1.IRの定義
(3)実際にIRとはどのようなことを行うのか
 

 

@ IRとは実際に何をするのか

最初のIRの定義の所でも触れた全米PR協会(NRI)による最新のIR定義では、「IRは、企業の証券が公正な企業評価を受けることを最終目標とするものであり、企業と金融コミュニティやその他のステークホルダーとの間に最も効果的な双方向コミュニケーションを実現するため、財務活動やコミュニケーション、マーケティング、そして証券関係法の下でのコンプライアンス活動を統合した、戦略的な経営責務である。」と述べられています。ここでは、議論の足掛かりとして、この内容の吟味から始めます。

IR=INVESTOR RELATIONSという言葉そのものの意味は、直訳すれば投資家との関係ということになります。一般的な常識から言えば、関係をつくるとか、関係を保つという場合には、一方的ではなく双方向でのコミュニケーションを前提としていると言っていいでしょう。上記の定義でも双方向コミュニケーションを目的としていると言っています。このことを念頭に置いて、何をするかというと定義では“財務活動やコミュニケーション、マーケティング、そして証券関係法の下でのコンプライアンス活動を統合した、戦略的な経営責務である”と述べられています。つまり、資金調達その他の財務活動、ステークホルダーとのコミュニケーション、営業活動、そして企業活動のコントロールを統合する戦略的なものだと言っているのです。これはよく見れば企業経営と重なって見えるのではないでしょうか。つまり、この定義では言外にIRというのは経営者が行うべきことだという考えがあると思われるのです。IR担当部署はそのような位置づけで、経営者の指示に従い、その手足となってサポートするということになるでしょうか。その点で、日本のIRについて広く言われている「投資家向け広報」というのは誤りで、実はこの一部を言表しているに過ぎません。

ただし、この定義によれば目的が限定されていることになります。つまり、市場の評価をされてステークホルダーとのコミュニケーションという目的です。そこで、実際にIRとして、具体的に行うことが限定されてくることになります。

その時に参考として、日本IR協議会の次の定義が参考になってきます。

「IR(インベスター・リレーションズ)とは、企業が株主や投資家に対し、投資判断に必要な企業情報を、適時、公平、継続して提供する活動のことをいいます。企業はIR活動によって資本市場で適切な評価を受け、資金調達などの戦略につなげることができます。株主・投資家も、情報を効率よく集めることができるようになります。

投資判断に必要な情報といえば、開示が義務づけられている有価証券報告書など、制度的開示(ディスクロージャー)があげられますが、IRは制度的開示にとどまらず、企業が自主的に行なう情報提供活動を指します。インターネットなど時代に即した新しいIR活動も活発です。

制度的開示に対し、IRは企業の取り組み方次第で結果が大きく違います。IRによって信用を高める企業がある一方、信用を失って株価を下げる企業も少なくありません。

ただし投資家やアナリストの信頼を得るにはルールがあります。IRは基本ルールを守った上で独自の戦略を求められる活動だといえるでしょう。」

この定義は一方的なコミュニケーションしか考えられていませんが、そのひとつの方向についてはまとまっていると思います。

では、これらの参考を基に、IRとして行うことをまとめると次のようなことが言えます。

@)株主を含む投資家に対し投資判断に必な企業情報を、適時、公平、継続して提供すること

この手段として、制度的開示(ディスクロジャー)と自主的な情報提供活動に分けられます。制度的開示は上場企業が法規や上場している取引場の規則により開示が義務付けられているもののことを言います。たとえば、金融商品取引法に基づく有価証券報告書や臨時報告書、有価証券届出書などの法定の届出書、決算短信などの取引所の規則に基づく適時開示、会社法に基づく株主に対する事業報告等が代表的なものです。

これに対して企業の自主的な情報提供活動として代表的なものは、アナリストや投資家を対象とした決算説明会や決算発表時のマスコミ向け記者会見、企業ホームページの作成などがあります。

A)投資家や市場とのコミュニケーションを図り、情報収集、チッェク機能

従来のIRでは等閑にされていた部分と言える。IRが双方向のコミュニケーションを目的とする以上、一方的な情報提供だけにとどまらず、相手からの問いかけに答え、意見を聞くという方向が求められていると言えます。企業に投資した者は、お金を出しただけで黙っているということはあり得ないことです。身銭を切って出資したわけですから、リターンを得るために最大限の努力をするのは当然です。無謀な経営がされれば、それを是正あるいは阻止して出資した財産を守ろうとするはずです。だから、経営者としても出資者と良好な関係をつくることは必要なことなのです。そこで、その窓口となるのがIRの業務です。

具体的には、そのための制度とはイベントのようなものに限らず、投資家とのミーティング、日々の取材や電話などでの問い合わせ、決算説明会での質疑応答、あるいはアナリストが作成する企業レポートなどがその場となります。実際にIR担当者は、それらの場で得た有益な意見や情報を適時に経営者に伝えことが求められています。実際の実務の場では、経営者にとって耳の痛い情報も入って来るでしょうが、このことは企業の事業戦略上から有益な情報を得ることができたり、企業戦略の偏りを異なる視点から指摘されたりとか、取締役の独断専行に異議を唱えたりなど、@)の行為よりも速効性の高いものだと思います。

しかし、@)と違ってノウハウが定型的に確立しているわけではないので、各企業の担当者の熱意と経験と工夫に任されているのが日本の現状ではないと思います。これは大変残念なことです。 

A実際に企業がIRとして実施していること

では、具体的に、企業がIRとして実際に行っていることについて説明していきたいと思います。

@)決算説明会

IRのイベントとしては代表的なものです。企業は事業年度という期間を区切って期間損益を確定します。いわゆる決算です。これが一般的に企業の業績を量る尺度となっています。決算説明会は、このような決算の結果を公表したあと、その内容や、今説明した業績を量る尺度となっていることから事業の経過や結果を詳しく説明するのが決算説明会です。現在の上場企業は四半期決算として3ヶ月ごとに決算を行っています。それに合わせて3ヶ月ごとに決算説明会を実施する企業があります。この他に、半年ごとに説明会を実施する企業もあれば、1年ごとに行う企業もあります。どのような頻度で説明会を実施するかは、業種により企業により、その特性に合った頻度を選択しています。

また、説明会を誰に向けて実施するかというと、一般的には証券アナリスト(セルサイド・アナリスト)や機関投資家のアナリスト(バイサイド・アナリスト)やファンドマネジャー、あるいはマスコミ向けに行っている企業が多いようです。しかし、実際の説明会には、これ以外の人々の出席も多いようです。これ以外の人とは、どういう人かというと、多くは金融機関や証券会社の営業担当者です。担当している顧客企業の理解のために出席するという営業担当者も中に入るようですが、彼らの多くは、説明会には社長や幹部が出席するので、日頃話す機会が少ないこのような人々と話すチャンスを捉えるために来ているケースがほとんどです。そのため、説明会の最中はひどい場合には居眠りをしていますが、説明会が終わると社長のもとに駆け寄り名刺を交換し話をしようとする人々です。それだけで留まっていればいいのですが、もっとひどいケースは説明会の質疑応答の際に、自分の存在をアピールするために見当はずれの質問をして説明会の雰囲気を白けさせてしまう、一種の妨害行為をするケースもあります。このような人が出席者の大半を占める説明会とアナリストやファンドマネージャーが多く出席する説明会とでは、明らかに雰囲気が違います。

決算説明会では、多くの企業は決算の内容と事業の業績の説明をし、その実績をもとに今後の事業をどうするかの説明を行っています。時期や企業によっては、これに加えて中長期的な経営の方向性の説明も加えることもあります。このような内容をパワーポイントで作成したプレゼンテイション資料をプリントして出席者に配布し、説明会ではスライド映写して社長がプレゼンを行うというパターンが一般的です。

アナリストやファンドマネージャーは市場のプロです。企業の決算数字を調べるだけなら公表された決算短信を見れば分かります。決算短信には簡単な業績の説明まで書かれていますから、大体のことは決算短信を読めば分かるようになっています。だから、彼らがわざわざ時間をつくって会場まで足を運び企業の説明を聞くということは、決算短信に書かれていること以上のことを知りたいという目的があるからです。また、深く知りたいと思わせる魅力を企業に感じているからとも言えます。そもそも、彼らは何のために説明会に来るのでしょうか。決算短信にかれている以上の情報を得るためですが、何のために情報を求めるのでしょうか。それは、ファンドマネージャーであれば企業に投資するかどうかを判断するためですし、アナリストならば投資家に向けて企業の推奨レポートを書くためです。ファンドマネージャーは投資をして利益を出さなくてはならないし、アナリストは投資家にいい企業を推奨して儲けさせることが成績となるのです。そのためには可能性のある良い企業を探し出さなくてはなりません。そこで各企業の説明会に出席し情報を求めているわけです。

これに対して、企業からは一般的に決算数値の原因の説明、たいていは売上高や利益が増減した原因を説明しています。売上が増減した原因には経済環境を企業が顧客としている市場の状況、同じ市場において競争しているライバル企業との力関係、その企業がどのような戦略や施策をとってそれがどの程度成功又は失敗したか、その原因は何かというようなことです。そして、企業がこれからどのように展開していくかということは、アナリストが実際に次の事業年度にその企業の売上高や利益が今年度に比べてどのくらいのところになるかという大雑把な数値を予測できる程度の基礎情報、今期の実績の原因を説明したのと同じような内容の説明をしていると思います。企業の側としては事業において競争しているライバル企業に知られては競争が不利になる情報は出せないのですが、たいていは次期の展望のための情報に、そのような情報が含まれています。だから、ギリギリのところで出せる情報を説明することになります。この場合、企業の内部で情報をどこまで出せるかは立場によって認識に開きがあるので例えば新製品の情報を出すか出さないかで、往々にしてIR担当と営業部で対立が起こったりしてIR担当者は社内対応に苦慮することになるケースが多いと言われています。

また、企業は人なり、とよく言われます。企業の経営者である社長の考えや能力が企業の業績を左右する大きな要因となっているため、説明会で社長が実際に今後の経営方針を自分の言葉で説明するのを見て、聞くことによって、社長が、どの程度強い意志をもって当たっているかというニュアンスが分かることをもとめて説明会に出席するアナリストも多くいます。

企業の側では、これらのような出席者のニーズに応え、最終的には投資をしてもらったり、推奨レポートを書いてもらうことを目的として説明を行う、というのが正統的な目的です。この目的を果たすために、各企業は説明会についていろいろな工夫をしています。例えば、説明会の配布資料に補助資料を添付したり、製品を説明会場に持ち込んでデモンストレーションを行ったり。説明においても画像や動画を活用したりです。

一方、説明会というのは、企業が株式市場からの情報を得る場でもありえます。例えば、説明会の後に質疑応答を行いますが、ここで質問され、やり取りされる事項の中に、市場が企業をどう見ているかが反映されています。また、時折質問の中に意見が挿入されることもあり、そこに貴重な情報が含まれていることもあります。



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