358条)

@株式会社の業務の執行に関し、不正の行為又は法令若しくは定款に違反する重大な事実があることを疑うに足りる事由があるときは、次に掲げる株主は、当該株式会社の業務及び財産の状況を調査させるため、裁判所に対し、検査役の選任の申立てをすることができる。

一 総株主(株主総会において決議をすることができる事項の全部につき議決権を行使することができない株主を除く。)の議決権の100分の3(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上の議決権を有する株主

二 発行済株式(自己株式を除く。)の100分の3(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上の数の株式を有する株主

A前項の申立てがあった場合には、裁判所は、これを不適法として却下する場合を除き、検査役を選任しなければならない。

B裁判所は、前項の検査役を選任した場合には、株式会社が当該検査役に対して支払う報酬の額を定めることができる。

C第2項の検査役は、その職務を行うため必要があるときは、株式会社の子会社の業務及び財産の状況を調査することができる。

D第2項の検査役は、必要な調査を行い、当該調査の結果を記載し、又は記録した書面又は電磁的記録(法務省令で定めるものに限る。)を裁判所に提供して報告をしなければならない。

E裁判所は、前項の報告について、その内容を明瞭にし、又はその根拠を確認するため必要があると認めるときは、第2項の検査役に対し、更に前項の報告を求めることができる。

F第2項の検査役は、第5項の報告をしたときは、株式会社及び検査役の選任の申立てをした株主に対し、同項の書面の写しを交付し、又は同項の電磁的記録に記録された事項を法務省令で定める方法により提供しなければならない。

会社法360条の差止請求権が取締役の違法行為に対する直接的な未然防止手段であるのに対して、間接的な手段として、検査役選任の申立てがあります。会社の業務の執行に関し、不正の行為または法令・定款に違反する重大な事実あることを疑うに足りる事由があるときは、総株主の議決権または発行済株主の3%以上を有する株主(この場合6ヶ月前から引き続き所有することは求められていない)は、裁判所に対して、会社の業務・財産りの状況を調査させるため、検査役の選任の申立てをすることができます(358条1項)。

※不正の行為とは、この場合、会社財産の私消等の故意の会社加害行為を言います。株券発行会社における違法な株券の不発行など、取締役の違法行為が会社財産に影響を及ぼす性質のものではないときは、通常、法令・定款に違反する「重大な事実」に当たらないとされています(東京高裁昭和40年4月27日)。また「疑うに足りる事由」としてどの程度の事実を立証すべきかについては、調査が会社の業務運営・信用等に与える影響を考慮し、裁判所は相当に厳格な証明を要求する傾向にあります(東京高裁平成10年8月31日)。

検査役は、必要な調査を行い、調査の結果を裁判所に書面(または電磁的記録)により報告し(358条5項)、かつ会社及び検査役の選任の申立てをした株主に対しその書面の写し等を提供しなければなりません(358条7項、会社法施行規則229条5号)。裁判所は検査役の報告を受け、必要があると認めるときは、職権により、取締役に対して、@一定期間内に株主総会を招集すること、またA検査役の調査の結果を株主全員に通知することを命ずることができます(359条1項)。この@の措置が命じられた場合には、取締役は、検査役の報告の内容をその株主総会において開示し、かつ、取締役がその報告の内容を調査した結果を株主総会に報告しなければなりません(359条2項、3項)。 

Ø 裁判所による株主総会招集等の決定(359条)

@裁判所は、前条第5項の報告があった場合において、必要があると認めるときは、取締役に対し、次に掲げる措置の全部又は一部を命じなければならない。

一 一定の期間内に株主総会を招集すること。

二 前条第5項の調査の結果を株主に通知すること。

A裁判所が前項第1号に掲げる措置を命じた場合には、取締役は、前条第5項の報告の内容を同号の株主総会において開示しなければならない。

B前項に規定する場合には、取締役(監査役設置会社にあっては、取締役及び監査役)は、前条第5項の報告の内容を調査し、その結果を第1項第1号の株主総会に報告しなければならない。

【358条の説明を参照して下さい。】 

Ø 株主による取締役の行為の差止め(360条)

@6箇月(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前から引き続き株式を有する株主は、取締役が株式会社の目的の範囲外の行為その他法令若しくは定款に違反する行為をし、又はこれらの行為をするおそれがある場合において、当該行為によって当該株式会社に著しい損害が生ずるおそれがあるときは、当該取締役に対し、当該行為をやめることを請求することができる。

A公開会社でない株式会社における前項の規定の適用については、同項中「6箇月(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前から引き続き株式を有する株主」とあるのは、「株主」とする。

B監査役設置会社。監査等委員会設置会社又は氏名委員会等設置会社における第1項の規定の適用については、同項中「著しい損害」とあるのは、「回復することができない損害」とする。

ü 違法行為の差止請求権

取締役が法令・定款に違反する行為をし、またはその行為をするおそれがある場合において、その行為によって会社に著しい損害が生ずるおそれがある場合には、株主は、会社のため、その行為の差し止めを取締役に対し請求することができます(360条1項)。会社の損害の事後的救済については423条の損害賠償請求や847条の株主代表訴訟がありますが、事前に防止できる手段として、本制度が設けられています。なお、監査役設置会社、監査等委員会設置会社、指名委員会等設置会社においては、監査役、監査等委員、監査委員の権限(監査役の差止め請求権。385条)との関係から、株主は会社に「回復することができない損害」が生ずるおそれがある場合にしか請求をすることができません(360条3項)。具体的事例として、招集手続に重大な瑕疵のある株主総会開催の差止め、善管注意義務に違反する重要な業務執行行為の差止、株主総会決議を経ない自己株式の取得・事業一部譲渡の差止め、手続に瑕疵のある社債発行の差止め等。

ü 差止請求の手続

・差止請求ができる株主

この差止請求をすることができるのは、公開会社の場合には6ヶ月前から引き続き株式を保有する単独株主で、公開会社でない場合には株式保有期間の要件はありません。また、単元満株主については、この請求をすることができない旨を定款に定めることができます(189条2項)。

なお、請求の相手は取締役であり、会社ではありません。

・差止め仮処分

差止請求訴訟の判決確定までに取締役が係争行為、つまり差止請求している行為を為すおそれがある場合には、その取締役に対してその行為の不作為を命ずる仮の地位を定める仮処分が認められます(民事保全法23条2項)。この仮処分は、被保全権利(差止請求権)そのものを実現する満足的仮処分です。その仮処分の内容は、特定の行為をしてはならない旨の、仮処分債務者である取締役に対する不作為命令です。

ü 差止請求権行使の効果

差止請求権は、通常、仮処分により行使されます。その仮処分に違反して取締役が行為すれば、会社に対する不作為義務違反となりますが、その行為により会社に対し損害賠償責任を負わせるには別に訴訟を起こ差なければなりません。仮処分違反の行為の対外的効力については、その仮処分は、取締役に対する不作為義務を課すにとどまるものです。 

Ø 取締役の報酬等(361条)

@取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益(以下この章において「報酬等」という。)についての次に掲げる事項は、定款に当該事項を定めていないときは、株主総会の決議によって定める。

一 報酬等のうち額が確定しているものについては、その額

二 報酬等のうち額が確定していないものについては、その具体的な算定方法

三 報酬等のうち金銭でないものについては、その具体的な内容

A監査等委員会設置会社においては、前項各号に掲げる事項は、監査等委員である取締役とそれ以外の取締役とを区別して定めなければならない。

B監査等委員である各取締役の報酬等について定款の定め又は株主総会の決議がないときは、当該報酬等は、第1項の報酬等の範囲内において、監査等委員である取締役の協議によって定める。

C第1項第2号又は第3号に掲げる事項を定め、又はこれを改定する議案を株主総会に提出した取締役は、当該株主総会において、当該事項を相当とする理由を説明しなければならない。

D監査等委員である取締役は、株主総会において、監査等委員である取締役の報酬等について意見を述べることができる。

E監査等委員会が選定する監査等委員は、株主総会において、監査等委員である取締役以外の取締役の報酬等について監査等委員会の意見を述べることができる。

ü 取締役の報酬等の意義

・取締役の報酬等の規定趣旨

会社と取締役の間の関係は委任に関する規定に従うとされています(330条)。原則として民法上の委任は無報酬です。したがって何らかの特則が必要なのです(民法648条)。実際には、取締役は会社から報酬を受けているわけで、それは取締役と会社との間の委任という契約関係で報酬が支払われるということで、利益相反取引ということになります。利益相反取引には取締役会の承認が必要となります(356条、365条)。しかし、それでは取締役のお手盛りで報酬が承認されてしまうことになります。そこで、会社法では、取締役の報酬等について定款で定めるか、株主総会の決議で定めるものと特則を設けました。実際には、取締役の報酬等を定款で定めることは稀です。それは定款で一度定めてしまうと、それを変更するためには、定款変更の面倒な手続(株主総会の特別決議)を要するからです。それゆえ、ほとんど会社では株主総会の決議で報酬等を定めています。

・取締役の報酬等の意義(報酬の範囲)

会社法では、取締役の報酬等を「取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受け目財産上の利益」と定義しています(361条1項)。取締役の報酬等は、会社がその経営を委任した取締役へ支払う対価であるということで、会計上も費用として処理されるのが基本です。ただし、会社法制定時の法案作成担当者の言葉として、職務執行の対価には、「職務執行の期間と経済的利益との関係が明確なものに限らず、インセンティブや福利厚生目的で付与される利益等、およそ取締役としての地位に着目して付与される利益をも」広く含み、また「その対価は金銭に限らず、社債や新株予約権など、会社に対する債権も含まれ、現実の経済的利益の獲得が将来的なものであったり、取締役の行為を必要とするものであったとしても、会社法上は対価に該当すると考えられる」ということが残されています。

実務上では、この報酬にとして認められるかどうかという報酬の範囲を議論するケースがあります。以下に、その議論の主なものをあげておきます。

ア.職務執行のための費用

出張の日当、取引先との会食の費用などの職務執行のための費用の支給は、それが合理的費用であると認識できる限りは報酬にあたらないとされています。

ただし、会社が費用とし手支給していたとしても報酬に該当する場合があります。例えば、会社が一定の額の交際費を定めて、その額の金額を交際の要否にかかわらず取締役に支給する場合、役員専用車を私用に使っている場合、ゴルフ会員権を個人で使っており接待に使っているわけではない場合などは、職務執行の費用と見ることはできず、報酬(非金銭報酬)に該当します。

イ.D&O保険の会社負担の保険料

D&O保険は、会社を保険契約者、会社役員を被保険者として、役員が役員としての業務につき行った行為に起因して損害賠償請求を受け、損害賠償金、弁護士費用等の争訟費用を負担することによって被る損害を担保する保険です。この保険料を会社が負担することについては、役員報酬と同様の規制を及ぼすべきではないか、また、役員の会社に対する損害賠償責任について保険金が支払われると、役員の責任を免除することと同じになってしまう、という指摘があります。

税法の立場では、会社が一時的に取締役等が敗訴した場合の争訟費用や損害賠償金を担保する特約部分の保険料を負担した場合には、役員に対して経済的利益の供与があったものと給与課税し、会社は給与として損金処理扱いになっています(所得税基本通達36−33、法人税基本通達9−7−16)。

なお、会社法の改正案作成作業が進められており、D&O保険の取扱いはその主な対象とされていることから、新たな会社法の規定が設けられると考えられます。

ウ.使用人兼務取締役の使用人分給与

部長、工場長、支店長あるいは執行役員など会社の使用人職務を兼務している取締役を使用人兼務取締役といい、取締役報酬とは別に使用人としての職務に給与が支給されます。この支給される分を報酬等に含めるかどうかについては、判例では含めないといする立場です。

「商法369条(現在の会社法361条)の規定の趣旨は取締役の報酬額について取締役ないし取締役会によるいわゆるお手盛りの弊害を防止する点にあるから、株主総会の決議で取締役全員の報酬の総額を定め、その具体的な配分は取締役会の決定に委ねることができ、株主総会の決議で各取締役の報酬額を個別に定めることまでは必要ではなく、この理は、使用人兼務取締役が取締役として受ける報酬額の決定についても、少なくとも被上告会社のように使用人として受ける給与の体系が明確に確立されており、かつ、使用人として受ける給与がそれによって支給されている限り同様である」としたうえで、「使用人として受ける給与のの体系が明確に確立されている場合においては、使用人兼務取締役について、別に使用人として給与を受けることを予定しつつ、取締役として受ける報酬額のみを株主総会で決議することとしても、取締役としての実質的な意味における報酬額のみを株主総会で決議することとしても、取締役としての実質的な意味における報酬が過多ではないどうかについて株主総会がその監視機能を十分に果たせなくなると考えられないから、右のような内容の本件株主総会決議が商法269条(会社法361条)の脱法行為にあたるとはいえない」(最高裁昭和60年3月26日)

つまり、実務においては、株主総会の決議に際して、「使用人分給与は含まれていない」旨を述べ、使用人兼務分を除外する趣旨を明らかにすることとし、これにより取締役が使用人として受ける給与は取締役報酬に含めないものとして支給しています。

エ.退職慰労金

役員に対する退職慰労金が、361条の役員報酬に含まれるかどうかについて、判例では、「株式会社の役員に対する退職慰労金は、その在職中における職務執行の対価として支給されるものである限り、商法280条(会社法387条)、同269条(会社法361条)にいう報酬に含まれる」(最高裁昭和39年12月11日)としています。株主総会での退職慰労金支給議案が承認可決されれば、確定金額報酬による支給決議が行われたことになるとしました。

ü 取締役の報酬の種類と支給手続

@確定金額報酬

・意義

あらかじめ定められた基準により、1ヶ月以内を単位として定期定額で支給される金銭報酬です取締役の基本的能力に対する評価に基づく職務執行の対価であり、会社法で定められた取締役の報酬等のうち、「額が確定しているもの」に当たります。

取締役にとって生活保障の役割を果たす面もあることから、報酬制度の設計に際しては、この確定金額報酬を基本とし、不確定金額報酬や賞与と組み合わせることが一般的です。

・決定及び支給の手続

ア.株主総会での決定

取締役の報酬等は定款または株主総会の決議によって定めることとされています。定款で定めた場合には報酬改定のたびに特別決議を要する定款変更が必要となる事から、実務上の負担を考慮し、普通決議済む株主総会決議で定めることが一般的です。

この決議は、個々の取締役の報酬額を明示して決議することも可能ですが、全取締役分を一括して報酬総額の限度額(上限額)を定めることが一般的です。報酬の上限を定め、個々の取締役の報酬額については取締役会の決定に一任することを同時に承認を受けます。この決議を一度行うと、その後、事業年度が終了して次年度になったり、取締役の異動があっても、その都度決議をやり直す必要はなく、限度額を変更(増額または減額)するときに限り決議を必要とするとされています(大阪地裁昭和2年9月26日)。

取締役報酬議案の株主総会への提出に際しては、株主総会参考書類に、株主が報酬の妥当性を判断できる程度の算定の基準と対象となる取締役の員数、さらに報酬改定の議案の場合は変更の理由を記載することが必要です。加えて、公開会社であって報酬議案の対象に社外取締役が含まれている場合には、社外取締役とそれ以外の取締役を区別して記載しなければなりません(会社法施行規則82条1項、3項)。

なお、取締役の報酬配分を取締役会で決定する際、各取締役は特別利害関係人には該当しないとされています(名古屋高裁金沢支部昭和29年11月22日)。これは、役員報酬の総額もしくは上限額は株主総会で決議されているため、その範囲内において取締役会で各取締役の報酬配分を決定することについては会社と取締役の間に利害の衝突はなく、また、報酬配分は特定の取締役ではなく取締役全員の一般的事項を決定するからだというのが、その理由です。

この株主総会の決議の方法として月額方式と年額方式があります。

a)月額方式

役員報酬について株主総会の決議で毎月の支給限度を定める方式です。株主総会に上程する際に金額が突出しにくい、つまり総会での承認を比較的得やすいというメリットがあります。他方で、役員賞与のような年単位で支給される報酬がある場合には、その支給月に支給限度額を超過するおそれがある(超過する場合には、別個に株主総会の決議が必要となる)というデメリットがあります。

b)年額方式

役員報酬について株主総会の決議で1年間の支給限度額を定める方式です。この方式では、月額方式と違って、その支給限度額の中に役員賞与を含めることが可能となります。年額方式には報酬算定期間を事業年度とする形式(事業年度型)、株主総会開催月の翌月から次の株主総会開催月までの間、つまり取締役の任期とする形式(株主総会型)、および報酬算定期間を明確に定めない形式の3つに分けることができます。

※株主総会の決議なしに役員う集が支払われた場合であっとても、事後に株主総会の決議があれば、決議内容に照らして会社法の規定の趣旨を没却するような特段の事情のない限り、当該報酬の支払いは適法・有効とされています(最高裁平成17年2月15日)。

イ.取締役会での決定

株主総会において取締役報酬の総額あるいは限度額を決議した後の具体的な配分については、取締役会において決議することとなります。そのために株主総会の決議では取締役会に具体的な配分の決定について一任する決議を同時に行っています。ただし、ドリしまりや句会において個々の取締役すべての報酬額について決定することは機動性・柔軟性に欠けるため、実務上は次のいずれかの方法によることが多いです。

a)代表取締役に一任する方法

取締役会では代表取締役に一任する旨の決議のみで足り、機動性・柔軟性に優れるため採用例は多い、というよりも、経営の現場で代表取締役が取締役の報酬の決定権を独占することによってリーダーシップを確実にすることができるため、代表取締役の権力基盤として伝統的に採られているのが実情といえると思います。

したがって、これに対しては近年コーポレートガバナンスの高まりの中で、特に海外の機関投資家などからは批判の対象となってきています。

b)基準に従った決定

役員報酬について株主総会の決議で1年間の支給限度額を定める方式です。この方式では、月額方式と違って、その支給限度額の中に役員賞与を含めることが可能となります。年額方式には報酬算定期間を事業年度とする形式(事業年度型)、株主総会開催月の翌月から次の株主総会開催月までの間、つまり取締役の任期とする形式(株主総会型)、および報酬算定期間を明確に定めない形式の3つに分けることができます。

※株主総会の決議なしに役員報酬が支払われた場合であっとても、事後に株主総会の決議があれば、決議内容に照らして会社法の規定の趣旨を没却するような特段の事情のない限り、当該報酬の支払いは適法・有効とされています(最高裁平成17年2月15日)。

イ.取締役会での決定

株主総会において取締役報酬の総額あるいは限度額を決議した後の具体的な配分については、取締役会において決議することとなります。そのために株主総会の決議では取締役会に具体的な配分の決定について一任する決議を同時に行っています。ただし、ドリしまりや句会において個々の取締役すべての報酬額について決定することは機動性・柔軟性に欠けるため、実務上は次のいずれかの方法によることが多いです。

a)代表取締役に一任する方法

取締役会では代表取締役に一任する旨の決議のみで足り、機動性・柔軟性に優れるため採用例は多い、というよりも、経営の現場で代表取締役が取締役の報酬の決定権を独占することによってリーダーシップを確実にすることができるため、代表取締役の権力基盤として伝統的に採られているのが実情といえると思います。

したがって、これに対しては近年コーポレートガバナンスの高まりの中で、特に海外の機関投資家などからは批判の対象となってきています。

b)基準に従った決定

具体的配分の基準を定めた取締役報酬規程を制定し、これら基づいて決定する方法

c)諮問方式

指名委員会等設置会社では報酬委員会が取締役の報酬等について決定していますが、これに準じたような任意の委員会を設けて、取締役会からの諮問を受けて報酬案を提起して、それを取締役会で承認するという方法です。これは、近年、取締役の報酬の決定の透明化がコーポレートガバナンスの中でも大きな課題として取り上げられているものです。コーポレートガバナンス・コードにおいて、この方式を推奨しています。

〔参考〕任意の委員会による役員報酬決定プロセスの透明化

取締役の報酬の決定について、株主への説明責任という点で取締役会に一任してしまう上記の方式は不透明感を払拭することはできません。特に海外をはじめとた機関投資家や議決権行使助言会社などは強い問題意識を持っています。そのような状況ふまえたコーポレートガバナンス・コードでは補充原則4−10@において「経営陣幹部・取締役の指名・報酬等に係る取締役会の機能の独立性・客観性と説明責任を強化するため、例えば、取締役会の下に独立社外取締役を主要な構成員とする任意の諮問委員会を設置することなどにより、指名・報酬などの特に重要な事項に関する検討に当たり独立社外取締役の適切な関与・助言を得るべきである」としています。これは、独立性があって利益相反の懸念が小さく、株主への善管注意義務を負う独立社外取締役が判断していることが株主への説明責任を果たす上で大きく寄与すると考えられるからです。とくに報酬の水準を上げて取締役の意欲を高めようとする時、社内の取締役だけでは判断の萎縮が起こりやすいし、株主の納得も得にくい。これは報酬の前提となる取締役の評価に関しても社外取締役の判断が入るとより客観的になると考えられるからです。

なお、コーポレートガバナンス・コード補充原則4−10@についての説明は別にこちらを参照願います。

A業績連動報酬(不確定金額報酬)

・意義

業績連動報酬とは、役員報酬のうち、会社の業績に連動して支給額が決定されるものを言います。会社法でいう「額が確定していないもの」、つまり不確定金額報酬にあたります(361条1項2号)。会社の業績向上と自らの報酬の増加が一致することから役員の意欲増進につながるとともに、透明性が高い支給方式で在ることからコーポレートガバナンスの向上にも有効であるとされています。

・決定及び支給の手続

ア.株主総会での決定

不確定金額報酬の決定のためには、その具体的な算定方法を、定款または株主総会の決議によって定めることとされています。実務上の負担を考慮し、普通決議済む株主総会決議で定めることが一般的です。また、新設あるいは改定する(計算方法の変更、私用する変数を取り替える、乗率を変えるなど)議案を株主総会に提出する場合は、取締役が株主総会において、「その報酬を相当とする理由」を説明しなければなりません(361条4項)。なお、株主総会決議で報酬総額の上限をさだめ、その範囲内で業績に連動した報酬を支払う場合は、確定金額報酬とされます。

具体的な算定方法は、取締役のお手盛りが防止されたもの、つまり恣意的判断が介入する余地がないものであればよいと考えられています。例えば

・1つまたは2つの変数を持った計算式

・その変数の定義、変言うが確定するための条件

を具体的かつ一義的にさだめたものであれば足りると解されています。実際に業績連動報酬制度を導入している企業においては、連結経常利益や連結当期純利益に一定の割合を乗じる、あるいは株価の上昇と連動させる等の算定方法があるようです。

「その報酬を相当とする理由」については、株主の議決権行使の便宜のため、業績連動報酬制度を導入する必要性や合理性、指標の妥当性等を説明すべきであるものの、開示された理由が客観的に相当である必要はないと解されています。

〔参考〕税法上の損金と認められるための業績連動報酬の条件(法人税法34条1項3号イ・ロ、同法施行例69条10項)

会社法においては、株主総会で上記のことを決定すればいいのですが、前事業年度の業績等に基づいて支給される場合には、支払は当年度でも発生した事実である前事業年度に未払計上されます。その未払い計上を税務上損金算入するためには、業績連動報酬の計算方法や支給手続について次の条件を満たしていなければなりません。したがって、株主総会で業績連動報酬の承認議案の提出の際には、上記の条件に追加して以下の条件も満たして置かなければなりません。なお、以下の条件を満たさない場合には、損金算入するためには事前給与確定届を税務署に提出しなければなりません。これは確定金額報酬の場合と同じ手続です。

以下の要件を満たしていること

1)算定方法が、当該事業年度の有価証券報告書記載の利益に関する指標を基礎とした客観的なもの(下記3点を満たすもの)であること。

・確定額を限度としているものであり、かつ、他の業務執行役員に対し支給する利益連動給与に係る算定方法と同様なものであること

・報酬委員会(業務執行役員等が委員となっているものを除く)が決定していることの他、これに準ずる適正な手続を経ていること

・その内容が、上記の決定または手続の終了の日以後遅滞なく、有価証券報告書などに記載されて開示されていること

2)上記の利益に関する指標の数値が確定した後1ヶ月以内に支払われる見込みであること。

3)損金経理をしていること

イ.取締役会での決定

不確定金額報酬の額が決定した後の具体的な配分については、確定金額報酬と同様に取締役会で決定します。

B役員賞与

・意義

賞与とは、事業年度ごとの業績に対する功労に報いるものとして、臨時的に支払われる報酬です。会社法では「報酬等」として「職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益」と、役員報酬の一種として位置づけられています。

もともと役員賞与は、分配可能利益の中から剰余金の処分として支給されるものでした。つまり、事業年度の業績として利益が発生すると、その中から内部留保として会社の財産に繰り入れ、その残りを分配可能利益として株主には配当として、経営者には役員賞与として、いわば山分けするというものでした。だから、支払のたびに剰余金処分の決議を有する点で、一旦定めればその額を変更しない限り定額を取締役が受けることができる報酬とは異なったものでした。会計上も剰余金の処分の形で支給される賞与を損金として認めていませんでした。しかし、会社法では賞与も報酬として明確に位置づけたのは剰余金の処分として支給することを認めない趣旨であり、会計上も損金として計上できるように変更されました

・決定及び支給の手続

ア.株主総会での決定

a)支給額方式

これは、事業年度ごとに株主総会の決議によって取締役賞与の支給額を定める方式です。事業年度ごとの業績に応じた賞与を、株主に説明し承認を受けたうえで支給することになるため、コーポレートガバナンスの点からは納得性の高い方法であると言えるのではないでしょうか。反面、毎年株主総会に議案を上程する必要があるうえ、業績悪化等、株主の理解を得にくい場合には株主の承認を得るには困難が予想される場合があり得ます。

この議案に関する株主総会参考書類には、取締役の報酬議案と同様に、報酬額の「算定の基準」と対象となる「取締役の員数」、さらに「変更の理由」を記載することが必要です。

b)上限額方式

これはあらかじめ株主総会で定められた役員報酬の支給限度内で、定額報酬とは別に賞与を支給する方式です。役員報酬の上限額の定め方には、年額方式と月額方式がありますが、月額方式の場合、賞与はその性格上事業年度単位で支給されることから、賞与が支給される月は、定額の月額報酬に加えて賞与の支給があるということになり、両者の合計額が予め定められた月額の上限を越えてしまうおそれがあります。

また、定額報酬とは別に賞与のみの上限額を続けて支給するという扱いも可能です。

計算式方式

不確定金額報酬として賞与を支給する方法です。株主総会において賞与の具体的算定方式を決議し、事業年度ごとに計算式を適用して支給金額を決定します。業績連動型の賞与ということができます。この方式の場合、算定方式が変更されない限り事業年度ごとに株主総会決議をする必要がない上、支給額の上限も制限されません。ただし、業績連動方式として税務上の損金とするためには、前述のように税法上の条件を満たす必要があります。

イ.取締役会での決定

賞与総額の具体的な配分については、確定金額報酬や不確定金額報酬と同様に取締役会で決定します。

C非金銭報酬

・意義

非金銭報酬とは、現物の給付(低賃料による社宅の提供等)、保険金請求権(取締役の親族を保険金受取人とする生命保険契約、取締役の会社に対する損害賠償保険を補填する会社役員賠償責任保険等)の付与職務執行の対価としての新株予約権の付与などです。

非金銭報酬においても、他の区分の報酬等と同様に、職務執行の対価であるものが報酬区政の対象となります。したかって、金銭でないものの支給が非金銭報酬に直結するわけではありません。取締役が会社から現物の給付等を受けても下のa)〜d)に該当する場合には職煙執行の対価とするには当たらず、株主総会の決議は要しないと解されています。

a)職務の執行に必要な費用の弁済ないし償還と見られる場合

出退社のための自動車の無償貸与、長期出張先の宿舎の無償提供など

b)会社内の一般的な福利厚生施設や制度の利用と見られる場合

電鉄会社・航空会社の従業員割引切符の利用、会社製品の割引購入等

c)使用人兼務取締役が使用人として便益を受ける場合

使用人として入居していた社宅を取締役就任後もそのまま利用する場合

d)便益の程度が僅少な場合

非金銭報酬の典型例は、低額の賃料による社宅の提供です。上記c)の説明の通り、取締役就任後も継続して社宅を利用する場合は非金銭報酬に該当しませんし、使用人兼務取締役に社宅の提供をする場合に、それが使用人への福利厚生制度としてその会社で慣行として確立していてその基準による提供であるときも、非金銭報酬には該当しないとされています。

会社法361条1項は、その構成上、非金銭報酬に関する規定が、単独に適用されることを示しているわけではなく、確定金額報酬や不確定金額報酬に関する規定が併せて適用されることをも想定しています。例えば、ストックオプションは、会計上、会社はその公正な評価額を計上しなければならず、まさに評価額が確定金額報酬に該当するものとされて、新株予約権は債権であることから非金銭報酬でもあることはいうまでもありません。

・決定及び支給の手続

ア.株主総会での決定

取締役の報酬議案の株主総会へに提出に際しては、株主総会参考書類な、株主が報酬の妥当性を判断できる程度の(a)算定の基準(b)対象となる取締役の員数(2人以上の場合)、さらに報酬改定案の場合は。(c)変更理由を記載することが必要です(会社法施行規則82条)。

イ.取締役会での決定

賞与総額の具体的な配分については、確定金額報酬や不確定金額報酬と同様に取締役会で決定します。

D退職慰労金・弔慰金

・意義

会社法361条1項では、報酬等を「報酬、賞与その他の職務執行の対価として会社から受ける財産上の利益」と定義しています。退職慰労金については、その規定に例示されていませんが、職務執行の対価の後払いという性質から報酬規制の対象と考えられ、判例においても「在職中における職務執行の対価として支給されるものである限り、報酬規制を受ける」(最高裁昭和39年12月11日)としています。したがって、退職慰労金を支給するためには株主総会の決議がなされていることが前提となります。

死亡した取締役に会社が支払う弔慰金も、金額が少額であっても死者への弔いの趣旨で支払われる香典として認められる場合は別として、一般に在職中の職務執行の対価として、報酬規制を受けるものと解されています。

退職慰労金制度は業績への連動性が少ないこともあり、また、後述するように金額の決定について他の報酬に比べて不透明に見られることから株主総会での承認が受けにくくなってきた事情もあり、近年の報酬体系見直しの中で廃止する会社が増加しています。

・決定及び支給の手続

ア.株主総会での決定

報酬等は、定款に定めのない限り、株主総会で決議することとされていますが(会社法361条1項)、前記のとおり、退職慰労金(弔慰金を含む)についても報酬規制が及ぶことから、その贈呈のためには株主総会の決議が必要となります。

退職慰労金贈呈議案を株主総会で決議する際には、一定の基準に従い相当額の範囲内において支給することとし、具体的な金額、贈呈の時期、方法等の詳細は、取締役の場合は取締役会に監査役の場合は監査役の協議に一任することが上場会社における慣行です。これは、退職慰労金の中に功労加算金が含まれ、退職慰労金の算定が退任した個々の取締役についてなされることに起因します。

この場合の退職慰労金贈呈議案の議案は確定金額の決定ということになりますが、一般的な確定金額報酬の決定の場合とは異なり、その総額ないしは限度額としての上限額の金額が明らかにされず、その金額、時期、方法を一任する決議がとなります。その理由は、退職慰労金は退任者が一人のこともあるので、金額を明らかにして決議をすると、特定の退任者に支払われる金額が明らかになってしまうことにあるようです。この点で、株主にとっては、金額も明示されず、計算方法から金額を推定することもできないという基準もないところでの退職慰労金の贈呈について一任するのは不透明に映ります。この点について、最高裁判例は、無条件に取締役会の決定に一任することは許されないが、その金額、支給期日、支給方法を無条件に一任するのではなく、明示的または黙示的に一定の基準を示して、取締役会がその基準に従って定めるものとしてその決定を取締役会に任せる趣旨である場合無効でない(最高裁昭和39年12月11日)、としました。これを受けて、退職慰労金の贈呈議案に関しては、議案が一定の基準に従い退職慰労金の額を決定することを取締役会等に一任するものであるときは、株主総会参考書類にその基準の内容を記載するか、そうでなければ、その基準を記載した書面を本店に備え置いて株主の閲覧に供するかいずれかの方法をとることが求められました(会社法施行規則82条2項、84条2項)。

イ.取締役会での決定

退職慰労金贈呈の詳細決定を取締役会等に一任する旨の株主総会決議がなされた後は、取締役会において功労加算金を含めた金額が決定されます。功労加算金は、取締役会による恣意性の問題が付きまとうため。合理的な範囲内で支給すべきとされていますが、何をもって合理的とするかについては、功労加算金が観光的に基本基準額の30%くらいの限度内であったと認定し、それを適法とした判例(大阪高裁昭和48年3月29日)に基づき、実務上では30%以内で功労加算をするのが無難とされています。

ウ.退職慰労金廃止に伴ううちきり支給

退職慰労金制度は、報酬体系見直しの中で、ほとんどの会社が廃止しています。

制度廃止に関連して発生するのが、退職慰労金の打ち切り支給です。打ち切り支給する場合、株主総会では、本件に関する決議をすることになりますが、その議案において、支給時期は、対象となる取締役及び監査役が退任する時とします。これは役員として在職中に制度廃止に伴う退職慰労金が支給されると、その支給は課税面で他の所得に比べて優遇されている退職所得ではなく、給与所得として扱われることに起因するものと考えられます。

Eストックオプション、株式報酬

・意義

ストックオプションとは、会社の役員・従業員等が、将来の一定の権利行使期間において、あらかじめ設定された権利行使価格の払込みをもって、所定の数の株式を会社から取得することができる権利であり、新株予約権として付与されます

株主は、配当の継続的な実施だけでなく株価の向上も望んでいますが、ストックオプションは、権利行使時点における株価が高ければ高いほど、多くの利益を受けることができ、経営者に対する将来の株価向上へのインセンティブとして機能するもの(いわゆる「インセンティブ報酬」)。

また、現金での報酬支払の代わりにストックオプションを付与することで、マイナスのキャッシュ・フローを生じさせない効果があるため、とくにベンチャー企業のような手持ち資金の少ない企業等は、キャッシャの流出を抑えつつ人材を確保することが可能となります(ただし、将来株式を売却できなければ意味がないため、上場会社あるいは数年後に上場を目指す会社であることが大前提です)

なお、ストックオプションが報酬等に当たるかどうかということについては、361条1項の「職務執行の対価」は、職務執行の期間と経済的利益との関係が明確なものに限らず、インセンティブや福利厚生目的で付与される利益等、およそ取締役としての地位に着目して付与される利益を大きく含むものであり、その対価は金銭等に限らず、社債や新株予約権、あるいは株式なども含まれ、現実の経済的利益の獲得が将来的なものであったり、取締役の行為を必要とするものであったとしても職務執行の対価に当たるという見解があります。したがって、ストックオプションは報酬等に含まれるので、これに基づいて報酬が決定し支払われることになります。

実務一般的に用いられるストックオプションには、通常型ストックオプションと株式報酬型ストックオプションの種類があります。

ア.通常型ストックオプション

通常型ストックオプションとは、1株当たりの権利行使価格を、ストックオプション付与時の1株当たりの株価に相当する金額以上の金額に設定するものです。つまり、将来会社が成長して株価が上昇したら、権利行使をしてその差額が報酬となるものです。株式報酬型ストックオプションに比べて、株価の変動が権利者の利益に与える影響が大きいため、株価向上への直接的なインセンティブとしての面では勝っていると考えられます。

イ.株式報酬型ストックオプション

株式報酬型ストックオプションは、限りなく0円に近い権利行使価格(1株当たり1円とする場合が多い)を設定するストックオプションです。この株式報酬型ストックオプションは、権利行使期間等の条件の設定しだいでは、賞与、退職慰労金等に代わる制度として利用することもできます。例えば、権利確定日において一定の業績が達成されていることを行使条件とすれば、業績と株価の両方に連動する賞与として設計することができ、また、権利行使のタイミングを退職後一定期間に限定すれば、株価に連動する退職慰労金として設計することができます。

これは通常型ストックオプションに比べて、相対的には株価向上へのインセンティブとしての効果は低いものとなりますが、限りなく0円に近い権利行使価格とすることで、常に株価相当の価値が権利者に与えられることになるためも株価が下落しても、価値を与え続けることができるものです。

項目

通常型ストックオプション

株式報酬型ストックオプション 

株主との利益・リスクの共有度 

株式報酬型ストックオプションと比較し相対的に弱い

アップサイドにのみ共有(権利行使価格を大きく下回ると通常型ストックオプションはインセンティブとして機能しない)

通常型ストックオプションと比較し相対的に強い

アップサイドだけでなくダウンサイドにも共有化(会社が存続する限り株主と利害一致) 

株価上昇のインセンティブ 

株式報酬型ストックオプションと比較し相対的に強い

1株当たり見積価値が小さいから付与数が多くなる

通常型ストックオプションと比較し相対的に弱い

1株当たり見積価値が大さいから付与数が少なくなる 

株価維持のインセンティブ 

権利行使価格を大きく下回る株価水準の場合は機能不全となるおそれあり

株価水準が過度に権利行使価格を下回っている場合は権利放棄も可能 

いかなる株価水準においても常に機能する

株価水準が大きく権利行使価格を下回っている場合でも常に行使利益が存在する

・決定及び付与の手続

ストックオプションの決定・付与に際しては、株主総会における報酬決議、新株予約権の発行に関する決議、登記等の手続が必要になります

ア.株主総会での決定(報酬決議)

ストックオプションの付与は361条1項の「報酬等」に該当することになるので、同項に基づいて株主総会において報酬等の決定をする必要があります。ストックオプションは、その発行時(権利付与時)に、公正価額を算定することが可能です。このように額が確定しているものであるということは、上限額が定まって居る者ということになります。したがってストックオプションの報酬等としての上限額も株主総会で決議しなければなりません。この場合には個人別の付与数や額を具体的に定める必要はなく、取締役に付与する全体について決議すればよく、1事業年度に付与可能な上限を定めておけば、翌年度以降も、変更が無い限り改めて総会決議をしなくても上限の範囲内で付与が可能となります。ただし、ストックオプションを付与するときの法律構成として、無償構成を採用するか、相殺構成を採用するかで決議すべき内容が異なってきます。

a)無償構成の場合

無償構成とは、募集新株予約権と引き換えに金銭の払込みを要しない(払い込み金銭を無償とする)こととして、新株予約権を付与する方式です。いわば、新株予約権自体を非金銭報酬として割り当てることになります。

株主総会の報酬決議では361条3項の非金銭報酬の決定ということで報酬の具体的内容を決議する必要があります。つまり、付与される財産がストックオプションである旨、付与するストックオプションの価額の上限額及び付与対象となる新株予約権の要綱です。なお、新株予約権の要綱としては、例えば以下の内容が考えられます。

新株予約権の行使により発行される株式数の上限

新株予約権の譲渡の可否

権利行使価格またはその算定方法

権利行使期間の概要

主要な権利行使条件

b)相殺構成の場合

相殺構成とは、募集新株予約権と引き換えにその公正価格に等しい金銭の払込みが必要とされた上で、この金額と同額の報酬請求権を付与し、会社側の払込請求権と取締役の報酬請求権とか相殺されることになるという方式です。したがって新株予約権そのものが報酬とされるのではなく、払込金額相当の金銭報酬として扱われることになります。そこで、総会では金銭報酬として上限の「額」に関する事項を決定すればよく、「内容」は特段必要ではないというこになります。しかし、実務上は、実質的には取締役が最終的に取得するのはストックオプションであることを考慮し、新株予約権の内容も参考として明らかにしています。

イ.株主総会での決定(有利発行決議)

公開会社において、@新株予約権と引き換えに金銭の払込みを要しないこととするが当該者にとって特に有利な条件であるとは、及びA払込金額が当該者にとって特に有利な金額であるときには、株主総会の特別決議が必要である(240条1項、238条2号)。この場合、一定の法定事項のみを定めて、それ以外の募集事項の決定を取締役会に一任することも可能です(239条1項)。

平成17年改正前の旧商法の下では、ストックオプションの付与は、上記の新株予約権を無償で発行することが有利発行に当たるとして総会の特別決議が必要とされていました。

これに対して会社法下では、ストックオプションは報酬等に当たることになりました。ストックオプションの新株予約権を無償で発行しても、本来会社が負担すべき金銭による報酬の額を低く抑えることができるため、実質的な経済効果から見て有利発行には当たらないと考えられるようになりました。

新株予約権の付与が有利発行に当たらないのであれば、公開会社においては取締役会決議により新株予約権の募集事項を決定することができます(240条1項、238条1項・2項)。つまり、一般的には、株主総会において新株予約権の発行決議を行わず、それに代わって取締役会で決定しています。

ただし、取締役が会社に提供している便益を金銭評価した金額が、ストックオプションの構成価額に見合っていないと評価される場合には有利発行となってしまう可能性があるため、念のため総会の有利発行決議をとっているケースも、少ないながら存在します。

ウ.取締役会での決定(募集事項の決定)

ストックオプションとして新株予約権を発行する場合、公開会社においては取締役会において、以下の新株予約権の募集事項を決定します。

新株予約権の内容及び数

無償で発行するときは、その旨

有償で発行するときは、払込金額またはその算定方法

払込期日を定めるときは、その期日

ü 日本の役員報酬の実際

多くの日本企業の役員は社内登用であり、報酬水準は従業員との連続性・内部整合性を意識したものです。外部から役員を招聘することは稀であり、役員クラスの人材市場は発展していません。そういった背景もあり、日本企業の役員報酬は欧米に比して極めて低い水準にあります。報酬要素は固定報酬の割合が大きく、業績連動報酬や株式報酬はプラスアルファという位置付けです。

@概観

一般に、役員報酬は役員の行動を左右する最も大きな要素の一つです。つまり、役員報酬はインセンティブとして働き、役員の行動の方向づけ、ひいは企業の方向づけに強い影響を及ぼすほどのものなのです。例えば、多額のストックオプションで構成された報酬により、経営幹部が事業リスクを認識しつつも、株価を上げることに邁進したことがリーマンショックの一因と言われています。しかし、日本では生え抜きの役員が一般的であるため、会社に対するロイヤリティーが高く、金銭的な報酬によるインセンティブは相対的に強くないようです。したがって、報酬制度の重要性の認識がそこまで浸透していないというのが実状です。一方、一般的に欧米では、役員報酬のあり方はコーポレートガバナンスの中核であると認識され、金額が大きいことも相俟って、報酬による役員のコントロールを非常に重視しています。役員報酬は役員の行動を方向づける一方、株主に対するアカウンタビリティーを果たすツールでもあります。

株主から見て、経営者をコントロールする方法は極端に言えば二つしかありません。それは、「誰を役員にするか」と「いくら支給するか」、つまり選解任と報酬支給に対する株主総会での意思表明です。業績不調時には、役員の交代、役員報酬の引き下げを要求し、業績好調時には、逆に役員の再任、報酬の引き上げという形で株主は企業経営に関与しています。したがって、合理的に業績が反映され、株主と利害共有するものになっている役員報酬は、株主からの納得も得やすく、それにより方向づけられた役員による経営活動もまた、株主に対して説明がし易いわけです。

一方、役員報酬は個人成績の対価ともいえるため。公正性・公平性という観点も必要で、もちろん、経営陣の一角を占める以上、企業業績が真の意味で成績表となりますが、景気全体の変動、業界全体の動向、個人の貢献度などを無視して報酬を決めることは非合理的であり、役員個人の納得も得られません。自分自身のパフォーマンスと報酬の関係性、各役位と報酬間格差、企業規模や業界を加味した水準などを加味して役員個人が納得できないと、有能な人材が他の会社に移られてしまうことになります。

A各補修要素

a)報酬ポリシー

報酬ポリシーは企業における報酬の基本的な考え方を示すもので報酬のあり方を規定する根幹と言えます。報酬水準の考え方や報酬要素の構成などの報酬制度内容に関わることにとどまらず、評価の反映方法や報酬委員会の関与、見直しの時期など、報酬制度の運用面に関する内容も含まれることがあります。日本企業の場合は、事業報告での役員報酬の開示やコーポレートガバナンス・コードによりポリシーの策定が始まったという段階にあるようで、ポリシーを策定はしたが、内容面で株主や投資家といった外部のステークホルダーを頷かせるものになっていない。

b)報酬水準

日本企業の役員報酬の水準は欧米企業に比べて低い水準にあります。その主な格差の原因は業績連動報酬の差と株式報酬の差です。この低い水準によって生じる問題点として、次のようなことが考えられます。今後グローバル化の進展により、優秀な人材の確保・維持が困難になってくることが予想される。ます、海外企業を買収した場合、経営陣は現地のマーケット水準のまま据え置いてしまうと、日本本社の役員との間に立場・役位と報酬の逆転が生じ、結果的にモチベーションが下がってしまいます。そして、2点目として報酬総額が低い場合、従業員との逆転が生じないよう固定報酬は一定額が維持され、必然的に業績連動の確保が難しくなる。業績の連動性が低ければ、業績向上へのインセンティブが期待できない。リスクをとって大胆に改革を推進するよりも、現状維持、もしくは先送りとする動機が強くなる。

このような低い水準に止まっている大きな要因は従業員との報酬格差に対する意識と言われています。日本企業の役員は、年功序列や終身雇用といった日本的雇用環境の中で内部昇格によって選任されていたので、役員になったら沢山の報酬を貰おうとするのではなく、これまで同じ報酬体系に乗っていた部下である従業員との報酬バランスをより強く意識している。したがって、役員に任用されても、従業員と大きな格差のある高い報酬を望まないという点です。役員になっても、意識は従業員の延長ということです。もう一つ考えられる理由は、解任リスクと人材の流動性です。欧米のCEOは絶対的な権限を有する一方で、相応な解任リスクを負っているため、必然的に報酬も高くなりがちです。役員クラスの流動性が高いことも報酬水準を引き上げる要因となります。欧米企業の多くは、優秀な経営人材を採用・引き止めるために他社以上の報酬を用意しようとします。これに対して、日本では解任リスクも役員の流動性も低いため、優秀な人材を採用するとか引き止めるために報酬を引き上げるというこは起こっていません。

c)固定報酬

ここからは、報酬を構成する各報酬要素について見ていきます。まず、固定報酬は、役員の役割・責務に応じて設定されていて、業績の変動によらず、その名の通り固定した額の報酬です。とは言っても、多くの企業で例えば、取締役執行役員の場合、執行役員の執行の部分と取締役としての監督の部分を明確に分離して報酬が設定されているわけではなく、役割に応じたものではなく、社長、専務、取締役というような役位に応じて金額が決まる、それに加えて役員としての年功序列で任期により、1年目と2年目で違うというような決め方をしている。

他方、業績とは連動しないのが建前ですが、業績連動報酬が税務上損金算入が難しいので、固定報酬で実質的に業績をある程度反映させて調整としているようです。さらに、不祥事や業績の急速な悪化の際には、固定報酬を返上する形が主流となってきています。

d)業績連動報酬

業績連動報酬は、一般的には年間の企業業績や個人のパフォーマンスによって決定される、年次賞与の形がおおいようです。業績連動報酬の報酬総額に占める割合は、何年ものあいだ経済状況の変動にもかからず、横ばいで、このことは、多くの企業が、固定報酬も業績連動報酬とほぼ同期をとるように増減していることを示しています。この原因として、報酬総額の低さ、税金に対する配慮、そして役員評価制度の未整備が要員していると考えられます。適切な役員の評価基準や評価制度については近年のコーポレートガバナンス・コードでもそうですが、議論されていることです。

e)退職慰労金

退職慰労金を廃止する企業が、最近は主流となってきていて、この制度は、今後は減退していく傾向にあると思われます。

f)株式報酬

中長期のインセンティブとして、企業にとって財政的負担が少ないことや株主との利害共有度を高めやすいという利点がある制度ですが、導入する企業が急増するということにはなっていません。全体としては消極的と言った方がいいかもしれません。その大きな理由はインセンティブ効果の不透明さです。日本の株式市場の特殊性も要因しているのでしょうが、業績と株価の連動性が見えてこない点で、そもそも株価に対する信頼性かせ欧米ほどポジティブでない認識を皆が共有しているといえるのではないな。そのほかの理由として、手続きの煩雑さです。企業内部においても、それだけの労力とコストに見合うだけの業績への効果が見えてこないという点です。最後に税務上の理由です。損金として算入できない。他方受け取った役員は所得税の申告が面倒で、税務面での有利さが感じられない。

〔参考〕海外主要国の役員報酬

@イギリス

イギリスのコーポレートガバナンス・コードは、上場会社の業務執行取締役の報酬に関する基本的な考え方として、企業を成功に導くことのできる高い資質を持った人材に対して十分魅力的である必要があると定義し、一方で必要目的以上支払うことのないよう義務付けていますそのために報酬の大部分は、企業と個人の業績の連動した形で支払われることを求めています。すなわち、各企業のポリシーの根幹は業績主義でなければならないとし、とくに業務執行取締役報酬の業績連動部分については報酬設計のガイドラインまで設けられています。

企業において取締役報酬は、取締役会の中に設置され、3名以上の独立の非業務執行取締役で構成される報酬委員会で報酬案が作成されます。この報酬案と実際の支給結果については年次報告書に独立のセクションを設けて開示しなければならないことになっています。

Aフランス

フランスのコーポレートガバナンス・コードは、イギリス以上に詳細な要件が規定されています。上場会社の業務執行取締役の報酬パッケージは「包括性」「バランス」「ベンチマーク」「一貫性」「明確な制度」「妥当性」の要件を満たさなければならず、支給実績については総額でかつ過去との比較の開示が求められています。さらに、取締役報酬の個別項目である「固定報酬」「変動報酬」「株式報酬」「退職金」「年金」について細分化した要件を定めていることもおきな特徴です。イギリスとの制度上の大きな違いは、イギリスが取締役報酬の年次の企業実績との明確な連動性とそれを実現する仕組みの明確性を重要視するのに対して、フランスでは過去に支払った報酬の整合性及び総額の妥当性を重要視しているところが違います。

フランスの報酬委員会は業務執行取締役を除く、非業務執行取締役で構成され、過半数を独立取締役で構成しなければなりません。

Bドイツ

ドイツのコーポレートガバナンス・コードでは、業務執行取締役報酬の構成は固定給、変動給、退職金、その他の報酬に分けられています。業務執行取締役の報酬は企業の持続的な成長を実現するためのものであり、特に報酬の変動部分については複数年で評価すべきものであると規定しています。

取締役の報酬は、監査役会が報酬委員会の提案をもとに決定します。これらは、取締役個人ごとに固定報酬と変動報酬に分けて開示することが求められています。

Cアメリカ

アメリカの大企業のCEO含むオフィサーの報酬についてはその金額が桁違いに高額であることから、その是非を問う議論は過去から存在しています。実際に、アメリカの大手企業のCEOの報酬を見ていくと、報酬総額に占める基本固定報酬の割合は10%以下で、残りを業績賞与・中長期インセンティブ・退職金その他給与が占めています。中長期インセンティブのうちストックオプションは広く従業員一般に付与されていますが、問題視されているのはCEOに付与されている非適格型ストックオプションです。それゆえか、近年は譲渡制限付株式を報酬とする企業が増えています。

上場会社は独立取締役から構成された報酬委員会の設置が義務付けられいますが、ここでは固定報酬ではなく、中長期インセンティブについての取決めを主な職務にしています。固定報酬は明確なベンチマークポリシーに基づき、ある意味ポジションごとに自動的に決まるに近いものです。アメリカの報酬委員会はCEO及び他のオフィサーの長期インセンティブ報酬を決定する際に、それに関連した企業の業績目標や経営指標上の目標値にまず同意し、それをもとに同業他社の水準、これまで会社が付与した実績等を勘案して報酬案を作成しています。

ü コーポレートガバナンス・コードに見られる経営者の報酬の面から企業を活性化させようという考え方

以上で述べてきたことは、会社法を主とした法令の形式的な報酬の考え方です。これは基本的には、公正な手続で報酬を決めるということを目的とたものと言えます。例えば、コーポレートガバナンス・コード補充原則4−2@では「経営陣の報酬は、持続的な成長に向けた健全なインセンティブの一つとして機能するよう、中長期的な業績と連動する報酬の割合や、現金報酬と自社株報酬の割合を適切に設定すべきである。」とうたっています。これは報酬の面で経営者の意欲を高めるというインセンティブの機能を生かして、企業の現場を活性化させようという姿勢です。伝統的な日本企業の役員報酬のシステムは、固定報酬である月俸と、利益処分案のなかで配当との兼ね合いでほぼ毎年固定的に払われる利益処分的賞与、あとは不透明な退職慰労金というものでした。それが2000年初頭あたりのころから、株主からの客観性や透明性を求めるプレッシャーが強くなって、それに対応する形で、多くの企業が、退職慰労金を廃止し、それまでの固定的な賞与を業績連動賞与にして、株価と連動した株式報酬を導入するといった改革を行いまた。この改革は基本的に、株主から聞かれたら説明できようにするという姿勢で、かつ、退職慰労金を廃止して代わりストックオプションを付与することなどで現金の支払を節減し、改革によって不揃いだった報酬水神を一定にするというコスト管理を志向するものでした。だからリーマン職や東日本大震災などの影響で変動報酬部分がほとんど払われなくなり、基本報酬まで削減されような事態となる企業が少なくなかったといいます。それで、経営者は意欲をもって挑戦的な経営ができるのか。少なくとも、経営者の動機づけして報酬が機能するようなものではなかったというのが正直なところだと思います。

それで、コーポレートガバナンス・コードでは、報酬の動機づけの機能を積極的に伸ばしていこうという性格の強いものとなっています。

つまり、株主から聞かれるよりも先に、報酬を通じて経営戦略の達成と企業価値創造の決意表明をするというものです。実際にはインセンティブ報酬を拡大していくということになります。つまり、現状の確定金額報酬は生活保障の側面がありますから、それをベースにして、そこに業績連動やストックオプションや株式報酬を組み合わせて、その後者を増やして、経営の業績アップに連動して報酬も増えていくというもの。ただし、その組合せは各企業の状況や経営戦略に即したものであって、各企業の独自性が強まってくることになる。株主に対する説明義務は、従来の報酬決定の公正さから独自性の内容の説明に移っていくという姿勢です。

具体的に、役員報酬に関するコーポレートガバナンス・コードの原則を以下に列挙します。それぞれの原則につての説明は、リンクの説明を参照願います。

【原則3−1 情報開示の充実】 説明はこちら

【補充原則4−2@ 役員報酬の明確化】 説明はこちら

【原則4−10 任意のしくみの活用】 説明はこちら 

ü 役員報酬の開示

@会社法上の開示

・開示の対象

公開会社においてはも役員の報酬等に関して、以下のア〜ウについて、事業報告の内容に含めなくてはなりません。開示対象となる「報酬等」は、361条1項の「報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益」です。役員報酬、役員賞与、退職慰労金、ストックオプション等の報酬としての実質を伴うものはすべて含まれることとなります。

ア.当該事業年度に係る会社役員の報酬等(会社法施行規則121条3号)

現実に支払われた額ではなく、当該事業年度において費用計上される額を記載します。(賞与、退職慰労金、ストックオプションの場合、当該事業年度に費用または引当金として計上した額を言います)

イ.当該事業年度において受け、または受ける見込みの額が明らかになった会社役員の報酬等(会社法施行規則121条4号)

当該事業年度中に実際に支払われ、または支給見込額が明らかになったものをいい、退職慰労金の場合、当該事業年度に退任した者に、当該事業年度中の株主総会決議を受けて支払った額や、当該事業報告を報告すべき定時株主総会において決議する退職慰労金で、当該事業年度末までに内規等により見込額が明らかになっているものが該当します。なお、「当該事業年度に係る報酬等」または「当該事業年度前の事業年度に係る事業報告の内容とした報酬等」は、記載対象から除かれます。つまり、同じ報酬は重複して記載しないということです。

ウ.報酬等の額またはその算定方法に係る決定に関する方針(会社法施行規則121条5号)

報酬等の額またはその算定方法に係る決定に関する方針を定めている場合、その方針の決定方法及びそ内容の概要について、事業報告への記載が必要です。

なお、指名委員会等設置会社以外の葉愛は省略が可能ですが、有価証券報告書に「役員報酬決定の方針」を記載する必要があるため、事業報告にも任意で記載する例が増加しています。

・開示の方法

次のいずれかの方法で報酬等を開示する必要があります(会社法施行規則121条3号)。

会社役員の役職ごとの報酬等の総額および員数を開示する方法(会社法施行規則121条3号イ)

会社役員の全部につき報酬等の個別金額を開示する方法(会社法施行規則121条3号ロ)

会社役員の一部につき報酬等の個別金額を開示し、その他について役職ごとの報酬等の総額及び員数を開示する方法(会社法施行規則121条3号ロ)

なお、社外役員については、役員報酬に関する通常の記載とは別に、社外役員全体の報酬等の総額及び員数を記載し(会社法施行規則124条6号)、社外役員のうち、親会社または当該親会社の子会社の役員との兼務者については、当該事業年度において親会社等から受けた役員報酬等の総額を記載する必要があります(会社法施行規則124条8号)。

また、報酬等の記載が求められるのは会社役員として受ける報酬等であるため、使用人兼務取締役についても、役員分のみを記載することとなり、使用人分を合算して記載することはできません。ただし、役員分が著しく少額で使用人分が著しく高額であるなど使用人分給与等が重要である場合は、当該使用人分給与等は「株式会社の会社役員に関する重要な事項」(会社法施行規則121条9号)として、役員報酬とは別に事業報告に記載する必要があります。

A有価証券報告書における開示

・開示の対象

有価証券報告書提出会社においては、有価証券報告書に、提出会社の役員(最近事業年度末の在任者のほか、当該事業年度中に退任した者も含む)について、次の事項を記載する必要があります。

報酬、賞与その他その職務執行の対価としてその会社から受ける財産上の利益であって、最近事業年度に係るものおよび最近事業年度において受け、または受ける見込みの額が明らかになったもの

報酬等の額またはその算定方法に係る決定に関する方針の有無と、当該方針を定めている場合は、その内容および決定方法

・開示の方法

ア.総額の開示

「コーポレートガバナンスの状況」の中で、役員の報酬等について、役員区分(取締役、監査役、執行役およぞ社外役員の区分)ごとに、報酬等の総額、報酬等の種類別(基本報酬、ストックオプション、賞与および退職慰労金等)の総額および対象となる役員の員数を記載します。取締役・監査役には社外役員を含まず、また、社外役員について、社外役員と社外監査役に区分する必要はありません。

イ.個別の開示

「コーポレートガバナンスの状況」の中に、役員の報酬等ついて、役員ごとの氏名、役員区分、役員ごとの連結報酬等(提出会社と連結子会社の役員としての報酬等)の総額、連結報酬等の種類別の額について、提出会社と各主要な連結子会社とに区分して記載します。ただし、この開示はも連結報酬等の総額が1億円以上の役員に限ることができるため、1億円未満の役員について、任意で個別の開示を行なっている例は稀です。

ウ.使用人兼務役員の使用人分給与の開示

使用人兼務役員の使用人分給与に重要なものがある場合、「コーポレートガバナンスの状況」の役員の報酬等に関する記載において、その総額、対象となる役員の員数およびその内容を記載します。役員の報酬等として開示された内容だけでは、会社の取締役に対する職務執行として交付されている財産上の利益の額が適切に判断できないような場合、使用人分給与に重要性があると考えられます。

エ.ストックオプションの開示

ストックオプションを付与する旨の取締役会決議を行っている場合、「株式等の状況」の「ストックオプション制度の内容」にも当該決議に係る決議年月日、付与対象者の区分及び人数等を、決議こどに記載します。

B上場規則上の開示

上場会社においては、上場規則に基づいて提出する「コーポレートガバナンスに関する報告書」に、役員報酬に関する次のア.イ.についての開示が必要です。

ア.インセンティブ関係

・取締役へのインセンティブ付与に関する施策の実施状況

ストックオプション、業績連動型報酬について記載します。なお、こうしたインセンティブ付与に関する施策を実施していない場合は、その旨を記載します。

・ストックオプションの付与対象者について

ストックオプション制度採用会社において、ストックオプションの付与対象者と、当該対象者を付与対象としている理由を記載します。

イ.取締役報酬関係

・(個別の取締役報酬の)開示状況

個別の報酬の開示を行なっている範囲等について記載します。

・報酬の額またはその算定方針の決定方針の有無

方針の有無を記載し、方針がある場合は、その内容を記載します。

ü 監査等委員会設置会社の特則

@監査等委員の独立性確保を目的とする報酬規制

・取締役報酬の区別(361条2項)

監査等委員会設置会社では、監査等委員である取締役の報酬等は、それ以外の取締役の報酬等とを区別して決めます(361条2項)。つまり、上記で説明してきた取締役の報酬の決定について、報酬の額が決まっているのであれば、その総額の上限を、あるいは計算方法を株主総会で決めて、それに従って取締役個人の報酬額を取締役会で決めるということについて、監査等委員会の場合は、例えば報酬の総額の上限は、監査等委員である取締役とそれ以外の取締役とで別々に決めなければならない。計算方法も同じです。

これは、取締役の報酬規制は、お手盛り防止を主な目的としていますが、監査等委員である取締役の場合には、取締役の監督に権限と責任を持っているため、お手盛り防止よりも、監査等委員の独立性確保(監査等委員の報酬の確保を図ることによって、その職務執行の独立性を保証する)を主たる目的としているからです。

・監査等委員である取締役の報酬等の決定方法(361条2項、3項)

監査等委員である取締役の報酬等の決定方法について、定款または株主総会決議でその額を定めなければならない(361条1項)点は、これまで説明してきた取締役の報酬等の決定と同じですが、その主な目的は、監査等委員の独立性確保であるため、株主総会において、監査監督の対象である監査等委員以外の取締役と一括して決議することは不適当です。例えば、業績不振や不祥事を理由として取締役報酬の減額を行う場合に、監査等委員は立場が異なってきます。

また、このように報酬等を株主総会で決定することは変わりませんが、その場合の個々の監査等委員に対する具体的な配分については、取締役会に委任するのではなく、監査等委員である取締役の協議によって定めることとされています(361条2項)。これも監査等委員の独立性確保が目的であり、監査等委員の報酬の内容については各監査等委員の了解が得られることになります。

なお、この場合の「協議」とは、全員の合意成立を言います。したがって、監査等委員会において過半数の賛成によって具体的配分を決定することは、報酬の配分協議が監査等委員会の権限に含まれないこともあり、認められません。(監査等委員会において全員の賛成により具体的配分が決定することは、協議と同趣旨であるため、認められると考えられます)。

・監査等委員である取締役の報酬等に関する意見陳述権(361条5項)

監査等委員は、株主総会において、監査等委員である取締役の報酬等について意見を述べることができます(361条5項)。監査等委員である取締役の報酬等に関する株主総会の議案は、取締役会によってその内容が決定されるため、それが不当である場合(増額すべきであるにもかかわらずしない、不当に低額である等)、監査等委員に意見陳述権を認めることにより、監査等委員の独立性確保を図っています。

A監査等委員の以外の取締役の報酬等に対する意見陳述権(361条6項)

監査等委員以外の取締役の選任等・報酬等に対する意見陳述権は、業務執行者に対する監督機能の強化を目的に監査等委員会に付与された独自の権限です。監査等委員会は、監査等委員である取締役以外の取締役の選任、解任及び辞任並びに報酬等について株主総会での意見陳述権が付与されています(342条の2第4項、361条6項。また、株主総会参考書類を株主に交付すべき会社において、当該意見があるときは、株主総会参考書類にその内容の概要を記載しなければなりません(会社法施行規則74条1項3号、78条3号、82条1項5号)。取締役会の業務執行者に対する監督のうち最も重要なものは、業務執行者を含む取締役の人事の決定であるところ、業務執行者から独立し、自らは業務執行を行わない社外取締役は、こうした人事の決定を通じて業務執行者を適切に監督することが期待できます。そこで、会社法は、社外取締役を中心として構成される監査等委員会が、監査等委員以外の取締役の選任等・報酬等についての意見を決定し、選定監査等委員が、株主総会において当該意見を述べることができるものとしています。

検討対象として想定される事項は、例えば、

・取締役の選任等・報酬等に関する制度設計やプロセス、考え方の妥当性など

・取締役会全体の構成や報酬総額・報酬体系など

・取締役個々の適格性や個々の報酬等の相当性など

などがあります。

また、表明する意見としては、

・「妥当である」等執行側の施策を積極的に賛成する意見

・「指摘事項なし」、「株主総会において陳述すべき意見はない」等執行側の施策に対して反対はないとする意見

・反対意見

などが考えられます。

ü 指名委員会等設置会社の場合

指名委員会等設置会社においては、取締役の報酬は、定款または株主総会で定まるのではなく、報酬委員会が個人別の報酬等の内容を決定します(404条3項、409条)。指名委員会等設置会社の取締役は使用人を兼務することができず(331条4項)、その受ける報酬は非常勤の者としてもそれであるから、実際に金額は多くはないはずで、株主の利益にとって重要なのは、執行役の報酬等です。報酬委員会制度のねらいは、社外取締役か過半数の委員会がコンサルタント等を利用してその合理的な報酬システムを確立し、かつそれを開示することにより、各執行役の業績の報酬への反映及び株主の利害との調整を図ることにある。と言われています。

@報酬等の決定機関

指名委員会等設置会社では、役員報酬の決定に当たって、株主総会の決議は必要とせず、報酬委員会によって、執行役、取締役、会計参与(以下、執行役等といいます)の個人別の報酬等の内容等を決定します(404条3項)。

報酬委員会は3名以上の取締役(報酬委員)から成り、その過半数は社外取締役でなければなりません(400条)。

A報酬委員会による報酬等の決定方法

・報酬等の決定手続

報酬委員会は、執行役等の個人別の報酬の内容を決定すると規定されています(404条3項)まず、具体的な報酬の決定に先立ち、報酬の内容の決定に関する方針を定めなければなりません(409条1項)。次に報酬委員会は、その方針に従い、個人別の報酬等の内容を決定します(409条2項)。

また、公開会社においては、報酬委員会で定めた報酬の内容の決定に関する方針の決定方法と内容の概要を事業報告に記載しなければなりません(435条2項、会社法施行規則121条6号)。

・個人別の報酬等の決定手続

指名委員会等設置会社以外の取締役会設置会社では、すでに説明したとおりに、個人別の報酬等の決定は株主総会の決議に基づき取締役会に委任されることが多いのですが、指名委員会等設置会社では、中立性の高い報酬委員会に委ねられています。

報酬委員会は、執行役等の個人別の報酬等を決定する際には、次に定める事項を決定しなければなりません(409条3項)。

a)確定金額を報酬とする場合には、個人別の額

b)不確定金額を報酬とする場合は、個人別の具体的な算定方法

c)金銭以外のものを報酬とする場合は、個人別の具体的な算定方法

※使用人と兼任している執行役の報酬の取扱い

指名委員会等設置会社以外の取締役会設置会社では、取締役が使用人と兼任している場合であっても、会社法上の規制の対象となるのは取締役としての職務執行の対価の部分に限定されますが、指名委員会等設置会社の場合は、使用人と兼任している執行役については、報酬委員会は、その使用人としての報酬等の部分の給与も含めて決定するものとされています(404条3項)。

この点について、旧商法では、使用人の報酬規程の決定が会社の業務執行の一環であることから、執行役の使用人分の給与についても、原則として執行役自身がこれを決定していました。しかし、使用人分給与を執行役に決定させるのでは、執行役の報酬等の決定権限を報酬委員会に与えた法の趣旨、つまりも執行役などに対する監督権限の強化に反することになり、これが問題視されたため、会社法では、使用人兼務執行役の使用人分給与についても報酬委員会が決定することなりました。

※報酬委員本人の報酬内容の決定の取扱い

各報酬委員は、自身の報酬内容の決定に当たっては、特別利害関係人に該当することから、その決議に参加することはできないとされています(412条2項)。

・個人別の報酬内容の決定と支給

上記a)の確定金額をもって報酬内容を定める場合には、個人別の額を決定する必要があり、指名委員会等設置会社以外の取締役会設置会社における総額枠方式による決定は認められません。また、報酬決定に関しては報酬委員会が最終的な決定権限及びそれに対する責任を負うことになるので、上限を決めてその範囲内での具体的な支給額を執行役に委ねることもできないとされています。

b)の業績連動型報酬にするなど算定方法をもって定める場合も、同様に個人別の「具体的な算定方法」を決定する必要があり、上限を決めるだけでは足りず、一義的に最終的な金額を算定する方法が決定される必要があります。

※指名委員会等設置会社における報酬等の決定権限は、報酬委員会に専属しますが、現実的には、社外取締役が過半数を占める報酬委員会に報酬設計の実務を期待することは難しい。したがって、事務局を活用したり、報酬委員会として外部のコンサルタント会社と契約(費用を会社に請求してもよい(404条4項))するなどして、業績の評価のほか、報酬等をめぐる他社の動向、税務、会計に関する助言を受けるなどの支援を受けることになるでしょう。

B報酬委員会の運営等

・運営の手続

報酬委員会は、委員である各取締役が招集できます(410条)。社外取締役である委員の招集権を保証する必要から、特定の取締役に招集権を専属させることは認められていません(366条1項但書き)。

委員会の招集手続(招集期間を含む)、決議方法及び議事録については、基本的に取締役会の場合と同じです(411条、413条)。報酬委員の要求があったときは、執行役等は、委員会に出席し、委員の求めた事項について説明をしなければなりません(411条3項)。

定款または取締役会決議により取締役会の招集権者を特定の取締役と定めている場合(366条1項但書き)でも、報酬委員会が選定した委員は、取締役会を招集することができます(417条1項)。

報酬委員会が選定した委員は、遅滞なく、委員会の職務の状況を取締役会に報告しなければなりません(417条3項)。委員会は議事録を作成しますが、委員以外の取締役も議事録を閲覧・謄写することができます(413条2項)。

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