補充原則1−2.D |
信託銀行の名義で株式を保有する機関投資家が、株主総会において、信託銀行に代わって自ら議決権の行使等を行うことをうらかじめ希望する場合に対応するため、上場会社は、信託銀行等と協議しつつ検討を行うべきである。
〔形式的説明〕 @問題の所在 例えば海外の機関投資家が日本の有価証券に投資をする場合に、購入した有価証券を輸送して本国で保管することは、輸送の費用・日数や保険に関する問題や外為法により規制があるので、日本の信託銀行や都市銀行などのカストディアンと呼ばれる有価証券の管理を代理で行なう機関を利用するのが一般的です。この場合、カストディアンは、有価証券の保管業務に付随して、取引の決済、配当金・元利金の受領、議決権の行使、コーポレートアクションの報告などの事務を機関投資家に代わって行ないます。とくに、信託銀行がカストディアンとなる場合には、機関投資家との間の信託契約に基づいて管理を行ないます。このときの機関投資家は「実質株主」と呼ばれます。というのも、実際にお金を払って株式を購入する指示をしたのが機関投資家であるためです。しかし、株式市場では信託銀行が代行して株式を購入することになるため株主名簿上の名義は信託銀行となります。 これを、株式の発行会社である企業から見ると、甚だ厄介なことになります。つまり、株主名簿に記載してある名義が実際の実質的な株主とは違うということになるわけです。しかし、企業は機関投資家とカストディアンである信託銀行との間の信託契約を知っているわけではありません。もし、機関投資家が実質株主であるから株主総会に出席して議決権を行使したいと申し出られても、発行会社では、自分の力では、その機関投資家を真実の株主かどうかを確認することができないのです。仮に、もし、機関投資家は株主だと主張しているのが虚偽であった場合、株主総会の決議に株主以外の人が参加していたことになり、その決議は無効とされてしまうおそれがあります。また、そうでなくても、株主総会に出席した他の株主から、その機関投資家は真実の株主なのかと問われた場合、会社は説明できなければなりません。 だから、この補充原則の内容が問題として考えられるのです。 ことは、各企業が自社のおかれた状況に即して、考えていかなければならないことなのです。 A形式的な規制 このように、実質株主という株主名簿にない名義の株主が、株主総会に出席して議決権を行使することを求めてきた場合、発行会社はどのように対処したらよいのか。これについて、法令では明確な規定はありません。会社法では、株主総会での決議に株主以外の部外者が参加していた場合、その決議は無効となるということだけです。 〔実務上の対策と個人的見解〕 @実務対応の類型 このような事態は、海外投資家による投資比率の多い会社の株主総会では、既に起こっている事態です。そのように既にある事例は幾つかの類型に分けることができます。 ・株主総会の出席を拒絶する 株主名簿に登録されていない以上は、株主として認めることは出来ないとする立場です。 この立場でも、株主として議決権行使は拒否するものの、決議に参加しない見学者として総会への入場は認めている企業もあります。 ・株主総会への出席を認める 株主総会への出席を認めるのでも、いくつかの類型があります。 ・信託銀行に確認をした上で、株主として認め株主総会への出席を認める ・実質株主としてではなく、信託銀行に委任状を作成してもらい代理出席として認める ・その他 以上が形式的に考えられる対処法ですが、実務上、限りなくグレーゾーンの方法ですが、カストディアンである信託銀行として出席してもらう、という方法もありえます。これは、実際のところ、株主総会の会場で出席しに来た人を信託銀行なのか機関投資家を真実判別することは、発行会社にはできないからです。 Aこの補充原則が求めていること この補充原則は、原則1−2が株主総会を企業と株主との対話(エンゲージメント)の場として、どのように生かしていくかということについて、企業の側で考えていくための具体的なものと言えます。そのため、基本的な方向性は、実質株主と企業との対話を、他の株主とのバランス(公平さ)や影響を考慮に入れつつ、企業に適した道を模索していこうというものであると思います。 実際に、実質株主が株主総会への出席を希望する場合には、事前に信託銀行を通して、その旨の申し出があることがほとんどです。その際に、そのカストディアンである信託銀行、また大多数の上場企業は株主名簿管理人を信託銀行に委託しているはずなので、株主名簿管理人とよく相談することを勧めているのが、この原則の求めているところです。 ただし、実質株主が存在しないか、かりに実質株主がいたとしても(株主名簿で信託銀行の株数を見れば推測できます)比率の低い会社であれば、このような事態が発生するおそれはないと思います。 しかし、そうでない企業であれば、上記のような事例を踏まえて、このような事態となった場合どうするかを会社の方針として決めて置くと、実際に事態に遭遇した場合に、あわてることがなくなります。また、決めた方針を明らかにして(開示)しておくことで、実質株主とのやりとりを効率化できるし、投資家の側でも開示されていれば、会社の方針が分かることになると思います。 B実質株主の出席を認める場合の実務対応 実質株主への方針を会社で決めたとしても、実際に株主総会への出席を求めてきた場合に、実務上、どのように対応すればよいか、実務レベルでは手続きが定まっていません。各社で方針に従って考えろということですが、問題点も多く、それについて、株式懇話会が「グローバルな機関投資家等の株主総会への出席に関するガイドライン」を公表しています。提出してもらう書類の書式といった細かなところまで考えられているので、参考にして、自社での対応マニュアルを作っておくのがよいと思います。 ※「グローバルな機関投資家等の株主総会への出席に関するガイドライン」について 2015年11月全国株懇連合会から実質株主の株主総会への出席への対応についてまとめたガイドラインが公表されました。詳しくはリンクで現物を読んでいただくのがよいのですが、ここでは概要を簡単に紹介しておきます。なお、実質株主の株主総会への出席に対する原則的な考え方は上で説明している通りなので、ここではガイドラインで紹介されている実務対応に限って紹介します。 実際のところ、実質株主が株主総会に出席する方法として次の4つについて実務対策が考えられます。 (1)実質株主が本人名義で1単元以上株主になって、実質株主として保有している株式の代理人として委任状を受けて議決権を代理行使する。 会社法や定款に則っているので、とくに手続き的な問題はなく、実際に、この方法で総会に出席している機関投資家も存在します。 この場合、株主は議決権行使書以外に委任状と本人であることを確認できる書類を提出してもらうことになりますが、実務上は事前提出して、当日の窓口の負担軽減を図るべきでしょう。その場合、事前提出の提出期限まで明らかにしておくことも考慮すべきです。 (2)会社側の合理的裁量に服した上で、株主総会の当日に総会を傍聴する。 株主総会への参加により、経営者の振舞いや姿勢といった非言語情報を得る、株主総会の状況を把握するということが出席の目的である場合に考えられる方法です。この場合、傍聴なので議決権行使はできず、総会の出席者としてカウントされません。 この場合は、会社側としては、いかなる場合に傍聴を認めるか等について、あらかじめ考え方等(入場資格の確認方法、傍聴を認める場合の傍聴場所、人数、外国人の場合の通訳同席の可否等、あらかじめ当日傍聴希望する旨の書面等の通知を要するとすることも考慮すべき)を整理しておいた方がいいでしょう。 (3)判例を踏まえた「特段の事情」を会社側に証明した上で、代理人として総会に出席する。 「代理行使を認めたとしても株主総会が撹乱され会社の利益が害されるおそれがなく、かえって、これを認めないと株主の議決権の機会を事実上奪うに等しく不当な結果をもたらす場合には、非株主を代理人とした議決権行使が認められる」として最高裁判例に基づくものです。この場合、認められる具体例としてあげられているのは、会社等の団体の職員、従業員を代理人とする場合、重病で入院中の個人株主の親族、未成年者の法定代理人、常任代理人などが「特段の事情」として認められるとしています。 これに対する会社側の対応としては、この「特段の事情」の要件を満たしているかの判定をすることになりますが、そのために適正かつ正確な手続を踏まなければなりません。原則として実質株主である機関投資家から一定の証明書(「グローバル機関投資家等による議決権代理行使に関する証明書」)を通じて把握することになります。会社側としては、常任代理人の背後の実質株主である機関投資家は把握できない存在であるため、実質株主に関する関連事情は常任代理人と実質株主との協力のもとに会社側に示してもらわなければなりません。必要な書類等はの背後関係によって変わってくることになるでしょう。だから、当日に予告もなく総会に来られても対応できないということになります。この場合は、議決権行使書は当然として、証明書の他に、委任状、本人であることを証明する書類の提出を求めます。 (4)会社側が定款の規定を変更して実質株主が代理人として出席できるようにする方法 定款の議決権代理行使の条文に第2項として次のような内容を加えます。「前項の規定にかかわらず、定款第○条に定める取締役会において定める株式取扱規程に従い、信託銀行等の名義で株式を保有し自己名義で保有していない機関投資家は、株主総会に出席して議決権を代理行使することができる」さらに、株主総会に代理出席できる機関投資家の範囲や総会出席に必要な要件・手続の詳細は株式取扱規程において定めます。 この場合の手続は(1)に準じることになります。
〔Explainの開示事例〕 ユシロ化学工業 当社は、株主総会における議決権は、株主名簿上に記載されている方が有しているものとしておりますので、信託銀行等の名義で株式を有する方の株主総会への出席や、議決権行使は認めておりません。今後は、実質株主の要望や信託銀行等の動向を注視しつつ、実質株主の議決権の行使等に関して必要に応じて信託銀行等と協議し検討してまいります。
関連するコード * 基本原則1. 補充原則1−2.B 補充原則1−2.C 原則5−1. |