4.株主総会の実務(2)〜文書
(3)株主総会参考書類
剰余金処分に関する件
 

 

●剰余金の処分について

剰余金処分の議案について、昔話から始めたいと思います。平成17年に制定された現在の会社法となる前は、商法の中に会社法の部分があって、その規定に従っていましたが、現在の会社法が性質したときに内容が大幅に変わりました。その変ったもののひとつに、この剰余金処分についての内容があります。そのことを詳しく説明し始めると長くなってしまうので、ここでは剰余金処分議案の参考書類への記載に限り、その関連したところについて、少し説明したいと思います。そうすると、現在の記載事項の意味がよく理解できると思うからです。

図で示したのが、旧商法のころの剰余金処分議案です。現在とは議案のタイトルからして違っていることに気づくことと思います。「剰余金処分」ではなく、「利益処分」というタイトルで、議案に関する説明があり、その計算については計算書類の中に貸借対照表、損益計算書に続いて、図にあるような利益処分案という計算表が添付されて、株主総会においても、議案の説明において、この利益処分案の計算表の説明が行なわれていました。これは、企業単体の単年度の利益、現在の損益計算書でいえば、税引き後の当期純利益を、この利益処分案の計算表の一番上の当期未処分利益として、それについて、現在で言えば剰余金(この表では「利益準備金」「別途積立金」「次期繰越利益」)に繰り入れたり、株主への配当、そして役員賞与に割り振ることを一つの議案として、株主総会に諮っていました。つまり、事業年度にあげた利益について、その年度で、その利益をどうするかを株主総会で株主が決めていたのです。

これは、現在では単年度の利益は、いわば自動的に剰余金に繰り入れられて、長年にわたって利益を続けてきた企業であれば剰余金が毎年の繰り入れによって蓄積されてきたわけで、その剰余金の総額の中から、今年度はどの程度を株主に配当として支払うかという議案に変わりました。

ここまでの説明だけでは、何が変わったのか、大きな違いは分かり難いかもしれません。そこで、2点に絞って説明しますと、一つは、ここに役員賞与が入っているということ。つまり、役員賞与は単年度の利益を株主の配当と分け合うかたちで配当金といっしょに決められていたということです。だから、このころは役員賞与支給の件という議案はなかったし、業績連動賞与というような役務の対価として賞与を給与のように考えることはなかったのです。

そしてもう一つ、こちらが本題となりますが、利益処分は企業単体の年度の利益の処分ということですから、その単年度の利益を超えた配当というのは原則としてできないということなのです。単年度利益を超えた配当は企業の経営を不安定化される無理に政策として“タコ足配当(タコが自分の足を食べてしまうことになぞらえて)”と言われ違法なものとされました。したがって、内部留保を多く積み上げた企業に対して、その積年の蓄積を配当として一気に株主に還元するということは原則的にできなかったのです。そして、さらに、その利益処分案の計算表をみても分かるように、企業単体の利益から計算式が始まるわけなので、そこに連結決算での利益を基準に考えるという発想は入り込む余地がなかったと言えます。この表に連結の数値が混入すれば、かえって辻褄が合わなくなって、しまいます。

これは、どうしてかというと、会社の計算に関する基本的な原則は別にして、株主総会の手続きに限って説明すると、この利益処分に先立って計算書類の承認議案が前提されていたのです。現在の大部分の上場会社では、会計監査人による監査報告で承認されているので、報告事項になっていますが、本来は、会社の年度の成績が数値になって表わされたものを所有者である株主が確認し承認するというのは当たり前のことです。それを、まず計算書類の承認という議案で諮って、そこで承認された年度利益について、今度はその利益を株主と経営者との間で分配することについて決めていたのです。したがって、この議案に関する権限を取締役会に託して、株主総会の議案から外すということは思いもよらないことだったと言えます。

このような旧商法における剰余金処分議案と比べてみると、現在の剰余金処分議案の特徴と意味が理解できるのではないかと思います。以前の旧制度から、現在の制度に、ことのように大きく変化してしまった理由については、剰余金処分に限っての説明はむずかしく、他の部分も含めての大きな変化の一環として位置づけられると思いますが、概要を簡単に言えば、経営と所有の区別の考え方が大きく変化してきたことが大きいのではないかと思います。経営と所有の区別が進んで経営者は経営の効率性を自身のやり易さに方向に進んで、所有者である株主から委託されている立場に反する方向に行ってしまう恐れが出てきた。しかも、企業が巨大化し複雑になってくると株主はそれをチェックすることができない。例えば、単年度で経営者が株主よりも自身を優先した利益処分をしても(例えば配当に回す分を会社の内部留保にして多少経営をサボっても財務の安定性を高めて大丈夫にしようとした、つまり保身です)株主はすぐに分からない、それが何年か後にわかっても、それを配当しなおせということもできない。そこで、経営を業務執行と切り離して、株主の立場に立てるような会社の業務執行から独立した社外取締役を経営陣にいれることで、専門的な者による経営の監視を強め、単年度でみるのではなく中長期的にチェックをしてもらう、つまりはコーポレートガバナンスということが重視されるようになった。その分、変化の激しくなった経営環境の中で迅速に多額の投資を資本の中から行なうことによって市場での厳しい競争で有利に立つこともできるようにした。剰余金の処分は年に一回で、それに間に合わない緊急性の高い判断を迫られる可能性もあるので、それは取締役会でも判断できるようにして、それに伴うリスクはコーポレートガバナンスで補うことにした。そういう全体の流れのなかで剰余金処分の議案が株主総会に上程される方法が改められたということです。

なお、剰余金処分について、法定の規制や、配当可能利益の計算方法、取締役会に決定権限を委託することなどについてなど、「剰余金の処分」のページを別に設けて、全般的に説明を行ないますので、こちらを参照して下さい。

●法定記載事項+α

ここでは、株主総会で決議する場合の議案の記載事項について述べてきたいと思います。見本として、いわゆる参考書類のモデル(株懇モデルを下敷きにしたものです)をサンプルとして、それに即して説明していくことにします。まずは、サンプルの中で赤字で番号を振った項目ごとに説明しますので、サンプルと照らし合わせながら読んでいただきたいと思います。

無配の場合や剰余金をすべて次期に繰り越す場合などにより、剰余金の処分がない場合は、株主総会への議案として付議する必要はありません。したがって、株主総会参考書類に記載すべき事項はありません。この場合、無配であれば、事業報告の「事業の経過及び成果」あるいは「対処すべき課題」などにおいてその旨を説明するという記載方法がありえます。

指名等委員会設置会社や定款に「剰余金の配当等を取締役会の決議により行うことができる」旨の規定を設けた会社は、株主総会に剰余金の配当を付議する必要はないので(ただし、あえて株主総会に諮ることも可能)、株主総会参考書類に記載する必要はないが、事業報告において、「剰余金の配当の決定に関する方針」を記載することを求められます。

@議案(73条1項1号、以下法令名が省略されている場合は会社法施行令)

ここには、通常は、株主総会で決議すべき事項が議案として記載されます。この場合、狭義の招集通知において会議の目的事項の決議事項として記載されている事項と異動がないように注意しなければなりません。そうでないと、議題が異なるという誤解を招く危険が生じます。剰余金の配当を行う場合の決議事項は次の点です(会社法454条1項)。

(@)配当財産の種類及び帳簿価額の総額

(A)株主に対する配当財産の割り当てに関する事項

(B)当該剰余金の配当がその効力を生ずる日

剰余金の配当について、内容の異なる2以上種類株式を発行している時は、その内容に応じて、株式の種類ごとに配当財産の割り当てに関する事項を定めることができます(会社法454条2項)。また、配当以外の剰余金の処分を行う場合の決議事項は次の通りです(会社法452条)。

(@)増加する剰余金の項目

(A)減少する剰余金の項目

(B)処分する各剰余金の項目に係る額

A提案の理由(73条1項2号)

サンプルを見ていただくと、剰余金処分という議案の中に、期末配当金の処分と、それ以外の剰余金の処分が含まれています。これらは、以前の旧商法においては利益処分という流れの中で一緒にして検討することができましたが、現在の会社法の計算では剰余金という枠の中で別々に検討すべきはずです。だから、本来は別の決議事項です。しかし、これまでの慣例もあり、また、積立金を取り崩して配当をする場合、二つの議案を同時にまとめて決議するのが適当になるので、まとめてひとつの議案としていると考えられます。そのような経緯を考慮すれば、提案の理由は、それぞれに記載する必要があります。ただし、さきの場合のような理由が重複している場合であれば、まとめて記載することも可能です。

(@)剰余金の配当

この場合の議案の提案理由として、配当性向などの配当方針を詳述して、この方針に従って配当を実施する旨を記載する事例が増えてきました。また、サンプルのように経営の状況の説明を提案理由としている事例が一般的と言えます。

(A)その他剰余金の処分

議案の内容とする剰余金の処分をなぜ行なうのかということが、提案の理由にあたります。

事例サンプル

・増配の場合

当社は安定的な配当の継続を重視し、業績動向及び配当性向などを総合的に勘案して利益配分を決定しており、また、企業として財務体質の強化と将来の利益確保に備えるべく内部留保にも努めております。配当につきましては、単体ベースでの配当性向30%を目処に、連結業績も十分考慮した上で、将来の事業展開及び収益水準を勘案し決定しております。

当期の剰余金の処分につきましては、上記の基本方針に基づき、以下の通りといたしたいと存じます。

なお、当期の期末配当につきましては、業績が堅調に推移いたしましたので、株主の皆様からのご支援にお応えするため、次の通り1株につき●円とさせていただきたいと存じます。これにより、中間配当金を加えました年間配当金は、前期に比べ1株につき●円増配の●円となります。

・減配の場合

当社は、株主の皆様に対する安定的な利益還元を経営の重要課題の一つとして認識しております。経営基盤の強化と利益率の向上に努めるとともに、安定的な配当の継続を基本に業績などを勘案したうえ配当金額を決定していく方針です。

上記方針に基づき、当期の期末配当につきましては、業績の大幅な悪化及び希望退職の募集等を勘案し、前期の期末配当に比べ●円減配し、以下のとおりとしたいと存じます。

なお、中間配当として1株につき●円を実施させていただいておりますので、年間配当金額は1株につき●円となります。

・配当を実施するために積立金を取り崩す場合

利益処分につきましては、株主の皆様への継続的な安定配当を基本とし、業績の推移と中長期事業計画を勘案して実施しております。

当期の会社を取り巻く経営環境は極めて厳しい状況となり、多額の当期純損失を計上することとなりました。

この結果、繰越利益剰余金がマイナスとなりましたが、収益改善計画を実施することにより次期以降の収益回復が見込めることから、当期の剰余金の処分は、安定配当維持の観点から、別途積立金を取り崩すこととさせていただき、当期の期末配当につきましては、当社普通株式1株につき●円とさせていただきたいと存じます。

引き続き、収益の改善に全力で取り組み、安定配当に努めてまいりますので、株主の皆様におかれましては、何卒ご理解を賜りますようお願い申し上げます。

B剰余金の配当(会社法452条)

(@)剰余金の配当議案の項目

剰余金の配当議案がその事業年度に係る期末配当に関するものである場合には、その旨を明確にするために、「期末配当」である旨を記載するのが一般的です。このとき、中間配当を行なった場合には、期末配当における1株あたりの配当額の記載に加えて、中間配当と併せた年間の1株当たりの配当額を併記します

(A)配当財産の種類及び帳簿価額の総額

一般的には配当金は金銭によるものとなりますので、「金銭といたします。」と記載するケースが多いようです。このサンプルでは、帳簿価額の総額は(2)のところで配当財産の割り当てとともに記載されています。

(B)株主に対する配当財産の割り当てに関する事項

株主に対する配当財産の割り当てに関する事項は、このサンプルでは、「当社普通株式1株につき金●円といたします。」と記載されているところで。その後に、帳簿価額の総額として金銭での配当総額を記載しています。

このとき、「1株当たりの配当額」、「配当総額」及び「配当の効力発生日」の記載は、計算書類の(連結)注記表の(連結)株主資本等変動計算書に関する注記の「剰余金の配当に関する事項」の記載内容と整合がとれていることに注意しなくてはなりません。

事例サンプル

・優先株の配当の場合

当社普通株式1株につき、●円と致したいと存じます。

また、A種種類株式については、定款の定めに従い、1株につき●円と致したいと存じます。

・配当財産の割り当て欄で増配を記載している場合

(2)株主に対する配当財産の割当てに関する事項およびその総額

当社普通株式1株につき金●円  総額●●●円

業績等諸般の事情を勘案するとともに、株主の皆様の日頃のご支援にお応えするため、前事業年度と比べ1株につき●円増配させていただきたいと存じます。なお、中間配当として1株につき●円を実施させていただいておりますので、年間配当金額は1株につき●円となります。

(C)当該剰余金の配当がその効力を生ずる日

配当金の効力発生日は、総会日の翌営業日(金融機関の営業日)とするのが一般的です。ただし、配当金の効力発生日は基準日から3か月以内でなければなりません。

Cその他剰余金の処分(会社法452条)

株主総会の決議によって、損失の処理、任意積立金の積立その他の剰余金の処分をすることができます。次の3点の決議事項を記載します。

(@)増加する剰余金の項目

(A)減少する剰余金の項目

(B)処分する各剰余金の項目に係る額

この場合、減少する剰余金の項目と増加する剰余金の項目のそれぞれの金額が一致していることの確認を怠らないようにします。

 

●IRやコーポレートガバナンスの視点で参考書類を考える


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