2026年3月3日(火) 宇都宮美術館
宇都宮美術館は、以前にも興味深い企画展を何度も行っていたのを知っていた。とはいえ、距離的な点から、なかなか行けずにいた。しかし、勤めをリタイアした今、時間的な余裕はたっぷりあり、いい機会だから、これを機に出かけてみる気になった。東京西部から宇都宮まで行って帰ってくるのは、結構ハードで、朝早く家を出て、帰宅は夜中になった。疲れた。

東北新幹線で宇都宮駅に降りる。西口の改札を出て、階段(左図)を下りたところに5番のバス乗り場(右図)本程度。宇都宮美術館のホームページ、アクセスのところにバスの時刻表があるので、事前に調べておくのがよい。バス乗り場にバスの運行状況を示すディスプレイがある。この日は、かなり遅れていたので、40分近く待つようなので、タクシーにした。運転手に宇都宮美術館へと行先を下げると、あまり周知されていないようで、帝京大学の先と加えると、ああと分かってくれた。宇都宮駅から美術館まで20分程度、3,600円。美術館は静かな丘の上にある。環境はとてもいいと思う。私は、東京郊外の在住なので都内や近郊の神奈川県や埼玉県の美術館を訪れますが、それ以外の地域に出かけることは、なかなかありません。そういう地域の美術館に出かけるのは旅行のような感覚で、それぞれの地域の美術館にそれぞれの特色があって、楽しみにしています。そのときに、困るのが、東京の感覚で公共交通を前提にしてアクセスを考えると不便になるということです。東京のように電車やバス網が整備されていないところでは交通機関は自家用車がデフォルトになっているのでしょうから、美術館のアクセスも自家用車を前提にされている。この宇都宮美術館もそんな感じです。そこでは、不便とは考えずに、むしろ、日帰りのような急ぎではなく、一泊でもして、付近の温泉にでも寄ってのんびりしていくのがいい、ということでしょうか。今回は、帰りは、ちょうどバスに乗れたので、日帰りで帰ってきました。

宇都宮美術館(左図)は、東京の美術館では考えられないような広い敷地にあり、緑のなか、公園を散歩するような気分で、建物に向かいます。建物内(右図)もロビーは贅沢なほど広い。玄関を入って正面奥に受付があり、入場券を買うと、右手の長い廊下を、外の森の風景をゆっくり楽しみながら歩きます。これも、ゆったりとした贅沢な時間です。廊下の先が見えなくて不安になりますが、突き当りに展示室への受付があり、そこで入場券をチェックして、企画展示室に案内されます。
円形の広いホールを扇の要のようにして、ここへの道と二つの展示室が分岐しています。なんて贅沢な配置でしょうか。敷地のとれない東京では考えられません。展示室も天井が高い。
さて、北條正庸という人については、この展覧会ではじめて出会う人なので、よく知らない人です。その紹介を兼ねて主催者のあいさつを引用します。
“本展は故郷の宇都宮でたゆまぬ制作活動をつづけてきた画家北條正庸(1948〜)の大規模な個展です。作新学院高等部時代、地元の画家齋藤富蔵との出会いをきっかけに絵画の道を志します。進学した武蔵野美術大学では麻田鷹司や毛利武彦に日本画を学び、在学中から早くも新制作日本画展で入選を果たし頭角をあらわします。その後は1974年に結成された日本画団体「創画会」を中心に作品を発表していきます。1988年の第15回展で創画賞を初受賞し、1995年には同会会員に推挙されます。また長年にわたり多摩美術大学などで教鞭をとり、後進の指導にも尽力しました。
北條は「日本画」という伝統的な技法を軸に据えつつも、画風は時代を追うごとに自在に変化をみせています。あざやかな青を基調に静寂とした幻想風景、異国を想わせる街角で遊ぶ少女、異なる時空が描かれた無数の矩形など、さまざまな表現を展開しました。また、それらの画題には“風”という言葉がたびたび用いられており、どの時代においても鳥や空といった風を連想させるモチーフも多く登場します。
<目には見えず、たえず流れ移りゆきながらも、たしかに感じられるもの>
半世紀以上にわたる制作活動を通じてたえずこの画家の心を捉えていた“風”あるいはそのイメージとはいかなるものだったか?代表作と新作を含むおよそ100点の作品の展観によって迫ります。”
この文章によれば、北條は日本画家のカテゴリーに入ることになるのでしょうが、いわゆる花鳥風月とか美人画とは全く趣を異にする。むしろ西洋絵画の幻想絵画とか抽象画のような作品です。作風はまったく異なりますが、有元利夫や吉岡正人の作品に触れたときのような静かで詩的な印象を受けました。
なお、美術館のロビーの奥で、おそらく北條本人が座っていたと思います。気がついた時には、帰りのバスの時間が迫っていたので、あわてて美術館を後にしました。あの時、勇気を出して、声をかけてみればよかった、と後悔しています。
それでは、個別の作品の印象を述べていきたいと思います。
会場1
飛翔するイメージ 1970〜1987
会場1では、彩色された絵画作品。いわばメイン作品の展示です。まずは美大生のころから具象的なイメージを発展させていった時期の作品です。空と海を思わせる青が瑞々しい初期の作品たち、また少女らが遊ぶ姿を描く「アンリエットの回想」と名付けられた一連の作品が印象的です。
「遥夏」は1970年の作品。とにかく、この作品は“青”です。ここで展示されている1970年の作品は作品タイトルに「夏」がつけられていますが、すべて“青”が鮮烈です。画面全体が鮮やかな青に占められている。それがただ一様に塗られているのではなく、何本もの水平な線によって層がかたちづくられてグラデーションがつけられています。それに直交する垂直な線で樹木が描かれている。その樹木の緑が水平の空の青と対立するでもなく、融け合うでもない関係。水平と垂直の交点から斜めに白が、雲でしょうか波打つように流れていく。その波型は、実は垂直に立つ樹木から扇形に広がる葉の葉脈にも同じように波型が流れている。このような層が重なり、交わり、反復する。それらは、おそらく前景に出ているようで、画面の多くを占める青を鮮やかにするためアクセントして機能しているように思える。要は、爽快な青をいかにして表現するか、という作品ではないか思います。この樹木は、日本画の樹木の描き方というよりは図案化されていて記号のような印象です。とはいっても幾何学的な図形のような冷たい印象ではない。あえて手作り的な肌触りを残していて、粗いというか、それがヨーロッパ中世のイコンのような感じを想わせるのです。私が、この人の作品を、有元利夫や吉岡正人にちかいものと感じさせるのは、まず、そういうところからです。
「碧い夏」は1972年の作品。これも鮮やかな青の作品です。この青の重層的で、さまざまな青が明確に塗り分けられている。滲んだりすることはなく、薄い青、濃い青の区分が明確で、色の境目がはっきりしている。それって、日本画の絵具というよりは、キャンバスに油絵の具を塗ったかのよう。ただし、この青の爽やかな鮮やかさは油絵の具では出せないかもしれない。しかも、滲んだりすることのない、純粋な青の絵具(顔料)の輝きみたいなもの。この作品では、その色の鮮やかさは青以外にも、右下の揺れるレースのカーテンの白にも言えます。この斜めの波が、その先の白っぽい青、これは雲なのかに及び、水平の層に動きを生み出している。また、このカーテンがあることで、この画面は窓から外を眺めたかのようなイメージとして捉えることもできるようになる。画面に目を向けると、下部の真ん中には垂直の線の樹木が1本。しかし、上部には、青空の下の海原の風景が窓から覗いたように切り取られて配されている。これは、ルネ・マグリットの「大家族」で海岸の風景に鳥の形で空の描写を貼り付けたを思い出す。そして、その上に緑色のリンゴが浮いている。これらは、画家自身がマグリットの異次元の空間に魅了されていたと語ったと説明されていましたが、マグリット的なのでしょう。とはいえ、この作品からはシュルレアリスムの異化という手法とは違うものを感じます。あんまり違和感を起こさせないからです。構成は図式的なところがあるけれど、けっして図式的には感じられない。それを壊すもの、例えば、この作品では、構図はシンメトリーになっていますが、右下のカーテンが、それを壊している。そういう破綻を内包している。不思議ではあっても、マグリットのような意図的なギミックの感じはないのです。
「白い風」は1973年の作品。これも、マグリット的な作品と言えると思います。画面の下の4分の1が水平線で区切られた雲が湧く緑の山。その上は緑のアーチに囲まれた雲が湧く青空。その空の中にはギリシア風の神殿が浮かび、ギリシア風の彫像(翼のないサモトラケのニケ?)が浮かんでいる。神殿より彫像の方が大きくて、また相互に遠近感はない。それゆえ、その上部は空間としてのパースペクティブがなく平面的。神殿、彫像、山、緑の葉のイメージが並列している。その中で、白いギリシア風のイメージには凹凸がある。例えば、神殿の大理石の柱の縦の線や彫像の着用している衣裳のシワの部分は絵の具を積み上げて盛り上がっている。そこは、それ以外の部分が透明な白であるのに対して、絵の具を積み上げているだけにしっかりとした白で、おまけに積み上げたゆえに影を作っている。それは、質感というよりは白の色の変化を作り出している。そうした透明である一方で重量感のある白は、ほかの雲の白とは異質だ。そして、大雑把にいえば、青と緑と白の色面で構成されているというところもある。そそこで、幻想的なイメージは、白と青と緑の色彩から作られている。
「悲しい記憶」は1976年の作品、画面が四角形ごとに分割され、その四角形によって全体が構成されています。画面の下3分の1の部分を占めるのは白い幹で緑の葉を茂らせた樹木が青空をバックに下から見上げるように描かれています。その上、画面の中央には正方形で青空を大きくとって、同じ樹木の葉の茂った部分が上から描かれています。その正方形の背後の余白には、青空なのですが、樹木が反転してシルエットのように描かれています。そして、正方形の上、画面上部は台形、それは正方形を下から斜めに見上げると遠くの側が広がって見える形ですが、その台形いっぱいに茂っている緑の葉の部分が描かれています。つまり、樹木を様々な角度から描いた四角形を一つの画面のなかに上中下と並べて配置している。そこで、みられる空の青と繁茂する葉の緑のレイアウトの多層的、多面的な世界が形づくられています。まるで万華鏡をのぞくような感覚。しかし、その均衡をぶち破るかのように白い鳥が白い軌跡を残しながら墜落してきます。墜落しているのか、同じ白の樹木の幹と連動しているのか、何とも言えませんが、分割された四角形の境界を超えて落ちてきます。それが、何か意味ありげです。ただ、ここでは“意味ありげ”なものとして見ています。それよりも、四角形で分割されているのをぶち破ることで、均衡を壊している白が、逆に青と緑に動きを生ませている。そのように見えました。今まで、マグリット的な作品を何点か見てきました
が、この作品では、マグリットには見られないダイナミックな動き、あらかじめデザインされたものをぶち破るような動きで起こっているということで、マグリットから離れた。そんな印象です。
「アンリエットの回想─楽に寄す」は1979年の作品。北条は自身の子供の誕生をきっかけに人物を描きはじめ、幼い我が子の姿を参照した少女が描かれた一連の作品の多くに「アンリエットの回想」と名づけたということ。アンリエットというのは、立原道造が軽井沢の追分で出会った実在の人物(鮎子)との出会いと別れを描いた散文詩的物語『鮎子の歌』のヒロインの呼称から採られたと説明されていました。これまで、画面が多層的ふるいは多面的に分割・構成されていたのが、単体の画面になりました。しかし、現実のリアルな空間とは違う、意図的に作られた空間です。その中央に赤い帽子、白いブラウス、赤いロングスカートの女性(少女)が椅子に座っています。これまでの作品にはなかった赤が印象的です。この女性には表情とか生き生きとしたところがなく、人形か彫像のようです。どこか、ポール・デルヴォーの作品に出てくるような彫像のような女性を想わせます。
「アンリエットの回想─春風」は1981年の作品。ヨーロッパ風の街の風景をバックにした横向きの少女が描かれています。この後、少女を描いた作品が何点も出てきますが、その少女を描く角度は決まっていて、横か斜め正面しかありません。背景のヨーロッパ風の風景は一応写実風に描かれているのに対して、少女は平面的で、立体感というか陰影がなくて、全体にメルヘンチックというか絵本のような印象です。右手の親指1本で地球と思しき球体を支えているのが“意味ありげ”です。

「アンリエットの回想─微風の中に」(右側)は1982年の作品。この左の縄跳びをしている少女は、有元利夫の「私にとってのピエロ・デ・ラ・フランチェスカ」の連作の中の一点の縄跳びをしている人の姿を洗練させたような印象です。この辺りからも、私の個人的印象で有元に近い感じを受けます。右側で縄を握っている横向きの少女も人形か彫像みたいに表情はなく、二人の少女は静止して宙に浮いているような感じです。それだけ静かでもあります。そして、二人がいる地面は、四角形グレーの組み合わせでグラデーションがつくられていて、前の作品の四角形で画面が構成されていたものの部分的な現われでしょうか。これに対して、少女たちはベタ塗りで四角形からは超越している。それが宙に浮いている印象となるのでしょうか。
「夏の少女達」(左側)は1985年の作品です。遠景はフィレンツェの風景です。踊っている少女の頭の左に見えるのはサンタマリアデルフィオーレ大聖堂のドームでしょう。その街の赤い屋根と白い壁の風景があって、前景は「アンリエットの回想─微風の中に」の地面と同じ、石畳を思わせる四角いグレーで構成された場面です。遠景が中世からルネサンスの世界で、少女たちのいる前景が現代の世界という二つの世界が並存している。それとも、どちらでもないイメージの世界か。二人の少女は、それぞれに関わり合うことなく、それぞれに画面にいる。このような謎めいたところは、中世の風景をバックにしているところなども、有元利夫であり、吉岡正人の作品に通じる所です。
「風の旅」は1986年の作品。展覧会チラシやポスターで使用されている作品です。画面は左右に分割されて、右半分はフィレンツェの風景。定規で測ったように図面のような遠近法で街並みが描かれています。どっちかというと写生的です。右半分は、少女が空を飛んでいます。こちらはメルヘンチック。この空に浮かぶ人というのは、例えば有元利夫の「重奏」もそうですが、幻想的なイメージです。
いくつかの世界で 1988〜1999
1988年に北條は作風を一変させ、具象画の制約を捨てて、イメージのまま描くようになったといいます。また、陶芸との出会いから陶磁器で用いられるカリオンを顔料として使ったといいます。また1990年から1年間イタリアで暮らした。そういう時期の作品です。
「風景との会話」は1989年の作品。今まで、青が印象的な作品が多かったのが、ここで色調がガラッと変わりました。茶色が目立つ。それだけで作品の印象が大きく変わります。説明では具象画に制約を感じていたとのことでしたが、これって具象的な作品ですよね。さまざまなイメージがコラージュ風に並べられている。それぞれの単体は単純化され、パターン化されています。でも、以前の作品でも、それほど単純化されてはいませんでしたが、樹木はパターン化されていたし、少女だって個性ある人物というより少女のパターンをつくる傾向があった。あえていえば、この作品では、それぞれをアトランダムに並べているというか、画面を構成することをやめたということのようです。ところで、画面左にある八角形の建物は吉岡正人の作品によく登場する建物とそっくりだし、画面右のスカートをはいた人物のシルエットのような姿は有元利夫の描く中世風の人物そっくりです。
「雲いづる」も1989年の作品。「風景との会話」と同じような傾向の作品です。画面中央を占めている白黒の楕円形の物体は雲でしょうか。単純化は風景の描写まで進んでいます。単純化というより戯画化といった方がいいかもしれません。ちょっとしたギミックの感じがして、デ・キリコの形而上絵画を想起させるところがあると思います。見ていて、何か意味ありげに考えてしまいそうな雰囲気があります。
「鳥が飛んだ日」は1993年の作品。これも同じ傾向の作品です。この人はベーシックなところで、画面を水平な層だったり四角形だっ
たりと分割して組み合わせる傾向があるようですが、このコラージュ的な画面つくりでも、たり、不規則な図形だったり一つの区画を設定し、それを色面にして、その中に何かのイメージを入れて、その区画を画面で並べています。この作品では、その区画相互の色の配置が、以前の似た傾向の色並べていたのに比べて対抗的な配置が加わって、それで画面の印象がかなり変わってきました。そして、それぞれの区画の中のそれぞれのイメージが、より単純化されて記号に近いところまできています。右上端のイメージは記号化がすすみ線描の抽象のように見えます。それゆえ、抽象というと難解な感じがしますが、ここではそういう感じが全くありません。どちらかというとユーモラスな滑稽さの方がまさっています。
ここでまた、作風が大きく変わります。抽象画と言っていいでしょうが作品名不詳の人物画、1996年の作です。この作品には画面の分割がありません。そこに何か並々ならぬものを感じます。この作品ではキャンバスの下地で、そこに黒の線で幾何学的な図形のようなものが描かれています。幾何学的な図形のような抽象はピート・モンドリアンっぽいか(赤い円と小さな黄色な円などはモンドリアン的)、というより、この線が明確でなく下地にとけこんでいるようなのはパウロ・クレーの感覚に近いかもしれない。そう、モンドリアンの抽象の冷たさというか、張りつめたような緊張感が、この作品には感じられない。むしろ、ぼんやりとした静けさでしょうか。そもそも、線で描かれているイメージは、これまで見てきた作品で繰り返し用いられていたものを単純化→記号化→抽象化したもので、馴染みのあるものです。それがグラデーションのある深みのあるグレーの地に溶け込みながら黒い線で表わされている。変な譬えですが、古い昔の建築物の古びた壁のくすんで見辛くなった古代の壁画といったらいいでしょうか。
「風を待つ少年」は1995年の作品。抽象画である人物画の以前の作品です。この作品は、「鳥の飛んだ日」のイメージの単純化が抽象化とは違う方向に行ったと言える作品です。この作品で用いられているイメージは、鳥であり、人であり、塔のような建物であり、こけまでの作品で繰り返し用いられてきたものです。それらは単純化されパターン化されてきました。この作品でも、その例に洩れていません。しかし、この作品ではこれらは、形態こそ単純化されていますが、形態の内部には模様のようなものが描かれています。つまり、今まで分割された面のなかにあったイメージが、それ自体で面となり、その中に別の何かがイメージとしてある。そういう可能性が見える。層が並んでいるのではなく、層の中に層がある重層的な画面の可能性がある。そうすると、イメージが広がるのとは逆に内側に向かっていく。
めぐりあい 2000〜
2000年当時、自身の作風にマンネリを感じはじめていた北條は物事を把握することの基礎に立ち返るべく、作画の最初に水平と垂直の線を画面に引くというルーティンを徹底しました。時間をかけてグリッドな画面を構成していくなかで頭に浮かんだイメージを素直に造形として表現した結果、家、木、ハートなど記号ともいえるようなかたちが繰り返し作品に現れたということです。そして、2010年代中頃、画風はふたたび具象に転じ、若い頃から足繁く訪れた瀬戸内海の風景のなかに少女、鳥、海景など愛着深いモチーフの数々が、丹念な筆致でモンタージュされた作品群は、人生の来し方と行く末を確かに見据えた、画家の到達点といえるものと説明されています。
「アトリエの日々」は2000年の作品。また、作風の大きな転換です。上の説明にあるように水平と垂直の線を何本も引いて画面にマス目をつくり、そこに色々なイメージを入れていく。モンドリアンの「ブロードウェイ・ブギウギ」を想わせます。しかし、モンドリアンのような幾何学的な整った印象あるいは冷たさは、この作品には感じられません。マス目が引かれていても、その境界線をまたいで同じ色が塗られていたり、イメージがマス目を貫いていたりしています。マス目のなかにさらにマス目が引かれていたりしています。あるいは、画面には布やブリキ板が貼られたりして、画面が整理されているというより、むしろ無秩序といった方がいい。これまでの作品で馴染みの、さまざまなイメージが無秩序に画面上に描かれていたり、その形が貼り付けられたりしています。それなのにカオス的な混乱とはなっていないで、画面上は静かな印象です。この静けさは、この人の作品に共通していると思いますが、モンドリアンなどの抽象画は画家の精神とか感情といった内面を表現しようとしますが、北條の場合はそうではなく、あくまで存在するものを視覚的イメージとして描いたものを単純化していった結果こうなったということのゆえだろうと思います。パッチワークのキルトみたいだ。
「ローマの日々」は2007年の作品で、「アトリエの日々」のような作品から、マス目を取り払ったらこうなった、というような作品。しかし、この作品は、さまざまな白が、それぞのイメージに塗り分けられ、最初に展示されていた諸作が青の鮮やかさなら、これは白の深さが印象的。さまざまな視覚的イメージが単純化されていますが、そその単純化された形が、親しみ易い印象でそれらの形は、洗練されている一方で素朴なユーモアすら感じられます。この人の具象を脱したという作品が難解じみた取っ付きにくさがなくて、親しみやすいのは、そういうところに理由があるのかもしれません。
「予感−まぶしい風が来る」は2016年の作品。野原に寝そべる子供を上から見下ろす視点で描いた作品です。これまでのパッチワークのような作品から大きく変わって、一つの場面をそのまま描いているように見えます。具象に転じたというのは、こういうことでしょう。寝そべる子供を描くアングルはこれまで見られなかったし、いままでのパターン化されていたものとは正反対のリアルな方向です。明らかな画面分割が見られなくなり、この画面を見ていると物語的な想像が湧いてくるようです。この作品は、散文的で、どちらかというと詩的な北條の作品の中で異質な感じがします。
「岬への道」は2019年の作品。これまでの作品の形の単純化、記号化の方向とは反対の描き込む表し方に変わっています。現代の日本の日常的な光景を描いているように見えます。これが具象に戻ったということでしょうか。画面右下の青い服を着た少女は1985年の「夏の少女たち」の左側の踊る少女と同じポーズであり、1986年の「風の旅」の宙を飛ぶ少女とよく似たイメージです。比べてみると、たしかに描き方は変化していると思いますが、リアルな写実というよりイメージをふくらませてメルヘンチックになるという基本的なところは変わっていないように見えます。画
面のつくりについても、これまでの作品のようにマス目だったり四角形だったり水平な線によって画面を分割するのではなく、もっとフレキシブルに分割しています。つまり、右下の林をバックにして青い服を着た少女が躍るようなポーズをとっているところ、樹木の下で犬を連れた3人の人物が近づいてくる自動車に手を振っている場面、海岸でヨットが行き交っている場面、そしてそれらの場面に挟まって道を歩いている人影、という面がそれぞれ不定形で画面に並んでいます。それらの面の相互の関係はよく分からない。強いて言えば、それぞれの面の青と緑が印象的であるということくらい。それらから感じられる視覚的なムード、雰囲気が画面の印象をつくっている。これは、これまで見てきた、初期からのこの画家の作品に共通しているものです。その点で、何度も繰り返しますが、私には有元利夫に通じるところがあると思います。
会場2
展示室がかわり、ここでは版画やスケッチ、小品、そして再現されたアトリエ等が展示され、最後に最新作の大作が展示されていました。
版画作品は、ドライポイントやアクアチントといったいわば銅版画でしょうか、全般的に絵画作品にたいして小さな画面の作品です。そのため絵画作品のような複雑な画面構成にはならず、絵画作品では部分を構成する面を単独で作品としているようなところがあります。おそらく、北條が制約と感じた具象からは当初から解放されているといえるのではないか。また、版画は白黒の世界なので色彩は制約されます。そのため、ここ見られた作品は、形だけで勝負しているようなところがあり、この人が本来持っている単純化した形の魅力を絵画作品よりもストレートに味わうことができました。それは、たとえば「颱風に寄す」と会場1に展示されていた「風を待つ日々」が同じシチュエィションであるのに、全く印象が異なることからも分かります。
最後は、この展覧会のために新たに制作された大作のインスタレイションが展示されていました。墨絵風のモノクロームの大作で、これまでの作風とは大きく異なる作品でした。これから作風が変化していくのでしょうか、そんな予感を誘う作品でした。
企画展のチケットで常設展も見ることができました。ちょうど「装飾と分離のあわい─ウィン分離派の時代」というのをやっていてクリムトのポスターやムンクやカンディンスキーのリトグラフを見ることができました。その他にマグリットの「大家族」そのほか日本の現代作家の面白い作品を何点か見ました。例えば薄久保友司の「春暁仰花図」白い花は辛夷の花、その下にいる鳥は烏骨鶏だそうです。離れて見ると辛夷の木や花が飛び出してくるような立体感をもって迫ってきます。しかし、近寄って見ると意外と薄い塗りなのに驚きます。
館内は広く、とくに廊下が長くなっていて、それはガラスの窓を大きくとってあって外の景色を眺めてみてもらうためだと思いますが、結構疲れました。もう少しゆっくりしていてもよかったのですが、少ない本数のバスの時間が迫っていたので、そそくさと帰りました。