マグリット展
 

 

2015年4月2日(木) 国立新美術館

国立新美術館は平日の開館時間が午後6時までなので、都心に出て仕事が終わってから行っても間に合うことができる。勤め人にとってはありがたい。今回も、予定より少し早く終わったので、多少無理があったが、とにかく見ることはできた。残念なことに広い会場で130点も展示があったので、1時間では見切れなくなって、後半の著名な作品は駆け足で通り過ぎるようなことになってしまった。それは、今回は却って良かったかもしれない、これは後で述べていきますが、初期作品を見直すことができたということが、私にとっては大きな収穫だったからです。

地下鉄千代田線の乃木坂駅の専用出口には、未だ春休みのせいか母子づれの姿が多く見られて、混雑が予想された。同じ会場でルーブル美術館展も開催されているので、そっちかもしれないと思いつつ、美術館に向かおうとしていると、特設の入場券売り場を見逃してしまうところだった。以前に、別の展覧会で、気がつかず通り過ぎて、入り口から引き返したことがある。これは、勝手の分からない人には不親切だし、何か雰囲気を壊されるような感じがして好きではない。国立新美術館そのものが、私には、建物といい、ロビーや展示室の雰囲気といい、不便で、落ち着きのないのが、どうしても好きになれない。会場は、心配したほどの混雑はなかったけれど、会期のはじめで閉館時間近くということもあるだろうか、若い人や女性の姿が結構多かった。マグリットは、そういう人々にも結構知名度のある画家なのだろうか。おしゃれ、という形容もあながち的外れでもないかもしれない。

例によって主催者のあいさつを部分的に引用します。“ルネ・マグリット(1898〜1967年)は、ベルギーの国民的画家であり、20世紀美術を代表する芸術家として知られています。言葉やイメージ、時間や重力といった、私たちの思考や行動を規定する「枠」を飛び越えてみせる独特の芸術世界は、後の芸術やデザインにも大きな影響を与え、現代においてもなお、世界中の多くの人々を惹きつけています。─中略─ありふれた日常に潜む謎と神秘を描き続けたマグリットの魅力を堪能いただける、またとない機会になることと確信しております。”例によって隔靴掻痒というのでしょうか、揚げ足をとられないように、主張するリスクから逃げている文章で借り物の感を拭えないものなのですが、一般的に抱かれているマグリットのイメージは、こんなもんでしょうが…。ちょっと突っつくと、このあいさつでマグリットについてあげているのはイメージで作品そのものではないことと、触れているイメージというのは “思考を越えた”という言い方で必ずしも絵画的なイメージを指しているのではないということです。このことを、何も主張していないような挨拶に比べて、踏み込んでいるカタログの序文を長くなりますが引用します。

“ルネ・マグリットの作品や文章、インタヴュー、写真、書簡を通して、マグリットと親しく付き合うと、相反する像が浮かび上がってくる。現実を表現するという言語の持つ原則を崩そうとする、強く破壊的な考えを持つ知的な芸術家は、一見ごく普通の外見をし、非常に穏健で教養高く、強いワロン訛りを持ち、想像力の障害と称した妻を常に傍らに置いていた男と対立しあっているのだった。つまり、マグリットは仮面の奥でその破壊的な作品を作っていたのである。彼の作品は、無意識の側面を純化したものであり、無意識下では典型的なブルジョワとしての外見を持つ男というものが意識をなさなくなる。それはまた、言語の権威を掘り崩し、伝達というものが幻想に過ぎないことを示し、そこで新しい詩的な意味が組み立て直される徹底的な隔絶を称賛していた。

作家と作品の間の、エピソードの乏しい伝記とラディカルな思考との間の隔たりが、これほどまでに大きいことは稀である。マグリットは、常に自らの軌跡を覆い隠してきた。そうすることによって、自らの絵画に、人を驚かし、明白さを神秘へと変容させる力をもたらし、そしてあらゆるイリュージョンをなくした意識というものには不可能な運命しか残されていないことをはっきりと示そうとしたのである。モダニズムの迷妄に始まるこの道を、完全なるシュルレアリストとしてのマグリットはさっさと放棄してしまっていた。マグリットの絵画が持つ効果は、それが見せているものを要約すると一層明らかになる。例えば、真昼の中にある夜の時間、記憶とともに血を流す石膏の頭部、蝋燭のほの暗い光によって照らされた座る人物といったように。しかし、これらの効果の背後には、言語の核心まで掘り下げ迫りたいという深遠な欲望が横たわっているのだ。アンドレ・ブルトンとは異なり、マグリットは原初的な性質の心情や、原初状態における欲望の本能的な表現を受け入れることはなかった。マラルメの熱心な読者であったマグリットは、あらゆる潜在的な現実という物が無化され、同時に表現性から伝達の野望がそぎ落とされ、それゆえその唯一の真実である「主題」へと回帰する、無というものにより関心を抱いていたのだ。

この主題というものは、描かれた絵画というものが様々なアプローチに基づいた発展のひとつであるという、マグリットの中で次第にかたちづくられていったイメージの詩学の概念を実証するものであった。初期において、ジョルジョ・デ・キリコの謎めいた作品から影響を受けたマグリットのイメージは、精神の深淵に根を持っており、それを啓示するようなオブジェを体系的に探求していた。次第に、マグリットはこれらのオブジェをその表現的な次元から救い出すようになった。彼は、オブジェを一見して反駁することのできない所与のものとして示すために、オブジェから暗い側面を剥ぎ取った。マグリットは近代芸術の発展の先駆けである。というのも、彼がオブジェに割り当てた役割は、その明白性へと回収しえないものであった。1920年代後半までにマグリットは、ポストモダンの哲学の転換に半世紀も先立って、脱構築の手法を開始していた。すなわち、文学絵画によって、マグリットは「名付ける」という最も全体主義的な力を感じさせる恣意的な言語学的現象としてのオブジェの新しい地位を強調したのである。

マグリットの文字絵画の芸術的重要性は、シュルレアリスムというよりダダに近い、アナーキーに欲求に分かち難く結び付いている。マグリットは、匿名のブルジョワ紳士としての役割に退くことによって常にあいまいさを保持しながら、そのような欲求を抱いていた。マグリットはマルセル・デュシャンがやったように既存の秩序を転覆させようとしたが、彼は自らの作品を単なるひとつの態度へと貶めるような自己中心性の危険に屈しないよう、一見するとサボタージュの作品を作っているかのような振りをしていたのだ。彼は平凡さを武器へと変えた。後にポップ・アートは、その可能性を活用しようとするのだが、その時でさえ、マグリットの傍らでは、認められたいという渇望のために怪しげに見えてくるほどであった。シュルレアリスムの絶頂期において破壊的で詩的な芸術家であったマグリットは、おそらく現在においてこれまでよりも一層重要性を持っている。彼が抱いた、モダニズムのユートピアへの慎重さや、言語の限界についての明晰な理解、また哲学や精神分析、社会学といった理論的な原則としてではなく、むしろ存在によってのみ定義づけられる一種のリアリティとしての個人についての確信、これらのことには、ここ20年ほど人類に付きまとっている絶対的相対主義ともいうべき問題の核心があるように思われるのだ。唯一、詩的な芸術の追求のみがそこから脱する道を提示できる。それは、意識が究極的な不確かさという形をとって組み立て直されるような、不規則、不一致、そして断絶を会しての道なのだ。”

と、かなり長い引用になってしまいました。長いだけでなく翻訳調、論文調というのでしょうか、何か自慢しているような、難しげに装っているような、ちょっと読みにくい文章です。それで、私見を交えながら批判的に、この主な内容を説明していきましょう。ただし、これからの説明は恣意的で、隠れた意図(隠れていないですか)は、この引用をダシにして私見を開陳することにあるということを念頭において欲しいと思います。まず、ここではマグリットという画家を“現実を表現するという言語の持つ原則を崩そうとする、強く破壊的な考えを持つ知的な芸術家”と定義しています。ここでの“現実を表現するという言語の持つ原則を崩そうとする、強く破壊的な考え”というのは、“言語の権威を掘り崩し、伝達というものが幻想に過ぎないことを示し、そこで新しい詩的な意味が組み立て直される徹底的な隔絶を称賛していた”ということでしょう。何か難しげに聞こえてきますが、私なりに言い換えれば、私たちは日常生活で何気なく言葉を使っていますが、この言葉というのは一種の記号で、例えば「青い空」と言ったときには、その言葉を言ったり聞いたりしている人の目の前には現実に青い空がひろがっており、それを指して、そのことを写すように伝えているのが言葉ということで、私たちはそれに疑いを抱くこともありません。もし、それを疑ってしまったら、私たちは言葉による円滑なコミュニケーションができなくなります。それに対して、否定することはできないにしても、そういう現実と言葉の間をズラそうとしたのがシュルレアリスムという芸術運動ということができます。例えば、言葉の組み合わせを現実ではありえないパターンにしてみて、そこに今までになかったイメージを生み出そうとしたのです。その先駆となったのが象徴主義といわれる詩人たちで、言葉は現実を写すものから、言葉だけでイメージを作り出すことを指向していたといえます。彼らが理想したのは音楽です。音楽は楽器という特殊な音というツールで作品をつくりますが、現実の何ものかを直接写すことはできないかわりに、音の連なりでメロディとかリズムという響きだけで作品となってしまいます。その音楽の音というツールを詩人たちは言葉に置き換えて音楽と同じように作品を作ろうとしました。シュルレアリスムは、それをもっと進めようとしました。彼らは、象徴主義の詩人たちのように作品という閉じた世界だけにとどまらず、現実にもフィードバックできないかと考えたのです。現実の世界を作り変えることはできませんが、現実の見方を変えることはできなくもありません。そして、それゆえに象徴主義は詩人たちの間での運動だったのに対して、シュルレアリスムは言葉の世界である詩だけに留まらない志向にありました。マグリットは、そのシュルレアリスムの運動に参加していた人でした。しかし、今まで説明してきたのは言葉の世界です。絵画は言葉ではなくて視覚的イメージの世界です。さきほど述べたように、言葉で現実の見方を作ってしまおうというシュルレアリスムの志向があって、いってみればマグリットはその志向に乗ったと言えるわけです。その際に、今まで同じ見方ではなく、言葉によって今までとは違うイメージで現実を見るというのを絵画でやろうとした、ということです。そのこと自体は、従来のイメージに対しては破壊的になるでしょうし、知的な方法で、ということになるでしょう。その結果、マグリットは描くことで、“人を驚かし、明白さを神秘へと変容させる力をもたらし、そしてあらゆるイリュージョンをなくした意識というものには不可能な運命しか残されていないことをはっきりと示そうとしたのである”というわけです。それは現実にはありえないようなイメージを描いた、“例えば、真昼の中にある夜の時間、記憶とともに血を流す石膏の頭部、蝋燭のほの暗い光によって照らされた座る人物といったように”。これは、端的に言えば言葉でつくられた衝撃を絵画に置き換え、絵画で衝撃を作り出すということです。この言葉を絵画に置き換えるといっても一様ではありません。例えばサルバトール・ダリとマグリットはシュルレアリスムの画家として同じグルーピングされますが、見た目の作風は大きく違います。二人の作品を見比べると、マグリットは画面の中で描かれている個々のもの、パーツはそれぞれ現実のリアルな外観をそのまま忠実に描写されていて、作品を見る人はそれが何であるのかすぐに分かるようになっていて、それらの組み合わせが現実とはズレているというものになっています。これに対して、ダリの作品では、例えば時計が半分融けて外形が崩れてしまっていたり、現実にはありえないサイズに描かれていたりともの、パーツそのものが改変させられてしまっているのです。この両者の違いのひとつに言葉というものに対するイメージの持ち方の違いがあると思います。これは、シュルレアリスムの運動をリードしたアンドレ・ブルトンという詩人であり思想家である人物の影響をダリは強く受けたことにあります。シュルレアリスムは、前にも述べましたように言葉で現実を再構築してしまおうという考え方です。その言葉というものは、完成されたものがすでにあって、それに人が従うとか、それを使うという、いわば道具のようなものではなくて人の感情とか衝動とか無意識なものが表面に現れてくるときに言葉と一緒に形作られるような捉え方をしているのです。だから、ダリの描くものは不定形な外形をしていることが多いのです。しかし、マグリットはそうではありません。もっと、ブルトンやダリが人の無意識の衝動に踏み込もうとしたのに対して、意識をもっていて論理的なほうに傾いていたと言えます。もしも、例えば衝動ともにあらわれる雄叫びのような意味をなさないものを言葉といっていいのかどうか、もしそれを言葉としてしまったら、言葉の論理で現実を再構築するとしても、堅固なものにはならず構築作業の途中で崩壊してしまうことになってしまうでしょう。“アンドレ・ブルトンとは異なり、マグリットは原初的な性質の心情や、原初状態における欲望の本能的な表現を受け入れることはなかった。”という説明文章は、このようなことを指しています。“マラルメの熱心な読者であったマグリットは、あらゆる潜在的な現実という物が無化され、同時に表現性から伝達の野望がそぎ落とされ、それゆえその唯一の真実である「主題」へと回帰する、無というものにより関心を抱いていたのだ。”と言って、マグリットがステファヌ・マラルメの詩を好んだと言われるのは、マラルメの詩が難解だといわれながらも、そういう堅固な論理的構成を持っていたからです。マラルメの詩というのは言葉という完成されたものが在ると言う以外の余計な要素を削り取って純粋にしていった結果で、純粋詩などともいわれ、ブルトンにはあった感情とか衝動などというものもできるかぎり捨て去られてしまいました。マグリットはマラルメの言葉の明晰で論理的なところに通じるところがあったのでしょう。彼の作品の中で、個々のもの、パーツの描かれる明晰性が追求されていったと言えます。それは見るものにとっては一目でそれと分かる分かりやすいものになって行きました。そのために個々のものの個別の個性は余計なものとして削られていくことになります。例えば、この岩の他にはない、これだけのものとか、現実にここに在るような生々しさは描かれなくなり、岩と分かるように一般的な岩らしいものが描かれるようになっていきました。この岩という個性がなくなり、見る者が誰でも分かる普遍的、まあ、平凡なものとなっていったわけです。それは、ある意味で、これが、いま、ここに、在らねばならない、などという必然性が画面から失われることにもなります。画面のここに描かれるもの、そうでなくてはならない理由はないわけです。そこには他でもないこの岩ではなくて、他でもいい平凡な岩があるだけですら。それはこうであらねばならない理由とか根拠に対して、実はそんな根拠はあるのかという脱構築という哲学的な問いかけとそっくりだという人も現れたのでした。“彼がオブジェに割り当てた役割は、その明白性へと回収しえないものであった。1920年代後半までにマグリットは、ポストモダンの哲学の転換に半世紀も先立って、脱構築の手法を開始していた。”という説明は、このことです。それは、大衆社会の大量生産、大量消費の時代でものの個性が失われ、存在のリアルな生々しさが感じられなくなった時代を先取りするものであったのではないか。

まあ、最後はすこし奔ってしまいましたが、勝手に解釈すれば、そんなところではないでしょうか。それでは、これに対して感じた、今回の展覧会に対して抱いていた私なりの課題(というと大げさですが)を少し、お話したいと思います。このような説明には、マグリットが何を描こうとしたのか、どうして描こうとしたのかは説明されているのですが、どのように描いたのかについては、ほとんど触れられていません。以前にも、展覧会でマグリットの作品を見て、感じたことなのですが、彼の作品を前にてライブの生々しい感じがほとんどしなかったのです。作品の実物を前にしても、印刷や複製のコピーを見ているのとほとんど変わらなかったのです。ちょっと難しい言い方をすれば、ベンヤミンが『複製技術時代の芸術』で言っているような芸術の現物にしかないアウロを感じられなかったのです。(私が鈍感なせいかもしれません)上述の説明でも、マグリットは何をどのような趣向で描こうとしたのかは説明されていますが、それは実際に作品を描く前のアイディアとか構想の段階のことで、極端なことを言えば、マグリットの場合には、そのアイディアとか趣向とかセンスが重要なので、実際に描いたのは二次的なことになってしまう、とでも言っているかのようなのです。そして、そういうアウロの感じられない作品を描くことを、マグリット自身は喜びを感じていたのか、疑問なのです。例えば、同じ時代に活躍したピカソやクレーなどの作品は、難しいなどとは言われますが、画家本人が描くことが好きで、描くことそのものに喜びを感じていたのは分かるのです。だから描いていくうちに、色彩が暴走してしまったりなどという微笑ましいこともあるのです。マグリットの作品にはそういう楽しさに夢中になっての破綻のようなことは、一切みられません。ピカソやクレーに比べれば禁欲的といえるほど厳格に自らを律する苦行僧のようにも見えてくるのです。

それはまた、マグリットの作品が見ることよりも言葉で話すことが優先されているように思えることも原因しています。上述の説明にしても、マグリットの作品については言葉で説明しやすい、もっというと言葉で説明できてしまうのです。それは逆に言葉では説明できないような純粋に絵画だけにしかないイメージという要素が少ないのです。(これも私の絵画的なイメージが弱いせいかもしれません)だから、もしマグリットが現代に生きていてアーティストとしての活動をしていたら、絵筆を執るようなことはせずに、画像をパソコンに取り込んで言葉のイメージをフォトショップ等のソフトを使ってコラージュを制作することに専念していたかもしれません。しかし、ピカソやクレーが絵筆をとらないとは、絶対に考えられないのとは対照的なのです。そういうことを踏まえて、マグリットの作品に生々しい楽しさとか喜びを感じることが、果たしてできるのか。それを楽しみにして、今回の展示を見に来たというわけなのです。それでは、これから個々の作品を見て行きながら、その答えを探していこうと思います。例によって展示のコースに順じて見て行くことにします。 

 

第1章 初期作品(1920〜1926) 

会場に入って、正面に真っ先に目に飛び込んできたのが、この『風景』(左上図)という作品でした。この作品は、今まで私がマグリットに対して抱いていたイメージを覆すものでした。いわゆるマグリットらしいとでも言うような展覧会ポスターにあるようなスタイリッシュで分かりやすい図案のような作品というものとは、ほど遠いものでした。板にテンペラで描かれたためでもあるのでしょうか、後年のマグリットに見られない原色の鮮やかな色彩が強い自己主張をしていたのです。とくに、真ん中に垂直に伸びた茶の曲線と、これを取り囲むような黄色の輝きと、アクセントのように点在する赤の存在感はどうでしょう。これらは、後年の隅々までコントロールされたような画面上の破綻が全く見られないマグリットとの正反対の色彩の生々しいまでの自己主張です。まるで、マグリットの絵の具を乗せた絵筆が、彼の思惑をはなれて勝手に動き出してしまったかのようなのです。とりあえず、作品全体の構成は幾何学的な図案のようになっていますが、図形を形成する線は定規で引いたキッチリしたものではなくフリーハンドを強調するようなフラフラした不安定な線で、これもまた筆が勝手に動いたのか、線で区画される色彩がそれぞれに自己主張した結果、境界線を押したり引いたりしてしまったようにも見えます。

『女たち』(左中図)という作品を見てみましょう。キュビスムの影響をうけた単純化された曲線による輪郭と、直線によって断片化された色面というスタイルと説明されています。たしかに、構成はピカソの「アヴィニョンの娘たち」(右上図)に倣ったようにも見えますが、キュビスムにあるような空間を観念的に捉えたような感じは希薄です。ピカソの比べて見ると、マグリットの、この作品の方が色彩が鮮やかで印象的です。ちょっと意外な気がしますが、ピカソの方が統制された感じがするのに対して、マグリットの方が奔放に見えてきます。描かれた女たちが、ピカソの方が挑発的なポーズをしているのに、マグリットの女たちの方が官能的に見えてくるのです。マグリットの作品の女たちの輪郭の曲線が立体を構成する線というよりは、女の艶めかしさを表す柔らかい線になっているように見えます。その上、背景がマグリットの方は『風景』とはまたちがった趣向で色彩が自己主張してそれぞれの領域を取り合った結果こんな図柄になったような色彩が生々しくみえてくるのです。それが女たちを前に押し出して、見るものに迫ってくるように見えます。

この2作品を見ていると、後年のマグリットには見られないものが数多くあるように思います。最初のころに、マグリットはこのようなものを描いていたことは、私にとっては驚きですらありました。この2作品ほど直接的ではないにしろ、初期のマグリットの作品には、この作品にあった要素が残されていたのを、今回の展示で発見することができました。たとえば、『水浴の女』(右下図)という作品で描かれた女性は、後年のマグリットの描く女性に比べてはるかに幾何学的な図形のようです。しかし、その図案化された女性に柔らかな陰影が息づいていて、官能的です。このようなものは、この後、画家が作風を確立し、成熟させていくにつれて、徐々に切り捨てられるように失われていったものです。

この2作品は習作期のマグリットが様々な傾向の作品を描いて試行錯誤していた証拠としての資料的価値で見られ、ここでも展示されていたというところなのでしょうか。抽象的な作品にしろ、キュビスムにしろ、これらの芸術運動は理論的に出自で制作され始めたものであるので、マグリットという人の性格からいって、そのような理論で人々があつまって集団をなして何点もの作品を制作することになれば、だんだん教条的になっていくもので、そういうものから引いてしまうところがあったのではないか、と想像することはできます。

これは作品そのものではなく、付随する現象的なことです。しかし、後年のマグリットの作品が見る人に与える効果を重視するものであることを考えると、マグリットには、これらのような作品が独善的に映ったのではないかとも考えられます。つまり、見る人に対する効果ということは、見る人に受け入れられることが前提になります。見る人とのコミュニケーションが成立して、この上に見る人の反応を予期し、その反応をコントロールしようとすることになるわけです。だから、どうしても作品の制作の主体は見る人に傾きがちです。それは、企業が商品をより多く売るために消費者の動向や傾向を知ろうとマーケティングに精を出すのと同じです。そのような傾向は、マグリットの作風が確立してくるに従って、明らかになってきますが、もともと、このような志向性は持っていのでしょう。ただし、この作品を描いていた習作期においては、潜在的で画家本人も自覚はなかったのでしょう。おそらく、マグリットという画家が本来的に持っていた性格なのでしょう。だから、絵画作品が、自身が独立して作品自体の論理で作られるようなもの、とくに、当時の見る人を置いてきぼりにして、自分だけはるか先に進んでいってしまうような抽象絵画やキュビスムの絵画には、結局随いていけないものを感じたのではないかと思います。

その上で考えると、見る人に受け入れられるには、見る人に違和感を強く抱かせることがないということ、そのためには見る人のパースペクティブ(視界)に近い見た目を提示することや、受け入れの助けとしてものがたりを語ることができるようなものであること、などが有効となってきます。そう考えると、抽象絵画やキュビスムの絵画には、常識的なパースペクティブを否定するようなところがあったり、純粋絵画とでもいうように絵画の独自の論理というのでしょうか言葉による物語は絵画からは不純なものであるとして排斥してしまったようなところがあります。とくに、後年のマグリットの作品は駄洒落に近いような言葉の論理で考えを組み立てて、それを絵画に描くようなところが強くなっていきます。そういう傾向に対して抽象絵画やキュビスムは正反対の方向性と言う事ができます。マグリットという人の想像力の性格は、純粋に視角的というよりは、言葉によって組み立てられる要素が強い性格だったのではないか、と私には思われます。そのような性格は、未だ、この展示作品が制作された当時は本人にも自覚はなくて、何となく無意識のうちに抽象やキュビスムに入り込めなかったということなのではないかと思います。

それにしても、ここで見られる作品の生々しいほどの官能性は何なのでしょうか。見る者の目に飛び込んでくるような印象的な色彩はどうでしょう。後年の鈍い色調で、均一の塗り絵のように平面的に塗られたものにたいして、マチエールの感じられる重量感があって色がそのものとして存在しているような…。その色彩の存在感が画面構成を構築しているといったら言いすぎでしょうか、絵筆が勝手に動いてしまったように感じられる、視覚の論理で組み立てられた感覚的な画面は、見ていてワクワクするほどの動きと艶があります。このような絵画を描いていた人が、後年のスタティックで平面的な作品を描くようになったとは、考えにくいというのが正直な感想です。もしかしたら、ここで見られる作風は、後の作品の底流に潜在化していったのかもしれません。そう考えると、これからいわゆるマグリット風の作品を見ていくに際して、あらたな視点を見つけたような気がしました。 

 

第2章  シュルレアリスム(1926〜1930)

マグリットが徐々にマグリット風になり始める時期ということになるのでしょうか。結論から言えば、このころの作品には、絵画自体の官能性といえばいいのか、ある種の生々しさというのか、動感のようなものが残されていて、マグリット風のだまし絵のような謎解きとか、言葉で考える常識にショックを与えるとかいうこととは別に、純粋に視覚の感覚のみで単純にキレイとか愛でるといえるような要素だけでも成立するような作品であった、と私には思えます。

『困難な航海』(左上図)という作品は、ジョルジョ・デ=キリコのいわゆる形而上絵画─昨年のパナソニック・ミュージアムのキリコ展で見た『謎めいた憂愁』(右上図)や『ビスケットのある形而上的室内』(右中図)といった作品─を想わせる作品です。遠近法を極端に強調した室内は奥行きを感じさせるよりも、空間が歪んだように見えます。室内の壁の線と幾何学的に位置関係を計算したように配置された物体たち、その物体たちは空間とは異なる比率あるいは軸で歪んでいて、その組み合わせをみていると、全体として歪んでいるという以上に奇妙な違和感を抱かせる。そして、テーブルの脚が人の足であったり、中央のボーリングのピンのような物体の上部に人の目があったりと荒唐無稽な、この空間との関係が想像できないものが配置されて異化作用を起こすような仕掛けがなされている。こうして言葉にして説明すると、まるでデ=キリコの作品のように聞こえてくるようです。解説の説明によれば、マグリットはデ=キリコの作品の複製を見て衝撃を受けたそうなので、その衝撃のままに影響を受けて、デ=キリコ風の作品を倣うように描いたということだったのでしょうか。全体としての描き方も、まるでデ=キリコをコピーしたようなヘタうま風の稚拙な塗りとか、一時はかなり傾倒したことがうかがわれます。しかし、私が見る、このキリコの影響を契機としたこの『困難な航海』をはじめとしたデ=キリコ風の作品は、マグリットの作風にとって大きな画期となったと思います。それは、一言で、クリエイトからデザインへとでも言えばいいでしょうか。詳しく説明しましょう。この前の第1章で見たマグリットの作品は、何かを描こうとして、その描くものの形とか色とか、描き方にとどまらず見方といったレベルまで、自分はどうすればいいかを試行していた作品だったと思います。それは、自分はどのように描くのかとか、自分はどのように見るのか、という点で、いうなれば自分のかたちを創ろうとして探していたと思います。だからこそ、突飛な抽象化やキュビスムっぽいものを試したりと。そこには、迷いとか以前に、新しいものを創り出そうとする力が溢れていた、と言ったら持ち上げすぎでしょうか、色彩が鮮やかだったり、官能的なエロティシズムが垣間見えたりと、作品の画面にはちょっとした混沌としたエネルギーのようなものがあったと思います。これに対して、デ=キリコの作品がマグリットの前に現れます。このデ=キリコの作品は、初期のマグリットの作品に比べると、既存のパーツをつかってその組み合わせや配置で、従来の絵画とは異質な画面を作り出していた作品だったと言えます。ここで、マグリットは何もないところから、自分の形を創造するという作業ではない方法で絵画をかたちづくる方法に気がついたのではないか、と私には思えるのです。これは、言葉の芸術である詩に通じるものではないかと思います。詩は言葉でつくられますが、言葉は一人の人が独自に創造するということはできません。人々の間に共通していなければ、言葉は伝わらないので意味をなさないのです。一人の人がまったく独自の言葉をつかっても、他の人が分からなければ単なる雄叫びに過ぎません。詩は、人々に共有されている言葉を土台にして、その共通であることから、読者をまったく違った風景に連れて行ってしまうものです。その一つの方法として、人々に共通している言葉を用いて、その組み合わせを工夫して、既存の共通したものからズレたものを作り出すこがあります。これを異化という人もいます。デ=キリコの作品は、本人にその意図があったどうか分かりませんが、結果的に異化の効果を見る人に起こさせるものになっていたのでないでしょうか。しかし、その雄叫びであっても、声という音とか抑揚とか拍子によって他の人が、その雄叫びそのものに酔い痴れることもあります。それが音楽です。音楽は、ある意味で人々に共通した知識とか経験とは無関係に、一人の天才が独りよがりのような独断であっても人々を惹きつけてしまうことができるのです。絵画でも、色彩とか形態とかいった絵画的な感覚の要素だけで、何を描いているといったような人々に共通した情報とは無関係に見る人の感覚に訴えることは可能かもしれません。初期のマグリットの抽象的な作品などには、そのような絵画への志向性があったのではないかと思います。それを、マグリットはデ=キリコの作品との出会いを通じて、言葉による詩のような、既存の人々に共有されている情報を使いまわすことで、新たな世界をつくり出すことができることに気がついたのではないかと思います。それは、もともとマグリットが持ち合わせていた志向性に適うものであって、それを突き詰めていったのが、後年のマグリット風のだまし絵みたいな作風になっていったのではないかと思ってもいいのではないでしょうか。

『天才の顔』(左中図)という作品です。この作品を見ると、マグリットが過渡期のなかで揺れ動いていたことが分かります。画像では分かりにくいかもしれませんが、現物を実際に見てみると、この作品には最初のところで述べたアウロが感じられるものだったのです。真ん中の彫像は細工がされていますが、彫像そのものは誰が見てもそうであると分かるもの、誤解を怖れず言えば、誰にでもわかるように陳腐化した形に描かれています。彫像の乗った木材の板もそうです。しかし、実際にこの作品を見ると、彫像に施された仕掛けとか、ピンに枝をつけて立ち木のように見せている工夫からうまれる異化の効果とかなどよりも、彫像の白が生々しく迫ってくるのです。その白と対決するような背後の暗い緑のピンに枝葉をつけた立ち木のようなもの。これには絵の具が厚く筆跡が盛りあがって美術館の照明を反射するように光るのです。それが彫像の白という色自体が光るように見えるものと対照しあうような様は、私には他の画家には見られない、色彩の強い緊張のドラマに見えました。私の誤解かもしれませんが、ここにはマグリットの感覚が生に近い形での発露があるように思えます。実は、私には、今回の展覧会では、この作品で、これに続く数点の作品が最も素晴らしいものに見えたのです。誤解を怖れずに言えば、私には、マグリットはこれらの作品でアーチストとして一つのピークに達したのでいかと思えるのです。その後のマグリットはアーチストというより、むしろアルチザンとして歩んだのではないか、と思えるのです。

『天才の顔』以外に、過渡期の作品ならでは魅力ある作品があります。『嵐の装い』(左下図)という作品を見てみましょう。『困難な航海』と構成は似ているようで、遠近法の書き割りの舞台のような空間の背景には嵐の海の風景が描かれています。その手前には、幾何学的とも不定形とも言えるようなオブジェ?のような意味不明の物体が6体、無秩序に立っています。これは、模様の切り取られた紙で、切り取られた模様は折りたたんだ紙に切り込みを入れて開くことでできる模様だと解説されています。マグリットは、この切り紙模様を立たせて、影までつけて立体感を与えてオブジェのように描いています。このような切り紙模様は、他の作品でも、『喜劇の精神』(右下図)では人形で、『告知』では中心に、『火の時代』(左下下図)では変形されていますが、使われています。いわゆるマグリット風の作品では、画面上に構成要素は、それぞれが意味のあるもので、それが本来の意味とはズレて使われることによって、見る者に異化の効果を及ぼすというパターンで作られています。しかし、この切り紙模様は、意味がありません。マグリットは、この形状そのものを画面に入れていることが特徴的です。これらの作品でのマグリットは、この形状そのものを愛玩して、形状が独り歩きして作品の主題とか意図とか、そんなものは措いて、とりあえず形状が面白いから描いてしまえ、とでも想像してしまうほど、この形状が無意味に浮きまくっています。このような絵画的感覚が先行して、作者の意図などお構いなしに即興的に作品が出来上がってしまうというような行き当たりばったりの感じがするのです。このような感じは、過渡期ならではのものではないか、と思います。

『嵐の装い』などの作品が、マグリットとしては過渡期の特徴的な作品であるということについて、少し長くなりますが、説明を試みたいと思います。マグリットに典型的な作品は、日常的な現実の物が、日常的な風景とは異なる場面に、日常とは異なる置かれ方をすることによって生まれる齟齬感が、もともとの事物から独立したもうひとつの現実、つまり超現実をイメージするというものです。そのためには、まず見る者が受け入れ可能なものとして、事物を描かなくてはなりません。日常的な常識に齟齬を起こさせるには、その前提となる常識を意識させる必要があるのです。例えば、『恋人たちの散歩道』(下左図)という作品を見てみましょう。前景に建物と森が描かれて、背景の青空と雲が額縁に枠取られて、その背後が真っ黒にぬられて壁のように見えます。このときに、建物は建物として、森の木は木として、青空は青空として見る者に認められることが第一です。それらを画家として何らかの表現をするということは、ここでは必要がありません。見る者の常識に添って“らしく”見えることが大事なのです。『恋人たちの散歩道』を見れば、建物はリアルな実在感とか、美的とか、そういうことはなくて、薄っぺらで、ビルの建築現場に掲げてある完成予想図のようです。それは、その部分だけを取り出してみれば、類型的なパターンで、いわゆる絵画的とか芸術的とかいう要素とは無縁のものです。だから、この作品での建物は絵画の構成要素というよりは、一種の記号なのです。このような行き方を、マグリットがもっと推し進めたのが、ことばをそのまま画面に入れてしまった『本来の意味』(下右図)のような作品でしょう。これは、絵画ではありますが、詩の方法を絵画にそのまま当てはめたと言えないでしょうか。実際、この後の展示で見ていくマグリットの作品では、絵画作品の中の事物を、いかに個性だの芸術性だのを取り除いて、誰にでもそれとわかる類型的で、意味を考えさせないものに描いていくかに心を砕いていくようになります。一方で、それは視覚の感覚的な楽しみを感じるとか、見る喜びといったことから次第に離れていくことになると思います。感覚的に感じるのではなくて、ワンクッションを置いて、知性で考えるという知的な作業を解して興味深く思うというタイプの楽しみという方向に突き進んでいくことになるのです。

そのような傾向に対して、色彩が鮮やかであるとか、形状が面白いとかいうことは、知性で考えることには役立ちません。むしろ、余計なものです。だから、後年のマグリットの成熟した作品では、ほとんど消失してしまうものです。それが、この過渡期には、『天才の顔』や『嵐の装い』などの作品には、かろうじて残されているのが、私には、たいへん興味深いのです。おそらく、マグリット自身も画家として、後年の作品よりも、これらの過渡的な作品の方が描く喜びを感じていたのではないか、と私には思えるのです。そういう、マグリットの生身の声が聞こえてくるように私には思えてならないのです。それは、これらの作品にある生々しさとか、アウロが漂っているといったような、具体的でない説明になってしまうのです。

逆に、これらの作品から、マグリットの有名な作品を逆照射してみると、絵画は知的な操作の契機にすぎないのか、と言うこともできるのではないか、と思ったりもします。 

 

第3章   最初の達成(1930〜1939)

最初の達成という章立てのタイトルから見て、シュルレアリスムの運動からも身を措いて、マグリットは自身の独自な作品世界を確立して行ったということでしょうか。事実、マグリットの有名な作品は、これ以降に制作されたものがほとんどです。それは、一方では私が通俗的に抱いているマグリットらしさという雰囲気にハマる作品を、この時期から量産するように描き出したということになります。どんな画家でも、自分を見つけたところと言うときは、その画家の生涯の中でもひとつのピークをなしていて、その時期に制作される作品数は飛躍的に増えて、作品の質についても力に溢れていることが多いと思います。たぶん、マグリットについては、この時期が彼にとって、そのような時期にあたると思うのですが、私の個人的な印象なのですが、作品からはそのような壮年期の力強さというかエナジーのような印象は感じられず、いたってクールなのでした。

これまでに何度も触れてきましたが、これ以降のマグリットの作品からは、絵画作品の現物の生々しさ、何度も引用しましたがベンヤミンの言うところのアウラが感じられないものとなっていくように感じられるのです。それは、さきほど引用したベンヤミンの『複製技術時代の芸術』という著作の通俗的解釈から敷衍するわけでもないのですが、産業革命によるオートメーションによる工業化が進展し、工業規格品の大量生産による大量消費が実現し、都市に多くの人々がなだれ込む一方伝統的なコミュニティが失われた結果、都市に孤立した個人が大量に出現する、いわゆる大衆です。経済的な消費主体は、このような大衆に移っていったというのが通俗的な見方です。もとより、このような大衆はかつての芸術のパトロンだった貴族や王族のような見識や教養を持たず、裕福なブルジョワのような余裕も持ち合わせていません。このような人々に比べて趣味とか主体性に薄く、流行という軽薄な風潮に流されてしまう人々は、もはや、自らの見識でひとつ作品にじっくりと対峙して鑑賞する余裕はありません。自らの見識を育てる暇もなく、人々の間ではやっている流行を追いかけるのが精一杯。例えば、この時期に最盛期を迎えた映画は、ベンヤミンの著作のタイトルそのものの複製技術を駆使した、スタジオという現実らしさの世界で1時間かそこらのパッケージのドラマをスタジオ・システムという一種の流れ作業でパッケージのようにつくり、フィルムをコピーして一度の各所でたくさんの人々におなじものを見せることができるものです。これは、劇場の舞台で生身の俳優が観客と一緒の空間で同じ空気を吸ってコミュニケーションをとりながら共同作業で演劇空間を作り上げるのとは異質のものです。このようなライブに特有の生々しさのようなものをベンヤミンはアウラと呼んだものでした。これと同じようなことは絵画の世界にもあったのだと思います。いぜんより、絵画作品を版画にして販売するということはあったと思います。例えば、近世日本の浮世絵という絵画の平面的でデフォルメされた図案のような特徴は版画にして大量に頒布するという販売形態と無縁ではないでしょう。とくに、この時期のころから印刷技術が発達し、版画にあった絵画の再現の限界を大幅にクリアし、しかも生産量も比較にならないほどの大量生産が可能になっていたはずです。画家の生活は、もはやパトロンに庇護されて注文に応じて制作するというものではなく、制作した作品を消費者に販売するというものに変化していった。それが、大衆社会の大量消費の出現や印刷技術の進化によって、画家は作品の売り方が変化していったはずです。マグリットも従事していたといいますが、商業チラシや出版物のカット描きも時代のニーズによって生まれたものでしょうし、そのような媒介の変化によって、絵画制作も変質していったのではないかと考えられないでしょうか。マグリットの作品が、そのような時代の影響の中で、彼が意識してかどうかは分かりませんが、ひとつの対応ではなかったのかと思います。

そして、このような性格はマグリットという画家の制作の方法論に根底のところで通定していたのではないかとも思えるのです。それは、マグリットの作品のだまし絵のような、現実の風景をズラしてみせて、そこに「あれっ?」と思わせる一種の異化効果を見る者に起こさせるという特徴的な性格にとって、その「あれっ?」と見る者に思わせるためには、その前に安定した常識的な世界が前提されていなければならない。そのために、作品を見る者が、容易に違和感を起こす前提となる常識的な世界を持ってもらわなくてはならないわけです。そのときに、その常識的世界が、あまりに存在感がありすぎたり、個性的すぎたりすると、その印象が強すぎて、そのあとの「あれっ?」が起こらなくなる可能性が生じる。もしくは、そんな「あれっ?」を求める必要がなくなって、その常識的世界で自足してしまうかもしれない。だから、常識的世界は、そうであるということが分かり、それ以上にならないことが、実は必要になってくるのです。むしろ、月並みで類型的な表現の方が、この場合は効率的なのです。

これを一方で、作品を見る側からはどうなのでしょうか。貴族の邸宅や裕福なブルジョワの豪邸のような広大なスペースとちがって、都市の中産階級やあるいは大衆の人々のつつましい暮らしのなかで、アパートに居間や寝室にちょっとした贅沢として絵画を飾ろうなどと考えたときに、主張の強い存在感のある作品を飾るということは、作品としてはいいのでしょうが、絶えず緊張感があるようなものではないでしょうか。このような場合、部屋のインテリアとして邪魔にならないと言う程度で、しかし、それを部屋に飾った人が月並みでないという程度に個性的(変わっている)という、「一味違った」テイストを感じさせるものとして、マグリットの作品は、知的が感じとか、ユーモアな感じとか、があってある種の優越感を満足させるようなところがあるのではないでしょうか。一種のスノビズムとでも言ってもいいのではないかと思います。しかも、作品自体に存在感とか生々しさがないので、複製を飾っても本物と味わいがあまり変わりない、ということであれば、コストパフォーマンスは、そこそこであるということになります。

そうであれば、下世話な話かも知れませんが、マグリットは作品の支持もそうですが、複製を頒布することで著作権で稼ぐことができる、ということになるのではないでしょうか。話は美術展から離れてしまいました。だけど、私には、これがマグリットの作品の大きな魅力であると思っています。

で、前置きが長くなってしまいましたが、作品を見て行きましょう。『美しい虜』(左上図)という作品です。屋外にイーゼルが立てられ、そこにかけられたキャンバスに風景の一部が描かれているという作品です。一種の嵌め絵になっています。それは、実際の風景とキャンバスの中の風景が連続しているように見えるからです。しかし、よく考えてみれば、このようなことは現実にはありえないはずです。それは、現実の風景の中に、それと見紛うような絵画を入れ込んで連続してみせることは不可能だからです。ここでは、それがあたかも当然であるかのように、見せています。ここに、マグリットの巧みな詐術があります。つまり、この作品で風景の中に、その風景を描いたキャンバスがあるのではなくて、風景を描いたキャンバスがあって、それにしたがって風景がつくられている、ということです。だから、画面の中のキャンバスと風景は連続しているように見えるのです。言われてみれば、「なぁんだ」という程度のことでしょう。これは、世界を描写するのではなくて、絵画のツールを使って、画面の中に風景を作ってしまうと言うことになります。これは、マグリットが好んだといわれているマラルメが詩の世界で試みたことに通じるのではないでしょうか。マラルメは、端的に言えば、何かを言葉で表わすということではなくて、言葉というものによって何かをつくってしまうことを試みた、と言えます。いわゆる純粋詩といわれる、その方法論は、言葉だけで組み立てて、その以外の要素、例えば表現すべき何か、などという物を不純物として排除していこうとしたものです。ここには、何かを表わすための言葉が、言葉によって何かがあるようになるという転倒が起こっています。これと同じようなことがマグリットの、この作品では試みられていると考えられないでしょうか。その鍵となっているのが、画面にあるキャンバスです。仮に、この作品から、このキャンバスを取り去ってしまったら、どうでしょうか。そこには、何の変哲もない、凡庸な風景画があるだけです。それが、ここにキャンバスを意味ありげ置いてみせると、一種のメタ絵画とも受け取れてしまう作品に変貌してしまうのです。

同じような『人間の条件』(右上図)という作品を見てみましょう。この後に見る『野の鍵』(左中図)も含めて制作の時点が近いので、マグリットは一連のシリーズのように描いていたのかもしれません。『人間の条件』では、部屋の窓の前にイーゼルが立てられ、その上のカンバスに窓の外の風景が描かれているという点で、『美しい虜』と比べてワン・クッション置かれています。このワン・クッションが視点という問題を表面化させているように見えます。というのも、さきの『美しい虜』という作品についての説明の中で、キャンバスに描かれた風景と現実の風景が連続することはありえないということを述べましたが、それは、キャンバスに風景を描く時には必ず、画家の視点というものがあるからです。画家は、風景の中にいて、自身の視点で風景を切り取って作品にします。だから、キャンバスに描かれた風景と現実の風景が連続するためには、キャンバスを描く画家が風景の中にいるかぎり不可能なのです。そして、『人間の条件』では、キャンバスを室内において、部屋から窓越しに見える風景と連続させるということで、画家の視点があるということを、ここで表わすことになったと言えます。窓から外の風景を見るという視点と、そこでキャンバスに描くという視点が重なるというように視点を重複させることができている点で、『美しい虜』に比べて精緻になっていると言えますが、その分だけ理不尽さが後退して、衝撃は少なくなっているように思います。

しかし、それは次に見る『野の鍵』(左中図)に至るためのワン・ステップだったのかもしれません。ここに至ってカンバスは姿を消してしまいましたが、部屋の窓ガラスが大きく割れて、その割れた破片には、窓の向こうに見えている風景の一部が描かれていた痕跡が見えています。と言うことは、前に見た『人間の条件』に見えていた窓の外の風景は窓に描かれた風景だったのかもしれません。そういうことになると、見えている風景というのがじつはフィクションであったということになってきます。『美しい虜』では、現実の風景と描かれた風景の転倒をインパクトとして表わしていましたが、『人間の条件』や『野の鍵』では、実は現実の風景というものもフィクションでてきているという形にかわってきます。それを敷衍して考えてみれば、何気なく窓の外に広がって見える風景も、実はその通りなのであるのかどうか、たまたまそのように見えているだけではないのか。極端なことをいえば、量子力学でいわれる観察者の論理のようなことが、ここでは想起されるような構造が実は見えてくるかもしれない。『野の鍵』では、見えるものと見ているものが一致しているということの、構造がひとつのフィクションとして提示してしまう、一種の脱構築とでもいえる契機と解釈することも可能です。たぶん、マグリットの作品を見て、あれこれと知ったかぶりの議論をしてみせるのは、半可通のスノビズムを心地よく刺激するものとして、流行の先端を気取る大衆にとっては格好のツールとしてもてはやされることがあったのではないか、と思います。

この傾向を違った方向から見ることできる作品として『透視』(右中図)という作品があります。製作中の自身を描いた自画像というらしいのですが、テーブルに置いた卵を見て画家がキャンバスに描いているのは羽ばたく鳥の姿です。ここには、さきに見た風景画には登場しなかった画家の描く姿が、ここでは中心になっています。このように、マグリットには描くという行為を取り上げたり、さきに見た三作品のように直接描くという行為を題材としてわけではないけれど、対象を描くということを間接的に想起させるようか、描くということはどのようなことかということを描くことの中で問う、いうなればメタ絵画という作品が多く見られます。あえて言えば、マグリットの作品に通底していると言えるかもしれません。その背後には、さきの三作品がそうなのですが、ありのままの現実、つまり、見えているものと見ているものが一致している現実というのを、マグリットは無条件に信じることができなかったのではないか、と推測することができるのではないでしょうか。

それは第1次世界大戦によって伝統的なヨーロッパの社会や文化が崩壊し始めたことによって、それまで当たり前と考えられてきたことに疑問が呈されることとなり、不安が常態化したという社会的な風潮も影響していたのかもしれません。目の前の現実があるということを説明しようとした現象学という哲学運動が現れたのも、現実とか存在ということに疑問が生まれなければ、それを説明しようなどとは思わないはずです。量子力学の原理的な発想の根本に同じような懐疑があったといわれても否定できないのではないか。そのような環境に身を置いて影響を受けたからかもしれませんが、『野の鍵』に描かれているように、窓の外に広がる風景は、窓に描かれたものである。しかも、その窓ガラスが割れて破片が飛び散ってしまっているのです。そこに、もしかしたら、そういう現実をもはや信じることのできない絶望が根底にあったのではないか。描くべき何ものかをもはや信じることができなくなってしまった。それでもなお、描こうとすれば、描くべきものを自分で作ってしまうことが一番手っ取り早い。そのためには、どうすればいいかという方法に頭を絞る。だから自然と描く方法論に関して自覚的になっていかざるを得なくなります。また、一方では、現実の存在そのものを信じることが出来なくなってしまっているのであれば、存在感を表わすとか、生々しさを表現するということに意味を感じなくなってしまうのは納得できることではありませんか。このように、目の前の現実に懐疑を抱いてしまって信じることができなくなってしまったら、人にはどのような選択肢があると考えられるでしょうか。私に考えられるのは、現実から目を背けて非現実の想像の世界に逃避すること、例えば幻想の世界や復古的な想像上の古代世界を題材にして作品を制作した画家たちもいると思います。例えば、ギュスターヴ・モローとか幻想絵画と言われる画家たち。あるいは、そうであるからこそ現実の世界にしがみついて余計なことを考えないこと、例えば現実のディテールを事細かに描写することに固執したり、迎合的に作品を制作するような画家、たとえば唯美主義の画家たちが当てはまるかもしれません。どちらにしても、現実逃避、言ってみれば自己欺瞞です。そして、マグリットは、そのいずれにも属さずに、現実世界が虚仮威しであることを、そのままに描こうとした、と言えないでしょうか。そして、そのように現実を虚仮威しと見ている、自分の現実の見方をも作品に表わそうとした、と。ただ、それが絵画そのものとしての魅力という点と、直結しているかというと、私にはにわかに首肯しかねるところがあます。そこに、私自身がマグリットの作品に対して、ある意味で留保したスタンスを取ってしまっている由縁です。 

 

第4章    戦時と戦後(1939〜1950)

マグリットは、前章の展示で見たように、自身の方法論を確立しました。しかし、前章の説明で述べましたように、私には、マグリットの方法論には、その根底にはネガティブな契機があるように見えます。だいたいにおいて、そのようなネガティブなルーツに根ざしたものというのは、どうしても過渡的なものになってしまい、そのこと自体が安定しているということは、ありません。だからというわけではありませんが、マグリットの作品は方法論が確立されたといっても一時的なことにとどまり、その一時的な安定を過ぎると、変化を始めます。そもそも、現実が虚仮威しであることを示すといってもネタはなかなか見つからないし(だからこそ、マグリットは他の人の真似のできない独自の世界を作り上げることができたのでしょうが)、その表現のしかたは、どうしても回りくどいものになってしまいます。これは端的に言ってしまえば、現実が虚仮威しであるということを直接的に言うことは、論理的にありえないからです。どういうこととかと言うと、現実が虚仮威しであると、そのまま言えば、虚仮威しであると言う現実が虚仮威しであることになってしまいます。これによってその言説は二重否定の体裁をとることになり、否定のはずが強い肯定に様変わりしてしまうことになってしまいます。だから、このような場合、ストレートに表現することはできず、現実がリアルに存在しているかのようなことを示して見せて、それに疑問を呈するような仕掛けを施して、受け取る者に疑問を起こさせるような表現しかないのです。だから、ストレートに言えないということは、表現がまわりくどいものにならざるをえません。

『空気の平原』(左上図)という作品、そして『絶対の探究』(右上図)という作品です。ここでは、対で見て行きましょう。両方とも、広々とした空を背景に、荒涼とした大地の上に木が1本立っています。その木はまるで1枚の葉っぱのような形をしています。それが何か変ですが、二つの木は対照的です。『空気の平原』で描かれているのは、細かなひびの入ったような葉脈が枝のように繁茂している木で、全体に逆行で手前側が影になっていることで、葉脈の間に葉っぱの肉が厚く詰まっていることが強調されています。それだけに真昼間の明るい時間が設定されています。これに対して、『絶対の探求』の方は、すっかり枯れてしまったかのような、葉脈の細かな枝だけが残された、まるでアクセサリーなどで用いられる透かし細工のような姿です。かりに、『絶対の探究』だけをまず見せられたとして、まったく先入観のない人であれば、そこに不思議とか、ズレた感じを持てるでしょうか。たしかに、『絶対の探求』の1本の立木は全体のプロポーションが葉っぱの形をしているし、枝が細く分岐している様は葉脈のようです。しかし、それは、それとして見るからこそ、それが分かるものではないでしょうか。これをそうとは知らず眺めても、変わった木だと思うのがせいぜいのところで、そう思うとしても、それはかなり敏感な人で、そうでない場合には、単に素通りされてしまう可能性の方が強いと思います。逆に言えば、だからこそ、それに気がついた人の満足感は高く、マグリットの作品は、そういうスノビズムを刺激するところがあって、それをネタに話題するという優越感をくすぐるところは、たしかにあります。さて、話しを元に戻しますが、このような『絶対の探究』を『空気の平原』をまず見て、その後で見るとどうでしょう。『空気の平原』での立木は葉っぱが立っているかのように見えます。『絶対の探求』の立木は、その『空気の平原』の立木のバリエィションのように見えてくるので、容易に葉っぱと気付くことが出来ることになります。なんと回りくどいのでしょうか。べつに、立木が葉っぱであると分からなくても、絵画作品の楽しみ方は人それぞれであるのは確かです。ただし、マグリットの作品には、そういう幅の広い包容力は、あまりなくて、それは感覚的に美しいとか直感的に感じる作品になっていないためで、作品の意味とかメッセージのようなものをあれこれ思い巡らすところに、その楽しみ方の比重を置いているところがあります。それが、ある意味、よく表わしている作品であると思います。

このような作品を不断に作り続けている当のマグリットその人は、実際のところどうだったのでしょうか。私は、マグリットではないし、サラリーマン生活の合い間に、こうして有名になった絵画作品を眺めては、あれこれと無責任な戯言をほざいている、クリエイティビティのかけらもない凡庸な人間ですが、このような回りくどいほどのヒネリを利かせたアイディアを不断に要求されるような生活ということを考えてみると、苦しいのではないかと想像してしまうのです。常に、物事を他人とは異なる角度から見ることを要求されるわけです。作品を描いている間だけに限らず、絶えず緊張を強いられているようなものです。だって、作品のアイディアがいつ湧き上がってくるのか分かりませんし、マグリットの場合には、そのアイディアが作品の成否を決めてしまうようなものなのですから。だからというわけではないでしょうが、マグリットの作風が、頭で捏ね繰り回したアイディア勝負のようなものから、感覚的な要素が比較的あらわれてくるものに変わってきます。

もうひとつは、この時期の第二次世界大戦でマグリットの住んでいたベルギーが戦場になって一時ドイツに占領され、その後解放されたということが大きく要因しているのではないかと考えます。以前に述べましたように、マグリットの作品の一見知的な操作の根底には、目の前にある現実が、そのまま存在しているとは信じられない、一種の絶望があるのではないでしょうか。マグリット個人には、そういう現実に対してリアルな実感を持てない、フワフワと浮遊しているような、漠然とした不安を常に抱えていたのではないか。そういう自分を、突き放して客観的に直視しようとするところから、マグリットの作品は生まれてきたのではないか、ということをです。しかし、戦争というのは、そんなマグリットを一転生死の境目のような極限状況に追い込んでしまったのではないか、思えるのです。その場合、現実に懐疑を抱くひまなどなく、死なないために必死になる。そこでは否応なく、リアルな生を実感させられるわけです。ハイデガーを持ち出すまでもなく、死という極限状況に直面した時に人は頽落状態から脱して本来の存在を取り戻すということになるのでしょうか。そのときに、現実とのズレを苦労して意識的に描いていたような作品を、同じように描くことができるでしょうか。マグリットは、その時の実感を手放すことはできなかったのではないか、と私は思います。それは、ひとりの人間として現実とか存在とかを実感できたことを忘れることはできないのではないかと思います。

『禁じられた世界』 (左中図)という作品は、長椅子に横たわる人魚という非現実の題材を扱っています。しかし、その描き方は、これまで見てきたような図案のようなあっさりとした描き方ではなく、暖色の淡い色彩を中心とした色調で、その色彩が作品の空気を第一に決めてしまっているような作品です。絵の具をパレットで混ぜないで、キャンバスに点描のように置いていく技法は印象派のようでもあり、全体的な色調や色彩中心で輪郭をはっきりさせないのはルノアールの技法を真似ているようだと解説されていました。まあ、描かれている女性の人魚はルノアールの描く女性たちのように豊満なところはありませんが、肌の色などはたしかにルノアール風ではあります。これは、何よりも感覚という感じることに改めてマグリットが重視しようとした表れではないか、と私には思えます。感じるということは現実に在るということがあってはじめて成り立つものです。それを前面に出すために、印象派というアカデミズムに対して理念とか物語とかいったものを捨て去るように無視して、能天気なほどの感覚優先の何も考えていないかのようなポーズをとった運動の技法をあえて真似て見せたのではないかと思えるのです。そのしるしとして似合わないほど色彩を前面に押し出しているというわけです。だから、この作品は、描かれている題材等は、実はどうでもよくて、色彩に注目して、あれこれと考えるな、という作品をあえて制作したのではないかと、私には思えます。

『不思議の国のアリス』(右中図)を見てみましょう。タイトルのわりには、アリスにあたる少女の姿はありません。それよりも、点描による、マグリットらしからぬ色遣いは『禁じられた世界』よりも、マグリットの従来の作風からいっそう離れていっています。ここには、マグリット独特のヒネリも見えず(私が見つけられないだけなのかもしれません)、画面のデザインとか構成の面では、あえて言えば凡庸です。それを救っているのは、色彩と点描風の描き方です。だが、これをマグリットの作品として見たときに、彼のファンはどのように思うでしょうか。彼の一連の作品の中では特異な位置を占めるものかもしれませんが、果たして、マグリットの作品を一点だけといったときに、はたしてこの作品を選ぶ人はどれだけいるでしょうか。マグリットも挑戦してはいるのでしょう。樹木の幹や背景の空の色の遣い方などは印象派風になるように努力している跡が窺えます。しかし、雲は、あるいは右上の緑色の手招きしている顔の色遣いはどうでしょうか。実験が息切れしているように、私には見えます。

しかし、マグリットの努力は続きます。『夢』(左下図)と題された作品を見てみましょう。リアルを求めるマグリットは感覚的なものから、もっと根源的なエロスの世界に近づこうとしたのではないか、と思います。マグリットとしては、可能なかぎりリアルに女性ヌードを描こうとしている古典的なヌード像のような描き方で、生身の息吹を持たせようとして苦労しているように見えます。私には、漸く手にした存在の実感を何とか表現に定着させようと必死になっているマグリットの姿が見えてくるような気がするのです。というのも、この作品でも、マグリットらしい屈折したヒネリが加えられていて、女性の影が背後の壁にうつっていますが、単なる影ではなくて、立体的な陰影があって実体のようになっています。しかし、典型的なマグリットの表現であれば、影でない方の女性をむしろ平面的にしてしまって、影と実体の逆転のような形にしてしまうか、あるいは影と実体を同等に描き込んで、どっちが影でどっちが実体かという、いずれにしても実体という存在と影という虚の区別がどっちもどっちという作品にしようとするのではないかと思います。ところが、この作品では実体の表現を追求してしまっています。ここにマグリットの作品世界のバランスが崩れている、私には見えます。しかし、そこで敢えてそうしていることによる効果は出ているのでしょうか。マグリット自身が、悪戦苦闘しているように私には見えます。

私には、矛盾に見えますが、この努力の結果として現れてくるのが、この後の展示となる「回帰」ということになってくるのではないかと思います。 

 

第5章    回帰(1950〜1967)

ここからは、マグリットの代表作が目白押しです。まずは、作品を見て行きましょう。

『光の帝国U』(右上図)という作品です。白い雲が浮かぶ真昼の青空と、ぽつりとひとつ街灯がともる街路の夜景という、現実にはありえない不思議な組み合わせの情景です。前回に見た『夢』という作品と比べながら見て行きましょう。『夢』では中心にヌードの女性があって、背後の壁に映った影に陰影が描き込まれ、実体である女性とその影が虚であるはずなのに実体であるかのように描かれています。しかし、この場合の影は実体の女性を押しのけることはなく、影としての位置を超えることはありません。これに対して、『光の帝国U』の夜と昼とは対等に描かれています。両者は描かれている題材が異なるので単純に比較することは適当ではないのかもしれませんが、ものごとの捉え方、表現の姿勢に違いが現れているように、私には見えます。そして両者を比べて見て、『光の帝国U』に特徴的に見られるのが、マグリットの大きな変化であるとともに、彼が紆余曲折を経ながらも、志向していた方向ではないか、と私には思えるのです。単に反対物を両方画面に描いて、その比重が違うだけではないかと思われるかもしれません。しかし、『光の帝国U』の夜と昼が等価でどっちつかずというのが、私には大きなことと思われるのです。この展覧会において、1930年代のマグリットに作品に、私は現実というものが虚仮威しであるであることを、そのまま虚仮威し的な表現方法を用いてニュアンスで伝えようとしている、という感想を述べました。この『光の帝国U』では、その志向をさらに進めたものになっていると、私には見えるのです。

少し抽象的な話しをしましょう。大地があり、山や川があり、建物や家屋があって、そこに私や彼、彼女が住んでいる。現実というものをステレオタイプで表わすとすると、こんなものでしょうか。そこで、この基本となるのが実体というものです。私という実体があって、存在し、他の存在を見たりして認識する、そこに確固たる現実があるように思える。しかし、その「私」というのは確固たるものなのでしょうか。私が何かを認識し何らかの判断をするというのが、実体という考え方です。ひとりの人間の組織というのは、身体や内臓の各細胞が別個に働き生きていて、それぞれが生き残ろうと生存活動していると考えられないでしょうか。私が空腹を感じれば、食事をとり、満腹すれば満足すると思うでしょう。しかし、そう考えれば、各細胞が自らが生き残るため栄養を補給するために、あたかも意志があるかのように私という集合体に食物を摂取させている、と。そう考えれば、私の身体というのは様々な臓器や細胞が独自に活動し、そのバランスによって、かろうじてまとまりとして存続できていると考えられないでしょうか。また、意識というものは、もっとあてはまるのではないでしょうか、むしろ、意識の方が、そのようなバランスを崩しやすいといえると思います。そのような中で、あたかも実体があるかのような体を成しているのは、私があるという意味の価値観がフィクションとして作られているからです。つまり、「何がよいのか」という基準がつくられ、それにしたがって物事が解釈されていると、あたかも元から秩序があるように見えるわけです。とりわけ、芸術などというのは価値観によってのみ成り立っていると言えないでしょうか。

『光の帝国U』に戻りましょう。昼か夜かというのは、言ってみれば明るさの程度の問題でしかありません。絶対的な明るいとか暗いというのではなくて、人間が感じることのできる光の波長の範囲内での相対的な程度のことです。そこにある種の明るさの基準という価値観が存在しているように見える。そのように描いてしまうのは、現実を成り立たしめている価値観に対する、マグリットの深い絶望がある、私は思います。1930年の彼の作品には現実への絶望があったのでは、ということを述べましたが、その後、戦争という極限状況を体験するなかで、彼は追い込まれたが故の生の実感をありありと感じることができたのではないか、と想像します。それは、生き永らえたことに日々感謝するような決死の状況ではあったのかもしれませんが、生きるありがたさとか、生き生きとした充実感に満ちたものでもあったはずです。それが、この時期のマグリットの作品には、彼には珍しいほどの明るさや官能的なほどの色彩に満ちたものとなっていたと考えられます。そこには、生に基づいた感覚の実感があったのではなかったでしょうか。しかし、そんな日々も、戦争が終わり、徐々に日常が回復してくるわけです。それにしたがって、一時は剥き出しであった生というのが、かつてのように埋もれていってしまうように感じられてくる。それは、かつて絶望していた生に、一度希望を与えられたかのように見えたものが、今度は、その希望のように見えていたのが、実はまやかしだったと暴露されたようなものだったのではなかったでしょうか。その時の、マグリットの絶望は、一度、希望を与えられた後だっただけに、よりいっそう深刻なものだったに違いありません。それが、ここで展示されている諸作品、ここでの章立ては「回復」と称されていますが、言ってみれば、絶望への復帰ということであったと思うのです。だから、ここでの作品は、『光の帝国U』のように、現実の虚仮威しを暴露するという、現実の存在を認めた上で、それが変だという迂回を経るやり方から、現実そのものを絶対として見ないで、相対的に斜に構えて見て行こうとするものになったと、と私には見えます。

『ゴルコンダ』(左中図)という作品を見てみましょう。今回の展覧会のポスターにも使われた作品であり、主催者がシンボルとして採用したものでしょう。ごく平凡な街の風景のなかに、ごく平凡で個性のない山高帽にコートを着たコピーのような同じような男性が無数に、空中に浮かんでいます。この画面のデザイン自体には、もう何らかの象徴的意味を画家が意図する、例えば現実が虚仮威しであるとか、ことはなくなっています。『光の帝国U』での現実は絶対ではないという視線から、この『ゴルコンダ』では最初から現実にそもそも意味を求めないという視線に変わって(進んで?)いるかのようです。『光の帝国U』では、夜の建物はそれなりに個性や建物の手ざわりの残滓がありましたが、この『ゴルコンダ』の建物は、単に建物に見えればいいという、かたちをなぞったようなものでしかありません。また宙に浮いている無数の人物も、コンピュータでコピー・アンド・ペーストとして増殖させたように見えてしまうものです。それぞれのパーツのリアリティとか存在感とかは限りなく稀薄です。だから、ある意味では現実のリアルとか意味とかとは無縁の抽象的なものといえなくもありません。しかし、マグリットは抽象画を描こうとはしませんでした。人物とか建物とかいった「かたち」を放棄することはありませんでした。むしろ、類型的で、中身の実体性は空っぽな形骸化したものになっていましたが「かたち」を放棄することはなく、むしろ、その外形が作品の重要な構成要素として機能したといえます。それは、多分、抽象画というのが、マグリットには、「かたち」を放棄することによって、中身の実体的な意味とかそういうものをむき出しに、直接追求するものとして捉えられていたのではないかと思われるからです。実際に、カンディンスキーにしても、モンドリアンにしても抽象画家と言われる人々は、精神主義的あるいは神秘主義的な傾向があって、その精神性といったものを直接表現しようとした形跡が抽象画にあります。それは、マグリットにとっては正反対の方向性だったと思います。その意味では、この『ゴルコンダ』は、抽象画の一派である抽象表現主義を厳しく批判して登場したポップアートのウォーホルの作品、例えばシルクスクリーンに無数に複写されたようなキャンベルのスープ缶に、よく似ている印象を受けます。

『大家族』(左下図)あるいは『王様の美術館』(右下図)という有名な作品では、より一層の空疎さが進みます。画面はより平面的な書き割りになって、画家の筆触も感じられません。いまだったら、パソコンのフォトショップか何かのソフトで画像を切り貼りして一丁上がりとでもいったような作品です。それは、現実とか意味とかいった主要なものがたりが、なくなってしまったというような中で、無秩序に個別のパーツがあるといった状態、うすっぺらさそのものと解釈することも可能です。

そこで、私が思うのは、マグリットという人は、そうまでして描く理由が分かりません。たしかに、初期の作品は描く喜びが作品の画面にありました。それが、自らの方向性を見出し方法を洗練させていくにしたがって、徐々に感じられなくなり、それが第二次世界大戦に遭遇し死に直面した際に、活き活きとした実感を作品にぶつけるように感じられることもありました。しかし、ここに至って、無意味さがそのままに表われているような作品を見ていると、マグリットの深い絶望はあるだろうと想像することはできます。とはいうものの、マグリット自身、自身の絶望を他人に理解してもらおうなどとは露ほども考えなかったのではないかと思います。というのも、意味ということに対する絶望ということであれば、それはコミュニケーションに対する深い失望を含んでいるはずですから。もっと言えば、表現ということを、もはや信じていなかったかもしれません。そうであれば、描くということに何の意味があるのか。マグリットの有名な作品にクールさを感じるとることはできるのですが、そこに、どこか入っていけない、一見はいいのですが、じっくり見ると退屈を避けられないのです。

その意味で、今回の展覧会は、訪れた時には閉館時間が迫って、この部分の有名作が目白押しのコーナーが駆け足になってしまったのは、むしろよかったと思っています。全体として、初期のの作品に絵画らしさ(という言い方はおかしいのかもしれませんが)を見出すことができました。

 
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