IRとは何かと、今さらながらに問いかけ定義をするということは、普通に仕事をやっている人では考えないと思います。だいたい、今、自分が行っている仕事の定義を考えるなどということは、異動か何かで初めて担当して未だ自分が何をするのか分らない場合や、仕事上で大きな挫折に遭うなどして自分の仕事に疑問を持ってしまった場合のような、切羽詰まった時以外には、考えられないのではないか。どちらかというと、後ろ向きのケースが多いと思う。実際に、「IRとは何か」とか「IRの定義」というようなキーワードで検索して、このページに辿り着いた人には、そういう人がいるのではないか。そこで、最初に断わっておきます。残念ですが、そういう人の援けになるようなことは、ここには書いてありません。但し、切羽詰まった人が、それを機に自らの仕事を一から見直し、改めて再構築しようという方にとっては、一抹の参考となるかもしれません。これから、話を進めるのは、これをやっていればIRの業務は大丈夫ということではなくて、ここからスタートするという出発点です。スタート地点はもこれから、お話ししますが、スタートしてしまったら、自分で考えるしかないんです。
@ NRI(全米IR協会)によるIRの定義
IRとは何かという定義をまずしておきたいと思います。これは理論的な厳密さを追求するためというものではなく、というのも、ここで進めようとしている論考は実際の企業現場での実践を基にしたもので、論考の展開も今後の実践に資することを目的としているものだからです。つまり、ここで先ずIRの定義をしておきたいと思うのは、これから実践を前提とした議論のために必要だからです。そういう意味で、最初のところで厳格な定義を確定させ、そこから理論的考察を厳密に展開させていこうというこは考えていません。だから、定義としては、ここで大雑把な水準で決めておいて、議論を進めていくプロセスの中で、常に振り返り、かつ検証し、ときには定義を見直すこともあると思います。おそらく、実際の実践の場ではむ、そのようなプロセスが常に行われなくてはならないと考えます。そのためには、とにかく定義が必要なのだ。それとともに、実践の場において言葉であらかじめ決めておくことは、どうしても必要と言える。それについては次節以降で、あらためて検討していきたいと思います。
では、ここでIRとは何かということに、とりあえずのところで定義を与えましょう。といっても、私自身ではIRを独力で定義する力はないので、とりあえずは権威の力を借りることにします。
米国IR協会(NIR)によるIRの定義は、米国に限らず、企業のIR担当者はもちろん、IR支援業者や投資家など市場関係者のよりどころになっているという人もいる。(米山徹幸「21世紀の企業情報開示」より)私も、いい定義であると思います。そこで、それを使って、ここでの定義として、まずは議論を進めます。NRIは、これまでに3度にわたってIRを定義しているようです。ここで、その3通りの定義を以下に提示します。
「IRは、企業の財務機能とコミュニケーション機能とを結合して行われる戦略的かつ全社的なマーケティング活動であり、投資家に対して企業の業績やその将来性に関する正確な姿を提供するものである。そして、その活動は、究極的に企業の資本コストを下げる効果を持つ。」(1988年定義)
「IRは、企業の相対的価値を極大化することを最終目標とするもので、財務面を中心として支援者に対して発信される企業情報の内容やフローを管理し、企業の財務機能、コミュニケーション機能、およびマーケティング機能を活用する、戦略的な経営債務である。」(2001年定義)
「IRは、企業の証券が公正な企業評価を受けることを最終目標とするものであり、企業と金融コミュニティやその他のステークホルダーとの間に最も効果的な双方向コミュニケーションを実現するため、財務活動やコミュニケーション、マーケティング、そして証券関係法の下でのコンプライアンス活動を統合した、戦略的な経営責務である。」(2003年定義)
これらの定義が2回にわたって変更された点も含めてポイントとしては、次のことがあげられます。
・1988年定義では“企業の財務機能とコミュニケーション機能とを結合して行われる戦略的かつ全社的なマーケティング活動”から2001年定義では“企業の財務機能、コミュニケーション機能、およびマーケティング機能を活用する、戦略的な経営債務である”になり、2003年定義ではと変遷している。そのメインの内容は、IR活動というものが企業にとって主要な企業活動であるということ、その中の要素として、財務、コミュニケーション、マーケティング、コンプライアンス活動を統合したものということ。この点については、「IRとは、どのようなことをするのか」のところで詳しく考えていく。
・1988年定義では“投資家に対して企業の業績やその将来性に関する正確な姿を提供するもの”から2001年定義では“財務面を中心として支援者に対して発信される企業情報の内容やフローを管理”になり、2003年定義では“企業と金融コミュニティやその他のステークホルダーとの間に最も効果的な双方向コミュニケーションを実現する”と変遷している。その主な内容は、企業とステークホルダーとの間で企業情報を媒介としたコミュニケーションであるということ。この点については、「IRをどのように進めるのか」のところで詳しく考えていく。
・1988年定義では“その活動は、究極的に企業の資本コストを下げる効果を持つ”から2001年定義では“企業の相対的価値を極大化する”になり、2003年定義では“企業の証券が公正な企業評価を受けることを最終目標とするもの”と変遷している。その主な内容は、企業の資本コストを下げることにより、効率的な経営を実現し企業価値を最大化させ、その結果相応の企業評価を受けることになるということ。この点については、「なぜIRが必要なのか」のところで詳しく考えていく。
※日本IR協議会による定義
日本IR協議会でも次のような定義をしています。
「IR(インベスター・リレーションズ)とは、企業が株主や投資家に対し、投資判断に必要な企業情報を、適時、公平、継続して提供する活動のことをいいます。企業はIR活動によって資本市場で適切な評価を受け、資金調達などの戦略につなげることができます。株主・投資家も、情報を効率よく集めることができるようになります。」
この定義は、NRIの定義とはニュアンスが異なっています。例えば、IR活動の対象はNRIでは企業と金融コミュニティやその他のステークホルダーと広く解しているのに対して、日本の定義では株主や投資家に限定しています。また、日本の定義には対象に対して一方的に情報を提示するだけで双方向のコミュニケーションの要素が抜け落ちている。これらの違いは定義の言葉の議論をしているところでは些末に映るが、実際の活動がでは大きな違いとなって現れてくる。そこで、ここではNRIの定義を主に取り上げ、日本の定義は参考として適宜参照することとして議論を進めて行きます。