4.株主総会の実務(2)〜文書
(3)株主総会参考書類 剰余金処分議案をIR&ガバナンスから考える |
●剰余金の配当は株主からはリターンに直接かかわる重要議案 言うまでもなくある企業に株式投資をした場合に、得ることのできるリターンは株価の上昇(キャピタルゲイン)と配当(インカムゲイン)の二つです。もちろん、企業への投資には様々な動機があり、この二つのリターンだけが目的であるとは必ずしも限りませんが、少なくとも投資ですから経済的なリターンが動機に含まれないということはありえないと言えます。 このうち、株価については、企業の業績はもちろんですが、それだけでなく景気変動や為替を含めた金融事情などのマクロ的な要因、それらに対していみじくもケインズが言ったように、株式投資は美人コンテストと同じで、皆は美人に投票するのではなく、皆が美人と思うだろうと予想される人に投票するというように株式市場において様々な思惑が交錯し、変動するものと考えられます。したがって、企業が努力しただけでは株価が上昇するとは、必ずしも限りません。翻って、投資した株主が、企業に努力を求めたり、経営戦略に意見を述べることはできても、それが株価に反映するものではありません。 しかし、これに対して配当については、株主総会の議案であるかぎりにおいては、議場で修正動議を提出したり、賛否の投票をすることによって、直接、そのリターンの決定に参加することができるものです。また、この配当議案の根拠となるのは企業業績や将来の成長可能性であり、この議案を契機として株主と企業の間で対話を始めることもできるわけです。だから、配当が少ないと判断すれば、株主は投票で否の意思表示ができるわけです。
●会社からは議案の説明を契機に資本政策や経営方針を株主に理解を得ることができる これは、株主に対して会社の側からは配当に対する考え方を株主に理解してもらえれば、株主総会の場においても会社提案に対して一定の理解を得ることを、前以て期待できるということでもあります。これは、今後、企業相互の株式持合いの解消が加速し、海外からの投資が増えていく方向にあり、企業の配当を含めた資本政策に対して厳しい視線が注がれることになるだろうと予想される中で、これに積極的な開示の姿勢を示す企業は、株式市場での資金調達だけでなく、M&Aや、はてまた市場での企業防衛の見地からも得るメリットは小さくないと考えられます。
●安定配当という欺瞞 これまで、企業が配当に関する方針を積極的に説明することなく済まされてきたのは、ひとつには、株式の持ち合いなどによって株主総会での定足数が足りていたため議案に対する賛成を計算できたことと、各企業が横並びのように一定額を配当する、いわゆる「安定配当」が行なわれてきたことが理由として挙げられます。各企業が同じような配当をするため、配当によって投資先である企業を差別することが難しいため、投資する側としては配当に対する期待が相対的に低かったと言えるかもしれません。これは高度経済成長といった日本経済が右肩上がりで成長していた時代に、どの企業に投資しても、それなりのリターンが得られた時代のことで、現在のような低成長に入って、企業によって業績や将来性に大きな差が現れてきたときに、現実的とは言えなくなっていると考えられます。 そもそも「安定配当」の由縁を考えてみると、昭和初期の戦時体制で自由な資本主義経済を否定して投資資金の流れを国家が集中管理しようとする計画経済の思想の下に作られた制度なのです。かいつまんで言うと、株式に投資される資金の流れを銀行預金の方に持って行くために、企業の株主へのリターンを国家が法律で規制してしまって、銀行を国家が管理することによって軍費を調達したというものです。これは、敗戦後も継続し、戦後復興や高度経済成長で鉄鋼や石炭産業への投資を集中させる経済政策ための資金を供給するために機能したといいます。つまり、安定配当ということは、もともと結果的ではあるにせよ、企業が投資家を蔑ろにした制度が現在まで温存されたものと言うこともできるのです。 だから、安定配当の本来的な存在理由を顧みれば、企業が株主へのリターンとして安定配当を標榜しようとすれば、本来的な安定配当の意味合いではなく、株主を蔑ろするものでないことを明らかにしなければならないと考えてもいいのではないでしょうか。 なお、安定配当について詳しい説明は「安定配当について」のページを参照してください。
●配当に関する積極的な開示に対する考え方 配当に対する考え方を開示する企業が増えて、企業それぞれで様々な実例が出てきています。それは、ひとつには指名等委員会設置会社や、それ以外の会社でも定款で配当に関する決議権限を取締役会に託す規定を設けた会社は、株主総会で配当議案を上程しなくてもいい代わりに、取締役会での配当に関する決議を報告するとともに、どのような方針で配当を決めるのかを事業報告で開示しなければならないことになっていることも原因していると考えられます。そして、さらに、金商法による有価証券報告書で配当に関する方針の記載が義務付けられ、上場会社は証券取引所の規則で決算短信に定性的情報として、配当に関する方針を記載するようになっています。これらのことから、参考書類においても配当に関する方針を、それとして記載したり、配当議案の提案理由の中で、配当に関する方針を挿入するなどして、記載する事例が増えてきています。例えば、次のような事例はどうでしょうか。 事例サンプル 当社は安定的な配当の継続を重視し、業績動向及び配当性向などを総合的に勘案して利益配分を決定しており、また、企業として財務体質の強化と将来の利益確保に備えるべく内部留保にも努めております。配当につきましては、単体ベースでの配当性向30%を目処に、連結業績も十分考慮した上で、将来の事業展開及び収益水準を勘案し決定しております。 当期の剰余金の処分につきましては、上記の基本方針に基づき、以下の通りといたしたいと存じます。 なお、当期の期末配当につきましては、業績が堅調に推移いたしましたので、株主の皆様からのご支援にお応えするため、次の通り1株につき●円とさせていただきたいと存じます。これにより、中間配当金を加えました年間配当金は、前期に比べ1株につき●円増配の●円となります。 上記の事例で、前半の部分が配当に関する方針として、現在のひとつのスタンダードなものと言えるのではないでしょうか。 しかし、これで、株主から配当が少ないといわれた時に、この方針に従っているからというのは、回答になるでしょうか。それで押し通すことも可能かもしれませんが、この場合に、例えば30%という配当性向が低いのではないか、と問われたときに配当性向を30%とした理由が、ここでは説明されていません。実際のところ、配当性向の数値は開示しても、その根拠まで開示しようとしている企業はありませんし、あえて試みようとして配当性向とは別の、独自の指標をつくったエーザイのような先進的な会社を別としても、です。 ここで、配当性向を30%とした理由をちゃんと考えて説明しようとすれば、会社の経営方針に遡ることになるはずです。株主への分配、株主還元を会社としてどうしていくかということであれば、資本政策の大部分と重複するものです。かりに、剰余金の処分以降のところに限って考えていってみれば、ある事業年度において、会社が利益を残したとします。これをどのように分配するか。それを将来の事業展開や製品開発の計画があって、そのための投資とするということであれば、それは経営における再投資の、いわば中期経営戦略です。また、従業員に利益を還元して、モチベーションを高めたり、優秀な人材を引き留めたり、逆に賃金水準を高めることで引き寄せたりすることもあるでしょう。この場合は、ステークホルダーに対する方針として従業員を重視するという経営方針とも大きく関わることです。また、少なくない企業が内部留保を分厚く蓄えていること自体を海外の投資家から非効率と批判されることもありますが、その理由についても、上記の事例のように一応の理由をあげていますが、それではどの程度まで内部留保として確保すればいいと考えているのかという方針は、配当性向の数値は出しているにもかかわらず、内部留保率(と限る必要はありませんが)のような数値を明らかにはしていません。しかし、投資家は、そういうことを一番知りたいのです。つまり、剰余金を分配する際に、どのように考えるかということを株主に説明しようとすれば、中長期の経営戦略やステークホルダーに対する基本方針まで説明しなければならない、そこまでは遡らないとしても説明には当然そこまでの根拠があるはずで、それを偲ばせるものであるわけです。ということは、配当性向を30%として配当金を株主に分配した後、会社の姿はこうなっていくということがビジョンとしてイメージできるものであるということです。 また、ここで考えてみたのは剰余金を生んだ後のことですが、そもそも会社がたくさんの利益を計上して、剰余金が増えれば、分配すべきパイが大きくなるわけで、そのために会社が何をしていくかというのは、実は配当金額に大きく関わることであるはずです。ここでは、その方針の説明を省いたところで考えました。
●ある視点からの配当に関する方針の開示 現時点では、実現が難しそうなことを建前論でしかないという批判を覚悟の上で、書き連ねてきました。ここまで述べてきたのは、ややもすると実際に企業現場で為されている努力をことごとく批判して、批判のための批判で、建前とし正論を立てているに過ぎない、とい受けられれても仕方のない内容となっています。それでは、実務の視点でページを作成している意味がなくなりますので、ここで、ひとつの試みをしたいと思います。配当の関する方針といっても企業によって、措かれた環境や経営の方向性など千差万別なので、全般的なモデルをつくるのは不可能と思われるので、ひとつの立場の上に立って事例としてのモデルを試みにつくってみたいと思います。
●資本政策の基本方針 当社グループは1950年の会社設立以来、製造業向けに計測・制御機器を提供することで産業界に貢献し、事業を成長させてきました。当社グループの機器は製鉄所をはじめとして様々な工場の生産ラインで稼動し、日本の工業製品の高い品質を支える一翼を担っているものと自負しております。もし、何らかの事故などにより当社の製品やサービスの供給がストップした場合には、各地の工場の稼動に関して大きな影響を受ける懸念があり、当社グループにとって、経営の安定はユーザーのニーズであり、当社グループの強みである顧客の信頼の大きな基盤となっているものです。 このような当社グループの業態の要請から、安定した経営基盤を確保した上で、持続的な成長に努めていくことが当社グループの基本的な経営姿勢となっております。 資本政策に関しても、このような経営姿勢の一環として位置づけております。それは、収益性を向上させ、効率を上げることにより資産回転率を改善することにより資本効率を改善して、株主価値を高めていくというものです。とくに、当社で力を入れるのは、総資産に対する売上高の比率を高くしていくことです。これにより資本回転率が向上するだけでなく、派生して収益性も高まることになって、最終的にROEの改善に結実するからです。さらに、IRの推進と配当政策等の株主還元を総合的に進めることによって、少なくとも株主資本コストを上回るように、株主価値を持続的に向上させて、ついには最大化を目指していくものであります。 ●当社の現状
当社グループは、堅実な財務政策と企業努力の積み重ねにより、内部留保を厚くし、自己資本比率を高い水準で維持してきました。(下のグラフは最近5年間の自己資本比率の推移を示しています。)その主な理由(メリット)として、次の3点が上げられます。 @受注から売上までのリードタイムが半年〜数年と長期間で、売上を現金として回収するには更に期間を要し、その間の仕入れの負担のような安定した事業運営には、現金の備えを手厚くする必要があったこと。 A当社はもともとユーザーが資本を出し合って設立された会社で、B to
Bの事業形態をとっているため、事業を拡大するための戦略の一環として資本政策を機動的に行ってきたことから、保有している投資有価証券が多くなっていること。 B安定した財務基盤をベースに長期的な視野にたった研究開発や事業展開ができることで、他社が入ることのできないような開拓の困難な市場にフロンティアとして入ることを可能にしていること。 C外注や仕入先への支払を現金払いとすることにより、業者の経営の安定と信頼関係の強化を図り、協同で技術開発やコスト削減を進めるなど、質の高い協力体制をかためることができていること。 その一方で、自己資本利益率(ROE)は、下図の通り低い水準を続けています。これは、ちょうど資本コストと同じ程度の水準となっているため株主価値が創出されていない状態にあります。これを補完する機能も含め、配当政策は資本政策の一環として併せて株主価値向上を総合的に図って、企業努力を続けています。 ●資本政策上の課題 @売上高純利益率の改善 当社のROE改善のための最も大きな課題は、一般に日本企業が欧米の企業に対してROEが低いと言われる最も大きな要因として指摘されている、本業での「儲ける力」が強くなくなってきているということです。端的に言えば、そのためにすべき最大の課題は売上高の伸長です。ROA、つまり総資産に対する売上高を増やしていくことです。これは、当社の本業である事業の成長をより強く進めることに他なりません。現状では、総資産額よりも年間売上高が少ないという、資産が回転していない状態にあり、また、利益を伸ばすためにはそのベースである売上高を増やすことがまず必要になります。それゆえ、売上高の伸長は最大の経営課題であります。なお、詳細については事業計画を参照してください。 A総資本回転率の改善 総資本回転率の改善についても主要な課題は売上高の伸長です。しかし、それだけでなく資産効率の向上ということで、キャッシュフローの創出にも関わることとして、次の2点を課題として注力していきます。 ・売上債権回収の促進 ・棚卸資産削減施策の継続⇒より一層の適正在庫として回転率4回転以上を目標 B最適資本構成の模索 一般に、日本企業は自己資本比率を高めて財務の安定性を重視しているのに対して、欧米の企業は財務レバレッジを高めてROEを高めていると言われています。当社も高い自己資本比率で財務の安定性を重視しています。これには、受注から現金回収までのリードタイムが長期間で、その間の運転資金を確保しなければならないことと、事業の将来のために一定以上の規模で開発投資を継続させる必要があるためです。しかし、最適資本構成は常に模索しており、内部留保の調整弁として、株主に対する配当政策も活用しています。 ●利益還元に関する基本方針
当社グループは株主価値の最大化を目指し、その持続的な向上に努めています。基本的には業績及び収益の向上によりROEの向上による株主価値創造に努め、そして業績及び収益の向上により得た現金を株主に対して継続的かつ安定的な利益還元を行う株主還元をこれに補完させることで、トータルとして株主資本コストを上回る価値創造を図って努力を続けています。とくに、中長期的な視点で投資してくださる株主の皆様には、創業期を過ぎ急激な事業の成長というよりは、長期にわたり事業を継続してきたという会社の性格から、中長期の視点で投資してくださる株主の皆様には、持続的に事業を成長させることにより配当額を増やし続けていくことによるトータルとしてリターンを考慮していただけるものと考えております。 現在の指標としての配当性向は、このような政策的な考慮に基づき、株主の皆様の期待値の側面もある資本コストを越えるリターンを図り、当社グループの状況とのバランスを勘案した末のものであります。 実際の株主還元としては、剰余金の配当と自己株式取得の二本立てで進めます。このうち利益の還元は基本的に剰余金の配当をもって行い、中間と期末の年2回の配当を行います。そして、経営環境の変化に対応して自己株式の取得を機動的に行います。 ●剰余金の配当についての基本方針 株主還元の基本方針に則って、株主に対する配当は安定配当性向を原則として、単体業績に対して配当性向35%以上を堅持することを方針としています。これは、現時点において当社の自己資本利益率(ROE)が高い水準にあるとは言えない状態にあるため、配当金により株主へのリターンを補完する意図によるものです。現在の状況では配当性向35%ではおおよそのところで自己資本利益率(ROE)に換算すると1%に相当するものと考えられ、これによって株主に対して資本コストを上回るリターンを確保できると考えられるためです。さらに、過去の配当実績を見てもらうと、配当性向35%を大きく上回るケースが多くなっていますが、一定程度額以上の配当を続けることで安定した株主へのリターンと内部留保から供出により長期的な最適資本構成化も進めています。
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